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ドル危機と「信用恐慌」 : 管理通貨制度の矛盾に ついて

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(1)

ドル危機と「信用恐慌」 : 管理通貨制度の矛盾に ついて

その他のタイトル The Dollar Crisis and "The Credit Collapse"

著者 瀬尾 芙巳子

雑誌名 關西大學商學論集

巻 7

号 2

ページ 119‑138

発行年 1962‑06‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00021672

(2)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

を中心とする通貨体系の基礎は揺駿され︑その結果︑古典的な

四九

1 1 ‑

古典的恐慌モデルを戦後の景気循環にたいして適用されようと ー管理通貨制度の矛盾について—ー

ドル危機と

﹁ 信 用 恐 慌 ﹂

一九五七ー八年における戦後最大のアメリカの景気後退の結

果として︑一九五八ー九年にはこのニケ年で七0億ドルに上る国際収支の赤字をもたらすことになったが︑このことはいわゆ

る﹁ドルの危機﹂についての人々の関心を高め︑それをめぐっ

てのさまざまな世界経済の動向にたいする論議がかわされるこ

とになった︒そのなかで︑もっとも興味のある︱つの見解は︑

現行の管理通貨制度に内在する矛盾が︑このようなアメリカの

国際収支の赤字によってもたらされる金・ドル流出を契機とし 信凋恐慌をひきおこすだろう︑とする井汲卓一教授の見解である︒このような見解は︑恐慌論の現実的適用をめぐっての︑も 1

っとも影響力のある立場のひとつを代表している︒そこで本稿

では︑金・ドル流出を契機とするいわゆる管理通貨制度の矛盾

というものの実態が︑はたしていかなるものであろうか︑それ

は︑はたして︑﹁﹃古典的な大きな景気循環﹄

実的条件﹂を形成し︑かつそれを成熟させつつある要因とみな ③  1 1 循環性恐慌の現

すべきものなのであろうか︑という問題の研究の一助をなすた

めに︑若千の考察を行なっておくことにする︒井汲卓一教授の

する見解にたいする批判は︑別稿﹁一九六0年代の景気循環の

瀬 尾 芙 巳 子

(3)

に︑物価水準が︑金によって示される価格標準まで低下しよう論においては︑たしかに︑そうあるべきものであるとされる命 ろまで金の価格標示じたいをひきあげることではなく︑反対 致しなければならないことは法則的要求である︒﹂ ドル危機と﹁信用恐慌﹂

把握についてーー古典的恐慌論にたいする覚書﹂︵﹁経済評論﹂

一九六二年六月号所収︶において試みておいたので︑本稿は︑

そこでふれておいた︑貨幣

1 1 信用的側面にたいする問題を︑と

くに教授の強調される管理通貨制度の矛盾の表面化という点に

しぼって︑さらに掘り下げようとするものである︒

まづ︑はじめに︑井汲教授の世界恐慌の条件の成熟を主張さ

れる論理を要約しておきたい︒

現行の管理通貨制度は︑世界経済にたいするアメリカの支配

的地位を基礎として︑一オソス

1 1 三五ドルによって金と連結さ

れているところのドルを中心とした通貨体系なのであるが︑教

授によれば︑管理通貨制度のもとでのインフレーションの進行

によってドルの価値は減価しつつあり︑﹁デ・ファクト﹂には︑

通貨価値が低落している︒しかるに︑金の﹁低い独占価格﹂が

教授の見解

によれば︑その結果として生ずることは︑物価水準の示すとこ このように︑教授においては︑管理通貨制度の矛盾は︑

1 1 ‑

︱一五ドルという︑ドルの金にたいする価値関係の変化の

なかに求められていることがわかる︒いわゆるドルの対外価値

等性ということが︑通貨体系の基礎であるという前提がある︒

これは︑価値形態論において貨幣形態が自立化してくるという

理論的次元においては︑そして︑価値表章としての通貨の本質 にはあくまでも以前の高い水準に維持されている︒

さて︑かかる見解においては︑通貨の価値の金の価値との均 強力に維持されることによって︑通貨価値は﹁デ・ジューレ﹂

と対内価値との乖離こそが︑

﹁管理通貨制度の内的矛盾﹂にほ とすることであろう︒すなわち︑金に対してのドル価値の維持が主たる作用方向であろう︒しかもさらにそのような物価低落のなかにこそ現存の諸関係を破壊する力が︑強力に作用しているのである︒﹁なるほど現存の通貨価値は︑ドル貨の価値は維持されるだろう︒だが︑それを通じて︑ドル貨の価値の維持をもふくむところの現存の価値諸関係の総体が破壊されるのである︒この過程こそが来るべき恐慌における現実の過程をなすの

