Kyushu University Institutional Repository
企業のペイアウト政策に関する実証研究
篠﨑, 伸也
九州大学大学院経済学研究院
https://doi.org/10.15017/26438
出版情報:Kyushu University, 2012, 博士(経済学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
1
学位請求論文
企業のペイアウト政策に関する実証研究
九州大学大学院経済学研究院
篠﨑 伸也
2
第 1章 序 論:本 論文の概 要 ...4
1.1 は じめ に ...4
1.2 先行研 究の整 理 ...4
1.2.1 シグ ナリング 理論 ...4
1.2.2 コー ポレート ・ガバ ナンス ...7
1.2.3 ケー タリング 理論 ... 10
1.2.4 ペイ アウト手 段の選 択 ... 11
1.2.5 配当 課税 ... 11
1.3 日本企 業のペ イアウト 政策と コーポレ ート ・ガバナ ンス ... 12
1.4 本論文 の課題 ... 14
第 2章 留 保利益 とペイア ウトの コミット メント ... 17
1. はじめ に ... 17
2. 先行研 究と仮 説 ... 18
3. サンプ ルとデ ータ ... 22
4. 実証分 析 ... 27
4.1 単 変数 分析 ... 27
4.2 多重回 帰分析 ... 31
4.2.1 留保 利益水準 と配当 政策の 関係に関 する実 証結果 ... 31
4.2.2 留保 利益水準 とペイ アウト 手段の選 択に関 する実証 結果 ... 35
5. 追加的 な検証 ... 40
6. 結論 ... 42
第 3章 ス トック オプショ ンと配 当政策 ... 44
1. はじめ に ... 44
2. 先行研 究と仮 説 ... 45
3. サンプ ルとデ ータ ... 47
4. 実証分 析 ... 51
4.1 単 変数 分析 ... 51
4.2 多 重回 帰分析 ... 54
4.3 Difference-in-difference 分 析 ... 59
4.4 配当と 株価に 関する分 析 ... 61
3
5. 結論 ... 64
第 4章 配 当平準 化とその 要因: 国際デー タによ る実証分 析 ... 66
1. はじめ に ... 66
2. 先行研 究の整 理と仮説 の設定 、配当平 準化の 指標 ... 69
2.1 先行研 究と仮 説の設定 ... 69
2.2 配当平 準化の 指標... 73
3. サンプ ル・セ レクショ ンとデ ータ ... 74
4. 実証分 析 ... 77
4.1 国レベ ルの分 析 ... 77
4.2 企業レ ベルの 分析... 82
4.3 SOAの 非対称 性に関す る分析 ... 87
4.4 目標配 当性向 と配当平 準化に 関する分 析 ... 91
5. 追加的 な分析 ... 94
6. 結論と 要約 ... 99
第 5章 本 論文の 要約とイ ンプリ ケーショ ン ... 101
参 考文献 ... 104
4
1.1 はじめに
Black (1976) は、配当が 自社株買いと比べて 税 制上不利であるにもかかわ らず、多くの
企業が配当を支払っている という「配当パズ ル 」を指摘した。「配当パズ ル」は現在でも解 決されておらず、こ れまでのペイアウト (配当 と自社株買い) 研究を概観する と、「配当パ ズル」に関連した研究が数 多くなされている 。 具体的には、次の 5 つの観点 (①シグナリ ング理論、②コーポレート・ガバナンス、③ ケー タリング理論、④ペイアウ ト手段の選択、
⑤配当課税) に基づいた分析が 行われている。
本論文は「配当パズル」に 関連した先行研究 の うち、 日本企業の特性と関 係の深い部分 に焦点を当て、実証分析を 行ったものである 。よく知られているように、1990年のバブル 崩壊後、日本企業の株 価や ROEといった経営 パ フォーマンスを表す指標が 低下したと言わ れている。この原因 の1つとして 、バブル期 (1986年頃~1990年頃) に経営者 が過大投資 を数多く実施したことで、 株主価値の毀損を 招 いたことがあると考えられ ている。このた め日本企業は 1990年以降 、効率的なコーポレ ート・ガバナンス の実現に 注意を払い、その 一環と して 株主 還元 (以 下、 ペイ アウ ト) 政策 を従来 より も重 視す るよ うに なっ た。 また 1994 年の商法改正では自己株式の 買戻し (自社 株買い) によるペイアウトの実 施が可能と なった結果、ペイアウト手 段として 配当と自 社 株買いの選択が可能になっ た。一方で日本 企業は従来から低位安定配 当政策を採用して い るという主張がなされるこ とが多く、日本 企業の経営者は米国企業と 同様に Lintner (1956) 型の配当平準化を行ってきた 可能性があ る。このように配当を平準 化している国があ る 一方で、 相対的に配当を平 準化していない 国も多く存在し、日本企業 や米国企業がなぜ 配 当を平準化するのかについ ては先行研究で 十分に明らかにされていな い。以上をまとめ る と日本企業のペイアウト政 策を分析するに あたって、(1) ペイアウト手段の選択、(2) コー ポレート・ガバナンスとペイア ウト政策の 関係、(3) 配当平準化について考察す ることが 重要であると考えられる。
本章では、企業のペイア ウト政策に関する 先 行研究を概観し、そのうえ で本論文の分析 対象について説明する。
1.2 先行研究の整理 1.2.1 シグナリング理論
シグナリング理論によれ ば、株主-経営者 の 間に情報の非対称性が存在 する状況下では、
将来キャッシュフローの高 い企業が過小評価 さ れる可能性がある。そこで 経営者は自社の 将来キャッシュフローが高 水準にあることを 市 場に伝達するために、配当 を実施すると考
5 えられている (Bhattachaya, 1979; John and Williams, 1985; Miller and Rock, 1985)。
配当のシグナリング理論に 関しては、これま で 実証的な分析も数多くなさ れている。シ グナリング理論を支持する 研究には、次のよう なものがある1。まず増配、ま たは減配のア ナウンスに注目した研究と しては、Petit (1972) がニューヨーク証券取引所 に上場する企業 を対象に、配当変化のアナ ウンスが株価に及 ぼ す効果について分析してい る。その結果、
企 業 の 増 配 (減 配) の 実 施 が 株 価に 正 (負) の影 響 を 与 え る こ と を報 告 し て い る。 同 様 に
Aharony and Swary (1980) はニューヨーク証 券 取引所に上場する企業につ いて配当変化と
株価の関係を 検証し、 増配 (減 配) 企業は配 当 宣言日と配当 アナウン ス日の両 日に正 (負) の超過リターンを記録した ことが明らかにな っ た。Denis, Denis and Sarin (1994) は 1962~ 1988 年をサンプル期 間として、増配 (減配) 後 の超過リターンと 3 つの変数 (配当変 化、
配当利回り、トービンの q) の関係を分析 した 。その結果、トービンの q を除く配当変化 と配当利回りの 2 変数が増配 (減配) 後の超 過 リターンに正の影響をもた らし、シグナリ ング理論を支持する結果が 得られた。Yoon and Starks (1995) は 1969~1988年のニューヨ ーク証券取引所上場企業の 増配・減配のアナウ ンスをサンプルとして、Jensen (1986) のフ リー・キャッシュフロー仮 説とシグナリング 仮 説を検証している。その結 果、 フリー・キ ャッシュ フロー 仮説よ りもシグ ナリン グ仮説 の ほうが強 く支持 された と主張し た。Nissim
and Ziv (2001) はCRSPに採用され ている増配・減配を行った企業について 、配当額の変化 、
特に配当額の増加が将来収 益とその変化率に 正 の影響を与えているという 証拠を提示し て いる。
