博士(水産科学)田中礼士 学位論文題名
Ecological studies on the bacterial community in the gut of abalone
( アワ ビ消化管内細菌群に関する生態学的研究)
学位論文内容の要旨
海産 無脊 椎動 物の中には、海藻を摂餌する食藻性動物が多数存在する。これらの動物は 難分 解性 の海 藻多糖成分を効率的に利用していると考えられるため、反芻動物やシロア りの 消化管に見られる植物多糖分解性共生微生物と同様の役割を担う微生物群が共生し てい る可 能性がある。褐藻摂餌性であるエゾアワピの消化管から分離された細菌のほと んど はア ルギ ン酸分解性を有する非運動性の通性嫌気性細菌である新種のI4'br io属細 菌、Vbrio halioticoliで占められていることが知られており、宿主が摂餌した餌料中のア ルギ ン酸 の分 解に 大き な役 割を 担っ てい ると 推察さ れて いる 。そ こで 本研究では、レ halioticoliをはじめ、工ゾアワピ消化管内微生物を構成する細菌群の種類、およびそれら の役割を明らかにするための生態学的研究を行った。
まず 始め に、 迅速なレhalioticoliの特異的同定法を開発した。第1節では、16S rDNA PCR/RFLP法を 検討 した。Whalioticoliおよ び既 知のJ4brio属 細菌 の16S rDNA塩基配列
を 比較 し、レhalioticoli特異フラグメントの生成が予想された2種の制限酵素Ec057lお よ びAcclを用いることでレhalioticoliの種特異的検出が可能となった。第2節では、平
板 上のコロ ニーから直接レhalioticoliを特異検出することが可能な、コ口ニーハイブリ
ダイゼーション法を検討した。耐熱性アルカリフォスファターゼで標識したレhalioticoli
染色 体DNAをプ 口 ーブ と し 、反 応 温度60℃、 反 応 時間4時間 でレhalioticoliの特 異的
検出が可能となった。
第3章では 、種々の成長段階の個体について培養法を用いて細菌叢を調べるとともに、
アルギン 酸分解性 細菌数、海 藻多糖利 用性細菌 数の変動を調べた。アルギン酸、ラミナ
リン 、マンニト ールの3種 の海藻多 糖利用性 細菌群は 、珪藻摂 餌性の稚ア ワピ個体では
10‑¥‑100 cells/gであったが、孵化120日後以降その数が増加し、106cells/gとなった。さ
らに、前章で開発したレhalioticoli特異同定法を合わせて本菌の菌叢を解析したところ、
稚 アワピ個 体では飼 育海水の菌 叢と極め て類似し 、好気性菌群により形成されているの
に対し、 孵化後4ケ月 の人工配 合飼料を 投餌され始めた個体ではレhalioticoliが主要菌
種 となり、 孵化1年以 後ではレhalioticoliが 消化管内 細菌群の約60%を占めることが分
かった。 この結果 はレhalioticoliがエゾアワピの生活環と密接に関わる可能性を示唆す
るものであった。
第4章では 、培養法 では明らか にできな い細菌群 の構成を 明らかに した。16S rDNAク
口ー ンライブラ リー法に よる解析 を行った 。消化管内容物から全核酸を効率よく抽出し
消 化 管内 細 菌群 の16S rDNA全長のクロ ーンライ ブラリー を作製し 、その前 半約450 bp
の塩基配 列を決定し 、各ク口 ーンの系 統を近隣 接合法により解析したところ、摂餌個体
ではAlpha‑,Gamma‑,EpsilonproteobacteriaおよびMycoplasmaが確認された。一方、絶食
個体ではMycoplasma. Propionlg翻 H所、心phaproteobaCteriaおよびGammaproteobaCteria
が確認された。レhalioticoliは、絶食個体でのみ確認された。次に、このクローンライブ
ラリ ー 法で 確 認された 細菌群の 構成を各 細菌群の特 異的プロ ーブを用 いたFISHによ り
定量的 に検討し た。その 結果、総菌数に対する各細菌群の割合はAlphaproteobacteriaが
2%. Gammaproteobacteriaが54%で あ った 。 さ らにWbrio属 が 総菌 数 の40%を 占 め、 ア
ワピ消化管内で優先となっていることが明らかにされた。
第5章では、 第2章で開 発したレhalioticoli特 異検出法 を用いて 、本菌の 環境中およ
