内 燃 機 関 の ピ ス ト ン 頭 部 へ 施 す
遮 熱 性・放熱性を有する被膜に関する研究
山梨大学大学院
医学工学総合教育部
博士課程学位論文
平成29年3月
関根 優志
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第
1 章 緒論
1.1 研究背景 1.1.1 エネルギーに関する問題 1.1.2 自動車および内燃機関の現状 1.2 溶射技術について 1.3 研究目的 1.4 本論文の概要
- 2 - 1.1 研究背景 この節では本研究を行うに至った背景について説明する.1.1.1 の項ではエネ ルギーに関する問題を,1.1.2 の項では自動車および内燃機関の現状について掲 載している. 1.1.1 エネルギーに関する問題 近年,温暖化,森林破壊,砂漠化などの環境破壊や,東日本大震災によって 生じた福島第一原子力発電所事故による原発の危険性の再認識などエネルギー に関する問題が多く挙げられており1)2),特に,エネルギー供給や人々の生活が 放射性物質や化石燃料などの有限資源に依存してしまっているエネルギー問題 が顕著になっている 3).Fig.1.1.1-14)は日本のエネルギー・発電の供給量の割合 を示したものである.これを見るとわかるように,現代社会では 80%以上のエ ネルギーがLNG,石油,石炭などの有限資源を消費することによって得られて いる.その有限資源を枯渇させないため自然エネルギーなどの無限資源を利用 する新たな発電方法の研究が数多く行われおり,実用段階のものもある5),6).特 に静止軌道上で太陽光を効率的に集めてエネルギーを生み出す宇宙太陽光発電 は画期的な方法としてJAXA や NASA で国際プロジェクトとして進められてい る7).しかし,低コスト化,高寿命化などの問題が多々あり,それらの技術が社 会に普及するには多大な時間が必要となる.
- 3 - 1.1.2 自動車および内燃機関の現状 1.1.1 の項で有限資源は枯渇の危機にありながらも使用量が減少していないこ とを述べた.その有限資源の一つである石油は多種多様に使用されているが, 自動車などの内燃機関で最も多く消費されている.Fig.1.1.2-1 は日本の自家用 乗用車の保有台数および世帯当たりの普及台数である.これを見ると両者とも 増加傾向にあることがわかる.また,日本だけでなく,自動車の総数は世界的 に増えており,特に交通網が未発達である発展途上国では,乗用車,商用車と もに需要が急増している.それによって自動車が石油を消費する量の割合も世 界的に増加傾向にある8),9). その問題を危惧して,自動車メーカーは石油によって稼動するエンジンと電 気によって稼動するモーターを搭載したハイブリッドカーを製作,販売してお り,その売り上げは増加傾向にある 10).しかし,完全に石油を使用しない EV
(Electric Vehicle:電気自動車)や FCV(Fuel Cell Vehicle:燃料電池車)な どに代表されるエコカーは,現在あるガソリンスタンドと同等のインフラ整備 をすることが難しく,普及率が伸び悩んでおり11),その現状は10 年以上変わら ないといわれている 12).また商用車は,乗用車より多くの貨物を積載し,より 長い距離を走行するので,走行距離に難のあるエコカーにすることが難しく13), 少なくとも数十年は石油を消費する内燃機関を使用しつづけることになると言 われている.
- 4 - そんな中,現在の社会で広く普及している内燃機関のエネルギー変換効率を 向上させることは,重要なことであるといえる. 現在,内燃機関はFig.1.1.2-2 のように,燃料の内部エネルギーの約 30%を駆 動力(運動エネルギー)に変換しており,残りの 70%の内,30%を排気損失, 30%を冷却損失,10%を機械(摩擦)損失しているといわれており11),14),現在, この損失の内,冷却損失の熱エネルギーを減少し,内燃機関のエネルギー変換 効率を向上させることは最重要課題と考えられており,数多くの技術の研究が 行われている15),16).そんな技術の一つに壁温スイング遮熱法17)~21)がある. 壁温スイング遮熱法は,エンジン稼動サイクル中の燃焼室の壁の温度が燃焼 ガスの温度の変化に追従するように上昇・下降することによって,燃焼室の壁 と燃焼ガスとの温度差を小さくし,熱損失を低減させる技術である(Fig.1.1.2-3). 燃焼の際,最も熱量の加わるピストン頭部に熱伝導率と体積比熱が低い遮熱皮 膜を施すことによって,高いスイング幅が得られ,熱損失の低減効果が高くな るとシミュレーション予測がされている.その遮熱皮膜は低熱伝導率,低体積 比熱という熱特性だけでなく,エンジン稼働中の熱および応力への耐久性が求 められる.これらを達成するためにアルマイト皮膜が用いられている.アルマ イト皮膜はピストン材料に広く用いられているアルミニウム合金(A4032)を 電解液中で電荷をかけ酸化させて形成される.アルマイト皮膜は中央に孔の空 いた柱状のアルミナがアルミニウム表面から膜の厚さ方向に多数成長している. その空孔によって高い遮熱性能を有している.しかしこの構造は非常に脆く, 燃料混合気体の燃焼による爆発に耐えることは難しい.その脆弱性を補うため
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に,膜表面にパーヒドロポリシラザンを塗布し,焼成された遮熱皮膜(SiR-PA: Silica Reinforced Porous Anodized aluminum)が実用化されている.
しかしSiR-PA には以下のような欠点が存在する. ①陽極酸化の電解液には希硫酸など公害,有毒性のある薬品を使用しなければ ならない. ②アルマイト表面に施すパーヒドロポリシラザンは非常に高価な薬剤である. ③アルマイトはアルミニウム合金を変質させて形成する皮膜なので,肉厚化す ることができないなどの制限がある. そこで著者は,自身が所有する溶射技術によって,SiR-PA と同等の性能を持 ちながらも上記の欠点を克服した皮膜を形成できないかと考えた.
- 6 - 1.2 溶射技術について22) ここで,著者が所有する溶射技術とその現状について述べる.溶射技術とは, Fig.1.2-1 のように,溶射材料を熱源にて溶融もしくは軟化させてから作動ガス によって母材に吹き付け,衝突密着させ,母材表面に皮膜を形成する技術であ る.その溶射材料と溶射方法は多岐にわたり,それらを組み合わせることによ ってさまざまな溶射が存在する.この技術により摺動部品の耐摩耗性の向上, タービン内部部材などの耐熱性の向上,架橋等の耐食性の向上が行え,その研 究は様々な所で進められている.今回,皮膜の溶射に用いた溶射法は大気プラ ズマ溶射,高速フレーム溶射であり,その概要を以下に示す.
大気プラズマ溶射(APS: Atmospheric Plasma Spraying)は最もポピュラーな 溶射方法であり,Fig.1.2-2 に示すように,プラズマ溶射ガンで生じる高温プラ ズマジェットを用いて溶射材料を加熱・加速し,溶融またはそれに近い状態に して基材に衝突させて皮膜を形成する方法である.プラズマジェットの温度は 大気中で 10000℃以上になるため,セラミックなどの高融点材料の溶射に適し ている.しかし,大気中で溶射するため,皮膜の酸化や変質が生じる事がある. プラズマ溶射の作動ガスにはアルゴン,ヘリウム,窒素などの不活性ガス,ま たは水素などの還元性ガスが用いられる.
高速フレーム溶射(HVOF: High Velocity Oxygen Fuel ,以降は HVOF と記述) はFig1.2-3 に示すように,ガス炎を熱源とするフレーム溶射の一種である.溶 射ガンは,燃焼室およびバレルから構成される.燃料にはプロパン,プロピレ ン,ヘプタンや水素が用いられ,液体状のケロシンを霧状に用いる方法も開発 されている.HVOF で使用される溶射材料は,主に炭化タングステン-コバルト (WC-Co)などのサーメットである.HVOF は粉末式フレーム溶射より,連続燃 焼炎でありながら爆発溶射炎に匹敵する高速火炎を発生させる.溶射粉末が高 速火炎に投入されるので粉末の変質(酸化など)が少なく,高速度で基材に衝 突して緻密な皮膜を形成することができる23). これら溶射方法の共通の長所として ①皮膜,基材の材料選択の幅が広い. ②公害性,有毒性の低いクリーンな技術である. ③施設が比較的簡易なもので行える低コストな技術である. といったことが挙げられる.著者はこの技術によって1.1.2 の項にある SiR-PA の代替となる遮熱皮膜が形成できるのではないかと考えた.