無配転落、有配開始、復配 に関するシグナリ ン グに関して Asquith and Mullins (1983) は ニューヨークまたはアメリ カン証券取引所に 上 場する企業のうち、 ①創業 以来、初めて配 当を行った企業と②復配企 業2を対象に実証分析 したところ、これら の企業が正の超過リ タ ーンを示したことを報告し ている。Healy and Palepu (1988) はニュー ヨークまたはアメリ カン証券取引所上場企業に ついて、有配と無 配 転落が株価に及ぼすインパ クトの分析を行 っている。分析の結果、有 配企業の収益につ い て配当のアナウンス前後で 有意に正の変化 がみられたのに対し、無配転落 した企業の収益 変化は有意にマイナスであ った。Michaely,
Thaler and Womack (1995) は有配企業と無配 転 落企業を分析対象とし、無 配転落のアナウ
ンスが株価に与えるインパ クトが有配のアナ ウ ンスの場合を上回ったと報 告している。
1 こ の 一 方 で 、DeAngelo, DeAngelo and Skinner (1996), Grullon, Michaely, Benartzi and Thaler (2005) の よ う に シ グ ナ リ ン グ 理 論 を支 持 し な い 研 究 やBenartzi, Michaely and Thaler (1997) の よ う に部 分 的 に 支 持 し て い る と 報 告 し た 研 究 もあ る 。
2 こ の 場 合 の 復 配 企 業 は 、 少な く と も10年 間 は 配 当 を中 断 し て い た が 再 度 、 配当 を 実 施 し は じ めた 企 業 を 指 し て い る 。
6
al. (1997) は1982~1991年の東京証券取引所 一 部上場企業を対象に分析し たところ 、市場
が系列企業や規模の大きな 企業が自発的に行 う 配当のアナウンスに好意的 な反応を示す点 を指摘している。同様に Kato et al. (2002) は 、1982~1991年の東京証券取 引所一部上場企 業について、配当変化と超 過リターンの間に 正 の関係があるという証拠を 提示している。
Harada and Nguyen (2005) は1992~2002年の 期 間に東京証券取引所一部・ 二部に上場する 企業 に関 して 、配 当の シグ ナリ ング 理論 が支 持 され たと 報告 して いる 。石 川 (2007) は、
1984~1998 年の期間に金融・保 険業を除く 7,872 件のサンプルを分析対象とし たところ、
有 配 企 業 の 次 期 の 増配 (減 配) 予測 が 株 価 に 有意 な 正 (負) の 効 果を も た ら す と述 べ て い る。同様に石川 (2010) は2002~2005年の Nikkei Needs Financial Quest に採用さ れている 企業について、シグナリン グ理論と整合的な 結 果が得られたとしている。
また配当と同様に自社株買 いについても、投 資 家に対し将来 キャッシュフ ロー に関する 情報を伝達する機能があり 、過小評価されて い る企業が自社の株価を是正 するために 自社 株買いを行うとされている 。米国では企業が 実 施する自社株買いは、①市 場を通じた自社 株 買 い (Open-market share repurchases)、 ② 公 開 買 い 付 け に よ る 自 社 株 買 い (tender-offer share repurchases)、ダッチオークション による 自社株買い (Dutch auction share repurchases) の3種類の方法があると言 われている3。Vermaelen (1981) は131 件の公開買 い付けによる 自社株買いと 243件の市 場を通じた自社株買 い をサンプルとして、自社株 買いのシグナリ ング理論について分析して いる。その結果、 自 社株買いのアナウンス前後 で有意な超過リ ターンが記録されたともに 、一株当たり利益 が 有意に増加していたことが 明らかになった。
Vermaelen (1984) は1962~1977年に行われた 公 開買い付けによる自社株買 いのアナウンス
を 分 析 対 象 と し て 、 シ グ ナ リ ン グ 理 論 を 支 持 す る 結 果 を 得 た と し て い る 。Ikkenberry, Lakonishok, and Vermaelen (1995) は、株価が 過 小評価されている企業は自 社株買いを実施 する可能性が高く、自社株 買い実施後 4 年にわ たって 45.3%もの高い超過リターンを 記録 していた。Stephens and Weisbach (1998) は市 場 を通じた自社株買いを行っ た企業について、
自社株買いのアナウンス前 の株価リターンが 有 意に低下していた点を指摘 している。
また日本企業を対象とした 自社株買いのシグ ナ リング理論の研究には、次 のようなもの
3 ① の 市 場 を 通 じ た 自 社 株 買い は 、市 場 を 通 して 時 価で 株 式 を 買 い 戻 す も の であ り 、② の 公 開 買 い付 け に よ る 自 社 株 買 い で は、投 資 銀 行 を 通し て 一 定 の 期 間に 一 定 の 発 行 済 み 株 式 数を 決 め ら れ た 価 格で 買 い 戻 す 方 法 が と ら れ る 。③ の ダ ッチ オ ー ク シ ョ ン によ る自 社 株 買 い は 、企 業 が 買 い 入 れる 株 式 数 と 価 格 帯 (企 業 が 自 社 株 を 買 い戻 す た め に 事 前に 取 り 決 め た 最 低価 格 と 最 高 価 格 の 範 囲) を 決 定 し 、株 主 が その 価 格 帯 で 株 式 の 売 値 と 株 式数 を 入 札 す る 方 法を 指 す 。 なお 日 本 に お い て は 、 ① 市 場 を 通 じ た 自 社 株 買 い 、
② 公 開 買 い 付 け に よ る 自社 株 買 い 、③ 相 対 取 引 によ る自 社 株 買 い の3つ が 認 め ら れ て い る 。相 対 取 引 よ る 自 社 株 買 い は 、 企 業 が特 定 の 株 主 に 対 し自 社 株 の 買い 入 れ 条 件 (株 式 数、 買 い 入 れ 金 額) を 提 示 す る 方 法 を 意 味 し て い る (Allen and Michaely, 2003; 畠 田, 2009)。
7 が挙げられる。Hatakeda and Isagawa (2004) は 1995年 11月~1998年 11月の期 間に東京証 券取引所一部上場企業が行 った自社株買いの ア ナウンスをサンプルとして 分析し、アナウ ンス後に有意な超過リター ンを記録したこと を 報告している。さらに分析 に使用したサン プルを、①定款の変更と同 時に実際に自社株 買 いを実施したグループと② 定款の変更を行 ったのみで実際に自社株買 いを行っていない グ ループの2つに分類し、 自社株買いのアナ ウンス前の株価について検 討している。結果 と しては、①のグループはア ナウンス前に大 幅な株価の下落を経験して いたのに対し、② グ ループについてはアナウン ス前の株価の下 落が小さかった。この結果 は、大幅に株価を 過 小評価されている企業が自 社株買いを行う 可能性が高いことを示唆し ている。同様に山口 (2009) は 2004年 1月~2005年 9月ま でに 東京証券取引所一部に上場 する非金融企業が ア ナウンスした自社株買いを サンプルとして 検証を行ったところ、アナ ウンス前後 3 日間 の累積超過リターン (CAR) が有 意な正の値 をとっていたと報告してい る。
1.2.2 コーポレート・ガバナンス
コーポレート・ガバナンス の観点からの分析 は 、配当が株主-経 営者間、 または少数株 主-支配株主の間で起こる 利害対立を緩和さ せ る効果を持つという考え方 を指している。
Easterbrook (1984) は、余 剰な現金を保有する 企 業は配当を支払うことで外 部資本市場にア
クセスすることになる結果 、市場からのモニ タ リングを受けやすくなると 主張している。
また Jensen (1986) は、企業規模拡大 のインセン ティブを持つ経営者はフリ ー・キ ャッシュ
フローを使用して過大投資 を行う傾向にある た め、この キャッシュフロー を削減する必要 があると主張している (フリー・キャッシュフ ロー仮説)。この点は、ペイアウトが 経営者 の過大投資を抑制する効果 を持つことを示唆 し ている。
