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小川正賢** (1988年9月12日受理)

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(1)

   伝統的自然観研究序説 一科学教育理念追求の文脈から一*

小川正賢**

(1988年9月12日受理)

An Introductory Study on Traditional Views of Nature:

 In the Context of Pursuing Rationale for Science Education*

   Masaktita OGAwA**

(Received September 12,1988)

Abstract

  Ihave maintained that science, the product of western modernizatiol1,

should be taught in the context of a foreign culture in school science in a nonwestem society. On the basis of this position, science teachers need not only to know the western science itself but also to be.aware of the tradi−

tional culture of their students. They must know both traditional and scien−

tific ways of thinking, and views of nature. In this context, this introduc−

tory study deals with how to investigate the Japanese traditional views of nature as an example of how to investigate the traditional culture.

1.問 題 の 所 在

 科学教育の研究においては,科学というものの価値について,あるいは,その教育的価値につい て,根源的な問いかけがなされることはこれまでほとんどなかった。科学教育研究者にとって,科 学というものの価値はア・プリオリなものであり,疑う余地のないものであったからである。それ ゆえ,科学教育研究が担ってきたもの,担うべきもの,それは,このような問いかけではなく,科

学というものを次の世代に伝えていくにはどうすればいいのか,何が教えるべき科学の本質な㊧か,

*本研究は,昭禾[61年度稲盛財団研究助成金による研究成果である.稲盛財団に対して謝意を表するものである.

**茨城大学教育学部理科教育研究室(Laboratory of Science Education, Faculty of Education,

 Ibaraki University, Mito, Ibaraki 310, Japan).

(2)

といった,いわば,科学の教育に関する研究であった。これは,科学教育の研究者が科学というも のの価値について内省をしなかったからだというよりも,科学に対する社会全体の認識が反映され たものだとみるほうが妥当であろう。それゆえ,洋の東西をとわず,ほとんどすべての国々で,欧 米諸国の科学教育を模範とした科学教育が実施されてきているのである。

 ところが,ここ数十年間のうちに科学というものの価値について著しい懐疑が科学を対象とする

諸科学において提出されるようになってきた。科学哲学の分野では,科学の内的論理が再検討され,

我々が一般に信じてきたほどには,科学的営為が絶対的価値をもつものでないことが次第に明らか

になってきた1)2)。また,科学社会学の分野では,科学という人間の行為の社会学的研究が進み,

科学者社会も普通の市民社会と変わらないシステムで機能していることが明らかになり,科学者も わけのわからないむっかしいことを考えて実験や観察に没頭する奇人ではなくただの人間であるこ

とが明確になってきた3)4)。このような諸研究によって,科学それ自身が極めて人間味あふれた営

為であり,何ら絶対的価値を付与されるべきものでないことは,もはや疑う余地のないものとなっ

てきたのである。

 そのような状況にあるにもかかわらず,科学教育研究の分野においては,すでに述べたような,

暗黙裡に科学に絶対的価値を付与する立場は依然として保持されているのである。科学教育の危機 が叫ばれる欧米の科学教育に見られる新しい動向,すなわち,科学と社会の相互関係を重視しよう

とする動き5)6)7)8)9),のなかでさえもこの立場は基本的には変わっていないし,非西洋社会にお ける科学教育の改革をとなえる科学教育研究者の主張1°)11)12)13)14)15)16)17)においてもこれは全く変 化していないのである。

 私は,この科学というものの価値について,従来の科学教育とは,二重の意味で異なる立場18)19)2°)

を採用してきている。すなわち,第一に,科学それ自体の絶対性が失われているという事実を重視 する。第二に,科学というものは西洋近代という特殊な状況において生まれてきた一つの文化であ り,芸術,宗教,神話,イデオロギーなどの多くの文化遺産とその基本的性格を共有するものであ

ると考える。科学に対するこのような立場は,決して新しいものではなく,Geertz 21), Horton22〜

Elkana 23)24), Feyerabend 25)26)といった,人類学者や科学哲学者の科学観と類似したものである。

たとえば,Elkana 27)は,宗教,絵画,科学,イデオロギー,共通感覚(コモン・センス),音楽

といった文化の異なる諸次元は,お互いに関連性があり,それらはすべて文化のシステムであると いう。そして,ある文化の全体像は,前述の文化システムのどれかひとつをプリズムとして,たと えば,絵画とか音楽とかのプリズムを通してながめることができるとし,同じアプローチは,科学 をプリズムとすることを可能とすると主張するのである。彼はまた,すべての文化に科学が存在す

