リスクマネ ジメ ン ト ・危機 管理序 説
‑ リスク ・危機管理方法論の問題 と提言‑
松 枝 辿 夫
目 次 は じめ に
第
1
章 リスク ・危機 の概念1
は じめ に2
リスクの概念 (1) リス クの定義( 2
) リス クの従来分類(3) リス クと類似 の概念 :ベ リル,ハザー ド, リス ク
3
危機の概念4 リス クと危機 の違い
第
2
章 リス クマネジメ ン ト ・危機管理 1 リスクマネジメン ト ・危機管理の定義2
リス クマネジメ ン トの具体的ステ ップ3
リスクアセスメ ン ト4 リスクコン トロール
5
ゼロリス クー安全宣言の問題第
3
章 リス クマネジメ ン ト ・危機管理の視点か らの リス ク分類1
リス ク分類の意図39
2 ビジネス と無関係の リスク 3 ビジネス と関係 あるリスク 4 上記分類 と管理対応部署
5 法務部の企業全体 における重要性
第4章 リスクマネジメン ト・危機管理方法論の問題 1 は じめに
(1)部分的対策論の問題
( 2
)ゼロリスク指向の問題2
リスクマネジメン ト ・危機管理の限界 と心理的不安 3 リスク不安の弊害(1)三つの弊害
( 2
)過大 な情緒反応(3) リスク不安 とコス ト無視の反応
(4) リスク不安 と規制強化 ・便益犠牲の反応 4 総論 と各論の関連性の欠如
第5章 リスクマネジメン ト・危機管理‑の提言 1 は じめに
2 分析的 よ り総合的思考方法‑
3 ゼロリスクか らリスク共存へ 4 リスクセ ンスを養 う
5 ハザー ドの発見‑ リスクセ ンス を磨 くために 6 リスクマネジメン トと戦略法務
7 ケースス タディ式演習‑ リスクセ ンス体得のために 第6章 まとめ
はじめに
最近企業の存続 にかかわるようなリスク事件や国家の威信 にかかわる社会 的大事件が多 く発生 し,マス コミでは危機管理が十分でない とい うような批 判をした り,また2001年9月11日にニュー ヨークで発生 した同時多発 テロ事 件以来国家 としてテロに対する危機管理はどうか とい うような議論が賑 わっ ている。
これ らの事件以来 リスク管理,危機管理 についての参考書 も多 く出版 され, 世間の関心 も極めて高 くなっている。それ自体 は何事 も用心が大切 とい うこ
とから見て悪いことではない。 しか しリスクや危機管理の必要性 を説 く論議 にはやや もすると大衆 に危機感 を煽 り,断片的なリスク対策の処方葺 を出す 便宜的なものやいわゆるハ ウツーものが多 く, リスク対策の全体像やあるべ き対策の根本的姿勢が示 されていない。そのため企業や個人にとってそれ ら の所論 は部分的に当面の参考 にはなるが,それを読んで リスク対策 について の十分 な備 えがで きるとい う安心感 は生 まれてこない。かえってその程度, 範囲の対策で十分 なのであろうか とい う不安の念が増大 しているとい うのが 偽わらざる気拝である。最近のイス ラム過激派テロなどの恐怖 を報ずるマス コミや出版物 を読んで益 々テロへの恐怖 にか られ今や航空機 に乗 る海外旅行 は激減 し観光産業は大打撃 を受けている。 また我国で安全 と言われて きた狂 牛病問題では,政府が安全対策 を講 じたか ら大丈夫 とい う安全宣言 まで出 し たとい うのに大衆の不安 は一向に収 まらず,その後の仝頭検査でついに3頭 目の狂牛病の牛が発見 され (2001年11月30日),牛 肉の消費が激減す る社会 問題 となっている。
このような事件が続いて リスク危機管理は大丈夫 なのか とい う疑問は益 々 強まっているが, リスクに対す る従来か らの研究 も必ず しも十分でな く,従 ってこの危機的社会状況 に十分 な役割 を果た していない ように思われる。
リスクマネジメ ン ト危機管理序説 41
リス ク ・危機管理の学問的研究は もともと保険の分野か ら発達 して きた。
中世の ヨーロッパ諸国,特 にイタリアのベネチア共和国のような地中海貿易 か ら東洋の貿易 を開拓 した国,大航海時代 を切 り開いたスペイン,英国,オ ランダの ような西欧諸国が開いた東洋やアメリカ大陸 との貿易では航海技術 の未発達のため リス クも大 きく,そのため 自ずか ら保険事業が制度 (海上 冒 険貸借制度が起源 とされる) として生 まれ,そのための学問 も保険学 として 生 まれた。従 って保険学は西欧諸国や米国で発展 し,更に二十世紀 になって 経営学が発展 してか らはリスクマネジメン トもビジネス ・マネジメン トの研 究手法 を取 り入れて発展 して きた。最初 は, ドイツで第一次世界大戦後の猛 烈 なインフレーシ ョン下で企業が倒産する中で企業の リスク管理の問題が研 究 され,次いで
1 9 3 0
年代の大恐慌時のアメリカで保険管理の問題が研究 され, その後 ビジネスのための経営学が盛 んになるにつれ企業の リスク管理の問題 が研究 されるようになった。その結果,現在我国で リスクマネジメン ト,危 機管理学 と言われるものは,欧米の経営学者 により展開された ものを取 り入 れて発達 して きた。 リスクマネジメン ト関係の我国の文献 を見 ると,片かな が無闇 と多いのは残念 なが らこうした学問輸入の結果でやむをえない。それ も亀井利明氏 によ り我国に昭和3 0
年代 に初めて 「リス クマネジメン ト」,昭 和5 0
年代 に 「危機管理」が紹介 され,昭和5 3
年 日本 に 「リスクマネジメン ト 学会」 とい う研究学会が成立 したとい うような若い学問だとい う事情か らすい ると致 し方 ない ところであろう。
リスク ・危機管理学は学問分野 として どう位置づけられるのか とい う問題 がある。それ自体固有の学問 としては未成熟であ り,保険学,経営学,経済 学,法律学,技術工学,統計学,社会心理学 とい うような学問分野のそれぞ れ一部 を構成する学際的な分野であると解 される。新 しい学際的学問の性格 上その理論化 は今後の課題であるが, もう一つこの分野の研究 を困難 にさせ ているのは,研究対象の リスク自体が発生不確実な ものである上損失が発生 した場合の程度 も規模 も不明であるか ら実践的指針 に結 びつ く研究 を深める
42 国際経営論集 No.23 2002
ことが難 しい とい う点である。大規模地震やポ ンペ イの例 に見 られる噴火埋 没の歴史的事件 の ような天災,戦争やテロ とい うような人間の惹 き起 こす災 害を考 えると, リス ク ・危機管理学 はその予防,解決のために実用学問 とし てどれ程の役割 を果たせ るのか疑問 をもたざるをえない。
本稿 は, この ような時代 の危機感 に立 って,現在 の リス ク ・危機管理論 の 問題点 を論 じ,具体的 リス ク対策 についての若干の私案 を提示 しようとす る ものである。その内容 は誤 りが多 く大胆 に過 ぎる とい う批判があるか もしれ ないが,敢 えて リス ク管理研究の方法 についての問題提起 を試みた。
第 1章及び第2章 は リス ク ・危機 の概念 とリス クマネジメ ン ト ・危機管理 の概念 と手法 について現在 の通説的見解 を述べ た ものである。従来 リス クの 分類 については,保険学か らの実践的分類が一般的であったが,近時の よう に企業活動が新 しい形態で世界的に拡大す るグローバ リズム経済の もとでは ビジネス リスクが大 きなウエイ トを占めて きてお り,研究の中心 とな りつつ ある。そこで本稿 で も,第3章で企業の経営管理か らの実践的観点で経営 リ スクの分類方法 を考察 した。
第4章 は リスクマネジメ ン ト ・危機管理論 の問題点の指摘,第5章 はそれ への私の提言である。読者 にはまず この第4章 と第5章 を読 んで もらう方が リスク管理論 の本質 を把握す るのに都合が よいか もしれない。その上で第 1 章か ら第3章 に目を通 していただければ リス クマネジメン ト,危機管理論 の 現状が理解 され よう。
(付記)