コーポレート・ガバナンス の観点に基づいた 実 証 分析として、次のような 研究が挙げら れる。Lang and Litzenberger (1989) は、1979~1984年に CRSPに 収集されている 429社を 対象として、投資機会と配 当政策の関係を分 析 している。その結果、 投資 機会の代理変数 であるトービンのqが低 い企業が増配を実施 し た場合、市場は好意的な反 応を示すことを 報告した。Smith and Watts (1992) は、1965年 ~1985年において Fox industriesから抽出し た 16業種を対象 に、 投資機会と配 当支払いの 間に負の関係があることを 指摘した。Gaver
and Gaver (1993) は Compustatに収集され てい る企業のうち、成長機会の豊富 な企業の配当
利回りが低い傾向にあると 主張している。Lie (2000) は、トービンのqの低い 企業が余剰 なキャッシュフローを抱え る場合、大規模な 特 別配当を実施することで、 高い株価リター ンが実現できるとしている 。Grullon and Michaely (2003) は、1980~1997年 にアナウンス
8 い企業が自社株買いを実施 した場合、市場が 好 意的に反応するという研究 結果を提示した。
近年の実証研究では、Officer (2011) は 1963~2008年にかけてCRSP に収集さ れている企 業のうち、有配を開始した 企業と過大投資問 題 の関係について検証してい る。その結果、
トービンのqが低くキャ ッシュフローを多く 抱 える企業ほど、有配開始の アナウンス後の 累 積 株 価 超過 リ タ ーン が 高 くな る と報 告 し ている4。 日 本 では 光 定 ・蜂 谷 (2009) が 2008 年3月末に東京証券取引 所に上場する企業に つ いて、金庫株の消却とエー ジェンシーコス トの関係を分析している。 その結果、深刻な フ リー・キャッシュフロー問 題に直面してい る企業が金庫株を消却した 場合、有意な正の 株 式超過リターンを記録して いた。
これらの研究に加えて DeAngelo, DeAngelo, and Stulz (2006) やGrullon, Michaely and
Swaminathan (2002) は成 長機会の乏しい成熟 企 業に焦点を当て、 配当支払 いがコーポレー
ト・ガバナンスの改善に寄 与すると述べてい る 。DeAngelo et al. (2006) はLife-cycle仮説 を提唱し、内部留保を多く 抱える成熟企業が 配 当を実施する必要性を主張 している。具体 的には 1973年から 2002年 までの 30年にニュ ーヨーク証券取引所、ナス ダック、アメリカ ン証券取引所に上場する企 業を対象に Life-cycle 仮説を検証したところ、 株主資本または 総資本 に占 める 内部 留保 の割 合 (株主 資本 留保 利益率 、総 資本 留保 利益 率) と配 当支払 い の間に正の関係がみられ 、Life-cycle仮説を支持 する結果を得ている 。Grullon, Michaely, and Swaminathan (2002) は、Fama-French の 3 フ ァ クターモデルを使用し増配 した企業と減配 した企業のリスクの変化と 株価パフォーマン ス について検討している。そ の結果、増配の 規模が大きな企業ほどリス クおよびリスクプ レ ミアムが低下しているのに 対し、減配企業 のリスクとリスクプレミア ムは増加していた 。 また増配企業は増配アナウ ンス後、3 年に わたり有意に正の株価超過 リターンを記録し て い た一方で、減配企業の株 価超過リターン は統計的に有意ではなかっ た。さらに増配企 業 は増配アナウンス後の 3年間、総資産に占 める資 本支 出の 割合 (資 本支 出/ 総資 産) が減 少して いる とい う点 も明 らか にし てい る。
これらの結果は、成熟企業の増配 はリスク (特 にシステマティックリスク) の 低下を表し、
この点を反映して株価の上 昇が起きることを 意 味している。言い換えれば 成熟企業は増配 を行うことで、株主価値を 高めることが可能 に なると解釈できる。
Life-cycle仮説に関して Grullon and Michaely (2003) は、自社株買い実施企業のシス テマ
4 Officer (2011) は、ト ー ビ ン のqが 低 い 企 業 の うち 有配 開 始 し た 企 業 に つ い てア ナ リ ス ト の 利 益予 想 が 改 善 さ れ て い る 点 を 指 摘し 、シ グ ナ リ ン グ 理 論 を支 持す る 結 果 で あ る と 述 べ てい る 。ト ー ビ ン のqを 投 資 機 会 で は な く 情 報 の 非対 称 性 の 代 理 変 数と 捉 え れ ば、ト ー ビ ン のqが 低 い 企 業 は 過 小 評 価さ れ て い る た め 、 配 当 に よ る シ グ ナリ ン グ を 行 う イ ンセ ン テ ィ ブを 持 つ と 予 想 さ れ る た めで あ る 。
9 ティックリスクが相対的に 有意に低くなって い る点を報告している。この 結果は、配当支 払いと同様に自社株買いも 企業が成熟段階に あ るというシグナルとして機 能する点を示し ている。また日本企業に関 しても、Life-cycle仮 説やフリー・キャッシュフ ロー仮説の実証 分析がなされている 。上野・馬場 (2005) が 1990~2003年に東京証券取引 所一部に上場す る577 社をサンプルとし て検証を行ったとこ ろ 、これらの仮説と一致した 分析結果が得ら れたと述べている。
一方で、支配株主と少数株 主の間でも深刻な 利 害対立が生じると言われて おり、支配株 主が少数株主の富を毀損す る現象は「トンネリ ング (Tunneling)」と呼ばれて いる。Johnson, La porta, Lopez-de-Silanes and Shleifer (2000) は 、トンネリングに関するい くつかの例を取 り上げている。第 1 に企 業 X が企 業 Y の株式 の大部分を保有している場 合に、企業 X が 企業 Yの発行した新株の大部分 、またはすべ て について低い価格で引き受 けるというもの である。第 2に企業 X と企 業Y が支配関係にあ る状況下で、さらに 両社が取引関係を結 ん でいるときに、企業 Xが企業 Y の製品を市場 価 格よりも高い価格で転売す るというもので ある。第3に親会社が直 接、事業に必要な資 産 を購入せず、完全所有の子 会社に資産を購 入させるというものである 。第1のケースで は 、少数株主は新株のほとん ど、またはすべ てを受け取ることができず 、第2のケースで は 、支配株主のみが利ざやを 獲得することに なる。第3のケースは、親 会社が子会社に資産 の 使用料を支払う契約を結ん でおくことで、
その使用料が支配株主に還 流するという形に な っている。いずれの場合に おいても少数株 主のキャッシュフローが支 配株主に移転し て お り、少数株主の富が毀損さ れている。 この ようなケースでは、経営者 は少数株主に対し ペ イアウト を行うことでトン ネリングを抑制 することが可能になると予 想される5。
このような考えを支持する 研究としては、La porta, Lopez-de-Silanes, Shleifer and Vishny
(2000) が世界 33カ国約 4,000社を 対象に投資 家保護法制と配当政策の関 係を検証し、少数
株主の権利が保護されてい る国で配当が多く 支 払われる傾向にあることを 明らかにしてい る。またFaccio, Lang and Young (2001) はヨーロ ッパ5ヶ国 (フランス、ドイ ツ、イタリア、
スペイン、イギリス) とアジ ア 9 ヶ国 (香港 、 インドネシア、日本、マレ ーシア、フィリ ピン、シ ンガポー ル、韓 国、台 湾、タ イ) を対 象に株式 の所有構 造と配 当政策 の関係 を分 析している。その結果、ヨ ーロッパのグルー プ 企業はアジアのグループ企 業と比べ、高水 準の配当を支払っていた。 さらに企業内に複 数 の大株主がいる場合、ヨー ロッパのグルー プ企業の配当水準はアジア のグループ企業よ り も相対的に高くなっていた 。この結果は、
5 他 方 、中 国 な ど で は 支 配 株 主が 配 当 を 通 し て 私的 便益 を 追 求 す る と い う 対 照的 な 実 証 結 果 も 得ら れ て い る 。 詳 し く は 、Chen, Jian, and Xu (2009) を 参 照の こ と 。
10 株主の富の収奪を抑制して いる点を示唆して い る。