これこそが世界的規模での通貨調整の実態にほかな 0

(4)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

た︑通貨

11

信用機構の矛盾はどのようなものとして捉らえられ それでは︑ドルの危機を契機として人々の関心を引くに至っ る ︒ 界恐慌の成熟の条件を求めることは困難であるように思われ 題であろう︒また︑通貨の金との兒換性が保証されていた金本位制のもとでは︑なお依然としてその妥当性を有していたかも知れない︒しかし︑現行の管理通貨制度のもとでも︑金と通貨

︵ドル︶との価値の均等性ということがそれ程規定的な要因と

なりうるであろうか︒たしかに現在の通貨制度は︑ドルと金と

の間に︑ある量的な確定関係を有しているといういみで︑金為

替本位制度であるといえよう︒しかし︑その間の量的な確定関

係なるものは︑はたして︑名目的なものに止まらず︑実体性を

有するものといえるであろうか︒われわれはそこにむしろ︑現

行の通貨体系において金の占める地位の︑象徴的・理念的性格

を指摘しなければならない︒そうだとすると︑金

11

ドル比価の

デ・ファクトの変化のなかに︑現行の管理通貨制度の主要な矛

盾をみることはできないようである︒それゆえに︑そこに︑世

ではこのことから︑われわれは︑通貨体系の無矛盾性と︑安定

性を結論するべきなのであろうか︒そうはできないようである︒

るべきであろうか︒

(1)A•H・ハンセンの分析によれば、一九五七ー八年の不況がア

11

ドル流出をもたらしたメカニズムはつぎのようなもの

である︒すなわち︑ヨーロッパ諸国においては︑不況の結果︑輸入

原料価格の低下によって利益をうけながら︑後進国への輸出は減退

することはなかった︒後進国は︑かれらの為替準備の低下という犠

U.S.においては︑この時期に︑個人所得や消費支出の低下は殆

U.S.へのヨーロッパからの輸入は維

U.S

U.S.の国際収支の赤字は増大した反面︑ヨーロッパの剰余は増大したのである。A•H•Hansen;

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U.S.の国際収支の赤字をもたらす直接の

U.

S.

の工業における労働生産性の発展テソボの相対的な低位と︑輸出品

価格の相対的な上昇傾向の強さという構造的な問題の所在をみなけ

(2)

(3

)

退

(4)井汲•前掲書とくに第五章二八八ーニ九ニページ、一―10七ー―――

(5)しかし︑その場合においてさえも︑価値基準としての金は︑理

念的なものにすぎない︒なせなら︑そこでも﹁通流するうちに︑金

(5)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

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の見解をかなり詳細に吟味してみよう可リュエフは︑前述の井

汲教授とはちがった立場から︑アメリカにおける国際収支の赤

字が一九二九年と同様な危機をつくり出しつつある︑という議

論を行なっているのであるが︑かれの論旨は︑現実の信用構造

とその運営方法に立脚したもので︑すこぶる説得性に富んだも

のである︒しかし︑かれの論議は︑なお︑今日充分考察の対象

にされているとはいえないようである︒それゆえにまづ以下に

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1961に掲載されたかれの論文につい③ て︑かなり忠実な紹介を行な.っておくことにする︒

﹁日々にその状況は︑一九二九年の景気

後退の大不況への転化にますます類似しつつある︒﹂

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億ドルはU.S.の金準備における請

U. S.

が金を失なったことではなく︑わづかしか金を失なわないこと

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0

年間にU.S.の金準備は五三億ドルしか低下し

なかった︒これはもしもU.S.がすべてを金で決済したなら

ば︑その準備は︑一八一億ドル低下せねばならぬ筈のものなの

である︒そして今日ではそれはただの四七億ドルになっていた

であろう︒このような著しい準備の減少は容認されないもので

あるから︑もっと早く赤字をストップさせるための処置がとら

れていたであろう︒アメリカ合衆国の赤字は︑U.S.が︑そ

の海外債務を真に決済することを要求されないゆえにのみ生じ

たのである︒貨幣的見地からすれば︑恰も赤字が生じなかった

かの如くであったのである︒なぜこのようなことが生じたか︒

リュエフによれば︑それは金為替本位制度によるものである︒

金為替本位制度のもとでは︑中央銀行は︑金または政府債にた 求権を構成しているのである︒ところで︑

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t   の形態で︑外国の手に蓄積されている

1

0

U.S.の貨幣市場の短期投資あ とする︶は合計一八一億ドルの赤字を累積しつつあった︒ 年から一九六0

0年間にアメリカ合衆国︵以下U.S

(6)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

最少限度にし︑あるいは抑圧する︒U.S.では︑金為替本位 のもとで︑国際収支の赤字がもたらすところの国内的諸結果を のような制度のもとで︑つぎのような事態が生じた︒すなわち おいてはドルのみであった︒︵スターリソグ地域をのぞき︶

