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ド イ ツ 刑 事 訴 訟 に お け る 自 白 の 証 明 力

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(1)ドイツ刑事訴訟における自白の証明力. 田. 一. 郎. ドイツ刑事訴訟における自白の証明力. 一四一︵一四一︶. とは独立して︑職権により証拠調を行なう権利と義務とを裁判所に与えている︒検察官は︑有罪とするのに役立つ事. いう原則が妥当しているのである︒この原則はドイッ刑事訴訟を支配し︑訴訟のあらゆる段階で︑当事者の立証活動. は実体的真実発見のために必要なすべての事項を職権で取り調べなければならない︵ドイツ刑訴法第二四四条第二項︶と. りを演じている︒しかし︑彼等の関与を超えて︑刑事訴訟においては︑公益が問題とされているのであるから裁判所. で︑普通には︑事実上︑当事者によつて証拠が提出される︒従つて︑検察官および被告人は立証について重要な役割. おいては︑事情が異り︑実体的真実発見主義が行なわれている︒ドイッ刑事訴訟は弾劾手続として形成されているの. とのでぎる請求権が問題となる︒従つて︑裁判官は当事者の提出しない証拠に心を配ることを要しない︒刑事訴訟に. もとづいて裁判をしなければならない︒すなわち︑離婚訴訟などの一部の例外を除いて︑当事者が任意に処分するこ. 現在︑ドイッ民事訴訟においては︑いわゆる弁論主義が行なわれ︑裁判官は︑当事者の提出した事実と証拠のみに. 内.

(2) 論. 説︵内田︶. 一四二︵一四二︶. 情のみならず︑免責に役立つ事情をも取り調べなけれぱならない︵同法第ニハ○条第二項︶とすることも︑実体的真実 発見主義の一帰 結 で あ る ︒. 自由心証主義の原則は︑ドイッ刑事司法を支配しているが︑これは︑裁判官に真実発見の義務を負わせていること. と密接な関係を有している︒証拠は︑裁判官に︑特定事実の真実性について確信を抱かせるものである︒しかし︑裁 ︵一︶. 判官の本当の確信について語ることのできるのは︑裁判官が︑自由に︑その確信を形成することのできた場合に限ら れる︑とするのである︒. ︵一︶ω8葺両ぎ<︒暑・旨まRα一①切魯き&琶閃qΦωω象︒一の冥︒び一︒暴言q︒暮ω︒冨pω霞縁く︒誉鐸①pぎ2署ヨ貸u器 Φ轟房9・9︒目①ユざ三ω9︒ω睾︒醇︒︒ヌ一〇薩沖ω●O開.﹂9. ゲルマンの通常刑事訴訟は︑﹃原告なければ裁判官なし﹄との原則が厳格に堅持されていた. 置かれた︒彼が裁判所に出頭したときは︑先ず︑原告は訴を提起し︑被告人が否認したときは︑立証が行なわれなけ. ければならなかつた︒被疑者がこの召喚に応じないとぎは︑彼は追放または予備的追放に処せられ︑法律の保護外に. 正式の︑必要な場合には三度繰り返す召喚︵eき艮ぎまたはa旨亀豊o︶によつて︑被疑者を裁判所に出頭させな. 味において︑公開・口頭による弾劾訴訟であつた︒但し︑原告は︑犯罪の被害者およびその血族団体であつた︒彼は︑. こと︑そして裁判のための事実および証拠が対席的弁論の形で当事者によって判決人に提出せられたこと︑という意. ︵一︶ ゲルマソ時代. 二.