同様に Mitton (2004) は、19ヶ国の新興市場 国 に位置する企業のコーポレ ート・ガバナ
ンスと配当政策の関係を検 証した結果、コー ポ レート・ガバナンスが堅固 な企業について 高水準の配当支払いが実施 されていたととも に 、配当と成長性の間にあ る 負の関係が相対 的に強くなっていたと指摘 している。Truong and Heaney (2007) は 37ヶ国8,279社をサン プルと して 、企 業の 大株 主の タイ プが 内部 関係 者以外 (金融機 関) であ れば 、配 当を 支払 う確率が高くなると述べて いる。これらの結 果 も、配当支払いがトンネリ ングを抑制する 効果を持つという考えを支 持している。
1.2.3 ケータリング理論
Baker and Wurgler (2004a, 2004b) は、ケータ リ ング理論を提唱している。 この 理論は、
市場が活況している場合、 投資家が配当を要 求 する傾向は強くなるため、 企業は投資家の 需 要 に 合 わ せ て 配 当 を 支 払 う と い う 考 え 方 を 指 す 。 具 体 的 な 検 証 方 法 と し て 、Baker and
Wurgler (2004a) は投資家の配 当に対する 需要 を表す尺度とし て、「配当 プレミアム 」を定
義した。実証分析を行う際 に使用する配当プ レ ミアムの代理変数として、 次の 4 つ (①有 配企業と無配企業の平均時 価・簿価比率の差 、 ②Citizens Utilities (CU) 社の現金配当額と 株式配当額の差6、③新規に有配を開始した企業 の株価超過リターン、④有配企業 と無配企 業の将来における株価リタ ーンの差) を使用し ている。Compustatおよび CRSP採用企 業を 対象に実証分析を行った結 果、配当プレミア ム が高い企業ほど新規に有配 を開始する傾向 がみられたとともに、新規 に有配を開始する こ とで株価リターンの上昇す る可能性が高い ということが示された。同 様にBaker and Wurgler (2004b) は Compustat および CRSP採用 企業について、配当性向の 時系列的な変動と 配 当プレミアムの間に正の関 係があるという 証拠を提示している。また Li and Lie (2006) は Baker and Wurgler (2004a) を拡張した分析 を 実 施 し 、 配 当 プ レ ミ ア ム が 株 価 リ タ ー ン の 変 化 に 影 響 す る と 指 摘 し て い る 。Boulton,
Braga-Alves and Shastri (2012) はブラジル企業 のペイアウト政策を分析し たところ、一部の
企業が投資家の配当に対す る需要に応じて配 当 を実施している側面を報告 している。以上 の分析結果は、ケータリン グ理論を支持する 証 拠を提示している。
6 CU社 は1955~1989年 に か け て 、配 当 の 支 払 い 方 法の み が 異 な る2種 類 の 株 式 (シ リ ー ズAと シ リ ー ズB) を 発 行 し て い た 。シリ ー ズAの 株 式 に つ い て は 株式 に よ る 配 当 (株 式配 当) が な され た の に 対 し 、 シ リ ー ズBの 株 式 は 現 金 に よ っ て 配 当 が 支 払 われ て いた (Allen and Michaely, 2003)。
11
1.2.4 ペイアウト手段の選択
またペイ アウト手 段の選 択に立 脚した 分析で は 、企業が 選択する ペイア ウト手 段 (配当 と 自 社 株 買 い) の 間に は 差 異 があ る と 指摘 さ れて い る 。Lintner (1956) は 米 国 の 上 場 企 業 28社についてインタビュー 調査を行った結果 、経営者が将来的に負担とな る増配を避ける 傾向にあると主張した。こ の点は、配当は投 資 家に対するコミットメント としての性格を 強く持つことを示唆してい る。他方、自社株 買 いは経営者の裁量によって 実施するか否か を決定できると意味で、柔 軟性の高いペイア ウ ト手段であると指摘されて いる。 これらの 点について近年、Brav, Graham, Harvey and Michaely (2005) がアメリカの 384社 (公開会 社:256社 、非公開会社:128社) の財務担当 者 にペイアウト政策に関する サーベイ調査を 行うとともに、23社の最高経営責任 者に 1 対 1 のインタビューを 行っている。その 結果、
ペイアウト政策に関するい くつかの重要なイ ン プリケーションが得られた 。第1に、経営 者は現在の配当水準の維持 について投資政策 と 同程度に重要視する傾向に あった。ただし、
投資資金と流動性を確保し た後でなければ、 企 業は増配を考えないとして いる。第 2に、
減配や無配の実施は株価の 低下を招くため、 企 業は減 配や無配転落を回避 する傾向にあっ た。第3に企業は 配当支払いよりも 自社株買い を選好し、1株当 たり利益 (EPS) の増加や 過 小 に 評 価 さ れ て い る 株 価 の 是 正 を 図 る た め に 使 用 し て い る 。 こ れ ら の 結 果 は 、Lintner
(1956) の報告結果と同様に配当が硬 直的である ことを意味する一方で、自社株買 いは配当
支払いと比べ柔軟性が高い ことを示唆してい る 。これらのサーベイ調査に 加え、 配当と自 社株買いの違いについて検 証した実証研究は こ れまで に多くなされており 、ペイアウト手 段の選択が「配当パズ ル」に 関連があ ると考え られている (Chay and Suh, 2009; DeAngelo et al., 2004; Fama and French, 2001; Grullon and Michaely, 2002; Guay and Harford, 2000;
Jagannathan, Stephens, and Weisbach, 2000; Kooli and L’ Her, 2010; Skinner, 2008; 上野・馬場, 2005; 佐々木・花枝, 2010; 花 枝・芹田, 2008)。
1.2.5 配当課税
多くの先行研究は、配当は 自社株買いと比べ 税 率が高く 税制上不利である と指摘されて おり、このことが配当政策に影響を 及ぼすとし ている。Allen, Bernardo and Welch (2000) は この点について理論モデル を構築し、機関投 資 家に課される配当課税が個 人投資家と比べ 多く課されない場合、機関 投資家は配当によ る ペイアウトを 実施する企業 を投資先として 選 択 す る 証 拠 を 提 示 し た 。Desai and Jin (2011) は 1980~1997 年 に CDA/Spectrum 13F institutional investor holdings databaseに 収集され ている企業を対象に、機関投資 家と配当支 払いの関係に関する実証的 な検証を行ってい る 。その結果、機関投資家が 配当を選好しな
12 れらの結果とは対照的に、 機関投資家は配当 課 税の面で優遇されていても 配当よりも 自社 株買いを選好する可能性を 示した 研究報告も あ る (Brennan and Thakor, 1990; Grinstein and
Michaely, 2005; Jain, 2007)。また米国では2003 年から配当課税に対する減 額措置が採られ
ることになったと言われ、 この減税措置がペ イ アウト政策に及ぼす影響を 検証した 研究も 行われている。例えば Chetty and Saez (2005) が 2003年の減税措置以後 、配当を実施する 企業が増加したと報告して いる。Brown, Liang and Weisbenner (2005) は、2003年以降、経 営者持株比率の高い企業が 増配する可能性が 高 まるとともに、2003年に 有配を開始した企 業 は 前 年と 比べ 自 社株 買 いを 控 える 傾向 が みられ た と 述べ てい る 。同 様 に Brav, Graham,
Harvey and Michaely (2008) は 、配当の課税率 の 低下によって増配や有配を 開始した企業が
出てきた側面を指摘してい る7。
これに加えて、各国におけ る配当税制の違い が 企業の配当政策に影響する という 研究報 告もなされている。Pattenden and Twite (2008) はオーストラリア企業をサ ンプルとして、
