博 士 ( 工 学 ) 田 島 健 次 学 位 論文 題 名
Studies on Bacterial Cellulose Composites
(バクテリアセルロースコンポジットに関する研究)
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
現在環境汚染を引き起こす廃棄合成高分子プラスチックの処理が、大きな社会問 題になっている。また近年環境問題に対する関心が高まっており、生分解性高分子 素材の開発が強く要望されている。
セルロースは自然界でもっとも豊富に存在する生分解性高分子で、主に高等植物 によって合成されるが、ある種の藻類や微生物によっても合成される。この内、微 生物によって合成されるセルロースはバクテリアセルロース(BC)と呼ばれ、特に 酢酸菌によって合成されるBCは機械的強度が高く、しかも生分解性もあることから、
新規の生分解性材料として注目されている。
本論文はBCの特性を生かした、BCとセルロース関連の天然高分子との新たな複合 材料、すなわちバ・クテリアセルロースコンポジット(BCC)の開発を目的として、
酢酸菌(Acetobacter xylin um(A. xylin um))によるBCCの合成条件、構造、機械的強 度、生分解性に関する詳細な検討を行ったものであり、6章から構成されている。
第1章は緒論であり、本研究の目的を明らかにした。
第2章では種 々の水溶性 高分子(WSP)を用いた添加培養によってBCCを合成した ところ、BCC合成のためのWSPとしてセルロース誘導体が適していた。次に置換基 のBCC合成への影響について検討したところ、置換度が小さいカルボキシメチルセ ル ロー ス(CMC)、 と 置換 基 自体 が 小 さい メチルセ ルロース(MC)がBCCをより 形 成しやすく、収量は最大で1.8倍にまで増加した。構造解析の結果から、MC、CMC は分子レベルで取り込まれていると考えられた。またBCC収量と含有量の比較から、
BC生産自体が増強されていることを見出した。そして特にCMCによる増強効果が大 き い こ と か ら 、 こ の 機 構 に つ い て 第 2章 . 2で 詳 細 に 検 討 し た 。 CMCはある種の微生物におけるセルラーゼ誘導物質であることが報告されている。
また近年種々の酢酸菌におけるセルラーゼの存在が報告されており、これらのBC生 産における役割の解明は、収率の向上と物性のコントロールにおいて非常に重要で あると考えられる。そこでCMCによるBC生産の増強に着目し、第2章・2ではCMCに よるBC生産増強のメカニズムを解明することを目的とした。まずカビ由来のセルラー ゼを用い、セルラーゼにBC生産の増強効果があること、およびBC生産における最適 セルラ ーゼ濃度が 存在することを確認した。次に酢酸菌ATCC23769のCMCase遺伝 子断片 をPCR法 によって増 幅し、CMCase遺伝子導入菌でCMCase活性の増加とBC生 産の増強を確認した。また野生株のセルラーゼ活性が、CMCによって誘導・増強さ れることを見出した。酢酸菌におけるセルロースフィブリJレ形成は、@重合→@グ ルカン鎖の集合・サブエレメンタリーフィブリルの形成・結晶化→◎フィブリルサ
ブユニ ットの形成→@BCリボンの形成の4つの過程によって進行する。CMCはこの 内の◎→@の過程を阻害し、これによってBC生産速度が増加することから、◎→@
の過程 はフィブリル形成における律速段階のーつであると考えられている。また CMCaseの添加に よって細いBCiJボンが形成 されることから、CMCによるBC生産の 増強は 、CMCそれ 自身ばかりでなく、CMCによって誘導されたセルラーゼによる◎
→@の過程の相加あるいは相乗的な阻害によると結論した。
第3章ではセルロースと構造が非常に類似しているキチン・キトサンに着目し、キ チ ン ・ キ ト サ ン 誘 導 体(WSChD)、 お よ ぴ 水 溶 性 キ ト サン オ リゴ マ ー(WSCh0) の添加 培養によるBCCの合成 を行った。 収量・含有量の比較からWSChDはBCCを形 成し、BC生産を増強することが解った。またこれらは分子レベルで含有されている ことが 確認された。一方、WSCh0についてはBCCを形成しないにも関わらずBC生産 を増強した。収量・グルコース消費・菌体増殖.pHの時間経過から、WSCh0による BC生産の増強は、定常期におけるBC生産性の増加に基づぃていることが考えられた。
第4章 で は よ り 簡 便5二B CCを 合 成 す る 方 法 と し て混 合 培養 を 試行 し た。
第4章・1では酢酸菌A. xylinum NCI1005が合成する菌体外水溶性多糖のキャラクタ リゼーションを行なった。GPCによる分子量測定、酸加水分解による構成糖の分析、