るという立場をとるのである28)。

 私が科学教育の基本的理念を考察するうえでこのような立場を採用しようとするのは,教育とい う営為の主体性はあくまでもその文化の側になければならないという基本的主張のほかに次のよう な理由があるからである。まず第一に,科学を一つの文化とみることで,科学を相対化できるとい うことである。このことによって科学というものの価値そのものを,教育が実施される社会の文化 的文脈に沿って検討することが可能となる。第二に,そうすることによって,科学を異文化として 受容する,あるいは,してきている社会における科学教育を根本から再検討することが可能となる ということである。第三に,科学教育のよってたつべき文化財は,単に,科学的思考様式,科学的

(3)

自然観,科学的知識などの科学の内的側面だけでなく,科学という文化の社会的性格,文化的性格 といった科学の外的側面をも含むということが明確になるということである。このような立場をと る科学教育研究者は私以外にもわずかに存在する。たとえば,Thijs29)は,科学を,ある特定の態 度,価値,信念,限界を内包するひとつの人間の努力であり,そして,社会における重要な役割を 果たすひとつの営為であるとし,科学教育が適切なものであるならば,それは科学のこのような性 質を正確に反映していなければならないという。また,Maddock30)は,科学や科学教育は社会のよ

り広範な文化的マトリクスの一部をなす文化的営為であり,このより広範な展望の観点から科学に

関する教育は考慮されなければならないという。

 このような立場で科学教育の理念を構築しようとすると,まず,西洋近代の産物たる科学という 文化財と対峙するはずの文化財をその教育が実施される社会の文化の中に見いだす必要があろう。

そして,その文化財の側にたって科学という異文化をどう教育の対象とするべきかを考えることが

重要なのである。私は,このことに関して,「科学的思考様式」に対する「伝統的思考様式」,「科学 的自然観」に対する「伝統的自然観」というものを考慮するべきであることを主張してきている31)。

 ところで,このような立場で日本の理科教育をながめてみると,それが世界の科学教育のなかで もかなり特殊な事例であるように考えられる。科学を異文化として受け入れたという歴史的事実は 言うまでもないが,注目すべきは,明治19年に理科という教科が誕生して以来,日本の理科教育に おいては,科学的思考様式や科学的知識,科学的自然観といった「科学」の教育と「自然に対する

愛」に代表される「伝統的自然観」の教育という全く異質な成分を含んできた32)33)という点である。

しかも,興味深いのは,これらふたつの異質な成分の存在に多くの理科教師はほとんど違和感を感 じていないしその存在にも気付いてさえいないように見えることである。私見をつけ加えれば,教 師が意識するしないにかかわらず伝統的自然観の教育が日本の理科教育の基層として実質的に定着

しているがゆえに,すなわち,アイデンティーを伝統文化の側に置いているがゆえに,科学を異文 化として取り入れた多くの社会の科学教育に見られるような伝統文化と科学という異文化の間の文 化摩擦を生じることなく科学教育を実施できてきたし,相当程度の教育成果をあげることができた のである。このように,科学という異文化と伝統的自然観という伝統文化を同一科目の中で違和感

なく教えてきたというのが事実であれば,日本における科学教育,すなわち,理科教育においては,

まさに科学というものの価値がある意味で相対化されていたと言いうるのではあるまいか。それな らば,日本の理科教育は,科学教育の新しい理念を科学の相対化という観点から考察する場合の格

好の事例研究の対象といえるのである。

 そこで,日本の理科教育において,伝統文化のひとつである伝統的自然観の教育がどのような位 置づけをされ,どのような役割を果たしてきたのかを,制度面,現実面の両面から詳しく検討する

ことによって,非西洋社会における科学教育の理念を構築する場合の重要な示唆が得られるはずで ある。すなわち,日本の理科教育における伝統的自然観の研究をするということは,日本の理科教 育の問題のみならず,世界の科学教育の理念の問題に大きな貢献をするものといえよう。

 このような研究に踏み込むためには,まず,伝統的自然観なるものについて,考察を加えておく ことが必要不可欠なのであるが,じつはこの「伝統的自然観」なるものが研究対象としては大へん 取り扱いにくいものなのである。そこでとりあえず本論においては,科学教育の理念問題に踏み込 むための第一歩として,「研究対象としての伝統的自然観」をとりあげ,その中に含まれる諸問題

(4)

を整理してみることにしたい。

H.自然観に関する諸研究

 ここでは,これまで自然観に関するどのような研究が行われてきたかをふりかえってみることに

する。      .

