茨城大学教育学部紀要(教育科学)36号(1987)1−14
新しい初等理科教員養成科目の実践とその評価*
小川正賢**
(1986年9月27日受理)
Practice and Evaluation of a New Course for Prospective Elementary Science Teachers*
Masakata OGAwA**
(Received September 27,1986)
は じ め に
現在,教員養成大学・学部がおかれている状況が,教員養成プログラムのより理想的な形態から 大きくかけはなれていること1}はすでに自明のことである。このことを認めたうえでなければ,現
実のプログラムを理想像へより近づけることは不可能である。従来のプログラム改革案あるいは提 一
言などで一般的な考え方は,制度的にきちんとした形で,大学における事前教育(教職専門科目群 と教育実習,さらには事後教育(一部の教職専門科目群)を位置づけ,それらの連続的履修を前提 とするような教員養成プログラムを追求しようとするものであった。2}このような考え方の根底に はひとつの大きな仮定が存在する。ぐれは,制度として諭理的整合性をもつプログラムこそ,理想 的教師の養成を保証するという仮定である。それは,仮定というよりはむしろ「教育する側の無意 識のおごり」かもしれない。ここには,養成教育を受ける学生の自覚的な内的発達(自己形成,自
己教育)の可能性を考慮する視点が欠落している。すなわち,学生を,単に教育を受ける者として 、
しかプログラム上に位置づけしないのである。近年,教員養成プログラムのなかでさまざまな新し い教授法が試行され,実行されてきているのは,このような状況を打破しようとする意図によるも
のが多い。3)4)このような試みは,基本的には,教育する側の論理に基づくプログラムにではなく学生側の教師になろうとする内的発達を援助していこうとするプログラムに位置づけられるべきも
のであろう。ところで,教員養成プログラムを考えるうえでもうひとつ重要な要因が存在する。それは,プロ グラムの実行可能性の問題である。たとえ,いくら理想的なプログラムであっても実際に実現でき
なければ無意味である。この点で,いちばん問題になるのは,教官側の教授負担(teaching load)である。筆者はすでに,この問題について論じ,教官の省力化を教育効果を維持したままで行なう
方法を提案してきている。5)6)省力化とは,教育の軽視や,教官のサボリを意味するのではない。*本報を「小学校教員養成課程の理科教育カリキュラムの検討」の第四報とする。
**茨城大学教育学部理科教育研究室
2 茨城大学教育学部紀要(教育科学)36号(1987)
一方で,教官のルーティン・ワークをパッケージ化して教官が時間を有効に使えるようになり,他 方で,学生側には,受動的学習から,主体的能動的な学習を要求するものでなければならない。本 論文で報告する授業実践は,このような二つの立場に立つべきものとしてここ4年間実施してきた
ものである。ここでは,この授業実践についてくわしく記述し,ついで,この授業実践がどのよう な効果をあげてきたのか,主として,受講生の内的発達の側面から評価を試みることにする。
理 科 教 材 研 究 特 講 1
ここでは,昭和58年度以来実施してきている「理科教材研究特講1」という授業科目の実態を多
角的に記載することにする。4年
卒業研究 教育実習(中学校)理科教育法特講
3年 教育実習(小学校) 理科教材研究特請1 理科専門科目 理科教育法
道徳教育の研究 各科教材研究 各科専門科目 理科専門科目 教育系選択科目 (音、図) (算、体、図、音)
2年
教育方法 理科教材研究 理科専門科目 理科専門科目 児童心理学 各科教材研究 各科専門科目 青年心理学 学校管理 (国、社、算、 (国、社、家)心理系選択科目 体、家》
1年
教育原理 教育心理学教職専門科目 教科専門科目 副免関係科目
図1 小学校教員養成課程理学専修科学生の一般的な履修像
1)本科目の位置づけ
茨城大学教育学部理学科の授業科目については,高瀬による報告7)に詳しいがここでは特に本科 目の主たる受講生である小学校教員養成課程理学専修科学生の一般的な履修像を記載してみる(図
1)。ここで特徴といえば,教育実習が3年次に2週間つつ2回(はじめは附属小学校,つぎは,
一般協力校), 4年次に副専攻実習として一般協力校(中学校)へ2週間と分散して行なわれるこ