本稿 は私の神奈川大学経営学部の退任記念 として書いた ものである。私 は 教授就任 よ り
3 0
年以上 も前か らいわゆる渉外弁護士 あるいは国際弁護士 とい われる弁護士 として主 に企業法務,国際商事法務 に携 わって きた。その業務 は将 に国内的,国際的に企業が活動す るときに遭遇す るビジネス リス ク問題 の処理である。企業法務 には①紛争 ・裁判型 と②予 防法務型 と③経営戦略法 務型 とがある とされるが,従来 は前二者が中心で,私 も,契約 を作成 し交渉リスクマネジメ ン ト危機管理序説 43
す る業務が多かったので常 にリスク予防を考 えて きた。従 ってはか らず も平 成13年度 に経営学部国際経営研究所の 「共同研究プロジェク ト」 として 「ビ ジネス リスク共同研究会」チームが発足 して リスクマネジメン ト・危機管理 の研究 をすることにな り,私 もメンバー として目下研究中であるが,それは ある意味での私の弁護士 としての生涯研究テーマ と重な り合 うことになった わけで,奇縁である。本稿で提言 として述べているところは,多分 に弁護士 としての長い実務経験か ら体得 した, リスク問題への法律的,経営的,人生 観的見解である。特 に 「リスクセ ンス を養 うこと, リーガルセ ンス (リーガ ルマイン ド) を養 うが如 く」 とい う,あま り類書 に見 られない提言 などはそ れである (第5章4項)。 なお,本 テーマの研究は上記共同研究期 間が2年 間を予定 しているので,完了時 にメンバー各 自の研究テーマの成果 を併せて 発表 したい と思 っている。
第1章 リスク ・危機の概念
1 はじめに
リスクは日常最 もよく使 われる言葉の一つで,危険 とか損失の可能性 とい う風 に漠然 と理解 されている。 しか し英語の リスクと日本語の危険は同 じ概 念 なのか とい うと暖味である。危機 とい う言葉は 「危 ない とき」や 「危険な 状態」 を指す と理解 されている。危機 は英語のクライシス (crisis)にあた る概念 として使 われることが多い。 クライシスマネジメン トは危機管理 と訳 される。 リスクマネジメン トをそのまま日本語 に訳す と危険管理 とな りそ う であるが,その言い方は一般的でな くリスク管理 とか リスクマネジメン トと 用いるのが一般的である。本章ではリスクと危機の概念 を検討 し,次章で リ スクマネジメン トと危機管理の概念 を検討する。
2 リスクの概念 (1) リスクの定義
リスクは普通 は危険の意味であるが,危険 とは 「あぶない こと」 と言われ るように損失 その ものではな く,損失や損害 を生ず る可能性 をい う。事件 , 出来事,状態 によって結果 として人命,健康 ,財産,信用 などに損失が生ず ることをリス クともい う。 しか し一般的に認め られている用法 は 「損失の発 生する可能性や確率」 を指 している。
英語の辞書で も,一般 にadangerの意味 とachanceofharm orlossの意 味 をあげている。
2,3,4)
従 って,色 々な定義が試み られているが , リス クは 「損失の可能性」 と 簡明に理解 して よさそ うである。
(2) リスクの従来分類
リスクの概念 をよ りよ く理解す るには, リス クは どの ような事象 を含 むの か とい う点 を明 らかにす るのが よい。それには リス クの従来の分類 を見 るの が便宜的である。 リスクは,沿革的に保険業 と保険学 に関連 して分類 されて
きたのでそれを基本 とす る分類 となる。
静熊的 リスクと動熊的 リス ク
一般的には リス クを静態的なピュア ・リスクと動態的な投機的 リス クに大 別する。前者 は,地震 ,火災,洪水 とい う自然現象 と戦争,爆発 ,盗難 とい うような人為的,社会的な現象であ り,損失 をもた らすのみで何 ら利益 をも たらす ことはない。で きれば避 けたい し,万一生 じた として も損失 を最小 に したい と思 うリス クである。後者 は, ビジネスに関連 しての リス クで ビジネ ス リス クと言 われる ものに大体相応 してい るが,新規事業へ の進 出,投機 , 海外投資や海外進出 とい うような失敗 と利潤 の両方の可能性のあるものであ る。「リスクな き所 に利益 な し」 とい う場合の リス クである。
リス クマ ネジメン ト危機管理序説 45
ピュア ・リスクについては,保 険業の発達 につれ リス ク ・コン トロールの 方法が研究 され確立 しているが, ビジネス リスクについては欧米で も余 りリ ス クマネジメ ン トにおいて論 じられていなかった。
我国では,保険の分野で ピュア ・リスクの コン トロール方法が研究 されて 来たが, もともと日本 は リスクの少 ない安全 な国であるため実務面での発展 は遅れていた。戦後我国の企業が海外進出をす ることが多 くなるにつれ,カ ン トリー リス ク,人命 の安全や為替 リスクなどの ビジネス リス クの研究や保 険制度が進 んで きた。 リス クは個人 にも企業 に も国家等 の団体 にもあ りうる が,特 に企業の事業活動 に関 して生ずる リスクをビジネス リス ク,経営 リス ク又 は企業 リスクと呼 んでいる。
次 に静態的 ピュア ・リス クと動態的 ビジネス リス クの分類 を示す。
(∋静態的 リス ク (損失のみ発生)
人身 :死亡,傷害,失掠, レイプ,名誉鉄損 財産 :地震,火災,国有化,詐欺,不渡事故
責任 :製造物責任 ,所有者責任 ,取締役責任 ,保証 に基づ く補償責任 , 国内訴訟,外 国訴訟 (国際紛争)
(参動態的 リス ク (ビジネス リス ク :損失 または利益 の発生) 製造 リス ク
マーケテ イングリスク 為替金融 リス ク 株式投資 リス ク 海外進 出 リス ク 新規事業 リス ク
損失の生ず る対象 による リスク分類
ビジネス リス クを損失の生ず る対象か ら分類す ることもで きるが,下記の 4種類が一般的である。
① ヒ ト:死亡,傷害,誘拐,テロ,暴行
②モノ :天災,爆発,窃盗等の犯罪,国有化
③金 :為替変動,投機行為,法的賠償責任
④環境 :石油流出,放射能漏れ,工場爆発,有毒 ガス,酸性雨
且旦之マネジメン トの見地 によるリスク分類
ビジネス リスクについてはリスクマネジメン ト・危機管理の視点か ら分類 するのが実践上有益である。第3章で詳 しく論ずる。
(3) リスクの類似の概念 :ベ リル とハザー ドとリスク 盛盤 の言墓
リスクの概念 は日本語では一応危険 と訳 されるが,英語では リスクとベ リ ルとハザー ドの
3
種の類似概念がある。 この3
語 は日本語ではいずれ も危険 と訳 されているがニュアンスの差 は 日本語か らはよくわか らない。 この概念 は特に保険の分野で研究 され使用 されて きた ものであるが,
「危険」の性質 を深 く検討す るの には有用 な概念 である。次 に細 か くその違 いを見 てみ よう。
ベ リル (Peru)
ベ リル (peril)はリスクと似 ているが, リスクが事故,損害の発生の可能 性に力点 を置 くのに対 し,ベ リルは,損害発生の原 因 となる出来事,現象で, それも直接の原因 となるものを言い,危機 (発生の可能性)が現実化 した出 来事,事件,事故 を指す。 (誠 にこの世の中や生活環境 はベ リルで一杯であ る, とい う。)従 ってベ リルは事故の発生する対象 によ り大 きく3分類で き る。① 人に関わる もの (死亡,病気,誘拐, レイプな ど),② 資産 (モノ) に関わるもの (地震,火災,盗難,衝突など)及び③責任 (カネ) に関わる もの (賠償責任,訴訟 など)。
リスクマネジメン ト危機管理序説 47
ハザー ド
( ha z a r d l
ハザー ドはリスクと似 た意味であるが危険その ものでな く危険の原因 とい うべ きものである。 これはアラビアのダイス ・ゲームの
" a z ‑ z a hr "