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Fig.1.2-1 Scheme of thermal spraying technipue6)
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- 9 - 1.3 研究目的 本研究の目的は,現在,壁温スイング遮熱法に用いられているSiR-PA の代替 となりながらも欠点を克服した皮膜を溶射技術によって形成する技術を開発す ることである.その概要としてはFig.1.3-1 に示すように,通常のピストンはシ リンダー内の爆発から熱を大きく吸収し,下に逃がしてしまっているエネルギ ーを溶射技術によってピストン頭部に形成した遮熱皮膜によって減少させ,そ のエネルギーをターボチャージャーなどで再利用することで,低公害,簡易か つ低コストで内燃機関のエネルギー変換効率を向上することである.Fig.1.1.2-2 でも示したが,現在のエンジンは,燃料の内部エネルギーの 30%を運動エネル ギーに変換し,70%を損失している.その 70%の内,30%を冷却で損失してい る.本研究ではFig.1.3-2 のように,冷却損失を回収し,燃料の内部エネルギー の50%(この数値を達成することができれば,EV が電気を得るために排出する CO2より,エンジンが排出する CO2の方が少なくなる)を運動エネルギーに変 換することができる遮熱溶射皮膜の技術の開発を目的として,種々の遮熱溶射 皮膜について評価を行った. 実際のシリンダー内のピストンには,エンジン稼働時にさまざまな荷重と加 熱,非稼働時の冷却が繰り返し行われている.そこで本研究では遮熱性だけで なく,荷重に耐えうるために密着強度を,加熱,冷却に耐えるために熱疲労特 性を評価した. 皮膜の熱疲労特性の評価方法としては高温状態と常温状態を繰り返す熱サイ クル試験を採用した. 皮膜の密着強度の評価方法としては引張型ピンテストを採用した. 皮膜の遮熱性の評価方法としては,ヒーターで皮膜側を加熱し,基材側との 温度差を測定する遮熱試験と,瞬間的に熱伝導率を測定することができるレー ザフラッシュ法を採用した. 評価材料となる溶射材料として①Al2O3(トップコート:Al2O3,ボンドコー
ト:80%Ni-20%Cr),②ZrO2(トップコート:ZrO2+8%Y2O3,ボンドコート:
CoNiCrAIY),③SUS316 を用いて,熱サイクル試験による熱疲労特性とピンテ ストによる密着強度を評価した.遮熱試験においては熱的物性と遮熱性を比較 するため,上記①Al2O3,②ZrO2,③SUS316 に,④Al と⑤Cu を加え,遮熱性
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Fig.1.3-2 Improvement of energy conversion efficiency by thermal barrier coating Fig.1.3-1 Scheme of thermal barrier coating
- 11 - 1.4 本論文の概要 本章以降の論文構成の概要は以下のとおりになっている. まず,第 2 章「熱疲労特性に関する研究」では,溶射皮膜を施した試験片に 熱サイクル試験を行った後,肉眼による観察およびマイクロスコープによる断 面観察した結果から熱疲労特性について評価した概要を記した.実際のエンジ ン内のピストンは稼動,非稼動を繰り替えされることによって,加熱,冷却の 負荷が加えられる.ピストンへ施す遮熱溶射皮膜としてはそれに耐性を持って いる必要があるので,熱疲労特性の評価を行った.基材は実際にピストンに使 用されているAl 合金を,溶射材料には一般的に遮熱溶射皮膜としてガスタービ ンに用いられる ZrO2+8%Y2O3(部分安定化ジルコニア),半導体製造装置に用 いられる Al2O3(アルミナ),および低熱伝導率を持ちながらも基材と同等の線 膨張係数を有するSUS316 を使用した. 第3 章「皮膜の密着強度に関する研究」では,2 章と同様の遮熱溶射皮膜を施 した試験を用いて引張型ピンテストを行い,基材-皮膜間の密着強度について 評価した方法と結果および断面ミクロを観察した結果も配した.エンジン内の ピストンは 1 サイクルの過程の中で,燃焼の際に圧縮,吸気の際に引張の負荷 が加わる.それに皮膜は耐えることができるかを引張型ピンテストに評価した. またその結果から皮膜材料の違い,膜厚の違いによって皮膜の密着強度に差が 生じたので,その考察を記した. 第4 章「遮熱・放熱性の評価に関する研究」では,2 章,3 章と同様の試験片 の他にAl(アルミニウム),銅の溶射皮膜を施した試験片を用いてヒーターによ って加熱する遮熱試験を行った方法と結果を本章に配した.その結果の詳細を 考察するために,SUS316 と Al を交互に積層した試験片にて遮熱試験を行った. 両試験の結果から選択した溶射皮膜に放熱性を追加するべくオキツモ株式会社 製の放熱塗料クールテックを塗布した試験片にて遮熱・放熱性を調査した結果 も,この章に配した. 第 5 章「レーザフラッシュ法による熱伝導率測定」では,レーザフラッシュ 装置(LFA)と呼ばれる出力が定常化されているレーザパルスによって加熱し て温度測定を行い,熱伝導率の算出を行う装置の概要と,レーザフラッシュ法 で測定した結果およびその結果から多層試験片の各層の熱伝導率の算出する方 法と算出結果をこの章に記した.
- 12 - 第6 章「皮膜の総合評価」には,第 2 章~第 5 章で行った評価の結果だけで なく,コスト,生産性など実際に生産することを想定した評価を含めた遮熱溶 射皮膜の総合的な評価を記した 最後に第 7 章として本論文の結論を述べるにあたり,内燃機関のピストンへ 施す遮熱溶射皮膜として行った評価の総括を行っている.また,本論文は本章 を含め,第 6 章までの各章の末尾にその章の中で引用した参考文献を羅列し, 参考に供しやすくしている.
- 13 - 第1 章の参考文献 1)和田武,小堀洋美:現代地球環境論,創元社,(2011),pp.15‐176. 2)長谷川公一:脱原子力社会の選択 新エネルギー革命の時代 増補版,新曜社, (2011),pp.341-407. 3)枝廣涼子:エネルギー危機からの脱出,ソフトバンク クリエイティブ,(2008), pp.7-79. 4)経済産業省 資源エネルギー庁:エネルギー白書2016, http://www.isc.meiji.ac.jp/~tomura/references_guide.html(参照2016/10/31). 5)井田均:主役に育つエコ・エネルギー,緑風出版,(2005),pp.3-4. 6)関井康雄,脇本隆之:エネルギー工学 改定新版,電気書院,(2012),pp.173-213. 7)JAXA:宇宙での太陽光発電、実用化に向けて, http://www.jaxa.jp/article/interview/vol53/index_j.html(参照 2016/10/18). 8)古濱庄一:内燃機関,東京電機大学出版局,(2011),p.12. 9)吉川勝広:自動車マーケティング,同文舘出版,(2015),pp.106-111. 10)電気学会,電気自動車駆動システム調査委員会:電気自動車の最新技術, オーム社,(1999),pp.3-6. 11)長山勲:初めて学ぶ基礎エンジン工学,東京電機大学出版局,(2008),pp.39-40, pp.240-246.
12)J. Ban, J. León Arellano, R.F. Aguilera, M. Tallett, World Oil Outlook 2015, Organization of the Petroleum Exporting Countries, Vienna, 2015.
