博士(歯学)岡崎恵一郎 学,位論文題名
歯に矯正カを負荷 した際の歯根膜受容器の 応答特性の変化について
学位論文内容の要旨
【緒言】
歯に矯正カが加えられたとき、患者はさまざまな感覚の変化を経験す る。その 感覚の変化は 矯正装置調整後約2日でピークを迎え、特に咀嚼 時に変化の程度が増すことが知られている。これらの感覚は、歯根膜に 存在する受容器で感受される。
歯 根 膜受 容 器の 単 一神 経線維の応答 は、1939年にPfaffmannにより 初めて記録されて以来、さまざまな動物において数多くの報告がなされ ている。歯にカ刺激を加えた際の歯根膜受容器の応答は、特殊神経終末 に由来し、主に触圧覚を感受する機械受容であると考えられている。ま た、同じ受容器が侵害刺激に対しても応答していることから、侵害受容 にも関与していることが示唆されている。
このように生理的状態における歯根膜の神経生理学的研究は数多く行 われているが、歯根膜に矯正カを負荷させた際の受容器の応答特性の変 化を調べた研究は少なく、しかも、矯正カの負荷方向と歯根膜受容器の 応答特性との関連については全く明らかにされていない。しかし、現在 までに解 明されている3つの実験結果、すなわち、受容器は牽引側で反 応する牽引受容器であること、力刺激に対する最大応答方向特性がある こと、根 尖側3分の1の歯 根膜に受容器が 多く分布して いることを考え 合わせると、力刺激に対して応答する歯根膜受容器の位置を推測するこ とは可能である。
そこで本研究の目的tま、歯根膜受容器の求心性単一神経線維からの応 答を末梢神経から導出記録レ、矯正カの負荷による受容器の応答特性の
変化を明らかにすることである。
【材料と方法】
1.矯正力負荷条件
ネコ下顎 犬歯を実験歯、下顎第ー前臼歯を固定源とした。犬歯の臨床 的 歯頚 線 の約2 mm歯頂側 よりにっけた溝 と第一前臼歯 バンドのりン ガ ルボタ ンとの間にクローズドコイルスプリングを装着して矯正カを初期 荷重100gになるように負荷した。
矯 正 カの 作 用期 間 は、2日 間( 以 下2日 間 実験群) および7日間( 以 下7日 間実 験群 ) とし 、 他に 対 照と し て矯 正カ を負荷しない グループ
(以下対照群)を設けた。
2. 歯 根 膜 受 容 器 か ら の 機 能 的 単 一 神 経 線 維 の 応 答 の 記 録 方 法 固定装置 にネコを背臥位に固定し、下顎下縁部の骨を削除し、下歯槽 神経を 剖出し、機能的単一神経線維に分離した。電極にtま直径0.3 mm の白金 線を用い、電極からの信号は増幅後、力刺激とともにデ一夕レコ ー ダに 記 録した。 応答信号の解析 はADコンバータ で精度12 bit、サン プ リン グ 周波数20 kHzで量子 化し、パーソ ナルコンピュ 一夕に取り込 み解析した。
矯正カの除去直後に、実験歯の矯正カを負荷した溝にカ刺激を加えた。
力刺激 の方向は近心 、遠心の2方向と し、立ち上がり時間100 ms、カの 持 続 時 間3sの カ 刺 激 をO.01Nか らO.80Nま で の 範 囲 で 加 え た 。 得られた 計測値の統計処理には、Mann ‑ Whitneyの分散分析とヱ 検 定を適宜用いた。.
【結果】
矯正 カ の負 荷前後での単 一神経線維( ユニット)の 応答は、総計59 ユニ ット観測され た。その内訳 は、速順応性が5ユニット、遅順応性が 54ユ ニ ッ ト で あ っ た 。 速 順 応 性 に はon type、offtype、on―off typeの3型 が 認め ら れた 。 遅順 応 性は 、 対照 群で19ユ ニ ット 、2日 間 実 験 群 で21ユ ニ ッ ト 、7日 間 実 験 群 で14ユ ニ ッ ト 記 録 さ れ た 。 出現頻度の高かった遅順応性の応答を対象として以下の計測を行った。
1.潜時
喇激 開始から応答開始までの潜時は、力刺激方向にかかわらず加圧速
度が増加するにしたがって短くなった。さらに、3群間での差は認めら れ ず 、 矯 正 カ の 負 荷 に よ る 潜 時 の 変 化 は 認 め ら れ な か っ た 。 2.応答方向特性
対照群、2日間実験群、7日間実験群との間に方向特性の差は認めら れなかった。また、3群内で方向別の応答数について検討を行ったが差 は認められなかった。したがって、歯の横断面において歯根膜に存在す る受容器の分布はほぼ一様で、また矯正カの負荷による分布の変化は認 められなかった。
3.応答闘値
近心方向にカ刺激を加えた場合、応答闘値の平均値は対照群に比ぺて、
2日間実験群、7日間実験群で有意に高い値を示した(p〈0. 01)。
遠心方向にカ刺激を加えた場合の応答闘値の平均値は、3群間に差が 認められなかった。
4. dynamic index