危険の 源 とい う意味か らくると言われる。危険の源 とは,英語のd a n g e r
の意味 と ある点で同 じく,損失発生 に極めて近い状態,出来事である。 リスクr i s k
も この意味で使 われるが,損失 にやや遠い原 因を意味 し,d a n ge r
の方は もっ と遠い原因を意味する。 リスクは,損失原因が違い とい うところか ら,発生 するか どうかわか らない というニュアンスが強 く,そこで リスクは損失発生 の可能性 とか不確実性 とい う語義が強 くなる。いずれにせ よもともとリスク はイタリア語のハザー ドを意味す る" r i s i c o "
か らきた もの らしいか らリス クとハザー ドとは微妙 な意味の差 とい うことになる。ハザー ド
( ha z a r d)
は危険の原因であるが,ベ リルか らの損害の可能性 を 誘因する,又は損害 を増大 させ る出来事や事象 をい う。衝突 を起 こし易い凍 った道路,運転中の眠気,火 を扱 う場所の近 くでの喫煙所,箱型ブランコで 底部 と地面の間隔が狭い構造の もの,工場の一角 にある石油 ドラム缶,高波 の中での船の出航計画などがその例である。ハザー ドは一つ または複合 して ベ リル,事故 を惹 き起 こす。ハザー ドがあればベ リルの生ず る可能性が高い ので, リスクコン トロールの研究 にはこのハザー ドの研究が重要である。5)
ハザー ドは出来事,事象の性質により従来3分類 の分け方 をしている。
(∋物理的ハザー ド
例 として乾燥 した森林 (火災 に対 し),氷山 (海上輸送 に対 し)。
(∋道徳的 (モーラル)ハザー ド
例 として損害 に無関心のため自損 をす るか損害防止 に努めないこと。
③精神的 (メンタル)ハザー ド
人間の精神状態が否定的あるいは消極的なこと。憤怒,恐怖,焦燥 な どが不注意,過失 につなが り事故 を招 きやすい。
次 にビジネス活動上問題 となるハザー ドを船津忠正氏の著書 より引用 して
6) 掲げる
(経営 内部) 1(製造上) 品質管理,不 良
製 品開発力欠如
2
(販売上)在庫状況悪化 市場 ニーズ予測失敗 価格競争力欠如 3(財務上)財 テ ク失敗信用力低下 金利負担増加 4(労務上)勤労意欲低下 安全管理欠如 衛生管理不 良 5(全般) ワ ンマ ン経営
経営 陣内紛 役員従業員の不正
(経営外 部) 原料事情悪化 公害
売上不振 売掛 回収難
ク レーム 不 良債権増加 資金操作失敗 高利 金融 労働 運動活発 有能技術者退社 人材 難
他社倒 産 の余波 政治 ・経済情勢悪化 カ ン トリー リス ク
3 危横 の概念
危機 とは どうい う概念 であ るか,必 ず しも明確 で ない。 「危機」 の定義 も 色 々な され てい るが , リス ク と同 じような意味 で用 い られ る とき もあ る し,
リス ク とは異 なったニ ュア ンスで用 い られ る こ ともあ る。危機 の定義 も論者
7) 8)
によって色 々な されてお り, 中にはわか りに くい定義 もあ る。
4 リス ク と危機 の違 い
本稿 で は次 の ように リス ク と危機 を理解 しよ うと思 う。天災 も人災 もすべ て含 めて災害 ,事故 を惹 き起 こす可能性 を リス ク (危 険) といい,その リス クの中で災害 の規模 の大 きい もの を危機 とい う。 この両者 を区別す る基準 は リス クマ ネジメ ン ト危機管理序説 49
災害の規模やその及ぼす影響の大 きさである。 この大 きさは,物理的にまた は数量的にのみ計算 した大 きさでな く,災害 を受ける企業 にとって経営存続 にかかわるような,組織全体 に及ぶ ような重大な もの と企業が認識 し受け止 める規模の大 きさである。従 って規模の大 きさは相対的なものであ り,同 じ 数量的な災害で も大企業 と中小企業では打撃の程度が異 なるので,危機 と受 け止めるか通常の リスクと受け止めるかは企業 により異 なる。天災で も地震 や洪水 の影響 は各企業や各地域 に対 し色 々な程度があ り,災害 を受けた企業 や町村が危機 と受け止めるか,或いは国が危機 と受け止めて対策 に乗 り出す か色々な場合があ りうるのである。
このような危機 とい う用語の使 われ方は米国の政府が
2 0 0 1
年の同時多発テ ロやフロリダでのハ リケー ンや大洪水 に対 して とる危機管理の態度 に相応 し ている。 しか し我国のマスメディアが頻繁 に企業の危機管理の不十分 さを追 求す る論調の場合 とはい ささか違 うようである。我国のマスメディアは,危 機の概念 を影響力の もっと小 さい規模の災難の場合 にも用いて,危機 とい う 程でない場合で も大げさに危機管理 という言い方 をした りする。しか し,企業への リスクの脅威 を強調す るのがマスメディアの狙いで もあ るか らそれ も用 い方の一方法であるか もしれない。従 って,現状で リスクと 危機の区別の仕方は,ある場合 は私の上述の定義の理解 により,ある場合 は 両者 をほとん ど区別せず多少脅威 を強調 したい ときリスクといわず危機 と呼 んでいると理解 してよいようである。
第
2
章 リスクマネジメン ト ・危横 管理1 リスクマネジメン ト・危機管理の定義
最近 リスクとか危機 (クライシス) とか,或いはニューヨークの世界貿易 セ ンター ビル破壊 とい うテロ事件 についての例のように危機管理 とい うこと が よく言われる。 この危機管理 (英語では
c r i s i sma na g e me n t
クライシスマネジメン ト) とい う語 も余 り意味がはっきりしない。 リス ク管理 とい う語 と 同義なのか別義 なのか も明確 でない し,学者や コンサル タン ト,マスメデ イ
9)
ァが適宜 自由に使 ってい るようである。我 国で も日本工業規格 (JIS)では 両者 を同 じ意味 に とらえて リス ク管理 とい う用語 を用 いるように した とい う が,マスメデ ィアは必ず しもその ように使 っていない。
マスメデ ィアでは大 きな社会的事件が起 きるたびに危機管理 とい う語 を多 用 している。危機管理 を要請 されている主体 は国家 ・地方 自治体であ り,企 業である。米国が上記世界貿易セ ンター ビル破壊事件 をビンラデ イン主体 の テロと断定 してアフガニス タンに対 し戦争 を しか ナたが, このテロの問題 を 米国政府 は国家の危機 ととらえて危機管理 と呼びマスメデ ィア もその語 を使 っている。
企業の危機管理 を論 じている書物の中でアイア ン ・ミ トロフは, 自然災害 以外の人災,つ ま り人間によって もた らされる危機 を取 り扱 うのが クライシ
10)
ス ・マネジメン トだ と言 っている。 リスクとの相違 については,危機 は組織 全体 に影響す るか,その可能性 のある出来事 と理解 している。そ していかに も米国流の実践家 らしく,余 り概念 の詮索 をせず,具体的な危機管理の手法 を提示 している。
リス クは古 来か ら存在 したが高度技術社会 にな って ます ます増加 して き た。天災地変の ような昔か らの 自然現象 に加 えて,技術革新 の産業社会が生 み出す予期せ ざる事故,災害,環境破壊,生態系‑の悪影響,人の命 ・健康 への影響 な ど技術 ・環境 リス クが無数 に生 まれて きた。更 に,犯罪行為,チ ロ,戦争 とい うような社会的 リスクも増大 している。 この ような リス クに対 するリスクマネジメ ン トが必要 となっているのである。
リス クマネジメン トとは リス ク問題 に対応す る意思決定 と行動 に関す る管 理方法のことである。 この意思決定 と行動 の主体 は,企業であ り,国家や 自 治体であ り,市民 グループであ り,個人であることもあるが,すべて リス ク 問題 に何 らかの関係 を もつ利害関係者 (ステー クホール ダーstakeholder)
リスクマネジメン ト危機管理序説 51
である。