13)廣田幸嗣,小笠原悟司,船渡寛人,三原輝儀,出口欣高,初田国之:電気 自動車工学,森北出版,(2010),pp.4-5. 14)社団法人自動車技術会:自動車工学-基礎-,精興社,(2004),pp.31-33. 15)福井健二,脇坂佳史,西川一明,服部義昭,小坂英雅,川口暁生:レーザ 誘起燐光法を用いた高応答温度計測技術,自動車技術会2015 年春季大会学術 講演会講演予稿集,(2015),pp.1195-1200. 16)荒戸景太,高嶋輝之:燃焼室形状最適化による熱損失低減に関する研究, 自動車技術会論文集,第46 巻,第 2 号,pp.271-276. 17)脇坂佳史,川口暁生:壁温スイング遮熱法によるエンジンの熱損失低減, 日本機械学会誌,第119 巻,第 1174 号,p.43. 18)小坂英雅,脇坂佳史,野村佳洋,堀田義博,小池誠:壁温スイング遮熱法 によるエンジンの熱損失低減(第 1 報),自動車技術会 2012 年春季大会学術 講演会講演予稿集,(2012),pp.5-10.
- 14 - 19)脇坂佳史,稲吉三七二,福井健二,小坂英雅,堀田義博,川口暁生:壁温 スイング遮熱法によるエンジンの熱損失低減(第 2 報),自動車技術会 2015 年春季大会学術講演会講演予稿集,(2015),pp.154-159. 20)川口暁生,立野学,山下英男,猪熊洋希,山下晃,高田倫行,山下親典, 小山石直人,脇坂佳史:壁温スイング遮熱法によるエンジンの熱損失低減(第 3 報),自動車技術会 2015 年春季大会学術講演会講演予稿集,(2015), pp.160-165. 21)西川直樹,高岸れおな,清水富美男,堀江俊男:壁温スイング遮熱法によ るエンジンの熱損失低減(第 4 報),自動車技術会 2015 年春季大会学術講演 会講演予稿集,(2015),pp.166-171. 22)園家啓嗣:溶射技術とその応用,コロナ社,(2013),pp.6-16,p.91. 23)岡田博成,植松美彦,戸梶惠郎,小林圭史,原田良夫:HVOF およびプラ ズマ溶射したアルミナ被覆ステンレス鋼の疲労挙動,日本機械学会東海支部 第57 期総会講演会講演論文集,(2008),pp.45-46.
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第
2 章 熱疲労特性に関する研究
2.1 はじめに 2.2 熱サイクル試験の方法 2.2.1 熱サイクル試験の概要 2.2.2 熱サイクル試験装置 2.2.3 その他の装置 2.2.4 試験片の詳細 2.3 熱サイクル試験の結果 2.3.1 試験後の試験片の外観観察結果 2.3.2 試験後の試験片の断面ミクロ観察結果 2.4 熱サイクル試験時のはく離のメカニズムについて 2.5 本章のまとめ
- 16 - 2.1 はじめに 本章では数種の遮熱溶射皮膜を対象にして,熱サイクル試験による熱疲労特 性の評価の方法,結果および結果からの考察を説明する. 内燃機関の中にあるピストンは長期的に見ると,エンジン非稼動による冷却 された状態から,エンジン稼働中の燃料の燃焼により高温状態にされる.その 温度はガソリンを燃料とするガソリンエンジンで約400℃,軽油を燃料とするデ ィーゼルエンジンで約350℃と通説されている1).また近年は燃費向上および環 境対策としてすすを少なくするために,燃焼形態が予混合燃焼2)という燃料と酸 化剤を予め混合させて形成された可燃性予混合気体を燃焼する形態が採用され ている.この燃焼形態は従来の方法より燃料の燃焼温度が高温になるので,内 燃機関のピストンはより過酷な環境に置かれている.そんな高温状態からエン ジンが非稼動になれば,また冷却され,そのサイクルを繰り返し受けることに なる. また短期的に見るとピストンは温度の落差こそ上記より小さいが,エンジン の稼動サイクル中,燃焼時に高温にさらされ,吸気時に減圧および新たな燃料 混合気体によって冷却される. つまり内燃機関のピストンは長期的に見ても,短期的に見ても,加熱⇔冷却 の熱サイクルを受けることになり,その耐性を有していなければならず,ピス トンに施す遮熱溶射皮膜も同様にその耐性を有していなければならない.本研 究ではまず,その長期的な熱サイクルに皮膜が耐えうるかを評価した.その評 価を次項にて説明する熱サイクル試験によって行った. 2.2 熱サイクル試験の方法 本節では遮熱溶射皮膜の熱疲労特性を評価した方法である熱サイクル試験に ついて説明する.2.2.1 の項で評価方法の概要を,2.2.2 の項で熱サイクル試験 装置の仕様などの詳細を 2.2.3 の項では熱サイクル試験機以外に使用した機器 を,2.2.4 の項では評価対象となる試験片の詳細を記載する. 2.2.1 熱サイクル試験の概要 本実験では,実際のエンジン内の燃焼室の稼動⇔非稼動による温度変化を再 現するために,熱サイクル試験機を用い,熱サイクル試験を行った.熱サイク ル試験とは,試験片の熱疲労特性を評価する試験方法である.実際のガソリン エンジンのピストンは,シリンダー内で燃料混合気体を燃焼する際に400℃程の 熱が加わる.本実験ではφ:20mm,t:5mm の円盤状の試験片を装置内に設置 し,装置内にある電気炉によって400℃より高い 500℃まで試験片を加熱し,そ の状態を保持せずエアーを吹き付けて常温まで冷却する加速的な熱サイクル試
- 17 - 験を100 サイクル行った.ただし試験の 1 サイクルは約 30 分である.Fig.2.2.1-1 に熱サイクル試験機の概要を示す. 2.2.2 熱サイクル試験装置 Fig.2.2.2-1 に熱サイクル試験装置を示す.電気炉内に設置した試験片の温度 を熱電対で測定し,データロガーによってデータとして保存した.また別の独 立した電気回路に接続されているプログラマブルコントローラーによって,エ アガンの電磁弁と電気炉の蓋を開閉するモーターを制御している. 実験の手順は, ①試験装置の電気炉内に試験片を設置する. ②電気炉によって試験片を加熱する. ③500℃になったところ(時間制御)で電気炉の蓋を開閉し,エアガンの電磁 弁を開放し,エアーを吹き付けて試験片を冷却する. ④室温になったら,再び①に戻る. となっている. 熱サイクル試験装置に装備されている電気炉,コンプレッサーなどの仕様を 以下に示す.
