またこれは平成十七年七月十四日より始まった﹃太平広記﹄
読書会の成果の一部でもある︒当読書会は熊本大学所属の教員
を中心にして︑他大学の教員や学生︑社会人など︑所属の枠に
とらわれず広く集まった有志による会であり︑今後も﹃太平広
記﹄を読み進めていく予定である︒
なおこのたび本研究会はめでたく十周年を迎えることができ
た︒小規模な集まりながらこれだけの長い年月継続できたこと
は︑ひとえに会員諸氏の努力の賜物である︒感謝の意を述べた
い︒加えて︑その成果を発表する場を与えて下さった熊本大学 本稿は前稿二太平広記﹄訳注1巻四百二十一﹁龍﹂四︵上︶
l﹂︵﹃国語国文学研究﹄第四十九号二○一四年︶に続き︑﹃太
平広記﹄の巻四百二十一後半三話の訳注である︒﹁太平広記﹄
は北宋の初めに編纂された小説を集めた類書である︒本書は日
本の説話文学に影響を与えたことでも知られており︑その訳注
を行うことは今後の中国文学・日本文学双方の研究に資すると
ころが大きいと考える︒
﹃太平広記﹂訳注
1巻四百二十一﹁龍﹂四︵下︶I
○釦﹁童氏﹂
︹本文︺京兆章氏︑名家女也︒適武昌孟氏︒唐大暦末︑孟興妻弟章生
同選︒章生授揚子牒尉︑孟授間州録事参軍︒分路之官︑章氏従
夫入濁︑路不通車輿︒章氏乗馬︑従夫至酪谷口中︑忽然馬驚︑
墜於岸下数百丈︒視之杏黒︑人無入路︒孟生悲読︑一家働突︑
無如之何︒遂設祭服喪捨去︒
童氏至下︑墜約敷丈枯葉之上︑篭無所損︒初似悶絶︑少頃而
睡︒経一日︑磯甚︒遂取木葉裏雪而食︒傍視有一巌鋒︑不知深 文学部国語国文学会にも厚く御礼申し上げる︒
底本︑参考文献︑及び字体については﹁﹁太平広記﹄訳注
1巻四百十八﹁龍﹂一︵上︶l﹂含国語国文学研究﹂第四十三
号二○○八年︶及びヨ太平広記﹂訳注1巻四百二十﹁龍﹂
三︵下︶l﹂含国語国文学研究﹂第四十八号二○一三年︶に
記した通りである︒作品番号は前稿の続きとする︒ 太平広記読書会
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