とである。しかも,附属小学校の基本実習は4グループにわかれて,また,一般協力校での基本実
習は2グループにわかれて実施される。それゆえ,本科目履修中に,受講生たちはいれかわりたち
かわり教育実習に出ていくことになるのである。いやおうなしに,彼らの内部で教育実習と本科目
との間にさまざまな相互作用が生じる所以である。2)受講生 表1 年度別受講生数 本科目の受講生は,原則として,小学校教員
養成課程理学専修科の3年生であり,彼らには 課程 年度
小学校 中学校
この科目は必修科目である。ただし,年度によ 58
29 2
っては,中学校教員養成課程理学科専攻の3年 59
24 260
25 6生も数名受講することがある。過去4年間の受 61
25 1講生数は,表1に示した。
彼らは,1年次からほとんど同じ授業科目を
履修してきており,また専攻会といういわばクラス会的組識に属しているので,日常の活動もお互 いによく理解できている。それゆえ,彼らの仲間意識は相当なものである。このような状況は,本 科目のグループ活動の運営におおいにプラスに作用するものと思われる。
3)担当教官
担当教官(筆者)は,昭和56年2月に本学部に着任するまでは,学部,大学院において植物生理 学を専攻しており,大学院時代に4年間高校の非常勤講師(生物,化学,物理)を経験したのが唯 一の現場経験である。したがって,小学校,中学校での教育経験はない。それを補うために,最初
の2年間は教育実習生の研究授業や,附属学校の研究発表会などに積極的に参加し観察した。それ でも,筆者の力量不足は否めないので,この科目の中心となる模擬授業やその検討会には,高瀬教 授や,内地留学中の現職教員の先生方に参加していただき,コメントをしていただいた。
4)本科目の目標(担当教官の意図)
ここでは,担当教官(筆者)がこの科目を設計するときに考えていた意図を述べることにする。
これはのちに示すシラバスにある本科目の目標とは異なり,いわば,影の目標ということになる。
この科目を設計するとき,重点をおいたのは,1)批判的な教材研究作業を経験すること,2)
教材研究の手順のパターン化をはかること,3)学生の自主的主体的なとり組みをはかること,
4)グループ活動を中心とすること,5)模擬授業とその検討会を実施すること,という5点であ った。特に,批判的な教材研究作業というものを重視した。これは,その教材を自分の眼で徹底的 に分析検討することを意味する。受講生には,ただ単にいろいろな情報源から指導法を借用してく るのではなく自分の批判的検討を経てそのよしあしを判定することを求あるのである。これらの目 的を達成するために,1グループが1単元を1年かけて研究するという方法を用いることにした。
なお,本科目を各人の個人学習とせずにグループ活動としたのは,グループ活動自身のメリットだ
けのためではなく,教官の管理能力を考慮したということでもある。5)授業空間
本科目を実施する教室と資料類がある研究室との物理的配置を図2に示す。これらの部屋の位置 関係とその雰囲気とがこの科目の成否とかなりの関係があると思われるからである。
通常のグループ活動は,A425室で行なわれる。この部屋は,本来実験室であるが,大型ビデオ
プロジェクターを含むビデオ設備がある。実験台は,8台あるので,各グループが1つの実験台を
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A425 鷺 理科教材タ験? 室 A423 岩石鉱物学タ験室
地質学 タ験室
地学 地学 理科教育 理科教育
研究室 研究室 A417 A418 研究室 研究室
図2 本科目実施に関する研究室の配置図
使用することができる。A418室には,教科書,指導書,理科教育関係雑誌,ビデオテープ(NH K学校放送)ライブラリー,ビデオ機器,パソコンなどがある。ここでは,4年生が卒業研究の資 料を調べたり,アンケート調査用紙をパソコンで作成したり,データ整理や統計計算をしたり,休 憩時にゲームを楽しんだりしている。この部屋は,理科教育研究室の3,4年生は自由に利用でき る。本科目の受講生も彼らの許可を得てここを自由に利用できる。A417室は,担当教官の研究室 で,ドァは教官が大学にいるときはたとえ部屋にいなくてもつねに開いていて,内部は廊下から見
えるようになっている。ノックをしなくても自由に話ができるような雰囲気を創り出すためである。A423室は,理科教育研究室の3,4年生の部屋である。ここには,3,4年生(約16人)のはか,
