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田一成 第1章本稿の課題

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95 国士舘法研論集第9号(2008)

中止未遂の法的』性格に関する日本の学説の 予備的考察

富 田一成

第1章本稿の課題

第2章従来の学説の議論状況 1刑事政策説

2法律説 3総合説

第3章従来の学説の検討 l従来の学説の特徴・問題点 2犯罪論体系の内・外の限界

第1章本稿の課題

障害未遂(刑法43条本文)と中止未遂(同法43条但書)とは広い意味では 同じ未遂であるが、その法的効果については大きな相違がみられる。障害未 遂の場合には刑の任意的減軽にとどまるのに対し、中止未遂の場合は刑の必 要的減軽・免除(以下、「必要的減免」という。)という非常に寛大な取扱い を定めているのである。

両者の間になぜこのような法的効果の相違が存在しているのか。これは、

中止未遂の法的`性格(本質)に関する問題として、従来から学説において激 しい議論の対象となっていた。

中止未遂の法的性格に関する従来の議論は、周知のように、刑事政策説と 法律説の対立によって捉えられてきた。すなわち、刑事政策説は、中止未遂 の刑の必要的減免の根拠を、犯罪論体系外の刑事政策的な考慮に求めるべき であると解するのに対し、法律説は、中止未遂はあくまでも未遂の-形態な

(2)

96

のであるから、刑の必要的減免の根拠は犯罪論体系上の違法`性ないし責任の 問題として検討すべきであると解するのである。

しかし、近時、中止未遂に関する研究が深化し、多くの著書・論文が発表 されている。それらの研究においては、従来のように肝11事政策説と法律説と(1)

の対抗軸を容認する視点からだけでなく、それとは異なった新たな視点から のアプローチも見られるのである。たとえば、中止未遂における違法性及び 責任は、犯罪論体系において通常確定される違法」性ないし責任とは異なった 中止未遂独自の違法`性及び責任であるとカユ、中止未遂の理論は「裏返された(2)

犯罪論」そのものであり、中止未遂は一般の犯罪とは「逆の方向に向かった 構成要件」であるといったような視点カユら、中止未遂の法的`性格の問題にア

(3)

ブローチする見解が見られるのである。それIこもかかわらず、それらの見解

(4)

は、自らの見解を従来の「刑事政策説対法律説」という対抗軸の中に押し込ん で学説整理をしており、依然として従来の対抗軸による視点から脱却してい ないのが現状である。

たしかに、中止未遂の法的性格に関する学説を、従来の「刑事政策説対法 律説」という対抗軸によって分類・整理するのは、従来の学説との連続性を 解明し、従来とは違った視点や論理を展開し、従来の学説との相違を鮮明に するためには有用な手法であるかもしれない。しかし、そうした手法は、従 来の学説の視点では捉えきれなかった中止未遂の新たな諸相を暖昧にし、新 たな視点や論点の有用'性を低減させ、中止未遂の法的性格に関する理論的進 歩を阻害する可能性もある。

他方で、近時主張されている見解は、それぞれの視点・論理が論者によっ て独特であるため、それぞれが独立した1つの学説であるかのような観を呈

している。

しかし、近時の多様な見解の中にも、「逆に向かった構成要件」の考え方 を前提に、中止未遂は新たな構成要件を構築していると解する見解や、中止(5)

未遂独自の違法性ないし責任を認めたうえで法的評価の変更を行っていると みることカゴできる見解など、ある一定の方向1性を見出すことが可能であるよ

(6)

(3)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)97

うに思われる。したがって、従来の学説の議論と近時の学説の議論を同質の ものとして一括して扱ったり、あるいは逆に、まったく視点の異なる独立し た見解として理解するならば、それは、中止未遂の法的性格を明らかにして いくうえで混乱を招くことになるように思われる。

「刑事政策説対法律説」といった対抗軸による視点によって展開されてい た従来の学説と、そのような従来の議論の問題点を詳らかにし、従来のそれ とは異なる視座によって展開されている近時の学説とは、問題意識・思考方 法が異なっているため、共通の土俵で論じることはできないように思われ る。言い換えれば、同一の問題意識の上に立っていない従来の学説と近時の 学説とを、従来のような分類視点に立って考察することは、中止未遂の法的 性格に関する議論を正しく把握することにならないのではないかと考えるの である。

そこで、従来の学説の議論と近時の学説の議論における問題意識の相違を 明らかにし、近時の学説を新たな視点によって分類し直し、中止未遂の法的 性格をどのように考察していくべきかという方向性を探ることが本稿の課題 であり、「予備的考察」とした理由でもある。

従来の学説の議論と近時の学説の議論との問題意識の相違を明らかにする ことによって、中止未遂の法的性格に関する議論にどのような視座を持ち込 み、また、どのように考察するのが妥当なのかを明らかにするのが本稿の課 題である。

(7)

第2章従来の学説の議論状況

中止未遂の法的性格に関する議論状況を分類する従来の分類視点は、既に 述べたように、中止未遂の法的`性格を犯罪論体系外の刑事政策的な考慮に求 める刑事政策説と、犯罪論体系内の犯罪要素(違法性・有責性)に求める法 律説との対立図式に当てはめるものであった。

(4)

98

1刑事政策説

(1)概要

升11事政策説は、中止未遂の場合、障害未遂の成立に必要とされる要件は完

(8)

全に充足されているので、そこで確定された違法』性ないし責任は事後的に変 化することはあり得ない。したがって、中止未遂を犯罪論体系上の違法性な いし有責性の問題として処理することはできず、中止未遂における刑の必要 的減免という寛大な取り扱いは、刑事政策的な考慮によるものにすぎないと いう認識を前提にしている。