NMRによる詳細な構造解析の結果、この水溶性多糖が分子量数万〜数十万のレバン であることを見出した。第4章・2ではBC合成酢酸菌としてATCC10245とNCI10 51、 WSP合 成酢酸菌と してNCI1005を用いて混合培養を行った。スクロースを基質とし た混合培養によってBCCを合成することに成功した。またスクロースを基質とした BC合成酢酸菌の単独培養に比ベBC生産が増強され、これはNCI1005のレバンスクラー ゼによるスクロースの加水分解によって、BC合成酢酸菌の低いスクロース資化性が 補われたためであると結論した。
第5章ではBCCの機械的強度と生分解性に関する検討を行った。機械的強度は膜の 動的ヤ ング率を測定することによって評価した。ヤング率の測定結果から、MC、 CMCが分子レベルでBC中に取り込まれることによって機械的強度が2〜3倍に飛躍的 に増加した。分解性についてはセルラーゼに対する分解性および、土壌中における 分解性 によって評価した。セルラーゼ受容能を有するCMCを含有させたBCCは分解 速度は低下するが、通常のBCと同様にセルラーゼによってほとんど分解された。一 方、セルラーゼ受容能を有さないMCを含有させたBCCは、セルラーゼによって20% 程 度 し か 分 解 さ れ な か っ た 。 土 壌 中 に お け る 分 解 試 験 で はBCC (MC).BCC (CMC)と もに分解性 がNBCに比 ぺて若干減 少するが、4週間でかなりの部分が分解 された 。っまりWSPを含有さ せることよ って、BCの生分解性制御が可能であり、
BCCにおけるヤング率の増加、および分解性の低下は、WSPがフィブリルサブユニツ ト表面およぴりボン間に含有されることによる膜内の水素結合の増加と緻密化に起 因していると考えた。
第6章は総括であり、本研究によって高機能性・高強度を有し、生分解性制御可能 な新規材料の合成が可能となったことを結論した。
学位論文審査の要旨
主 査 教 授 高 井 光 男 副 査 教 授 横 田 和 明 副 査 教 授 棟 方 正 信 副 査 助 教 授 惠 良 田 知 樹
学位論文題名
Studies on Bacterial Cellulose Composites
( バ ク テ リ ア セ ル ロ ー ス コ ン ポ ジ ット に 関 する 研 究 )
現 在 環 境 汚 染 を 引 き 起 こ す 廃 棄 合 成高 分 子 プラ ス チ ッ クの 処 理 が、 大 き な社 会 問 題に な っ て い る 。 ま た 近 年 環 境 問 題 に 対 す る 関 心 が 高 ま っ て お り 、 生 分 解 性 高 分 子 素 材 の 開 発 が 強 く 要 望 さ れ て い る 。 セ ル ロ ー ス は 自 然 界 で も っ と も 豊 富 に 存 在 す る 生 分 解 性 高 分 子 で 、 主 に 高 等 植 物 に よ っ て 合 成 さ れ るが 、 あ る種 の 藻 類や 微 生 物 によ っ て も合 成 さ れる 。 こ の内 、 微 生 物 に よ っ て 合 成 さ れ る セ ル ロ ー ス は バ ク テ リ ア セ ル ロ ー ス(BC)と 呼 ば れ 、 特 に 酢 酸 菌 に よ っ て 合 成 さ れ るBCは 機 械 的 強 度 が 高 く 、 し か も 生 分 解 性 も あ る こ と か ら 、 新 規 生 分 解 性 材 料 と し て 注 目 さ れ て い る 。
本 論 文 はBCの 特 性 を 生 か し た 、BCと セ ル ロ ー ス 関 連 の 天 然 高 分 子 と の 新 た な 複 合 材 料、
す な わ ち バ ク テ リ ア セ ル ロ ー ス コ ン ポ ジ ッ ト (BCC)の 開 発 を 目 的 と し て 、 酢 酸 菌 (Acetobacter xylinum(A. xylin um))に よ るBCCの 合 成 条 件 、 構 造 、 機 械 的 強 度 、 生 分 解 性 に 関 す る 詳 細 な 検 討 を 行 っ た も の で あ り 、 そ の 主 要 な 成 果 は 次 の と お り で あ る 。
(1) 種 々 の 水 溶 性 高 分 子 (WSP)の 存 在 下 で の 培 養 に よ るBCの 生 産 に よ っ てBCCが 合 成 さ れ 、 そ の 合 成 に は セ ル ロ ー ス 誘 導 体 が 適 し て い て い る こ と を 見 出 し た 。 次 に セ ル ロ ー ス 誘 導 体 の 置 換 基 のBCC合 成 へ の 影 響 に つ い て 検 討 し た と こ ろ 、 、置 換 度 が小 さ い カル ボ キ シ メ チ ル セ ル ロ ー ス(CMC)、 あ る い は 置 換 基 自 体 カ 剖 ヽ さ い メ チ ル セ ル ロ ー ス(MC)が BCCを よ り 形 成 し や す く 、 収 量 は 最 大 で1.8倍 に ま で 増 加 し た 。 構 造 解 析 の 結 果 か ら 、MC、 CMCは 分 子 レ ベ ル で 取 り 込 ま れ て い る と 考 え ら れ た 。 ま たBCC収 量 と 含 有 量 の 比 較 か ら 、 BC生 産 自 体 が 増 強 さ れ て い る こ と を 見 出 し た 。