現職教員で本研究室に内地留学されている先生が1−2名おられる。受講生は,コーヒーやお茶を 飲みながら,当該単元について内地留学の先生から指導を受けたり,4年生のアドバイスを受けた
表2 実施単元一覧
年 度
班 5 8 5 9 6 0 6 1 1 おもりで動く 地そう㈲ 植物のつくり 雲と天気(3)
おもちゃ(2) とはたらき⑤
2
水にとけるも 星の動き⑤ 音⑤ 風車のはたら
の(2) き(3}3
じしゃく③ 人のからだ⑥ 植物どうしの 空気でっぽう 関係⑥ ③
4 いもの育ち方 たねの発芽(5) 太陽の高さ㈲ こん虫の育ち
(4} 方と体のつく
り(4)
5 太陽と月(4) ものの燃え方 てこのはたら もののとけ方
(5) き(6) (4)
6
雨水と川のは 水溶液㈲ 熱の伝わり方 かん電池とま
たらき(4) ⑥ め電球{4). ゴ 鍾 長 e
㎡ 蝶 申
≧ 瓢 。
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6 茨城大学教育学部紀要(教育科学)36号(1987)
りすることもできる。模擬授業を実施するのは,別棟の普通教室か,または,教育工学センターの CAI室(ここは,ビデオやOHPを使用する場合である。)である。それまでのなごやかな雰囲気か
ら,フォーマルな雰囲気に変えるためである。研究発表会も,教育工学センターのCAI室で行なう。
同様の理由からである。
6)授業活動
ここでは本授業の様子を具体的に描写することにする。表2は,各年度にとりあげた単元の一覧 であり,図3は,昭和60年度のシラバスである。これをもとにして,各活動を描くことにする。
この授業における担当教官の役割について,まず述べることにする。担当教官は,3月中に次年 度の全体計画をたて,その年度にどの単元をとり扱うか,具体的な年間スケジュールをどうするか を決定する。また,必要品(ファイル,ビデオテープなど)を注文しておく。実際の授業が始まっ たら,最初のオリエンテーションでグループ分けを行なう。グループ分けにあたっては,当初は,
附属小学校での教育実習が同一になる学生をできるかぎり同じグループになるように配慮していた が,近年では,むしろ各グループに異なる教育実習期間を持つ学生を配置するようになってきてい る。教育実習期間中,完全に当該グループの活動が中断することに対して,受講生の評判がよくな かった(後述する面接調査の結果)からである。グループ分けに際しては,学生間の人間関係と各 自の研究対象単元に対する興味に注意したことは言うまでもない。第2回は,学習指導案作成法に
41}54!225!6SII35/205ノ 6/36!1。6!1761247!17!87/159!99/1610!・41・!2110/2811141111111/1611/2512/212!9!2/1612〆221/2°1/272!3 敏生オリエン 蜘回 第2回 纂3回 1°123沸4回
テ_ション 敏生斉研 教生斉研 敬生斉研 敬生斉研
第 瞳班 (1) (2) (3) (3)(4)(4)(5) (4、5)(4、5)(6) * (Io) * * * * (12) *(13)
618 ll!躯、}211、12/5 12121、12!23、1!18
(4) (ll) 11[9、(lD
第2班 (り (2) (3)(3) (4)(4、5)(4、5)(5) (5) (5)(7) (8) (8) (8) (9) (10) * * * * * (12) * (13)
5!24 7122 9/Io 1ハ8
(4) (6) (8) (lD
第3班 (1) (2) (3) (3、4)(3、4)(4、5)(4、5) (4)(6) (7)(7) (7)(8、の * * (lo) * * * (12) *(13)
@ 1!18
■ (ll)
第4班 (1) (2) (3)(3) (4)(4)(5)(5、7) (6) (7) (7)(8) (8) (8) (9) * * * (10) * * * (12) 03)
5!24
(4)
第5班 (1) (2) (3)(3) (4、5)(5)(4)(4) (6) (8) (8)(7) (8) (8、9) (9) * * * * (10) * * (匡2) (13)
5/ll 5!25 7122 (9) (9) 12112、12!13
(2) (3) (6、7) (9)