 従来,日本の理科教育においては,科学の教育に関する研究は数多くなされてきているが,理科 教育に潜在する基底文化としての伝統的自然観についての研究はほとんど行われてこなかった。ご くわずかな例外としては,明治24年の「小学校教則大綱」のなかに我が国の伝統的自然観に基づい

た理科教育の立場の成立を見いだすとする岡本・森の研究34),国民学校低学年理科で用いられた教 師用書r自然の観察』の分析を通してそこに見られる日本的自然観を批判的に考察した三石の研究35)

が挙げられよう。これとは別に,理科教育との関連の中で異なる文脈から自然や自然観を問題にし た研究がわずかに存在する。阿部らは,障害児の理科教育に取り組むために彼らの自然観を研究し

ている36)37)し,また環境教育の基礎として都会と田舎の児童生徒の自然観・環境観を調査してい る38)。安東は,生物教育の立場で理科教育に見られる自然観の歴史的考察をおこなっている39)。細山 田は,一連の研究において自然教育の立場から自然概念を考察している40)41)42)。北川らは,自然教 育の立場で大学生の自然に対する意識を調査している43)。

 その一方で,自然観そのものに関する研究は,主として,哲学,民俗学などの分野では精力的に

行われてきている。主な研究を次に見てみることにする。

 まず,世界のさまざまな地域社会に見られる自然観,たとえば,アフリカにおける自然観44)45>,

中国における自然観46>47),西洋における自然観48)を取り扱ったものがある。また,さまざまな宗教 世界における自然観,たとえばイスラムにおける自然観49),仏教における自然観5°),キリスト教的

自然観51)も研究されている。西洋の自然観の歴史的変遷を取り扱ったもの52)53)もある。

 日本人の自然観を扱ったもののなかには,心情としての自然観を中心に論を進めたもの54)55)56)57)

58)59),思想としての自然観に視点を定めたもの60)61)62)63)64),自然という言葉の歴史を手掛かりにし たもの65),そして,以上の研究とはアプローチの方法が異なるが,現在の人々を対象にしてその自

然観を実証的に抽出しようとした研究66)67)68)69)70)71)などがある。

 このように,自然観それ自身の研究は決して少ないわけではない。これらは,理科教育の文脈か らの研究に多くの示唆を与えてくれるものではある。しかし,問題もないではない。特に問題とな るのは,自然観とはいったい何なのか,どう定義するのか,ということである。多くの研究におい て用いられる自然観という用語は決して一義的に用いられているわけではない。それゆえ,一度,

自然観とは何かという問題を考察しておくことが重要であると考える。

皿.伝統的自然観の定義をめぐって

ここでは,伝統的自然観の定義をめぐって若干の理念的考察を加えておくことにする。伝統的自

(5)

然観それ自身をどう考えろかという自分の立場を明確にすることなしには,以下の議論が成立しな

いはずだからである。

 すでに述べてきたように,自然観に関する研究の数は決して少なくはないのであるが,これらの なかで自然観とは何かという自然観それ自身に直接的に言及しているものは,意外に少ないのであ る。それ以外のものでは,ごく常識的定義,「自然についての見方」といった立場を超えることは

ない。もっとも,自然という言葉自身の持つ多義性72)のゆえに,同じ自然についての見方でも多様 な「研究対象としての自然」があることは事実であるが。

 では,自然観それ自身に言及した例をいくつか見てみることにする。

 上田7『)は,哲学の立場から自然観を次のように定義している。

 「人間は時代の子であり,伝統と風土に育てられる。それ故に,個人の自然に対する態度というものも,時 代・伝統・風土を同じくする他の人びとのそれと相通ずるものがある。時代・伝統・風土を同じくする人びと の自然に対する態度というものが,実はそれぞれの個人の自然に対する態度の根底にあって,個人の自然に対 する態度を培ってきていると考えることができる。それは,特定の個人を超えながら,個人のうちに生きてい るものであって,私が問題として取り上げる自然観というものはかかるものなのである。この基底的な自然観 は時代・伝統・風土を等しくする人間の心の底に常に生きているが故に,却ってそれをはっきり自覚すること

が少ない。」

また,福永74)は,中国の自然観を考察する際に自然についてふれている。

 「(中国の)自然観と,(中国において)人間を取り巻く外界としての自然の世界が,(中国人によって)

古来どのようなものとして眺められ,受け取られ,もしくは解釈され,認識されてきたかということであるが…」

さらに,福井75)は,文化人類学の立場から,自然観について次のように述べている。

 「私はここで(自然観という概念を)主体をとりまく もの の認識の総体として考えている。この もの というのは,物理的にみえるものも,またみえないものも含んでいる。しかし,ある社会の成員にはそれが文 化的に認識されているということが不可欠の条件である。ここでいう 文化としての自然観の習得 とは,た んなるものの認知ではなく,文化的属性をあわせたものの認識を習得することである。私が考えている 文化 の習得 は,自然観を構成している要素の認識だけではなく,要素間の連関,そして主体と要素との相互作用,