いしてのみならず︑また︑金と同様に良好とみなされる外国通

貨にたいしてもまた自ら貨幣を創造する権限があると考えられ

ている︒このような﹁キイ・カレンシー﹂は︑第二次大戦後に

一般にアメリカの借り 外国の中央銀行が︑U.S.の国際収支の赤字の結果として︑

ドルないしドル・クレジットを受けとったとき︑かれらは︑そ

れらのドルが呼称されているところの金を請求しない︒その代

りに︑かれらは︑これらのドルの大部分を

u .

s .における預

金として残しておく︒そしてそれらは︑

手にたいして貸附けられるのである︒中央銀行は︑このあたら

しい処置を熱狂的に歓迎した︒なぜなら︑それは全く非生産的

な金地金あるいは金貨のかわりに︑かれらの勘定においては︑

収入生産的な資産となるからである︒このようにして︑国際通

貨制度は︑各ラウソドののちに︑勝者が︑負けたものにかれら

のおはじきを返す子供の遊びになってしまった︒これこそ﹁す

因巴げ慰町﹂である︒このような機能は︑自動的な金本位制

の結果は今日みる如き窟態に立ち至ったのである︒

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制は︑対外援助を奨励する効果をもち︑そしてそれが生み出し

た赤字の﹁快活な無視﹂

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をもたらした︒そ

リュニフによれば︑金本位制が︑金為替本位制によって取っ

て代られた結果は︑つぎのようなものであった︒

まづ第一に︑金本位制下では︑国際収支が赤字の国は金を失

なう︒そしてこれは︑国内的な購買力の制限として働く︒それ

は輸出のために国内的生産物のより大きな部分を解放し︑輸入

を禁圧することによって赤字に反作用するのである︒金為替本

位制のもとでは︑国内の購買力は赤字によって少しも影薯され

ない︒一国の収支はもはや自己調整的ではなく︑その均衡は︑

厳格な信用政策あるいは対外貿易の当局による管理によっての

み保証される︒そしてリュニフによればそれが不可能ではない

がしかしながら︑経験は︑貨幣当局が︑金為替本位制のまさに

避けようとする傾向にあるところの信用の収縮を布告すること

は︑非常に困難であることを示している︒これは︑対外購買の

制限︑旅行者の外貨制限︑短期資本の運動の阻止︑などを指す

世界における信用基礎の﹁真正の重複

(7)

ラソ効果

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U. S.

︵逆戻り性︶の結果である︒す

の国際収支の赤字の結果として海外に行くド

ルは︑短期投資ないし要求払預金

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U.

S.に戻ってくる︒例えば︑いまu.S.がフラソスにたいし

て国際収支が赤字であり︑それがドルで消算されるものとしょ

う︒このドルを受取るフラソス人はそれを中央銀行に売却し︑

その交換にフランを得る︒フラソス銀行は︑ドルにたいして︑

これらのフラソを創造するのである︒しかるにそれは逆戻りし

て ︑

U.S.にドルで投資される︒こうして全く同じドルがフ

ラソスの信用を拡張し︑かつU.S.の信用をも応援する︒こ

のことは︑もし各国の国際収支が均衡にあれば︑ほとんど影響 しないであろう︒しかし︑もしキイ・カレソシーを有する国か らの大きな資本流出運動があるときには︑世界的なインフレー

ションの有力な道具となるであろう︒例えば︑一九二四年のド

ーズ案

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以後のドイツと︑一九二六年のポアソカ

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の改革後のフラソスには︑アメリカ︑イギリスか

らの資本の流入がブームを惹き起し︑これが一九一︱

0

年代の崩

壊をもたらしたのであった︒一九五八年から一九六0年におけ

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ドル危機と﹁信用恐慌﹂

すでに述べた﹁ブーメ

一国から他国へと資本が流れるときには︑その効果は︑前

的でありうるのである︒

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eな性格﹂が挙げられる︒すなわち︑U.S

金準備の一七五億ドルは︑二煎に委任

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そのうちの一︱五億ドルは︑法のもとで連邦準備銀行の通貨と