第6班 (1) (2) (2)(3) (4)(4)(4、5)(6) (6) (7) (7) (8、9) (8) * * * * * (IO) * (12) (13)
5125 ?!lI (8) 1217
(3) (6) (9)
図4 班ノートの記載に基づく各班の作業実態
班ノートに記載されていない活動はここにとりあげていない。
カッコ内の数字はシラバスの作業内容に対応している。
*印は模擬授業や研究発表会に出席していることを示す。
関する講義とビデオ機器のとり扱い講習を行なう。学習指導案作成法は,教育実習へ行く前に知っ ておくべきだし,本科目を進めていくうえでの必修事項であるからである。もちろん,教育実習の オリエンテーションや教材研究科目である程度の知識はあるはずではあるが。ここまでは,担当教
官主導で授業は進行するが,このあと,模擬授業が始まるまではグループ主導となる。したがって,この間,担当教官は,グループからの相談を受けたり,彼らに助言をしたり,班ノートの内容チェ ックや出欠チェックするのが役目となる。模擬授業では,担当教官は,オブザーバーとなり,模擬 授業の検討会では,司会役を勤める。担当教官の最後の仕事は,彼らの日常活動,班ノート,模擬i
授業への参加度などを参考にした成績評価を行なうことである。次に,受講生たちが,実際にどのようにこの授業にとり組んでいったかを,昭和58年度を例にし てみてみることにする。図4は,各班の作業状況をその班ノートから復元したものである。この図 から,各班平均26.7回の活動を行なっていることがわかる。受講生の感想(後述する面接調査の結
果)によると,この授業に対する意識ととり組み方が活動が進行するにつれて変化していくという。4月ごろは楽な授業だと思っていたが,夏過ぎごろからしだいにプレッシャーがかかってきて,模 擬授業の前はかなり緊張するというのである。原因を探ってみると,模擬授業のころには,ほとん
どの学生が教育実習を経験しており,まがりなりにも現場を知っているので,この授業がにわかに
現実味をおびてくるということが考えられる。グループ活動の状況は,年度やグループによってかなり異なるが,一般的にいえることは,正規 の授業時間以外にも自主的に活動をすることが多いということである。とくに,教育実習から帰っ てきてからグループのそれまでの方針を大きく変えざるをえなかったグループもいくつかあってそ のようたグループでこのような例が見られた。児童の実態を知って,いまのままではうまくないこ とに気づき,最初からやり直したからである。また,個性的なグループ活動をした例をあげてみる と,リーダーが生まれ,その学生を中心にまとまったグループ,単元に対する基本的認識に2タイ プあって,最後まで2種類の活動を同時平行的に行なったグループ,ビデオ教材作成のために県内
を車で走り廻ったグループなどがある。彼らの活動でもうひとつ特徴的であるのは,たいていのグループが模擬授業の前に何回かのリハ 一サルを行なっているということである。多くの場合,夜から深夜にかけて密かに練習をして,模 擬授業当日は,担当教官が事前に承知していた展開(担当教官は,毎回の活動記録を班ノートで知
ることができる。)とはかなり異なる展開をすることがあった。
こんどは,模擬授業について描写してみることにする。図5は,模擬授業の行なわれるセッティ ングの一例である。模擬授業のある日には,受講生以外に,高瀬教授,内地留学の現職教員の先生 方,および当日授業や予定のない4年生(彼らは,前年この授業を受けているし,教育実習もほと んどの学生が6週間行なってきている。)が,オブザーバーとして参加し,授業を参観し,そ②あ との検討会において助言や意見を述べてくれることになっている。模擬授業で最も大切なことは,
担当グループ以外の学生が演じる児童役である。できるだけ,当該学年の児童になりきるよう指導
をするがなかなか困難なことである。ただ,てれくささをなくすのに,前年度の模擬授業のビデオ
テープをいくつか視聴させた。彼らがよく知っている上級生たちが真剣に小学生を演じているのを
見てやる気がおこるのではないかと考えたからである。その効果があったかどうかはわからないが
実際彼らは期待通りうまく演じてくれることが多かった。それは,内地留学中の現場教師への面接
8 茨城大学教育学部紀要(教育科学)36号(1987)
児童役
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馨弩 ○固定カメラ
黒 o o
