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山 下 邦 也

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(1)

オランダにおける終末期医療決定と刑法

安楽死に関する判例法の展開とその周辺事情 ( 1 )  

山 下 邦 也

I  14  3・4  908 (香法'95)

(2)

1  . は し が き

最近のわが国における尊厳死問題への関心の高まりが示しているよう に,現代医学とテクノロジーの発展によって引き起こされる死の過程に関 して様々な問題があるとすることについてはほとんど異議がないと思われ る。急速な人口の高齢化と医療水準の向上は,処遇を行えば延命が可能な 終末期患者に対してその処遇を中断すべきかどうかという問題を提起させ るようになった。そして,さらに,積極的な医療の中断以上に栄養・水分 補給の停止も許されるかという問題も論議されている。症状等を考慮して,

それもやむを得ない場合もあるという考えは,いくつかの国では,従来夕 ブー視されがちであった積極的安楽死の問題を身近に引き寄せているよう に思われる。患者の自由な意思と医師との合意により死の決定がなされ,

不処遇や飢餓状態,脱水状態による緩慢な死のプロセスが合法的,倫理的 に進行させられ得るとするのであれば, もっと安らかな死の選択がなぜ許 されないのか。オランダやアメリカの安楽死論議はこのように問いかけて いるようである。もちろん,そこでは終末期医療体制の充実と患者の人間

らしい自己決定の権利が高唱されている。

オランダにおける終末期医療体制は比較的整備されているようである。

人口約

1 , 5 0 0

万人のオランダでは,一般病院以外に,完全看護の末期患者・

アルツハイマー症患者収容能力のある完全介護体制のナーシング・ホーム が全国に

4 0 0

施設あり,ベッド数は合計

5

5 , 0 0 0

床。これが月額

2 , 0 0 0

ギ ルダー (1ギルダーを仮に

7 0

円とすると

1 4

万円)。保険が使えない人,支

(1) 

払えない人は無料で他の人とまったく同じ扱いを受けているという。他方,

一般的にいえば日本の医療水準も低いものではないだろうが,終末期医療 体制は未整備のようである。例えば, 93年 2月現在で厚生省が認定してい る緩和ケア病棟(癌や難病による末期患者のための施設)は

9

病棟に過ぎ

(2) 

ないとされている。オランダでは,ホスピス施設のほかに,ホームドクタ ー制など在宅医療制度も充実しているといわれる。にもかかわらず,積極

14--3•4 ‑907 (香法'95) ‑‑ 2 ‑

(3)

的安楽死が公然と議論され,実施されているというのはどうしてであろう か。

オランダの安楽死問題については,安楽死関連法案=遺体処理法の改正 法 案 の 国 会

t

程以来,わが国でも関心が強まっている。筆者自身も,最近,

別稿において,オランダの自殺胴助に関する最新の最高裁判例=「シャボ ット事件判決」 (94年 6月21 日)を紹介し,オランダ社会におけるその判 例法的意義について述べ,また若干の関連間題について言及を試みたこと

r n  

であった。しかし,それもオランダにおける安楽死問題の一端を垣間見た ものにすぎない。他方,顧みれば,オランダの安楽死問題について縦横に 論じるにはまだ十分な知見の蓄積があるとはいえないようにも思われる。

そこで,本稿では,関心のもたれる様々な論点を判例法の展開とその周辺 事情の動向に即して洗い出す作業から始めてみたいと考える。

2 .   オランダにおける安楽死問題の論点

どのような論点が考えられるであろうか。中山研ー教授は,「安楽死の法 的側面に関する国際セミナー」 (1994年 11月3・4・5日の 3日間にわたっ てスペインのマラガ大学で開催)への日本からの報告原稿において,「安楽 死に関する若干の間題」を付加され,率直な論点を提起されている。また 同じく教授の執筆された「オランダにおける安楽死の論議 オランダの 論議とアメリカ側の批判」(北陸法学

l

3

号 59,‑‑‑.̲̲,70ページ)においても,

いくつかの論点を提示されている。それらは本稿にとっての課題でもある と思われるので以下に参照させていただくこととする。

第一は,「ホスピス・ケアと安楽死との関係」である。教授は,患者にと って必要な身体的および精神的なケアに屯点がおかれるべきホスピス・タ イプの施設が広く普及している社会では,理論的にいえば,積極的安楽死 の必要は最小限化するはずであるが,・逆にアメリカやオランダにおいて積 極的安楽死間題が先鋭化しているのはどうしてかを質しておられる。

四 一 パ ︒

:{  14‑3・4  906 (香法'95)

(4)

第二は,積極的安楽死を是認する理論的根拠に関してである。教授は

「……(積極的安楽死を認める)根拠は理論的にも十分説得的であるとは 思われない。安楽な死は苦痛のある生よりも客観的に優越しうるものであ ろうか。たとえ患者自身が安楽な死を選んだとしても,他人の死を惹起し または援助する行為を正当化することは困難なように思われる」とされて いる。

第三は,とりわけオランダにおいて許容されている安楽死の条件のひと つとして精神的苦痛のケースが含まれているということについてである。

死期が迫っているとはいえないケースを「合法化」することの問題性が解 明されなければならない。

第四は,上述と関連するが,無能力者(昏睡患者,新生障害児,精神障 害者)に対する安楽死への対処の実態と理論的構成の可能性(不可能性)

についての問題である。

第五は,医師や法執行機関,裁判所,市民の態度に関するものである。

オランダにおいて,積極的安楽死に対する医師等の態度が格段に肯定的で あるとすれば,その理由がどこにあるのか,医学教育にあるのか,ホーム・

ドクター制度にあるのか,市民の寛容と合理的な意識にあるのか,などと いった点を分析することが必要であろうとされる。

第六は,濫用のおそれに関するものである。

四一 九

以上,引用の仕方が必ずしも適切でないことをおそれるが,指摘されて いるように,これらの実態や理論構成はいまだ必ずしも明らかであるとは いえず,少なくとも筆者にとって留意すべき諸点と思われる。しかし,筆 者の参照し得た若干の文献において概括的には言及されている諸点もある ので,これらを一応の手がかりとしてあらかじめ記しておき,個々の点に ついてよりよく探求するよう試みたい。

第一の論点については,オランダ政府から安楽死の実態調査を委嘱され,

14--3•4--905 (香法'95) ‑‑ 4 ‑

(5)

その医学的調査を行ったエラスムス大学公衆衛生学・社会医学教室のファ ン・デル・マース教授らの調査研究報告書「安楽死と生命の終結に関する

(4) 

その他の医療的決定」が,オランダ医学界のひとつの代表的な見解を表明 しているものと考えられる。彼らは「安楽死論議は終末期医療決定という 広い文脈で考えられるべきである」という前提で,次のような医学者とし ての現状把握とその見通しを語っている。

平均余命が長く,医療ケアの水準が高い国々では,患者と医師は,処遇 を行えば延命が可能な場合にもその処遇の中断を決定すべきかどうかの問 題に直面させられている。これは,延命医療技術がさらに発展するにつれ て益々そうなる傾向にある。それは医学の発達の不可避的な結果である。