- 18 - ・コンプレッサー 品名:Handicon オイルレスコンプレッサ 型式:T08P5S03 周波数:50Hz 出力:825W 最高使用圧力:0.96MPa 吹き出し空気量:90L/min タンク容量:12L ・サブタンク 品名:補助タンク メーカー:アネスト岩田キャンベル 型式:CHST-25 タンク容量:25L ・電磁弁 メーカー:ビュルケルト 型番:501025 動作方式:2 方弁、NC(常時閉) 流体温度:-10to+100℃ 圧力範囲:0ti1.6MPa 電源電圧:AC100V 50/60Hz オリフィス径:2mm ・モーター メーカー:オリエンタルモーター ユニット品名:BX230A-10S モーター品名:BXM230-GFS ギヤヘッド品名:GFS2G10 ドライバ品名:BXD30A-A 減速比:1:10 許容トルク:0.9N・m 内蔵機器3)
- 19 - 測定温度範囲 -200≦TS≦-100 -100<TS≦1370 基準接点保障確度 測定確度 ±(0.05% of rdg+2.0℃) ±(0.05% of rdg+1.0℃) ±0.5℃ 2.2.3 その他の装置 (1)データロガー 本章に記載してある熱サイクル試験の他,4 章の遮熱・放熱試験の際に温度測 定に使用したデータロガーについて以下に示す. 品名:midi LOGGER GL200 測定レンジ 電圧:20・50・100・200・500mV,1・2・5・10・20・50V,1-5V/F.S. 温度(対応熱電対):K・J・T・R・S・B・N・W(WRe5-26) 湿度:0~100% パルス入力レンジ 積算モード:Max 50k/sec 瞬時モード:Max 50k/sec 回転数モード: Max 50k/sec サンプリングタイム:100ms~1h フィルタ:OFF,2,5,10,20,40 測定精度 K 型熱電対
- 20 - (2)研磨装置 本章および3 章,4 章の試験片の断面観察をした際には,事前に試験片を紙や すり#400~2000 で研磨した後にバフ研磨を行った.そのときに使用したバフ研 磨機および研磨剤を以下に示す. ・研磨機 品名:小型試料研磨機
メーカー:south bay technology 型式:MODEL900 回転数:0~1725 rpm 研磨板サイズ:φ200mm ・研磨剤 品名:ダイヤモンドスプレー メーカー:PRESI 型式:REFLEX LDM 1MIC 粒径:1μm
- 21 - (3)マイクロスコープ 本項では試験片の断面観察する際に使用したマイクロスコープを述べる. 品名:デジタルマイクロスコープ メーカー:KEYENCE 社 型式:VHX-600 撮影素子 1/1.8 型 211 万画素 CCD イメージセンサ 実行画素:1600(H)×1200(V) 解像度:200 万~5400 万画素 倍率:20,25,30,50,100,150,200 光源:12V100W ハロゲンランプ
- 22 - Specimen Material Thermal conductivity [W/(m・K)] Volumetric Specific heat [J/(cm3・K)] Linear expansivity [10-6/℃] density [g/cm3] Young's modulus [GPa] Al2O3 36 2.9~3.2 8.0 3.95 390 80%Ni-20%Cr 17 3.9 13 8.52 50 ZrO2+8%Y2O3 4.2 2.6 10 5.68 200 CoNiCrAlY 95 3.2 13~16 8.00 50 ③SUS316 SUS316 17 4.7 17 7.98 190
Base metal Al-13%Si 140 2.3 21 2.69 79
①Al2O3 ②ZrO2 2.2.4 試験片の詳細4) 基材は実際にピストンの材料として使用されている鍛造用の Al 合金である Al-13%Si(A4032 相当)とし,溶射皮膜が良好な密着性を有するように Ra10μm ほどのブラスト処理を施した.遮熱皮膜となる溶射材には,①Al2O3,②ZrO2, ③SUS316 を用いた.①~③のいずれも低熱伝導率を有する材料ある. ①Al2O3溶射皮膜は半導体製造装置のコーティングとして用いられており,装 置の加工精度が熱膨張によって低下しないように施されているので,内燃機関 のピストンへの遮熱溶射皮膜として適用できるのではないかと考えた.本研究 ではトップコートのAl2O3(アルミナ)と基材であるAl-13%Si と線膨張係数が 大きく離れているので,高温化の熱膨張によるはく離を防ぐために,80% Ni-20%Cr をボンドコートとして付与した. ②ZrO2溶射皮膜は発電所やエンジンなどのガスタービンのブレードに用いら れており,ブレードの耐熱性,耐食性を向上させる用途で用いられている.② ZrO2についてもトップコートである ZrO2+8%Y2O3 (Y2O3は昇降温による破
壊を抑制するため)と基材の線膨張係数が大きく離れているので,CoNiCrAIY をボンドコートとして付与した.またCoNiCrAlY の溶射方法は TGO(Thermal Grown Oxide;酸化層)の析出を抑制するために,HVOF とした.
③SUS316 溶射皮膜については①Al2O3,②ZrO2と同等の低熱伝導率を有しな
がらも,基材に近い線膨張係数を有しており,ボンドコートを必要としないの で低コストの遮熱溶射皮膜になると考え候補に挙げた. 熱サイクル試験に使用した試験片は膜厚を 300μm,100μm とし,気孔率を 20%,5%として,各溶射皮膜で 4 種類の試験片を用意し,比較を行った.試験 に用いる各溶射皮膜の材料物性(バルク材)を Table2.2.4-1 に,試験片のリス トをTable2.2.4-2 に,溶射の各条件は高コスト化や不慮の事態を回避するため, 技術蓄積のある一般的なものを採用した.その条件をTable2.2.4-3,2.2.4-4 に, 断面ミクロ組織をFig.2.2.4-1 に示す.
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Material Thickness[μm] Porosity[%] Material Thickness[μm] Porosity[%]
①Al2O3 Al2O3 80%Ni-20%Cr
②ZrO2 ZrO2 + 8%Y2O3 CoNiCr AIY ③SUS316 SUS316 Specimen 300 and 100 20 and 5
Top coating Bond coating
5 100
②ZrO2 ③SUS316
Top coating Bond coating Top coating Top coating Powder Al2O3 80%Ni-20%Cr ZrO2+8%Y2O3 SUS316
Powder size [μm] 15~45 10~63 45~140 45~106 Plasma current [A] 540 480 540 500 Voltage [V] 96.0 110.3 100.7 95.4 Spray distance [mm] 145 150 175 150 Powder feet rate
[g/min] 60 39 93 75 Argon Plasma gas ①Al2O3 ②ZrO2 Bond coating Powder CoNiCrAlY Powder size [μm] 11~62 Fuel Kerosene Spray distance [mm] 300 Powder feet rate
[g/min] 60 Oxygen Gas
Table2.2.4-2 List of test pieces of the thermal cycle test
Table2.2.4-3 Spraying conditions of APS
- 24 -
- 25 - 2.3 熱サイクル試験の結果 本項目では,ピストンへ施す遮熱溶射皮膜の熱疲労特性を評価すべく,熱サ イクル試験を行った結果を記載する.2.3.1 の項では試験後の試験片を肉眼で観 察した結果を,2.3.2 の項は試験後の試験片をカットし,断面観察を行った結果 を示す. 2.3.1 試験後の試験片の外観観察結果 2.2 の節で示した熱サイクル試験を 100 サイクル行った後,試験片の外観観察 を行った.その結果を試験前のものと比較してFig.2.3.1-1~Fig.2.3.1-12 に示す.
Fig.2.3.1-1 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:300μm,Porosity:20%)
- 26 -
Fig.2.3.1-2 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:300μm,Porosity:5%)
Before
After
Fig.2.3.1-3 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:100μm,Porosity:20%)
- 27 -
After Before
Fig.2.3.1-4 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:100μm,Porosity:5%)
Fig.2.3.1-5 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:300μm,Porosity:20%)
- 28 -
After Before
Fig.2.3.1-6 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:300μm,Porosity:5%)
Before After
Fig.2.3.1-7 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
- 29 -
Fig.2.3.1-8 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:100μm,Porosity:5%)
Before After
Before After
Fig.2.3.1-9 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
- 30 -
Before After
Fig.2.3.1-10 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:③SUS316,Thickness:300μm,Porosity:5%)
Before After
Fig.2.3.1-11 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
- 31 -
①Al2O3はいずれの試験片においても試験前と比べて,目視での外観上の変化
は確認できなかった.②ZrO2の試験片では,色が濃くなったのが認められた. これは酸化によって変色したためだと考えられる.③SUS316 の試験片でも②
ZrO2と同様に酸化による変色が確認できた.
しかし,①Al2O3,②ZrO2,③SUS316 の全ての試験片において目視での割れ やはく離は特に確認されなかったので,肉眼レベルでの欠陥は発生しなかった と考えられる.
Fig.2.3.1-12 Appearance of the sprayed coatings Properties of the top coating
(Material:③SUS316,Thickness:100μm,Porosity:5%)
- 32 -
2.3.2 試験後の試験片の断面ミクロ観察結果
試験後に①Al2O3,②TBC,③SUS316 の遮熱溶射試験片をカットし,樹脂に
埋め込み研磨して,断面をマイクロスコープ(2.2.3(3))で観察した.その結 果をFig.2.3.2-1~Fig.2.3.2-12 に示す.