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o o o o Oバ
1●記録凄 (≧卿メラ ● カメラ係
図5 模擬授業のセッティングの一例
調査で裏づけられた。模擬授業で問題なことのひとつに,季節の問題がある。たとえば,春先に行 なう単元も模擬授業では秋の終わりから冬にかけて行なわざるをえないのである。
材の場合実物の入手は困難であり,やむを得ず別の素材を使ったこともあった。
模擬授業では,各単元の第一時限を扱うことにしている。そうしないと,児童役の学生に前時ま
での知識を事前に与えておかなければならないからである。では,模擬授業の後の検討会はどのようであったかについて述べてみる。模擬授業が終わると,
児童役の学生にもその時間の学習指導案が配布される(オブザーバーには,模擬授業開始前に指導 案は配布されている。)。約5分間それを読んでから,担当教官が司会進行役を務めて,検討会が始 まる。まず,オブザーバーから感想と担当グループへの質問や意見が出される。
一プ側は自分たちの考え方を述べて反論する。注目すべきことは,ほとんどのグループが,オブザ 一バーの意見に対して彼らの反論を持っていたことである。これは,オブザーバーの指摘する問題 点を彼らが,すでにそれまでのグループ活動のなかで検討していたことを示すといえよう。そのあ とは,児童役をした学生たちも意見や感想を述べ,その模擬授業の問題点がしだいに浮きぼりにさ れてくる。検討会はこのようなオープンエンド形式で行なわれる。ここで指摘された問題は,その グループによってもちかえられ,研究発表会までに研究が加えられることになる。
研究発表会は,各グループ持ち時間30分で,15分が発表で残りはディスカッションとなる。ここ
では,前述の発表会で指摘された問題のなかから,ひとつに話題を絞ってグループの主張をするこ
とになる。この発表会には原則としてオブザーバーは出席しない。担当教官が議論を明確にし問題
を全ての受講生のものとするように働きかける。特定の考え方に集約していくのではなくて,問題
は各自の問題として受けとめさせるオープン・エンドの形をとった。
本 科 目 の 評 価
ここでは,本科目の有効性に関する評価を行なうことにする。このことは,本科目それ自身の目 標が達成できたかどうかという本来の意味での評価とは必ずしも一致しない。前者は後者を内包す
るが,それ以外に,この科目の他科目へのあるいは受講生の内面的な変化への波及効果といったも のの評価をも含めるからである。特に,1)教材研究の手順を理解しそれを修得したか,2)教職
に関するpositive attitudesが形成されたか,3)本科目の成果が教育実習等他科目に転移したか,といった点を中心に昭和58年度のデータに基づいて分析することにする。
1)評価の方法と資料
評価にあたっては,筆者による参与観察,班ノート,模擬授業のビデオテープ,検討会の録音テ 一プ,本科目終了時の受講生の感想文,受講生への質問紙(資料1)による調査,受講生とオブザ 一バーへの面接調査,附属校教官への電話インタビュー,成績などの結果を総合する,いわゆる,
triangulation8)の手法を用いた。なお,受講生への調査は,すべて当該科目の成績が発表されての ちに行なわれた。成績と無関係であることを明確にするためである。
2)教材研究の手順を理解し,その手順を修得したか
質問紙による調査結果をみると,(4)に正解したものは29名中24名,(5)でこのことに言及したもの
は19名,(8)でYesと答えたものは20名であった。また,彼らに対する面接調査で,「教育実習にA
418室の資料を利用したかどうか」を尋ねると,26名中19名が利用したと答えた。この場合,(8)でYesと答えながら,実際の教育実習でこれらの資料を使わなかったものが6名いた。彼らは,自分 では教材研究の手順を身につけたと思っているが,実際には,そのような活動を教育実習時にして いないのだから,身についたとはいいがたいと言える。逆に,⑧でNoとしながら,教育実習時に それらの資料を使ったものは7名であった。彼らは,教材研究の手順が身についていると考えられ る。これらの結果は,この科目の活動がどういう意味をもつのか明確に意識化されるところまで到 達していない受講生がかなりいることを示唆する。さらに感想文で教材研究の手順を身につけると か身についたとかいうことに言及したのは,31名中21名であった。以上を総合すると全体的には教 材研究の手順の理解,修得に関してかなりの効果があったと考えられる。
