臨床報告 〔東女医大誌 第63巻 第11号頁1435∼1440平成5年11月〕
膝蓋腱周囲骨折の2症例
東京女子医科大学 モチ ダ持 田
膠原病リウマチ痛風センター整形外科 ムツミ イノ ウエ カズ ピコ睦・井 上 和 彦
(受付平成5年7月10日) Avulsion Fractures of the Proximal and Distal Parts of Patellar TendonMutsumi MOCmDA and Kaz腿hiko INOUE
Department of Orthopedic Surgery, Institute of Rheumatology, Tokyo Women’s Medical College Two cases of avulsion fractures around the patellar tendon were studied. The first patient had sustained an injury while vaulting over a side horse. The radiograph showed patella alta and deformity of the inferior pole of the patella together with 2 bony fragments, Six months after the inlury, this patient was treated by pateller tendon reconstruction. The second case was 28−year−01d man who sustained a broad jump injury and consulted us 13 years later. The radiograph showed patella alta and a large bony fragment at the distal end of the patella which might be developping as a separate center of ossification。 The arthroscopy findings were traumatic synovitis and degenerative changes in the articular cartilage of the medial femoro−tibial joint。 Patellar tendon rupture in children most commonly occurs at the tibial tuberosity and孟n frequently at the inferior pole of the patella. Accurate diagnosis and immediate repair are important in these traumatic injuries, because the diagnosis may be m量ssed, and the changes accompanying old rupture of the patellar tendon become irreversible. It becomes to be the damage of knee joint function. 緒 言 近年,スポーツが盛んになっており,捻挫,打 撲,骨折など,外傷の機会が増加している.とり わけ,膝関節は運動における下肢の中核的役割を 果たしているために膝関節にかかる力学的負荷は 想像以上に大きい.中でも,大腿四頭筋一膝蓋骨 一膝蓋腱一脛骨と連結する膝伸展機構には強大な 力学的ス.トレスがかかる.特に,ジャンプ時,着 地時には力学的ストレスは強大な大腿四頭筋力の 収縮力により急激に想像以上に上昇している.し かしながら,通常膝伸展機構には強大な牽引力が 働くにもかかわらず,ショックアブソー・ミー機構 により,骨,腱,腱付着部に,障害を発生さ.せる には至らない.しかし,慢性的にくり返される力 学的ス・トレスや,ショックアブソーバー機構では 処理不可能な力学的ストレスでは慢性疾患として 腱鞘炎,腱・靱帯炎,異所性骨化など,急性疾患 として剥離骨折,腱・靱帯断裂などが発生するこ とが予想される. 今回は,膝伸展機構において,スポーツによる 強大な大腿四頭筋力により引き起こされたと考え られる比較的稀な膝蓋腱の中枢部と末梢部の裂離 骨折を経験したので報告する. 症 、例 症例1:15歳,男性. 主訴:右膝変形. 既往歴,家族歴:特記すべきことなし. 現病歴:初診より6ヵ月前,体育授業中,跳び 箱の跳躍後着地に失敗して転倒した.転倒時の肢 位などの受傷機転に関しては不詳であった.