Fig.2.3.2-1 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:300μm,Porosity:20%)
Fig.2.3.2-2 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings After the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:300μm,Porosity:5%)
Top coating: Al2O3
Bond coating: 80%Ni-20%Cr Base metal: Al-13%Si
Top coating: Al2O3
Bond coating: 80%Ni-20%Cr Base metal: Al-13%Si
- 33 -
Fig.2.3.2-3 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:100μm,Porosity:20%)
Fig.2.3.2-4 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:①Al2O3,Thickness:100μm,Porosity:5%)
Top coating: Al2O3
Bond coating: 80%Ni-20%Cr Base metal: Al-13%Si
Top coating: Al2O3
Bond coating: 80%Ni-20%Cr Base metal: Al-13%Si
- 34 -
Fig.2.3.2-5 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:300μm,Porosity:20%)
Fig.2.3.2-6 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:300μm,Porosity:5%)
Top coating: ZrO2+8%Y2O3
Bond coating: CoNiCrAIY Base metal: Al-13%Si
Top coating: ZrO2+8%Y2O3
Bond coating: CoNiCrAIY
- 35 -
Fig.2.3.2-7 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:100μm,Porosity:20%)
Fig.2.3.2-8 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:②ZrO2,Thickness:100μm,Porosity:5%)
Top coating: ZrO2+8%Y2O3
Bond coating: CoNiCrAIY
Base metal: Al-13%Si
Top coating: ZrO2+8%Y2O3
Bond coating: CoNiCrAIY Base metal: Al-13%Si
- 36 -
Fig.2.3.2-9 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:③SUS316,Thickness:300μm,Porosity:20%)
Fig.2.3.2-10 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:③SUS316,Thickness:300μm,Porosity:5%) Top coating: SUS316
Base metal: Al-13%Si
Top coating: SUS316
- 37 -
Fig.2.3.2-11 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:③SUS316,Thickness:100μm,Porosity:20%)
Fig.2.3.2-12 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the thermal cycle test
Properties of the top coating
(Material:③SUS316,Thickness:100μm,Porosity:5%) Top coating: SUS316
Base metal: Al-13%Si
Top coating: SUS316
- 38 - 以上の熱サイクル試験後の試験片の断面ミクロ観察の結果を見ると,①Al2O3 の遮熱溶射皮膜とした試験片は膜厚300μm,100μm,気孔率が 20%,5%の各条 件で割れなどの欠陥は確認できず,優れた熱疲労特性を有していることがわか った.③SUS316 の試験片も肉眼で変色はあったものの,割れやはく離の欠陥は 発生せず,十分な耐性を有していた.②ZrO2 の試験片には肉眼では確認できな かった割れやはく離が存在した.ミクロレベルの割れは良好な遮熱性を生み出 す要因にもなり,現にアルマイト処理を施したピストンはミクロ割れによって 良好な遮熱性を獲得している 9)~12).しかしそのミクロ割れが熱疲労によって成 長し,皮膜全体のはく離を生じさせる要因になる可能性も否定はできないので, 実際のピストンに②ZrO2皮膜を施し,実機評価をする必要がある.
- 39 - 2.4 熱サイクル試験時のはく離のメカニズムについて 2.3.2 の項で示すように,②ZrO2遮熱溶射試験片は熱サイクル試験後に割れや はく離が確認された.その熱サイクル試験時に発生したはく離のメカニズムは Fig.2.4-1~Fig.2.4-4 のように考えられる.Fig.2.4-1 に示すように,トップコー トとボンドコートの界面の凹凸を考えると,トップコートとボンドコートの線 膨張係数に差が存在するため,冷却過程でトップコートである ZrO2+8%Y2O3 には局所的に皮膜と垂直方向の引張熱応力が生じる.その結果Fig.2.4-2 に示す ように,トップコートに微小な割れが生じると考えられる 13).しかし,その割 れ付近には圧縮応力場が存在するため,微小な割れの進展は極めて遅く,熱サ イクル試験による加熱,冷却の繰り返しのみではトップコートのはく離は生じ ない.一方,ボンドコート表面にTGO(Thermal Grown Oxide;酸化層)が形 成されると酸化物成長に伴う応力が発生する 14),15).その応力分布は Fig.2.4-3
に示すように,Fig2.4-1 の場合と全く逆となり,Fig.2.4-4 のように微小な割れ が進展し,はく離が生じると推定される.
Fig.2.4-1 Mechanism of delamination damage of ZrO2 coatings
(Thermal stress caused by the mismatch of the thermal expansion coefficient in the cooling process)
- 40 -
Fig.2.4-2 Mechanism of delamination damage of ZrO2 coatings
(Occurrence of cracks in the top coating)
Fig.2.4-3 Mechanism of delamination damage of ZrO2 coatings
- 41 -
Fig.2.4-4 Mechanism of delamination damage of ZrO2 coatings
- 42 - 2.5 本章のまとめ 本章では内燃機関のピストンへ施す遮熱溶射皮膜として,エンジンの稼動⇔ 非稼動の熱サイクルに耐性を有しているかの評価を行い,実験結果から考察を 行った.その結果,以下の事項が判明した. 1)①Al2O3 の皮膜は肉眼での変化が確認されず,断面をミクロ観察しても欠陥 は発見されなかったので,十分な耐性を有している. 2)②ZrO2の皮膜は肉眼では酸化による若干の変色のみであったが,ミクロレベ ルでは割れやはく離が確認された.ミクロレベルの割れは低熱伝導率の特性 を向上させる働きもあるが,大きく成長して皮膜全体の割れに成長する可能 性もあるので実機によって評価する必要がある. 3)③SUS316 の皮膜では酸化による若干の変色こそあったが,ミクロレベルで は割れやはく離などの欠陥は確認できず,十分な耐性を有していた. 4)②ZrO2皮膜の割れが生じたメカニズムは線膨張係数の違いによる引張応力と, TGO が発生するときに生じる圧縮応力の繰り返しによるものである.
- 43 - 第2 章の参考文献 1)社団法人自動車技術会:自動車工学-基礎-,精興社,(2004),pp.30-31. 2)長山勲:初めて学ぶ基礎エンジン工学,東京電機大学出版局,(2008),pp.42-43. 3)菅原翔平:山梨大学学士論文「自動車用ピストン遮熱溶射技術の開発」,(2011) 4)関根優志:山梨大学修士論文「内燃機関用ピストンの遮熱溶射技術の開発」, (2013). 5)小谷碧:山梨大学学士論文「溶射技術に基づいたピストン用複合皮膜の遮熱 性及び放熱性の評価」,(2015). 6)沖幸男,上野和夫:溶射工学便覧,日本溶射協会,(2010),p.598. 7)伊藤義康,石渡裕,柏谷英夫:遮熱コーティング皮膜の組織と熱伝導特性, 日本セラミックス協会学術論文誌,第98 巻,第 1138 号,pp.561-566. 8)上條榮治,鈴木義彦,藤沢章:無機材料の表面処理・改質技術と将来の展望, シーエムシー出版,(2007),p.123. 9)小坂英雅,脇坂佳史,野村佳洋,堀田義博,小池誠:壁温スイング遮熱法に よるエンジンの熱損失低減(第 1 報),自動車技術会 2012 年春季大会学術講 演会講演予稿集,(2012),pp.5-10. 10)脇坂佳史,稲吉三七二,福井健二,小坂英雅,堀田義博,川口暁生:壁温 スイング遮熱法によるエンジンの熱損失低減(第2 報),自動車技術会 2015 年春季大会学術講演会講演予稿集,(2015),pp.154-159. 11)川口暁生,立野学,山下英男,猪熊洋希,山下晃,高田倫行,山下親典, 小山石直人,脇坂佳史:壁温スイング遮熱法によるエンジンの熱損失低減(第 3 報),自動車技術会 2015 年春季大会学術講演会講演予稿集,(2015), pp.160-165. 12)西川直樹,高岸れおな,清水富美男,堀江俊男:壁温スイング遮熱法によ るエンジンの熱損失低減(第 4 報),自動車技術会 2015 年春季大会学術講演 会講演予稿集,(2015),pp.166-171. 13)山崎康広,吉田敏彦,深沼博隆,大野直行:断熱コーティングの熱サイク ル損傷挙動に及ぼすボンドコートの影響,M&M 材料力学カンファレンス, (2009),pp.406-407. 14)高山広司:ガスタービン用高性能遮熱コーティング(TBC)の開発,技術 開発ニュース,第112 巻,1 号,pp.25-26. 15)高琳,加藤昌彦,中佐啓冶郎,番匠映仁,西田秀高:8mass%Y2O3/CoNiCrAlY 遮熱コーティングのはく離強度におよぼす高温保持の影響,日本材料協会, 第51 巻,第 1 号,pp.101-106.