配当課税に対する優遇措置 が配当支払いに正 の 影響を与えるという結果を 示し た。Lee, Liu,
Roll and Subrahmanyam (2006) は、台湾企業の 配 当課税と配当政策の関係を 分析した。台湾
ではキャピタル・ゲインは 課税対象とならな い ため、相対的に配当課税が 高くなっている 状況にある。このような状 況下では 投資家は 低 配当の株式を保有する 一方 で、高配当の株 式を売却する傾向にあった と指摘している 。こ の他にも、Graham and Kumar (2006) は米国
の60,000世帯を対象に株 式保有と株取引の 関 係性について分析を行った ところ、低所 得者
は配当に対して少なく課税 される結果、配当 を 強く選好する傾向にあるこ とを明らかにし ている。
1.3 日本企業のペイアウト政策とコーポレート・ガバナンス
この節では、日本企業が従 来、採用していた ペ イアウト政策とコーポレー ト・ガバナン スに関する説明を行い、1990年代以降、これ ら がどのような変容をたどっ たかについて検 討していく。従来の日本企 業は、株式の額面の10%に相当する金額 (1株当たり5~10円) を 配当の形で安定的に 株主に還元す ることが一般 的であった (内田, 2004)。 このような低 位 安定配当政策が採用された 理由として、内田 (2004) は次のように指摘してい る 。第 1 に 高度成長期 (1955年頃~1970年 代中頃) に実施 されていた配当政策が 、高度成長 期以降も 慣例として継続された点で ある。高度成長期 に おいて は経営者が新株を発 行する場合、額
7 こ の 論 文 の 中 で 米 国 の 経 営者 は 、 配 当 課 税の 減 税 措置 よ り も む し ろ 将 来 キ ャ ッ シ ュ フ ロ ー の 安 定 性 、 保 有 現 金 の 割 合 、 過 去 から の 配 当 水 準 の ほう が 重 要 であ る と 述 べ て い る 。
13 面株主割当増資が主流であ ったと言われてい る 。額面株主割当増資 を行う 場合、株主は株 式の額面金額を出資するこ とになるため、経 営 者 が額面金額をもとに配当 額を決定するこ とには一定の意義があった 。第2の理由とし て 、1990年以前の株価は相 対的に高い水準で 推移していたことである。 このような状況下 で は、投資家は十分なキャピ タル・ゲインを 獲得できたため、企業の低 位安定配当政策に 対 して異議を唱えることが少 なかったと考え られる。実際に 1990年以 前には、1株当た り5~10円の配当を支払う企業 が 7割を占めて いた。
他方、従来型の日本のコーポ レート・ガバナ ンスは 、内田 (2004) や岡部 (2007) が指摘 するように、次のような特 徴を持っていた。 第 1 に、多くの日本企業が特定の銀行 (メイ ンバンク) と長期的 な取引 関係を 維持し ていた 点である 。高度成 長期に おいて 日本は 豊富 な投資機会を有していたに もかかわらず、内 部 留保が不足していたと言わ れている。その 際、メインバンクは単独、 またはシンジケー ト ・ローンを組む形で企業に 必要な資金を供 給し、企業の投資を円滑に 進める役割を果た し たとされている。このとき メインバンクは
①取引先企業の預金口座を 通して業績を把握 す る、 ②取引先企業の主要株 主となって役員 を派遣するといった行動を とることが多かっ た 。また取引先企業が業績不 振に陥った場合 は、金融支援を行っていた という報告もなさ れ ている。このようにメイン バンクは取引先 企業に対しモニタリングを 行っており、効率 的 な コーポレート・ガバナン スを実現する一 翼を担っていたと指摘され ている。第2点と し て、上場企業間が互いの株 式を保有し合う という株式持合いを形成さ れていた点が挙げ ら れる。この株式持合いは主 に①1950 年代、
②1960 年代半ば~1970 年代 初期、③バブル期 (1986 年頃~1990 年頃) の 3つの時期に行 われ、敵対的な買収を回避 するという意味で 安 定株主工作としての側面が 強かったとされ ている。第3に、平均的 な日本企業の経営者 が 従業員の価値を重視した経 営を実施してい た点である。具体的にはYoshimori (1995) が指 摘するように、大部分の日 本の経営者は株 価を高めることよりも従業 員の雇用維持に注 意 を向けていたと言われてい る。
しかし 1990年代にバブル が崩壊すると、以上 の ような従来型のコーポレー ト・ガバナン スが変容してきたという指 摘を受けることが 多 くなった。この理由 としては、内 田 (2004) や岡 部 (2007) が述 べる よう に、 バブ ル崩 壊後 に起 きた 次の よう な変 化が 大き く関 わって いることが挙げられる。 第 1にバブル崩壊後 に 多くの企業が財務的困難に 直面したため、
メインバンクからの借入金 の返済が困難にな っ た。この結果、メインバン クは多額の不良 債権を抱え企業に対する新 規の貸付を手控え た ため、新規の有望な投資案 件を持つ企業で あっても、資金制約に直面 する事態に陥った と されている。第 2に大幅 な株価下落を背景 に企業間や企業-メインバ ンク間で形成して い た株式持合いが解消され、 持合い株式が市
14 パフォーマンスの低い株式 ほど株価が低下す る 事態に直面した。 これらの 事態を受けて企 業は有利な条件で資金調達 を行うために、パ フ ォーマンスを改善し株主価 値を高める必要 性が強くなった。またメイ ンバンクは取引先 企 業の株式を手放したことで 、取引先企業に 対するモニタリング機能も 低下していった。 第 3に持合い株式が従来より も海外の機関投 資家 (外 国人株 主) によ って 購入 され る機 会が 増加し 、企 業経 営に 対す る影 響力 を強 めて きていることである。一般 に海外の機関投資 家 は経営者に対し、株主価値 の創造を目的と した経営を強く要求する傾 向にあると言われ て いる。実際に株主価値が毀 損されている場 合、敵対的な買収の実施を 通して経営者の罷 免 や企業再編を求めるなどの 対応をとると指 摘されている。
さらに 1990年代以降、数 回にわたって商法が 改 正され、自社株買いに対す る規制緩和が 進んでいった。まず 1994年の商法改正でに買 い 戻した自社株をすぐに消却 するという条件 で、配当可能利益の範囲で 自社株買いが認め ら れることとなった。しかし 1994年の時点で はみなし配当課税に関する 規定があり、自社 株 買いに応じた株主が課税さ れるため、自社 株買いを行う企業が増加し なかった。翌年の 1995年に自社株買いに関する みなし配当課税 が凍結され、自社株買いを 機動的に行えるよ う になった。その後 1998年 の商法改正で、ス トックオプションを目的と した自社株買いが 認 められ、2001年の改正で 株主総会決議によ る金庫株を認める規定が定 められた。このこ と は、買い戻した自社株を消 却せずそのまま 保有できることを意味して いる。さらに2003年 の商法改正によって、株主 総会決議のみな らず定款授権による自社株 買いが実施できる よ うになった。2005年にこ れらの規定は「会 社法」としてまとめられ、 現在に至っている (内田, 2004; 畠田, 2009)。
以上のようなコーポレート ・ガバナンスの変 化 や自社株買いに関する規制 緩和は日本企 業 の ペ イ ア ウ ト 政 策 に 影 響 を 与 え る 余 地 が 大 き く な っ た と 予 想 さ れ る 。 例 え ば ス テ ィ ー ル・パートナーズは機関投 資家として 2003年 に ユシロ化学やソトーに対し 余剰な キャッシ ュフローを増配するように 要求したと言われ 、 企業は株主価値を意識した ペイアウト政策 について考える必要性が出 てきている。
1.4 本論文の課題
1.2 節で 指摘 した ように 、企 業のペ イア ウト 政 策につ いて はこれ まで 非常に 多く の研究 が蓄積されている。一方、1.3節で 説明したよ うに 1990年代以降、コーポレー ト・ガバナ ンスの重要性が増大すると ともに、日本企業 の ペイアウト政策も変化して きている。その 中で重要な変化としては (1) 自己株 式の買戻し の規制緩和によって、日本企業は 配当と自