この三つのレベルを対象にしてはじめて成立するものである。」

もうひとつ,平野76)は,古代日本人の自然観を考察する際に自然観を次のように述べている。

「わたくしの特に注意したいことは,古代人は近代人と違って,個々の人間の意識はいまだ共同体の精神によっ て厚く包まれていたことである。古代人は個としての人間として感じたり考えたりする前に,共同体に属する 一員として共同生活を通して感じたり考えたりしていたのである。自然の観念もまた集団表象77)として成立し なければならなかったのは当然であった。わたくしが先史時代に遡るのは,自然観の成立と由来を集団表象と

して考えるためである。」

 すでに「問題の所在」において表明した私の立場からすれば,本論で追求しようとする伝統的自 然観なるものは,これら四説のいずれをも内包するように思える。しかしながら,この場で伝統的

自然観を私なりに定義することには,かなりのためらいを禁じえない。なぜなら,それを定義した 瞬間に,私の捜し求めているものの何がしかを切り捨ててしまう危険性を感じるからである。これ

(6)

は,おそらく方法論上の問題であろう。伝統的自然観に対するアプローチに「演繹」という方法を 用いるのは,危険が大きすぎるように思える。むしろ,ここでは伝統的自然観なるものをあえて常 識的定義というゆるやかな定義レベルにとどめておいて,さまざまな意図や視点をもった調査・研 究を行い,その結果を「帰納」という方法で総合することによって伝統的自然観なるものの全体像 を浮き彫りにしていくというアプローチのほうが,本質にせまれるように思えるのである。それゆ え,私は自分の伝統的自然観に関する研究においては,厳格にこの単純な方法論を採用していく立

場をとろうと考える。伝統的自然観らしきものに接近できそうな調査法・研究法はなんでもまずやっ てみるというのが私の方法ということになる。

 それでもなお,次の二点には言及しておきたい。

 まず,伝統的自然観という場合の「自然」をどう考えるかという問題についてである。これにつ

いては,次の二つの見解が参考になる。

 まず,中埜78)は自然概念を,「物質的自然あるいは宇宙的自然」,「生命的自然あるいは地球的自

然」,「人間的自然」の三つのいずれかもしくはそれらを包括したものであるとし,さらに前二者 を「物としての自然」,「人間的自然」を「心としての自然」と呼ぶ。

 また,源79)は,自然を,「外なる自然」,「内なる自然」,および,それらを統一する「宗教的・

形而上的自然」の三者に類型化している。さらに,「外なる自然」を「美的享受の対象となるもの」

と「科学的認識の対象となるもの」とに区別している。「内なる自然」とはhuman natureという場 合の「自然」であり,「宗教的・形而上的自然」は,「外なる自然」や「内なる自然」ともともと

は一つの複合体として渾然と一つになっていたのだが,社会や文化の変化,外来の思想や文化の影 響の下に次第に分化し,時代によってその或る面が強調されるようになってくるという。そして,

近代以前の日本において自然は,外来の思想や文化の受容をした場合の「復元力」であったという。

 いずれの説も,「物としての自然」「外なる自然」以外に,「心としての自然」「内なる自然」

「宗教的・形而上的自然」といった要素をとりあげていること,および,それらの相互作用を意識 している点に注目したい。このことは,たとえ科学教育の文脈で伝統的自然観をとりあげるとして も,単に科学的認識の対象になる「物としての自然jにのみ研究対象としての「自然」を絞り込む

こと80)は危険であると思わざるをえないことを示している。それゆえ,私も「自然」の意味を幅広 くとらえておこうと考える。

 もう一つは,「集団としての自然観」をどう考えるかという問題である。先に述べた平野説のよ うな立場,すなわち,集団表象として自然観を捕らえるという立場は,説得力はあるが実証的アプ ローチはとりずらい。実証的アプローチという立場からはむしろ,個人の自然観の集合体として集 団としての自然観を考えるほうが容易であろう。あるいは,個人の自然観の共通要素を抽出してそ の要素から構成される自然観を集団としての自然観と考えるという立場もとれるであろう。私とし ては,当面,実証的アプローチを重視したいので,後二者の立場を「集団としての自然観」の操作

的定義として採用しておきたい。

 以上,私の基本的立場を検討してきたが,伝統的自然観についての私の定義はほとんどないに等

しいものであることが明らかになった。その主たる原因は,私の採る方法にある。

 私は,まず,伝統的自然観らしきものが潜んでいそうなものをいくつも探し,その中からそれら しきものを抽出してみようと思う。そして,いくつかの抽出を終えて得られた結果を総合してみよ