麻薬物質の投薬の新たな諸方法は生存をより耐えられるものにし,延命し さえする。そして,耐え難い苦痛や呼吸困難を伴わない尊厳ある死の可能 性が増大している。しかし,時々,苦痛緩和と生命短縮の間でバランスを とらなければならないケースが存在する。心臓疾患による死の割合が西側 諸国で減少するにつれ,癌による死が増大(オランダでは癌による死の

5 9

%で終末期医療決定が行われている)し,医師はより高い頻度で終末期医 療決定に直面させられるようになった。

オランダの

1 9 9 0

年における全死亡者数は

1 2

8 , 7 8 6

人であり,そのう ち終末期医療決定による死はその

3 8

%である。

ところで,オランダにおいては,次のような状況は安楽死の賛成論者も 反対論者も安楽死の定義の外にあるということに同意している。

(1)  ある処遇が医学的に無意味な場合には,それが患者の死に結果すると しても医療処遇を開始しないことまたは終結すること。その理由は,誰 も無意味な行為を実行するよう法的に義務づけられないということにあ る。

(2)  苦痛の軽減・除去。患者の生命が結果として短縮されるとしても,そ れは苦痛除去の副次的結果であって安楽死ではないとされる。その理由

四一八

—- 5 ‑‑‑ 14--3•4--904 (香法'95)

(6)

は行為はその副次的効果に応じて定義されるべきではなく,その目的に 応じてなされなければならないということにある。苦痛除去は通常の医 療行為である。

(3)  患者による医療処遇の拒否。どのような患者もその同意なしには処遇 され得ない。患者には処遇を拒否したり,その同意を撤回する資格があ る。これが患者の死に結果するとしても,それは安楽死に分類され得な い。医師はそのような患者を処遇することを許されない。処遇の中止が 十分に情報を提供された上での能力ある患者の決断に基づくかぎり法的 問題を生じない。自己決定に対する法的権利は,この場合,医師による 処遇の継続をシャット・アウトする。医師は,患者の決定が医学的に適 切でないときには患者にそれを知らせるべきであるが,最終決断におい

(5) 

ては,たとえ処遇の拒否が死を結果しようとも責任は完全に患者にある。

四一 七

マースらは, ,~. 記(l)の不処遇決定は全ての死の 17.5%(約 22,500件) で最も重要な終末期朕療決定であったとしている。これは,大抵,高齢の 患者に関連しており,男性よりやや女性に関連が強い。ケースの 30%で不 処遇決定は患者と議論されたが,

6 3

%では議論されなかった。議論されな かったケースの 88%では患者は無能力であった。ナーシング・ホームでは 安楽死とそれに関連する終末期医療決定はまれであり,不処遇決定の方が 頻繁である。それは,ナーシング・ホームの患者はしばしばすでに極端に 衰弱しており,処遇しなくても死に至る併発症をもっているという事実に

よって一部は説明され得る。

ま た

t

ご記(2)の苦痛除去のケースも全ての死の 17.5%で最も重要な終末 期医療決定であった。ほとんどのケースで生命は必ずしも短縮されなかっ たが,あるケースでは推定値は数週間または数ヶ月だった。癌疾患に対し て最も多く苦痛軽減措置がとられた。ケースの約

4 0

%で,投薬の増大が生 命を短縮する可能性について患者と議論された。議論のないケースでは,

患者の無能力ゆえに不可能であった (73%)。

14 3・4・903 (香法'95) ‑‑6 ~

(7)

他方,死に至る病をもった患者による安楽死の要求や比較的少数の自殺 援助の要求はオランダではまれではない。沢山の患者(年間 25,000人以上)

は苦難が耐え難くなれば死を援助して欲しいと医師たちに要求している。

毎年,約 9,000件の安楽死と自殺援助の明白な要請があるが,これらの要 求件数の 2/3では,しばしば生を耐えられるものにする代案の提供により,

病気のより後期の段階においては,真剣な,持続的な要求とならず,実際 にはその

1 / 3

以下が安楽死等を実施されたことになる。全死亡件数に占め る安楽死の割合の最適推定値は 1.8

(約 2,300件),自殺援助の最適推定 値は 0.3

(約400件)である。

安楽死と自殺援助のケースは, とくに高齢であるとはいえない男性の間

(オランダにおける安楽死実施時の患者の平均年齢は男子で 62歳,女子で 68歳である)で,しかもオランダ西部の都市地域においてより頻繁に見出 される。これは生命の終結に関する間題についての患者の態度が変化して きたことを示唆している。

これを要するに,終末期医療決定は,高齢者人口への人ロシフト,癌に よる死の増大する割合,延命テクノロジーの発達,患者の態度の世代的か つ文化的な変化等により,医師にとって益々重要な間題になりつつあると いうことである。致死の病をもった患者の医療ケアは医療スキルと人間的

クオリティの結合を要求する。調脊に対する沢山の回答者(医師)は,終 末期医療決定の質, とりわけ安楽死についての決定過程はオランダでは公 的論議から益するところが大であるとしている。終末期医療決定は, リサ ーチ,教育,そして公的論議においてもっと注目されなければならない。

高い医療ケアの水準をもった国ではどこでも終末期医療決定が行われてい る。また, これは行われるべきであるという前提に立って,オープンな議 論がなされなければならない。そして,このことが死に臨んだ人に対する

よりよいクオリティ・ケアに貢献することになるだろうと。

要約するまでもないが,苦痛緩和・除去技術,ホスピス・ケアの発達に もかかわらず,ある割合で苦痛を回避できない患者が存在すること,癌患

‑ L  

[I

  14  :3・4・902 (香法'95)

(8)

者の増大,延命術の進歩がかえって生を耐え難いものにするケース,高齢 化社会等に関連する患者の死生観の変化, とりわけ都市地域における男性 患者の相対的に高い割合など,世代的,文化的,地域的特徴が変化の要因

として挙げられている。

オランダにおける安楽死問題の外見上の先鋭化は,終末期医療決定の重 要性がオープンに議論され始めたことの反映であって,近年,その要望が 極端に増大しているわけではなく,逆に,従来の推定値より相当低い(従 来の推定値は年間 5,000件から 20,000件であったが,マースらのそれは 2,300件)ことが検証されたことになるとしているのである。しかし,文化 的,世代的,性別的,地域的等の変化の中にさらにどのような要素が含ま れているかにも関心がもたれる。

四一 五

次に第二の論点。上記(3)のように,患者の処遇の拒否(自己決定)によ って死をもたらし得ることが法的に是認できるとすれば,その論理的帰結 として,要求に基づく積極的安楽死も同様に法によって認められるべきか どうかが論じられる。患者にとっては,生命維持処遇を中止する決定とそ の生命をより直接的に終結させる決定との間には基本的相違はない。しか も,いずれ遠からず死に至るのだとすれば,より直接的に安らかな死に至 る安楽死の方が患者の立場からは好ましいと考えられる状況は存在し得 る。しかし,安楽死を実施する,または自殺を援助する医師にとっては二 つの状況は法的に異なる。オランダでも依然として嘱託殺人と自殺摺助は,

