鎌
倉
仏
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戒
律
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宗
派
化
上
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霊
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一 覚 盛 の 戒 律 再 興 大 悲 菩 薩 覚 盛 (一一 九 四-一 二 四 九) は 五 十 六 才 で 没 し た が、 そ の 短 い 生 涯 の 悲 願 は、 ﹁ 三 衣 一 鉢 不 レ 知 二 其 方 一自 悠 布 薩 猶 迷 二 名 目 こ ( 良 遍 ・ 通 受 軌 則 有 難 通 会 抄) と 評 さ れ た 程、 絶 滅 に 瀕 し た 南 都 の 戒 律 の 再 興 に あ っ た こ と は、 師 自 身 の 言 葉 よ り 推 察 で き る。 即 ち ﹁ 菩 薩 戒 通 別 二 受 砂 ﹂ の 奥 に ﹁ 凡 砂 出 之 趣 更 無 二 他 事 一 時 代 及 レ 末 仏 法 至 レ 衰 錐 レ 欲 レ 作 二 別 受 之 軌 則 一依 レ 無 二 授 与 之 師 範 一成 二 就 比 丘 等 戒 一不 レ 能 レ 為 二 仏 弟 子 一 依 レ 之 設 錐 レ 無 二 好 師 一依 二 通 受 之 軌 則 一或 自 誓 或 従 他 随 レ 応 為 レ 令 下 成 二 七 衆 (1) 性 一而 建 二 立 僧 宝 一久 住 中 仏 法 上 也 尖 ﹂ と 書 き、 そ の 入 年 後 に 撰 じ た ﹁ 菩 薩 戒 通 受 遣 疑 砂 ﹂ の 中 で も ﹁ 何 況 我 朝 中 古 以 来 戒 学 漸 衰 ⋮⋮出 家 威 儀 尽 以 滅 已 ⋮⋮既 無 二 十 夏 之 者 徳 一 以 レ 誰 為 二 和 上 一更 無 二 五 夏 之 闊 梨 一何 人 乗 二 掲 磨 一⋮⋮愛 少 少 輩 相 談 議 日 諭 伽 所 設 三 聚 掲 磨 既 摂 二 七 衆 一占 察 所 レ 明 自 誓 作 法 亦 学 二 毘 星 寂 法 師 疏 詳 列 二 軌 則 一表 無 表 章 明 有 二 其 文 一 ⋮⋮是 則 還 為 二 登 壇 受 師 僧 具 足 如 法 興 隆 之 因 縁 一 也 全 非 下 不 レ 用 二 戒 壇 受 戒一 私 立 二 新 (2) 議 一恣 作 中 異 想 上 也﹂ と 述 べ て い る。 鑑 真 の 伝 戒 以 来、 南 都 の 受 戒 法 は、 東 大 寺 戒 壇 に 於 て 先 づ 十 師 具 足 白 四 法 に よ っ て 具 足 戒 を 受 け て 比 丘 性 を 成 就 し て 四 分 律 を 随 行 し、 更 に 梵 網 菩 薩 戒 を 三 聚 通 受 の 法 に よ っ て 受 戒 (3) し て 菩 薩 比 丘 と な る の が 立 前 で あ っ た。 従 っ て 毎 月 十 四、 二 十 九 日 に は 四 分 布 薩 が、 十 五、 晦 目 に は 梵 網 布 薩 が、 広 く 諸 (4) 寺 で 行 わ れ た。 こ の 状 況 は、 覚 盛 当 時 の 宋 代 中 国 仏 教 界 の 受 (5) 戒 方 軌 と も 一 致 し て い た。 こ の 中 国 以 来 の 伝 統 的 受 戒 方 軌 が、 師 僧 不 足 の 法 滅 時 に 於 て は 不 可 能 と な り、 十 師 受 具 に よ 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化-1-密 教 文 化 っ て 比 丘 と な る こ と が で き な い た め に、 新 し く 考 案 さ れ た の が、 別 受 ( 白 四 法) を 用 い な い で、 通 受 戒 だ け で 菩 薩 比 丘 性 を 成 ず る こ と が で き る と い う 方 軌 で あ り、 こ の 通 受 法 に よ っ て、 嘉 禎 二 年 ( 一 二 三 六)、 円 晴、 有 厳、 覚 盛、 叡 尊 の 四 哲 が 菩 薩 比 丘 と な っ た。 こ の 受 戒 法 は 南 都 の 古 義 に 反 し た か ら、 東 大 興 福 両 寺 の 学 徒 は 通 受 比 丘 性 成 就 の 新 義 を 許 さ ず、 当 時 (6) 興 福 寺 松 院 に 住 し た 覚 盛 は ﹁ 内 秘 比 丘 行 外 現 世 間 人 ﹂ と 云 わ れ て い る よ う に、 実 際 に 衣 鉢 を 帯 し て 村 落 を 往 返 す る な ど の 比 丘 行 を 公 然 と 行 う こ と を は ば か る 状 況 で あ っ た。 覚 盛 が、 内 外 共 に 比 丘 と な る の は、 興 福 寺 を 出 て 招 提 寺 に 移 住 し (7) た ・寛 元 二 年 以 後 で あ る。 通 受 比 丘 に 対 す る 南 都 の 疑 念 は、 覚 盛 没 後 も 続 い た よ う で、 没 翌 年 ( 一 二 五〇) に 書 か れ た 良 遍 の ﹁ 別 受 行 否 ﹂ に は、 単 通 受 の 比 丘 が 白 四 受 戒 の 戒 和 上 や 隅 磨 師 を 勤 め る こ と の 可 否 が 問 答 さ れ て い る。 こ の よ う な 南 都 の 古 義 に 対 し て、 通 受 比 丘 性 成 就 の 新 義 を 強 調 し、 自 己 の 立 場 を 弁 明 し た の が 嘉 禎 四 年 の 通 別 二 受 砂 で あ り、 更 に 八 年 後 の 通 受 遣 疑 砂 で あ っ て、 こ の 撰 述 の 三 年 後 に 覚 盛 は 招 提 寺 に 没 し て い る。 従 っ て 覚 盛 の 熱 情 は 通 受 比 丘 性 成 の 論 証 に 注 が れ て い た と い え る の で あ り、 そ れ は 戒 律 再 興 の 必 須 条 件 で あ つ た か ら で あ る。 新 義 に よ る 困 難 を 克 服 し て の 興 律 で あ っ た れ ば こ そ、 暦 仁 元 年 西 大 寺 に 於 け る 四 分 布 薩 の 如 説 再 興 で 説 戒 を 勤 め た 覚 盛 (8) が、 歓 喜 の 余 り に、 ﹁ 自 始 至 終 落 涙 ﹂ し た と 伝 え ら れ、 寛 元 三 年 泉 州 家 原 寺 の 別 受 戒 の 再 興 も、 十 夏 和 上 の 成 立 を 待 た ず 一 年 早 め て 行 わ れ た の は 覚 盛 の 得 罪 を も 恐 れ な い 熱 意 に 叡 尊 が (9) 従 っ た た め で あ る と 伝 え ら れ て い る の も、 そ の 興 律 の 悲 願 を 窺 わ せ る 逸 話 で あ る。 覚 盛 の こ う よ な 興 律 の 悲 願 は、 鑑 真 以 来 の 南 都 戒 の 再 興 が 目 的 で あ り、 そ の 意 味 で は、 実 範 -蔵 俊-覚 憲 -貞 慶-戒 如 と 連 な る 興 福 寺 法 相 宗 の 人 々 を 中 心 に な さ れ た 鎌 倉 期 興 律 運 動 の 完 成 で あ る。 貞 慶 (一一 五 五-一 二 一 三) が ﹁ 戒 律 興 行 願 書 ﹂ の 中 で ﹁ 設 錐 二 不 清 浄 比 丘 輔 設 雌 二 不 如 法 之 軌 則 一其 中 若一 (10) 人 二 人 有 二 知 レ 法 人 一者 随 分 勝 縁 堂 可 レ 空 哉 ﹂ と 述 べ た 興 律 の 悲 願 は そ の ま ま 覚 盛 の 悲 願 で あ っ た し、 同 願 書 で、 興 福 寺 東 西 両 金 堂 衆 は 律 家 で あ り ﹁ 以 二 鑑 真 和 尚 一為 二 祖 師 こ と 述 べ て い る よ う に、 南 都 七 大 寺 の 律 家 は、 何 れ も 鑑 真 を 以 て 祖 師 と 考 え、 南 都 戒 を 以 て 鑑 真 相 伝 の 戒 律 と 考 え て い る。 鑑 真 の 戒 を、 法 華 開 会 思 想 に 基 づ く 南 山 律 宗 と 規 定 し、 南 都 七 大 寺 の
律 家 殊 に 興 福 寺 東 西 両 衆 に 相 伝 す る 南 都 戒 を 法 相 戒 観 に 基 づ く も の と し て 蛾 別 す る の は 凝 然 以 後 の こ と で あ る。 凝 然 ( 一 二 四 〇-一 三二一) の 規 定 以 後、 覚 盛 を 中 祖 と 仰 ぐ 招 提 寺、 そ の 資 円 照 を 中 興 と す る 戒 壇 院 は 共 に 南 山 律 宗 の 正 統 派 を 称 し、 法 相 戎 観 を 継 承 す る 西 大 寺 一 門 は、 招 提 戒 壇 の 二 派 よ り は 傍 流 と 考 え ら れ る よ う に な る。 一 方 西 大 寺 派 で は 叡 尊 の 孫 弟 子 定 泉、 英 心 の 時 か ら 南 山 宗 を 他 門 と す る 排 他 的 宗 派 化 の 傾 向 が 強 く な る。 こ の よ う な 後 世 の 宗 派 化 の 進 ん だ 立 論 を 離 れ て み る 時 に は、 覚 盛 の 興 律 は 興 福 寺 法 相 系 思 想 の 枠 内 で 行 わ れ た と 云 え る。 事 実、 覚 盛 は、 叡 尊、 円 晴、 禅 慧 ら 当 代 の 律 匠 の 殆 ん ど が そ う で あ っ た よ う に、 興 福 寺 戒 如 か ら 戒 学 を 受 け、 十 九 才 の 時 に は、 興 福 寺 常 喜 院 に 於 て 直 接 貞 慶 に 師 事 し て い る。 又、 興 福 寺 金 善 に つ い て 剃 染 し、 唯 識 倶 舎 の 諸 書 を 研 究 し た と 云 わ れ る 如 く、 覚 盛 は 最 初 か ら 興 福 寺 法 相 宗 に 属 し て い た。 こ の よ う な 観 点 に 立 っ て、 二 受 紗 と 遣 疑 砂 を 検 討 す る と、 次 の よ う に 指 摘 で き る。 一、 覚 盛 は 諭 伽 論 を 本 論 と 称 し、 慈 恩 大 師 を 宗 家 と 称 し て い (11) る。 二、 通 受 七 衆 性 成 の 論 拠 と し て 玲 伽 論、 義 寂 疏、 表 無 表 章、 占 察 経、 守 千 の 睦 蠣 記 を 挙 げ る が、 始 め の 三 書 は 法 相 系 (12) で あ る。 三、 占 察 経 は 師 僧 欠 時 に 興 法 の 為 の 自 誓 比 丘 性 成 を 許 す が、 師 僧 の 具 欠 を 論 ぜ ず、 常 時 に 自 誓 比 丘 性 成 を 許 す 典 拠 と (13) し て 玲 伽 論 と 表 無 表 章 を 挙 げ る。 四、 通 受 比 丘 性 成 の 新 義 に よ っ て 別 受 無 用 の 過 を 生 ず る が、 そ の 対 論 と し て ﹁ 化 身 土 以 二 声 聞 僧 一為 二 正 機 こ と い う 南 (14) 都 の 伝 統 説 を 述 べ る に 止 ま る。 