この刑事政策説は、刑事政策上の考慮を何に求めるかによって、通常、以 下の3つに分類される。

①一般予防政策説

一般予防政策説は、一般予防的な考慮を重視するものであり、中止未遂の 規定が刑の必要的減免という非常に寛大な効果(恩賞ないし褒賞)を定めて いるのは、中止行為を奨励することによって犯罪の完成を未然に防止しよう とする刑事政策的な考慮にあるとする見解である。すなわち、この見解は、

犯罪実行行為に着手した犯罪者(行為者)に対して「後戻りのための黄金の 橋」を架してやることによって犯罪行為の中止を奨励し、犯罪の完成を防止 しようとするものであると解するのである。たとえば、「すでになされた違 法・有責な行為に対する可罰評価が中止行為に対する恩賞的評価によって減 殺されるからであるが、この後者の積極的評価を、結局は中止行為を奨励す るための政策的考慮・・・…に基づくものとみるべきである」論述するのが代表

(9)

である。

②特別予防政策説

特別予防政策説は、特別予防的考慮を重視するものであり、主に主観的刑 法理論の論者から主0日されている。この見解によると、行為者は一旦実行

(10)

行為を行うことによって自らの危険性・反社会性を外部に徴表したけれど も、犯罪実行行為を任意に中止することによって、その危険I性・反社会性が 軽微になったこと、あるいは消滅したことが徴表されたのであり、これによ

(5)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)99

り「犯罪決意の遂行`性が徹底化されな」なかったことが升||の必要的減免の根(11)

拠であるとするのである。

③一般予防・特別予防政策説

この見解は、いわば一般予防政策的考慮と特別予防政策的考慮とを併用す るものである。この見解によると、「刑法は決して一般予防又は特別予防の 一方のみによって理解され得るものではない」のであり、中止未遂において

(12)

は、「一般予防的には一旦実行に着手したる者をして刑の免除を得んがため にその既遂に至ることを防止せしむることを目的とし、特別予防的には行為 者の悪'性小なるものとして其の升||を減軽せんとするものである」とか、「中(13)

止犯について刑の減免乃至行為の不慮罰を規定する所以のものは、一面には 中止犯を奨勵すると云ふ政策的理由一リストの所謂犯人に對する復歸への 黄金橋一に基くと同時に、他面、行爲者の反社會性微弱であると云ふ本質 的理由に基くものと解すべきであ」るとするのである。

(14)

これら3つの刑事政策説は、中止未遂を、単に刑事政策的な根拠に基く

「刑罰消滅事由」又は「刑罰減軽事由」と捉えることになる。通常、刑の減 免は犯罪の成立を前提とする処理であることにかんがみると、最もよく実定 法と調和するし、かつまた、中止未遂を一身的な刑罰減免事由と解すること になるので、中止未遂の一身専属的な法効果をよりよく説明することができ るとする。

(2)批半I

これら刑事政策説に対しては、以下のような批判がなされている。

まず第1に、中止未遂の恩賞・褒賞の効果は、中止未遂の規定を知ってい る者に対しては認められるかもしれないが、それを知らない者に対してはそ の効果を期待できないという批半11がなされている。すなわち、升''事政策説が

(15)

意図する犯罪防止という本源的な目的を達成するためには、一般人(潜在的 行為者)が刑法典の中止未遂規定の効果(刑の必要的減免)を認知している ことを前提としなければならないが、そのような事態は期待しえない。そう だとすると、刑事政策説の本来の目的は達成され得ないという批判がなされ

(6)

100

ているのである。

(16)

また第2に、ドイツ刑法のように中止未遂を不処罰とするのではなく、刑 の必要的減免にとどめている日本の刑法においては、刑事政策的考慮では十 分な根拠とはなりえないという批半11がなされている。すなわち、必要的であ

(17)

るとはいえ、刑の減軽と免除の範囲内で裁量の余地があり、刑の減軽の場合 と免除の場合との区別の基準や、どの程度減軽するのかの裁量の基準を刑事 政策的考慮に見出すことは困難であること、また、刑事政策的考慮は事前に おいてのみ可能であるのに対し、刑の減免の裁量的判断は事後的であるか ら、必要的減軽・免除という2段構えの規定のもとでは、論理的に成り立た ないという批半'1がなされているのである。

(18)

さらに第3に、刑法上の必要的減免の根拠を犯罪論体系の枠を超えて刑事 政策的根拠に求める態度について批判がなされている。すなわち、このよう な態度は、犯罪理論の放棄であり、一旦立法化された刑罰法規の趣旨は、法 律以前の生の刑事政策的意図による説明をもって足るというものではなく、

あくまでも犯罪理論上の考察に還元して解明すべきであるという批判がなさ れているのである。

(l則

2法律説

法律説は、中止未遂の冊11の必要的減免の根拠を単に刑事政策的根拠に求め(20)

るのではなく、未遂犯の-態様として、その性質はやはり犯罪論体系内の違 法性ないし責任の段階で解明すべきであるとする見解である。

法律説は、その法的評価の要素の違いから、通常、違法減少説、責任減少 説、違法・責任減少説に分けられる。

(21)

(1)違法減少説

①概要

(22)

違法減少説'よ、故意一般あるいは未遂犯における故意を主観的違法要素と することを前提にして、中止未遂の刑の必要的減免の根拠を、犯罪者(行為 者)が任意に故意(犯罪意思)を放棄し中止行為を行なうことによって違法