15 社株 買い の選 択に 関す る問 題に 直面 した こと 、(2) コー ポレ ート ・ガ バナ ンス が日 本企業 のペイアウト政策に影響を 与える状況になっ て きたことが指摘できる。ま た従来からの日 本企業の配当政策の特徴と して、低位安定配 当 政策を行ってきた点を指摘 でき、日本企業 においても米国企業と同様 に Lintner (1956) 型 の配当平準化政策が採用さ れてきた可能性 がある。本論文の目的は、 これら 3つのテー マ について先行研究では十分 に明らかにされ てこなかった側面を検証す ることである。以 下 では各テーマについて、そ れぞれの問題意 識を説明する。
(1) の観 点に 関す る先 行研 究を みる と、 配当 は 現在 の水 準を 維持 して いく とい う意 味で 投資家に対するコミットメ ントを強く持つ一 方 で、自社株買いは経営者の 裁量で実施か否 かを決定できるため、コミ ットメントの性格 は 弱いと指摘されている。こ の違いについて 先行研究は営業キャッシュ フロー のボラティ リ ティとペイアウト政策の関 係 を検証し、ボ ラ テ ィ リ テ ィ の 低 い 企 業 は コ ミ ッ ト メ ン ト の 強 い 配 当 を 選 択 す る と 指 摘 し て い る (Chay and Suh, 2009; Jagannathan et al., 2000)。しか し ボラティリティの低い企業 が実際にどのよ うな資金を使って配当を支 払うかについては 、 これまで詳細な分析が行わ れていない。同 様に業績不振企業が減配す るとは限らないと 言 われている点についても、 それらの企業が ど の よ う な 資 金 を 用 い て 配 当 を 行 っ て い る の か 明 ら か に な っ て い な い 。 こ れ ら の リ サ ー チ・ギ ャッ プを 埋め るた めに 、企 業の 財務 状況 (業 績不 振時と 通常 時) に焦 点を 当て 、配 当の原資としての留保利益 とペイアウト政策 と の関係を検証していく。
(2) の観 点に 関し ては 、コ ーポ レー ト・ ガバ ナ ンス の一 つと して スト ック オプ ショ ンに 着目し、配当政策との関係 を検証していく。 米 国企業を対象とした先行研 究は、配当支払 いは企業の純資産の減少を 招き、株価を下落 さ せることから、ストックオ プション付与は 配当に負の効果を与えると 指摘されている。し かし、情報の非対称性をもとにし た理論 (エ ージェン シー問題 の緩和 、シグ ナリン グ) をベ ースに考 えれば、 先行研 究とは 対照的 に配 当によって高株価を実現で きると考えられる 。 この側面は、株主価値を重 視した配当政策 を採用してこなかった日本 企業では特に強く な ると考えられる。よって日 本企業のような 状況を考えれば、先行研究 と異なりストック オ プションが配当に正の影響 をもたらす可能 性があると予想される。
(3) につ いて は、 日本 にお いて も米 国と 同様 の 配当 平準 化が 観察 され るか 、ま たな ぜ米 国のように日本でも配当平 準化がみられるか に 関する分析を実施している 。筆者の知る限 りこれらの観点に基づいた 分析はなされてお ら ず、この意味で先行研究に 対する貢献があ ると考えられる。分析の際 には国際データを 使 用し、米国・日本と諸外国 の企業を比較す る形で検証を行っている。
16 いて、東京証券取引所一部 、二部、マザーズ ・ ジャスダックに上場する企 業をサンプルと した実証分析を行っていく 。第 3章は (2) のコ ーポレート・ガバナンスの観点からの分 析 であり、ストックオプショ ンと配当政策の関 係 について東京証券取引所一 部・二部を対象 に分析を行う。第 4章では 24ヶ国約 5,000社 を 対象に各国の株式の所有構 造と配当税制の 違いに着目し、(3) の配当平準化に関 する実証 分析を行う。第 5 章では、本論文 の要約と インプリケーションが提示 される。
17
第 2 章 留保利益とペイアウトのコミットメント 1. はじめに
第 1章で述べたように、1990年代以降、自社 株 買いに関する規制が緩和さ れ、日本企業 が米国企業と同様に配当と 自社株買いの選択 に 関する問題に直面するよう になった。日本 では従来、資本充実の原則 から自社株買いは 法 律的に禁止されていた。し かし 1994年に商 法が改正された結果、自社 株買いが認められ 、 その後の商法改正で企業は 自社株買いをよ り機動的に行えるようにな った。この点は、 株 主に対し配当だけではなく 自社株買いによ るペイアウトが実施できる ようになったこと を 意味している。しかしペイ アウトに関する 先行研究をみると同じペイ アウト手段にもか か わらず、配当と自社株買い の間には差違が あると報告されている。Brav et al. (2005) は、 米国企業を対象にペイアウ ト (配当・自社 株買い) 政 策のサー ベイ調 査を実 施した 。その 結果、米 国の経営 者は減 配を 避 ける傾 向に あることが明らかとなり、Lintner (1956) と整 合的な結果を得 ている。こ れらの結果は、投 資家は将来的な減配や無配 を嫌うため、経営 者 は安定的に配当を行う必要 があることを示 唆している。つまり経営者 が配当を安定的に 支 払っていくという意味で、 配当は投資家に 対するコミットメントとし ての性格を強く持 つ と考えられている。 対照的 に自社株買いは 経営者の裁量で実施か否か を決定できるため 、 配当よりもコミットメント は弱いとみなさ れている (Brav et al., 2005; Grullon and Michaely, 2002; Guay and Harford, 2000; Jagannathan et al., 2000; Skinner, 2008)。
本章の目的は、日本の上場 企業を対象に配当 と 自社株買いの選択について 分析すること にある。第1章で示した ように、 先行研究は 営 業キャッシュフローのボラ ティリティとペ イアウト政策の関係を検証 し、ボラティリテ ィ の低い企業はコミットメン トの強い配当を 選択すると指摘している (Chay and Suh, 2009; Jagannathan et al., 2000)。しかしボラティ リ ティの低い企業が実際にど のような資金を使 っ て配当を支払うかについて は、これまで詳 細な分析が行われていない 。同様に業績不振 企 業が減配するとは限らない と言われている 点についても、それらの企 業がどのような資 金 を用いて配当を行っている のか明らかにな っていない。そこで本章は 東京証券取引所一 部 ・二部、マザーズ、ジャス ダックに上場す る企業を対象として、資金 調達手段の側面か ら 配当と自社株買いの選択に 関する分析を行 っていく。Myers and Majluf (1984) は企業が使 用する 3つの資金調達手段 (留保利益、負 債、株式) のうち、 留保利 益の エ ージェ ンシー コスト が 最も低い ことを 主張し ている 。こ のことは、留保利益は経営 者にとって機動的 に 使用できる資金調達手段で あることを示唆 している。そこで本章は具 体的な資金調達手 段 として、留保利益に焦点を 当てている。さ らに分 析を 行う 際に は、 企業 の 現 在の 財務 状況 (①業 績不 振時 [当 期の キャ ッシ ュフ ロー
18 ントを維持できる状態] ) に注目す る。
仮に企業が業績不振時に多 くの留保利益を保 有 する 場合、留保利益を原資 として無配・
減配を避けることが可能に なると予想される 。 加えて業績不振時に留保利 益水準が減配・
無配を避ける機能を持つの であれば、通常時 か ら留保利益率の高い企業は 自社株買いより も配当を選択すると予想さ れる。本章ではこ れ らの仮説 について、実証分 析を行う。結果 を要約すると DeAngelo et al. (2006) の Life-cycle仮説の可 能性を考慮して成 長性をコント ロールしても、業績不振時 に留保利益水準と 減 配・無配を実施する確率の 間に負の関係が 観察された。同様に、成長 性をコントロール し て も通常時から留保利益水 準の高い企業は 自社株買いよりも配当を選 択する傾向がみら れ た。これらの結果は本稿の 仮説と整合的で あり、日本企業について先 行研究と異なる分 析 方法をとっても、 配当と自 社株買いの間に 差異が存在するという考え が成立することを 表 している。