五、 三 聚 の 中、 律 義 一 戒 は 七 衆 戒 で あ る と い う 論 拠 と し て 玲 (15) 伽 論、 唯 識 論、 唯 識 論 述 記、 四 分 律 行 事 砂 を 挙 げ る。 六、 山 門 の 単 受 梵 網 不 受 小 戒 を 破 斥 し て 南 都 戒 の 正 統 性 を 揚 (16) 言 す る。 右 の 如 く 覚 盛 は、 殆 ん ど 法 相 宗 所 依 の 論 書 に よ っ て 通 受 比 丘 性 成 義 を 論 証 し て い る。 嘉 禎 元 年、 常 喜 院 に 於 て 覚 盛 よ り 表 無 表 章 を 受 講 し た 叡 尊 は、 瑞 伽 等 の 所 説 に よ っ て 通 受 七 衆 性 成 義 を 知 り、 常 喜 院 在 住 の 同 志 に 加 わ っ て 自 誓 受 し た こ と (17) が 語 ら れ て い る 如 く、 覚 盛 は 法 相 宗 学 為 本 で あ っ た と 見 る こ と が で き る。 従 っ て 右 の 六 項 は 叡 尊 及 西 大 寺 一 門 と 全 く 同 旨 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-3-密 教 文 化 で あ る。 西 大 寺 相 伝 の 義 を 述 べ る 如 空 英 心 の ﹁ 菩 薩 戒 問 答 洞 義 抄 ﹂ ( 一 三〇 八) で も、 比 丘 性 成 の 点 に つ い て は ﹃ 如 二 遣 疑 抄 (18) 一 云 云 ﹂ と 述 べ て 覚 盛 を 援 用 し て い る。 又、 叡 尊 が ﹁ 致 三 別 受 一者 為 レ 共 二 声 聞 一 釈 迦 法 中 声 聞 為 レ 僧 繊 土 娑 婆 風 土 爾 故 ﹂ と 説 い (19) た と 云 わ れ る の は、 右 の 第 四 項 の 覚 盛 説 と 全 く 同 旨 で、 肝釈 迦 法 中 無 別 菩 薩 僧 と い う 智 度 論 所 説 に よ る 南 都 の 通 説 で あ る。 覚 盛 の こ の 二 書 の 中 で 後 世 西 大 寺 一 門 と 大 諄 論 に な っ た 新 義 は 次 の 点 で あ る。 即 ち、 三 聚 中 の 律 儀 戒 に 根 本 律 儀 と 枝 末 律 儀 と を 摂 す る。 前 者 は 共 声 聞 の 七 衆 戒 で あ り 後 者 は 不 共 の (20) 菩 薩 戒 ( 諭 伽 の 後 四 重 等) で あ る。 こ の 点 が 律 儀 を 但 し 七 衆 戒 に 限 る 叡 尊 と 異 な る。 玲 伽 論 に 説 く 不 共 の 四 重 戒 の 摂 属 に つ い て、 律 儀 と す る か 後 二 戒 ( 摂 善 ・ 摂 衆 生) と す る か は 定 説 が な い の が 実 状 で あ る が、 覚 盛 は 唯 識 述 記 の 所 説 に 基 づ い (21) て、 後 四 重 も 又 律 儀 戒 に 摂 属 す る と 見 た の で あ る。 こ の 思 想 は 既 に 安 貞 二 年 ( 一 二 二 八) 撰 の ﹁ 菩 薩 戒 本 宗 要 雑 文 集 ﹂ に (22) 見 ら れ る。 更 に 覚 盛 は こ の 思 想 を 一 歩 進 め て、 本 業 経 が 十 重 禁 を 律 儀 戒 と す る の は、 十 重 の 前 四 重 は 共 律 儀、 後 六 重 は 不 共 律 儀 で あ る か ら、 共 不 共 律 儀 を 包 摂 す る 諭 伽 説 に 矛 盾 し な い と 考 え、 梵 網 の 十 重 は 本 業 の 十 重 と 同 旨 で あ る か ら、 従 つ て 三 聚 (23) 中 の 律 儀 戒 に は、 七 衆 戒 と 梵 網 の 十 重 を 摂 す と 考 え た。 遣 疑 砂 で は よ り 具 体 的 に ﹁ 是 故 本 論 三 聚 浄 戒 必 兼 護 二 持 五 篇 七 聚 一 此 事 非 二 但 諭 伽 宗 一梵 網 所 説 亦 即 爾 也。 十 重 六 八 即 是 説 相 言 二 説 相 一者 受 戒 之 時 略 説 二 所 授 戒 相 肝 心 一先 令 三 受 者 知 二 大 綱 一 也 故 十 重 等 是 其 三 聚 浄 戒 大 綱 也 此 中 具 含 二 五 篇 七 聚 及 摂 善 法 戒 摂 衆 生 戒 一 謂 初 四 重 等 摂 二 篇 聚 戒 一後 四 重 等 摂 二 余 諸 戒 輔如 レ 是 受 故 随 行 之 時 随 二 其 当 形 之 所 二 堪 任 一如 二 其 所 願 一護 二 持 之 一也 是 以 義 寂 太 賢 等 師 皆 釈 二 梵 網 一同 二 於 玲 伽 一不 レ 為 二 別 (24) 門 一 宗 家 所 解 亦 以 爾 也 ﹂ と 述 べ る。 覚 盛 を 援 護 し た 良 遍 の (25) ﹁ 菩 薩 戒 通 別 二 受 砂 ﹂ が、 覚 盛 の 主 旨 を よ り 鮮 明 に し て い る の で、 参 照 し な が ら 要 約 す る と、 菩 薩 通 受 戒 で は 論 伽 の 三 聚 掲 磨 を 用 い て 受 戒 し、 摂 律 儀 戒 に 七 衆 戒 ( 篇 聚 戒) と 梵 網 十 重 諭 伽 後 四 重 等 ( 根 本 共 戒 と 枝 末 不 共 戒) を 摂 し、 後 二 戒 に 梵 網 軽 戒 を 摂 す る が、 説 相 に は 十 重 戒 相 を 説 く。 そ の 理 由 は、 梵 網 の 前 四 重 に 篇 聚 戒 を 含 め、 後 六 重 に 篇 聚 以 外 の 諸 律 儀 を 含 め て 受 け る か ら、 大 綱 と し て は 十 重 戒 相 を 説 け ば 足 り る と み る。 即 ち 表 面 上 は 単 受 梵 網 と 同 じ に み え る が、 随 行 に 至 っ て は 七 衆 各 別 で あ る の は、 七 衆 戒 を 梵 網 戒 に 摂 し て 随 行
す る か ら で あ る。 こ の よ う に 解 す る の が、 義 寂、 太 賢、 慈 恩 な ど の 法 相 宗 義 で あ る と 覚 盛 は み て い る の で あ る。 こ の 解 釈 の 帰 結 と し て、﹁ 招 提 寺 覚 盛 大 徳 云 通 受 門 中 摂 律 儀 戒 以 二 七 衆 戒 一全 為 二 其 体 一 錐 レ 用 二 七 衆 一 至 二 於 罪 名 一 通 名 二 悪 作 一不 (26) レ立 二 別 名 一﹂ と な り、 通 受 比 丘 は 諭 伽 所 説 の 悪 作 臓 悔 に 拠 り、 律 蔵 所 説 の 俄 悔 を 用 い る べ き で は な い と い う。 又、 円 照 が 師 の 覚 盛 に 梵 網 戒 の 違 犯 に つ い て 問 う た 時、 十 戒 応 当 学 の 応 当 学 と は 悪 作 の こ と で あ る か ら、 梵 網 経 の 主 旨 も 玲 伽 と 全 く 同 (27) じ く、 菩 薩 比 丘 は 悪 作 俄 悔 に よ る と 答 え た と 云 わ れ る。 こ の よ う に 三 聚 戒 の 律 儀 に 七 衆 戒 と 梵 綱 戒 を 摂 し、 七 衆 戒 を 根 本 律 儀 と し な が ら、 そ れ を 梵 網 戒 の 中 に 含 め て 随 行 し、 そ の 結 果、 通 受 菩 薩 は 七 衆 通 じ て 悪 作 俄 を 用 い る と い う 説 が 叡 尊 及 び そ の 一 門 と 極 め て 対 立 す る 点 で あ る。 叡 尊 は ﹁ 表 無 表 章 詳 体 文 集 ﹂ の 中 で、 律 儀 戒 は 七 衆 戒 に 限 り、 そ の 犯 巳 臓 悔 は 七 衆 各 別 の 律 蔵 臓 悔 を 用 い、 玲 伽 の 四 重 四 十 三 軽 戒 は 後 二 戒 に 摂 し、 そ の 繊 悔 に は 玲 伽 所 説 の 悪 作 臓 を 用 (28) い る こ と を 決 定 し て い る。 叡 尊 に は 梵 網 戒 の 摂 属 に つ い て の 言 及 は な い が、 定 泉 に な る と、 不 共 戒 は す べ て 後二 戒 に 摂 す る と い う 愉 伽 説 か ら 推 し て、 梵 網 戒 等 不 共 戒 は す べ て 後 二 に 摂 す る 立 場 が 明 確 に 表 明 さ れ、 こ の 立 場 よ り 覚 盛 義 へ の 論 難 (29) が 繰 り 返 さ れ る。 諸 学 者 の ご 検 討 に よ る と、 初 期 大 乗 仏 教 の 戒 律 は 十 善 戒 で あ っ た が、 玲 伽 論 地 持 経 善 戒 経 等 唯 識 系 の 経 論 に な る と 菩 薩 戒 に 三 聚 浄 戒 を 設 定 し、 そ の 律 儀 戒 を 七 衆 戒 と 規 定 す る こ と に よ っ て 大 乗 と 声 聞 乗 の 宥 和 が 計 ら れ る。 中 で も 一 巻 本 善 戒 経 の 重 楼 四 級 説 は、 未 だ 出 家 中 心 の 意 図 が 強 い が、 諭 伽 地 持 に な る と 通 三 乗 の 立 場 が 強 調 さ れ る。 梵 網 経 は 声 聞 戒 と 訣 別 し て 仏 性 戒 と し て の 大 乗 菩 薩 の 三 聚 精 神 を 強 調 し、 単 受 菩 薩 戒 と し て の 意 図 が 強 い。 菩 薩 理 略 本 業 経 は 地 持 経 の 三 聚 形 式 を 借 り な が ら そ の 律 儀 戒 に は 七 衆 戒 を 捨 て て 代 り に 梵 網 の 十 重 禁 を 採 用 す る こ と に よ っ て、 三 聚 掲 磨 受 法 に よ る 単 受 梵 網 (30) 戒 の 道 を 開 い た。 四 分 律 宗 を 標 榜 し た 南 山 道 宣 ( 五 九 六-六 六 七) の 菩 薩 戒 に つ い て の 所 説 は ﹁ 釈 門 正 行 儀 ﹂ が 伝 わ ら な い 現 在 で は 推 論 の 域 を 出 な い が、 行 事 砂 に ﹁ 若 拠 大 乗 戒 分 三 品 律 儀 一 戒 不 異 (31) 声 聞 ﹂ と い う の は 玲 伽 系 の 立 場 を 表 明 し て い る こ と に な る。 土 橋 教 授 は、 道 宣 は 五 入 十 具 を 重 楼 受 戒 し 更 に 護 心 戒 と し て 地 持 の 四 重 を 受 け る こ と を 認 め て い た の で は な い か と 推 論 さ 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-5-密 教 文 化 (32) れ て い る。 道 宣 は 三 観 三 宗 の 教 判 を 用 い、 ﹁ 唯 識 円 教 ﹂ を 自 己 の 立 場 と し た が、 こ の 思 想 が 天 台 系 か 唯 識 系 か に つ い て は 異 論 の 別 れ る 所 で あ る が、 大 乗 三 聚 の 精 神 を 強 調 し た こ と に は 間 違 い な い。 し か し 出 家 戒 と し て は 四 分 律 為 本 で 訪 つ た と 思 わ れ、 梵 網 戒 を 随 行 し た 形 跡 は な い。 