リスクマネジメン トにおける意思決定 と行動の 目的は,損失 を発生 させな い ように し, また リスクが発生 した場合 にはそれ を最小化す ることにある。
損失 を発生 させ ない ようにするにはリスクの内容 を知 り,損失発生の予防対 策 をとることである。 これが狭義の リスクコン トロール と言われるものであ る。
2 リスクマネジメン トの具体的ステ ップ
リスクの利害関係者が リスクへの対策のための意思決定 をする場合のプロ セス を見てみ よう。
意思決定 にあたっては決定 に必要な情報 を獲得 し重要 さを評価 し,対策案 をたてるという手順 をとる。即 ち,
(1) リスクの性質,内容 を明 らかにすること, リスクを洗い出す こと。
(2
) リスクの程度,大 きさを評価すること。(3) リスクの発生の頻度,発生の確率 を調査す ること。
(4)上記 (1)か ら (3)が リス クアセスメ ン トと言われる もので,そ れによ りリスクへの対策 をたてる判断データ情報が入手で きる。そ の情報 をもとにリスクへの対策 をね り,対策案 についての意思決定 を行 うこと。選択肢がある ときは どれにするか優先順位 をつけるこ と。
(5)次 は意思決定 した対策 を実施す ること,行動 をとること, これ と上 記 (4)の対策決定 とを狭義の リスクコン トロールとい う。
一応の リスクマネジメン トはこの実施 ・行動 とい う段階で当面 はリスク対 策 とい う目的は果た したことになるが, リスクマネジメン トは経営管理論 の 応用 とい う側面 をもつので,plan,do,see, とい う教科書的経営管理ステ
ップに依拠 して,更 に次の
2
段階の手順 をとる。(6)対策の結果 を収集,検討 し,将来 に備 えて情報 を蓄積 してお くこと。
(7)次 にリスクが顕在化 し,発生 したベ リルへの対策が とられた場合 の 情報,経験 を蓄積 し,将来 に備 えること。その対策の結果 をそれ以 降 も継続的に検証 し,そのデータを蓄積 し,将来の リス ク発生 に備 えてお くこと。
3 リスクアセスメン ト
リスクマネジメン トの出発点はまず リスクを知 ることである。 リスクを知 るとはリスクの事象,ベ リルを見つけることである。例 えば,天災であれば 毎年襲来する台風,不時の地震, タンカーの沈没 によるオイル流出,工場爆 発による有毒 ガス発生, 自動車事故 による死亡傷害,海外現地会社の工場長 の誘拐,食品への毒入れの脅迫,不良品への
P L
クレームなど,それぞれの 企業や団体等 は自分 に関係す る リス ク事象 を探 し出す (ベ リルの性質 ・内 容)。次 にこの リス クはどの ような頻度,確率で発生す るか を見 る (確率)0リスク事象の結果, もた らす損失の大 きさを見 る (損失)。 どの リスク事象 に対 しどのような対策 をとるか とい う判断や対策 に複数の選択肢があるとき どれにするか とい う優先度 は (発生確率 ×損失の大 きさ) を基準 に して判定 するのが通常である (リスクアセスメン ト)0
リスクアセスメン トをするとき考慮 されるべ き要因は単純ではない。科学 的,客観的に評価で きる性質の リスクと文化的,倫理的な要因を考慮 しなけ ればならない もの とがある。そ して多 くはこの技術 と倫理の両方,科学 と文 化の両方の面か ら判断を必要 とす るものである。優生学的医療や遺伝子組み 換え植物 を用いた食品の リスクの評価 にあたっては,一つは科学的側面であ るが人体への実験不可能な未知の影響 をどう評価するか とい う文化的倫理的 側面をもっている。
リスクアセスメン トはその国の文化的倫理的水準 を反映するものであるか ら,科学的見解やデータを優越 させ ることがあってはならないだろう。 また 国際化時代で技術 も文化 もグローバル化 している時代では一国のみの水準 を
リスクマネジメン ト危機管理序説 53
もとに して評価 を行 うことも問題があることを認識 しておかなければならな い。イスラム国であるイン ドネシアで味の素製品の中に宗教上食品にするこ とを禁止 している豚 肉が含 まれているか どうかが大問題 となったように,考 慮すべ きもの として,文化的要素の中に宗教的要素 も含 まれているとい うこ
とである。
4 リスクコン トロール
リスクの評価 によりどの ような対策 をとるかの判断情報が入手で きたとこ ろで,事故 を予防 し,発生 した場合で も損害 を最小限にするような計画,辛 段 をたてる。 このプロセスをリスクコン トロール とい う。その予防方法 とし ては, リスクの損害予測額の大 きさと緊急性 という二要素 を比較較量 して判 断するが, リスク回避,損失の軽減,分離,結合,移転, リスクフアイナ ン シングなどの方法がある。 これ らの対策は各論の中核 であ り,保険の分野の 中心的テーマである。
5
ゼロリスクー安全宣言の問題安全 とはリスクとの関係 ではどうい う意味だろうか。
我国では 「水 と安全 はただ」 だとい う意識が強 くその結果危機 ・リスク管 理が遅れている, とい う風 に言われる。 リスク,安全 には明確 な定義はな く 用い方 も混乱 している。 しか し,次の ような理解 をす ることは一般的であろ
う。安全 とはあぶな くないこと,危険のないこと,傷ついた り,壊れた りし ない こと,安心 してい られる とい う心理状態の意味であ り,英語のsafety はsafeな状態であ りsafeとはfreefromharmordanger;notinjuredの意味 だか ら,一言で言 えばdanger(危険)でないことを言 う。
危険はこの ような安全の反対概念であるか ら,あぶないこと,安全の損 な われた状態や原因を言 う。幼児 にとって水深のある川,落石のおそれの高い 自動車道,強盗の出そ うな夜道 は危険である。英語ではdangerとかperi1
̲=■コ と吉 つo
さて我国ではリスクと安全 をはっきりと違 った状態 として考 える風潮が強 く,少 しで もリスクがあるとい う噂で もあると大騒 ぎになる。最近の狂牛柄 騒動がこのよい例である。そ して 「牛肉を食べて も安全か どうか」 とい う議 論をする。その結果政府 は 「安全宣言」 をしなければならない状態になって しまう。 このような安全性への反応の仕方,対応の仕方 に問題 はないのだろ うか。
安全でない ものは危険なのか,二者 は択一的なのか,それを考 えてみたい。
もともと日本人は白か黒か とい う決着 をつけることを好み明確 に区別 したが る心的傾向をもっているようであるが,それが この安全問題 に対 して も表れ ているのではないか。善か悪かをはっきり区別 したがる くせがあ り,時代物 小説やテ レビ番組で も正邪の きっち り分かるものが受けている。
しか しリスク論か ら見 ると
,1 0 0
パ ーセ ン ト安全 とかゼ ロリス クとい うこ とは普通あ り得 ないのであるか ら, この両者の中間帯 (グレーゾーン) にあ るリスクを受容する必要がある。それには もっと科学的に リスクの実態 を解 明 し,科学的情報 を得て リスクの程度 を冷静 に評価すべ きである。それをし ないで,便宜的な安全宣言 をして もそれは欺臓的な宣言であ り, リスク問題 を合理的に国民の納得 しうる形で解決 したことにはならないのである。安全 の程度は様 々であ り,その反面の危険の程度 もリスクも様 々であることをよく認識 して, リスクアセスメン トを行い,それに基づいて対策 をたてること が望まれる。 このアセスメン トを可能にする前提 として情報公開が もっと徹 底 してなされる必要がある。狂牛病問題 を見れば,正確 な情報 を国民 に開示 しないためいたず らに不安の念が国民に増大 したのである。 まして情報 をか くした り偽造情報 を流 した りするとい うようなことは言語道断な行為でこれ を厳 しく糾弾する雰囲気が作 られるべ きである。
