博士(地球環境科学)松尾嘉英 学位論文題名
Study on Ecochemicals of Algae in Marine Environment Morphogenetic Substance foraFoliaceous Green Alga Monostroma oxyspermum ( 海 洋 環 境 に お け る 海 藻 の エ コ ケ ミ カ ル ス に 関 す る 研 究 : 葉状性緑藻マキヒトエの形態形成物質)
学 位論文内容の要旨
[緒 言] 海 藻類 は独 立栄 養を 営ん でい るが 、他生 物が 海水中に排出している微量の有 機化 合物 を必 要と する 。従 って 、無 機的 栄養 条件に これ らの有機物を添加していくとそ の生 物に 対す る合 成培 地( 人工 海水 )が 完成 する。 人工 海水は藻類研究をより身近なも の に し 、 藻 類 の 栄 養 生 理学 的 な 研 究、 種の 保存や 継代 培養 、さ らに は有 用海 産物 の養 殖、 種苗 生産 など に役 立っ てい る。1950年代 に実験 室内 における藻類の培養が著しく発 展 し 、 一 連 の 培 地 成 分 の研 究 が 行 わ れ 、ASP系 の 人 工合 成 培 地 が開 発さ れた 。こ れら ASP系の 培地 は多 くの 紅藻 類、 褐藻 類に 対し て有効 で、 光量 や水 温を 最適 化す るこ とに より 栄養 強化 海水 に匹 敵す る生 長を 得る こと が出来 る。 しかし、研究された多くの葉状 性 緑藻 に対 して は、こ れらASP系培 地で は多 くが異 常形 態と なり 正常 な生 長を 得る こと が 出 来 な い 。 特 に 、 葉 状 性 緑 藻 マ キ ヒ ト エ(Monostroma oxyspermum)の 場 合 は 、 合 成培 地中 で無 菌化 する と形 態が 崩れ て完 全に 単細胞 化す る。ところがここに海産パクテ リア の再 感染 ある いは その 培養 濾過 液、 さら には褐 藻や 紅藻の抽出液を添加すると数週 間で 元の 葉状 体が 復活 する 。こ のこ とは 天然 のマキ ヒト ェがその形態を維持するために こ れ ら の 生 物 が 海 水 中 に排 出 し て いる 形態 形成物 質を 利用 して いる こと を示 唆し てい る。 っま り、 ここ でい う形 態形 成物 質は マキ ヒトエ の培 養に必要な最後の一成分である とい える 。そ れゆ え、 この 生物 活性 物質 の構 造が解 明で きれば沿岸岩礁域での生物間に おけ る生 態的 相互 作用 の解 明に 役立 っと 思わ れる。 こう いった海藻や海産パクテルア同 士の アレ ロパ シー 現象 は40年近 く前 から 多数 報告さ れて いるが、マキヒトェに対する形 態形 成物 質の 単離 、構 造決 定は 多数 の研 究者 が長年 取り 組んできたにも関わらずいまだ
に 成功し てい ない 。本 研究 は、 マキ ヒト ェに 対す る形態形成物質を、天然に大量に採集 可 能な紅 藻ア カパ(Neo〔甜sea閉伽d〇ana)から単離、構造決定し、その作用機構を解明 す ること を目 的と して いる 。
[ 生 物 試 験 法 ] サ ン プ ル に 溶解補 助剤 とし てDMSO O.lmLを 加 え 、 さ ら に 水0.9mLを 。 加 え て 試 料 原 液 と し た も の を10倍ず っ、 数段 階 に わ た っ て 希 釈 し 試 料 溶 液 とした 。9.9mL のASP7培 地 を 加 え た ネ ジ 蓋 付 き試験 管に 、試 料 溶 液 を0.ImL添 加 し て 加 圧 滅菌し た。 放冷 後 、 単 細 胞 化 し た マ キ ヒ ト エ をクリ ーン ベン チ 下 で 無 菌 的 に 接 種 し 、14土1℃ 、 長 目 条 件 で10日 か ら30日 培 養 し て 葉 状 体形成 の有 無を 判 定 し た 。
[ 抽 出 、 分 離 法 ] 新 鮮 藻 体5kgを 抽 出 、 分
[a‑glucuronyl(l'‑3)]‑