天 台 の ﹁ 菩 薩 戒 義 疏 ﹂ 巻 上 に 六 種 の 受 菩 薩 戒 儀 を 略 説 す る (33) が、 内 四 種 が 説 相 に 十 重 戒 相 を 用 い て い る。 現 存 の 中 国 製 作 (34) め 菩 薩 戒 儀 入 本 に つ い て 土 橋 教 授 の ご 検 討 に よ る と、 慧 沼 本 一 本 は 説 相 に 愉 伽 四 重 を 用 い る が 他 の 七 本 は す べ て 梵 網 の 十 戒 を 用 い る。 七 本 と も ( 敦 燈 本 は 未 見) 正 授 戒 に 三 聚 掲 磨 を 用 い る が、 そ の 文 は、 愉 伽 巻 四〇従 他 の 掲 磨 文、 地 持 巻 五 従 (36) 他 の 掲 磨 文 の 語 句 を 取 捨 し て 用 い、 ﹁ 従 今 身 尽 未 来 際 云 云 ﹂ (37) を 加 え る 戒 儀 は、 本 業 経 巻 下 第 七 の 説 相 文 か ら 取 っ て い る。 本 業 経 も 梵 網 経 も 三 帰 受 戒 で あ る か ら、 三 聚 掲 磨 を 用 い る 為 に は 必 ず 諭 伽 地 持 に 拠 る わ け で あ る。 こ の よ う に 見 る と、 道 宣 以 後 の 中 国 律 宗 に は 四 分 律 を 白 四 受 戒 し 更 に 重 楼 的 に 梵 網 戒 を 三 聚 通 受 す る 天 台 系 と、 四 分 律 の 上 に 玲 伽 戒 を 通 受 戒 す る 玲 伽 系 と の 二 潮 流 が 認 め ら れ る が、 中 国 に 於 け る 菩 薩 戒 の 大 勢 は 三 聚 掲 磨 に よ る 梵 網 受 戒 ( 天 台 系) で あ っ た と 云 え る。 鑑 真 ( 六 八 七-七 六 三) の 戒 は こ の 天 台 系 の 方 軌 を 伝 え た と 云 え る し、 中 国 に 於 け る 南 山 律 の 再 興 者 元 照 ( 一 〇 四 八-一 一 一 (38) 六) も 天 台 宗 義 に よ っ て 南 山 を 解 釈 し、 そ の 菩 薩 戒 儀 は 天 台 系 で あ っ た。 南 都 戒 は、 受 戒 方 軌 は 鑑 真 を 継 承 し な が ら、 戒 観 は 法 相 玲 伽 系 に 変 っ て い た。 俊 茄 (一一 六 六-一 二 七) が 入 宋 し た 当 時 の 宋 代 仏 教 界 の 受 戒 も、 四 分 律 と 梵 網 戒 の 重 楼 (39) (40) 受 戒 で あ つ た こ と は ﹁ 律 宗 問 答 巻 下 ﹂ や ﹁ 律 家 円 宗 料 簡 ﹂ に よ っ て 窺 い う る。 こ の よ う な 歴 史 的 背 景 を ふ ま え て 覚 盛 の 方 軌 を 考 察 す る と、 律 儀 戒 に 七 衆 戒 と 梵 網 戒 を 包 摂 し て 三 聚 通 受 し、 説 相 に 十 重 を 用 い る よ う な 戒 儀 は 且 っ て な か っ た 新 義 で あ る こ と が (41) わ か る。 慧 沼 の 戒 儀 に 代 表 さ れ る 諭 伽 系 は、 律 儀 は 七 衆 戒 に 限 り 説 相 に 諭 伽 の 後 四 重 を 説 く。 天 台 系 の 戒 儀 は 湛 然 の 戒 儀 の 如 く、 律 儀 に 梵 網 十 重 を 用 い 説 相 も 又 梵 網 戒 相 を 説 く。 こ (42) れ は 本 業 系 と い え る。 覚 盛 は 法 滅 時 の 興 律 の 為 に、 通 受 比 丘 性 成 の 新 義 を 必 須 要 件 と し た。 そ の 為 に は 律 儀 戒 に 七 衆 戒 を 摂 し 共 三 乗 の 立 場 に 立 つ 諭 伽 系 の 経 論 に よ る 必 要 が あ っ た。 こ の 点 は 叡 尊 も 同 じ で ﹁ 成 二 就 戒 体 一登 二 芯 魏 位 一法 相 大 乗 意 (43) 也 ﹂ と 述 べ る の は、 法 相 喩 伽 の 意 に よ ら な け れ ば、 単 通 受 比
丘 性 成 就 の 新 義 は 成 立 し な い か ら で あ る。 南 都 の 通 受 比 丘 ば か り で は な い。 北 京 律 に 於 て も、 自 誓 受 の 方 軌 は 諭 伽 系 を 用 (44) い て い る。 中 国 受 戒 の 大 勢 が 本 業 経 系 で あ る の は、 出 家 は 必 ず 四 分 の 具 足 戒 を 受 け て 比 丘 性 を 成 就 し て お り、 更 に 善 戒 の 重 楼 説 を 用 い て 菩 薩 戒 を 重 受 す る の で あ る か ら、 通 受 に よ っ て 比 丘 性 を 成 ず る 必 要 は な い。 従 っ て 諭 伽 戒 を 用 い る 必 然 性 は な く、 大 乗 戒 と し て 完 成 さ れ た 梵 網 戒 を 用 い る こ と に な (45) る。 覚 盛 は、 こ の 中 国 仏 教 界 の 大 勢 を 知 り、 菩 薩 比 丘 は 四 分 と 梵 網 を 随 行 す る 必 要 上、 玲 伽 系 と 本 業 系 を 融 会 し た も の と 思 わ れ る。 覚 盛 の 新 義 を 弁 護 し た 生 馬 竹 林 寺 の 良 遍 (一一 八 四-一二 五 二) に 於 て も、 法 相 為 本 の 立 場 を と り つ つ 諭 伽 と 梵 網 を 融 会 す る 思 想 は 覚 盛 と 全 く 同 じ で あ る。 彼 の 著 作 に 於 て も、 慈 恩 は 宗 家 と 称 さ れ 玲 伽 は 本 論 と 呼 ば れ る が、 ﹁ 通 受 軌 則 有 難 通 会 抄 ﹂ (一二 五 〇) に は、 諭 伽 系 の 比 丘 戒 儀 が 律 儀 に 二 百 五 十 戒 を 摂 し つ つ 説 相 で は 玲 伽 の 後 四 重 を 説 く 疑 問 に 答 え た 後 で、 ﹁是 以 本 論 但 説 二後 四 一別 行 掲 磨 亦 以 如 レ 是 慈 恩 潜 州 受 菩 薩 戒 ルニ ハ 法 勧 発 菩 提 心 集 相 伝 皆 爾 我 等 守 レ 之 有 二 何 失 一乎 ( 中 略 ) 但 通 受 法 普 ン ニ ヲ モ 摂 二 一 切 共 不 共 一故 説 二 不 共 四 重 一巳 後 或 亦 兼 説 二 共 門 四 重 一無 セ ム (46) レ 所 二 相 違 輔何 為 定 執 故 略 或 説 随 レ 時 不 レ 定 亦 有 二 何 失 一耶 ﹂ と 述 べ る 。 諭 伽 論 の 受 戒 法 は 、 律 儀 戒 た る 七 衆 の 戒 相 は 律 蔵 (47) 所 説 に 譲 っ て 説 か ず 、 但 し 玲 伽 の 後 四 重 の 戒 相 を 説 く 。 別 行 (48) 掲 磨 即 ち 玄 突 訳 ・ 菩 薩 戒 掲 磨 文 は 玲 伽 論 の 抄 出 編 成 で あ る か ら 、 そ の 受 戒 法 は 諭 伽 と 僅 少 の 文 字 の 違 い の 外 は 全 同 で あ る 。 涌 州 大 師 慧 沼 (法 相 第 二 祖 ) の 勧 発 菩 提 心 集 巻 下 に 出 す (49) 受 菩 薩 戒 法 億 玄 突 窺 基 と 相 伝 す る 戒 儀 と 云 わ れ 、 前 二 と 同 様 、 説 相 に 後 四 を 用 い る 。 従 っ て 法 相 宗 所 依 の 諭 伽 系 の 受 菩 薩 戒 儀 は 玲 伽 地 持 の 三 聚 賜 磨 を 用 い て 七 衆 戒 を 律 儀 と し な が ら 説 相 に は 諭 伽 の 後 四 を 説 く を 正 規 と す る 。 良 遍 は ﹁ 我 等 守 レ 之 有 二 何 失 一乎 ﹂ と 法 相 為 本 を 表 明 し て い る の で あ る 。 又 、 説 相 で 諭 伽 の 後 四 ( 不 共 ) を 説 き 兼 て 比 丘 の 四 波 羅 夷 ( 共 門 ) を 説 く 戒 儀 は 中 国 所 製 に は 見 当 ら な い 。 叡 尊 所 製 の ﹁ 授 菩 薩 (50) 大 芯 要 戒 法 則 ﹂ が 、 慧 沼 本 に 拠 り つ つ 、 説 相 で は 共 不 共 の 四 重 を 説 く ( 比 丘 尼 戒 で は 入 波 羅 夷 ) 。 従 っ て 良 遍 が﹁ 亦 有 二 何 失 一耶 ﹂ と 賛 意 を 示 し て い る の は 叡 尊 の 戒 儀 に 対 し て で あ る 。 こ の よ う に 良 遍 は 、 玲 伽 系 の 戒 儀 に 拠 り つ つ 、 ﹁ 菩 薩 戒 通 別 二 受 砂 ﹂ ﹁ 通 受 俄 悔 砂 ﹂ ﹁ 別 受 行 否 ﹂ な ど で 覚 盛 の 新 義 に 全 く 同 調 し 、 玲 伽 梵 網 の 融 会 説 を 主 張 す る 。 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-7-密 教 文 化 最 近 の 研 究 で は、 貞 慶 や 良 遍 な ど 鎌 倉 時 代 の 唯 識 教 学 は、 伝 統 説 に 立 脚 し な が ら も 三 一 融 会 な ど 時 代 即 応 の 融 会 説 を 出 (51) し た と 云 わ れ て い る。 従 っ て、 貞 慶 の 法 系 に 連 な る 覚 盛 が 諭 伽 戒 と 梵 網 戒 を 融 会 し た 三 聚 通 受 の 思 想 を 述 べ た と し て も、 興 福 寺 法 相 宗 と の 訣 別 を 意 味 す る と 速 断 す る こ と は で き な い。 良 遍 が 覚 盛 に 同 調 し た の も、 新 時 代 の 唯 識 教 学 と い う 同 一 基 盤 に 立 脚 し て い た か ら で あ る。 従 っ て、 覚 盛 と 叡 尊 に 異 論 が 生 ず る の は、 共 に 唯 識 系 の 経 論 に 基 づ き つ つ そ の 解 釈 に 於 て、 叡 尊 は よ り 伝 統 説 に 忠 実 で あ り、 覚 盛 は 新 時 代 の 融 会 思 想 に よ っ た た め と い え よ う。 覚 盛 も 叡 尊 も、 通 別 二 受 は 菩 薩 比 丘 の 必 受 の 方 軌 と し、 自 ら も 実 践 し た が、 法 滅 時 の 興 律 の た め に、 先 づ 通 受 比 丘 の 再 興 が な さ れ た た め に、 こ の 点 に 着 目 す る 時 に は、 鎌 倉 期 南 都 戒 律 の 再 興 を 玲 伽 三 聚 通 受 戒 め 再 興 と み る の が 妥 当 で あ っ て、 直 ち に 鑑 真 の 戒 律 の 再 興 と み る こ と は で き な い と 思 わ れ る。 既 に 良 遍 が、 東 大 寺 戒 壇 の 別 受 式 は 昔 の 儀 の 通 り で は な い が ﹁ 師 資 相 承 干 レ 今 不 絶 ﹂ と 云 マ ヲ い、 ﹁ 然 大 乗 僧 必 可 レ 兼 二 於 通 別 二 受 一 ( 中 略) 通 受 久 絶 尤 可 レ 悲 レ (52) 之 ﹂ と 述 べ、 ﹁此 受 法 興 起 以 来 僧 尼 両 寺 之 作 法 出 家 五 衆 之 行 (53) 儀 似 レ 帰 二 在 世 之 昔 こ と 述 べ て、 覚 盛 の 興 律 の 意 義 を 通 受 の 再 興 と 認 め て い る。 