膝部 一1435一初診時身体所見:右膝変形以外は身体所見に異 常を認めない.右膝関節膝蓋腱中枢付着部周囲に 腫脹,圧痛,膝蓋骨高位を認めた.膝水腫,前後 および側方不安定性,半月板断裂症状は認めな かった.関節可動域では他動的には0∼115度と屈 曲制限が存在した.自動的には10∼110度と伸展制 限も認めた. エックス線所見:受傷直後のエックス線写真は 入手していない.当科初診時のエックス線所見(図 1)では膝蓋骨下極の変形,その末梢に大小2個 の骨陰影,膝蓋骨一脛骨間距離の延長,脛骨粗面 にはOsgood−Schlatter病様変化を軽度に認める. 初診時のエックス線所見によるInsall−Salvati法 の膝蓋骨高位診断では膝関節屈曲が30度以上なの で正確なLT/LP値ではないが,1.74と著明な膝 蓋骨高位を呈した.なお,健側のエックス線写真 (図2)では脛骨粗面にはOsgood−Schlatter病変 化を認めた.側方向エックス線像の膝蓋骨高位で は,やはり膝屈曲角が30度以上だがしT/LP値は 0.81と膝蓋骨低位傾向にあった. 診断および治療:膝蓋骨下極の変形,膝蓋骨高 位,骨片の位置より,膝蓋骨下極裂離骨折が看過 され,ギプス固定にもかかわらず,大腿四頭筋手 当1 症例1:初診時の右膝関節単純エックス線写真 膝蓋骨下極の変形と膝蓋骨一脛骨間に2個の骨陰影 を認める.また明らかな膝蓋骨高位である.脛骨粗 面にはOsgood−Schlatter病様の変化を認める. 図2 症例1:初診時の健側(左)の単純エックス線 写真 膝蓋骨はむしろ低位の傾向にあり,また脛骨粗面に はやはりOsgood−Schlatter病の変化を認める. 引力により骨折部が離解したと診断された. 治療は膝伸展機構を再建するために大小2個の 骨片を除去し,膝蓋骨をほぼ原位置に引き下げて 膝蓋腱再建術を施行した.術後の膝蓋骨位は Insall・Salvati法で1.02と正常域内に整復された. 術後可動域制限もなく順調に経過している. 症例2:28歳,男. 主訴:右膝関節腫脹,野竹歩行時痛,右膝関節 屈曲制限. 既往歴,家族歴:特記すべきことなし. 現病歴:15歳のとぎ,走幅飛びの着地時右膝よ り落下し:右膝を強打した.近医にて脛骨粗面裂離 骨折と診断され,ピソによる内固定が施行された。 その後順調に推移していたが,28歳になってから 主訴が出現するようになった. 初診時所見:右膝蓋骨部は2相性の膨隆を認め た.右膝関節可動域は0∼100度であり,膝関節水 腫,異常可動性,不安定性は認められない. McMurrary testにて膝関節内側部に軌音を生じ るが疹痛はない.明らかな膝蓋骨高位を認め,膝 蓋腱部と思われる部位には骨性構造物を触知し, 圧痛,軽度腫脹を認めた. エックス線所見:初診時エックス線(図3)で は膝蓋腱末梢部に一致して巨大な骨陰影を認め る.脛骨前上方膝蓋腱付着部は変形,脛骨粗面と 考えられる部にOsgood−Schlatter病様変化,その 末梢,脛骨前面に骨硬化を認める.Insa11−Salvati 1436一
図3 症例2:初診時の右膝関節単純エックス線写真 (側面像) 膝蓋腱部に巨大な骨陰影を認める.脛骨前面には骨 硬化像,脛骨粗面にはOsgood−Schlatter病様変化 を認める.膝蓋骨は明らかに高位である. 図4 症例2:初診時の右膝関節単純エックス線写真 (正面像) 内側大腿脛骨関節に裂隙の軽度狭小化と外側関節裂 隙の軽度開大を認める. 法による膝蓋骨高位診断では1.70と膝蓋骨高位を 認めるが,膝蓋骨には形態的異常は認められない. 正面像では内側大腿脛骨関節に関節裂隙軽度狭小 図5 症例2:関節鏡視による膝蓋上嚢の滑膜 滑膜は腫大,増殖,発赤しており炎症性の変化である. 図6 症例2:関節鏡による内側大腿脛骨関節面 大腿骨内灘の関節面は荷重面を中心に表面不正,変性, 軟化,潰瘍形成,塑像化している. 化と外側関節裂隙の軽度開大化を認めるが,変形 性変化は認めない(図4). 診断:当時の治療の詳細は不明であるが,脛骨 粗面裂離骨折の骨片が十分固定されず,再転位, 成長し巨大化したと考えられる. 治療:膝関節鏡視と骨片摘出を行った.関節鏡 視では,膝蓋上灘において滑膜は図5のように腫 大,増殖,発赤しており,炎症活動性のある滑膜 炎所見を呈しているが,慢性関節リウマチのよう な増殖,壊死滑膜が混在する所見は認められず, 変形性関節症によく認められる滑膜変化と類似し 1437一
1翫