(7)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)101

性が減少するためであるとする見解である。たとえば、故意一般を主観的違 法要素とする立場を前提にして、中止未遂における違法性の減少を「危険性 の喪失」に求める見解がある。すなわち、違法問題が責任問題に論理的に先 行していることに着目し、違法論の次元において中止未遂の刑の必要的減免 の法的1性格が説明できるのであればそれによるべきであるとし、「実行の着 手により生じた行為の危険への方向が未だ客観化されない以前において」中 止がなされた場合には、「主観的違法要素の消滅による計画の危険性の喪失」

が生じ、また、一旦、「危険状態が客観化された」場合には、そうした危険 状態が7肖滅し、「現実の危険'性の喪失」が生じるとするのである。また、同(23)

じく、故意一般を主観的違法要素と認める立場から、違法減少の根拠を、

「実害が発生しなかったことに加えて、反規範的意思を撤回し合規範的意思 を中止行為という外界に表動させた」点にあるとか、自己の意思による中止

(24)

という主観的要素は「違法'性の評価に影響を与えるものである」と力。という

(25)

ように、違法減少の根拠を、必ずしも「危険性の喪失」だけでなく「故意の 放棄」にも求める見解も主張されている。

さらに、未遂犯における故意を主観的違法要素とする立場から、「一度故 意を生じた後にこれを放棄し、あるいは自らの結果の発生を防止した場合 は、違法↓性の減少を認めることができ」るとする見解もある。たとえば、違(26)

法性も一つの評価であり、程度を付しうる概念であるから、免除のみではな く減軽まで認めている日本の刑法においては、違法減少説による説明が適合 的であり、一般予防及び特別予防の刑事政策的効果は違法減少の反射的効果 として包摂しうるし、その意味で、法律説は刑事政策説よりも論理的分析に おいて進化している見i\であるとするのである。(27)

②批判

違法減少説に対しては、以下のような批判がなされている。

まず第1に、故意一般あるいは未遂犯における故意を主観的違法要素と認 めない立場からの批半Ⅲがある。すなわち、故意一般あるいは未遂犯における

(28)

故意を主観的違法要素と解することができない以上、主観的違法要素の消

(8)

102

減・減少による違法性の減少は根拠となりえないというのである。

第2に、違法減少説は、自己の意思で危険状態を消滅させることを根拠と しているが、この場合の「自己の意思」が、どのような論理構造によって違法 性を減少させるのかが明らかでないという批判がなされている。すなわち、

障害未遂と中止未遂とは、客観的に生じた違法事実は同じものであるのに、

自己の意思によったか否かによって、法益侵害の客観的危険という違法性に 相違があるといえるのかについて疑問があるというのである。言い換えれ ば、自己の意思によらなくとも、外部的障害によっても法益侵害の客観的危 険は1肖滅可能であると批判するのである。

(29)

また第3に、中止の意思が主観的違法要素の消滅にあるとしても、1つの 先行事実に対する違法評価は後行事実に対するそれとは別のものであり、後 行事実が先行事実に対する違法評価に影響を及ぼすことはできないとの指摘 カゴある。すなわち、先行事実(障害未遂)で確定した違法評価と、後行事実

(30)

(中止未遂)でなされる違法評価は異なるものではあり、先行事実で確定し た違法評価を事後的に変更することはできないはずであると批判するのであ る。

さらに第4に、違法減少説に立つと、「共犯と中止犯」の問題について難点 に遭遇するとの批判がなされている。すなわち、違法の連帯性を認める限 り、正犯の違法,性が減少すれば、それに伴って共犯の違法性が減少するはず であるが、中止未遂は一身専属的な法効果を有するにすぎないので、違法減 少説に立つと、正犯者の中止行為による違法減少の効果が共犯者にまで及ん でしまうことになり、中止未遂の一身専属的効果を説明することができない

という批半llがなされているのである。

(31)

第5に、違法減少説にいう「危険状態の客観化」という概念が必ずしも明確 ではなく、実行の着手後に違法性の排除を説くのは妥当ではないという批判 がなされている。すなわち、着手未遂の場合であっても、実行行為の終了が なくとも実行行為がなされたという意味では危険状態が客観化.現実化した ともいいうるのであるから、「同じ未遂の段階にあって危険性の客観化の前

(9)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)103 後」によって区別する基準の設定自体には意味がないとの批判がなされてい

るのである。(32)

そして第6に、責任も違法性と同じく程度概念であることは今曰では認め られているのであるから、違法性減少に依拠する必然性はないという批判が なされている。すなわち、違法性が程度概念であることを理由にすること は、責任も程度概念である以上、積極的な論拠にはなりえないという批判が なされているのである。

(33)

(2)責任減少説

①概要

(34)(35)

責任減少説は、主観主義研I法理論の立場の中に見出すことができるとされ ている。たとえば、「犯罪者(行為者)が犯罪を中止する事情として、①犯 罪実行の動機たる事情が不存在になる為めの中止の場合、②犯罪実行の動機 たる事’情が具はるも、その実行に伴ふ外部的障害を予見した為めの中止の場 合、③犯罪実行の動機たる事情が具はるも行為者の性`情が内部的障害として 作用したことによる中止の場合」(読点引用者)という3類型に分け、その うち③の類型が中止未遂を認めるのに相当であるとする。というのは、③の 行為者の性`情は「結局、自己の犯罪の実行の着手を不可欠なりとする感情、

即ち、自己の行為の価値を否定する意識(規範意識)として働いた訳である から、斯かる場合こそ、犯人の反規範性は、通常の未遂罪の場合に比して軽 微なもの」(読点弓I用者)であるからである。このような犯行決意の事後的

(36)