このような姿勢 こそ リスクセ ンス とい うものであ り,それを養 う努力, リ スク問題の取 り組み方の研究 と啓蒙が望 まれているのである。
リス クマネジメ ン ト危機管理序説 55
11)
ゼロリスクは通常あ りえない状態である。食品について もよほど完壁 な製 造行程で製造 されない限 り絶対安全 とい うことはない
。1 9 5 6
年米国の食品衛 生に関する法律 のDe l a n yCl a u s e
デラニー条項 とい う条文では食品中に発癌 物質の無残留要求 を定めた。 しか しこれは実現不可能な目標要求であること がわか り,1 9 9 6
年 に改正 された。 自然食物 は無害で,合成化学物質だけが有 害 と思 うのは誤 りである とい う例 として,カ リフォルニア大学バ ーク レイ 校 ・生化学 ・分子生物学教室のブルース ・エイム教授 の説 をここで紹介す12)
る。その説 によると,セロリに含 まれるソラー レンの有毒性 は強力で,収穫 する労働者 に職業病 を起 こすほどになるという。
数年前 にバ リ島に旅行 した日本人が コレラに雁患 して帰国後 に大騒 ぎにな った事件がある。原因を色 々調査するうちに, どうも現地の人達や外国か ら の旅行者は免疫力が強いためか発病 しなかったのに対 し, 日本人は多分免疫 力が弱いため発病 したのであろうとい う説が有力 になった。そ して今の 日本 人は潔癖す ぎてお り, 自然 に生 じて くるような汚れ,臭いに対 してす ら極端 にそれを嫌い過剰 な対策 をとっていることが,次第に日本人の自然治癒力 を 弱めているのではないか という指摘がなされている。 これなどもゼロリスク をめ ざす誤 った考 え方 と共通 していると思われる。 もともと人間は地球に住 む‑生物であることを思 えば,ゼロリスクでな くリスクとの共存 を計 ること が大切で,それにより自ず と免疫力 も強めることがで きるのである。
第
3
章 リスクマネジメン ト・危機管理の視点 からの リスク分類1 リスク分類の意図
ビジネスリスクは多種多様であ り,その分類 も簡単 にで きるものではない。
その証拠 に多 くの ビジネス リスクに関する既刊書 を見て も,事故や事件の単 なる羅列であった り,余 り論理的 とはいえない分類 だった りして,今一つ リ スク全体像 を掴 むのに役立たない ものが多い。 しか も, リスクは社会の動 き
につれ新 しく生 まれて きてお り,その形態 もこれ までの リス クの複合的な も のや全 くの新種である。そ こで リス クを洩れな く体系的に分類す ることはで きないのだろうか色 々な分類方法 を試みてみた。その結果で きるだけ洩れな く分類す るためにまず リスクコン トロールの しやすい機能的な角度か ら大 ま かな枠組み を作 り,その枠 の中にどの ような新,旧 リス クも包含 されるよう にするのが よい と思 う。 では具体 的 にその枠 組み は どの ような ものが よい か。
そ もそ もリス クマネジメン ト,危機管理 とい うことが論議 されるのはほ と んどリス ク ・危機へ の コン トロールの仕方 ・対処方法の必要性 か らである。
対処方法の研究はこの ような実践的 目的に基づいているのである。その対象 となるリス クの種類,内容 を特定 し,その一つ一つ について具体的な リスク 管理 を研究する。いわば各論 的研究である。その各論研究 は リス クの種類 に 応 じてなされるのが理想 だがそれは無数であ り, リスクを網羅す ることは不 可能である し,又その必要性 もない。種類,性格 ,態様 の類似 した リス クに ついては一つのカテゴリーに入れてその対策の共通点 を見つけ出 してグルー プごとにリス ク管理の研究 をすれば実践的見地か ら大体 目的に適 うのではな いか と思われる。そこで, リス クのカテゴリー化 にあたっては同一の管理 シ ステムでカバ ー可能 なリスクを拾い出 してグループにまとめれば よい0
この見地 に立つ と,同一 または類似 の管理 システムの対象 となる リス ク, 危機は,大 きく分 けて2種類 となる。第‑は企業活動 (ビジネス) とは無関 係に発生す る リス クであ り,第二 は企業活動 (ビジネス) と直接又 は間接 に 関係 して発生す るリスクである。
2 ビジネスと無関係 の リスク
ビジネス と無関係 に発生す る リス クは,外部,第三者か らの攻撃や天災地 変で,企業 としては全 く損失のみ を受ける危険のあるものである。 これは
2
種に分 け られる。リスクマネジメン ト危桟管理序説 57
(∋天災 ・環境汚染‑地震,火災,洪水,台風 ,暁火O (保険の分野で純粋 リスク (purerisk)と言われるものである。)環境汚染,公害 などの健 康への悪影響,資源問題 な どの環境 リスク もここに入 る。 (企業活動 に
より環境 リスクを惹 き起 こしている場合 は製造 リスクで もある。)
②人為的又 は反社会的な災難事故 ・・・サ リン撒布
,01 5 7
,東海村 の放 射能事故,Y2 K
問題 ,テロ,人質誘拐 による脅迫,食品等の製品への 毒注入,いたず ら (他人の悪意 または重過失 に基づ き惹 き起 こされる災 害)この ビジネスに無関係 のグループについては,企業はその発生 について何 らの責任 も関係 もない ものであ り,発生の防 ぎようもない ものである。そ し てこの災害は通常一企業のみを襲 うのでな く,多数の企業や地域全体 を襲 う のである。従 って対処方法は一企業のみ とい うより共通 した方法があ り得 る。
保険の分野での研究や対処方法が進んでいる。① の分野の リスクが特 にそ う である。② の人為的 ・反社会的災難は最近になって種類 も多様 にな り, また 発生態様 も千差万別である。この災害の対策は困難な ものが多 く,企業 にと って も死活の大問題 となることがあ り,地方 自治体,国家 として も本格的に 取 り組 まなければならない問題が多い
一般的に危機 (クライシス) と言われる場合の リスクはこのカテゴリーの ものに多 く,その危機管理の必要性が叫ばれるものである。ニュー ヨークの 世界貿易セ ンタービル破壊のテロが最近の適例である。
3 ビジネスと関係 あるリスク
ビジネス と何 らかの関係 のあるリスクは,企業 としてその事故,出来事の 発生 に関わ り,また責任があるものである。それは企業活動か ら生ずるもの であるか ら,企業活動の多様 さ,範囲の広 さによりリスクも多種多様である。
余 りにも多種多様であ り, しか も新 しい型の リスクも生 まれて くるので, リ スクの全体 を簡単 に把握するのは困難である。そこで, この リスクを企業が
リスク ・コン トロール し管理する見地か らみてカテゴリー化 してみる。その 同一カテゴリーの中の リスクか ら生ずる事故 ・出来事 は同 じか類似 した管理 手法を適用で きるように分類するのである。
ビジネスに直接又 は間接 に関係 しそれに起因す るリスク ・危機 は次の よう に大 きく6分類で きる。
①製造
②販売 ・営業
③財務 ・金融
④人事 ・労務
⑤役員
⑥経営
以下に各項 目についてそれぞれ生ずるリスクを説明 しよう。
①製造‑他人の工業所有権の侵害,工場 ・設備の爆発,油流出 ・臭気発生 等環境破壊,操業停止,原料供給ルー トの停止
②販売 ・営業・‑欠陥商品の販売 による
P L
問題,有毒成分混入の食品販売, 市場不況 ・崩壊,販売 ・営業活動継続の不可能,中止,代金 回収の不可 能,取引先の倒産③財務 ・金融・・・融資ス トップ,資金 シ ョー ト,公共工事の履行保証枠拡大, 担保価値の下落,為替相場の変動,従業員の無断投機取引,収益の低下
④人事 ・労務‑労働問題,ス トライキ, リス トラ,人事整理の問題,職場 秩序の問題 (無断欠勤の増加等),従業員の退職増,募集の困難,外 国 人労働者問題,男女差別,セクシュアル ・ハ ラスメン ト,中堅 ・上級幹 部の対立,スタッフ造反,従業員の不正行為 (横領背任),事故増加