びェゾア ワピ養殖 施設内にお ける分布 を定量的 に調べた。その結果、飼育原海水より珪
藻の培養 槽でレhalioticoli生菌数が高く、珪藻試料の懸濁物付着画分の本菌数はその非
付着 画分より 約5倍高か った。従 って、本菌 は珪藻な どの懸濁 物中に付 着してア ワピ消
化 管内へ取 り込まれ るものと 考えられた。また、水槽内糞試料中のレhalioticoli生菌数
は、 配合飼料 を摂餌し た個体の 糞試料の方 が珪藻を 摂餌した 個体のも のより約100倍高
いこ とが明ら かとなっ た。従っ て、本菌は 人工配合 飼料を摂餌し始めた個体の消化管で
活発に増殖し始めることが示唆された。以上より、レhalioticoliは宿主となるエゾアワピ
の消化管内に珪藻の摂餌とともに取り込まれ、海藻摂餌性に変化する時期に増殖した後、
優占種に至るものと推察された。
第6章ではレhalioticoliの宿主域 を調べた 。日本各 地で採取した食藻性を示す無脊椎
動 物 お よ び そ れ ら に 分 類 上 近 縁 と さ れ る 生 物 種 の 消 化 管 内 か ら 細 菌 を分 離 し、 レ
halioticoliの特異検出を行った。その結果、供試したほとんどのアワピ類、およびサザェ
か らレhalioticoliが検 出された 。日本沿 岸に生息 する主要 なアワピの 消化管内 からレ
halioticoliが検出されたことは、レhalioticoliが日本の沿岸域に広く分布する菌種である
ととも に、アワ ピ類を中 心とした 動物の消化 管内に優占種として定着している細菌と考
えられた。
第7章では、アワピ消化管内におけるレhalioticoliを中心としたI4'br io属細菌の役割
を検 討するた めにin situ培養 系におけ るVbrio属細菌の細菌数と発酵代謝産物の変化を
検 討し た 。 アル ギ ン酸 を 添 加し た 標準 培 地 では 消 化 管内 容物接種2日後にpHの 低下お
よびギ酸、酢酸の産生が確認され、レhalioticoli菌数が104‑5CFu/mlに達した。一方、I4'br io
属 特異的抗 生物質で ある0/129添加 培地を用 いた培養系 では培養 期間中pHは変化せず、
レhalioticoli菌数は検出限界以下であった。これらの結果より沈situ、培養系で検出された
ギ酸 、酢酸は 、Wbrio属細菌により産生されたことが示唆された。
以上の研究から、エゾアワピ消化管内微生物を構成する細菌群は Vibr io属がその多く
を 占め、こ れらの細 菌群は宿主 の生活環 と密接に関わりながら、消化管において植物性
多糖の分解、発酵に寄与していることが示された。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査
副 査 副 査 副 査
教授 教授 助教授 助教授
田島研一 吉水 守 西澤豊彦 澤辺智雄
学位論文題名
Ecological studies on the bacterial community in the gut of abalone
(アワビ消化管内細菌群に関する生態学的研究)
褐 藻 摂 餌 性 で あ る エ ゾ ア ワ ピ の 消 化 管 か ら 分 離 さ れ た 細 菌 の ほ と ん ど は 、 海 藻 構 成 多 糖 の 分 解 性 を 有 す る 非 運 動 性 の 通 性 嫌 気 性 細 菌 で あ る 新 種 のI4'brio属 細 菌 、Vibrio halioticoliで 占 め ら れ て い るこ とか ら、 宿主 が摂 餌 した 餌料 中の アル ギン 酸の 分解 に大 き な 役 割 を 担 っ て い る と 推 察 さ れて いる 。本 研究 は、 レhalioticoliをは じめ 、工 ゾア ワピ 消 化 管 内 微 生 物 を 構 成 す る 細 菌 群 の 種 類 、 お よ び そ れ ら の 役 割 を 明 ら か に す る た め の 生 態 学 的 研 究 を 行 っ た も の で あ る 。 特 に 評 価 さ れ る 成 果 は 以 下 の と お り で あ る 。
1. レhalioticoliの 迅 速 な 特 異 的 同 定 法 を2種 類 開 発 し た 。1っ は 、16S rDNA PCR/RFLP 法 で あ り 、 レhalioticoliおよ び既 知のJ4'br io属 細菌 の16S rDNA塩 基配 列を 比較 し、