撤回が行為者の規範意識として作用し、行為の非難可能性を減少させるとい う論理構造は、その後、規範的責任論の台頭とともに日本における責任減少 説として有力化した。

また、「責任」とは刑罰という手段による法の立場からの法益侵害.危険 行為に対する非難可能性を意味すると解する法的責任論の立場から、一旦抱 いた既遂結果実現(法益侵害)の意思(故意=決意)を法の呼びかけに応じ て自発的・事後的に放棄し、中止行為により既遂結果を発生させず、未遂犯 の違法性=法益侵害の具体的危険にとどめたので、法的非難可能性が一般の

(10)

104

障害未遂より減少するという見解力X主張されている。(37)

さらに、同様に法的責任論の立場に立つ論者から、中止未遂を客観的要件 としての違法性と主観的要件としての責任とに分析した場合、客観的な違法 性の側面では、中止行為によった場合でも外部的障害によった場合でも、_

且発生した危険が減少すること目体には違いはなく、本質的な差を認められ ないので、中止未遂と障害未遂の相違は、結果の不発生が行為者の意思に基 づいているのか否かという主観面、すなわち、責任非難の相違に求められる ことになるのであり、そして、「「自己の意思による』=自発的意思の内容 としては、 ̄且抱いた結果実現意思(故意)を法の呼び掛けに応じて放棄す る意思力iあれば」責任減少を認めるのには+分であるとするのである。

(38)

②批半Ⅱ

責任減少説に対しては、以下のような批判がなされている。

まず第1に、中止未遂の要件として悔悟を必要とするのであれば別である が、'悔悟を要件としない日本の刑法において、責任の消滅.減少で説明する のは困難であるし、中止未遂の成立範囲が狭くなりすぎるという批判がなさ れている。(3切

また第2に、故意・過失という主観的要素が責任から違法性に移り、規範 違反性に関わる要素となった以上、規範的責任論からの責任減少説は支持で

きないという批半']がなされている。(40)

第3に、刑の減軽・免除という2種の科刑処分が責任の段階の問題と言い 切れるか疑問カゴあるとの指摘がなされている。(41)

さらに第4に、行為者の反社会的性格ないし性格の危険性を犯罪要素と考 えることは妥当とはいえず、このような見解は採用しえないという批判がな されている。(42)

そして第5に、責任減少説を徹底した場合には、たとえ既遂結果が発生し た場合であっても、行為者に中止行為の十分な意思(とその現実化)が認め られれば責任の減少は肯定されるはずであるが、現行法上、中止未遂は未遂 犯の一種であり、既遂結果が発生した場合にはこれを肯定できないため、現

(11)

中止未遂の怯的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)105

行法の解釈としては受け入れることができないという批半11がなされている。(43)

(3)違法・責任減少説

①概要

違法・責任減少説は、違法性の減少と責任の減少の双方を援用する見解で(44)

ある。すなわち、行為者が中止行為を行なうことによって故意の実効‘性を失 わせ、法益侵害の現実的危険を決定的に除去するのであるから、常に主観的 違法要素としての違法性を減少させることなるとともに、責任の減少につい ては、任意の中止行為によって、法に再び合致しようとする行為者の人格的 態度によって明らかに「法敵対性」が減弱するので、その分だけ責任非難の 量カゴ減少することになるとするのである。(45)

③批判

違法・責任減少説に対しては、以下のような批判がなされている。

故意を主観的違法要素とするのであれば、中止行為は、その客観的側面の みならず主観的側面たる中止の決意も違法性判断の対象となるとするのが論 理的に一貫した態度であり、したがって、中止行為を違法減少に、中止の決 意を責任減少に振り分けるのは矛盾するという批半Iがなされている。(46)

3総合説

(1)慨要

総合説は、前述の升|]事政策説と法律説の主張を総合する見解である。たと(47)

えば、「中止行為によって実害が防止され、かつ、行為後の行為者の態度の 変化により行為に対する社会的評価が寛容化するという点で、まず違法性が 微弱化し、それにともない責任も微弱化する」のであるが、「法律説だけで 害りり切れない政策的考慮が背景にあることは、いかにしても否定できない」(48)

とする見解、あるいは、「違法性または責任の減少は、そのどちらか_方だ けと割り切ることは困難であり、具体的事態に応じて、違法性または責任の どちらかの面に重点がおかれつつも、基本的には、両者がともに減少するも のと解するのが適当であ」り、「刑の減免が一般予防および特別予防を併せ

(12)

106

考慮して行われなければならないことは当然である」から、「刑事政策的顧 慮を背景としつつ、行為者の中止によって、違法性および責任の減少する場 合を類型的に規定しプこものと解すべき」であるとする見解など、法律説では

(49)

説明しきれない部分を刑事政策的考慮でもってカバーしようとするものであ る。

(2)批判

総合説に対しては、以下のような批判がなされている。

まず第1に、「特定の程度の違法な行為を前提にして責任非難を考える以 上、その違法行為の程度が変化すればそれにともない責任非難も変動するの は当然」なのであるから、単に違法減少を主張すれば足りるのであり、責任 減少をも主張する必要はないという批半'1がなされている。すなわち、違法減

(50)

少を前提とした責任減少である以上、責任減少に独自の根拠づけがないので あれば、違法減少を認めさえすれば、おのずと責任も減少することになるの であるから、違法減少のみで足りるのではないかという批判がなされている のである。

また第2に、それぞれの見解を総合することによって、各説の難点が相互 に相殺されることになるのか、それとも、逆に各見解の総合による相乗的効 果はないと見ているのか、その点が明らかでないという指摘がなされてい る。すなわち、総合説が、どのような関係で政策説と法律説を扱っているの かが不明であり、その関係性が明らかでないため、各説を総合する論理的な 必然性・必要性カゴ説明できていないという問題点が指摘されているのである。