それぞれ刑法 293条, 294条に抵触する犯罪行為とされている。にもかかわ らず,正当化の根拠はあるとされる。

安楽死問題国家委員会の前副会長であり,アムステルダム大学の社会医

(6) 

学・保健法のレーネン教授はこれについて次のように論じている。

安楽死を是認する主要な論拠は人間らしい自己決定である。人間らしい 自己決定は国家から引き出されるものではなく,逆に,国家には,原理的 に,市民の私的生活に干渉する倫理的ルールを市民に課する資格はないと

14‑-3•4--901 (香法'95) ‑ 8 ‑

(9)

いうべきである。しかし,これに対しては,そのようなルールがなければ 社会の本質的な諸価値が危険に曝されるという強い反論がなされる。この 反論は,その生の末期にあって深刻に苦悶している患者がその他の代案が ないままに苦悶の終結を要求している場合には当てはまらない議論であ る。「代案がない」とは,すでに,あらゆること(例えば,苦痛除去)が患 者の苦悩を軽減するために試みられてしまっているという意味である。代 案がない場合にも安楽死の権利を否定することは,人々にその意思に反し て苦しむことを強要することになる。それは残酷なことであり,人間的尊 厳に反する。尊厳をもって死ぬことは最後の人間らしい経験であり,誰も

これを否定するべきではない。

レーネンは続ける。オランダにおける沢山の反対論はその宗教的確信に 基づくものである。これらは尊重されなければならない。しかし,安楽死 を是認することが反対論者の私的生活に影響を及ぼすことはないのではな いか。価値多元的な社会では,立法者はあらゆる人が自分自身の原則に従 って生きることを認められる立法を目指さなければならない。反対論者た ちがその生の最後を自分自身で自由に決定してよいように,安楽死是認論 者にもその自由はある。このようにして自由と自己決定は最大限に調和さ れ得る。立法者が安楽死を禁止するべきものとするならば,多くの人がそ の確信に反して生きることを強制されることになる。それは道徳的禁忌に 結果する。安楽死の自由化に反対する反対論者の立場は一貫していない。

彼らはその自由に干渉する立法を決して受け入れないだろう。しかし,彼 ら自身の見解は法に規定されるべきだと提唱しているのである。反対論者 によって掲げられるもうひとつの議論は国家は生命を保護する義務がある

というものだ。しかし,この義務は市民の生命がその意思に反して奪われ ないよう,それを保護する場合に適用されるものである。その自由意思で 生命を終結させたいと希望している人にはこの義務は及ばない。本来,個 人の諸権利は国家や第三者による干渉から自由を守ることを目的としてい

る。それらは個人自身の自由を制限することを意図していない。しかも,

四一四

9 ‑ 14 ‑3・4 ‑900 (香法'95)

(10)

オランダでは,安楽死の概念は患者による明白かつ真剣な要請があるケー スに限定されており,家族または他の近親者,子供に代わって両親,また は患者に代わって医師が決定できるものではない。これは患者だけがなし 得る判断である。

以上が,安楽死是認論者の原則的な立場と考えてよいであろうが, しか し,病者の自己決定は,それが弱い立場にある人によってなされるだけに 真の自由な意思と考えられるかどうかが危惧される。こうした議論に対し てレーネンはいう。そのようにいうことは,患者の能力の否定であり,本 質的に患者の諸権利に対する攻撃である。なぜ患者は安楽死を決定する能 力をもたないといえるのであろうか。このスタンスは経験の示すところと 一致しない。沢山の末期患者は平静であり,彼らの近親者と親密な関係を もち,自分の事柄を整えることができている。彼らを無能力であると宣言 することは死の行程にある人に対するゆゆしい不正義であると。

レーネンの立言は,マースらの医師に対する調在では一応裏付けられる。

彼らは詳細な背景事情の分かる 187件について他者からの圧力があったか どうかを調査した結果,安楽死と自殺桐助の 96%で患者の要請は明白で持 続的であったとし, 99%で要請は他者からの圧力のもとでなされていない と医師たちは確伯していたと記している。しかし,他方で, 187件のうち,

生の終結の要請の理由としては,患者たちによって,尊厳の喪失 (57

%) , 

苦痛 (46%) , 価値のない死の過程 (46%) , 他人への依存 (33%) , 生へ の倦怠 (23%)が挙げられたとされており,患者自身の立場からみて果た

して他人からの圧力等は皆無といえるのかという疑間は残る。

では,他人, とりわけ医師が患者の死を惹起しまたは援助する行為を正 当化できるかという間題はどうであろうか。上述のレーネンの議論は,生 命の不可侵性を他人の手による侵害から守るべきであるという殺人禁止の 強い要請と一線を画しているといえるのであろうか。レーネンは,これら の行為が生命の不可侵性に対する人々の確信を動揺させるかどうかに関し て次のように言及している。安楽死反対論者は安楽死は保健ケアと医師の

14  3・4 899  (香法'95) ‑ 10 

(11)

道義に対する公衆の信頼を台無しにするというが,これらの議論は根拠薄 弱である。保健ケアに対する人々の信頼は安楽死が明白な要請なしには実 施されないことが確実であれば減じられはしないだろう。それどころか逆 に,沢山の患者たちは医師たちと安楽死について自由に議論できることを 希望している。これは苦悶ある死についての彼らの不安を減少させるし,

また患者・医師関係に積極的な効果をもち得ると。

問題がレーネンのいうことに尽きるものであるかどうかが検討されなけ ればならない。

第三の論点については 94年 6月の最高裁判決が基本的に是認したとこ ろでもあるが,安楽死論議の本来の出発点である「末期の苦痛」から相当 に距離があるように思われる。その詳細な論議を検討する必要があるであ ろう。

第四の無能力者に対する安楽死については,それが正当化されるべきだ という理論的根拠は間かれないように思う。明示的な要請なしの生命の短 縮は,定義によって「任意の安楽死」ではないからである。しかし,実態 として,その方向への動きがあるかどうかは別の関心事である。マースら の調査報告書は,全死亡件数の

0 . 8 % 

(約

1 , 0 0 0

件)で患者からの明示的 かつ持続的な要求なしに致死薬物が投薬されたとしている。そして,その 半数以卜只で,決定について患者と議論されるか,より早期の段階で患者の 意思表示があったが,他のケースでは,患者は死に接近しており,明らか に苦痛が激しく,言語的コンタクトは不可能になっていたとしている。死 を促進する決定は,ほとんど常に家族,看護婦または

1

名以上の同僚との 相談の上なされた。そして,ほとんどのケースで生命が短縮された時間の 長さは

2, 3

時間または

2, 3

日だけだったとしている。これは,しかし,

正当化されるものとは考えられておらず,政府,検察庁は,これらのケー スを今後例外なしに起訴する決定を下している。なお重大な障害をもった 新生児,痴呆老人,昏睡患者などの明白な要請なしの生命の終結について

‑・・・11  ...  14--3•4-898 (香法'95) 四

(12)