預金にたいして保持されねばならない準備として︑担保に入れ られているが︑他方金準備のすべては︑短期あるいは当座資産

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として︑外ハ国人によって保有されている約二00

億ドルに対する保証金を構成しているのである︒このようにし

て︑リュニフによれば︑﹁疑問をなげかけるのはドルの価値で

はない︒関心ある真の原因は︑大きな資本の国際運動の時点に

おいて作用しつつある金為替本位制が︑U.S.の金ストック

二重担促

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かくて非常に高

いそれーを置くということである︒もしも︑海外のドル資産

の保有者がにわかに金における完全な支払を要求するならば︑ 第三に︑みぎのようなメカニズムがもたらす信用構造の﹁詐 者においてリセッツヴであることはなしに︑後者において拡張 て ︑ 金融市場における株式価格の非常な上昇をもたらした︒そうし るアメリカ合衆国からのドイツ︑フラソスヘの資本の流入は︑

(8)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

的な性格︑その金本位制的な尾骨に固執するところから生じる ﹁金での清算﹂の到来という予想は︑金為替本位のいわば過渡 の傾向を認めるというだけのものになるであろう︒しかし︑ たなかったならば︑それは︑たんに︑信用イソフレーションヘ るものとみるぺきであろう︒そして︑それは︑ それは全U.S.の信用構造を瓦壊させうるのである︒もちろ

ん︑こうしたことはありそうにもない︒しかし︑かれらがそれ

をなす権利をもっているという単純なる事実は︑われわれをし

て︑ヨーロッパの金為替本位制の上にたてられたカードの家の

崩壊が︑一九二九年の不況を破局に転換させたものであったと③ いうことを想起することを余儀なくさせるのである︒﹂

以上のようなリュニフの論議は︑その要点を︑信用構造の﹁

﹁プーメラン効果﹂︵逆戻り性︶に二重担保﹂的性格︑ないし

おき︑そこから︑金における決済がひとたび要請されるにいた

るや︑信用恐慌がもたらされざるをえないだろう︑とするもの

である︒これは︑金

11

ドルの価値関係の変化からではなく︑い

わば流動性の不足によって︑恐慌を予想するものであって︑そ

こに︑現行の金為替本位下の管理通貨制度の矛盾を措定してい

の到来という予想につながっている9もしこのような時点をも

ものであり︑ここにリュニフにおける︑古典的な立場の反映を

みなければならない︒そしてこのことは︑前段のようなリュニ

フの診断においてよりも︑それにたいする対策の考察において

いっそう明らかとなる︒そこでつぎに︑引き続いて︑かれの処

方箋に関する見解を考察しておきたい︒

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 Rueff•ibid••p.

26

2.

 

リュニフによれば︑みぎのような現行の金為替本位制度の危

機にたいして︑なされるべき処置は︑つぎのようなことでなけ

まづ第一に︑キイ・カレソシーを有する国の赤字を容認しそ

れを引きのばすことがむつかしいような新通貨制度の導入であ

(9)

よって保有されるすべてのドル資産を︑金で決済することであ は︑唯一の方法しかない︒それは︑U.S.以外の中央銀行に たる作用からの西欧の遺産であるところの危険を取り除くのに こうして︑リュニフによれば︑金為替本位制度の一五年にわ かに進みうるかの好例であるとせられる︒ このような新通貨制度は︑貸付国が︑かれらの対外収支残高の上に新しい国内的購買力を発生させることを不可能にせねばれるようにせねばならない︒これは︑中央銀行が︑かれらのうけとる外国為替にたいして貨幣を創造し︑そしてこの外国為替を元の国に貸し戻すというような行動に終止符をうたせることをいみする︒リュニフによれば︑欧州支払同盟

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の加盟国と対外勘定を清算するときに︑金で支払わねばならな

い部分の増大︑は︑われわれが金本位制度に向う途に沿ってい ならず︑他方では︑債務国の購買力は減少することなく保持さ

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第二にへ信用構造の二重性から生じるところの不安定な︑危 る ︒

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

いものである︒これにたいするもっともよく知られた提案のひ にもしも金為替本位制度の清算が︑パニックにのり出さないならば︑それは漸次的に行われるように︑注意深く組織されることができるからである︒

しかし︑なおそこにひとつの思いがけない障害がある︒外国

の中央銀行のドル保有を除去することは︑全世界の流動貨幣の

日々の取引をまかなうに必要なもの以下の水準にま

で︑減少させるだろう︒こうした結果はあきらかに許容しえな という具合に︑随意に他の資源をもっているからである︒さら 法律によって変化させうるからであり︑そのうえ政府は︑その

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U.