(51)

第3章従来の学説の検討

1従来の学説の特徴・問題点

従来の学説においては、既に述べたように、中止未遂規定における刑の必 要的減免という非常に寛大な効果(恩賞ないし褒賞)について、刑事政策説 は、犯罪論体系外の刑事政策的な考慮に求めるべきであると解するのに対 し、法律説は、中''二未遂はあくまでも未遂の-形態なのであるから、刑の必

(13)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)107

要的減免の根拠は犯罪論体系上の違法性ないし責任の問題として検討すべき であると解するのである。その際、従来の学説において、見解の相違をもた らしていたのは、障害未遂とは異なる「中止未遂の特殊性」をどのように解 するかにあったといえよう。すなわち、刑事政策説は、中止未遂の特殊性を 強調し、一般予防や特別予防にその根拠を求めることによって犯罪論体系の 外側で論じようとしたのである。これに対し、法律説は、中止未遂規定の特 殊性を強調しているというよりも、むしろ中止未遂を未遂犯のヴァリエーシ ョンとして捉えることによって、あくまでも犯罪論体系内で論じようとした のである。

(1)刑事政策説の特徴と問題点

まず、刑事政策説について見ると、一般予防政策説では、犯罪実行行為に 着手した犯罪者(行為者)に対して「後戻りのための黄金の橋」を架してや ることによって犯罪行為の中止を奨励し、犯罪の完成を防止しようとする刑 事政策的な考慮に中止未遂の特殊性を求めたのに対し、特別予防政策説で は、犯罪行為を任意に中止したという具体的行為によって、行為者の危険 性・反社会性が軽微になったあるいは消滅したことで犯罪決意の遂行性が徹 底化されなかったという刑事政策的な考慮に中止未遂の特殊性を求めたので ある。

これら2つの刑事政策説は、中止未遂の法的性格を刑事立法政策上の問題 として捉えることで、障害未遂との関係においてその特殊性を強調しようと していたのである。言い換えれば、刑事政策説は、中止未遂の特殊性を明確 に意識し、未遂として確定した違法性・責任を事後的に変更することはでき ないので、中止未遂を犯罪論体系内では捉えきれないとし、中止未遂の刑の 必要的減免の根拠を犯罪論体系とは切り離し、犯罪論体系の外側にある刑事 政策的な考慮に求めるほかはないという結論に至ったのである。そのため、

刑事政策説に対しては、刑の必要的減免の根拠を犯罪論体系外に求めるのは 犯罪理論の放棄であり、一旦立法された法規の趣旨は、法律以前の生の刑事 政策的意図でもって説明されるべきではなく、あくまでも犯罪論体系内の理

(14)

108

論的考察を徹底すべきであるなどの批半Iを受けることになったのである。

(52)

(2)法律説の特徴と問題点

次に、法律説は、刑事政策説のように、犯罪論体系外で捉えることで中止 未遂の特殊性を強調するのではなく、中止未遂の特殊性を意識しながらも、

未遂犯としての,性質に着目し、障害未遂との関係'性を考慮する中でその特殊 性を見出そうとしたのである。そのため、違法減少説にしても責任減少説に しても、障害未遂との関係性の中で特殊性を見出そうとするので、刑事政策 説に比して、中止未遂の特殊性へのアプローチは薄くならざるを得ないので あり、違法減少説は、中止未遂は障害未遂に比べて(主観化された)違法性 が減少することを根拠にし、責任減少説は、責任(非難可能性)が減少する ことを根拠にすることで、中止未遂の特殊性よりも、未遂犯としての共通の 性質をより強調するのである。言い換えれば、中止未遂は特殊な規定である にしても、未遂犯のヴァリエーションとして捉えることが可能なのであり、

中止未遂の刑の必要的減免の根拠も犯罪論体系内の違法`性.責任といった要 素から導き出せるとしたのである。

しかし、中止未遂の特殊,性を認めた上で、あくまでも未遂犯としての性質 を強調すると、障害未遂との関係で疑問が生じる。すなわち、障害未遂との 関係で論じる限り、中止未遂の違法性.責任の評価は、障害未遂で確定した 違法性・責任に拘束されるはずである。それにもかかわらず、法律説は違法 ,性・責任の減少を認めているが、違法性.責任は障害未遂の段階で確定して いるのであるから、単なる違法性・責任の量の減少とはいえず、なんらかの 付加的要素を具備した異質な違法性・責任の減少であると考えざるを得な い。そうであるならば、犯罪論体系内における違法性・責任とは異なる要素 を用いていることになるはずである。言い換えれば、法律説は、中止未遂の 特殊』性を希薄にし、未遂犯としての性質を強調することで論理を展開した が、それによって却って犯罪論体系の違法性・責任とは質的に異なる違法 性・責任の存在を認めざるを得なくなっているのであり、それが却って法律 説が薄めようとした中止未遂の特殊’性を強調することになっているのであ

(15)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)109

る。結局、法律説は、犯罪論体系内で論じようとしたことによって、その根 拠となっている概念を変質させてしまってしまったのであり、その意味で、

その論拠に無理が生じてしまっているのである。

(3)総合説の特徴と問題点

結局、純粋な刑事政策説も、純粋な法律説も、理論的な説明に窮すること になり、それぞれ単独の根拠で中止未遂の刑の必要的減免の根拠を説明する ことはできなくなったため法律説をベースにして刑事政策的考慮を加味する 総合説(併合説)へと移行せざるを得なくなったのである。