3)教職に関するpositive attitudesが形成されたか
まず,感想文の記述例をみてみる。 「教材の多角的分析ができた」 (19人),「将来の役に立つ」
(14人), 「自主的活動による充実感があった」 (11人),「児童役,教師役がよい経験になった」
(3人)などが主なものである。次に,質問紙調査の(1)の記載例をみてみる。「おもしろかった」
(7人), 「ためになった」(4人), 「っらかった」(4人), 「たのしかった」(4人),「勉
強になった」 (3人)などである。「っかれた」「めんどうだった」「つまらない」「いそがしか
10 茨城大学教育学部紀要(教育科学)36号(1987)
った」もそれぞれ1人つついた。質問紙の(3)において充実感を感じたのは29名中24名であった。質 問紙の(9)で意識が変化したと答えたのは,29名中21名で,主な記載例は,「児童の心理を読むこと
の大切さに気づいた」「教育には限りがない」「教師のとり組み方ひとつで授業が変わる」「教材 の選択はむつかしい」「教育者になる自覚ができた」などである。前述した面接調査の結果(教育 実習中にA418室の資料を利用した人が26名中19名であったこと)もこの点に関する判断材料にな
る。
以上の結果を総合すると,本科目は教職に関するpositive attitudesの形成に有効であったとい えよう。ただ,一般的に技術的内容にはしりすぎ,本科目の目標に掲げた 批判的検討 という趣 旨が受け入れられにくかったといえる。附属小学校教官への電話インタビューでも,「実習生が技 術的にすぐれてきたが,反面,無難にこなすことに終始し,冒険的であることが少ない」という意
見があったことと一致する。今後の問題点であるといえよう。4)本科目の成果が教育実習等他科目へ転移したか
質問紙の舩にYesと答えたのは26名中18名で,彼らは,授業参観時に「児童の立場で」「発問に 注意して」あるいは「板書に注意して」授業をみるようになったと述べている。また,質問紙の㈹
にYesと答えたのは17名で,教育実習に役立ったのは,教材研究を多角的に行なえるようになった ことであると述べている。ところが,質問紙の㈹にYesと答えたのはわずか3名にすぎなかった。
ただ,彼らの意見は示唆に富んでいる。「児童の実態を知る手がかりを求めて心理・発達系の授業 科目を履修する意欲が出た」「自分で進んでいろいろ調べるくせがついた」「現場教師による授業
に興味がでてきた」というのである。以上の結果から,教育実習や,授業参観(正式の授業科目にはなっていない)には転移効果がみ られるが,その他の科目に直接的な効果はみられない。ただし,学習にとり組む姿勢に微妙な変化
(おそらく彼ら自身気づかないような変化)を与えた可能性は捨てきれない。
5)その他の主な知見
ここでは,質問紙調査によって得られたその他の結果のなかで特に注目すべき点を指摘すること
にする。
まず,{11)において,本科目を有意義であるとしたものは31名中30名で,有意義だと感じ始めた時 期は, 「教育実習後」「模擬授業前ごろ」 「4年次になってから」 「今(調査は,4年次の6月で ある。)」といった答えが多かった。この結果は,少なくとも本科目開始当時はその意義を理解して
もらえにくいこと,そして,多少とも現場経験をもつとその意義を理解してもらえるようになるこ
とを意味している。{29)において,模擬授業へのオブザーバー(現職教師,4年生)の参加について意見を求めたところ,大多数の受講生が,「是非参加してもらうべきだ」という意見であった。特
に,現場教師の意見は,本科目の欠点である「児童の実態がわからない」という点を補うという点
で意義を認めるとする回答が注目された。働において,教育実習を経験したことがこの科目の活動
にプラスになったかどうかを尋ねたら,全員がYesと答えた。特に,児童の実態,活動反応につい
て多少とも理解できるようになったからという意見がめだった。教育実習もこの科目の欠点を補う
要素として彼らが意義づけていることがわかる。㈱で,本科目と教育実習,授業参観との関係につ
いて意見を求めた。彼らの多くは,参観一本科目一実習一参観一本科目,といった履修形態を要求