はほとんど判例もなく,その議論は始まったばかりといっていいだろうが,

より詳しい情報が必要と思われる。

第五の法執行機関,裁判所,国民世論等の動向についてもより詳細な把 握を必要とするものであることはいうまでもない。

第六の濫用のおそれについては,かつて人工妊娠中絶規定の刑法からの 削除をめぐっても論議のあったところである。レーネンは,中絶規定の廃 止にもかかわらず,中絶事例は増大しなかったことが危惧への回答になる としている。他方,マースらの調在研究は,安楽死の決定過程における患 者,その代理人,看護婦,医師及び他の人々の関与の仕方など,基礎にあ る構造とパターンからして濫用は起こり得ず,「滑り易い坂道」論議は的は ずれであるとしている。最近の医師たちによる実際の安楽死報告件数も調

(7)(8) 

脊における最適推定値に近づいていることが確認されている。しかしなお,

今後の事態の推移も含めて関心のもたれる問題である。

本稿は,とりあえず以上のような諸点に留意しながら,オランダにおけ る安楽死論議の歴史的展開を跡づけてみようとするものである。このよう な試みはすでに日本生命倫理学会会長である星野一正博士によってなされ ている。博士は「オランダにおける安楽死の現状を理解するためには,少 なくとも最近 20年にわたる安楽死の法的・社会的な歴史的背最を顧みる必

(9) 

要がある」として,安楽死をめぐる社会的・歴史的背景について簡潔な論

(l()) 

考を発表された。筆者が本稿で意図するところも,それとほぼ同様のもの であるが,その経緯についてもう少し詳細に展開することを心がけるつも

りである。

3 .   オランダ刑法についての予備知識

ここでは,安楽死間題の法的処理のためにオランダにおいて用いられて いるいくつかの法概念について概観しておく。その際,やや初歩的な解説

14  3・4  897  (香法 '95) ‑‑‑ 12  ‑‑

(13)

や事例も付することとする。その理由は,後に判例等を検討する際の予備 知識として必要と考えるからである。

3 .  1  . 

殺人罪関連規定

まず,殺人罪関連規定を掲げておく。

刑法

2 8 7

条は故殺罪を規定している。「他人の生命を故意に絶った者は故 殺の罪として最上限

1 5

年の拘禁刑または第

5

類の罰金刑で処罰される」

( A r t .  2 8 7 :   H i j   d i e   o p z e t t e l i j k   een  ander  van  h e t   l e v e n   b e r o o f t ,   w o r d t ,  a l s  s c h u l d i g  aan d o o d s l a g ,  g e s t r a f t  met g e v a n g e n i s s t r a f  van  t e n  hoogste v i j f t i e n  j a r e n  o f  g e l d b o e t e  van de v i j f d e  c a t e g o r i e . )  

刑法

2 8 9

条は謀殺罪を規定している。「故意及び謀りごとをもって他人の 生命を絶った者は,謀殺の罪として終身刑または最卜.限 20年の有期刑また

は第

5

類の罰金刑で処罰される」

( A r t .  2 8 9  :  H i j  d i e  o p z e t t e l i j k  en met voorbedachten rade een ander  van h e t  l e v e n  b e r o o f t ,   w o r d t ,  a l s  s c h u l d i g  aan moord, g e s t r a f t  met  l e v e n s l a n g e  g e v a n g e n i s s t r a f  o f   t i j d e l i j k e   van t e n   hoogste t w i n t i g   j a r e n  o f  g e l d b o e t e  van de v i j f d e  c a t e g o r i e . )  

刑法

2 9 3

条は要求に韮づく殺人罪(嘱託殺人罪)を規定している。「明示 的かつ真剣な要求に基づいて他人の生命を絶った者は最ヒ限

1 2

年の拘緊 刑または第

5

類の罰金刑で処罰される」

( A r t .  2 9 3 :   H i j  d i e  een ander op z i j n  u i t d r u k k e l i j k  en e r n s t i g  verlangen  van h e t  l e v e n  b e r o o f t ,   wordt g e s t r a f t  met g e v a n g e n i s s t r a f  van t e n   hoogste twaalf j a r e n  o f  g e l d b o e t e  van de v i j f d e  c a t e g o r i e . )  

刑法

2 9 4

条は自殺附助罪を規定している。「他人を桐助しまたはその手段 を提供し,故意に自殺を什向けることによって自殺に哨らせた者は,最じ 限 3年の拘禁刑または第 4類の罰金刑で処罰される」

( A r t .  2 9 4 :  H i j  d i e  o p z e t t e l i j k  een ander t o t o  zelfmoord a a n z e t ,   hem‑

d a a r b i j   behulpzaam  i s   o f   hem de  middelen  daaartoe  v e r s c h a f t ,  

四 一

0

‑‑ 13  14  :J•4 896 (香法'95)

(14)

w o r d t ,  i n d i e n  de zelfmoord v o l g t ,   g e s t r a f t  met g e v a n g e n i s s t r a f  van  t e n  h o o g s t e  d r i e  j a r e n  o f  g e l d b o e t e  va d e  v i e r d e  c a t e g o r i e . )  

罰金刑は,刑法 23条に第 1類から第 6類までそれぞれ金額の多寡に従っ て規定されており,第 5類では 10万ギルダー以下の罰金,第 4類では 25, 000ギルダー以下の罰金が規定されている。

拘禁刑は最下限が 1日 (IO条)とされているので,裁判官はかなり寛大 な刑期を選ぶこともできることになる。

このようにして,任意の,積極的な安楽死は刑法 293条に抵触すること になる。同じく要求に基づく自殺附助も 294条に抵触することになる。無 能力な者に対する自由意思に基づかない殺害または本人の意思に基づかな

い殺害は,故殺罪または謀殺罪として処罰されることになる。そのほか,

過失致死の規定 (307条),遺棄罪の規定 (355条及び 257条)がある。

3 .  2 .  

刑罰阻却事由

( s t r a f u i t s l u i t i n g s g r o n d e n )

オランダでは,安楽死の実施と自殺援助の法的処理のために,次の

3

点 の刑罰阻却事由が重要な役割を演じている。

0

3 .  2 .  1  . 

精 神 的 不 可 抗 力

( p s y c h i s c h e overmacht)

と 緊 急 避 難

( n o o d t o e s t a n d )  

不可抗力

( o v e r m a c h t )

についての法的根拠は刑法 40条に規定されてい る。すなわち,「不可抗力によってやむを得ず行為した者は可罰的ではない」

( A r t .  