しかし、総合説が、刑事政策説と法律説の関係`性を分析しなかった点は、

この説の最大の問題点である。刑事政策説と法律説を総合するためには、刑 事政策説からの犯罪論体系外の根拠と、法律説からの犯罪論体系内の根拠と の関係性を明確にする必要がある。すなわち、一般予防.特別予防といった 刑罰目的という犯罪論体系の外側にある根拠と、未遂犯のヴァリエーション として犯罪論体系の内側にある根拠との、それぞれの関係性を明確にする必 要性があるのである。それにもカユかわらず、総合説においては、その点を分

(53)

析している論述を見ないのである。

2犯罪論体系の内・外の限界

従来の学説においては、その視点は中止未遂の特殊性へと向けられてい た。刑事政策説が、中止未遂規定の特殊性は犯罪論体系内の要素では捉えき ることはできないとして、犯罪論体系外にその根拠を求めたのに対して、法 律説は、中止未遂が特異な性質を備えた規定であるにしても、やはり犯罪論 体系内の理論的考察によって論じられるべきであると説き、その根拠をあく までも犯罪論体系内の要素に求めたのである。すなわち、従来の学説は、中 止未遂の特殊性に視線を向けながら、犯罪論体系の「内側.外側」という対 抗関係よって議論を展開していたのである。

たとえば、中止未遂の特殊性を強調し、中止未遂の刑の必要的減免の根拠 を、通常の犯罪論体系で考えられている違法性・責任とは異質の違法性.責 任にあると考えるのであれば、中止未遂の違法性.責任は、通常の犯罪論体

(16)

110

系で考えられている違法性・責任とは異なることになる。そうした違法」性・

責任は、障害未遂のそれを超えているため、犯罪論体系の外側にその根拠を 求めなければならないことになる。この論理を用いて、犯罪論体系の外側に ある刑罰目的を根拠とするのが刑事政策説である。

これに対して、中止未遂をあくまでも未遂犯のヴァリエーションとして捉 えるのであれば、中止未遂における違法性・責任は、通常の犯罪論体系で考 えられている違法↓性・責任と同様に捉えることになるため、既に生じてしま っている障害未遂の違法性・責任の評価に拘束されることになるが、それで もなお中止未遂の違法性・責任は障害未遂のそれよりも減少していると考え たいのであれば、その根拠を犯罪論体系の内側に求めなければならないこと になる。この論理を用いて、犯罪論体系内の違法性・責任の減少に根拠を求 めるのが法律説である。

刑事政策説と法律説とは、犯罪論体系の内側・外側という異なる次元で論 じられてはいるが、中止未遂の特殊性に視点を向けている点では一致してい る。それゆえ、両説の問題点は、この中止未遂の特殊性という視点を基にし て明らかにしていくべきことになる。すなわち、刑事政策説と法律説が同一 の次元で議論を展開していない以上、むしろ両説に共通する「中止未遂の特 殊性」という視点から検討するのでない限り、中止未遂の本質的な問題点は 浮き彫りにならないであろう。

この点、刑事政策説は、中止未遂の特殊性に関する根拠を単に刑事政策的 な考慮に求めたに過ぎず、それが、刑の必要的減免の根拠としてどのように 作用するのかを必ずしも明らかにしているとは言い難い。すなわち、刑事政 策説は、中止未遂は特殊な規定であるから、およそ犯罪論体系内で捉えられ るものではないので、刑事立法政策にその根拠を委ねることができるとした にすぎず、それが中止未遂の法的効果とどのような関係に立つのかについて 何らの言及もしていないのである。

他方、法律説は、未遂犯のヴァリエーションとして捉えることで中止未遂 の特殊’性を薄める形で論じており、中止未遂の違法性・責任は障害未遂に比

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中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)111

して減少しているとしながらも、それは違法性・責任の事後修正・事後変更 ではないとする点でその根拠に矛盾が生じている。すなわち、通常の犯罪論 体系内の要素としての違法性・責任と中止未遂の違法’性・責任との間に何ら かの質的相違を認めるのであれば別であるが、質的相違を認めないのであれ ば、障害未遂で確定した違法性・責任の事後変更・事後修正には当たらない ことを論証しなければならない。そしてなお、犯罪論体系内において、違法 性・責任の減少を認めるのであれば、中止未遂の違法`性・責任に付加的要素 を認めるか、あるいは、評価の事後修正・事後変更を正面から認めるよりほ かにないのである。

以上のように、中止未遂の特殊性を認めながら、中止未遂の刑の必要的減 免の根拠を、犯罪論体系の外側に求めるのか、内側で論じるのかという視座 による理論構成にとどまっていたのでは、学説の根拠は限界に直面してしま

う。そのため、刑事政策説と法律説は、その後、総合説へ移行していくこと になるのであるが、結局、両説を単純に総合するだけでは、それぞれの問題 点は解消されない。総合説は、法律説を基にして刑事政策的考慮を補充的に 用いるとか、刑事政策的考慮は無視できないとかということを指摘するにと どまっており、刑事政策説と法律説との関係性が分析・解明されていないの である。言い換えると、刑事政策的考慮と法律的考慮とがどのような関係に 立ち、どのような位置づけになるのか、刑事政策的考慮が法律説の違法’性・

責任の減少にどのように影響するのか、影響しないのであれば、刑事政策的 考慮と犯罪論体系内の要素とをどのようにして切り離すことができるのかが 解明されていないのである。

理論的基盤の異なる刑事政策説と法律説とを総合しようとするのであれ ば、その理論的な架け橋が示されなければならないのである。

(1)井田良『刑法の理論構造」(成文堂.2006年)276頁~292頁、金澤真理『中止未 遂の本質』(成文堂.2005年)、野澤充「中止犯の歴史的展開(1)~(5完)-