している。このことは,面接調査や,感想文でも裏付けられた。また,面接調査で聞かれた意見のなかでは,グループ活動に関するものが注目された。グループ 活動を是とする意見の多くは,他人の意見や考え方が自分の思考を刺激するという趣旨のものであ った。しかし,グループ活動に批判的な意見も少なからず存在した。彼らの根拠は,ほとんど,グ ループ内の人間関係に関する問題にあった。1年間という長期間であるだけに,この問題は,本科
目の今後の問題として十分に検討する必要がある。/
l 察以上の評価をふまえて,ここでは,教員養成プログラムにおける教授法の問題と,事前教育,教 育実習,事後教育の関係および構造化に関して考察を加えてみることにする。
まず,本科目の教授法について考えてみる。本科目は,すでに図3に示したように,いくつかの 作業に分節化されている。それゆえ,それぞれの作業によって,いわゆる「教授法」がかならずし
も共通ではない。各作業についてその教授法上の特徴についてみていくと,たとえば,「グループ
学習」9)10),駅syndicate method 11),「モジュール法」12),「講義法」13)14),「文献利用学習」15}, peer teaching 16), role play 17}18}, 賦simulation 19)20), micro−teaching 21》などの
要素があちこちにみられる。しかし,ここで強調したいのはそのような細かい個々の教授法ではな
くて,本科目全体に流れている教授法上の基本理念についてである。本科目設計にあたっては,徹底して「学生中心」「教えるのでなく学ばせる」という方針をとっ
た。この考え方は, independent study 22} student−centered learning 23)Kproject method 24)などと共通する部分が多い。学生の学ぼうとする意欲と試行錯誤,学生間の知的相互作用,それらの結果としての内的発達といったものを積極的に信じてみる立場をとるのである。もっとも,本 実践においては,たまたま担当教官の能力不足のゆえにこのような形態をとらなければならなかっ たということをここで告白しておかなければならないのだが,結果として,学生たちの学ぼうとす る意欲を信じることの教授法上の有効性を確認できたと筆者は考える。教員養成にあたる大学教官 が「子供たちの学ぶ力を尊重すべきだ」と学生に教えながら自分の授業では学生の学ぶ力を尊重せ ず,彼らに教えてやらねばならないと考えているとしか思えないような授業をしているという自己 矛盾に陥っていたことを反省せざるをえまい。まず「院より始めよ」である。本科目のように,学 生中心の授業科目を多くすることは,学生たちにとってはかなり負担が増えることになる反面,教 官側はいったんシラバスが完成すれば,教授負担は減ることになる。このゆとりは,講義科目爾充
実や研究に向けられるはずである。次に,教育実習とその事前,事後教育の関係について,本実践の結果を参考にして考えてみるこ
とにする。すでに述べてきたように,従来の教員養成プログラムにおいては,教育実習の事前教育,実習,事後教育の連続的履修を前提としている。一方,現在の教員養成プログラムをとりまく環境
においては,これらの連続的履修を保証することはほとんど不可能といわざるをえない。とすれば
連続的履修に変わる新しい理念を考える必要があるのではあるまいか。本実践を通してえられた結
12 茨城大学教育学部紀要(教育科学)36号(1987)
果から,同時期に履修している複数の科目間でその教育効果が転移する可能性が示唆された。とこ ろで,現在の教員養成プログラムにおいては,ほとんどの場合大学での授業が進行するなかで断続 的に学生が教育実習にでかけていくという形態をとっている。それゆえ,ある授業科目について,
履修学生が教育実習にいく前は,その科目は彼らにとっては事前教育の科目であり,実習から帰っ てきたときには同じその科目は彼らにとっては事後教育の科目に事実上なっているわけである。そ れならば,授業科目の設計にあたってこのことを念頭におき,その科目と教育実習との関係を事前 に組み込んでおくことができるのではあるまいか。もちろん,すべての科目でこのような設計が可 能とは思わないが,少なくとも,教職関係科目については考えてみる価値があるように思えるので
ある。
最後に,本授業実践とそれについての各種調査を通じて,筆者が実感したことを述べておくこと にする。それは,学生の学習活動を促進する要因は,単位認定でもなければ,すばらしい講義でも ない。まさに彼らのその学習に対する内発的な動機,意欲なのである。大学教官は,教えようとす るべきではない。学生たちと同じ問題をいっしょに考え,悩んでみるべきである。そのような問題 を見つけだすことと,それについてともに考え,悩むことを保証する場を設定することが大学教官