3群のdynamic index、すなわち加圧初期の放電頻度と2秒後の放電 頻度との差を求めた。3群の近心、遠心方向へのカ刺激に共通した傾向 として、加圧速度が増加するに従ってdynamic indexが増加していた。
対照群と実験群のdynamic indexを比較すると、2日間実験群の近心 方向刺激で、対照群よりやや高い値を示すユニットが多く認められ、7 日間実験群では遠心方向へのカ刺激で、対照群よりも低い値を示してい た。また、7日間実験群の近心方向へのカ刺激において、非常に高い値 を示した受容器が2ユニット観察された。この2つのユニットの方向特 性は、近心と近心舌側であった。したがってこの2つの受容器は矯正カ による歯根膜の圧迫側に位置していたことになる。
【考察】
今回の実験では、近心方向にカ刺激を加えた場合、2日間、7日間実 験群ともに有意に応答闘値の上昇が認められたのに対し、遠心方向ヘカ 刺激を加えた際には、実験群と対照群との問に差は認められなかった。
これは矯正カによる歯根膜の圧迫側に存在する受容器の応答閾値が上昇 したことを意味する。
矯正カの負荷による応答闘値の上昇の要因には、@受容器の直接的な 損 傷 、 ◎ コ ラー ゲ ン 線維の 走行 の変化 の2っが考 えられ てい る。
金子は、矯正カを負荷した際の圧迫側歯周組織の様相を3次元的に観 察し、変性帯の分布は歯頭部に比べ根尖部では狭い範囲であるとしてい る。今回の実験結果では、近心方向以外の方向特性を持つ受容器におい ても、近心方向にカ刺激を加えた場合の応答闘値が上昇した。これらを 考え合わせると、受容器の直接的な損傷のみが原因とは考えられない。
コラーゲン線維の走行の変化については、Kannari et al.が電子顕微 鏡での観察により、ルフィニ神経終末とコラーゲン線維との接続を確認 しており、歯根膜受容器はコラーゲン線維と密接に絡み合い機械受容複 合体を形成していることを示した。高橋は、歯根膜の変性帯の周辺部に あるコラーゲン線維の蛇行は矯正力負荷6時間後すでに観察されたと報 告している。今回の研究では、さまざまな方向特性を持つ受容器のすべ てが近心方向のカ刺激にのみ応答闘値が上昇し、遠心方向にカ刺激を加 えた場合では対照群と同じ値を示した。これらを総合して考えると、機 械受容複合体のコラーゲン線維は矯正カによって圧迫、または弛緩し、
機械受容複合体に機能的な変化を起こしたために遅順応性の応答閲値に 上昇が起こったものと推察される。また、矯正カによルコラ―ゲン線維 が牽引された場合には、機械受容複合体は機能的な変化を起こさず、そ の環境に適応しやすいことが推察される。
7日間実験群近心方向刺激において、dynamic indexが大きく変化し た2ユニットは、歯根膜の圧迫側に位置していた。このことより、矯正 力負荷7日後には矯正カによって圧迫された受容器に、何らかの器質的 な変化が起こっていることが示唆された。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
歯に矯正カを負荷した際の歯根膜受容器の 応答特 性の変化にっいて
審 査 は 亀 田 、 脇 田 お よ び 中 村 審 査 員 全 員 の 出 席 の も と に 申 請 者 に 対 し て 口 頭 試問 により提出論文の内容とそれに関 連する学科目について行った。
矯 正 治 療 を 行 う 際 、 特 に 装 置 装 着 直 後 に 歯 に い ろ い ろ な 痛 み や 不 快 感 が 生 ず るこ と が 多 い 。 生 理 的 状 態 に お け る 歯 根 膜 の 神 経 系 に つ い て は 生 理 学 的 に 組 織 学 的 に数 多 く の 研 究 が 行 わ れ て い る が 、 歯 に 矯 正 カ を 負 荷 し た 場 合 の 歯 根 膜 受 容 器 の 応 答特 性 の 変 化 に つ い て の 研 究 は 非 常 に 少 な い 。 そ こ で 本 論 文 は 歯 根 膜 受 容 器 の 求 心 性単
‑.キ |l|経線維からの応答を末 梢神経から導出記録し歯に矯正カを一定期間負荷゛した後 の 受 容 器 の 応 答 特 性 の 変 化 を 明 ら か に し 、 さ ら に 矯 正 カ の 負 荷 に よ る 感 覚 変 化 を患 者が認識する過程を考察している 。
【方法】
ネ コ 下 顎 犬 歯 を 実 験 歯 と し 、 臨 床 的 歯 頸 線 の 約2mm歯 頂 側 よ り に つ け た 溝 に 矯 正 カ を 初 期 荷 重100gに な る よ う に 負 荷 し た 。 矯 正 カ の 作 用 期 間 は 、2日 凹 ( 以 下2日 問 実 験 群 ) お よ び7日 間 ( 以 下7日 問 実 験 群 ) と し 、 他 に 矯 正 カ を 負 荷 し な い 群