40: 

N i e t  s t r a f b a a r  i s   h i j   d i e  een f e i t   begaat waartoe h i j   door  overmacht i s   g e d r o n g e n . )  

(II) 

この規定はフランスの

CodeP e n a l

に由来するものであるが,立法者は 不可抗力ということばで,外部から行為者に影響を及ぽす緊急の状況,っ まり,合理的に考えて,精神的・心理的に抵抗できない状況を想定したも のと理解されている。他方, 40条はオープンな形式を与えているので,法

14-3•4--895 (香法'95) ~14 ‑‑

(15)

実務において他の解釈の余地があり,また,その限界が設定されることに なる。

まず,外部から行為者に影響を及ぼす緊急状況においては,抵抗が絶対 的に不可能である場合が問題であるわけではない。それゆえ,この形態の 不可抗力の状況を相対的不可抗力の状況と呼ぶこともできる。その状況に おいては,客観的には抵抗が可能であるので,その行為は違法とされるが 非難可能性がないという場合である。このような精神的・心理的不可抗力 の状況では,行為は客観的には正しくないが,行為者の精神的・心理的状 況はこれを不可抗力として体験しているので,法が沈黙せざるを得ない場

(12) 

合であると考えられるのである。一例を挙げる。

1 9 4 4

6

月,非合法活動家

D . J .

は,ナチの秘密警察に対してベールトで 開催される非合法集会について密告した。そのため,活動家

4

人が逮捕さ れ,殺された。

1 9 4 6

3

1 1

日,デン・ボッシュの特別法廷で,

D . J .

と その妻は戦争中に様々なレジスタンス活動を行っていたことが明らかにさ れた。そのような活動を展開している最中,彼はナチ親衛隊に捕まった。

親衛隊員は,彼とその母を足蹴にしたり自白するまで殴打し続けようとし た。そして彼らの面前で, 5歳の少年と 4歳の少女を殴打し,腕や脚の骨 を折ってやると脅迫した。実際,その一人は,少女の上着のスリーブを巻 き上げ,小さな腕をその膝の上に置いて,折る格好をしてみせた。

D . J .

は, 極限状態に至り,降参したと陳述した。これに対して,裁判所は「

D . J .

は 強制のもとで行為したのであって,自由に決定できる状態にはなかった」

(13) 

と判示した(特別控訴審判決

1 9 4 6

6

2 4

日)。責任阻却の事例は以上の ごとくである。

他方, この規定は解釈において「緊急避難」という正当化事由を持ち出 す可能性が与えられた。人が対立する義務または利益状況に直面して,あ る義務または利益の保持と他の義務または利益の黙殺を合理的に選択した 場合,緊急避難が問題になる。そして,行為者が,そのような事情のもと で,客観的に最も重要な義務または利益を選択したときには,その行為は

0

15~ 14 -3•4~894 (香法'95)

(16)

0

正当化されると考えられる。この法理が裁判所によって初めて認められた

0)は次の事案においてであった。

1 9 2 2

1 0

2 0

日夜半

9

5 0

分ごろ,眼鏡屋

A.G.

の閉店後,顧客デ・

フロート氏が呼び鈴を嗚らした。彼は自分の眼鏡が壊れ,強度の近視のた めよくものを見ることができないと告げたので, A.(ふはドアを開けて,

デ・フロート氏を店内に人れ,新しい眼鏡を選ばせた。

4

ヶ月後,

A.G.

は 裁判所に召喚された。検察官は夜半

1 0

時ごろ店を開けたのは,閉店法違反

になると論告した。

A.G.

は,デ・フロート氏は眼鏡がなければ盲目に等し く,そのような状態にある人を助けるのは社会的義務であり,他に選択の 余地はなかったと抗弁した。カントンの裁判所も,後には地裁も,そして 最高裁も,眼鏡屋は緊急避難の行為を行ったのであり,それは可罰性を阻 却されるイ虹

I

抗力(違法性阻却)のケースであったと判断した(最高裁判 決

1 9 2 3

1 0

1 5

日)。こうして,

A.G.

は,法的追求を免れた。

いうまでもなく,このケースでは,一定の時間後に店のドアに鍵をかけ るべきであるという法律遵守義務と窮状にある人に眼鏡を与えるべきであ るという社会的義務とが衝突したわけであるが,すでに述べたように,こ のケースでもって初めて緊急避難が不可抗力の概念に当てはまることが裁

(14)(15) 

判所によって確認されたのである。

緊急避難の法理は,後には安楽死事件において大きな役割を演じるよう になるが,その他のケースでは極めて限定的に用いられているように思わ れる。それら義務衝突の若干の例を挙げておこう。

1 9 4 5

8

1 5

日,レジスタンス闘士

K.M.

は警察マジストレートによ って電気窃盗容疑で起訴された。

K.M.

は自宅に老人たわや

f

供たちを固 っていたが,家族以外に倍の人数を同居させることになったため,ガスと 電気の供給がおぼつかなくなった。彼は,それゆえ,閲った人々と共に家 族が困窮させられただけではなく,もはや自宅を避難場所として使用でき なくなる恐れがあったので,メーターをごまかしたと巾し立てた。高裁は

「被告人は現在の祖国の利害を正しく判断し,法を遵守する市民的義務を

14  3・4  893 (香法'95) ~- 16  ‑‑‑‑

(17)

考えたじ,その利害関係を正しく設定したものである」として,不可抗力

(緊急避難)の抗弁を尊里した(アムステルダム高裁判決

1 9 4 5

1 2

2 1

日)。

その後,不可抗力としての緊急避難の抗弁はそれほど成功していない。

例えば,

1 9 7 0

5

2 4

日,あるアクション・グループ

(DeL a s t i g e  Zwanen‑

b u r g e r )

は,スキポール空港付近で,睾港によって引き起こされたニューサ ンスに抗議して交通手段を麻痺させる行為に出た。彼らは緊忽避難をじ張 したのであるが,最高裁は「現在のオランダ社会には緊忽事態に対処する ための沢山の法的手段がある」としてグループに

1 0

万ギルダーの罰金を科

(16) 

した(最高裁判決

1 9 7 1

1 2

7

日)。

精神的不可抗力と緊忽避難をめぐる法的状況の説明は以

L

にとどめてお

3 . 2 . 2 .  

実質的違法性

( d em a t e r i e l e  w e d e r r e c h t e l i j k h e i d )

の欠如 実質的違法性の欠如も安楽死事件における抗弁として被告側からしばし ば持ち出されている。しかし,裁判所はこの正胄根拠については極めで慎 重な態度を取り続けている。この正当根拠については,通例,次の

3

つの 類型が想定されている。

第一の類型は,政治的目的を追求しようとして日]罰的行為を

f i

う市民的 不服従のケースである。第二の類刑は,ある行為の可刈性についての社会 的見方が顕著に変化したので, もはや可罰j的行為として苔えられない状況 に甘てはまる。換言すれば,立法は古くさいものになり,もはや適用され るに値しないと考えられる場合である。第二二:の類型は,なるほど法の文月 に違反した行為はなされたが,それは刑罰規定の精神と趣旨に矛旧しない

と考えられるケースである。

最裔裁は,この抗弁を立法規定の射程外のものとして,裁判官は立法者 の椅子に座るべきではないという考えから,一般的にば受け入れていない。

しかし,最高裁は,

1 9 3 3

年のいわゆる「獣医事件」において,一度だけ 四

0

17  ‑ 14  3•4·892 (香法'95)

(18)