図7 症例2:術後のゼログラフィー 巨大骨片を摘出したのみで,膝蓋骨高位と小骨片は 残っている. ’錠 灘 図8 症例2:摘出骨片のソフテックス写真 骨片には明瞭な骨梁を認める. ていた.内側大腿脛骨関節では,図6に見られる ように大腿骨内灘の荷重面を中心に表面不正,変 性,軟骨軟化,潰瘍,丘brillationが認められ,鏡 面変化として脛骨関節面にも荷重部を中心に軟化 状態,fibrillationが観察された.受傷時,荷重部 を中心に関節軟骨に軟骨骨折を含んだ外傷性変化 が発生して変形性関節症と類似の変化に発展し, 膝蓋上嚢における滑膜炎は,その後の関節の動き により障害された関節軟骨からの磨耗軟骨細片の 発生により刺激され,滑膜炎が消腿することなく 図9 症例2:滑膜の病理所見(×100) 滑膜表層細胞の軽度増殖を認める. 継続したと考えられた. 鏡視後,鏡視下に部分滑膜切除,関節軟骨のデ ブリードマンを行った.巨大骨片は膝蓋腱に埋没 するような位置にあり,摘出骨片は45mm×30 mm×16mmの大きさであった.骨片摘出によっ て膝蓋腱は半弓化したが連続性は保たれ膝蓋腱断 裂は認められなかった.術後のゼログラフィー(図 7)では,膝蓋骨高位および膝蓋骨下野の小骨片 が遺残している. 摘出骨片のソフテックス写真(図8)では,骨 片は明瞭な骨梁構造の認められる骨であった.切 除した滑膜の病理所見(図9)では滑膜表層細胞 は一部において軽度増殖し,線維組織の密な増殖 を認めるが,リンパ球浸潤をほとんど認めなかっ た. 術後経過:経過は良好で,水腫,腫脹を認めず, 膝関節可動域は0∼110度と改善された.しかし, 荷重部を中心とした関節軟骨変化による右膝運動 時痛は軽快したものの遺残していた. 考 察 大腿四頭筋一膝蓋骨一膝蓋腱一脛骨を連結する 膝伸展機構は下肢運動の中心的役割を果たしてお り,スポーツなどでは想像以上のストレスが膝伸 展機構にかかっている.成人以上の膝伸展機構の 外傷では膝蓋骨骨折,大腿四頭筋断裂を来すこと が多いといわれ膝蓋腱断裂は成長期外傷の特徴と 言える1).膝蓋腱周囲の障害としてはOsgood− Schulatter病やSinding−Larsen Johanson病な 一1438一Q2
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図10膝伸展機構のバイオメカニクス Q:大腿四頭筋力,Q1:膝蓋大腿関節にかかる分力, Q2:脛骨結節にかかる牽引力,Q3:脛骨を大腿骨に押 しつける分力,Q4:膝を伸展させる分力. どの腱付着部炎または骨端炎と膝蓋腱断裂や裂離 骨折などの外傷があるがいずれも10歳台前半の受 傷がほとんどである.若年者における成長発達過 程の解剖学的な弱さと,強大なストレスが大腿四 頭筋膝蓋骨付着部および大腿四頭筋大腿骨および 腸骨付着部より付着部面積の小さい膝蓋腱脛骨付 着部,膝蓋腱膝蓋骨付着部にかかることを考える と,若年者の膝蓋腱周囲の障害が多いのは当然で あろう.解剖学的付着面積の小さい脛骨粗面にお ける障害が付着面積のより広い膝蓋腱中枢部の障 害より多いことも理解できる. バイオメカニクスより見ると,膝関節軽度屈曲 位において,四頭筋力Q(図!0)は膝蓋大腿関節, 膝蓋骨下端,脛骨結節に作用している.四頭筋力 は膝蓋骨中心において膝蓋大腿関節にかかる圧力 Q1と膝蓋腱の方向に作用するQ2の2つの分力に 分けられる.さらに,脛骨結節にかかるQ2は脛骨 を大腿骨に押しつける力Q3と膝を伸展させる力 Q4に分けられる2).脛骨粗面の裂離骨折を起こす 力はこのQ4である.また佐々木3)によると,膝蓋 骨下端においては回転モーメントが働き,膝屈曲 位120度から140度で最大となって膝蓋腱の断裂を 生じる. 膝蓋腱断裂は,末梢部の骨折を伴った脛骨粗面 裂離骨折として起こるのが一般的である.しかし, 症例1のように膝蓋骨下半の骨折が発生する原因 としては,①膝蓋骨下端に直達外力が働いたな:ど の発生機転や受傷肢位の相違,②膝蓋骨への膝蓋 腱付着形態や付着強度が成長期に一時的に変化し ていた,などが考えられる.特に佐々木ら3)は膝関 節屈曲40∼60度目とき膝蓋骨下端にかかる回転 モーメントは最大になると報告しており,受傷時 の屈曲角度が重要である.症例1ではOsgood− Schulatter今様の変化があり,脛骨粗面の力学的 脆弱性がありながら膝蓋骨下平骨折を生じたのは 跳び箱の着地の際,転倒を避けようと膝関節中等 度屈曲位の状態で四頭筋力が働いたためと考えられる.膝蓋骨軟骨を伴った膝蓋骨下極骨折は