⑤役員‑社長,取締役 の経営責任 (代表訴訟),役員間の対立,抗争
⑥経営・‑法務,行政,情報等経営全体の問題で上記分類 に含 まれない もの。
例 えば, コンプライアンス違反 による責任,政府 による業務許可取 り消 し等,新規事業開始の失敗,海外事業進出の失敗,M&Aをしかけられ
リスクマネジメ ン ト危機管理序説 59
ての紛争,投資の失敗,情報セキュリティや情報化への対応の遅れ,産 業スパ イ事件 ,秘密漏洩事件 ,データ流出,知的財産権 に関する紛争, 米国等での訴訟
4
上記分類 と管理対応部署上記 リスク ・危機の分類 は,その対策 をとるときの企業の管理体制 と結 び ついている。即 ち,下記のように関係部課,役職者がそれぞれ対応するので, 常時その担当部課が中心 となって リスクの防止, コン トロールにあたるよう
にする。そ して必要に応 じ上級指揮監督者 ・機構 を設置することにより,対 応機構 を大 きくも小 さ くも増減で きる。又災害 ・事故 は一部課のみに限 られ ることはむ しろ稀であるか ら,随時合同 し協議の体制 をとることが必要であ るが,その場合 も最 も深 く関わる部課 を中核 に指揮系統 を確立することが容 易 にで きる。
上記 リスクと一般的な対応部課 を以下に対記 してみ よう。
リスク名
① 製造 (∋販売 ・営業
③財務 ・金融 (彰人事 ・労務
①役員 (む経営
部課名 (カッコ内は共同又は参加すべ き部) 製造 (法務)
営業 (法務 ・財務 ・広報) 財務 (法務 ・広報)
人事 ・労務 (法務 ・財務 ・広報) 総務 (法務 ・広報)
総務 (法務,財務 ・広報)
5
法務部の企業全体 における重要性上記 を見て気づ く特色 は,すべての活動分野 に法務部が関与することであ る。その理由は各部のかかえる問題や リスクがほとん ど法律 や契約 に直接, 間接 にかかわってお り,法規の遵守 (コンプライアンス)や契約違反の有無 をチェックする必要があるか らである。
では法律や契約状態のチェックはいつ行 うべ きか。
これは理想的には常時行 うべ きものである。それは法律 の変化 は最近特 に 激 しく, しか も重要 な法制度や規制が新 しく生 まれて きているか らである。
二十世紀後半は法律のシュ トルム ・ウン ト ドランクの時代 といってよかっ たし,法律万能主義の米国主導の下で政治,経済のグローバル化が急激 に進 む中,この傾向は将来 ます ます強 まるであろう。従 って問題が起 きてか らで は遅す ぎるとい うことになる。その段階ではリスクは既 に損失 となって現実 化 し,企業 に危機的状況 をもた らすのである。そ うした事例 は枚挙 に暇がな い。 しか も,この場合の企業 に与 える損失や ダメージは金銭的にも信用面で も極めて大 きくなるのが最近の事例で明 らかである。 これを防 ぐ手段 を考 え 対策を講ずることが必要なのであるがそれには法律家 または法務部が十分 に 各部門の活動 を知 らされ,それに対 し意見 を述べ,政策 を立案 し,それを具 体化 してゆ くことが大切 なのである。 これを戦略法務 と呼ぶが,企業 はこの 戦略法務 をビジネスに取 り入れることが必要で,米国は既 にこれ を実践 し, 法務部の意見 なき活動 はない といってよい状態である。我国 も司法改革 を行 いつつあるが, これはある意味で我国の社会構造 を米国型法律社会 に変えよ うという実験であ り,既 にその方向に乗 り出す ことに国民世論 は合意 したの である。企業はこの波 に乗 り遅れては生 き残れないだろう。
そこでマスメディア的言い方 をすれば,企業 にとってこの不透明な時代 に は法務の知識 と法律家の協力が不可欠なのである。不透明 とい うのは リスク 13) が多い とい うことであ り,この リスク対策 には法務部が必要なのである。
第4章 リスクマネジメン ト・危機管理方法論の問題
1 はじめに
(1)部分的対策論の問題
現在多 くの リスクマネジメン ト,危機管理 についての文献が出ている。そ
リス クマ ネジメ ン ト危機管理序説 61
の中には理論 的な研究書 も実践指導書 もある。社会的 に大事件が起 きる とそ れ らの書物 も沢山書かれ, コンサル タン トと言 われる人達 も沢山現れて色 々 意見 を述べ てい る。 コンサルタン トの書いた書物 はそれな りにそれぞれの分 野 ごとに役立つ ものではあるが, これ らを読 んで も今一つ リス クへの安心感 をもてない。 これで大丈夫か と言 われると, また別の リスクがあるのではな いか,それへ の対策 は不十分 なのではないか とい う不安感が残 るのであ る。
なま じそれ らの本 を読 んで リス クの恐 ろ しさを指摘 され, リスク対策 につい て無知 だったことを気づか されたため,かえって不安が増大するのである。
これは どうしたことであろうか。私 もかつて色 々な文献 を読 むにつけ正直 言 ってこれは大変 だ と思わ され, リスクノイローゼ とで もい うような症状 に な りかけた。一般的に文献 を読 んで研究す るとい うのでな く,現実の問題処 理 とい う立場 は もっと深刻である。私の ような弁護士 として企業の法務顧 問 をや っている立場の者 は,直接企業の責任者ではないか ら,少 しは責任が軽 いのではないか と思われるか もしれないがそ うで もない。ある問題 について 実際 に相談 を受 けると日夜 その ことで頭が一杯 になる。会社 の経営者や管理 職の立場の人 はさぞか しと思 うのである。そ うい う人が参考書 を読 んで どれ 程救 われ心が癒 されるであろうか。恐 らく読めば読 む程却 って不安の念が増 大 して くるのではないだろうか。
その原 因を考察 してみるに,現在の リスク管理論 は リスクについての断片 的な,部分 的な対策 を論 じているのが多 く, リスク対策の全体像がつかめな いか らではないか とい うことに気付 いた。 もちろん全般的にリス クの種類 を あげ概説 している総論 的な文献 もあるが,それはそれで広 く浅 くリスクの種 類 と恐 ろ しさを教 えて くれるだけの ものが多い。それ らの中で指摘 されてい るリスクや対策論 で対策 は大丈夫 なのだろ うか とい う不安がやは り読後 に残 るのである。ある海外進出企業の リスク管理 についてのセ ミナーの講師の解 説では, この リスク対策 は一部の,序の口的な話 にす ぎず, この何倍 も時間 をかけて講演やセ ミナーをや らなければ意 を尽 くせず,それで も多分不十分
で,実際は現地に行 って実状 を知 らなければ十分でない とい う。 これでは出 席者は不安の念 をい よいよか き立て られ, どうした らよいのか とい うことに なるの も無理はない。
このように従来の断片的な知識 を積み重ね対策 を個 々に細か く論ずるリス ク研究方法論 には方法論上問題があるように思われる。
(2)ゼロリスク指向の問題
そこで リスク対策の可能性,限界 を知 り,その上で対策論 をたてる必要が あると思 う。言い換 えれば リスクの対策の全体像 を把握 し,その全体 と個別 の対策の関係 を知 る必要があるのである。では リスクとい う対象物は全体像 を把握 し,同定することはで きるのであろうか。私 は結論的にそれは不可能 だと思 う。危険,災難は無限の形態 と程度,規模 をもっているので神のみ し かわか らない。例 えて言 えば, リスクとい うのは病気である。そこで私 は, 対策可能なリスクと対策不可能か ノスク (これこそ本来の意味の リスク,つ
まり不確実なもの
unc e r t a i nt y