1,2‑sn‑diacylglycerol (GluUA‑DG)
一丶丶 ROR2
離 を 繰 り 返 し 、 比 較的 活性 の強 い化 合物 として グル クロ ニル ジア シル グリ セリ ド(GluUA− DG)を 単 離 し て 種々 の 機 器 分 析 に よ り そ の 構 造 を決 定し た。 さら に、 その ほか の画 分に も GluUA−DGを 上回 る活 性を 持つ 化合 物の 存在 が示 唆さ れた が、含 有量 が少 なく 、単離するこ と は出 来な かっ た。 そこ で、 分離法 を改 良し て新 鮮藻体60kgから再度抽出、分離を行った。
Folch分 配の 後、 シリ カゲ ルカ ラム3回、 ゲル ろ過2回、逆相系中圧カラム1回、イオン交換カ ラ ム2回 、 高 速 液体 ク 口 マ ト グ ラ フ イ ー2回 によ り 活 性 物 質 を 抽 出 物525g( 最 小有 効濃 度 l.O pg/mL)か ら1.6mg( 同l.Opg/mL)へ と 約100万 倍 に 濃 縮 出 来 た 。 こ の 画 分 はい ま だ 酸 性 の 糖 脂 質 を 中 心 と し た 複 雑 な 混 合 物 で さ ら に 分 離 精 製 を 検 討 中 で あ る 。 [ま とめ ] 今回 の研 究で は弱い なが らも 活性 を持 つ形 態形 成物 質と してGluUA−DGを単 離 し そ の 構 造 を 決 定し た。 また 、GluUA−DG以 外の 活性 の強 い化 合物 の分離 を試 み、 約100 万 倍に 濃縮 した が単 離、 精製 にはい たら なか った 。また、これまで活性物質の分離を困難に し てき た阻 害物 質の ーっ とし てべタ イン 脂質 の一 種であるYendolipinを単離し、立体化学を 含 む全 構造 を明 らか にし た。
過去30年 以上 、マ キヒ トエ に対す る形 態形 成物 質の分離が試みられてきたが、化合物が不 安 定で ある とし て単 離さ れる ことは なか った 。以 上の結果から形態形成物質が単離できない の は 単 に 活 性 が き わめ て強 く(l.Opg/mL以下) 、含 有量 が非 常に 少な いた めで ある こと が ー1013−
畷
明らかとなった。また、クロマトグラフイーにおける挙動、および粗分画のスペクトルから 活性物質が酸性の糖脂質であると考えられた。これはGluUA―DGを含めて酸性の糖脂質が形 態形成現象に深く関与していることを示唆するものであり、40年近く謎であった葉状性緑藻 の形態形成機構解明への端緒が得られた。
学位 論文審査の要旨 主査 教授 高杉光雄 副査 教授 平尾健一
副査 教授 舘脇正和(理学部)
副 査 助 教 授 鈴 木 稔
学 位 論 文 題 名
Study on Ecochemicals of Algae in Marine Environment Morphogenetic Substance for a Foliaceous Green Alga Monostroma oxyspermznn
(海 洋 環境にお ける海藻 のエコケ ミカルス に関する研 究:
葉 状 性 緑 藻 マ キ ヒ ト エ の 形 態 形 成 物 質 )
1950年代 に 実 験室 内 にお け る 藻類 の 人工 培 養 研究 が著 しく発展 し、ASP系の合 成 培 地 (人 工 海 水) が 開発 さ れ た。ASP系の 培 地 は多 く の紅藻類 、褐藻類に 対して有 効 で 、栄 養 強 化海 水 に匹 敵する生 長を得る ことが出 来る。し かし、葉状 性緑藻に 対 し て は、 こ れ らASP系 培地 で は 多く が 異常 形 態 とな り 正常な生 長を得るこ とが出来 な い 。特 に 、 .葉 状 性緑 藻 マ キヒ ト エ(Monostroma oxyspermum)の 場合には 、合成 培 地 中で 無 菌 培養 す ると 形態が崩 れ、完全 に単細胞 化する。 しかし、海 産バクテ リ ア の 再感 染 、 バク テ リア の培養濾 過液、あ るいは褐 藻や紅藻 の抽出液の 添加によ り 数 週 間で 元 の 葉状 体 が誘 導される 。このこ とは、天 然のマキ ヒトエが、 他生物が 海 水 中 に分 泌 す る形 態 形成 物質を利 用してい ることを 示唆して おり、本物 質が明ら か と な れば 、 人 工培 養 に必 要な最後 の一成分 が得られ ることと なり、緑藻 培養のた め の 合 成培 地 開 発に 大 きく 貢 献 する 。