こ の 点 も 西 大 寺 一 門 が、 叡 尊 の 興 律 の 意 (54) 義 を 玲 伽 系 の 通 受 法 の 再 興 に 求 め る の と 同 旨 で あ る。 こ の 意 味 で 江 戸 時 代 の 甘 露 英 泉 が、 覚 盛、 叡 尊 の 戒 律 を 共 に ﹁ 正 依 (55) 玲 伽 傍 依 南 山 ﹂ と 評 し た の は 当 を 得 て い る と 云 え る。 南 都 戒 の 再 興 が 単 通 受 比 丘 の 誕 生 の 上 に な さ れ た と す る と、 既 に 最 澄 に よ っ て 始 唱 さ れ て い た 単 受 菩 薩 戒 と の 同 異 が 問 題 に な る。 山 門 戒 も 又、 覚 盛 ら と 同 じ く 占 察 経 を 典 拠 に し (56) て 通 受 に よ る 菩 薩 比 丘 を 主 張 し て い た か ら で あ る。 こ の 点 に つ い て 覚 盛 は、 山 門 は 単 受 梵 網 不 受 小 戒 で あ り、 南 都 は 通 別 二 受 大 小 兼 行 で あ り、 例 え 単 通 受 比 丘 と い え ど も、 七 衆 戒 を 律 儀 と す る 諭 伽 の 三 聚 に よ る か ら 受 戒 後 は 大 小 兼 行 の 菩 薩 比 丘 で あ り、 一 向 梵 網 戒 は 形 同 沙 弥 即 ち 在 家 の 分 斉 で あ っ て 大 (57) 僧 で は な い と 判 別 す る。 良 遍 も 又、 山 門 戒 の 五 失 を 数 え、 ﹁ 通 受 不 満 過 ﹂ を 挙 げ て、 山 門 の 通 受 は 七 衆 の 根 本 律 儀 を 欠 く こ と を 指 摘 す る。(58)通 受 比 丘 性 成 と い う 同 発 想 に よ り な が ら、 南 都 の 優 位 を 主 張 で き る の は 諭 伽 系 の 通 受 に よ る か ら で あ る。 一 向 大 乗 戒 が 日 本 天 台 宗 に よ る 南 都 授 戒 権 の 否 定 で あ っ た と す れ ば、 覚 盛 に よ る 玲 伽 戒 の 再 興 は 興 福 寺 法 相 宗 に よ る 山 門 戒 の 否 定 の 意 味 を 含 ん で い る と い え る。 我 が 国 に お け る 戒
律 の 宗 派 化 は 正 し く 叡 山 の 大 乗 戒 壇 の 独 立 に 始 ま り、 続 く 三 (59) 井 寺 戒 壇 の 独 立 運 動 も 又、 宗 派 化 の 進 展 と み る こ と が で き る。 し か し 実 範 に 始 ま る 南 都 の 興 律 運 動 を、 戒 律 の 法 相 宗 化 と す る こ と は で き な い。 な ぜ な ら、 南 都 戒 は、 受 戒 伝 律 を 聖 武 上 皇 よ り 一 任 さ れ た 鑑 真 の 律 緒 を 継 ぐ 超 宗 派 的 戒 律 と 考 え ら れ て い た か ら で あ る。 こ の よ う な 認 識 は 南 都 僧 綱 を 経 て 貞 慶、 覚 盛、 良 遍 頃 ま で 続 い て い る。 南 都 戒 を 法 相 家 に 伝 承 す る 戒 学 と 鑑 真 の 南 山 律 宗 と に 窺 別 し な け れ ば な ら な い と い う 宗 派 的 自 覚 は、 円 照、 証 玄 な ど 次 の 世 代 か ら 起 り、 凝 然 以 後、 宗 学 と し て 定 着 し て く る の で あ る。 二 凝 然 の 南 山 律 宗 (60) 律 宗 は 鑑 真 渡 来 以 前 か ら あ っ た と 云 わ れ て い る か ら、 南 都 六 宗 の一 と し て の 歴 史 は 長 い。 が 律 宗 の 綱 格 に つ い て 語 っ た も の は 少 な い。 凝 然 ( 一 二 四〇-一 三 二 一) 以 前 に は、 鑑 真 の 法 孫 で 招 提 寺 に 住 し た 豊 安 (-八 四 〇) が 天 長 七 年 奏 進 し た ﹁ 戒 律 伝 来 宗 旨 問 答 ﹂ が あ る だ け で あ る。 そ れ も 三 巻 の 内、 現 存 す る の は 戒 律 伝 来 を 述 べ た 上 巻 ( 大 正 蔵 七 四) だ け で、 律 宗 の 宗 要 に は 触 れ な い。 凝 然 が 三 国 仏 法 伝 通 縁 起 の 中 に ニ ケ 所 引 文 し て い る の が 唯 一 の 手 掛 り で あ る。 即 ち、 ﹁ 唐 招 提 寺 豊 安 僧 正 戒 律 宗 旨 云。 此 戒 或 名 二 三 摩 耶 戒 一或 名 二 金 剛 戒 噸 或 名 二 仏 性 戒 一﹂ と ﹁ 豊 安 戒 律 宗 旨 中 云 問 大 小 二 教 律 宗 何 摂 答 惣 東 二 諸 戒 学 一以 為 二 一 宗 一 之 於 二 我 朝 一唯 有 二 菩 薩 律 師 一元 来 無 レ 為 二 偏 執 局 見 小 乗 一故 四 分 律 亦 義 二 大 乗 一故 宣 律 師 四 分 律 砂 中 教 授 云 発 二 上 品 心 一言 二 上 品 心 一者 断 二 一 切 悪 一修 二 一 切 善 一 度 二 一 切 衆 生 一成 仏 従 レ 初 迄 レ 今 壇 上 師 僧 教 授 詞 句 在 二 於 弦一 也 故 戒 律 云 所 説 諸 功 徳 皆 共 成 仏 道 又 若 有 下 自 為 レ 身 欲 上 レ 求 二 (61) 於 仏 道 一当 レ 尊 二 重 禁 戒 一 此 是 諸 仏 教 ﹂ で あ る。 こ こ に 述 べ ら れ て い る こ と は、 鑑 真 伝 来 の 律 宗 は 偏 小 戒 で は な く 大 乗 で あ る。 大 小 の 戒 学 を 総 じ て 用 い る け れ ど も、 大 乗 三 聚 の 精 神 を 以 て 仏 果 を 目 的 と し て 禁 戒 を 護 持 す る 宗 旨 で あ る と い う に 止 ま る。 金 剛 戒 仏 性 戒 の 肘 語 に は 当 然 梵 網 経 が 予 想 さ れ る し、 ﹁ 三 摩 耶 戒 即 三 聚 法 ﹂ と 凝 然 は 解 す る け れ ど も、 む し ろ 真 言 三 摩 耶 戒 を 予 想 さ せ る。 鑑 真 の 戒 律 は、 当 時 最 も 大 乗 的 な 真 言 や 天 台 (梵 網) の 戒 と 同 義 で あ る こ と を 強 調 し た 用 語 で あ る と 思 わ れ る。 豊 安 に は、 道 宣 の 戒 を 円 宗 戒 と す る 規 定 も な い し、 鑑 真 の 戒 を 法 華 ・開 会 の 戒 と す る 宗 論 も 窺 え な い。 円 教 (62) 円 人 開 会 な ど の 用 語 は 凝 然 の 解 釈 の 中 に 出 て く る の で あ る。 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-9-密 教 文 化 又、 凝 然 は ﹁ 太 一 卉 木 章 ﹂ の 冒 頭 ﹁ 定 宗 分 斉 ﹂ の 項 で、 律 宗 所 学 の 分 斉 を 述 べ 終 っ て ﹁ 唐 招 提 寺 豊 安 僧 正 造 二 戒 律 記 三 巻 一 具 定 二 律 宗 所 学 分 斉 一 即 如 二 上 明 一 約 三 二 聚 法 一取 二 諸 律 等 一 (63) 為 二 其 分 斉 こ と 記 し て い る が、 大 小 諸 律 を 三 聚 の 精 神 で 護 持 す る と い う こ と 以 外 は 明 ら か で な い。 法 華 浬 藥 の 開 会 思 想 に よ っ て 小 律 即 三 聚 円 満 と い う よ う な 思 想 が 述 べ ら れ て い る の は 凝 然 の 解 釈 で あ っ て 直 ち に 豊 安 の も の と は で き な い。 延 喜 年 中 に 薬 師 寺 永 隠 が 律 宗 に つ い て 奏 進 し た 書 が あ り、 豊 安 の 記 と 同 旨 で あ っ た と 凝 然 は 本 書 で 語 っ て い る が 現 存 し な い。 円 珍 ( 八 一 四-八 九 一) が ﹁ 諸 家 教 相 同 異 集 ﹂ の 中 で 律 宗 に つ い て は ﹁ 律 宗 有 二 両 家 一 衆 家 二 砂 家 今 此 問 律 宗 恐 以 二 紗 家 一為 二 高 祖 一 耳 ﹂ ﹁ 律 宗 恐 以 二 大 小 二 乗 戒 本 並 諸 律 法 門 一而 為 二 所 依 一 耳 ﹂ ﹁ 成 実 倶 舎 両 宗 並 為 二 小 乗 一 律 宗 恐 大 小 通 用 レ 之 耳 (64) 其 余 五 宗 皆 是 大 乗 也 ﹂ と 述 べ、 ﹁ 恐 ﹂ と い う 不 明 確 な 表 現 に 終 っ て い る。 従 っ て、 律 宗 の 綱 格 を 述 べ て 南 山 道 宣 を 祖 と す る 律 宗 を 一 乗 円 極 の 宗、 法 華 開 会 の 宗 と 規 定 し、 道 宣 の 唯 識 円 教 の 思 想 を 天 台 宗 義 に よ っ て 解 釈 し、 鑑 真 に 始 ま り 法 進 ⋮⋮豊 安 と 継 承 さ れ た 戒 律 を 南 山 律 宗 の 正 統 と み て、 南 都 法 相 家 に 伝 承 す る 戒 学 と 区 別 し、 覚 盛 の 興 律 を 以 て 南 山 律 宗 の 再 興 と 規 定 し た の は、 凝 然 に 始 ま る と い え る。 凝 然 の 戒 観 は 南 山 教 義 章、 太 一 卉 木 章、 律 宗 環 鑑 章、 律 宗 綱 要、 雲 雨 砂、 入 宗 綱 要、 三 国 仏 法 伝 通 縁 起 な ど 現 存 の 典 籍 に よ っ て 知 ら れ、 そ の 戒 観 は (65) 覚 盛 の 法 相 為 本 の 戒 観 と 異 な っ て い る こ と に つ い て は 別 稿 に 譲 っ て 検 討 し た い。 こ こ で は、 凝 然 の 戒 観 が 元 照 ( 資 持 家) に 由 来 す る こ と を 確 認 し て お き た い。 霊 芝 元 照 ( 一〇 四 八 -一一一 六) が 道 宣 の 律 宗 を 再 興 す る に 当 っ て、 天 台 の 教 観 に よ り 法 華 開 顕 に 約 し て 道 宣 の 律 疏 を 解 釈 し た こ と に つ い て は、 仏 祖 統 紀 巻 四 六 に ﹁ 至 二 照 律 師 一始 約 二 (66) 法 華 開 顕 一作 二 資 持 記 一以 明 二 南 山 之 宗 一﹂ と 述 べ ら れ、 仏 祖 歴 代 (67) 通 載 巻 一 九 に も ﹁講 天 台 教 観 博 究 群 宗 以 律 為 本 ﹂ と 記 さ れ て い る が、 今、 凝 然 が 南 山 律 宗 の 綱 要 と し て 言 及 す る 宗 義 に 的 を 当 て て、 道 宣 の 行 事 砂 と 元 照 の 資 持 記、 道 宣 の 業 疏 と 元 照 の 済 縁 記 を 比 較 す る と 次 の よ う に な る。 道 宣 の 三 観 教 判 は 行 事 砂 の 臓 六 聚 法 篇 と 沙 弥 別 行 篇 及 び 業 疏 の 諸 戒 受 法 篇 に 出 て い る。 幟 六 聚 法 篇 で は ﹁ 一 者 諸 法 性 空 無 我。 此 理 照 心 名 為 小 乗。 二 者 諸 法 本 相 是 空。 唯 情 妄 見。 此 理 照 用 属 小 菩 薩。 三 者 諸 法 外 塵 本 無。 実 唯 有 識。 此 理 深 妙。