(7)

うと思う。そうすると,そこにはじめて自分の思い描いていた「伝統的自然観」なるものの暫定的 な定義が見えてくるはずである。そこでさらにその結果を熟考検討し,新たに伝統的自然観の潜ん でいそうなものを捜し出す作業へ回帰することになろう。これを繰り返すのである。それゆえ,定 義は研究のなかで次第に変化していくことになる。研究開始以前に定義を決めてかかる方法とは全 く異なった方法を私は用いるのである。そこで,次に伝統的自然観の抽出方法について詳しく考察

することにする。

IV.伝統的自然観の抽出方法について

 では,伝統的自然観は何から抽出することができるのだろうか。言い換えれば,どのようなもの の中に伝統的自然観なるものが潜んでいるのだろうか。この問いかけは,伝統的自然観の抽出とい

う問題を二段階で考える必要性を予想させる。すなわち,まず第一に,ある種の伝統的自然観が潜 んでいるだろうと思われる何かを入手すること,第二に,その中からその伝統的自然観を抽出する ことという二段階手続である。この二段階の中では,第一の段階がより重要であると考える。なぜ なら,あるものの中に伝統的自然観なるものが潜んでいるのではないかと考えるということは,す でに,我々は,その中に伝統的自然観のイメージをおぼろげながら見ているということにほかなら ないと考えられるからである。それにくらべて,第二段階は,主として解釈の問題になるであろう と考える。当然,主観が生じるが,私は,あえて主観的解釈を重視することにしたい。その解釈の 妥当性については,のちに,たとえば,多くの人々に対して我々の解釈の妥当性を認めるか否かに 関する調査を実施することなどによって,その解釈の客観性を検討することが原理的には可能であ

ると考えるからである。

 そこで,本節では,「ある種の伝統的自然観が潜んでいるだろうと思われる何か(以後,これを簡

単に「テクスト」と呼ぶことにする。)」を入手する方法について少し詳しく考察してみることに

したい。

 まず,その「テクスト」を入手する方法を大きく三つに分けてみたい。第一は,調査などのなん らかの働きかけを研究対象に対して実施し,その結果を「テクスト」とする方法である。これを以

下,「調査的方法」と呼ぶことにする。第二は,研究対象に直接働きかけないで参与観察などを行っ て,その結果を「テクスト」とする方法である。これを以下,「観察的方法」と呼ぶことにする。第

三は,特定の視点に基づいて,すでに存在している文献等の資料を収集し,その集合体を「テクス

ト」する方法である。これを以下,「文献分析的方法」と呼ぶことにする。「調査的方法」と「観察

的方法」とは言うまでもなく現在の人間を被験者として行われるから,現在の人々に潜む伝統的自 然観を研究しようという特徴をもつ。「文献分析的方法」は,このような限定がなく,場合によっ

ては古代人に潜む伝統的自然観81)などといったものを研究しようとすることも理論的には可能であ るという特徴をもつ。

 では,これら三つの方法についてさらに詳しい検討を加えることにしたい。

「調査的方法」にも多くの方法が考えられるが,私はこれらの方法を類型化するために次のような 三つの位相を設定することにした。第一に,研究対象としての被験者の意識レベルを「意識の層」

(8)

と「深層意識の層」に二分する。ここで「意識」と「深層意識」の区分が問題になるが,私として ははっきりした境界を定義できない。それゆえかなり大まかな比較上の区分であることは否めない

が,前者は被験者が「自然」ということをかなり意識している場合を指し,後者は被験者が「自然」

ということをほとんど念頭においていない場合を指すと述べておくにとどめる。第二に,調査時の 被験者へ与える刺激を「言語による刺激」と「非言語による刺激」に二分する。具体的には,被験 者に対して文章や言葉といったものを使用して回答を引き出そうとするのか,絵とか写眞などを使 用して回答を引き出そうとするのかということである。第三に,被験者からえられる回答を「言語 による回答」と「非言語による回答」に二分する。前者は,質問紙法にみられるように文章や言葉 などで回答を表現させるもので,後者は,絵を描かせたり,模型などを用いて何かを製作させたり するという回答形式をとるものを指す。これを組み合わせると「調査的方法」は表1のような八っ

に類型化されることになる。

 これらの中で,私は特に注目したい方法をいくつか指摘しておきたい。

 1型の方法はごく通常のものでたとえば,阿部らee),高田SS),小川・林en)に見られるように,自

然という言葉を刺激語として自由連想法を用いて回答を導くような方法である。皿型は,従来の自

然観研究には見られないものであるが,私は極めて有望な方法だと考えている。たとえば,岩田85)