(3) ればならなかつた︒この立証は︑ゲルマソ法では︑被告人の一種の特典であつた︒立証者は︑判決を下す者に確信を. 抱かせるというよりは︑むしろ︑法律によつて特定された形式を充足することをもつて足りた︒立証活動は︑終局判. 決を下すために重要な事実の真実性または不真実性に向けられることなく︑無罪または有罪もしくは主張者の信愚性 ︵一︶. または不信愚性に向けられた︒この場合に立証者の用いる証拠方法は︑宣誓︑神判および決闘で︑そのうちの主要な. ︵二︶. 裁判手続は︑原則として︑前時代の弾劾訴訟手続を踏襲している︒すでに︑力ロリンガ朝に. 証拠方法は︑宣誓であつた︒. ︵二︶ フラソク時代. は︑通常の弾劾訴訟手続のほかに︑糺弾手続が形成されている︒. フランクの糺弾手続︵一2鼠玲δ︶では︑裁判官は︑その地区内で行なわれた重大な犯罪に関して︑特に名望のある. 人々に宣誓供述をさせる義務を有するようになつた︒そのような宣誓によつて嫌疑をかけられた者は︑被告人と同じ. 地位に置かれた︒彼は補助者を伴う宣誓により︑または神判によつて鎌疑を晴らすことがでぎた︒九世紀の中頃に ︵三︶ は︑この糺弾手続は教会裁判権に滲透し︑ここで︑拡張的適用を受けている︒. フラソク時代には︑出頭した被告人が原告の主張を肯認して犯罪を自白すれば︑直ちに︑言いかえれば︑立証を待 ︵四︶ たずに︑彼に対し有罪の判決が下され︑また一般に自白を強制する制度は存しなかつたものとされている︒ ︵五︶. なお︑右のフラソクの糺弾手続は︑イギリスの陪審裁判所ならびにカノン法の糺問訴訟︑そしてそれ故︑後のドイ. 中世 お よ び 近 代 へ の 過 渡 期. 一四三︵一四三︶. 古代証拠法が有用でないものとわかり︑実体的真実追求の必要に順応するにつ. ツ普通法における糺問訴訟の母胎となつている︒. ︵三︶. ドイツ刑事訴訟における膚自の証明力.

(4) 論. 説︵内田︶. 一四四︵一四四︶. れて︑次第に︑神判や決闘は廃止され︑糺問による人証や裁判上の証明が普及した︒書証の適用領域は拡張され︑検 証は重要なものとなり︑現代的意味での証人への道もひらかれた︒. 自白は︑決して一様の取扱いを受けていなかつた︒自白の存する場合には︑全く立証手続を必要としないで直ちに. 判決を下すことができた点は︑最も良く︑無制限の処分権主義の支配に合致する︒当事者は自白によつて︑刑罰請求. 権を処理疋︑裁判を行なう者の確信ということは問題とならなかつた︒但し︑裁判所で行なわれた場合に限つて︑自 白は価値を有したものとされている︒. しかし︑源泉証明︵◎o亀窪器轟艮ω器︶が存在していることから︑部分的には自白が全く容れられず︑判決発見の. 前提たる責任の自認があるにもかかわらず︑七名の証人による断罪︵αげΦ邑魯きお︶が行なわれなけれぼならなかつ. たものと考えられ︑従つて︑自白にもとづく有罪の言渡は︑ついに︑その形式的性格の故にではなく︑その実質的信 ︵六V 愚性の故に行なわれるようになつたものとされている︒拷問の使用に関する最初の報告は︑すでに︑二一二輔年のウ ︵七︶ インナー・シュタット法において認められる︒. 一方︑糺弾手続の重要性も増大してきた︒裁判官の訊問や一般的糺弾義務による常習犯人の職権的訴追も広く行な. われるようになつた︒有害な者の訴追は︑裁判所および警察の機関の権利から義務となつた︒引き渡しを受けた者に. 対しては︑裁判官自身が原告および立証者となることがでぎた︒この無形式の手続においては︑特に︑現行犯で逮捕. された犯罪者や︑多くは﹃有害な者﹄であるところの︑警察から引き渡しを受けた者に対して︑後には全く一般的. に︑所為的嫌疑の存する場合には︑自白獲得のための拷問が用いられるようになつた︒当初︑この糺問的予審手続に.

(5) おいて得られた自白は︑後に被疑者が否認する場合には︑判決の基礎としてこれを用いることはでぎなかつた︒その. 後︑糺問的予審手続が通常訴訟手続にますます採り入れられるようになると︑古い形式に従つて行なわれる最終公判. 期日において︑裁判外の拷問による自白の朗読は︑直接的自白に代わるようになつた︒原告は︑評判証人でなく︑具 ︵八︶. 体的な所為的事象に関する証人によつて︑立証しなければならなくなつた︒中世末期には︑裁判官による証拠の蒐集. ω凶詩ヨo巻ぴU窪富魯8ω窪四甘3器器お9計一QoO oQ9co一ω勝. も行なわれたものとされている︒ ︵一︶. ︵三︶. 切Φ妻①δ構ΦOびひ即一〇①P白 り・. 一四五︵一四五︶. 閃①N熔Oパ匹Oゲ氏閃qδ窃⇔創ゆの. Oo器さ鉾勲ρω●ホ一ωヰ犀B①器お鐸騨ρψQo置︒なお︑不破武夫︑ゲルマン法系の刑事手続︵昭和二五年︶刑事法. ︿︒=首℃9Uo暮ωoゲ①ψω賃臥30拝国α.ど一露即ω●一鱒ρ一曽Z外ト. ︵二︶O亀9いoξぎ魯αoω鵯ヨoぎ窪αo暮ω魯窪ω賃亀質o器ω巽o︒洋ω﹂o︒︒ o Pω●お︒. ︵四︶. 上の諸問題所載四六頁参照Q ︿︐出ぜ需鮮勲騨ρψ旨一2N●野. ≦①の什びO哺︶dび①嘆α80円躍昌ユ一斡磯①昌αOωωけ㎏鱒施℃﹃ON①のωΦの営凶﹇びOのOPα①﹃O厩. ︵五︶ ︵六︶. OGQや. ≦oの90鼻孚騨O.ψ灌R. ︵七︶ ≦oω簿o貸鉾鉾ρ¢総●. ︵八︶. 下イッ刑事訴訟における自白の証明力.