この抗弁を受け入れた。事案は次のようなものであった。

被告人である獣医は予防注射と同じように牛に抵抗力をつけさせる目的 で,数頭の牛を連れ出し,[]手足病の牛がいる牛小屋に一時的に係留した。

家畜法 82条は,家畜を意図的に疑わしい状態にもたらすことを禁止してい た。獣医は,まさに意図的にそれを行ったとして訴追された。獣医は,法 廷において,自分はその行為によって牛たちの健康状態の促進を考えたの であり,それは立法者が家畜法 82条で意図しているのと同じ種類の努力を したのであると抗弁した。実質的違法性の欠如についての抗弁は,この理

18)

由で受け人れられた(最高裁判決

1 9 3 3

2

2 0

日)。

その後,最高裁は実質的違法性の理論を全く受け入れていない。

3. 2. 3.  医療上の特例 (Demedische exceptie) 

現行刑法典の草案段階で,人工妊娠中絶と医療過誤に関して,医師とい う専門職の通常の仕方で行為する医師には,形式的には法に抵触する行為 があったとしても,その行為は刑法の領域外に置かれるべきではないかと いう議論が繰り返し行われた。そして,そのような事情がある場合には,

医師は不処罰であるとすることに合意されたが,それはいわば自明の理と されたので,特別の規定は設定されなかった。これは,医師が医療行為の 諸規則に従って行為している限りは刑法的に免責されるとするものであ

(19) 

った。

0

3 .  3 .  

刑罰阻却事由に対する制限条件

刑罰阻却事由の主張が可能であるとしても,それは緊急状態から脱却す るためにどのような手段を用いてもよいということではない。これは,日 本における緊急避難の解釈と同様であるが,均衡のとれた,比例的な対応 が必要であるとされている。すなわち,行為者が選択するその法益は,侵 害される法益より少なくともより大きなものでなければならない(比例性 の原則)。同時に,行為者は合理的な手段を選択しなければならない。例え

14--3•4--891 (香法'95) ―‑18  ‑‑

(19)

ば,回避が可能な場合には回避しなければならない(補充性の原則)。

刑罰阻却事由の抗弁に成功するためには,さらに二つの条件が要求され る。日本の刑法学とは少し異なった用法だと思われるが,第一に,「保障人 的地位」の問題がある。すなわち,特定の人々は,その職業のゆえに,緊 急状態において,通常の市民より,より長く冷静でいることができると考 えられている。つまり,彼らにとっては,比例性と補充性の原則はより強 い程度で適用されるというのである。第二に,「原因において責任のある行 為」

( ' d o l u sc q .  c u l p a  i n  c a u s a )

の法理がある。これは,ある状況に非難可 能な仕方で関与した行為者が,後に可罰的行為を行うことによってそのよ

うな事態から脱却しなければならなかったという場合には,通例,刑罰阻

(20X20 

却事由の抗弁を成功裏に主張することはできないとするものである。

3.4.  起訴便宜主義の積極的運用について

オランダ刑事訴訟法

1 6 7

条は起訴便宜主義を採用している。この条項は 不起訴の理由付けを明確には述べず,単に「公共の利益に基づいて」起訴 がなされ得るとしている。その判断にどのような根拠があり得るかは検察 庁によって考えられる。この原則は公共の利益が不起訴を要求する場合以 外は起訴しなければならないとして,

7 0

年代までは消極的に運用されてき た。すなわち,刑事事件は,原則として,常に起訴され,例外的な場合に のみ放棄されてきた。

7 0

年代に入って,刑法の機能について異なった考え 方が導入され,段々,便宜主義は積極的に運用されるようになった。つま り,刑法は最後の手段として使用されるべきであり,規範保持とコンフリ クト解決のための他の多様な手段に優先権が与えられなければならないと 考えられ始めたのである。起訴しないことが原則であって,公共の利益が それを必要とするケースだけが起訴されるべきだというのである。便宜主 義 の 積 極 的 運 用 は 安 楽 死 論 議 に お い て も 大 き な 関 心 で も っ て み ら れ て

(22)(23) 

いる。ちなみに法務省は,

7 0

年代当初から,量刑の大幅調整のために,起 訴猶予と裁判における量刑勧告(求刑基準)についてガイドラインの設定

0

‑ 19~~ 14  3・4 890 (香法'95)

(20)

に努めている。 5つの高等検察庁の 5人の法務部長は,犯罪のガイドライ ンについて論議し,刑事司法政策を検討するために

2

週間に

1

度会合して いる。 これは, オランダのファシスト党によって始められた街頭闘争を哭 機に 1939年に開始されたものであって, 65年までは,これら 5人の法務部 長が法務省次官を議長にして,主として取締政策について議論するために その目的は刑事司法政策全般に拡大された。安楽死事 件の起訴政策についても,この法務部長会議が重要な役割を果たしている。

彼らに作成を委ねられた政策ガイドラインについて法務大臣は議会に対し 集まった。 その後,

て責任を負うことになる。 このようにみると, トップ・ダウン方式の政策 決定がなされているかのようであるが,法務部長会議の役割は地方検察官

(21)~5)

から出された意見を調整することにあるといっ。しかし,検察官の権限が 近年強化されているのも事実である。例えば,賠償についての同意を条件 に有罪判決なしに被疑者を放免できる検察官の裁量権は, 1983年以来,軽 罪から

6

年の最高刑に至る重罪に拡大された。 レメリンクは次のようにい っている。

5

人の高検法務部長の指揮のもとにある検察庁は,法務省と連 係して階層的構造を強化している。個々の検察官が独立して活動するとい う状況は過去のものとなった。 この権力集中 悪いことばで「国家の中 といわれる がもっと強く統制されるべきであるということに

(26) 

異議は唱えられないと。これらの権限は, 1987年段階で,総数 239人とい う比較的少数の検察官によって揮われる。検察官の独占を規制する手段と の国家」

して,例えば,不起訴に対する司法審脊のシステムがあるが,

(Z7) 

んど利用されていない。

これはほと

4 .   初期の判例法とその周辺事情

0

4 .  1 .  

最初の安楽死事件判決

オランダで最初に安楽死事件が裁判になったのは 1952年であった。それ は被告人の医師が,里篤の病状にあり,耐え難い苦痛に悩んでいるその兄 の要請に応じて致死贔の注.射をしたものであり,刑法 293条(嘱託殺人罪)

14 }•4 889  (香法'95) ‑‑20~

(21)

違反で起訴された。医師は,兄の耐え難い苦痛にかんがみて,彼の真剣な 切望を実現するためにその良心のプレッシャーを無視できなかったとし て,正当化のための法的根拠とはならない良心の呵責をもって抗弁とした。

裁判所は,立法者が良心的異議を考慮しようとしたのであれば,その立法 的措置を講じていたはずだという理由で, この抗弁を拒否した。この立法 的措樹は 293条と 294条のもとでは存在しないのであるから,立法者は良 心の間題は 293条のもとで起訴を免れる十分な理由とはならないと考えた

(28) 

のであろう。(ユトレヒト地裁判決 1952年 3月11日)。

これは,安楽死事件ではあったが,裁判所が許容される安楽死の条件を 認めたというものではない。確かに,他人の要求に基づいてその生命を終 結させるという意味での安楽死は何年にもわたって密かな関心を集めてき