レhalioticoli特 異 フ ラ グ メ ン ト の 生 成 が 予 想さ れた2種の 制限 酵素Ec057lお よびAccl を 用 い る こ と で レhalioticoliの 種 特 異 的 検 出を 可能 とし た。2つ目 は、 平板 上に 増殖 し た コ 口 ニ ー の 中 か ら レhalioticoliの み を 特 異 同 定 す る こ と が 可 能 な コ口 二ー ハイ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン 法 で あ り 、 耐 熱 性 ア ル カ リ フ ォ ス フ ァ タ ー ゼ で 標 識 し た レ halioticoliの 染 色 体DNAを プ 口 ー プ と し 、 反 応 温 度60℃ で4時 間 交 雑 反 応 を 行 う こ と で レhalioticoliの 特 異 同 定 を 可 能 と し た 。
2. レhalioticoli特 異 同 定 法 を 利 用 し て ェ ゾ ア ワピ 消化 管内 細菌 叢の 形成 過程 を明 かに し た 。 稚 ア ワ ピ 個 体 で は 飼 育 海 水 の 菌 叢 と 極 め て 類 似 し 、 好 気 性 菌 群 に よ り 形 成 さ
、 れ て い る の に 対 し 、 孵化 後4ケ月 経過し 人工 配合 飼料 を投 餌さ れ始 めた 個体 では レ halioticoliが主要菌種となり、孵化1年以後経過するとレhalioticoliが消化管内細菌 群の約60%を占めることを明らかにした。この結果は、レhalioticoliがエゾアワピの 生活環と密接に関わる可能性を示唆するものであった。
3. 培 養 法 で は明 ら か に でき ない ェゾア ワビ 消化 管内 細菌 群の 構成 を16S rDNAク 口 ーンライブラリー法および螢光in situハイブリダイゼーション(FISH)法により明ら か にし た。 まず 、ク□ーンライブラリー法により得られた各クローンの系統を近隣 接合法により解析したところ、摂餌個体ではAlpha―,Gamma‑,Epsilonproteobacteriaお よびMycoplasmaの存在を示した。一方、絶食個体ではMycoplasma、Propionigenium、 AlphaproteobacteriaおよびGammaproteobacteriaの存在を示した。絶食個体のク口ー ンからはレhalioticoliも確認された。次に、ク口ーンライブラリー法で確認された細 菌 群の 構成 を各 細菌 群特 異的プ 口ー ブを 用い たFISHに より 定量 的に 検討 したとこ ろ、Gammaproteobacteriaカミ54%を占め、中でもI4'brio属が総菌数の40%を占め、ア ワピ消化管内で優占となっていることを明らかにした。
4. レhalioticoli特異検出法を用いて、本菌の環境中およびェゾアワピ養殖施設内にお ける分布と宿主域を調べた。その結果、レhalioticoliは宿主となるエゾアワピの消化 管 内に 珪藻 の摂 餌とともに取り込まれ、海藻摂餌性に変化する時期に増殖した後、
優 占種 に至 ると 推察した。また、日本沿岸に生息する主要なアワピの消化管内から レhalioticoliを検出し、レhalioticoliが日本の沿岸域に広く分布する菌種であるととも に 、ア ワピ 類を 中心とした動物の消化管内に優占種として定着している細菌である ことを示唆した。
5. ア ルギ ン酸 塩お よびアワピ配合飼料を添加した培地を用いたin situ培養系におけ るVbrio属細 菌の 細菌 数と 発酵 代謝 産物 の変 化を調べ、アワピ消化管内におけるレ halioticoliを中心としたWbrio属細菌の役割を検討した。このin situ培養系では、レ halioticoli菌数の増加に伴いギ酸、酢酸および乳酸の産生が観察されるが、抗V2'brio 物 質の 添加 によ ルギ酸および酢酸の産生が抑制されることを示した。このことは、
14'brio属 細 菌 が ギ 酸 お よ び 酢 酸 の 産 生 の 主 体 で あ る こ と を 示 す 。
以上 の成 果は 、エゾ アワ ピ消 化管 内細菌群の多くはWbrio属であり、これらの細菌群 は 宿主 の生活環と密接に関わりながら、宿主の摂餌した海藻多糖の分解および発酵代謝 ―1440−