や関根86)に見られる「原風景」の抽出方法は,自然観を探るうえでも有効な方法87)であると考えら れるからである。皿型とW型については,私は,景観工学の手法88)89)に魅力を感じている。美しい

とか素晴らしいとか感じる景観に含まれる要素を抽出したり,逆にコンピュータ・グラフィクスを 駆使してさまざまな要素(たとえば,山,川,島,樹木など)の位置や配列を組み換えて被験者の

理想とする景観を製作するという方法である。

 次に「観察的方法」をみてみると,これはもともと民族誌や文化人類学において使用されてきた 方法である。ここでも「調査的方法」の場合と同じく,観察対象となるものが「自然」と直接関連 するものである場合と,直接的関連性の希薄なものである場合という区分は有効であると考える。

前者は,時間認識空間認識,宇宙観など民族誌や文化人類学においても自然に関連する認識とし て扱われるものを観察対象とするものである。後者は,たとえば,儀式,神話,民俗などを観察対

象としたものであるといえる。

 最後の「文献分析的方法」についても,「自然」に直接的に言及している文献記載を対象として 分析を行う場合と,直接的には「自然」に言及していないが,その中に何らかの自然観が潜んでい

ると思われるような文献記載を対象として分析を行う場合を区別することは,やはり有効と考える。

前者には,たとえば,「日本人の自然観」なる記載を収集してこれを「テクスト」として分析ある

Table 1・Category of survey methods proposed for extracting the image of   Nature .

MODE OF RESPONSE

VERBAL NON−VERBAL

MODE OF STIMULUS VERBAL NON−VERBAL  VERBAI. NON−VERBAL LEVEL OF CONSCIOUSNESS     I

LEVEL OF SUBCONSCIOUSNESS   H

皿W V

(9)

いは総合といった手法を用いてここから特定の観点に基づいた自然観を取り出すといった研究9°)が 考えられる。これに対して,後者の例としては,さまざまな昔話,童話,わらべうたなどを収集し,

これを「テクスト」としてその中から特定の観点に基づいて自然観を取り出すといった研究が考え

られる。

 以上,伝統的自然観をどうやって抽出できるのかについて考察を加えてきた。これまでの議論か ら,かなり多様な研究方法が考えられることがあきらかになってきた。したがって,今後の実証的 研究においては,これらの方法をできるだけ広範囲に利用して,伝統的自然観なるものにせまるこ

とが可能になってきたと言えよう。

V.展

 本論においては,理科教育という文脈のなかで伝統的自然観の教育がどのような位置づけをされ てきたのか,そして今後どのように位置づけられるべきなのか,ということを視野に入れながら,

その基礎として伝統的自然観をどう考えるか,どう研究することが可能なのかという点を整理して みた。ここで述べた研究方法を用いて伝統的自然観に迫ることと,それを通して得られた伝統的自 然観を科学教育という文脈の中でどう取り扱うべきなのか,そしてそのことは世界の科学教育の基 本理念を考察する場合にどのような意味をもつものなのかといったことについて追求していくこと

が今後の私の研究課題なのである。

1)チャルマーズ,A. F.『科学論の展開』 (恒星社恒生閣,1983).

2)村上陽一郎r科学のダイナミックス』(サイエンス社,1980).

3)ラベッツ,J. R.『批判的科学』(秀潤社,1977).

4)ジェヴォンズ,F. R. r科学の意味』(産業図書,1983).

5)Robert E. Yager. Crisis in Science Mucαtion(Technical Report No.21)(iowa City:

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6)NSTA Science−Technology−Society:Science Education for the 1980s. Position Statement ,  (Washington DC:National Science Teachers Association,1982).

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8)Paul deH. Hurd, Transformation of science education:Challenges and criteria   , Science

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9)科学と社会の関係を重視した教材開発は,アメリカにおけるS−STS Project,イギリスにおけるSISCON  Project,西ドイツにおけるIPNカリキュラムなどがある。

10)Richard B. Ingle and Anthony D. Turner, Science curricula as cultural misfits   Europeαn Journal Of Science Ekiucation, 3, (1981), PP.357−371.

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 科学)』第35号,(1986a)pp.1−8.

19)Masakata Ogawa, Toward a new rational6 of science education in a non−western societジ,

 European Journal()f Science Iiiclucation, 8 t(1986), pP.113−323.

20)小川正賢「科学教育研究の諸問題一暗黙の枠組の検討一」 『日本科学教育学会第10回年会論文集』10,

  (1986b), pp.307−310.

21)Clifford Geertz, The Interρretation qf()udeures (New York:Basic Books,1973), p.5.