たことであろうが,それは偶発的に起こることであり,オープンに議論さ れたわけではなかった。イギリス, ドイツ,フランス,アメリカ等とは異 なって,オランダでは 1960年以前には決して安楽死のためのプロパガンダ はなかった。

変化は 60年代に到来した。 60年代には一方で医学と医療技術の忽速な 発展がみられると共に,他方で強い解放的文化(道徳的・宗教的タブーか らの解放)とそれに対応した連動のみられる時代だった。 60年代までのオ ランダ社会はキリスト教道徳が中心的位置を占める相対的に「閉ざされた」

画ー的な社会とみられてきた。例えば, 60年代においても,キリストを性 倒錯者として描いたカトリックのある作家は神聖冒漬罪で起訴されたほど

(29)(30) 

である。

だが,このイメージは 60年代にラディカルに変化した。社会は,多元的 な,むしろ「オープンな」性質のものになり,また,より個人主義的にな った。伝統的規範の妥当性は,段々,論争のあるものになり,また,自己 の 個 人 主 義 的 規 範 に 従 っ て 生 き た い と い う 要 求 が 段 々 強 く な

Cl!) 

った。再び医学についていえば,これは驚くほどの発達を遂げて,高い水 準に達したことが指摘されなければならない。この発達は患者に沢山の利

0

21  ‑ 14  3・4・888 (香法'95)

(22)

益を与えるようになったが,他方で,生が不可避的に死へと向かっている 者の苦痛・苦悩の延長という否定的な側面も生じるようになった。延命術

の進歩は短期の延命にとどまらず,死のプロセスをいわば無限に延長する 可能性をもたらした。患者たちは,深刻な苦しみの後の確実な死の事実に 直面して,なぜ,そして,どれほど長く苦しまなければならないのか,ま た,医師たちも,なぜその生命を終わらせようとしたり,終わらせたりで

きないのかを疑問にし始めた。結果として,死それ自体がもつ問題以上の 沢山の問題が死を取り巻くことになった。現代医学の発展と死の問題を含 む人間らしい自己決定の考え方は,安楽死を医師・患者関係という閉ざさ れた圏内から公的論議の場に引き出すことになった。朕師たちは多くの問 題で道徳的ディレンマに陥った。安楽死よりももっと問題のある臓器移植 なども医師の道徳的不安感を増大させるようになった。医師たちは,その

(32) 

道徳的ディレンマに公衆の注意を集めるよう試み始めた。

四〇

4 . 2 .  

医師による問題提起

ファン・デン・ベルク医師は『医療の力と医療倫理』という一冊の本に よって,医学の領域でこの問題を初めて本格的に提起した最初の人である

( J .   H .  van d e n  B e r g h ,  Medische Macht en M i d i s h c e  E t h i e k ,   1 9 6 9 . )

。こ の本は安楽死の許容性についてのオープンな社会的論議の開始に決定的な 影響を与えたといわれる。彼はこの本で医学的に回復の見込みのない事例 を列挙し,「どんな代償を払っても生命を保持すべきである

( p .1 9 )

」とい う医学的エートスを攻撃し,新しい価値観を擁護した。その中心命題は「医 師は,生命が意味をもつところでは,また意味をもつときには,生命を保 持し,延命させるべきである (p.

4 7 )

」というものであった。彼はいう。ど のような生命が意味があり,どのような生命が意味がないかを明確に決定 する基準はないが,患者自身にとって死が生命の保持よりも望ましい価値 ある状態となったときには,生命を終結させる患者の権利と医師の権利が あると。「医師が患者を殺すのは非常に残酷なことは分かっている。しかし,

14--3•4 887 (香法'95) ‑ 22  ‑

(23)

長期にわたって死んだような状態にある人,またはほとんど死人のような 人を植物のように生かしていたずらに消滅を待つというのはもっと不穏当

(33)(31) 

であり,極めて恐ろしいことである (p.48) 」。

上述したように,要求に基づく殺害はオランダ刑法 293条によって最上 限 12年の拘禁刑で処罰される。また自殺胴助は同 294条によって最上限 3 年の拘禁刑で処罰される。 1969年,医師と法律家がこの問題を法律的立場 から議論する若干のセミナーを開催した。

1971年,医師がその母を安楽死させるという事件が起こった。メディア はこの事件の経緯を克明に報道し始めた。安楽死反対論者のスロイスは,

この問題が他の大きな国々よりも,オランダにおいて,より劇的に展開し た理由をメディアの報道姿勢と関連づけている。つまり,オランダは周辺 諸国と比べて,近代化の遅れた国とみなされてきたのであるが,その遅れ の自覚がかえって新しい考えに飛びつかせることになったと。こうしてオ ランダのメディアは新しい自由主義的かつ許容的考え方に共鳴する人々に 事実上の独占権を与えた。とりわけ,従来,安楽死問題は公然と議論され ず,無視され,または否定されてきたので,新しい出版物やテレビは,新

(35) 

たな考え方をより自由主義的で,よりすばらしいものとして採用したと。

4 .  3 .  

安楽死に対する教会の態度表明

1972年,オランダ最大のプロテスタントの宗派,オランダ改良教会は,

医師からの間い合わせに応じて,『安楽死:医療処遇の意味と限界』と題す るセンセーショナルな報告書を発行して,苦痛を軽減するための医薬の投 与による患者の生命の短縮,つまり,消極的安楽死(わが国の用法と異な る!)は許容されるという見解を表明した。この報告書には生命の尊厳と 安楽死は両立し得ないものではないという考えも盛り込まれた。報告書は 積極的安楽死に対しては態度を表明しなかったが,積極・消極の限界を設 定することの難しさを認め,その区別は「倫理的なもの」というより「心 理的なもの」であるとした。それはまた,医療テクノロジーによる延命を

00

23  14‑3•4 886 (香法'95)

(24)

疑問視し,「生の質」の方が生命の長さよりも重要であるとした。自殺の問 題とくに高齢者のそれに注目し,死の願望がどのような場合にも否定さ れるべきかを疑問とした。さらに,たとえ死を早める危険があるとしても,

死の過程にある人に対しては同情的なケアと苦痛の軽減措置が施されるべ きであり,患者がもはや意思疎通をしたり人間的諸関係に入れなくなれば

(:J6)(37) 

治療は停止されてもよいとした。

7 1

年に起こった事件に対してレーワルデン地裁で判決が下されたのは このような時代背景のもとにおいてであった。この判決はオランダにおい て最初に安楽死が許容される諸条件を認めたものとして注目される。

九九

4 . 4 .  