sleeve fractureとも呼ばれるが,膝蓋骨下命骨折 が稀ながらも重要や点は,初診時に看過されやす く,長期放置されることにより膝伸展機構の破綻 に不可逆性変化を来すためである4)5).末梢骨片や 膝蓋骨高位は側面像でも明らかでないことがあ り,ごく少数であるが脛骨粗面裂離骨折との合併 例も報告されているので注意が必要である6)7).ま た,長期に看過されると,膝蓋骨高位,膝蓋大腿 関節面の変性,血腫の石灰化,大腿四頭筋の萎縮 を生じ,さらに不可逆的な変化へ移行する4). 症例1は受傷後6ヵ月であったためまだ不可逆 性の変化は免れ,靱帯再建も比較的容易であった が,長時間経過したものは膝蓋骨を元の位置に戻 すために術前の直達牽引や可動域訓練,また術前 後を通じての大腿四頭筋訓練が不可欠である8). それに対し,新鮮例では端々縫合と外固定により 経過は良好であるから,初期の正確な診断は非常 に重要であろう. 膝蓋腱末梢付着部障害である,脛骨粗面剥離骨 折は18歳以前の脛骨と脛骨粗面の結合の弱さが基 盤となって生じる.そのメカニズムは,大腿四頭 筋の緊張時における膝関節の屈曲強制,または足 部固定時における大腿四頭筋の強力な収縮の2タ イプが考えられている9).Watson−Jonesはこの脛 骨粗面剥離骨折を3タイプに分類している10)(図 11).タイプ1は脛骨粗面の膝蓋腱付着部で剥離し 小骨片となり中枢へ転位するもので脛骨近位骨端 一1439一1型 ∬型 皿型 図11Watson−Jonesによる脛骨粗面剥離骨折の分類 1型:脛骨粗面部のみの骨折,II型:脛骨粗面とと もに脛骨近位も剥離する,III型:広範囲において剥 離し骨折線が脛骨関節面に入る. には異常がない.タイプ2は脛骨粗面に加えて脛 骨近位骨端も剥離するが骨折線が関節面に及ばな いものである.タイプ3は,広い範囲で剥離が生 じ,骨折線が脛骨関節面に及んでいるものである. さらにWatson−Jonesはタイプ2は徒手整復が可 能であるため観血的治療は不要であるが,タイプ 1は徒手整復が困難なので観血的整復とさらに8 ∼10週の内外固定が必要としている.その際,内 固定は軟部組織や脛骨にあけたドリルホールを介 しての縫合程度の固定でも十分であると述べてい る.タイプ3は骨片が小さい場合,粉砕している 場合には手術を要するとしている.しかし,本邦 では骨折の大小によらず全例に観血的整復内固定 を行った方がよいとする傾向である11)∼13). 治療後の障害としては,反張膝や脚長差,可動 域旧記,膝蓋骨高位などが警告されているが本邦 では重度の後耐障害の報告はない.Watson・Jones は,脛骨近位部と脛骨粗面の骨化核の癒合してい ない16歳以前のタイプ1では剥離骨片が骨化核と して成長することがあると指摘しているが,今回 の症例2ではタイプ1の骨片が正確な整復が得ら れずに受傷後の1血腫や観血治療後の剥離骨片への 血行再開により分離した骨片が骨化核として異常 験したので若干の文献的考察を交え報告した. 文 献 1)森宗茂,室捷之,錦見純三ほか:若年者の膝 蓋骨下極部剥離骨折について.理外39: 1657−1663, 1988 2)Kapandji IA:関節の生理学, II下肢.(萩島秀 夫監訳),医歯薬出版,東京(1986) 3)佐々木崇,鈴木勝己,高橋定雄:スポーツによる 膝蓋骨下端裂離骨折の3例.望外 25:113−117, 1974 4)Kelikian II, Riashi E,(}leason J: Restora・ tion of quadriceps function in neglected tear of the patellar tendon. Surg Gyneco玉Obstet 104: 200−204, 1957 5) Houghton GR, Ackroyd CE: Sleeve frac− tures of the patella in children. J Bone Joint Surg 61・B165−168,1979 6)杉浦良雄,金子二曲夫:膝蓋骨下極の剥離骨折を 伴う膝蓋靱帯断裂の1例.整外 23:384−387, 1972 7)岩木稔裕,吉川 淳,藤田雅之ほか:膝蓋骨下極 の骨折を伴った脛骨結節剥離骨折の1例.臨ス ポーツ医 7:259−261,1990 8)Siwek CW, Pao JP:Ruptures of the extensor mechanism of the knee joint. J Bone Joint Surg 63−A:932−937,1981 9)山本裕之,井原秀俊,野村茂治ほか:脛骨粗面剥 離骨折の5例.整外と災外 35:1039−1045,1987 10)Trickey EL:Watson・Jones Fractures and Joint Inluries,6th ed. Vol 2,(Wilson JN ed) pp1053−1061, Churchill Livingstone, New York (1982) 11)中村 尚,古賀良生,浅井 忍ほか:脛骨粗面裂 離骨折の12例.脚台 28:127−130,1985 12)菊池一郎,高橋 公,黒羽根洋司ほか:成人の脛 骨粗面剥離骨折の2例.東北整災紀要 29: 288−290, 1986 13)前川正幸,小林 晶,徳永純一ほか:両側対称性 に発生した脛骨粗面剥離骨折の1例.臨整外 16:195−197, 1981 1440一