である) に二分 してそれを把握 し,その知的 理解に立 って不安感 をな くす とい う方法 をとるべ きことを提唱 したい。 これ は科学的分析方法 と思考方法の限界 を認識す ることである。医学で言 えば, 病気 を局所的に治療する極限の今のや り方は トータルな生身の人間の治療で あるということを忘れてお り,そのため病気 は治れ どかえって人間は救われ ない とい う結果 になっていることを認識 し反省す ることに似 ているのであ る。今や方法論的反省が必要なのではないか と考 える。近代医学は人体の病 気を治癒 し,克服するため努力 して きた。その結果病気の原因は相当解明 さ れたが常に新 しい病気 も生 まれてお り,人間は病気か ら逃れることはで きな いことを逆 に医学ははっきりと示 している。今の リスクマネジメン ト・危機 管理論 もこの轍 を踏みつつあると思 う。リスクマネジメ ン ト危機管理序説 63
2
リスクマネジメン ト・危機管理の限界 と心理的不安我々人間は昔は狐狸妖怪 を恐れ, また原始時代 より幾多の迷信 に悩 まされ て きた。今で も迷信 は周囲に沢山あ り,無意識 に行動の中で迷信 に左右 され ていることが多いのは,何人 も経験 していることであろう。 また科学文化が これ程進んだ合理的時代 といいなが ら依然宗教的対立か ら殺 し合いをするの が現代 の世の中である。人間はこの ようにあま り合理的行動 をす る動物では ない。
人類は古 くか ら殺傷 し財物 を破壊 し,人 を脅かす危険な事件,出来事 に囲 まれて生活 して きたので, どの ような危険があるのか, どんな種類や性質が あるのか常識的に理解で きた。ただ,科学技術の未発達のせいで危険の防止 や除去の手段が欠けていたので,その対策は技術上十分 にとれず,みすみす その災難 に泣か されて きたのである。洪水や台風,流行病などはどうしよう もな く,ただ神仏への加持祈祷, という対策 しか とりえなかった時代が長か ったのである。近代社会になって科学技術でこの災難 に対する対策は格段 に 進んだので,はるかに我々は安心で きるよい時代 に住 んでいるはずである。
ところが現実はこれまでの危険 とは異 なる新 しい危険が生 まれ,その危険に 悩 まされるに至 った。 この危険は公害,原子力,環境汚染など規模 も程度 も 巨大,複雑である。それに対 し立ち向か う最先端の科学技術で も防止不可能 な危険である。科学技術 は進歩すればする程それ 自体が危険 を生み出す とい う悪循環の構造 になっているか ら,危険の新 しい誕生 を防 ぎ得 ない し,その 解決 も常 に事後的な後追いの手段のため手遅れであ り,追いついて ももう新 しい リス クは生 まれ,或いは どう して も解決不可能 とい うリス クも存在す る。
我々はまず この事態 を深 く認識する必要がある。危険事象 (ベ リル)は常 に新 しく生 まれていること,その危険の規模 も程度 も益 々巨大 になって きて いること,従 って危険事象 (ベ リル)が発生するリスク (確率) も増大 して いること,そ してその解決,対策手段 は危険事象の後 を追いかけるものであ
るか ら完全 な対策 はあ りえない とい うことを知 らなければならない。
これをキ ャッチ フレーズ的に言 えば リス ク対策の三法則 とで も呼ぶ ことが できよう。
第 1. リス クは常 に新 しく生 まれて くる。 (新 リス クの発生) 第2.リスクは益 々巨大 になってゆ く。 (リス クの巨大化) 第
3.
リス ク対策 は常 に事後的である。 (リス ク対策の事後性) リスクの発生 と対策手段 について上述の法則 を十分理解す るな らば, リス ク管理論 をい くら研究 して も実践的に見 ると我 々の不安 は解消 しないのは当 然であるとい うことが理解 で きよう。我 々はこの新 しく生 まれて迫 りくる巨 大な危険発生への適確 な対処方法が見つけ られないための不安 にさいなまれ ているのである。この不安が二十世紀末 によ く言 われた世紀末の心的現象であるな ら,世紀 が変われば次 は希望の世紀が幕 開けす るか もしれない との淡い期待 ももて よ う。 しか し二十一世紀 にもこの希望 はないのである。科学技術 の進歩は止 ま らないので,益 々技術 は進歩 し,それに伴 って リス クは益 々多 く巨大 になる。
人を襲 う不安の もとは解消 しないのである。
不安 に追いかけ られる心理 は個人で も国家で も変 わる ものではない。2001 年9月11日イス ラム過激派のグループによるテロによって数千名の生命 と共 に米国のシンボル とも言 えるニュー ヨークの世界貿易 セ ンター ビル2棟 が完 全破壊 された とき,超大国の米国は引 き続 き起 こるか もしれないテロへの恐 怖か ら,アフガニス タンとい う国家 を敵 とした戦争 を しかけた。 この戦争 に ついては批判論 もあった ものの圧倒 的多数の米 国民 は支持 したが,それを見 ても不安の もた らす弊害の大 きさが分かるのである。
我々は不安か ら永久 に解放 されないのであろうか。 もしそ うとすればまこ とに不幸 な世代 に我 々は生 きていることになる。そ こで この リス ク‑の不安 についての対策 を考 えざるを得 ないのである。
リス クマ ネジメ ン ト危機管理序説 65
3 リスク不安の弊害 (1)三つの弊害
リスク不安 は我々にどの ような影響 を与 えるだろうか。私 は三つの悪影響 があると考 える。第一は過大な情緒反応 を起 こす,第二はコス ト無視の反応 とい う不合理的な動 きを招 く,第三は過大 な規制強化 とい う反応 を起 こす こ とである。
( 2
)過大な情緒反応前節で述べたようにリスクは常 に新 しい種類の危険が常 に生 じて くる可能 性 をもっていることである。我々の社会は必ず リスクを生ずるのである。そ れは可能性でな く必然であるが, どうい う種類の危険が生 じて くるかは不確 かであ り,可能性 なのである。
この点 を明確 に区別 して考えなければならない。 リス クはpossibilityであ りuncertaintyであるとい う定義 に惑わされてはならない。 リスク事象 (ベ リル)は必ず生ずる。ただ残念 なが ら我々はこの事象の種類 と規模 と程度 を 正確 には,或いはほとんど予知で きない。科学がい くら進んで も,仮 に宇宙 の彼方 まである程度解明で きるようになって も予知で きないだろう。なぜ な
らその進 んだ科学その ものが未知の危険 を必ず もた らすか らである。
さてその ように考 えたとき,我々はリスクをゼロリスクとした り,回避 し た り,制圧で きる と思 ってはな らない ことに気づ く。 リス クとの共存 しか 我々には選択の道はないのである。かつて米 ソ超大国が敵視 しつつ も共存す るより仕方がなかったように,地球のいやな仲間,現象ではあるが危険 と共 存するより仕方がないことを悟 るべ きなのである。
その ような思考態度 をとることにより,例 えば何人 も想像で きなかった今 回の米国のテロ事件の ような新型テロが どんな形で くるのか, どんな規模で くるのか全 く分か らないのに,闇雲 にただ不安 と焦燥か ら,す ぐ過大な危機 管理 に走 るような,余 り賢明 とはいえない行動 をとらな くなるのである。少
なくとも心理的にもっと冷静 になれるであろう.政府や議会の リーダーのみ でな く,マス コミとそれにつ られがちな一般大衆 もやは り造かに冷静な態度 をとるようになるだろう。大 きな危機が生ずると当事者 とマス コミ,周囲の 反応が相乗効果 をもって不必要に責任者 をせ きたて,揚句 は平常 なら考 えら れない ような非常識 な行動 に走 らせ ることになる。戦争が起 こるときの事情 を考えれば誰 しもこのことに納得がゆ く筈である。
そこで冷静 に事態 を客観視する心境 に立 って,現実に起 こっているベ リル, 危機に最善 を尽 くして対処するのである。その ときにマス コミや有識者 など