(6) 説︵内田︶. 三. 一四六︵一四六︶. 原則が認められると同時に︑信愚性のない︑それ自体独立に存在していて他の事実に支援されない自白は︑不充分な. れるようになつた︒実際上信用するに価する自白は︑他のすべての証拠と同様の効果を有しなければならないという. 右の状態は第三期の帝政初期まで続いた︒しかし︑大法律家時代には︑自白の信愚性の吟味ということが問題とさ. これが厳格に遵守された点が︑自白が無条件に証明力を有したことの説明理由ともなつている︒これに反して︑被告 ︵四︶ 人が奴隷である場合には︑その自白について︑古くから︑拷問が用いられたのであつた︒. は︑被告人が自由人である場合に︑これに対して如何なる強制手段も用いてはならない︑との確定的原則が存在し︑. なものと思料され︑誤りのないもの考えられていたことは確実である︑とされている︒少くとも共和制になつてから. は︑有罪判決の基礎として充分なものであること︑さらに︑自白を実体とする証拠が︑無条件に︑しかも︑最も確実. 期がこれである︒第一期・第二期を通じて︑自己がその責任を間われている行為を実際に行なつた旨の被告人の自白. 言餌︶までの第一期︑常設査問委員会の時代の第二期︑常設査問委員会の消滅からユスチニアヌス帝の崩御に至る第三. ・ーマの刑事訴訟は︑通常︑三期に分けられている︒・ーマ国家の成立から常設査間委員会︵O鼠牲睾霧頴壱甲. ︵一︶ ︵噛︶ ローマ法 ローマの刑事訴訟の基本的性格として︑公開・口頭による弾劾訴訟が挙げられている︒その立証 ︵二︶ 手続は原告の立証義務の上に築かれ︑証拠調に関する直接主義および裁判官の自由な確信の原則に支配され︑証拠方 ︵三︶ 法としては︑最も重要な証拠方法である自白および証言のほか︑書証および徴愚が認められていた︒. 弧 目冊.

(7) ものと考えられた︒. 予審においても︑公判手続においても︑正式の被告人訊間が裁判官によつて行なわれるようになり︑糺問手続が拡. 張されて︑自白の獲得が主要目的とされるようになつた︒ティベリュウス帝の頃には実際上自由人にも拷問が用いら. れた︒但し︑これは例外で︑理論上は︑拷問は非常的処分怨あり︑被告人の責任が他の証拠方法をもつてしては立証. し得ない場合に限つて使用されること︑さらに︑他の事情および徴愚によつて︑すでに︑若干の蓋然性をもつて公訴. の正当性が推測される場合に限つて拷問の使用が許される︑との原則が設けられていた︒そして︑国家の存立を危く. し︑または皇帝の一身に危害を及ぽす犯罪についてのみ︑自由人に対しても拷問が許されていたのが︑次第に若干の. 職務犯罪︑毒殺︑偽造︑魔術の罪等に拡張された︒このうち︑目由人に対する無条件の拷問の許されたのは︑大権犯 ︵五︶ 罪︑魔術犯罪で︑他の場合には︑元老院議員等の一定の階級に属する者は除外された︒. ︵二︶ カノン法 カノン法の通常刑事訴訟は弾劾訴訟で︑口頭・公開によるものであつた︒その立証制度は︑一方. において・ーマの︵客観的︶立証制度を堅持し︑他方において制限的にではあるが︑ゲルマンの立証制度を継受して. ︵六︶ いる︒すなわち︑雪冤宣誓︵因o巨讐お︒︒︒一餌︶を許している︒これに反し︑教会は弾劾なくして開始し得る手続を用い. ていた︒インノケント三世の糺問訴訟においては︑裁判上の自白は最も重要な証拠方法どして︑完全な証明力を有す ︵七︶ るものとされた︒裁判外の自白はもつぱら徴愚の立証に役立てられた︒. 一四七︵一四七︶. その後︑異端者糺問手続において︑拷問が用いられるようになつた︒以前には︑キリスト教会の真の精神−任意 ︵八︶ の自白に限つてこれを信用するーにおいて︑拷問は無条件に斥けられていたのである︒ ドイツ刑事訴訟における自白の証明力.