S.の金準備に基礎をおく信用の二重構造に内在するところの︑

鋭いデフレーションかあるいは崩壊の危険を払拭することがで

きるのである︒その湯合の困難は︑このことが︑連邦紙幣と預

金にたいする準備において法律上保有されねばならぬところの

U.S.金準備を俄かに涸渇させるだろうという

ことである︒しかしリュニフによれば︑この問題は外見ほど重

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準備を支えるために︑その能力を国際通貨基金

(I MF )

五六

(10)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

さらに︑国際通貨を発行する責任ある当局としては︑基金は︑

度の整理は︑政治的技巧および貨幣的技術にとって困難な問題 リュニフによれば︑これらの考察のすべては︑金為替本位制 るように改善されることができるのである︒ のより少ない晶が︑日々の決済の必要に見合うために要求され

際的通貨は部分的にのみ金に交換されうる︒そしてある状況に

一例を挙げれば︑国際的支払方法は︑現金バラソス

しかしなが

あるべきだと指摘している︒トリフィン案は︑ とつは︑ニール大学のロバート・トリフィソ

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教授のものである可トリフィソ教授の提案は︑中央銀行が外国 創造することによって︑国際流動性の不足に反対する力を与

﹁国際清算同盟

(I

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)のための提案﹂とよばれる文書において︑

ケイソズ卿が主張したものと非常に似たものである︒それは個

々の中央銀行の流動性の必要をかなり減少するのであろう︒ト

リフィソ教授が創造する複雑なシステムにおいては︑新しい国

おいては︑それは絶対に金に兒換不可能であるにちがいない︒

加盟国の国際収支に間接的に影孵する力を引き受けるであろ

う︒しかしケインズ案が一九四三年に拒否された主な理由は︑ ではいま︱つの提案はなんであろうか︒それは金価格の引上

での一般価格水準はほとんど二倍になっていることに注意す

る︒そしてドルにおける︑またそれゆえにドルに基礎をおくす

大させ︑金為替本位制度によってもたらされる偽喘的信用構造

の流動化を容易にするだろうことは疑いもない︒

ら︑リュニフによれば︑金価格をどこまで上昇させるかについ

ての評価をたんなる算定から誘導すること︑あるいは金価格の

引上げが不可避であることを断定的にのべることさえも不謹慎

ックの年々の増大の一︱︱し五パーセソトを保証するようなものでべての通貨における︑金価格の上昇が︑金準備の名目価値を増

ズムは︑中央銀行によって保有される金および外国為替のスト えられる︒トリフィン教授は試論的に︑新基金の通貨発行のリ

ー一オンス一

1

l固定されてきたが︑その間にドル

取引高の拡張に一致する固定されたリズムでそれ自身の通貨を の国際的通貨として機能させようというものである︒基金は︑ 為替準備のあるものを国際通貨基金におき︑そこでそれらは真当な理由である︒﹂

﹁これは依然として今日同じ提案を斥けるための妥 それがインフレ的なものであるという惧れであった︒リュエフ

(11)

側の政府が時間にイニシャチブをとれば︑かれらほ自己の人民② を無秩序と新しい世界恐慌の災害から免かれさせるだろう︒﹂ て︑金為替本位の問題は不可避的に解決させるだろう︒もし西 ところのものは︑他の国際会議のみが元に戻すことができる︒だが取り消しは遅延なしに生じるということが不可欠である︒﹂ョソに︑そしてもう︱つの一九二九年の脅威にさらすだろう︒﹁とにかく恐慌か︑あるいは冷静な熟慮か︑のいづれかにおい 貨幣恐慌は︑西側諸国のすべてにおいてついに達成された金融

うべきものである︒そこで︑つぎにトリフィソ教授の診断と処

方箋においては︑金がどのような地位を占めるものであるかに

(1 )R ob er t  T r if f i n,   Go ld  a nd  T he  Doll

ar  C r i si s T,   he   Fu tu re   of   Co n v er t i bi l i ty , 9 6   1 0 .  (

(2 )J ac qu es u e   R f f,   i b i d . ,   p .2 6 8 . 