の役割であると考える。本稿を終わるにあたり,たえず助言と批判を与え,実践にも協力していただいた高瀬一男教授,
本実践を支えてくれた多くの学生諸君と内地留学の先生方に感謝の意を表します。
注
P) 小川正賢「小学校教員養成課程の理科教育カリキュラムの検討.1.非理科専攻学生の理科に関する意識 調査を中心にして」『茨城大学教育学部教育研究所紀要』,4,(1981),pp。175−185.
2) たとえば,椎名万吉「八.教職専門教育と教育実習」須田勇序,小林哲也編r教員養成を考える』 (勤 草書房,1982),pp。107−126,においては,このような連続的履修を今後確立していくべきだという主 張がされている。
3) とくに,各大学の教育実践研究センターや教育工学センターを中心としたプロジェクトが数多く進んで
いる。
4) 本科目と似た形式をとる授業実践の報告としては,井藤芳喜「教育実習前の授業研究の必要性と理科の 模擬i授業の試み」 r広島大学学校教育学部紀要,第1部』7, (1984>,pp。115−127,がある。
5) 小川正賢「大学教育における授業方法改善の可能性を求めて一同一塒空性原理を越えて一」『茨城大 学教育学部紀要(教育科学)』33,(1984),pp.1−15.
6) 小川正賢「教員養成課程の授業方法改善策としての自学自習方式とそれに使用するVTR教材の作成」
r教育実践研究(茨城大学教育学部附属教育工学センター研究紀要)』3,(1984),pp。137−145.
7) 高瀬一男「理科教師養成のための演習・実験<21>茨城大学」『理科の教育』34,(1985),pp.62−63.
8) Cdhen,1.,and I.Manio瓦Rθ8θαrcんMε んods π配αcαε oπ.2πdεd漉oπ.(London:Croom Helm,1985),pp.254−270.
9) ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部(喜多村和之,馬越徹,東曜子編訳)r大学教授法入門,大 学教育の原理と方法』 (玉川大学出版部,1982),pp.106−133.
10) Page,G. T.andよB. Thomas.1π emαε oπα♂D cホ oπαry o∫−Edωcα孟 oη.(Cambridge:The MIT Press,1980), pp.153−154.
11) Collier, K.(} Syndicate methods:further evidence and comment. ση uers琵ッ Q㏄αr診θ冠ニソ。 23, (1969),pp。431−436.
12) マッキーチ,W.J.(高橋靖直訳)『大学教授法の実際』 (玉川大学出版部,1984), pp.133−134.
13) ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部,前掲書,pp.86−105.
14) ブライ,nA.(山口栄一訳)『大学の講義法』 (玉川大学出版部,1985).
15) ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部,前掲書,pp.143−145.
16) Page, G. T. andよB. Thomas. oμc記., p.261
17) ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部,前掲書,pp.135−140.
18) マッキーチ,前掲書,pp.150−156.
19) ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部,前掲書,pp.135−140.
20) マッキーチ,前掲書,pp.165−169.
21) 同上書,pp.156−157.
22) 小川正賢,前掲6)参照.
23) Page, G. T. and〔L B. Thomas., oμc りp.326.
24) ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部,前掲書,pp.161−166.
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