- 44 -
第
3 章 皮膜の密着強度に関する研究
3.1 はじめに 3.2 引張型ピンテストの方法 3.2.1 引張型ピンテストの概要 3.2.2 引張型ピンテスト装置 3.2.3 試験片の詳細 3.3 引張型ピンテストの結果 3.3.1 密着強度測定結果 3.3.2 試験後の試験片の断面ミクロ観察結果 3.4 材料の違いによる密着強度の差について 3.5 膜厚の違いによる密着強度の差について 3.6 本章のまとめ
- 45 -
Gas pressure
Resultant
force
Intake Compression Expansion Exhaust
Inertial force
Crank angle [°]
Lor
d
[
×
10
00
kgf
]
3.1 はじめに 本章では第 2 章と同様の遮熱溶射皮膜を対象にして,皮膜の密着強度の評価 として行った引張型ピンテストの方法,結果および結果からの考察を説明する. 稼働中のエンジン内のピストンは,第2 章で述べたような温度変化だけでな く,大きな荷重も加えられている.Fig.3.1-11)はガソリンエンジン内のピストン に加わる荷重を示したグラフである.グラフのように稼働中のエンジン内のピ ストンはガス圧力と慣性力が加えられる.吸気・圧縮・膨張・排気の4 サイク ル中に加わる力は主にガス圧力による圧縮だが,吸気行程・排気行程では慣性 力による引張の力が加えられる.ガス圧力はガソリンエンジン,ディーゼルエ ンジンで大きく異なる2),3)が,慣性力は両者とも近い値となっている.また圧縮 は皮膜に破壊を生じさせ,その破壊から皮膜がはく離することがあるが,圧縮 が皮膜のはく離の直接的な原因にはならず,はく離の直接的な原因になるのは 引張の力である.よって本研究では慣性力によって生じる引張の力に対して, 皮膜が十分な密着強度を有しているかを評価した.評価の方法としては3.2 にあ る引張型ピンテストを採用した.Fig.3.1-1 Resultant force applied to piston
Rotating speed :200[rpm] Diameter of cylinder :86[mm] Stroke :86[mm]
- 46 - 3.2 引張型ピンテストの方法 本項目では遮熱溶射皮膜の密着強度を評価した方法である引張型ピンテスト について説明する.3.2.1 の項で評価方法の概要を,3.2.2 の項で引張型ピンテ スト装置の仕様などの詳細を,3.2.3 の項では評価対象となる試験片の詳細を記 載する. 3.2.1 引張型ピンテストの概要 一般的な溶射皮膜の界面強度評価方法は JISH8402 で規格化されているが, この手法では以下の欠点が存在する. (1)皮膜と冶具の接合に接着剤を使用するため,接着剤が皮膜に浸透してしまう. (2)近年,プラズマ溶射や高速フレーム溶射などの密着強度の強い溶射法が開発 されため,皮膜の密着強度が接着剤の接着力を上回ってしまい,正確な密着強 度の測定が行えない. これらの課題を解決するため提案された界面強度評価方法の一つが引張り型 ピンテスト4)である. 引張り型ピンテストは,ディスク,ピンと呼称される試験片に溶射皮膜を施 し,Fig.3.2.1-1 のように荷重を加え,ピン-溶射皮膜間の密着強度を測定する方 法である5).溶射皮膜の形成は,試験前にピンとディスクをロックナットで固定 して行った.引張試験時はロックナットを外し,引張試験用の冶具を装着した. Fig.3.2.1-2 に溶射中のピンの固定方法および引張試験方法を示す.冶具は両端 にユニバーサルロックジョイントを用いて引張試験機に固定した.
Fig.3.2.1-1 Scheme of test piece of the tensile pin test
Fig.3.2.1-2 Scheme of method of the tensile pin test
- 47 -
Material Thickness[μm] Porosity[%] Material Thickness[μm] Porosity[%]
①Al2O3 Al2O3 80%Ni-20%Cr
②ZrO2 ZrO2 + 8%Y2O3 CoNiCr AIY
③SUS316 SUS316 Specimen 300 and 100 5
Top coating Bond coating
5 100 3.2.2 引張型ピンテスト装置 試験にはFig.3.2.2-1 にある油圧式万能型引張り試験機を用いた.Fig.3.2.1-2 に示すように試験片に治具を装着し,それにフレキシブル継手やロードセルを 取り付け,引張試験機に固定した.クロスヘッド変位速度は引張ピンテストな ど密着強度を測定する試験では一般的な0.01mm/min とした. 3.2.3 試験片の詳細 基材は実際にピストンに用いられているAl-13%Si,遮熱溶射皮膜の材料は① Al2O3,②ZrO2,③SUS316 と,2 章と同様のものを用いた.溶射条件も 2 章と 同様である.ただし,熱サイクル試験の試験片には気孔率が20%,5%のものを 用意したが,引張型ピンテストの試験片のピン頭部の小さい面積に気孔率が 20%の均一な膜を生成するのは難しいので,Table3.2.2-1 に示すように 5%の試 験片のみとした.
Fig.3.2.2-1 Equipment of the tensile pin test
- 48 - 3.3 引張型ピンテストの結果 本節では,ピストンへ施す遮熱溶射皮膜の密着強度を評価すべく,引張型ピ ンテストを行った結果を記載する.3.3.1 の項で密着強度の測定結果を,3.3.2 の項は試験後の試験片をカットし,破断面の観察を行った結果を示す. 3.3.1 密着強度測定結果 本 節 で は , 引 張 型 ピ ン テ ス ト に よ っ て 測 定 し た 密 着 強 度 を 記 載 す る . Tabel3.3.1-1 に全試験片のリストと密着強度の数値を,Fig.3.3.1-1~3.3.1-6 に試 験片のパラメーターごとの試験結果を, Material Number Thickness of top coating [μm] Adhesion strength [MPa] No.1 36.59 No.2 21.35 No.3 16.77 No.4 20.58 No.5 20.20 No.6 12.20 No.7 40.40 No.8 74.33 No.9 38.50 No.10 30.87 No.11 47.27 No.12 35.07 No.13 17.15 No.14 38.88 No.15 15.25 No.16 25.16 No.17 10.67 ①Al2O3 ②ZrO2 ③SUS316 300 100 300 100 300 100
- 49 -
Fig.3.3.1-1 Results of the tensile pin test (①Al2O3 Thickness of the top coating:300μm)
Fig.3.3.1-2 Results of the tensile pin test (①Al2O3 Thickness of the top coating:100μm)
- 50 -
Fig.3.3.1-3 Results of tensile the pin test (②ZrO2 Thickness of the top coating:300μm)
Fig.3.3.1-4 Results of the tensile pin test (②ZrO2 Thickness of the top coating:100μm)
- 51 -
Fig.3.3.1-5 Results of the tensile pin test (③SUS316 Thickness of the top coating:300μm)
Fig.3.3.1-6 Results of the tensile pin test (③SUS316 Thickness of the top coating:100μm)
- 52 - Adhes ion streng th [M Pa ] Thickness of top coating [μm] 300 300 300 100 100 100 ①Al2O3 ②ZrO2 ③SUS316 Fig.3.3.1-7 に全試験片の密着強度の結果を示す.プロットは平均値を示し, バーはそれぞれの条件で3 つずつある試験片の最小値,最大値を示している. Fig.3.3.1-7 を見ると,全ての試験片で平均 15MPa 以上の密着強度を有してい た.また実際のピストンに加わる荷重分布であるFig.3.1-1 のグラフを見ると引 張の力は1500kgf であり,シリンダーの直径は 86mm なので,ピストンに加わ る引張応力σ は σ = 𝑃 𝐴⁄ = 1500×9.8 (86×10⁄ −3/2)2𝜋≒2.53×106 [Pa] と約 2.5MPa となる.これと比較すると,本実験の試験片はピストンへの遮熱 溶射皮膜として十分な密着強度を有していると考えられる. 材料で比較すると,②ZrO2が最も高い密着強度を有し,膜厚で比較すると 300μm の試験片の方が高い密着強度を有していた.これについてはそれぞれ 3.4, 3.5 の項目で考察を行った.