(以下対‖くt群)を設けた。
ネ コ を 背 臥 位 に 固 定 し 、 下 顎 下 縁 部 の 骨 を 削 除 し 、 下 歯 槽 神 経 を 剖 出 し 機 能 的単 一 神 経 線 維 に 分 離 し た 。 電極 から の 信号 はカ 刺激 と共 にデ 一夕 レコ ーダ に記 録し た。
矯 正 カ の 除 去 直 後 に 、 矯 正 カ を 負 荷 し た 溝 に カ 刺 激 を 加 え た 。 力 刺 激 の 方 向 は近 心 、 遠 心 方 向 と し 、 立 ち 上 が り 時 間100ms、 カ の 持 続 時 間3sの 刺 激 をO.OlNか ら 0.80Nの範囲で加えた。
【結采】
単 一 神 経 線 維 の 応 答 は 、59ユ ニ ッ ト ( 述 順 応 性5ユ ニッ ト、 遅順 応性54ユ ニッ ト)
が 観 測 さ れ た 。 遅 順 応 性 は 、 対 照 群 で19ユ ニ ッ ト 、2日 問 実 験 群 で21ユ ニ ッ ト 、7 日 間 実 験 群 で14ユ ニ ッ ト が 記 録 さ れ た 。 出 現 頻 度 の 高 か っ た 遅 順 応 性 の 応 答 を 対象 として以下の計測を行った。
治夫 稔 進和 村田 田 中亀 脇 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
1.潜時
応答開始までの潜時は、刺激方向にかかわらずカll圧速度が増すに従い短くなった。
3 lYljIでの差は認められず、矯正カの負荷による潜時の変化は認められなかった。
2.応答方向特性
3群 間に方向 特性の差 は認めら れなかっ た。また、 方向別の 応答数についても検 討を行ったが差は認められなかった。
3.応答閲値
近 心方向に 刺激を加 えた場合 、応答闘 値の平均値 は対照群 に比べて、2日閲実験 群 、7日間実 験群で有 意に高い 値を示し た。遠心方 向に刺激 を加えた場合の応答闘 値の平均値は、3群間に差が認められなかった。
4.dynamic index
3群 の 両方 向 刺激に共 通して、 加圧速度 が増加す るに従いdynamic indexが増加 し た。2日問 実験群近 心方向刺 激で、対 照群より高 い値を示 すユニットが多く認め ら れ 、7日 間実 験群遠 心方向刺 激で、対 照群より も低い値 を示した 。また、7日 岡 実 験群近心 方向刺激 において 、非常に 高い値を示 した受容 器が2ユニット観察され た 。この2つ のユニッ トの方向 特性は、 近心と近心 舌側であ った。したがってこの 2っは矯正カによる圧迫側に位置していたことになる。
【考察】
矯 正力負荷 による応 答閏値上 昇の要因 には、O受容 器の直接 的な損傷、◎コラー ゲン線維の走行の変化の2っが考えられている。
金子は、変性帯の分布は歯頭部に比ぺ根尖部では狭いとし、また今回の結果では、
近 心方向以 外の方向 特性を持 つ受容器 においても、近心方向にカ刺激を加えた場合 の 応答闘値 が上昇し た。これ らを考え ると、受容器の直接的な損傷のみが原因とは 考えられない。
Kannari ct al.が 、歯根膜 受容器は コラーゲン線維と密接に絡み合い機械受容複 合 体を形成 している ことを示 し、高橋 は、歯根膜の変性帯の周辺部にあるコラーゲ ン 線維の蛇 行は矯正 力負荷6時 間後すで に観察され たと報告 している。今回の研究 で は、さま ざまな方 向特性を 持つ受容 器が近心方向刺激でのみ応答閾値が上昇し、
遠 心方向刺 激では対 照群と同 じ値を示 した。これらを総合して考えると、機械受容 複 合体のコ ラーゲン 線維は矯 正カによ って弛緩し、複合体が機能的な変化を起こし たために応答闘値の上昇が起こったものと推察される。
7日 間実験群 近心方向 刺激にお いて、dynamic indexが 大きく変化 した2ユニット は 、歯根膜 の圧迫側 に位置し ていたこ とより、矯 正力負荷7日後には矯正カにより 圧 迫 さ れた 受 容器に 、何らか の器質的 な変化が 起こって いること が示唆され た。
臨 床的には 矯正力負 荷で痛覚 闘値が低下するにもかかわらず、今回、遅順応性応 答 の闘値が 上昇した 理由を、 太い神経 線維と細い神経線維との関係により痂覚に変 調 作 用 が 起 こ る と す る ゲ ー ト コ ン ト 口 ー ル 説 を 用 い て 考 察 し た 。 本 研究は矯 正カの負 荷により 歯根膜機械受容器の閲値が上昇することを明らかに し それをも とに矯正 装冠装着 後の歯に 生ずる痛みや不快感にっき考察を加えた点、
今後の矯正歯科臨床に大k、に役立っものと考えられる。よって申請者は博士(歯学)
の学位を授与される資格をもっものと認められる。