日独の比較法的考察」立命館法学280号~282号、288号、291号(2001年~2003年)、

野澤充「日本の中止犯論の問題点とあるべき議論形式について-「刑事政策説』

(18)

112

および『法律説」の内容・意義・法的効果に関連して」神奈川法学36巻2.3号

(2006年)117頁~167頁、町田行男「中止未遂の理論」(現代人文社.2005年)、山 中敬一「中止未遂の研究』(成文堂.2000年)、和田俊憲「中止犯論一減免政策の 構造とその理解に基づく要件解釈一」刑法雑誌42巻3号(2003年)1頁~15頁。

(2)岡本勝「中止未遂における減免根拠に関する-考察」「刑事法学の現実と展開 _斉藤誠二先生-古稀記念一」(信山社.2003年)290頁~291頁。

(3)井田良『刑法の理論構造」(成文堂.2005年)281頁、山口厚「問題探求刑法総 論』(有斐閣・2002年)224頁~225頁。

(4)井田良「刑法の理論構造」(成文堂.2005年)276頁~292頁、伊東研祐「積極的 特別予防と責任非難一中止犯の法的性格を巡る議論を出発点に」「香川達夫博士 古稀祝賀刑事法学の展望と課題』(成文堂.1996年)265頁~279頁、岡本勝「中止 未遂における減免根拠に関する-考察」「刑事法学の現実と展開~斉藤誠二先生 古稀記念一」(信山社.2003年)277頁~296頁、金澤真理『中止未遂の本質」(成 文堂.2005年)、西田典之「刑法総論」(弘文堂・2006年)292頁~295頁、山口厚

「問題探求刑法総論』(有斐閣・2002年)219頁~233頁、山中敬一「中止未遂の研 究』(成文堂.2000年)。

(5)井田良『刑法の理論構造』(成文堂.2005年)276頁~292頁、山口厚「問題探求 刑法総論』(有斐閣・2002年)219頁~233頁。

(6)岡本勝「中止未遂における減免根拠に関する-考察」「刑事法学の現実と展開

~斉藤誠二先生古稀記念一』(信山社.2003年)277頁~296頁、金澤真理「中 止未遂の本質」(成文堂.2005年)91~93頁。

(7)本稿とは異なる視座によって、中止未遂の議論形式を提示している文献として、

野澤充「日本の中止犯論の問題点とあるべき議論形式について-『刑事政策説』

および「法律説」の内容・意義。法的効果に関連して」神奈川法学36巻2.3号

(2006年)117頁~167頁がある。

(8)城下裕二氏、塩谷毅氏、高橋則夫氏、和田俊憲氏の見解を従来の議論に当ては めるのであれば、刑事政策説に分類されることになる。しかし、諸氏の見解は通常 の刑事政策説とは異なる考慮事情によって立論を試みており、別に分類する必要が あると考え、本来の刑事政策説には含めないことにした。城下氏、塩谷氏、高橋 氏、和田氏の見解は後に別稿で扱う予定である。

(9)中野次雄『刑法総論概要〔第3版補訂版〕』(成文堂.1997年)132頁。

(10)木村亀二「刑法の基本概念』(有斐閣・’949年)277頁~282頁、牧野英一「刑法 研究8巻』(有斐閣・1939年)275頁~276頁。木村・牧野両氏は、共にその後責 任減少説に改説されている。

(11)牧野英一「刑法研究8巻」(有斐閣・1939年)267頁参照。

(12)小野清一郎「刑法総則草案と中止犯」「刑罰の本質について・その他』(有斐

(19)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)113 閣・1965年)280頁。

(13)小野清一郎「刑法総則草案と中止犯」「刑罰の本質について・その他』(有斐 閣・’965年)288頁。

(14)草野豹一郎『刑法改正上の重要問題」(巌松堂書店・’950年)235頁。

(15)香川達夫『中止未遂の法的性格」(成文堂.1963年)51頁、団藤重光『刑法綱要 総論〔第3版〕」(創文社.1990年)336頁、平場安治「刑法総論講義」(有信堂.

1961年)138頁参照。

(16)香川達夫「中止未遂の法的性格」(成文堂.1963年)51頁参照。

(17)木村静子「中止犯」『刑法講座』(有斐閣・1963年)22頁、団藤重光「刑法綱要 総論〔第3版〕』(創文社.1990年)361頁、平場安治「刑法総論講義』(有信堂.

1961年)138頁参照。

(18)香川達夫『中止未遂の法的性格」(成文堂.1963年)57頁、団藤重光「刑法綱要 総論〔第3版〕」(創文社.1990年)361頁参照。

(19)中義勝「講述犯罪総論』(有斐閣・1980年)211頁参照。

(20)法律説は、違法性あるいは責任の観念の明確化の前後によって前期法律説と後 期法律説に分けられるといわれる。香川達夫「中止未遂の法的性格』(成文堂.