(8) 論 ︵一︶. 説︵内田︶ 田詩ヨΦ箆詳餌●四︒○●ω.Ooミ.. ︵二︶ 閃罵犀唐①矯①お孚鋭ρψOQOO・. ︒コ匪爵ヨgg勲欝ρ ︵三︶O︒登08︒匡魯gα霧a邑ω9魯9一鼠葛膏08ωω3一︒︒轟ψ一G ︵四︶ OΦ一ダ鋭勲ρψお刈唐 認QQ開●. 曽鱒彗昌oさ騨勲ρψQo一〇・. ︵五︶ O①一ダ鋭勲9ψO旨宍. ︵六︶. 一四八︵一四八︶. ω︐o c OOD. カロリナ法典は︑シュヴァルツェンベルクの起草したバンベルク刑法典を基礎として︑イタ. Oo層R堕勲騨ρψω8. ︵七︶ ≦oω些○搾鉾騨ρψミ卑 ︵八︶. カロリナ法典. は︑拷問が行なわれた︒徴愚が充分であるか否かにつbては︑きわめて詳細な規定が設けられている︒拷間に対して. 徴愚のみにもとづく有罪の言渡は許されなかつた︵第一三条︶︒徴愚が適当に立証され︑法律上の意味で充分なとぎ. 人は自白するよう勧められ︑それでも否認するときは︑拷問に付することなく︑有罪の言渡が行なわれた︵第六九条︶︒. し三名の有力証人による証明によつてのみ︑これを行なうことがでぎた︒後者による立証が行なわれたとぎは︑被告. 持していたが︑その本質は︑糺問訴訟であつた︒その証拠法では︑刑事罰の言渡は︑信愚すべき自白まはた二名ない. リア・カノン法の影響を強く受けながらも︑独自のものを有している︒カワリナの刑事訴訟は︑外見上︑弾劾手続を保. ︵一︶. 四.

(9) は常に異議の申立を被告人に勧めるべぎものとし︑彼の提出する免責証拠が取り調べられた︵第四七条︶︒拷問の結果︑. 自白しないとぎは︑被告人は無罪を言渡された︵第六一条︶︒被告人が自白したとぎは︑自白の信愚性が吟味され︑真 ︵一︶. 実であると判明したとぎは︑有罪の言渡が行なわれた︒自白が真実でないと判つたときは︑一旦自白してこれを取消. 一六六六年︶の学説では︑まず︑軽い犯罪と重い犯罪とボ区別され︑前. した場合と同様︑再度の拷問に移された︒ ︵二︶ ︵二︶ 普通法 弾劾形式の訴訟手続はますます後退して︑原告の役割を裁判官が演じるようになつた︒カルプツォ ︵三﹀ フの時代の証拠法は︑カ・リナ法典のそれよりも︑さらに︑形式的・法定的証拠理論に接近したものとされている︒. ベネディクト・カルプツォフ︵一五九五. 者の場合には拷問が排除され︑徴愚にもとづく特別刑︵言Φ蜜①蓉声99塁岳︶の言渡が許された︒後者の場合には︑. 被疑者の一身に備わる阻害事由がなく︑且つ徴愚の充分なとぎは︑拷問を用いることがでぎた︒拷問を用いるのに徴. 愚の充分でないとぎは︑被疑者に雪冤宣誓が課せられ︑この宣誓を行なえば仮の無罪が言渡され︑新たな徴愚の現わ. れたときは︑再び審理を開始することができた︒宣誓を拒否したときは︑拷問が行なわれることになつた︒拷問の結. 果︑自白が行なわれたとぎは︑若干の時間の経過を待つて︑自白の信愚性を吟味しなければならなかつた︒自白を取消. したときは再び拷問が行なわれ︑そのために新たな徴愚を必要としなかつた︒しかし︑三回の拷問によつても自白が ︵四︶ 得られないときは︑その後に新たな徴愚の発見されない限り︑特別刑︵嫌疑刑︶が言渡された︒. さらに︑身体的懲罰や厳格な拘禁からなる不服従罰があつて︑被疑者が返答を拒絶する場合のみならず︑真実を述. 一四九︵一四九︶. べようとしない場合︑言いかえれば︑自己の犯罪を自白しようとしない場合にも︑裁判官はこれを適用することが許 ドイツ刑事訴訟における自白の証明力.