(67) 唯 意 縁 知。 是 大 菩 薩 仏 果 証 行﹂ と 述 べ ら れ、 資 持 記 は 之 を 解 し て ﹁次 列 三 観 標 中。 理 本 是 一。 何 有 三 者。 若 権 実 往 分 前 二 是 権。 後 一 是 実。 若 大 小 相 対 前 一 是 小 後 二 属 大。 若 約 開 権 会 小 終 帰 一 理。 若 対 三 宗 性 空 局 小 唯 識 局 大。 相 空 通 小 大 如 是 分 (68) 之 (中 略) 三 観 相 望 浅 不 知 深。 深 必 兼 浅 故 後 唯 識 即 為 円 観 ﹂ と 云 う。 道 宣 に は な い 権 実、 開 権 会 小、 円 観 と い う 天 台 宗 の 用 語 が 元 照 に よ っ て 使 用 さ れ る。 道 宣 は 唯 識 教 は 深 妙 で 大 乗 菩 薩 行 で あ る と 述 べ て 小 乗 や 小 菩 薩 と 判 別 し て い る だ け で あ る。 沙 弥 別 行 篇 で は ﹁経 中 乃 多 要 分 三 位。 一 者 小 乗 人 行。 観 事 生 滅 知 無 我 人 善 悪 等 性。 二 小 菩 薩 行。 観 事 生 滅 知 無 我 人 善 悪 等 相。 三 大 菩 薩 行。 観 事 是 心 意 言 分 別。 (中 略) 若 論 定 慧 小 観 相 空 深 観 唯 識。 鈍 見 空 時 不 分 別 色。 利 知 唯 識 不 分 別 空。 (69) 且 分 大 小 二 乗 略 知 途 略 ﹂ と 説 か れ、 資 持 記 は ﹁経 中 通 指 三 蔵。 列 示 中 三 観 並 云 観 事 者 (中 略) 前 二 性 相 錐 殊。 皆 以 空 為 (70) 理 也。 後 一 以 心 為 理。 前 二 為 権。 後 一 是 実 然 ( 以 下 略) ﹂ と 解 す。 業 疏 に は ﹁ 一 者 小 乗 人 行 観 事 生 滅 知 無 我 人 善 悪 等 性。 二 小 菩 薩 行 観 事 是 空 知 無 我 人 霊 量 心等 相。 三 大 菩 薩 行 観 事 是 心 意 言 (71) 分 別。 故 摂 論 云 従 願 楽 位 至 究 覧 位 名 観 中 縁 意 言 分 別 為 境 ﹂ と 行 事 砂 と 同 旨 が 述 べ ら れ、 元 照 の 済 縁 記 は ﹁ (前 略) 二 乗 小 聖 見 之 為 空 然 而 不 知 生 滅 去 来 本 如 来 蔵 故 大 菩 薩 但 了 唯 (72) 心 円 修 三 観 不 偏 性 相 故 名 中 道 (下 略)﹂ と 解 し て い る。 道 宣 が 有 空 中 を 並 列 的 に 説 く の に 対 し、 元 照 は ﹁ 円 修 三 観 ﹂ と 解 し、 天 台 の 三 諦 相 即 の 円 融 説 を 予 想 さ せ る。 道 宣 の 戒 体 論 は 業 疏 諸 戒 受 法 篇 に 示 さ れ る。 ﹁ 夫 戒 体 者 何 耶 ( 中 略) 今 論 此 法 三 宗 分 別 (以 下 薩 婆 多 宗 は 色 を 戒 体 と し 成 実 宗 は 非 色 心 を 戒 体 と す る こ と を 述 べ 終 っ て) 後 約 円 教 明 戒 体 者 (中 略) 欲 了 妄 情 須 知 妄 業 故 作 法 受 還 薫 妄 心 於 本 蔵 (73) 識 成 善 種 子 此 戒 体 也 ﹂ こ の 三 宗 戒 体 論 の 中 の 円 宗 (教) 戒 体 に つ い て の 済 縁 記 の 註 釈 は 詳 細 を 極 め る。 即 ち ﹁ 円 教 中 先 開 大 意 略 為 五 門 (中 略). 是 知 如 来 唯 有一 乗 円 極 妙 戒 (中 略) 故 云 於 一 仏 乗 分 別 説 三 即 其 意 也 二 釈 名 者 前 並 小 教 此 是 大 乗 以 大 決 小 不 待 受 大 即 円 頓 義 也 ⋮⋮即 円 融 義 也 ⋮⋮即 円 満 義 也 具 此 諸 意 故 名 為 円 (中 略) 五 示 所 拠 問 依 何 教 義 立 此 教 耶 答 下 引 法 華 浬 桀 二 経 為 証 法 華 開 声 聞 而 作 仏 浬 盤 扶 小 律 以 談 常 舎 此 二 経 余 無 此 義 華 厳 隔 出 方 等 弾 講 是 以 梵 網 斥 二 (74) 乗 為 邪 見 学 則 有 違 善 戒 指 小 法 為 方 便 不 学 成 犯 ﹂ と 述 べ て、 南 山 律 宗 で は 声 聞 戒 を 白 四 法 に よ っ て 受 戒 す る こ と に よ っ て 一 乗 円 極 の 戒 体 を 発 す る こ と を 明 示 し、 こ の 宗 義 の 典 拠 は、 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-11-笛 教 文 化 法 華 の 開 顕 思 想 と 浬 榮 の 扶 律 談 常 の 思 想 を お い て 外 に な い と 断 言 し て い る。 業 疏 の 中 で 三 聚 戒 と 三 身 の 因 果 関 係 に 言 及 し た 一 節 ﹁ 是 故 行 人 常 思 此 行 即 摂 律 儀 用 為 法 仏 清 浄 心 也 以 妄 覆 真 不 令 明 浄 故 須 修 顕 名 法 身 仏 (以 下 即 摂 善 法 名 報 身 仏、 摂 衆 生 戒 を 化 (75) 身 仏 に 当 て る) ﹂ を、 元 照 は 整 理 敷 彷 し て、 三 誓 ( 断 悪 誓 ・ 修 善 誓 ・ 度 衆 生 誓) 三 戒 ( 摂 律 儀 戒 ・ 摂 善 法 戒 ・ 摂 衆 生 戒) 三 行 ( 離 染 行 ・ 方 便 行 ・ 慈 悲 行) 三 解 脱 門 ( 無 作 ・ 空 ・ 無 相) 三 仏 ( 法 身 ・ 報 身 ・ 応 身) 三 徳 ( 断 徳 ・ 智 徳 ・ 恩 徳) に 配 当 し 次 の 如 く 述 べ る。 ﹁ 然 此 三 誓 三 戒 三 行 三 脱 三 仏 三 徳 随 挙 一 誓 三 誓 具 足 乃 至 三 身 三 徳 一一 皆 爾 言 有 前 後 理 無 各 別 如 是 心 受 即 発 円 体 如 是 心 持 即 成 円 行 ( 中 略) 即 之 一 字 点 小 為 大 乃 是 円 宗 融 会 之 意 ( 中 略) 勝 量 謂 砒 尼 即 大 乗 学 須 (76) 得 此 意 可 通 彼 文 ﹂ 又、 ﹁問 三 聚 三 身 為 同 為 別 答 語 異 義 一 随 挙 一 戒 三 聚 具 足 随 挙 一 聚 互 具 亦 然 故 知 初 受 円 発 三 誓 随 中 奉 持 円 修 三 行 成 因 感 果 果 円 証 三 身 三 誓 即 是 三 聚 三 身 三 聚 亦 即 三 身 三 誓 三 身 亦 即 三 誓 三 聚 心 仏 無 差 因 果 不 (77) 二 能 如 此 者 始 名 円 戒 ﹂ と 述 べ、 道 宣 が 三 聚 三 身 の 因 果 関 係 を 説 い た に 過 ぎ な い 一 節 を、 か く の 如 く 敷 彷 解 釈 し、 天 台 の 円 融 相 即 の 義 に よ っ て 円 戒 を 強 調 す る。 道 宣 が 法 華 開 顕 の 義 を 用 い た と 思 わ れ る の は 業 疏 の ﹁今 識 前 縁 終 帰 大 乗 故 須 域 心 於 処 夷 故 経 云 十 方 仏 土 唯 有一 乗 除 仏 (78) 方 便 仮 名 字 説 ﹂ の 文 で、 元 照 の 済 縁 記 に は、 行 人 域 心 之 処 と し て 道 宣 の 説 く ﹁ 大 乗 ﹂ を ﹁ 仏 乗 ﹂ と 換 言 し て 法 華 開 顕 の 意 を 明 確 に し、 更 に ﹁ 弥 陀 浄 土 ﹂ を 末 世 行 人 の 域 心 の 処 と し て 挙 げ、 三 戒 を 上 品 三 心 に 配 し て、 自 ら の 浄 土 思 想 を 表 明 し て (79) い る。 こ の よ う に み る と、 凝 然 の 常 套 語 で あ る 円 発 円 行 円 修 円 証 円 戒 円 極 円 融 円 頓 円 観 な ど は す べ て 元 照 の 用 例 で あ り、 道 宣 よ り は 元 照 の 思 想 に 従 っ て い る こ と が わ か る。 又、 ﹁ 浬 繋 開 会 ﹂ と い う 語 は 資 持 記 上 一 に ﹁ 三 者 円 教 宗 即 用 浬 禦 開 会 之 (80) 意 決 了 権 乗 同 帰 実 道 ﹂ と 用 い ら れ て い る が、 ﹁ 法 華 開 会 ﹂ の 用 例 は 元 照 に な く、 元 照 は 法 華 開 顕 と い う。 元 照 の 資、 則 安 の ﹁ 行 事 紗 資 持 記 序 解 井 五 例 講 義 ﹂ の 中 に ﹁ 即 下 正 示 浬 繋 開 会 ( 中 略) 又 法 華 云 十 方 仏 土 中 唯 有 一 乗 法 無 二 亦 無 三 皆 開 (81) 会 之 意 ﹂ と あ っ て 法 華 浬 契 開 会 の 用 例 を 開 く。 又、 三 宗 の 名 称 を 道 宣 は 薩 婆 多 宗、 成 実 宗 ( 仮 名 宗) 円 教 ( 円 宗) と す る。 元 照 も 道 宣 に 従 い、 時 に 多 宗 を 実 法 宗 と 呼 ぶ。 こ れ を ﹁ 有 宗、