多数 の 研 究者 が 長年 にわ たって、 単細胞化 したマキ ヒトエの 形態回復誘 導物質の 分 離 に取 り 組 んで き たが 、未だに 単離、構 造決定に 至ってい ない。本研 究は、大 量 に 採 集可 能 な 紅藻 ア カバ(Neodilsea yendoana)から、葉 状性緑藻 マキヒト エの形態 形 成 に関 与 す る物 質 を単 離して構 造決定を 行い、そ の海洋生 態系での機 能を解明 す る こ とを 目 的 とし て 行っ た も ので あ る。
申請 者 は 、室 蘭 チャ ラ ツ ナイ 浜 で 採集 し た紅 藻 ア カバの新 鮮藻体(5kg)から 出発 し 、 生物 試 験 を指 標 とし て抽出物 の分離を 繰り返し 、活性分 画から数種 の酸性グ リ
セロ糖脂質を分離した。それらの構造は各種スベクトルの解析から決定した。分離 したスルホキノボシルジアシルグリセロールおよびスルホキノボシルモノアシルグ 1Jセロールの活性は弱かったが、グルクロニルジアシルグリセロール(GluUA‑DG) は、無菌化によって単細胞化したマキヒトエに対して0.1メg/mLの濃度で形態形成 を誘導した。アシル基の異なる分子種間で活性に差は見られなかった。極性画分に は、GluUA‑DGを上回る活性を持つ物質の存在が示唆されたが、含有量が少なく単離 には至らなかった。
申請者は、これらの結果を踏まえて分離方法を改良し、アカバ新鮮藻体60kgを採 集して再度抽出を行った。得られた粗抽出物525g (最小有効濃度1.0〃g/mL)につ いて、生物試験を指標として、Folch分配、シリカゲルカラムクロマトグラフイーを 3回、Sephadex LH‑20カラムによるゲルクロマトグラフイーを2回、逆相系中圧カラ ムクロマトグラフイーを1回、DEAEによるイオン交換カラムクロマトグラフイーを 2回、さらに高速液体クロマトグラフイーを2回行うことにより強カな活性を有する 形態形成物質1.6mg(最小有効濃度1.0 pg/mL)を得た。すなわち、約100万倍の濃縮 に成功した。この画分はiH‑NMRスベクトルから、酸性の糖脂質を主成分とする混合 物 で あ る こ と が 判 明 し 、 現 在 さ ら に 分 離 、 精 製 を 検 討 し て い る 。 これまでの分離過程において、形態形成物質と共存する形態形成阻害物質が生物 試験に悪影響を及ぽし、活性物質の分離を困難にしていることが判明した。申請者 は、この阻害物質を単離し、yendolipinと命名したべタイン脂質の全構造をスベクト ル 分析 およ ぴ化 学反応(分解反応および合成反応)を駆使して明らかとした。
強カな活性を有する形態形成物質の完全な解明には未だ成功していないが、申請 者によって、グルクロニルジアシルグリセロールを含む酸性の糖脂質が葉状性緑藻 マキヒトエの形態形成現象に深く関与していることが明らかとなった。無菌培養に よって単細胞化した葉状性緑藻の形態形成機能の回復現象は、40年近く謎であった が、申請者の研究によって形態形成物質がその姿を現し、形態形成機構解明への端 緒が得られた。本論文の成果は、今後の形態形成物質研究に大きく貢献することが 期待される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、また、研究者として誠実かつ熱心で あり、大学院課程における研鑽や単位取得なども併せ、申請者が博士(地球環境科 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 充 分 な 資 格 を 有 す る も の と 判 定 し た 。