(10) 論 ︵五︶. された︒. 説︵内田︶. 一五〇︵曽五〇︶. 特別犯罪︵留浮富霞8℃鼠︶︑ことに魔女裁判については︑拷問の前提に関しても︑その繰返しに関しても︑法律規 ︵六︶. 定の厳格な遵守を要しない旨︑また︑自白の信愚性の吟味の場合に推定をもつて満足してよい旨が︑明文をもつて規 定されている︒. ︵七︶ 書面主義と秘密主義は刑事訴訟を支配し︑僅かな例外を除いて︑糺間主義訴訟が独占的支配を形成した︒. やがて︑一八世紀中葉になると︑プ・イセンのフリードリッヒ大王に始つて︑拷間は次第に廃止されていつた︒. 普通法上の糺問訴訟の発展の終結としては︑一九世紀のオーストリア︑プ・シアおよびバイエルンの法律に規定さ. れた訴訟手続が考えられている︒これらは相互に大体において一致していた︒被告人の罪責を確証し︑特に︑被告人. から自白を獲得することは︑審問官︵冒2ぎ旨︶の任務とされている︒その犯罪が死刑を科せられるものであり︑自. 白の存する場含に限つて有罪の言渡が許されるときは︑自白を獲得する任務はきわめて重要なものとなる︒しかし︑. それ以外の場合にも︑この任務は放棄されなかつた︒自白は証拠の女王であつた︵8蔦霧巴o冨αqぎ鋤箕○訂帥ご壼筥︶︒. 二名の有力証人による証明を除けば︑完全な心証は自白によつてのみ得られたからである︒自白にもとづいて判決を. ︿. 訳鼠oρU魯号琴び号ωUoq富9g即量甘88器おo窪ρHOoOρψGQ幹. 下すようあらゆる訊問技術が尽くされた︒他方︑被告人が無罪であるかどうかを確定するため︑免責証拠を提出する ︵八︶ よう努力を払うべぎものとされていた︒ ︵一︶. ︵二︶匪詩目亀8飢る・ρω●o︒墨.

(11) ︵四︶. ︵三︶. ︿ 閑ユ8一帥■餌︒O●ψωGQ隔●. ぐ謡ω浮o糞90. ㊤●ρ9GQO︒. ︵五︶. ︿・区二〇ρ餌.勲○●ω●ωOh. 田騰匠ヨΦ図①お四︒m●ρψQoNO. ︿●区鼠oの℃勲m︒○︒ω●蒔Oh. 切騨犀ヨo園Φぴ四・曽■○︒ω■QQNO︒. ︵六︶. ︵七︶ ︵八︶. 八四八年以前の改革運動は︑理論上のものであつたが︑︵イ︶. ドイツ刑事訴訟における自白の証明力. 公開・口頭主義の. 一五一︵一五一︶. を設定し︑但し︑現存する証拠資料によつて被告人の罪責に関し確信を得るに至らないときは︑有罪の言渡をなすこ. のための保障とを結合するものであるとした︒消極的証拠理論は︑要するに︑有罪言渡のために必要な最低量の証拠. ︵二︶. 極的証拠理論をもつて︑真実発見のための最良の保障であると主張し︑これは︑自由心証主義の長所と︑客観的裁判. 果︑これは致命的な恣意の闘入︑すべての適法な刑事司法の終焉であると主張された︒人々は︑むしろ︑いわゆる消. 当時︑自由心証主義は︑陪審裁判制度の一部と考えられ︑証拠法則自体を必然的に排除するものと考えられた結. 採用︑︵・︶ 糺問主義を弾劾主義に代えること︑︵ハ︶ 陪審裁判の採用に向けられ︑その模範とされたのは︑一部の ︵一︶ 例外を除いて︑ フ ラ ソ ス の 刑 事 訴 訟 で あ つ た ︒. ︵圏︶ 一八七九年までの発展. 五.