22)Robin Horton, African traditional thought and western science  in Michael F. D. Young,

 (ed.)Knoωledge and (1}ntrol,(London:Collier Macmillan,1971), pp.208−266.      −

23)Yehuda Elkana, The problem of knowledge ,・S諺udium. Generαle,24,(1971), PP.1426−1439.

24)Yehuda Elkana, A programmatic attempt at an anthropology of knowledge in Everett  Mendelsohn and Yehuda Elkana,(eds.)Sciences and Cteltures:Anthrap(翅08icαl and HiStoricαl

 Studies Of the Sciences,(Dordrecht:D. Reidel Publishing,1981>, pp.1−76.

25)−Paul Feyerabend, Science The myth and its role in society , Inquiry,18,(1975),

  pp.167−181.

26)ファイヤーベントP.r自由人のための知』(新曜社,1982).

27)Elkana,Y.(1981)op.cit., p.6.

28)Elkana,Y. (1971)op.cit., p.1437.

29)Gerard Thijs, Science as a cultural enterprise:Some implications for teaching  ,

 Educafrica 10, (1984) pp.37−54.

30)Max N. Maddock, Science education:an anthropological viewpoint ,Studies in Science

 Ekiucαtion, 8,(1981), PP.1−26.

31)Ogawa, M.(1986)op. cit..

32).岡本正志,森一夫「理科教育に現れたわが国の伝統的自然観一「理科の要旨」の制定に関する考察を中心

  として一」r科学史研究』第118号,(1976),pp.98−101.

33)小川正賢(1986a)前掲論文.

(11)

34)岡本正志,森一夫(1976)前掲論文.

35)三石初雄「国民学校低学年理科における教育内容・方法及び自然観の検討一教師用書f自然の観察』の分  析を通して一」『人文学報(東京都立大学人文学部)』第130号,(1978),pp.159−192.

36)阿部治「連想法を用いた視覚障害生徒の自然観に関する研究」r特殊教育学研究』第22巻,第3号,(1984),

 pp.17 −27.

37)阿部治「概念構造からみた視覚障害児の自然認識」f視覚障害教育・心理研究』第4巻,第2号(1986),

 pp.16−20.

38)阿部治,中山和彦「連想法を用いた山間部と都市部の中学生の環境(自然)認識の比較」『日本科学教育  学会第9回年会論文集』9,(1985),pp.138−139.

39)安東久幸「生物教育における自然観の史的考察一特に自然保護に関連して一」r日本理科教育学会研究紀  要』第22巻,第1号,(1981),pp.37−44.

40)細山田三郎「自然教育の構想一文献紹介一」r鹿児島大学教育学部研究紀要,人文・社会科学編』第36巻,

 (1984),pp.57 −70.

41)細山田三郎「自然教育の構想(2)一研究の課題領域とその意義一」『鹿児島大学教育学部研究紀要,

 人文・社会科学編』第37巻,(1985),pp.375−394.

42)細山田三郎「自然教育の構想(3)一実践計画一」『鹿児島大学教育学部研究紀要,人文,社会科学編』

 第37巻,(1985),pp.395−405.

43)北川治,井上俊夫,高橋司「自然教育への試論(1)一自然に対する意識調査一」r仏教大学研究紀要』

 第68号,(1984),pp.87−117.

44)カバムバ・ムボムパ「アフリカの自然観」国際文化研究所日本支部編『自然とは何か』(法蔵館,1984),

 pp.219−232.

45)Thomas R. Odhiambo,   Understanding science:The impact of the African view of nature   in P. G. S. Gilbert and M. N. Lovergrove(eds.)Science lilatucation in Africα,(London:

 Heinemann,1972), pp.39−46.

46)劉述先「自然にっいての中国人の考え方」国際文化研究所日本支部編(1984)前掲書pp.233−250.

47)Tu Wei−Ming, The continuity of being:Chinese visions of nature in Leroy S. Rouner

 (ed.)αh nαture,(Nortre Dame:University of Notre Dame Press,1984), pp.113−129.

48)ドミニク・デュバール「西洋の自然理解について」国際文化研究所日本支部編(1984)前掲書 pp.163−180.

49)宮治美江子「ムスリムの自然観」板垣雄三編『イスラム・価値と象徴』(筑摩書房,1986),pp.55−83.

50)Robert A. F. Thurman, Buddhist views of nature:Variations on theme of motherイather  harmony in Rouner,19840p.cit., pp.96−112.

51)伊東俊太郎「古代。中世の自然観」r岩波講座哲学VI自然の哲学』(岩波書店,1968), pp.83− 96.

52)コリングウッド,R. G.『自然の観念』(みすず書房,1974).