1964年)46頁注(五)、小野清一郎「刑法総則草案と中止犯」「刑罰の本質につい て」(有斐閣・1955年)277頁~278頁参照。

(21)学説においては総合説(併合説)が主流であるが、以下、法律説を論じる際に は、ことを考慮して、第一義的に法律説を用いて、刑事政策的考慮を併合して考え る見解も含んで論じていくことにする。

(22)清水一成氏、野村稔氏、町田行男氏の見解を従来の議論に当てはめるのであれ ば、違法減少説に分類されることになる。しかし、諸氏の見解は通常の違法減少説 とは中止未遂において通常とは異なる違法構造の存在を認めることを前提として主 張されており、別に分類する必要があると考え、本来的な違法減少説に含めないこ

とにした。清水氏、野村氏、町田氏の見解は、後に別稿で扱う予定である。

(23)平場安治「刑法総論講義』(有信堂・’961年)140頁~141頁参照。但し、平場氏 は、違法性の論理的先行性から第一義的に違法性の減少を認め、補充的に責任を考 えられている。

(24)西原春夫『刑法総論」(成文堂.1977年)332頁~333頁。但し、西原氏は、刑事 政策的理由を加味した形で論じている。

(25)福田平「刑法総論〔全訂第4版〕』(有斐閣・2004年)227頁~228頁。但し、福 田氏は、刑事政策的理由も併せて論じている。

(26)平野龍一『刑法総論Ⅱ』(有斐閣・1975年)333頁。

(27)平野龍一「刑法総論Ⅱ』(有斐閣・1975年)333頁、斉藤信幸「刑法講義〔総 論〕』(成文堂.1991年)300頁参照。但し、平野氏は、違法減少説を、刑事政策説

(20)

114

を理論的に表現したものであるとしている。

(28)荘子邦雄『刑法総論〔第3版〕」(青林書院・1996年)400頁。

(29)曽根威彦「中止犯の法的性格」「刑法の重要問題〔総論〕〔第2版〕」(成文堂.

2007年)277頁。

(30)木村静子「中止犯」「刑法講座4巻未遂・共犯・罪数』(有斐閣・1963年)25頁 参照。

(31)香川達夫『中止未遂の法的性格』(有斐閣・1963年)78頁~79頁参照。

(32)香川達夫「中止未遂の法的性格」(有斐閣・1963年)83頁~84頁参照。

(33)香川達夫「中止未遂の法的性格」(有斐閣・1963年)107頁、木村静子「中止犯」

『刑法講座4巻未遂・共犯・罪数』(有斐閣・1963年)27頁注7,山中敬一『中止未 遂の研究」(成文堂.2000年)3頁~4頁。

(34)中谷瓊子「中止未遂の法的性格」ジュリスト300号(1964年)297頁。責任減少 説の代表的論者として香川達夫氏の見解をあげる文献がほとんどであるが、同氏の 見解は責任評価の事後的変更を積極的に承認するものであるので、別に分類する必 要があると考え、本稿では本来の責任減少説には含めないことにした。香川氏の見 解は、後に別稿で扱う予定である。

(35)浅田和茂氏、伊東研祐氏、西田典之氏、山中敬一氏の見解を従来の議論に当て はめるのであれば、責任減少説に分類されることになる。しかし、諸氏の見解は、

通常の責任減少説で捉えられている責任とは異なる責任の存在を前提としているた め、別に分類する必要があると考え、本来の責任減少説には含めないことにした。

浅田氏、伊東氏、西田氏、山中氏の見解は、後に別稿で扱う予定である。

(36)宮本英脩「刑法大綱」(弘文堂書房・1936年)184頁。

(37)内藤謙「刑法講義総論(下)Ⅱ」(有斐閣・2002年)1287頁。但し、内藤氏は、

補充的に刑事政策的理由の存在も認めている。

(38)曽根威彦「中止犯における違法と責任」研修594号(1997年)10頁、曽根威彦

「中止犯の法的性格」「刑法の重要問題〔総論〕〔第2版〕」(成文堂.2007年)278 頁。

(39)平野龍一「中止犯」「刑事法講座2巻』(有斐閣・1952年)405頁参照。

(40)西原春夫『刑法総論」(成文堂・’977年)332頁。

(41)木村静子「中止犯」「刑法講座4巻未遂・共犯・罪数』(有斐閣・1963年)25頁、

26頁。

(42)野村稔「未遂犯の研究」(成文堂.1983年)443頁。

(43)山口厚「中止犯」「問題探求刑法総論』(有斐閣・2002年)223頁。

(44)井田良氏、岡本勝氏、金澤真理氏、山口厚氏の見解を従来の議論に当てはめる のであれば違法・責任減少説として分類されることになる。しかし、諸氏の見解で 用いられている違法性・責任の減少の論理は、通常の違法・責任減少説と異なる構

(21)

中止未遂の法的性格に関する日本の学説の予備的考察(富田)115

造を有しており、また、そこで考えられている違法性・責任も通常のそれとは異な るため、別に分類する必要があると考え、本稿では、本来の違法・責任減少説に含 めないことにした。井田氏、岡本氏、金澤氏、山口氏の見解は、後に別稿で扱う予 定である。

(45)川端博「刑法総論講義〔第2版〕』(成文堂.2006年)473頁~477頁。

(46)野村稔『未遂犯の研究』(成文堂.1984年)448頁。

(47)大塚仁「刑法概説(総論)〔第3版増補版〕』(有斐閣・2005年)242頁、佐伯干 仰『刑法総論講義(総論)」(有斐閣・1968年)323頁、藤木英雄「刑法講義総論』

(有斐閣・1975年)262頁、柏木千秋「刑法総論」(有斐閣・1982年)262頁、佐久間 修「刑法講義〔総論〕』(成文堂.1997年)325頁。

(48)藤木英雄「刑法講義総論』(有斐閣・1975年)262頁。

(49)大塚仁『刑法概説(総論)〔第3版増補版〕』(有斐閣・2005年)242頁。

(50)野村稔『未遂犯の研究」(成文堂・’984年)447頁。

(51)香川達夫「刑法講義(総論)』(成文堂.1980年)273頁注(9)参照。

(52)中義勝『講述犯罪総論』(有斐閣・’980年)211頁。

(53)城下裕二「中止未遂における減免根拠について-「根拠』と『体系的位置づ け」-」北大法学論集36巻4号(1986年)201頁~202頁。

参照

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