レーワルデン地裁判決

( 1 9 7 3

2

2 1

日)

事件の概要は次のようなものであった。間題の患者は脳溢血によって身 体が一部麻痺し,発語の障害,難聴,肺炎に苫しんでいる 78歳の女性だっ た。彼女は数週間前にナーシング・ホームヘの人居を認められ,ベッドに 臥せっていた。彼女は幾度となく,様々な人に対してもはや生きる意欲が ないことを語っており,「全てのことからさよならしたい」として,故意に ベッドから床へ転落するなど,何度も自殺を試みた。彼女は重い病いを訴 え,娘であるポストマ医師に対してすぐにも生命を絶って欲しいと数度に わたって懇願した。また看護婦長に対しても死にたいと繰り返し述べ,看 護婦たちに協力しようとせず,食事を部屋の床に投げ落とすなどの反抗さ

えした。彼女の切迫した要請に対して娘とその夫(医師)は安楽死は処罰 の対象になると諭したが,母親はこれに反発し,いっそう反抗的行動に出 て,娘夫妻を遠ざけるようになった。結局,長いためらいの後,ポストマ 医師は母親の願いを聞き入れ,

2 0 0

ミリグラムのモルヒネを注射し,死に致

らしめた。

刑法 293条違反で起訴された医師は,その行為は実質的違法性を欠如し,

また行為時において抵抗し難い力

( p s y c h i s c h en o o d t o e s t a n d )

が働いたと 中し立てた。地裁は,実質的違法性の欠如の抗弁については無視し,不可

14  3•4 885  (香法'95) ‑ 24 

(25)

抗力の主張については,次のような理由でこれを拒否した。すなわち,被 告人は合理的な目的を達成するために合理的でない手段(致死量の医薬)

を用いたものであるが,注意深く医薬の量を漸次増大するよう処償してい たならば,精神的緊急状態に陥ることはあり得なかったと。そして,

1

年 の執行猶予付きの

1

週間の拘禁刑を宣告した。

地裁は,最後の瞬間まで患者は延命されるべきだというもはや医学界で は適切とはされない考え方に立ちながらも,患者の苦痛の緩和のために漸 次医薬の量を増加させていくことは可能であり,その限りで,厳しい死の 時まで患者を延命させなければならないということはなく,生命の短縮を もたらし得ると判断した。裁判所は,その判断に際して,専門家の証人と して裁判所によって聴間された政府の医療監督官の言明に大部分依拠し た。この専門家の意見によれば,少なくとも次のような諸条件が満たされ るならば,患者の苦悶の全部または一部を緩和するために,モルヒネまた は精神薬剤を漸次的に増大することやさらなる処遇の差し控えは,それが 患者の生命を短縮するとしても医師によって行われてもよいというもので あった。その条件は次のようである。

a)病気または事故によって患者の状態は治癒できない程度のものである こと,または医学的に治癒できないと考えられていること。

b) 身体的または心理的苦悩が患者にとっては主観的に耐え難くまたは厳 しいものであること。

C) 患者は,その生命を終結したい,または苦悩から解放されたいという 願望をできれば早い段階で文書に認めておくこと。

d) 患者の死の過程が始まっていること,または切迫していること。

e)処罹は主治医または医療専門家によってなされること,または開業医 との相談のうえなされること。

t

述のうち,死が切迫していなければならないという条件は,治癒でき ない病気または事故による障害の結果,非常に厳しい身体的または精神的

九八

‑ 25  ‑ 14  J•4 884  (香法 '95)

(26)

苦悩を蒙っているにもかかわらず, なお身体が丈夫な人々の場合には,長 い間待ったとしても, その苦悶の緩和が認められないことになるという理 由で,裁判所によって採用されなかった。

結局,裁判所によって安楽死が許容されるとされた

5

条件は次のようで ある。

(1)  医師は患者が医学的に治癒不能であることを確認していなければなら ない。

(2)  医師は患者が身体的または精神的に耐え難い,

験していることを確認していなければならない。

または深刻な苦悩を体

(3)  患者が生命の終結を希望していること,

ら解放されたいと切望していることを確認できる事前の文書があるこ またはどうしてもその苦悩か

(4) 

(5)  と。

生命終結の処置は,主治医または医療専門家によって行わなければな らない。

その場合,他の医師と相談しなければならない。

高裁への上訴はなく, この判決はオランダにおける医療的安楽死の法的 先例となった。 まず(1)治癒不能であることを前提にして, (2)身体的または 精神的に耐え難い,深刻な苦痛・苦悩の現在が必要であるとしている。

こで,条件付きながらも「精神的苦悩」

J

を取り入れていることが注目され

三九 七

る。 (3)では,患者の真摯な意思とそれを確認できる文書を求めている。 (4) は医師による処置, (5)では,医師の注意深さ,慎里さを要求して,他の医 師との相談を掲げたことが注目される。しかし,ここでは他の医師の直接 診断が必要かどうか,他の医師がどのような専門分野の人であらねばなら ないか等については明らかにされていない。

これらの条件を遵守する医師は不処罰とされるか,刑罰規定の文言に従

14 --3• 4 ‑‑883 (香法'95) ‑ 26 ‑

(27)

って生命剥奪と判断されるかのどちらかであるということになる。地裁が 不処罰の法的根拠について明言しなかったことに留意しなければならな

い。また地裁は医薬の量の増大については注意深く扱うよう指示したが,

間接的安楽死や消極的安楽死のような複雑な状況には言及せず,どこまで 積極的・直接的に干渉し得るかという間題には全く答えなかった。

上述したように,この訴追はメディアを通して熱心に報道された。公判 にあたり,ポストマ医師の行為を支持する声明書に医師の居住する小さな 村の

2 , 0 0 0

名の住民が署名するとか,他の医師たちも同様の行為を行って いるという公開状に署名して法務大臣に提出するなど医師には沢山の支持

と同情が寄せられた。この事件を通して,安楽死の実施は明らかに病院内 外における看護の不可欠の構成部分になっていることが認識されるように なった。一方で,法務大臣は安楽死を処罰に値する行為として扱い,積極 的な刑事訴追政策を展開するよう求められた。他方,研究グループやイン タレスト・グループが組織された。本人がそれを望むならば,殺害の権利

も認めるべきだとする「死ぬ権利」の要求が掲げられた。判決の数日後,

村の住民たちを中心にオランダ任意安楽死協会が設立された。安楽死協会 は,すぐにロビーとして行動を展開し始め,全ての非宗教政党に働きかけ た。協会設立

5

年後の

1 9 7 8

年の時点では,全体で

1 5 0

名の議会メンバーの

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名以上が協会の年次総会に出席するほどになった。安楽死協会のほかに 同じころ,安楽死に関する研究財団が設立されたことの意義も大きいよう である。この財団は圧力団体ではなく,安楽死に関する理論的・学問的な 検討を重ね,多くの図書などの出版活動を行った。裁判所などもこれらの

(39) 

出版物を参考資料として活用するようになったとされている。

オランダ全土が安楽死に賛成しているかのように思われる中で,ファン ダメンタリストのプロテスタント,キリスト教民主党,そしてローマ・カ トリック教会の高位にある人たちはこれに反対した。教会の公式の見解と その信者たちの意見の間には相違がある。例えば,ローマ・カトリック教 会は安楽死に反対しているが,オランダでは

1 9 8 6

年の時点でローマ・カト

-~27 14--3•4 882 (香法'95)

I. 

参照

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