53)前掲『岩波講座 哲学VI 自然の哲学』.

54)寺田寅彦「日本人の自然観」r岩波講座東洋思潮(2)(東洋思潮の諸問題)』(岩波書店,1935).

55)高瀬重雄r日本人の自然観』 (河原書店,1942).

56)佐藤正英「花鳥風月としての自然の成立一f古今集』を中心に一」金子武蔵編r自然 倫理学的考察』

 (以文社,1979),pp.131−152。

57)佐野一彦「日本人の自然観」国際文化研究所日本支部編(1984)前掲書pp.251−270.

58)相良亨『日本人の心』 (東京大学出版会,1984),pp.219−254.

59)相良亨,尾藤正英,秋山度編r講座日本思想1自然』(東京大学出版会,1983).

60)斎藤正二『日本的自然観の研究下巻』(八坂書房,1978),pp.566 一 S82.

(12)

61)源了圓「日本人の自然観」『新岩波講座5自然とコスモス』(岩波書店,1985),pp.348−374.

62)三枝博音『三枝博音著作集第5巻 (日本の思想文化)』(中央公論社,1972).

63)Masao Watanabe, The conception of nature in Japanese culture ,Science, 183,(1974),

 pp.279 一 282.

64)中村雄二郎「日本人にとって自然とはなにか」r中央公論』No.1000,(1970), pp.208−224.

65)柳父章r翻訳語成立事情』(岩波書店,1982),pp.125−148.

66)トヨタ財団助成研究報告書(代表四手井綱英)『森林環境に対する住民意識の国際比較に関する研究  (lnternational comparisons of attitudes toward nature)』 (1981).      

67)阿部治,中山和彦(1985)前掲論文.

68)高田康孝「現代日本人の環境観一「ことばの考現学」的分析による一」石毛直道編r環境と文化人類学  的考察』 (日本放送出版協会,1978),pp.351−456.

69)福井勝義「色彩・模様から見た自然観の習得一束アフリカ牧畜民ナーリム族の事例から一」岩田慶治編著  「子ども文化の原像一文化人類学的視点から一』(日本放送出版協会,1985),pp.64−90.

70)北川治,井上俊夫,高橋司(1984)前掲論文.

71)関根康正「原風景試論一原風景と生活空間の創造に関する一考察一」『季刊人類学』第13巻,第1号,

  (1982),pp. 164−193.

72)柳父章(1982)前掲書.

73)上田泰治「東西の自然観の問題」『人文(京都大学教養部)』第9集,(1963),p.46.

74)福永光司「中国の自然観」前掲『新岩波講座哲学5自然とコスモス』(1985),p、320.

75)福井勝義(1985)前掲論文 pp.64−65.

76)平野仁啓「古代日本人の自然観の構造」『古代日本人の精神構造』(未来社,1966),pp.79−80.

77)レヴィ・ブリュル『未開社会の思惟上』(岩波書店,1953),pp.15−17を参照せよ.

78)中埜肇「自然哲学の現代的視点一人間学的自然哲学の試み一」前掲r新岩波講座哲学 5自然とコス

 モス』(1985),pp.241 一 268.

79)源了圓(1985)前掲論文pp.349−350.

80)小川正賢(1986a)は,この方法を用いている.

81)平野仁啓(1966)前掲論文.

82)阿部治,中山和彦(1985)前掲論文.

83)高田康孝(1978)前掲論文.

84)小川正賢,林三樹夫「科学教育の文脈からみた伝統的自然観の抽出方法に関する研究 L「意識の層」

 における『自然』のイメージの連想法による抽出」r茨城大学教育学部紀要(教育科学)』第37号,(1988),

 pp.41−50.

85)岩田慶治「原風景の構図」岩田慶治編著(1985)前掲書pp.23−36.

86)関根康正(1982)前掲論文.

87)小川正賢,松本啓志「科学教育の文脈からみた伝統的自然観の抽出方法に関する研究ll.「深層意識の層」

 における『自然』のイメージの抽出」『茨城大学教育学部紀要(教育科学)』第37号,(1988),PP.51−60.

88)窪田陽門「視覚構造に基づく景観の資源論的解析に関する研究一多島海景観を事例として一」r土木学会・

 土木計画学研究論文集1』(1982),pp.179−186.

89)NHK社会教養部『ぐるっと海道3万キロ』取材班rぐるっと海道3万キロ④東北・関東編』(飛鳥新  社,1986),pp.85−104.

90)このような試みは,石毛直道らが昭和45年にNHKの教養特集「日本人の探究」において日本人のもつ

 世界観を取り上げた時収集した資料にみられる。

参照

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