- 53 - 3.3.2 試験後の試験片の断面ミクロ観察結果 引張型ピンテストの試験片を試験後にファインカッターを用いてカットし, 断面を観察し破断状況を確認した.観察箇所をFig3.3.2-1 に示し,実際にマイ クロスコープで観察した結果をFig.3.3.2-2~Fig.3.3.2-4 に示す.また,全試験片 の破断状況を模式的にまとめたものをFig.3.3.2-5 に示す.
- 54 -
Fig.3.3.2-2 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the tensile pin test
(Test piece : ①Al2O3)
Thickness of the top coating : 100μm Thickness of the top coating : 300μm
- 55 -
Thickness of the top coating : 300μm
Thickness of the top coating : 100μm
Fig.3.3.2-3 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the tensile pin test
- 56 -
Thickness of the top coating : 300μm
Thickness of the top coating : 100μm
Fig.3.3.2-4 Microstructure of cross-section of the sprayed coatings after the tensile pin test
- 57 - Fig.3.3.2-5 を見ると,トップコートの厚さが 300μm の試験片は界面(①Al2O3, ②ZrO2はトップコート-ボンドコート間,③SUS316 はトップコート-基材間) できれいに破断していた.トップコートの厚さが100μm の試験片はピン中央に 皮膜が残る破断形態となっていた.なぜ,このような破断形態となったかを3.5 にて考察し,記載する.
Fig.3.3.2-5 Scheme of fracture morphology of the test pieces after the tensile pin test
- 58 - 3.4 材料の違いによる密着強度の差について 3.3.1 の項の引張り型ピンテストの結果から,材料で密着強度を比較すると, トップコートが②ZrO2のものが特に優れた密着強度を示した.3.3.2 の項を見る と,②ZrO2の試験片はボンドコート-基材間(ボンドコート内欠損を含む)で 破断していることが確認できる.このことから②ZrO2が高い密着強度を示した のは,ボンドコートが大きく関係していると考えられる.また②ZrO2のボンド コートであるCoNiCrAIY の溶射方法は,TGO 発生によるトップコート-ボン ドコート間のはく離を抑制するためにHVOF とした.HVOF は溶射中の飛行粒 子の速度を,一般的に広く用いられている溶射法であるAPS より大幅に高くし, 強い衝撃力をもって溶射皮膜を形成する.それによってFig.4.3-1 のように通常 の溶射と比べて基材に深く入り込み,アンカー効果が強く働き,密着強度が高 くなったのだと考えられる.
Fig.3.4-1 Comparison of the anchor effect HVOF
- 59 - 3.5 膜厚の違いによる密着強度の差について 3.3.1 の項のピンテストの結果から,膜厚で比較すると,全ての材料で 300μm の方が強い密着強度であった.一般的には成膜されたものは,膜厚が大きいと 残留応力も大きくなり,密着強度が小さくなる6).しかし本実験においての結果 は異なっていた.これはFig.4.4-1 に示すように,ピン端部-ディスク間のクリ アランス部の皮膜において,膜厚が小さい方がより変形し,ピン端部の応力集 中が大きくなったためだと推察している.また一般的に溶射皮膜にはどの材料 でも積層方向に亀裂状欠陥が内包されている.セラミックの溶射皮膜はその積 層方向の亀裂だけでなく,垂直方向にも亀裂が存在する7).本実験においては試 験時の変形による応力集中が垂直方向の亀裂に働き,残留応力よりも支配的に なったのだと思われる. また100μm の試験片が 300μm のものと破断形態がことなったことも,その 応力集中が垂直方向の亀裂に生じたことによってFig.4.4-2 のようき裂が伝播し たためではないかと推察できる.
- 60 -
- 61 - 3.6 本章のまとめ 本章では内燃機関のピストンへ施す遮熱溶射皮膜として,稼動サイクル中に 発生する引張応力に対して,皮膜-基材の密着力が十分な強度を有しているか を評価し,実験結果から考察を行った.その結果,以下の事項が判明した. 1)全ての試験片の遮熱溶射皮膜-基材間の密着強度は,内燃機関のピストンへ 施すものとして十分な密着強度であった. 2)材料間で比較すると,②ZrO2が特に高い密着強度を有しており,その要因は
TGO 発生を抑制するべく,CoNiCrAlY の溶射方法を HVOF にしたため,強 いアンカー効果が働いたからである. 3)膜厚が 300μm の試験片と 100μm のもので密着強度を比較すると,300μm の方が高い密着強度を有していたのは,試験時に発生する局所的な応力集中 が起因すると推測できる. 4)膜厚が 300μm の試験片と 100μm のもので破断形態が異なっていた要因は, 上記の局所的な応力集中とセラミック溶射皮膜に存在するミクロの縦割れだ と推測できる.
- 62 - 第3 章の参考文献 1)長山勲:初めて学ぶ基礎エンジン工学,東京電機大学出版局,(2008),p.89. 2)古濱庄一:内燃機関,東京電機大学出版局,(2011),pp.67-68. 3)社団法人自動車技術会:自動車工学-基礎-,精興社,(2004),pp.31-33. 4)井上好章,小野豊明,納富啓,出羽昭夫,豊田政男,塚本光夫:引張り型ピ ンテストによるプラズマ溶射皮膜の界面強度評価法,溶接学会論文集,第 9 巻,第1 号,(1991),pp.167-173. 5)山崎泰広,吉田敏彦,深沼博隆,大野直行:断熱コーティングの熱サイクル 損傷挙動に及ぼすボンドコートの影響.M&M 材料力学カンファレンス. (2009),pp.406-407. 6)園家啓嗣:溶射技術とその応用,コロナ社,(2013),pp.6-16,p.91. 7)伊藤義康,石渡裕,柏谷英夫:遮熱コーティング皮膜の組織と熱伝導特性, 日本セラミックス協会学術論文誌,第98 巻,第 6 号,(1990),pp.561-566.