(2)CMCは あ る 種 の 微 生 物 に お け る セ ル ラ ー ゼ の 誘 導 物 質 で あ る こ と が 知 ら れ て お り 、 ま た 近 年 種 々 の 酢 酸 菌 に お け る セ ル ラ ー ゼ の 存 在 が 報 告 さ れ て い る 。 し た が っ てBC生 産 に お け るCMCの 役 割 の 解 明 は 、 収 率 の 向 上 と 物 性 の コ ン ト ロ ー ル に お い て 非 常 に 重 要 で あ る 。 ま ず カ ビ 由 来 の セ ル ラ ー ゼ を 用 い 、 セ ル ラ ー ゼ にBC生 産 の 増 強 効 果 が あ る こ と 、 お よ ぴ BC生 産 に い て 最 適 セ ル ラ ー ゼ 濃 度 が 存 在 す る こ と を 確 認 し た 。 次 に 酢 酸 菌 ATCC23769の CMCase遺 伝 子 断 片 を PCR法 に よ っ て 増 幅 し 、 CMCase遺 伝 子 導 入 菌 で CMCase活 性 の 増 加 とBC生 産 の 増 強 を 確 認 し た 。 ま た 野 生 株 の セ ル ラ ー ゼ 活 性 が 、CMCに よ っ て 誘 導 ・ 増 強 さ れ る こ と を 見 出 し た 。 酢 酸 菌 に お け る セ ル ロ ー ス フ ィ ブ リ ル 形 成 は 、
◎ 重 合 → @ グ ル カ ン 鎖 の 集 合 ・ サ ブ エ レ メ ン タ リ ー フ ィ ブ リ ル の 形 成 ・ 結 晶 化 → ◎ フ ィ ブ
リルサブユニットの形成→@BCリボンの形成の4つの過程によって進行する。CMCはこの 内の◎→@の過程を阻害し、これによってBC生産速度が増加することから、◎→@の過 程はフィブリル形成における律速段階のーつであると考えられている。またCMCaseの添 加によって細いBCリボンが形成されることから、CMCによるBC生産の増強は、CMCそれ 自身ばかりでなく、CMCによって誘導されたセルラーゼによる◎→@の過程の相加的、
あるいは相乗的な阻害によると結論した。
(3)セルロースと構造が非常に類似しているキチン・キトサンに着目し、キチン・キト サ ン 誘導 体(WSChD)、およ ぴ水溶性キ トサンオリ ゴマー(WSCh0)の添加培養 による BCCの合成を行った。収量・含有量の比較からWSChDはBCCを形成し、B(ニ生産を増強す ることが解った。またこれらは分子レベルで含有されていることが確認された。一方、
WSCh0についてはBCCを形成しないにも関わらずBC生産を増強した。収量・グルコース 消費・菌体増殖.pHの時間経過の解析から、WSCh0は菌体を活性化し、定常期(培養後 期)におけるBC生産を増強していることが考えられた。
(4)酢酸菌A. xylinum NCI1005が合成する菌体外水溶性多糖のキャラクタリゼーショ ンを行なった。GPCによる分子量測定、酸加水分解による構成糖の分析、NMRによる詳 細な構造解析の結果、この水溶性多糖が分子量数万〜数十万のp‑(2‑ 6)‑フラクタン(レ ノヾン)であることを見出した。
(5)BC合成 酢酸菌とし てATCC10 245とNCI10 51、WSP合成 酢酸菌としてNCI1005を 用いて混合培養を行い、スクロースを基質としたBCC合成に成功した。またスクロースを 基質とするBC合成酢酸菌の単独培養に比ベBC生産が増強されることを見出した。これは NCI1005のレバンスクラーゼによるスクロースの加水分解によって、BC合成酢酸菌の低 いスクロース資化性が補われたためであると推定した。
(6)MC、CMCが分子レベルでBC中に取り込まれることによって機械的強度が2〜3倍に 飛躍的に増加することを見出した。生分解性についてはセルラーゼ標品に対する分解性お よび、土壌中における分解性によって評価した。セルラーゼによって分解されるCMCを 含有させたBCCは、初期の分解速度は低いが、最終的には通常のBCと同様にセルラーゼ によってほとんど分解された。これらBCCにおけるヤング率の増加、および分解性の低下 は、WSPがフィブリルサブユニット表面やりボン間に含有されることによる膜内の水素 結合の増加と緻密化に起因していると考察した。一方、セルラーゼによって分解されない MCを含有させたBCCは、セルラーゼによって20%程度しか分解されなかった。土壌中に お ける分解試験ではBCC(MC)およびBCC(CMC)ともに分解性がコントロールのBC (NBC) に比べて若干減少するが、4週間で大部分が分解された。このようにWSPを含有させるこ とよって、BCの物性制御と生分解性制御が可能となった。
これを要するに、著者は、微生物を用いた高強度の生分解性材料の新しい合成方法を開 発し、さらに収量を増加させることに成功するとともにその機構を明らかにしており、高 分子材料工学に寄与するところが大きい。よって著者は、北海道大学博士(工学)の学位 を授与される資格があるものと認める。