(12) 論. 説︵内田︶. ︵三︶. 一五二︵一五二︶. とを要しない︑とするものである︒一八四三年のヴュルテムベルク刑事訴訟法︑ことに一八四五年のバーデン刑事訴 訟法︵第二七〇条︶は︑消極的証拠理論に従つている︒ ︵四︶ この消極的証拠理論は︑自由心証主義への第一歩を踏み出すものであつた︒ ︵五︶. プロシアの法律は︑自由心証主義を定めた最初のものであつた︒これは︑一八四九年一月三日の命令において繰り 返され︑一八七九年の刑事訴訟法第二六〇条の模範となつている︒. 一八四八年のフランクフルト国民会議は︑﹃ドイッ国民の基本権﹄として︑領主裁判権および内閣による司法権の. 行使の排除︑個人の自由および家宅不可侵権の保障︑信書の秘密の保護のほかに︑訴訟手続における口頭・公開主. 義︑弾劾訴訟︑重大な刑事事件およびあらゆる政治犯罪の陪審裁判所による裁判を要求した︒各邦の立法は︑フラン ︵六︶ スの立法を模範として︑このうちの多くのものを採り入れていつた︒. ︵二︶ 一八七九年の帝国刑事訴訟法 一八四八年以後の立法と異つて︑外国の訴訟法の単なる模倣に終らず︑刑事. 訴訟上の問題を体系的・学問的に貫ぬいた独自の労作であるとされている︒公判は弾劾主義の形式をとつて行なわ. れ︑口頭・公開・対席によるものであつた︒被告人は訴訟当事者として認められ︑弁護のための権利を有していた︒ 但し︑立証手続においては︑実体的主義として職権主義が重きをなした︒ ︵七︶ 自由心証主義が原則として保持された︒. この間にあつて︑学説上︑自白を唯一の証拠として被告人に対し︑有罪を言渡すことができるか否かが争われた︒. 少数説は︑これを消極に解している︒すなわち︑ガイヤーは︑﹃自白のみにもとづいて有罪の言渡をしてはならな.

(13) いことは︑固く守らるべぎである︒我々が常に要求している自白の信愚性の吟味は︑供述の内部的信愚性にこれを制隈. することはできない︒これにょつては︑犯罪が摘示の方法で行なわれたという抽象的可能性が確認されるにすぎない. と考えられるからである︒自白の信愚性の吟味は︑少くとも︑犯罪が行なわれたかどうかの取調に及ぶ必要がある︒. 虚偽の自首は︑僅かな気まぐれによつても行なわれ︑それ自体可能な︑自己矛盾を包含しない何物かを含んでいるも. のとされれば︑信愚される︒この考えは︑同居しがちである︒しかし︑それが移植された事柄の成行きと衝突して︑. 空中楼閣は速やかに瓦解する︒摘示の犯罪の実質的痕跡︵罪体︑情況証拠︶も︑人の記億における観念的痕跡も見出 ︵八︶ せない場合には︑自首が錯誤または裁判官を欺岡する意図に出でた恐れが生じる﹄とし︑ビルクマイヤーは︑﹃自白は. 徴愚であるに過ぎず︑しかも︑その徴愚の存する場合に︑自白された事実の真実性の推論を必ず認めなければならな. いものではないから︑我々は︑自白のみによつては法律上充分な確信を形成することができない点を固執しなければ. ならない︒自白は︑常に︑不充分な証拠を提出するに過ぎず︑これは他の証拠方法ーたとい︑他の方法で︑審理の ︵九︶. 結果明らかにされた︑自白事実の真実性に関する徴愚であるにせよーによつて︑先ず︑補充されなければならない のである﹄としている︒. 多数説は︑これを積極に解している︒すなわち︑フックスは︑﹃被告人が自己の罪責を承認し︑且つ詳細な質問に. 対し彼の認めた事実が充分であると思料するときは︑さらに証拠調を行なうことなく︑判決を下すことがでぎる︒そ. の場合に前提となるのは︑原則として︑訴訟関係人全員︑すなわち︑裁判所︑検事および弁護人が︑自白の正当性. 一五三︵一五三︶. に疑問を差し挾まないことである︒しかし︑この場合に︑自白のみで有罪判決言渡のための充分な証拠方法と考えら ドイツ刑事訴訟における自白の証明力.