- 63 -
第
4 章 遮熱・放熱性の評価に関する研究
4.1 はじめに 4.2 遮熱試験の方法 4.2.1 遮熱試験の概要 4.2.2 遮熱試験装置 4.3 遮熱試験①(単層試験片) 4.3.1 遮熱試験①の結果 4.3.2 遮熱性と熱的物性および溶射パラメーターとの関係 4.4 遮熱試験②(金属複合試験片) 4.4.1 遮熱試験②の結果 4.4.2 遮熱試験①,②の結果の考察 4.5 クールテック塗布試験片による遮熱・放熱試験 4.5.1 クールテックのガソリンへの耐性 4.5.2 クールテック塗布試験片の遮熱・放熱試験の結果 4.5.3 遮熱・放熱試験後の試験片の状態 4.6 本章のまとめ
- 64 - 4.1 はじめに 第 1 章で述べたように,内燃機関は燃料の内部エネルギーの約 30%を駆動力 に変換しており,残りの70%の内,30%を冷却損失している1),2).この冷却損失 の熱エネルギーを減少し,内燃機関のエネルギー変換効率を向上させる技術の 一つに壁温スイング遮熱法3)~7)がある. 壁温スイング遮熱法は,エンジン稼動サイクル中の燃焼室の壁の温度が燃焼 ガスの温度の変化に追従するように上昇・下降することによって,燃焼室の壁 と燃焼ガスとの温度差を小さくし,熱損失を低減させる技術である.燃焼の際, 最も熱量の加わるピストン頭部に熱伝導率と体積比熱が低い遮熱皮膜を施すこ とによって,高いスイング幅が得られ,熱損失の低減効果は高くなるとシミュ レーション予測がされている. 本章では,数種の遮熱溶射皮膜について,まず遮熱性についての評価を行っ た.一般にピストンの遮熱性能試験は,実際のエンジンのピストン頭部に燐光 体を塗布して,エンジン稼働中のピストン頭部の温度変化を測定するレーザ誘 起燐光法が用いられている.しかし,この方法で測定されるのは燐光体の温度 であり,厳密にはピストン頭部の温度が測定されているとはいえない.本研究 では有効的かつより簡易な評価方法として,ヒーター(ホットプレート)を用 い,遮熱性能を比較する試験方法を採用した.4.2 の節では遮熱試験の方法を, 4.3 の節では単層の試験片を対象とした試験の結果を,4.4 の節では金属材料を 1 ~4 層まで積層させた試験片の遮熱性の評価を,4.5 の節ではそれまでの試験で 高い遮熱性が確認できた皮膜に放熱塗料であるクールテックを塗布して遮熱・ 放熱試験を行った結果を,4.6 の節には本章のまとめを記載した. 4.2 遮熱試験の方法 本節では遮熱溶射皮膜の遮熱性を評価した試験方法について説明する.4.2.1 の項で評価方法の概要を,4.2.2 の項で熱サイクル試験装置の詳細を記載する. 4.2.1 遮熱試験の概要 本項目では,溶射皮膜の遮熱性の評価方法について述べる.Fig.4.2.1-1 に実験 方法の概要を示す.実際のガソリンエンジンのピストンは,シリンダー内で燃 料を燃焼する際に400℃程の熱が加わる2).本実験ではFig.4.2.1-1 のように,円 盤状の試験片を,トップコートを下にしてヒーターの上に設置し,トップコー ト側の温度:Ttopが400℃より高い 500℃になるように加熱し,加熱開始から 1800 秒後,温度が平衡状態になった時のTtopと基材側の温度:Tbaseとの温度差である ΔTconstを測定し,遮熱性として評価した.
- 65 - メーカー:アズワン 型番:CHP-170AN 外寸法:195×285×105mm 本体重量:2.5kg トッププレート :セラミック(170×170mm) 電源:AC100V 50/60Hz 4.2.2 遮熱試験装置 Fig.4.2.2-1 に実験に使用したヒーターを示す.皮膜の温度:Ttopと基材の温度: TbaseをK 型熱電対で測定し,データロガー(2.2.3(1)参照)によってデータと して保存した.
Fig.4.2.1-1 Scheme of the thermal barrier test
- 66 - Material Thickness [μm] Porosity [%] Material Thickness [μm] Porosity [%] ①Al2O3 Al2O3 80%Ni-20%Cr
②ZrO2 ZrO2 + 8%Y2O3 CoNiCr AIY
③SUS316 SUS316
④Al Al
⑤Cu Cu
Specimen
Top coating Bond coating
5 100 5 300 20 and 5 4.3 遮熱試験①(単層試験片) 遮熱溶射皮膜は熱サイクル試験,引張型ピンテストと同様に半導体製造装置 への遮熱コーティングとして用いられている①Al2O3,耐熱性・耐食性を向上さ せるために発電所やエンジンなどのガスタービンのブレードに用いられている ②ZrO2,①Al2O3,②ZrO2と同等の低熱伝導率を有しながらも,基材に近い線膨 張係数を有している③SUS316 を用いた.また,遮熱性と熱物性値の関係を明ら かにするために④Al,⑤Cu の試験片を追加し,遮熱試験を行った.④Al,⑤Cu の試験片のリストをTable4.3-1 に溶射条件と断面ミクロ組織をそれぞれ Table4.3-2,Fig.4.3-1 に示す. ④Al ⑤Cu Top coating Top coating Powder Al Cu Powder size [μm] ~150 ~150 Plasma current [A] 700 500~600 Voltage [V] 38 37~69 Spray distance [mm] 110 110 Powder feet rate
[g/min] No data No data Plasma gas Argon
Table4.3-1 List of test pieces of the thermal barrier test
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- 68 - 4.3.1 遮熱試験①の結果 本項目では遮熱試験の結果を記載する.遮熱試験は各試験片で3 回ずつ行い, 平均の値をとった.Fig4.1-1 に測定した ΔTconstの平均値を縦軸に,熱伝導率を横 軸にとったグラフを示す. まず③SUS316,④Al,⑤Cu の結果を気孔率別で見ると,ΔTconstの変化は小さ かった.このことから溶射皮膜の一般的な気孔率の下限5%と上限 20%では,遮 熱性能に大きく影響しないことがわかった. また,③SUS316,④Al,⑤Cu は熱伝導率に大きな差があるのに対し,ΔTconst
の差は小さかった.①Al2O3,②ZrO2を見ると他に比べてΔTconstの値が大きかっ
た. このことについては次項で詳細を記載する.
Fig.4.3.1-1 Result of the thermal barrier test①
- 69 - 4.3.2 遮熱性と熱的物性および溶射パラメーターとの関係 本実験の遮熱性ΔTconstを高温側から低温側に熱流速が一直線で進むと仮定す る一次元の近似式で表すと式4.3.2-1 のようになる.
∆𝑇
𝑐𝑜𝑛𝑠𝑡= 𝑞
・
∑(𝐿
𝑖/𝑘
𝑖)
𝑞 = 𝑊 𝐴
⁄ ≒ 22400
式4.3.2-1 で導き出した遮熱性を仮に ΔTconst-thとし,その計算結果をグラフに 表すとFig.4.3.2-1 のようになる.実験結果である Fig.4.3.1-1 と比較すると,傾向 こそ近いものがあるが,実験結果に対して計算結果の各々の差が小さくなった. これは式4.3.2-1 が近似的なものであり,考慮されていない項目があるからであ る.その項目の1 つ数式では表せない特性や気孔の存在など構造的な値である. しかしこの構造的な値は実験結果Fig.4.3.1-1 から影響が小さいと考えた.構造的 な値の他に“界面熱抵抗”が考えられる. 式4.3.2-(1) ΔTconst:遮熱性[℃ or K],q:熱流速[W/m2] L:各層の厚さ[m],k:熱伝導率[W/(m・K)] i:base metal,bond coating,top coatingW:ヒーター出力[W],A:ヒーター天板面積[m2]
- 70 - 界面熱抵抗(および接触熱抵抗)とは界面が一様と仮定する公称面積ではな く,真実接触面積を考慮した熱抵抗である.この界面熱抵抗は,結合面の非線 形な弾性接触特性,結合面の表面粗さやうねりなど様々な表面性状,また,加 工方法や機械的付加による圧力分布などの影響を受け,非常に複雑な挙動を示 す8).これまでに多くの研究が行われ,その定式化が試みられている9),10)が,定 式化するには界面の状態を一様と仮定して界面熱抵抗を求めているものがほと んどである.実際には界面熱抵抗を熱特性試験の不確かさと扱うか,基材だけ の試験片,皮膜だけの試験片,界面が存在する試験片の3 つの熱特性を測定し, 熱抵抗を算出するかの方法がとられている. Fig.4.3.2-2 は遮熱試験①における界面熱抵抗 Rc の概要である.①Al2O3および ②ZrO2は基材と線膨張係数が大きく異なり,それによる加熱中のはく離を防ぐ ためにボンドコートを施してある.よって③SUS316,④Al,⑤Cu と比べると界 面が一つ多くなり,それによって生じる界面熱抵抗が大きくなり,①Al2O3およ び②ZrO2は高い遮熱性を有していたと考えた.
- 71 - 式4.3.2-1 を,界面熱抵抗を考慮した形にすると次式のようになる.