ついてしばらく検討しておくことにしょう︒ 的な復興を損壊するだろう︒それはその経済を重大なリセッシ 表にさえなっていないのであった︒二つの国際会議がなした流動性の不足が問題であるにすぎない︒そして︑リュエフの対策が︑金為替本位制度からの後向きの脱却であり︑金本位制度への復帰であるとすれば︑トリフィソ案は︑現行の金為替本位制度からの前向きの転進であり︑管理通貨制度の国際化ともい 一九二二年のジニノア会議であり︑それには︑U.S.は︑代

を提出することを示している︒これらの解決は︑現在国際的支

はないが︑金本位制への復帰が暗示されているようである︒す

なわち︑かれによれば︑金為替本位制度こそが︑U.S.の国

際収支の赤字を長びかせるために責任あるもの

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なのであるが︑この本位を確立したのは︑アメリカではなく︑ は︑金に対する認識の相違にかかっているといえるであろう︒すなわち︑リュニフにおいては︑信用制度における金の機能を古典的に理解するゆえに︑そこに﹁危機﹂の到来を想定せざる

をえないのであるが︑トリフィンにおいて︑長期的︑ 斥けられている︒Jのようなリュニフとトリフィン案の違い ろう︒その場合に︑リュニフの具体的見解は明確には明らかでて︑トリフィソ案は︑そのインフレーショソ的な性格のゆえに 行を支配する規則そのものの︑深い修正において見出されるだ 払の清算のために作用しているシステムの︑かくして︑中央銀 ドル危機と﹁信用恐慌﹂

このようにして︑リュニフの見解によれば︑前節において診

断されたところのものにたいする処方箋は︑金為替本位制度か

らの脱却であり︑金本位制度への復帰にあるようである︒そし 五八

(12)

ドル危機と﹁信用恐慌﹂

ば︑このような状況の下におけるU.S.の国際収支の赤字の

必然性は︑国際流動性の不足をもたらすことによって︑

0年代の再来が不可避とならざるをえないかも知れないのであ

る︒このような見解の特徴は︑一九五八ー六0年のドル危機の

由来を︑現行通貨制度の構造的機能にまでさかのぽって把握す 矛盾としてあらわされている︒すなわちトリフィン教授によれ

増加の手段とするべきである︑とするのである︒

M

Fの銀行原理による改組︶その場合教授によれば︑

れわれが論理によって支配され︑確固たる取り決めを期待でき

るなら︑私のプランは全く金を必要としないかも知れない︒﹂

しかるに国際準備として金を残すというのは︑第一に︑金を全

くなくすることは非現実的であること︑第二に︑IMFが無制

I いては︑改革された国際通貨基金が︑

U.

s

動︵ドルの減価︶の問題は主要な問題ではない︒

は︑国際通貨基金IMFが︑たんにそれが保有する資金を限度

として加盟国に短期資金を供与するだけであり︑︵基金原理︶

最終準備の責任と地位とをアメリカ合衆国の経済力の卓越性に

裏附けられたその信用供与能力に依存しているという︑現行の

︵村野孝氏︶そのものの長期的・構造的な への階梯のゆえに重大視されているのであり︑そしてそれは︑ドルを中心として︑それのみにリンクされる貨幣制度のゆえに生じるものとされるのである︒それゆえに︑トリフィン案にお

外国為替準備を集中

11

﹁国際化﹂し︑これを国際通貨とするこ

とによって︑国際間の決済や信用創造にあたり︑国際流動性の い︒その場合︑リュニフと同様に︑金のドルとの価値関係の変算的機能の重視によってではなく︑一般的な国際流動性の不足 字によって提供されざるをえない︒ということにほかならなわち︑かれによる﹁ドル危機﹂とは︑リュニフのような金の清 制度のもとでは︑その供給は︑アメリカ合衆国の国際収支の赤国際ドル本位制﹂的な側面を支柱としているようである︒すな せざるをえないが︑ドルをキイ・カレソシーとする現在の貨幣て︑かれの﹁金為替本位制﹂にたいする認識は︑むしろその﹁ 界経済が成長するとともに通貨発行準備高もそれに応じて増大把握せられるのであろうか︒

トリフィソ教授の現行信用制度の矛盾にたいする見解は︑世 ることによって︑その長期的・根本的解決の必要性を強調することである︒それでは︑そこにおける金の意味は︑どのように

リュエフの理解に対比し

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