(14) 論 説︵内田︶. 一五四︵一五四︶. れるにせよ︑ドイッ刑法によつて限定責任能力者とされている一八才以下の者が︵中略︶︑有罪判決の唯一の基礎とな ︵一〇︶ る効果を伴う自白を行なうことがでぎるかという問題が生じる︒我々は︑この問題を肯定することを躊躇しない﹄と. し︑グラーザーは︑﹃自白のみにもとづいて有罪の言渡をすることは許されるだろうか︒これに対して真剣に異論を. 唱えることは困難である︒この問題を否定することは︑如何なる事情のもとでも自白を証拠とするための条件を形成. ︵一一︶. しようとした昔しの証拠理論の余勢であると考えられる︒一方︑現代の刑事訴訟においてはあらゆる証拠方法は︑そ. れが︑当該事案の特殊事情に相応する慎重な吟味に持ち堪えたことを留保してのみ︑考えられているのである﹄と. し︑ウルマンは︑﹃自白はその他の証拠方法に対して特別の法的意義を有するものではない︒自白は特定の形式にも. 結合されていない︒一般に被疑者の供述はその他の証拠方法と同一視されている︒︵中賂︶立証結果に関する自由心証 ︵一二︶. の原則は︑当該供述の証明力の根拠を︑事情によつては︑その供述のみにおいて認めることを判決を下す裁判官に委. ねているのである﹄とし︑ベンネッケ・べーリングは︑﹃裁判官は︑被疑者の供述︑特に︑自白に対して自由な立場. にある︒普通訴訟においては︑これに反して︑8焦霧ω塁鷲08奪算oの原則が妥当していた︒言いかえれば︑任意. ︵一四︶. になされた自白は無条件の証拠を形成した︒今日では︑裁判官は︑被疑者の申立を信用しないことがでぎる︒反対 ︵一三︶ に︑裁判官は︑申立のほかに被疑者の供述を裏付ける他の証拠方法を用いなくとも︑これを信用することができる﹄. とし︑﹃実務がこの立場を採用している﹄としている︒また︑クリースは︑﹃自白のみにもとづいて有罪の言渡を行な. うことができるかどうかが争われている︒刑事訴訟法によれば︑そのような有罪の言渡を行なう形式的可能性の存す. ることは争う余地がない︑また︑それが上訴の機縁となることはないものと考えられる︒しかし︑自白の信愚性を︑.

(15) それ自体においてのみならず︑客観的にも吟味すべき点に関しては︑実質上︑意見の一致をみているものとしてよい ︵一五︶. と考えられる︒しかも︑後者は︑公判において取り調べられた他の証拠にもとづいてのみ︑これを行なうことができる. ︵三︶. ︵二︶. ︵一︶. ≦Φω爵o沸騨騨○●ω●一一①︒. ≦oω爵○鼻騨勲O︒ψ一一9嚇く.内H一Φρ. ≦のω跨o幹帥︒騨O●ω●一嶺9. 一W一蒔日2①き四9騨O●ω︒o︒N一い. のである﹄としている︒. ︵四︶. <.囚ユΦω︶騨勲ρω●〇一い. o●. ψ①02弊G. ︵五︶. ω一詩日昌9勲勲ρω︒o︒旨勝. ●鋤・ρω曾①O出. ︵六︶. ≦oω跨o酔斜. ●○.ψ一一〇剛︒. ︵七︶. 但し︑フヅクスは︑この. O①巻ぴ冒国o欝︒&o品σ国m&言9号のαΦ暮ω9gωg餌甘3N①ωωお︒鐸ω㍉←一〇︒お︸ω●まωこO塁R堕一Φぼ言9山霧鴨・. 雪い. ︵八︶. 匪蒔導2Φぴ鋤︒帥●○・ω●臨O.. 目oぼ窪α①暮ω島窪ω爲母冥oN①のωお魯叶の﹂ooo︒ρω.認o︒︐ ︵九︶. 男8げの博ぎ缶巳試窪αo集.ω国き3仁9αoω号昌ω9窪ω貸縁冥○器ω段9辟潮Hごおお. G 噂ψ①ミZいS 一︶O一器9国㊤且ど9αoωω寝餌昔8N霧ωβど一G︒o︒︒. 一五五︵一五五︶. つて︑判決を下す裁判官はなされた所為の可罰性の洞察を確めることができることを挙げている︒. ような者に対して欠席裁判手続を開始することは許されない︑とし︑その理由として︑被告人を勾引し︑聴取した場合に限. ︵一〇︶. ︵一. ドイッ刑事訴訟における自白の証明力.

(16) 論 ︵一二︶. 説︵内田︶. &どミ一2誉S参照Q. 一五六︵一五六︶. O一一Bき劇い魯昌琴びα霧Uo暮ω畠窪ω霞緯蜜08器話9葺一〇︒3︸ψ零9なお︑ψ零Oo. ︵一三︶ ωoづ8良①β昌α劇①嵩昌堕ピoぼびq畠αoωU窪3魯oβ園o一9ψω繧即昔8Noωωおo算ρ這Oρψω刈S. 〜閑ユ窃噂騨勲ρ¢お9. ︵一四︶ ω窪昌oo貯oβづα切①一言堕鐸勲ρψωミ25一9. ︵一五︶. 現行ドイッ刑事訴訟法上︑被告人に供述の義務は存しない︒但し︑一旦︑供述したとぎは︑その供. 山. 供述の獲得を目的とする如何なる強制も︑如何なる欺岡も許されない︒一九五〇年九月一二日から︑刑訴法第一三. の場合と同様︑質問によつて︑これに向つての努力が払わるべぎであるとされている︒. さらに︑被疑者に対して関連性のある完全な供述の機会を与えなければならない︑事情如何によつては︑証人尋問. 会を与えようとするものであるとされている︒. 疑者の尋問は訴訟の全段階で許容される︒それは被疑者に対して︑ことに被疑者に向けられた嫌疑事由を除去する機. いて何等か反駁したい﹃かどうか﹄を問われることになつている︒このことから︑供述の任意性が明らかになる︒被. 三六条第一項第二段により︑また公判に関する第二呈ハ条第一項と結合した第二四三条第三項により︑彼が嫌疑につ. る︒これは︑被告人が主として証拠方法であつた普通法上の糺間訴訟と対立する︒被疑者は予審に関する刑訴法第一. 述は裁判官の自由心証に服する︒被告人は先ず当事者であつて︑自ら供述する用意の存する限りで︑証拠方法であ. 現行ドイッ法. !¥.