本章の貢献は、次の通りで ある。第 1に先行 研 究と異なり留保利益という 資金調達手段 に注目した分析を行ってい る点である。先述 の ように先行研究では キャッ シュフロー のボ ラティリティの低い企業が 配当を選好する点 や 業績不振に直面した企業が 減配を行わない 点を指摘したにすぎず、具 体的にどのように 配 当を支払うかについては詳 細な検証がなさ れていなかった。しかし本 章では資金調達手 段 として留保利益に着目する ことで、 このよ うな先行研究のリサーチ・ ギャップを埋めて い る。第 2の貢献として、 ペイアウト手段の 選択について日本企業を対 象とした分析を行 っ た点である。筆者の知る限 り、この観点か らの分析は米国企業を対象 としたものが多く 、 日本企業に関する研究は相 対的に少ないよ うに思われる。この意味で 、本章の分析には 一 定の意義があると考えられ る。
本章の構成は次の通りで ある。2節では先 行 研究を整理するとともに 仮 説を提示する。3 節では本章で使用するサン プルとデータにつ い て説明し、4 節で実証分析 を実施する。最 後に 5節で本章の要約をま とめる。
2. 先行研究と仮説
Black (1976) は、投資家 にとって税制上、不 利 な配当が多くの企業で実施 されている事
実を「配当パズル」と定義 している。この現 象 に対するアプローチの一つ として先行研究 は、ペイアウト手段によっ て投資家に対する コ ミットメントの強さが異な るという点に注 目している。Lintner (1956) によれ ば投資家は将 来的な減配や無配を嫌うた め、経営者 は現 在の配当水準を維持する、 または増配するに し ても将来的に負担とならな い範囲で行うと している。つまり配当は経 営者が安定的に支 払 っていく必要性が強く、そ の意味で投資家
19 に対するコミットメントの 性格が強いと考え ら れている。
実際に Brav et al. (2005) は 384社の米国企業 に 対しペイアウト政策に関す るインタビュ
ーを行ったところ、①配当 水準の維持は投資 政 策と同じくらい重要である こと 、②減配を 否定 的に 捉え る傾 向に ある こと を明 らか にし た 。日 本で も花 枝・ 芹 田 (2008) が ペイ アウ ト政策のサーベイ調査を行 った結果、長期的 に 収益を見込めると確信して いる企業ほど増 配すると報告している。こ のような配当の性 格 は、企業のペイアウトの推 移を追った研究 からも確認されている。Fama and French (2001) は米国の有配企業の財務属 性を時系列的に 検討した結果、収益性が高 い大企業が配当を 行 う傾向にあり、1978年以 降も大きく変わっ ていないと報告した。DeAngelo et al. (2004) は 米国において、収益の多い 大企業が主に配 当を実施する傾向があると 指摘した。これら の 結果は、収益が安定的な企 業ほどコミット メントの強い配当を行って いることを示唆し 、 配当が自社株買いよりも強 いコミットメン トを有しているという考え 方と整合的である 。
このような研究とは別に、 配当と自社株買い の 差異について実証的な 側面 から行った分 析も数多くなされている。 営業利益やキャッ シ ュフロー のボラティリティ に注目した研究 には、主に次の 3つが挙げられ る。Jagannathan et al. (2000) は1985~1996 年において、将 来 の 営 業 利 益 の ボ ラテ ィ リ テ ィ と配 当 (自 社 株買 い) の 間 に 負 (正) の 関 係が あ る と 提 示 した。Chay and Suh (2009) は 1994~2005年の 主要 7カ国 (オーストラリア、カナダ、フラ ンス、ド イツ、日 本、イ ギリス 、アメ リカ) を 対象に株 価のボラ ティリ ティと ペイア ウト の関係を検討した結果、ボ ラティリティと配 当 の間に有意な負の関係があ ると指摘した。
Guay and Harford (2000) は 1981~1993年の CRSPに収録 された企業につい て、ペイアウト 手段の変更が市場のキャッ シュフローの予測 に 影響を与えていると報告し た。具体的には 市場が企業のキャッシュフ ローの増加を一時 的 なものとして捉えている場 合に、企業が増 配を行うと市場が好意的な 反応を見せるとし て いる。この結果は、企業が 継続的に安定し たキャッシュフローを将来 にわたって得られ る 場合に増配することを示唆 し、このシグナ ルを もと に市 場が 企業 に対 する 評価 を修 正す る こと を表 して いる 。 上 野・ 馬場 (2005) は 1990~2003年に東京証券取 引所一部に上場す る 企業について、営業利益が 安定した企業ほ ど配当を実施すると報告し た。これらの結果 は 、キャッシュフローの安定 的な企業が主に 配当を支払うことを表し、 コミットメントを 維 持できる企業が配当を実施 していると解釈 できる。
Grullon and Michaely (2002)、Kooli and L’ Her (2010)、Skinner (2008) は Lintner (1956) が 提示した「配当調整モデル 」を用いて、ペイ ア ウト手段とコミットメント の強さの関係を 検証している。このモデル は経営者が設定す る 目標配当額に向けて現在の 配当額をどの程
20 できる8。Skinner (2008) はこの モデル をペイア ウト (配当+ 自社株 買い) まで 拡張し、 目 標ペイアウト額に対する調 整速度を計測した 結 果、配当のみを適用した場 合よりもペイア ウトの調整速度のほうが速 くなっていた 。日本 でも佐々木・花枝 (2010) が2000年~2005 年を対象にSkinner (2008) と同様の分析を行 い 、配当の調整速度よりもペ イアウトの調整 速度のほうが有意に上がっ ていたことを指摘 し ている。Grullon and Michaely (2002) は1972
~2000年に Compustat に収集されてい る企業に ついて、 超過配当額 (実際の配 当額-配当
調整モデ ルから算 出した 期待配 当額) を 推計し た。その 後、超過 配当額 と 自社 株買い の関 係を検証したところ、両者 の間に有意な負の関 係があると述べている。同 様にKooli and L’
Her (2010) はGrullon and Michaely (2002) の分 析方法を踏まえカナダ企業 を対象に 分析し たところ、自社株買いが超 過配当額に有意な 負 の影響を与えてい るという 分析結果を提供 している9。以上の 結果を解釈すると 、経営者が 自社株買いを選好する一方 で、コミッ トメ ントの強い配当を避ける傾 向にあると判断で き る。
以上の先行研究は、配当 がコミットメント と しての性格が自社株買いよ りも強いという 証拠を提示している。しか しながら、これら の 研究はどのような資金調達 手段を使用して コミットメントを維持して いるかについて詳 細 に検討していない 。具体的 にはキャッシュ フローのボラティリティが 低い企業が、どの よ うにして配当を実施し 投資 家に対するコミ ットメントを維持するのか という点で疑問が 残 る。またDeAngelo et al. (1992) は米国の赤 字企業の配当政策に焦点を 当て、赤字転落は 減 配の必要条件であると主張 している。日本 にお いて も上 野・ 馬場 (2005) が 、減 益・ 赤字 企業 は一 定額 の配 当を 支払 う傾 向に あると 指摘している。これらの事 実は、企業は業績 不 振時であっても配当を支払 いコミットメン トの維持を図る可能性が強 いことを示唆して い る 。しかしこの場合につい ても 、どのよう な資金を原資として配当を 支払うのか明らか で はない。本章は これらのリ サーチ・ギャッ プを埋 める ため に、 企業 の留 保利 益水 準と 現在 の業績 (① 業績 不振 時 (当期 のキ ャッ シュ フローでコミットメントを 維持できない状態)、②通常時 (当期のキャッシュフ ロー でコミ ットメントを維持できる状 態) ) の関係に焦点 を当てながら、配当と自社株買い の違いにつ いて検証していく。
Myer and Majluf (1984) は留保利益の エージェ ンシーコスト が他の資金調 達手段 (負債 や株式) と 比べ低い と主張 してお り、こ の点は 企業にと って留保 利益が 相対的 に利用 しや