(82) 空 宗、 円 宗﹂ と 呼 ぶ の は 則 安 の 五 例 講 義 で あ る。 凝 然 は 則 安 に 従 う。 南 山 宗 が 四 分 律 宗 と 称 せ ら れ る 如 く、 諸 律 中 四 分 為 本 で あ る の は、 四 分 に 分 通 大 乗 の 義 が あ る か ら で あ る。 こ の 点 を 道 宣 は ﹁ 何 況 四 分 通 明 仏 乗 故 ﹂ と 述 べ、 五 義 を 列 挙 し て 分 通 大 (84) 乗 の 義 を 示 す。 又 ﹁ 由 此 宗 中 分 通 大 乗 ﹂ と い う 此 宗 は 成 実 宗 を 指 す が ﹁ 成 論 所 弁 正 通 四 分 曇 無 徳 宗 ﹂ と 云 わ れ る 如 く、 成 実 を 四 分 当 宗 と す る か ら 右 文 は 四 分 を 指 し て 分 通 大 乗 と 称 し て い る こ と に な る。 従 っ て こ の 箇 所 を 元 照 は ﹁ 言 分 通 者 四 分 部 中 纏 大 乗 義 如 下 五 種 全 乖 小 宗 況 明 心 造 超 過 有 部 ﹂ と 解 し て い る。 こ の ﹁ 超 過 有 部 ﹂ の 語 も 凝 然 の 好 む 用 例 で あ る。 道 宣 は、 四 分 は 成 実 仮 名 宗 の 分 斉 で あ っ て も ﹁ 此 四 分 宗 義 当 大 (86) 乗 ﹂ か ら、 他 部 の 律 蔵 に は 代 え ら れ な い と い う 意 趣 を 分 通 大 乗 の 語 の 中 に 含 め て い る よ う で あ る が、 元 照 に な る と ﹁ 然 今 四 分 正 当 仮 宗。 深 有 兼 浅 之 能。 故 労 収 有 部。 教 慈 分 通 之 義。 (87) 故 終 会 円 乗。 是 則 大 小 通 塞 仮 実 浅 深。 一 代 雄 詮 歴 然 可 見 ﹂ と 解 釈 せ ら れ、 有 宗 も 仮 宗 も 終 に は 一 円 乗 に 融 会 し、 一 乗 円 極 三 聚 妙 戒 に 詮 じ つ め ら れ て く る。 道 宣 の 四 分 律 宗 は、 元 照 に よ っ て 一 乗 円 戒 へ と 重 点 が 移 さ れ た よ う で あ る。 泉 涌 寺 の 北 京 律 所 依 の 典 籍 の 中 に、 元 照 の 行 事 砂 資 持 記、 掲 磨 疏 済 縁 記、 戒 本 疏 行 宗 記、 芝 園 集 な ど が あ る こ と か ら み (88) て も、 霊 芝 の 宗 風 を 伝 承 し た こ と は 明 白 で あ る。 俊 彷 が 入 宋 師 事 し た 如 奄 了 宏 は、 元 照 よ り 四 代 目 の 法 孫 に 当 る。 日 本 俊 栃 の 問 に 対 し て 宋 国 了 然、 智 瑞、 妙 音 の 三 師 が 答 え た ﹁ 律 宗 問 答 ﹂ に よ る と、 南 山 律 宗 の 唯 識 円 観 は、 例 え 摂 大 乗 論 の 所 説 に よ っ て 四 位 五 十 二 位 の 修 行 位 を 採 用 し て い て も、 円 修 で あ る か ら、 法 相 宗 の 唯 識 観 が 真 俗 別 観 で あ る の と は 異 な る と 答 え、 む し ろ 天 台 の 一 心 三 観、 華 厳 の 法 界 唯 心 観 と 同 旨 で あ (89) る と 答 え て い る。 浄 因 作 ﹁ 律 家 円 宗 料 簡 ﹂ に は 四 種 の 戒 法 が 弁 別 さ れ て い る が、 南 山 律 宗 は 法 華 浬 葉 開 会 の 戒 法 を 用 い る 円 宗 で あ っ て、 善 戒 玲 伽 等 従 小 入 大 の 重 楼 漸 戒 と は 明 確 に 区 別 さ れ る。 そ の 円 宗 戒 と は、 四 分 律 を 白 四 法 に よ っ て 受 戒 す る こ と に よ っ て 三 聚 円 発 し ( 大 乗 三 聚 の 円 体 を 発 す。 即 ち 唯 律 儀 一 戒 を 開 会 す る) 律 儀 一 戒 を 随 行 す る 戒 律 宗 で あ り、 換 言 す れ ば 別 受 為 本 の 受 随 で あ る が、 三 聚 を 成 ず る 為 に 重 楼 説 (90) に 基 づ い て 通 受 菩 薩 戒 を 増 受 す る こ と が 表 明 さ れ て い る。 又、 四 分 分 通 遠 期 之 旨 と 円 宗 直 顕 之 意 と は ﹁権 実 稽 異 不 可 雷 同 夷 ﹂ と 述 べ ら れ、 円 宗 実 教 を 分 通 大 乗 の 権 教 よ り 優 位 に 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-13-密 教 文 化 お く 姿 整 を 示 す が、 前 述 の 如 く、 こ れ は 元 照 の 立 場 で あ る。 本 書 は 専 ら、 元 照 の 戒 体 章 と 済 縁 記 を 援 用 し て 立 論 さ れ て い る。 浄 因 は、 入 宋 律 学 の 戒 光 寺 浄 業 に 連 な る と 共 に 俊 笏-定 舜-浄 因 の 律 系 に あ っ て、 宋 代 南 山 律 宗 を 承 け、 ﹁ 人 成 謂 為 (91) 大 智 ( 元 照) 再 来 ﹂ と 云 わ れ る。 嘉 禎 三 年 ( 一 二 一二 七)、 覚 盛 叡 尊 ら 南 都 の 律 匠 は、 泉 涌 寺 定 舜 を 海 竜 王 寺 に 招 い て 一 夏 九 旬 の 間、 南 山 律 疏 を 聴 講 し た。 そ れ か ら 二 十 一 年 目 の 正 嘉 二 年、 円 照 ( 覚 盛 資) は 浄 因 を 戒 壇 院 に 招 い て 戒 疏 を 講 ぜ し め た。 ﹁ 今 戒 壇 院 請 因 上 人 (92) 自 爾 巳 来 南 北 律 宗 和 通 不 二 殊 無 異 儀 ﹂ と 凝 然 は 述 べ、 泉 涌 寺 の 律 風 が 南 都 に 移 さ れ、 戒 壇 招 提 の 律 宗 が 北 京 律 と 全 く 同 じ く 宋 代 南 山 宗 化 し た こ と を 示 す が、 凝 然 ら 円 照 門 下 は、 こ の 浄 因 に 多 大 の 影 響 を 受 け て い る の で あ る。 従 っ て、 凝 然 の 戒 観 は、 北 京 律 の 影 響 を 経 て 元 照 に 由 来 す る と い え る。 凝 然 に よ っ て 南 山 律 宗 学 の 綱 格 が 整 理 規 定 さ れ、 道 宣 -弘 景-鑑 真-法 進 と い う 中 国 日 本 の 伝 通 が 強 調 さ れ、 覚 盛 の 興 律 に 南 山 宗 の 再 興 と い う 歴 史 的 意 義 が 付 与 さ れ て よ り、 覚 盛 を 中 祖 と す る 招 提 寺、 覚 盛 の 資 円 照 を 中 興 と す る 戒 壇 院 は 泉 涌 寺 北 京 律 と 共 に 南 山 律 宗 の 正 統 と 自 負 さ れ る に 至 る。 そ し て 北 京 律 の 全 咬 (-一 三 一 五-) の ﹁ 祖 乗 要 集 ﹂、 宗 円 (-一 二 三 二-) の ﹁ 終 南 山 金 玉 集 ﹂、 大 覚 寺 清 算 ( 戒 壇 院 修 学 -一 三 岬 八-) の ﹁ 三 宗 綱 義 ﹂ ﹁ 円 宗 綱 義 ﹂ ﹁ 三 観 綱 義 ﹂、 招 提 寺 照 遠 (-一 三 四 三-) の ﹁ 資 行 抄 ﹂ ﹁ 警 意 抄 ﹂ ﹁ 顕 縁 抄 ﹂ な ど の 宗 義 書、 ﹁ 唐 招 提 寺 解 ﹂、 近 世 に な っ て ﹁ 伝 律 図 源 解 集 ﹂ ﹁ 招 提 千 歳 伝 記 ﹂ な ど の 宗 派 史 が 出 る。 こ れ に 対 し て、 定 泉 (-一三一 二 -) の ﹁ 三 聚 四 字 砂 ﹂ が 出 て、 叡 尊 を 祖 と す る 西 大 寺 派 の 戒 観 を 遍 学 三 蔵 相 伝 の 法 相 宗 戒 観 と 規 定 し て 以 来、 英 心 (-一 三 〇 八-) の ﹁ 菩 薩 戒 問 答 洞 義 抄 ﹂、 道 基 (-一 三 三 八-) の ﹁ 菩 薩 戒 潜 底 抄 ﹂、 作 者 不 詳 の ﹁ 菩 薩 戒 綱 要 砂 ﹂ な ど の 宗 義 書 が 輩 出 し て 戒 律 の 宗 派 化 を 進 め る。 註 (1) 大 正 七 四 巻 五 八 中。 (2) 大 正 七 四 巻 五 〇 中。 (3) 貞 慶 ・ 南 都 叡 山 戒 勝 劣 事 ・ 仏 全 一〇 五 巻。 信 空 ・ 定 泉 ・ 梵 網 古 述 補 忘 紗 巻 四 ・ 日 蔵 一 九 巻。 元 休 ・ 徹 底 章 ・ 日 蔵 二 五 巻。 (4) 大 野 法 道 ・ 大 乗 戒 経 の 研 究 四 一 五。 (5) 道 端 良 秀 ・ 宋 代 の 大 乗 戒 壇 ・ 印 仏 研 究 二 一 の 一。 鏡 島 元 隆 ・ 禅 戒 の 成 立 と 円 頓 戒 ・ 日 仏 年 報 三 二。 (6) 叡 尊 ・ 感 身 学 正 記 ・ 西 大 寺 叡 尊 伝 記 集 成 一 一。 (7) 同 一 九。
(8) 同 前 一 四。 (9) 律 苑 僧 宝 伝 第 一 一 ・ 仏 全 一 〇 五 巻 二 五 七。 (10) 日 蔵 三 五 巻 四 九 一。 (11) 二 受 紗 ・ 大 正 七 四 巻 五 五 中。 五 六 上。 遣 疑 紗 ・ 大 正 七 四 巻 四 九 上。 (12) 同 前 五 五 上 ・ 中 ・ 下。 五 〇 中。 (13) 同 前 五〇 上。 五 五 下-五 六 上。 (14) 同 前 五 〇 中。 五 六 上。 (15) 同 前 五 四 上。 (16) 同 前 五 七 上。 五 七 中-五 八 上。 (17) 感 身 学 生 記 ・ 前 掲 九。 (18) 大 正 七 四 巻 八 九 上。 八 九 下。 (19) 凝 然・ 通 受 比 丘 餓 悔 両 寺 不 同 記 ・ 大 正 七 四 巻 六 二 上。 (20) 二 受 紗 ・ 前 掲 五 四 中。 (21) 二 受 紗 ・ 前 掲 五 三 下-五 四 上。 (22) 大 正 七 四 巻 四 六 中。 (23) 二 受 紗 ・ 前 掲 五 三 下。 (24) 遣 疑 妙 ・ 前 掲 四 八 下-四 九 上。 (25) 日 蔵 三 五 巻 五 六 二。 五 六 四。 (26) 凝 然 ・ 通 受 餓 悔 両 寺 不 同 記 ・ 前 掲 五 九 中。 (27) 同 前 六一 中。 (28) 日 蔵 三 四 巻 五〇 六-五〇 七。 (29) 定 泉 ・ 表 無 表 章 顕 業 抄 ・ 日 蔵 三 四 巻 六 五 九。 同 ・ 三 聚 浄 戒 通 受 峨 悔 事 ・ 日 蔵 三 五 巻 六 八 七。 同 ・ 三 聚 四 字 紗 ・ 日 蔵 三 五 巻 六 九 一 ・ 六 九 三 ・ 六 九 六。 作 者 不 詳 ・ 菩 薩 戒 綱 要 紗 ・ 大 正 七 四 巻 一 〇 三 中。 (30) 大 野 法 道 ・ 大 乗 戒 経 の 研 究 一 五 九-。 一 八 三-。 二 五 二-。 沖 本 克 巳 ・ 菩 薩 善 戒 経 に つ い て ・ 印 仏 研 究 二 二 の 一。 平 川 彰 ・ 大 乗 戒 と 十 善 道 ・ 印 仏 研 究 八 の 二。 同 ・ 初 期 大 乗 仏 教 の 研 究 四 二 二-。 (31) 四 分 律 行 事 紗 ・ 大 正 四 〇 巻 一 四 九 中。 (32) 土 橋 秀 高 ・ 道 宣 の 菩 薩 戒 ・ 印 仏 研 究 一 五 の 一 ・ 一 三 三。 (33) 大 正 四〇 巻 五 六 八 上-五 六 九 上。 (34) 土 橋 秀 高 ・ 敦 煙 本 受 菩 薩 戒 儀 考 ・ 印 仏 研 究 八 の 一。 (35) 卍蔵 二〇 ・ 六 ・ 一 九 三 右 上。 (36) 卍蔵 一 七 ・ 一・ 八 二 左 上。 (37) 卍 蔵 一 七 ・ 二 ・ 一 八 三 右 上。 (38) 授 大 乗 菩 薩 戒 儀 ・ 芝 苑 遺 編 中 ・ 続 蔵 二 ・ 一 〇 ・ 三。 (39) 続 蔵 二 ・ 一 〇 ・ 四 ・ 三 四 九 右。 (40) 日 蔵 三 五 巻 四 九 九。 (41) 受 菩 薩 戒 法 ・ 勧 発 菩 提 心 集 巻 下 ・ 大 正 四 五 巻。 (42) 妙 楽 十 二 門 戒 儀 ・ 仏 全 二 四。 (43) 感 身 学 生 記 ・ 前 掲 二 四。 (44) 元 休 ・ 徹 底 章 ・ 日 蔵 二 五 巻 六 七 八。 徳 田 明 本 ・ 俊 笏 律 師 撰 ﹁ 南 山 宗 旨 抄 ﹂ に つ い て ・ 南 都 仏 教 二 九 号 一 七。 (45) 嘉 禎 三 年、 俊 茄 の 弟 子 定 舜 を 海 竜 王 寺 に 招 い て 一 夏 九 旬 の 間 大 小 律 疏 を 受 講 し、 覚 盛 ら 南 都 の 律 匠 は 宋 代 の 南 山 律 風 に 援 し た こ と は 凝 然 の 円 照 上 人 行 状、 元 休 の 徹 底 章、 律 苑 僧 宝 伝 巻 十 一 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-15-笛 教 文 化 に 出 て い る。 (46) 日 蔵 三 五 巻 五 七 七。 (47) 卍蔵 二 〇 ・ 六 ・ 一 九 二 左-一 九 三 左。 (48) 卍蔵 一 七 ・ 二 ・ 二 一 六 右-二一 七 右。 (49) 大 正 四 五 巻 三 九 六 上-三 九 七 下。 (50) 西 大 寺 蔵。 (51) 太 田 久 紀 ・ 良 遍 の 思 想 ・ 印 仏 研 究 一 五 の 一。 勝 又 俊 教 ・ 鎌 倉 時 代 に お け る 唯 識 観 の 実 践 ・ 印 仏 研 究 一 五 の 二。 勝 又 ・ 鎌 倉 時 代 に お け る 法 相 教 学 の 諸 問 題 ・ 印 仏 研 究 一 六 の 二。 山 崎 慶 輝 ・ 鎌 倉 期 に 発 揮 さ れ た 唯 識 説 ・ 日 仏 年 報 三 四。 (52) 良 遍 ・ 別 受 行 否 ・ 日 蔵 三 五 巻 五 七 四。 (53) 良 遍 ・ 通 受 軌 則 有 難 通 会 抄 ・ 日 蔵 三 五 巻 五 七 八。 (54) 定 泉 ・ 三 聚 四 字 紗 ・ 日 蔵 三 五 巻 七 一 三。 英 心 ・ 菩 薩 戒 問 答 洞 義 抄 ・ 大 正 七 四 巻 八 八 中。 (55) 羅 敲 髄 章 ・ 日 蔵 ・ 戒 律 宗 章 疏 三 ・ 三〇 三。 (56) 円 仁 ・ 顕 揚 大 戒 論 巻 二 ・ 大 正 七 四 巻 六 八 一 中-。 (57) 通 別 二 受 紗 ・ 前 掲 五 六 下。 通 受 遣 疑 紗 ・ 前 掲 五 二 下-五 三 上。 (58) 良 遍 ・ 菩 薩 戒 通 別 二 受 紗 ・ 日 蔵 三 五 巻 五 六 九。 (59) 三 井 寺 戒 壇 独 立 の 勅 許 を め ぐ る 寺 門 と 山 門 の 争 い は 長 暦 三 年 ( 一 〇 三 九) よ り 元 応 元 年 (一三一 九) ま で 続 き、 ( 辻 善 之 助 ・ 日 本 仏 教 史 上 世 ・ 中 世 一) 此 の 間、 山 門 徒 は 南 都 戒 を 指 し て 小 乗 戒 と 財 称 し、 戒 壇 院 戒 和 上 を 指 し て ﹁ 他 宗 之 和 上 ﹂ と 呼 ん で ( 寺 門 伝 記 補 録 第 一 八 ・ 仏 全 一 二 七) 南 都 側 の 反 論 を 招 い た ( 興 福 寺 僧 綱 大 法 師 等 奏 状 ・ 仏 全 一 二 四。 南 都 叡 山 戒 勝 劣 事 ・ 仏 全 一 〇 五) (60) 二 葉 憲 香 ・ 奈 良 時 代 に お け る 律 宗 と 戒 律 ・ 印 仏 研 究 十 三 の 一。 (61) 仏 全一〇一 巻 一 二 五。 (62) 徳 田 明 本 ・ 鑑 真 和 上 の 律 宗 ・ 南 都 仏 教 二 四 号 四 四 に は、 鑑 真 ・ 豊 安 の 所 奉 は 頓 円 頓 妙 の 極 戒 を 説 く 南 山 円 宗 戒 で あ る と 云 わ れ る。 (63) 日 蔵 三 五 巻 七 五 六。 (64) 大 正 七 四 巻 三 一 二 中-下。 (65) 拙 稿 ・ 凝 然 の 南 山 律 宗 ・ 印 仏 研 究 二 四 の 一。 (66) 大 正 四 九 巻 四 二 〇 中。 (67) 大 正 四 九 巻 六 八 一 上。 (67) 大 正 四 〇 巻 九 六 中。 (69) 大 正 四 〇 巻 三 五 〇 中-三 五 一 上。 (70) 大 正 四 〇 巻 一 四 九 上-下。 (70) 大 正 四 〇 巻 四 一 七 中-四 一 九 中。 (71) 続 蔵 一 ・ 六 四 ・ 四 ・ 三 七 三 左。 (72) 同 前。 (73) 続 蔵 一 ・ 六 四 ・ 五 ・ 四 二 六 左-四 三〇右。 (74) 同 前 四 二 八 左-四 二 九 右。 (75) 同 前 四 三 〇 左-四 三 一 右。 三 戒 三 身 の 因 果 関 係 に つ い て は ﹁ 釈 門 帰 敬 儀 ﹂ 大 正 四 五 巻 八 五 六 中-下 に も 言 及 さ れ る。 (76) 済 縁 記 ・ 続 蔵 前 掲 四 三 一 右。 (77) 同 前 四 三 一 左。 (78) 同 前 四 三 二 右。
(79) 同 前 四 三 二 左。 (80) 大 正 四〇 巻 一 五 七 下。 (81) 続 蔵 一 ・ 七〇 ・ 一 ・ 九 六 左。 (82) 同 前 九 六 右。 (83) 業 疏 ・ 続 蔵 前 掲 四 三 三 右。 (84) 同 前 四 二 七 左。 (85) 済 縁 記 ・ 同 前 四 二 七 左。 (86) 行 事 妙 ・ 大 正 四〇 巻 二 六 中。 (87) 資 持 記 ・ 大 正 四 〇 巻 一 五 七 下。 (蓼 恵 谷 隆 戒 ・ 俊 茄 律 師 の 北 京 律 を 中 心 と し た 京 都 の 戒 律 復 興 運 動 ・ 石 田 充 之 編 俊 笏 律 師 五 八。 (89) 続 蔵 二 ・ 一 〇 ・ 四 ・ 三 四 六 左-三 四 八 右。 (90) 日 蔵 三 五 巻 四 九 九-五 〇 一。 (91) 律 苑 僧 宝 伝 巻 十 一 ・ 仏 全 一 〇 五 巻 二 五 五。 (92) 東 大 寺 円 照 上 人 行 状 ・ 続 々 群 書 三 巻 四 八 九。 (93) 徳 田 明 本 ・ 律 宗 文 献 目 録。 招 提 ・ 戒 壇 派 と 西 大 寺 派 戒 観 と の 相 違 に つ い て は、 徳 田 明 本 ・ 南 山 律 宗 と し て の 西 大 寺 派 に つ い て ・ 南 都 仏 教 一 八。 三 叡 尊 の 興 法 利 生 興 正 菩 薩 叡 尊 ( 一 二 〇 一-一 二 九 〇) は 醍 醐 清 滝 宮 に 祈 請 し て 真 言 修 学 の 霊 夢 を 感 じ、 同 山 西 谷 恵 操 法 師 よ り ﹁ 真 言 為 宗 ﹂ の 教 訓 を 蒙 り、 ﹁ 修 学 密 宗 興 法 利 生 之 願 ﹂ を 発 し て 十 七 才 で 剃 髪 し た。 三 十 四 才 の 時、 大 日 経 巻 二 の 不 惜 身 命 四 重 禁 戒 を 護 持 す べ き 文、 同 疏 第 九 の 此 の 四 戒 は 真 言 乗 の 命 根、 亦 是 正 法 の 命 根 の 文、 及 び 弘 法 大 師 遺 誠 の 顕 密 二 戒 堅 固 受 持、 も し 犯 す れ ば 非 仏 弟 子、 非 我 弟 子、 魔 党 と 名 つ く な ど の 文 証 に よ り、 禁 戒 を 護 持 し 律 儀 を 随 行 し な け れ ば 密 法 の 功 徳 は 成 就 し (1) な い こ と を 覚 っ た と い う。 こ の よ う に 叡 尊 自 身 が 語 っ て、 い る こ と よ り み て、 真 言 密 教 を 興 隆 し て 衆 生 済 度 す る た め の 必 須 の 前 提 と し て、 先 づ 戒 律 の 再 興 を 志 し た の が 叡 尊 の 立 場 で あ り、 覚 盛 が 実 範 ⋮⋮貞 慶 の 興 福 寺 法 相 家 の 伝 統 の 中 か ら 興 律 の 悲 願 を 起 こ し た の と は 対 照 的 で あ る。 こ の こ と は、 文 永 六 年 八 月 二 十 五 日、 信 空 に 授 与 さ れ た、 (2) 仏 性 三 昧 耶 戒 印 明 の 付 嘱 記 に よ っ て も 云 え る こ と で あ る。 記 に は、 去 る 寛 元 三 年 入 月 二 十 五 日 後 夜 の 行 法 中 に、 叡 尊 は 文 殊 菩 薩 よ り 仏 性 戒 潅 頂 印 明 を 授 与 さ れ た と 述 べ ﹁叡 尊 戒 律 之 再 興 は 専 ら 三 摩 耶 戒 の 為 な り。 愉 伽 の 掲 磨 を 披 き 得 て 自 誓 受 具 し 樋 賜 畢 ぬ。 愛 に 大 聖 従 他 の 軌 則 を 以 て 戒 法 成 仏 潅 頂 の 伝 授 を 蒙 る 者 也。 信 心 厚 深 の 至 り、 偏 に 以 て 冥 通 す。 未 来 際 を 尽 す ま で 伝 戒 の 和 上 師 資 相 承 し て 断 絶 す べ か ら ず。 若 し 此 の 印 可 断 絶 せ し め ば 我 か 再 興 律 法 又 以 て 断 絶 す。 律 法 と 密 教 と 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-17-笛 教 文 化 一 心 に 於 て 目 月 の 如 し﹂ ( 原 漢 文) と 述 べ る。 戒 律 再 興 は 専 ら 真 言 三 摩 耶 戒 の た め で あ る と い い、 密 教 律 法 不 離 一 体 を 揚 言 し て い る。 興 律 の 経 過 は、 最 初 は 覚 盛 ら 興 福 寺 法 相 家 の 指 導 に よ っ て 通 受 比 丘 性 を 成 じ、 以 後 西 大 寺 結 界、 四 分 梵 網 両 布 薩、 家 原 寺 に お け る 如 法 別 受 戒 再 興 ま で、 叡 尊 は 覚 盛 と 手 を 携 え て 行 を 共 に し、 建 長 元 年 ( 一 二 四 九) 二 月、 法 華 寺 比 丘 尼 授 戒 に (3) よ っ て ﹁ 日 本 国 如 法 修 行 七 衆 円 満 始 也 ﹂ と な っ て 興 律 の 悲 願 が 達 成 さ れ た こ の 年 五 月、 覚 盛 は 五 十 六 才 で 没 し た。 こ の 時 四 十 九 才 の 叡 尊 は 正 応 三 年 九 十 才 の 長 寿 を 全 う す る ま で の 四 十 年 間、 覚 盛 存 命 で あ れ ば 恐 ら く 共 に 歩 ん だ で あ ろ う 興 法 利 生 の 道 を 一 人 で 進 む こ と に な っ た。 叡 尊 の 広 範 囲 な 興 法 利 生 の 足 跡 を 要 約 す る と、 一、 律 法 密 教 興 隆 に よ る 正 法 復 帰 運 動。 二、 釈 尊 文 殊 両 信 仰 に 基 づ く 衆 生 救 済 活 動。 三、 菩 薩 戒 の 授 与 と そ の 実 践 と し て の 殺 生 禁 断 の 奨 励 と な ろ う。 叡 尊 が 釈 尊 在 世 正 法 時 へ の 恋 慕 の 情 を 抱 い て い た こ と は (4) ﹁ 釈 迦 遺 法 芯 蕊 叡 尊 ﹂ の 自 称 に も 窺 え る が、 嘉 禎 二 年 自 ら 通 受 比 丘 と な っ て よ り、 通 受 具 足 戒 の 弟 子 一 二 二 六 人、 沙 弥 沙 弥 尼 式 叉 摩 那 四 六 入 人、 在 家 菩 薩 戒 の 弟 子 九 六 〇 一 六 人 に 上 り、 寛 元 三 年 泉 州 家 原 寺 を 始 め に、 弘 安 六 年 京 都 浄 住 寺、 同 七 年 招 提 寺 と 三 回 の 別 受 戒 を 行 じ、 一 〇 七二一 座 の 講 律 を 行 (5) っ た な ど は す べ て 七 衆 円 満 の 正 法 復 帰 の 大 願 に 基 づ い て い る。 