(17) 六条aの新規定によつて被疑者の意思決定の自由が直接に保護されるようになるまでは︑強制に関する刑法上の一般 規定がこれを保障していた︒. 公判においては︑証拠調は被告人の尋間から開始される︒続いて︑彼は︑証拠調のそれぞれの段階に応じて︑彼が. その点について何か説明することがあるかどうかを問われるものとする︵刑訴法第二五七条︶︒. 被告人に真実を述べる法的義務は存しない︒被告人に宣誓をさせてはならない︒. 自白は︑他のすべての供述と同じく︑裁判官による批判的判断を受ける︒そこで︑自白があつたからといつて︑証. 拠調が自動的に余計なものとなることはない︒特に︑単なる罪責の自白が行なわれても︑そのようにはならない︒そ れが全体的印象にとつて有意義であるとしても同様であるとされている︒. 個々の質問に対して黙秘することも︑被告人の自由であるとされている︒. 一般には許されない︒これに代わつて︑訊. 前の供述の調書があれば︑その調書の朗読は︑それが裁判官による訊問を調書に記載したものである場合に限つて ︵﹃︶. 許される︵刑訴訟法第二五四条︶︒検察官ないし警察による調書の朗読は︑ 問官が尋問される︒. ︵二︶ 実体的真実発見主義と自由心証主義とは︑現行ドイッ証拠法の支柱となつている︒ ︵三︶ 裁判官は︑原則として︑立証結果の評価について︑法律上の規制に拘束されない︒裁判官は︑多数の宣誓した有責. 事実証人がいても︑被告人の供述を信用することができる︒自白は︑通常は強力な証明力を有し︑事情によつては︑. 一五七︵一五七︶. 他の証拠方法が全く断念されるということもあり得るほどに強力なものとなるであろう︑従つて︑証人なしの公判も ドイツ刑事訴訟における自白の証明力.

(18) 論 ︵四︶. 説︵内田︶. 可能であろう︑とされている︒. ︵三︶. ︵二︶. ︵一︶. 内震静ω﹃緯<⑦陳四響①霧お︒拝①︾島■口OOρψ㎝蒔●. 始魯Rω. ℃簿霞ω. 斡.勲○●ω●鵠S. ω耳帥甘δNΦωω鳩お認博ψ鱒8.. ミΦω90糞曽.聾○●ψ一ら〇一哺●. 一︒輿ω﹂①o︒. 輔五八︵一五八︶. 自白は決して証拠の女王として妥当するものではなく︑ その真実内容が吟味され︑裁判官の自由心証のもとに服す. ︵四︶. ω魯巨辞需再ざBヨΦ暮胃N霞ω富言o嵩Φωω︒こp§堕↓①一=. ︵五︶ るものと承.説かれている︒. ︵五︶. とはなく︑僅かに︑二・三の学者によつて︑これを制限すべしとする主張がなされたに過ぎないものと考えられるの. 無の問題については変遷を見たが︑自白︑少くとも裁判上の自白については︑その証明力に法的制限を加えられたこ. 以上を通観して︑ドイッ刑事訴訟においては︑自白の信愚性の吟味の問題︑自白獲得手段としての拷問の許容の有. は︑主としてフランス刑事訴訟︑一部はイギリス刑事訴訟の影響を受けて以前のドイッ普通刑事訴訟が変身したもの ︵一︶ であり︑以前のドイッ普通刑事訴訟自体は︑ロ;マ・カノソ法の継受によつて成立したものである︒. ドイッ現行刑事訴訟の基礎は帝国刑事訴訟であり︑これは改革されたドイッ刑事訴訟の発展したものであり︑後者. 七.

(19) である︒. ︵一︶匹爵目醸8勲勲ρψo︒8. ドイツ刑 事 訴 訟 に お け る 自 白 の 証 明 力. 五九︵一五九︶.

(20)

参照

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