8 Lintner (1956) の 配 当 調 整 モデ ル に つ い て は 、本 論 文の 第 4章2.2節 を 参 照 の こ と 。
9 日 本 で は 山 口 (2007) が 、 東 京 証券 取 引 所 一 部 ・ 二部上 場 す る2,640 firm-yearsに つ い てGrullon and Michaely (2002) と 同 様 の 方 法 で 超過 配 当 額 を 計 算 し 、自 社 株 買 い と の 関 係 を 検証 し て い る 。結 果 とし て は 、 両 者 の 間 に 有 意 な 関係 は み ら れ な か った 。
21 すい資金であることを示唆 している。そこで 本 章では、配当の原資として は留保利益に注 目する。企業が留保利益を 多く保有するので あ れば、業績不振時であって も留保利益を原 資として減配・無配を避け 、自社株買いより も 配当を選択することが可能 となる。結果と して、投資家に対するコミ ットメントを維持 で きると予想される。よって 、以下の仮説が 提示される。
仮 説 1:業績不振時に、留保利益率の高い企業 はコミットメントの維持を 目的として、無 配・減配を避ける。
仮 説 2:業績不振時に、留保利益率の高い企業 はコミットメントの維持を 目的として、自 社株買いよりも配当を選択 する。
仮説 1、2が支持される 場合、業績不振に直 面 していない 通常時において も、留保利益水 準が企業のペイアウト政策 に影響すると予想 で きる。 つまり業績不振時に おいて高水準に ある留保利益が配当のコミ ットメントを維持 す るという意味で「保険」と して機能するの であれば、無配・減配が回 避され、配当が選 択 される可能性も高くなると 予想される。こ の点を前提とすれば、通常 時から留保利益を 多 く保有する企業は、自社株 買いよりも 配当 を選択する行動をとると考 えられる。したが っ て、以下の仮説が提示され る。
仮 説 3:通常時から留保利益率の高い企業は、 自社株買いよりも配当を選 択する。
なお留保利益率について は、DeAngelo et al. (2006) が Life-cycle仮説を検証 するための 代理変数として採用してい る。DeAngelo et al. (2006) は、「留保利益率の低い企業が 必要 な 資本を外部調達するのとは 対照的に 、留保利 益 率の高い企業は企業内に多 くの利益を蓄積 しながら成熟段階に向かう 」と述べている。こ の ことは、DeAngelo et al. (2006) は Life-cycle 仮説の検証にあたって、成 熟企業は外部資金 調 達を行う必要がなく 留保利 益で資金を賄え るというアド・ホックな仮 定に基づいている こ とを意味している 。したが って、留保利益 率が企業の成長段階を表す 完全な代理変数と は 言い難い部分がある10。本章で強調してい るように、企業は通常時か ら蓄積している 内 部 留保を将来の配当のコミッ トメントを維持 するための原資とみなして いる側面も大きい と 考えられる。この傾向は、 従来から低位安 定配当政策を採用していた 日本企業において よ り顕著に観察されると予想 される。 以上を
10 Grullon et al. (2002) は 企 業 の成 熟 度 合 い を 示 す変 数と し て 、 ベ ー タ (シス テ マ テ ィ ッ ク リス ク) を 採 用 し て い る 。
22 ると捉えるとともに、Life-cycle仮説の代理変 数 については留保利益率以外 の変数を使用す ることにする。
3. サンプルとデータ
本章では、上記の仮説を 検証するために、日 本 の財務データを使用する。具体的には 2001
~2008年に東京証券取引所 一部・二部、マザ ー ズ、ジャスダックに上場す る企業をサンプ ルとしている。その際、ペ イアウト政策が規 制 の影響を受ける可能性があ るため、金融機 関、電力・ガスはサンプル から除外した (Cuny et al., 2009; Smith and Watts, 1992)。使用す るデータについて、①自社 株買い金額はNikkei Needs 企業ファイナンスから収集し 、②こ れ以外の財務・株価データ はNikkei Needs Financial Quest から抽出した。最終的な サンプ ル数は 15,747firm-years となり、 企業数は 2,888社であった。
表 2- 1 変数の定義
表2-1は第 2章 の 分 析 で 使 用 する 変 数 の 定 義 を提 示し て い る 。 留 保 利 益 率 (Retaint -1) は1 期 分 の ラ グ を と り 、 留 保 利 益 は 以 下の 方 法 で 計 算 し た。 ①2000年と 2001 年の 両 年 に つ い て は、 留 保 利 益 = そ の他 の 剰 余 金 合 計 - 自 己 株 式 、 ②2002~2008 年 は 、 留 保利 益 =(そ の 他 の 資 本 剰 余 金 + 任 意 積 立 金 + 繰 越 利 益 剰 余 金)- 自 己 株 式と し た 。本 章 で 使 用 する 留 保 利 益は 会 計 上 の 留 保 利 益 (利 益 剰 余 金) で は な く 、法 律 上 、 株 主 に 分 配 でき る 最 大 の 金 額 であ る 「 分 配可 能額 」 を 意 味 し て い る。 な お 留 保利 益 の 計 算 に 必 要 な 項 目 が 欠 損 値 の 場 合 、計 算 がで き ず サ ン プ ル セレ クシ ョ ン バ イ ア ス を 起 こ す可 能 性 が あ る た め 、こ れ ら を ゼ ロ と み な し て い る。
変数名 定義
Div_dum 減配、または無配を行っていない企業を 1、それ以外を 0とするダミー変数
Rep_dum 自社株買い金額が 0ではない、またはその金額を減らしていない企業を 1、
それ以外を 0とするダミー変数
DPP 普通株式の中間・期末配当額合計/(普通株式の中 間・期末配当額合計+自社 株買い実施金額)
Retain t -1 留保利益/自己資本
Redink_1 ROA < 1 となる企業を1、それ以外を0とするダミー変数
23
表 2 - 1
変数の定義 (続き )
変数名 定義
Redink_2 前期の 1株当たり配当額 > 当期の 1株当たり営業利益となる企業を 1、それ
以外を 0とするダミー変数 ROA 営業利益/総資産
Extra 特別利益/総資産
Extra_dum 特別利益が欠損値の場合を 1、それ以外を 0とするダミー変数
Risk 4年間 (t-4~t年) の ROAの標準偏差
MtBr (株式時価+負債簿価)/総資産簿価
LnSales 売上高の自然対数
CD 現金および現金同等物/総資産
Leverage 負債/総資産
Financial 金融機関持株数/発行済株式総数
SOP ストックオプションを採用している企業を 1、そ れ以外を0とするダミー変数
表 2-1 は本章で用いられる変数の定義 を表し 、主要な従属変数は Div_dum、DPP の 2 つである。Div_dumは 無配・減配を行っていな い企業を1とするダミー変 数、DPPはペイ アウト (配当+ 自社 株買 い) に占 める 配当 の割 合を示 す。 ただ し配 当・ 自社 株買 いと もに 行っていない企業は DPPを算出で きない結果、サンプル数が 13,402 firm-yearsまで減少す ることに注意を要する。
本章の主要な独立変数は Retaint-1、Redink_1、Redink_2の 3つである。Retaint-1は留保 利 益を総資産で除したもので 、前期の留保利益 水 準が今期の配当政策に影響 すると考えられ るため 1期分のラグをとっ た。留保利益の算 出 は、以下の通りに行ってい る。まず 2002~ 2008年については、「留保利益=(その他 の資本 剰余金+任意積立金+繰越 利益剰余金)-自 己株式」として定義した (桜井, 2010)。しかし2000年と 2001年の両年 については貸借対 照表の資本の部の表記が他 の年と異なってい た ため、「留保利益=その他 の剰余金合計-自 己株式」 として計 算した 。 つま り本章 で使用す る留保利 益は「会 計上の 留保 利 益 (利益剰 余金)」とは異なり、企業が合法的に株 主に分配 できる最大の金額である「分 配可能額」を 意味している。また留保利 益を計算する際に 必 要な勘定科目が欠損値であ れば留保利益を 算出できず、サンプル数の 減少を招く可能性 が あるため、これらの欠損値 はゼロとみなし