一 方、 醍 醐 の 松 橋 流 を 本 流 と し た 叡 尊 は、 建 長 五 年 よ り 没 年 ま で 西 大 寺 に 於 て 毎 日 三 時 の 供 養 法 を 修 す る こ と 四 一 二〇 八 座 に 及 ん で い る。 又、 真 言 八 祖 の 御 影、 金 胎 両 界 曼 茶 羅 を 図 絵 し て 西 大 寺 に 納 め、 弘 安 六 年 以 来、 数 度 の 伝 法 潅 頂 を 行 っ て 七 二 人 の 密 教 伝 法 の 弟 子 を 養 成 し て い る。 西 大 寺 の 年 中 法 会 は、 正 月 一 七 目 間 は 駄 都 法、 護 摩 な ど 七 壇 秘 法 に よ っ て 天 下 泰 平 を 祈 り、 後 七 日 は 長 陀 羅 尼 会 に よ っ て 国 家 安 全 寺 内 粛 清 を 祈 る こ と に 始 ま る。 浬 盤 会、 仏 生 会、 最 勝 会、 光 明 会、 仏 名 会、 祖 忌 等 の 諸 法 会 は 永 世 敢 忽 に す る べ か ら ず と 門 (6) 弟 に 遺 言 さ れ て い る。 叡 尊 は 関 東 下 向 時 に も 毎 月 二 十 一 日 に (7) は 必 ず 弘 法 大 師 の 御 影 供 を 修 し て い る。 殊 に 文 永 元 年 九 月 四 (8) 日 を 初 例 と し て 始 め ら れ た 七 日 七 夜 不 断 光 明 真 言 会 は 民 衆 を 始 め 荘 官 名 主 層 の 帰 依 を 集 め、 西 大 寺 の 経 済 を 支 え る 大 き な 柱 と な る と 共 に、 叡 尊 の 慈 善 救 済 運 動 へ の 寄 進 を 容 易 に さ せ
(9) た。 そ の 願 文 に は ﹁ 守 二 斯 禁 戒 律 儀 一 称 二 念 光 明 真 言 一 誰 不 二 (10) 随 喜 こ と 述 べ ら れ て い る。 終 焉 の 病 床 を 見 舞 っ た 招 提 寺 長 老 証 玄 に 向 っ て ﹁ 於 今 者 五 衆 満 諸 国 両 部 之 伝 授 満 足 寺 寺 (11) 是 不 思 之 外 利 益 過 分 事 也 ﹂ と 告 げ た と 云 う。 出 家 五 衆 具 備 し、 密 法 伝 授 存 続 に 叡 尊 は 満 足 し て 閉 眼 し た。 そ の 時、 平 常 (12) 門 弟 に 被 示 の 通 り 臨 終 印 明 を 結 諦 し て い た と 伝 え ら れ る。 従 っ て 叡 尊 の 興 法 と は、 律 密 不 離 の 正 法 興 隆 を 目 ざ す と 思 わ れ、 西 大 寺 教 団 は 律 法 密 教 不 離 一 体 の 外 観 を 呈 し て い た と 云 え る。 叡 尊 の 釈 迦 信 仰 は、 悲 華 経 所 説 の 釈 尊 へ の 帰 依 に 基 づ く 点 で 貞 慶、 明 恵、 忍 性 ら と 同 型 で あ り、 こ の 帰 依 が 慈 善 救 済 活 (13) 動 の 思 想 に な っ て い る。 又、 文 殊 師 利 般 浬 葉 経 所 説 に 基 づ く 文 殊 信 仰 に よ っ て 貧 窮 孤 独 苦 悩 の 衆 生 救 済 が な さ れ た こ と は (14) 叡 尊 自 身 の 語 る と こ ろ で あ る。 釈 迦 文 殊 信 仰 に 基 づ く 叡 尊 の 救 済 思 想 は、 当 時 流 行 し た 浄 土 門 に よ る 民 衆 救 済 思 想 に 対 抗 (15) す る 意 図 を 含 ん で い る。 宝 治 元 年 の 叡 尊 発 願 文 に は ﹁ 是 に 於 て 弟 子 等 一 の 忍 び 難 き こ と あ り。 安 養 に 生 る 人 は 猶 し 春 雨 の 如 し 今 造 悪 の 我 等 を 引 導 す る こ と 能 わ ず。 内 院 に 詣 る 者 は 其 数 少 な か ら ず 未 だ 受 苦 の 衆 生 を 済 抜 す る こ と 能 わ ず ( 中 略)。 是 を 以 て 誓 願 し て 敬 て 本 師 往 昔 の 誓 願 を 学 び、 稼 悪 充 満 の 国 土 に 処 し て 恒 に 仏 刹 接 棄 の 衆 生 に 対 し て 利 益 安 楽 の 方 便 を 設 け、 諸 仏 に 値 遇 し て 利 生 の 法 を 学 び、 無 仏 の 国 に 住 し て 大 饒 益 を 作 さ ん ﹂ ( 原 漢 文) と 述 べ ら れ て い る。 こ こ に は、 安 養 都 率 の 浄 土 信 仰 は 此 土 の 苦 悩 を 彼 岸 に 於 て 救 済 す る こ と は 説 い て も、 現 実 受 苦 の 民 衆 を 此 土 に 於 て 救 済 で き な い 点 を 鋭 く つ き、 釈 迦 弥 勒 二 仏 中 間 無 仏 の 現 在 に あ っ て、 仏 に も み 棄 て ら れ た 底 辺 の 衆 生 救 済 と い う ボ サ ツ の 大 願 が 表 明 さ れ て (16) い る。 寛 元 三 年 の 願 文 に は ﹁ 抑 々、 断 悪 修 善 利 生 は 一 切 菩 薩 の 通 願 三 徳 の 本 基 也 三 身 の 正 因 也 三 世 等 く 修 し て 敢 て 差 異 な し。 然 り と 錐 も 機 根 区 分 し 意 楽 互 に 同 じ か ら ず 故 に 別 願 各 々 異 な り。 弟 子 が 如 き は 機 縁 の 然 ら し む る 所 釈 尊 の 遺 弟 に 列 し、 辺 地 悪 世 に 生 れ て、 無 依 無 情 の 衆 生 を 見 て は 将 に 本 師 往 昔 の 跡 に 等 く 五 百 の 大 願 に 随 順 し、 常 に 無 聞 非 法 の 衆 生 に 於 て 菩 薩 行 を 修 し、 終 に 五 濁 悪 世 に 於 て 正 等 覚 を 成 じ 諸 仏 の 世 界 に 引 導 せ ん と す。 損 棄 せ ら る る の 衆 生 を し て 三 乗 の 菩 提 に 趣 か し め、 人 天 の 善 種 を 植 え し め、 衆 生 の 輪 廻 に 随 い 衆 生 の 昇 沈 に 随 い 機 に 随 っ て 正 法 を 説 き 時 に 随 っ て 方 便 を 設 け、 以 て 一 悪 を も 離 れ し め 一 善 を も 修 せ し む る を 要 ど せ ん ﹂ と 述 べ 鎌 倉 仏 教 に お け る 戒 律 の 宗 派 化
-19-密 教 文 化 る。 こ こ に は、 断 悪 修 善 利 生 を一 切 菩 薩 の 通 願 と し て と ら え、 叡 尊 の 別 願 は 釈 尊 に な ら っ て、 此 の 稼 土 に 依 て 無 依 無 情 無 聞 非 法 損 棄 の 衆 生 と 共 に 輪 廻 昇 沈 し つ つ 菩 提 に 引 導 す る こ と で あ る と 云 い、 そ の 為 に は 一 悪 で も 離 れ し め 一 善 を も 修 せ し め る よ う 方 便 を 設 け た い と い う 切 な る ボ サ ツ の 誓 願 が 語 ら れ る。 菩 薩 の 三 聚 戒 を 三 誓 と し て と ら え 三 徳 三 身 の 因 と す る (17) こ と は 道 宣 の 思 想 で あ る が、 叡 尊 は こ こ で 三 聚 戒 の 精 神 に よ る 衆 生 救 済 を 以 て 浄 土 門 の 来 世 主 義 に 対 抗 す る 現 世 救 済 思 想 と 考 え て い る の で あ る。 戒 律 の 実 践 が 民 衆 救 済 と 結 合 し、 釈 迦 文 殊 信 仰 が 正 法 興 隆、 貧 民 救 済 と 表 裏 を な す 所 に 叡 尊 思 想 の 偉 大 さ が あ る と 思 わ れ る。 戒 律 を 出 家 中 心 の 戒 学 の 枠 内 に 閉 じ こ め 宗 義 の 優 劣 を 競 う に 至 る 末 流 と 同 日 に 談 じ ら れ な い 点 で あ ろ う。 (18) 侍 者 鏡 慧 の 記 録 に よ る と、 叡 尊 は 生 涯 に 各 所 で 出 家 対 象 に 四 三 七 日、 在 家 向 に 六 四 入 日 開 講 し た と 云 わ れ、 西 大 寺 開 講 日 数 九 六 三 四 日 の 中 に も 在 家 向 の 講 律 が 可 成 り 含 ま れ て い る と 思 う。 在 家 向 に は 梵 網 経 が 講 ぜ ら れ そ の 後 で 梵 網 菩 薩 戒 が 授 与 さ れ た こ と は 学 生 記 に よ っ て 判 明 す る。 在 家 二 衆 に は 梵 網 戒 が 授 け ら れ た こ と は、 叡 尊 製 作 の 諸 授 (19) 戒 作 法 を み て も 分 か る。 通 受 菩 薩 は 七 衆 共 に 輸 伽 の 三 聚 掲 磨 を 用 い て 受 戒 す る が、 そ の 説 相 に 於 て、 比 丘 戒 作 法 は 諭 伽 の 後 四 重 と 律 蔵 の 四 波 羅 夷 を 説 き、 比 丘 尼 戒 は、 後 四 と 入 波 羅 夷、 式 叉 尼 戒 は、 後 四 と 六 法 戒、 勤 策 戒 作 法 は、 後 四 と 沙 弥 十 戒 を 説 く。 こ れ に 対 し 近 士 戒 法 則 で は 梵 網 の 十 重 禁 と 不 敬 師 長 戒、 飲 酒 戒、 食 肉 戒、 食 五 辛 戒、 放 火 損 生 戒 の 五 軽 戒 を 説 相 に 用 い る。 近 住 戒 作 法 (在 家 分 斉) は 近 士 戒 の 説 相 に 更 に 不 著 花 蔓、 不 坐 高 床、 不 非 時 食 の 三 戒 を 加 説 す る。 従 っ て、 出 家 五 衆 の 菩 薩 戒 に は 玲 伽 の 後 四 重 を 三 聚 の 根 本 と し て 説 く の に 対 し、 在 家 二 衆 の 菩 薩 戒 に は 梵 網 十 重 を 根 本 と し て い る こ と に な る。 梵 網 経 に は 三 聚 浄 戒 の 名 は 出 な い が、一一 の 戒 条 に 止 悪 作 善 利 行 の 三 聚 の 実 践 面 を 含 み ( 一 戒 具 三 聚)、 仏 性 戒 の 自 覚 に 立 つ か ら、 単 に 不 応 為 を 回 避 す る だ け で な く ﹁ 仏 性 孝 順 心 慈 悲 心 を 生 じ て 常 に 一 切 人 を 助 け 福 を 生 じ 楽 を 生 ぜ し む べ し ﹂ ( 盗 戒) の 如 く、 積 極 的 に 修 善 利 他 の 行 為 を 強 調 し て い (20) る。 中 国 所 製 の 戒 儀 で 梵 網 を 説 相 に 用 い る も の が 大 勢 を 占 め て い た こ と は 既 に み た 通 り で、 梵 網 戒 が 菩 薩 戒 の 代 名 詞 に な っ て い た こ と を 知 る の で あ る。