と言われる人がその対策が不十分だ とか手遅れだとかい う非難 を加 えること がある。それ も実はこの危機への管理技術 に対す る期待が大 き過 ぎるためで ある。危機が襲 う対象 も,個人,企業,団体,国家の どれになるのか, また その形態,程度 もわか らないのが リスクなのである。 自動車事故のように態 様 も定型化 されているような危険は実は危機管理 といって大騒 ぎする程 の も のではない。大騒 ぎせねばならないのは9月11日のテロの ような前例 のない テロとか,阪神大震災の ように襲 われた経験のない地域の大地震 とか,常 に 新 しい危険,災難の場合である。それは防 ぎようがな く,その新 しい ものに は対策がたて られていないのである。従 ってこれに十全の備 えがない といっ て非難するのは酷 なことであ り,あた らないことである。
もちろん過去 に発生 した例のあるものに類似の危険に備 えて対策 をとるこ とは必要なことであ り,それをしないことは怠慢の批判 を受けなければなら ないだろう。 しか しもともと万全の事前対策 を期待 で きない場合 には関係当 時者 も周囲一般 もさほど神経質になる必要はない。
では次の問題 として どの程度の事前の準備対策 を立てておけばよいのであ ろうか。それは準備対策のコス トとの関係で考察 しな くてはならない。
( 3
) リスク不安 とコス ト無視の反応リスクへの不安は人間であれば誰で も抱 くものであるか ら,不安 をな くす
リスクマネジメン ト危機管理序説 67
ことはで きない。そこで不安 を抱 きつつ もそれか ら逃れるためにどのような 対応 をするかが問題 となる。 リスク対策が検討 され, また複数の手段が検討 されるとき, リスクが差 し迫っているとか得体の しれない規模の リスクの巨 大 さにおびえて,通常 は合理的に行動する人 も意外 と不合理 に過剰反応 し,
コス ト無視の手段 をとりがちである。
リスク対策 にかける費用は経済上 リスクの もた らす予想損失の大 きさと危 険防止 にかける費用の大 きさとを比較考察 して決定 される。 もちろんある手 段 をとることを決定するものは費用だけでな く,色々な条件 を考慮 してなさ れるが,その考慮 される条件 には,必ず しも危険防止の上で正当,適切 と思 われない裏の政治的意図や不当な利益の狙いが隠されていることもあるので 軽々 しく決定すべ きでない。今回の米国同時多発 テロに関連 し,我国の政府, 与党 は 自衛 隊派遣 をすべ く自衛隊法改正 を行 いテ ロ対策特別法 を通過 させ た。その改正の中に,違憲の疑いのあった自衛隊の海外派遣 を認める条項や, かつて法案 に入れ ようとして野党の反対で実現で きなかったスパイ罪の復活 を目論 んだ条項が含 まれていたのである。この ようなことが可能になるの も, 危機 リスク‑の過大 な反応の どさくさに紛れての結果 と言えるのである。
また人質事件 における身代金の大 きさも問題である。 これは人命 とい うか けがえがない と思われる価値 を解放金い くらと評価するか とい う現実的に苦 衷の選択 を迫 られる問題である。かつて最高裁判決で 「人命 は地球 より重い」
と文学的表現 をして話題 になったが,現実 にリスクアセスメン トをしな くて はならないだろう。 もっともハ イジャックの ような大規模の ものでな く我国 の海外進出企業の現地法人社長や支店長 とい う幹部が人質 になったというよ うな個別的場合の金額 は,企業 にとって幹部救出が最優先 として も,それで も全 く不合理 な無制限な額 とはな らない筈である。 日系企業 と外国企業 とで この点の対応が異 なるとも言われるが,その違いが どこか ら来るのか検討 し 研究すべ きことである。ペルー人質事件の とき我国が強 く訴 えていた人命優 先主義は,時 に身代金 とかテロ要求の過大 さを招 く危険があると指摘 されて
きたが,それ もこの間題 に関係するものである。
(4) リスク不安 と規制強化 ・便益犠牲の反応
リスク不安の過剰反応 は前述 したコス ト無視の対策のみでな く, リスク防 止のための様 々な規制強化 をもた らし,利用者,一般大衆 に不便,不愉快 を もたらす。 これは国民の 日常生活 にす ぐ響いて くる問題が多 く,無理 に我慢 を強いられる結果 となる。ハイジャック予防のための機内搭乗手続の検査の 厳重さは時間 もかか り,たまらな く不便である。 ビルへの出入 りの検問,公 共の場所の利用の制限などその例 は多々ある。食品で も毒物混入 を防 ぐため の食品や販売方法への工夫の手間 も大変なものである。国家的危機管理 とい うことになれば,国民の給番号制,外人登録規制,武器所持規制その他色 々 な規制が新設 され又 は強化 される。その ことによる不便 さは大変 な もので, 国民の幸福 の窮極の 目的である自由化 に対する逆行 とな り,基本的人権への 制約 とな りかねない。で きるだけ自由を確保するとい う視点か らも過剰反応 は極力抑制すべ きであるが,この ような問題点は,個別の危険な法案や制度 が提案 される ときにそれへの批判 とい う形 での反対論議 を見 ることはある が, リスク管理論の立場か ら総体的な視点で問題提起 され研究論議 されるこ
とは余 りないように思われる。 ここにもリスク管理論の問題がある。
4 総論 と各論の関連性の欠如
従来の リス クマネジメン トに関する所論 を見 ると,総論的には一応体系立 てているように見 えるもの もあるが,各論の部分 になると問題がある。各論 の専門家はその分野である意味でスペシャリス トであ り,それぞれ得意の分 野について所論 を展開 しているものの,全体 との関連への配慮が必ず しもな されていない ものが多 く見受け られる。その各論 の責任部署の権 限,予算, 経費を全社的に単純 に積み上げていいのだろうか。企業全体で見た ら対策 に ウエイ トをつけ取捨選択 をせ ざるをえないのではないか。そ うでなかった ら
リス クマネジメン ト危楼管理序説 69
企業 はその対策の重みで倒産 して しまうだろう。医学で言 えば,専 門に分化 してその極 限の治療研究方法 を追求 してゆ く西洋医学が人間全体 を生かす と い う本来の医学の 目的を見失 って しまい,その反省 として東洋医学が見直 さ れている状況 を思わせ る。それはこうした リスク問題の論者 には何 々分野の コンサルタン トと言われる実務家が多 く, どうして も得意 とす る所が特定の 狭い分野 に限 られている傾向があるか らである。例 えば海外投 資 に関するリ スクとその対策についての議論 は国内での他の経営 リスクとその対策や企業 全体の予算 とかの問題 に配慮せず,両者の関わ りを トータルで把握 していな い。従 って企業体 としての有機的なバ ランスの とれた全体的 リスク体系が見 られない。
上記の不均衡 な リスク論の結果実際の企業のたてる具体的対 策 を見 ると, 各担当分野に分かれた各論 ごとの対策案が集合 しているだけで どうして も全 体 としてのバランスに欠けて くる。それは立案の成 り立つ経緯 ,事情 にもよ る。テロとか大 きな金融不祥事の ような衝撃的な危機事件が生 ずるとそれへ の不安感か らその分野の問題性が突如強調 され,対策 も自ず と突 出 して くる。
関係者の不安感 と焦燥感がバ ランスの とれた考慮 を妨げるので ある。
さらに不均衡性 の リス ク対策 は是正 される機会が少 ない こ とが問題であ る。その理由は第‑には見直 しの機会が事実上少 ないこと,第二 に一度 シス テム として定着 した方策はその後 も関係者 にとりある意味で職 務や予算の面 で既得権 とされる傾向があ り,そのため制度,仕組みの改変が難 しく,人事 や組織上 も弾力的編成替えを困難 にするか らである。
こうして不均衡性 は是正 されるどころかかえって増幅 される危険す らある のである。リスク担当部 ごとの対策案 (マニュアル といってよい)があって, それをもとに各担当部で リスク対策の演習,訓練 を実施 して も,その企業の 他の部署の人達 にはその対策の効果は及ばない。 しか もその演 習 に参加 した り,指導講習 を受けた人は人事異動,配置転換 によっていつか分散 して しま う。そ して忘れた頃やって来るといわれる災難が襲 って来た と きは折角の対