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想像力の挫折 : シャーウッド・アンダスンと「ワ インスバーグ・オハイオ」

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(1)

想像力の挫折 : シャーウッド・アンダスンと「ワ インスバーグ・オハイオ」

著者 竹村 寿夫

雑誌名 主流

号 18

ページ 35‑46

発行年 1955‑02‑25

権利 同志社英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016622

(2)

想 像

シ ャ

l ウ

y

ド・アンダスンさ﹁ワインスバ!グ・オハイオ﹂

すべての偉大なコ文学作品の中には何らかの形でつ抵抗﹂の

要素があるはやだ︒それが政治的な抵抗の場合もあろうし︑

社会的な抵抗の場合もあるだろう︒しかし︑私がここで問題に

しようとしているのは︑そうした外面的な抵抗ではなくて︑も

っと内面的なそれなのである︒い1ふかえると︑それは人聞の想像力を挫折させる一切の外界に対する心の抵抗である︒私

はそのような想像力が︑粗野で︑非人間的で︑そして不自然

な社会機構に衝突し︑それに刃向い︑最後に敗北するといラ

いわぽ現代的悲劇の過程を︑アメp

カ文 学に 沿い て一 初め て描

き出した作家として︑シャIウ?ド・アシグスシ

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冨戸﹀を考察してみたい︒・

ところで︑想像力が異質な社会の部厚い壁に突当って挫折

する

とい

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Iマは︑アシグスシ以前の作家の中には見出せないでるろうか︒私が想い出じうる限りでは︑ハI

マン

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ルグィルのある作品の中に︑そうした一アIマのほんの萌芽が

認ゐられるぽかりである︒例えぽ匂お立な守忌ぬめミ

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P 5

H同︵呂田︶を想い出していたA

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ぎた い︒ ウォ

Iル・ストリートの弁護士にやとわれている風変りな書記のパIトルピイは︑何故か常に同僚からひとりだけ離

れて仕事をしている︒そして自らの本分であるコピイライテ

ィングの仕事以外の用事を人から頼まれると︑何時も決って答える返事がま同者︒巳仏

U S F

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件︒

3

とい う一 瞬固 な拒 絶

の言葉である︒これは無智で︑醜悪で︑機棟的な外界と︑人

間の本然的な心情の発展との戦闘を象徴するメルヴィル式の

ず 釦 円 ︒

HO

風変形の手法ということが出来よう︒

ドライザIの抵抗には奇妙な諦観が何時もつきまとラ︒ド

ライザーは非常にスクールの大きな立派な作家であり︑アン

ダスシと同様︑産業主義のアメリカ社会の圧力に打ちひしが

れる弱い人間の運命を描いたが︑彼の徹底したりァリズムの

手法は︑設が非難するアメpカの社会悪にとってかわる何ら

の代用物色芯門口幹守⑦を暗示していないのである︒即ちアン

グスシの中にある︑本然的な人間性の恢復といったような代

(3)

用物を提供し︿いるものではない︒たど彼は︑忠実な記録者としてアメpカの悲劇を丹念に描いたにとどまったのである︒

さら

に︑

Kの抵抗を試みた文学を想い出してみよう︒今

世紀変り目に大統領でるったシオドア・ルーズグェルトの帝

国主義的政策が招いた︑新興資本主義社会に沿ける各方面の

関敗堕落は︑当時手仏どい文学的反撃に遭遇しがものである︒

有名 な自 己の 宵倍 付︒ 円切 と呼 ぽれ る一 群の 作家 の活 動で るる

ここでは︑シカゴの培殺場の不正時敗を札弾して名実共に大

きな 成功 を長 さ必 たア

︒フ ト

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山内向︵

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を想起すれば足りよう︒勿論その他にも︑例えぽ同︐

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自民 の日 門店 村山 口ぬ に終 始し たよ うな 雑誌 すら あっ た︒ しか しこ

れらの攻撃的な作家遠の抵抗は︑明らかに直接的な社会機構

改革というその目的意図が余りに明瞭であったために︑文学

作品としての価値は何ほどのものでもなかったし︑また決し

てア

yd

グスシの抵抗と同日に論じる性質のものでもなかった

のである︒大統領が

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の反響に驚いて︑早速新しい食

品法を通過さぜたという事実を見ても︑いかにシシクレアの

抵抗が︑実用的効果を狙ったものであったかどわかる︒S−ルイスもまた彼の優れた才能で以って当時のアメpカ

中産階級を調刺することに従事した︒だが︑ルイスにしても

伎の所謂℃

FO

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色町自によってアメロノカ社会の

外面的なカpカチュアを試みたにすぎなかったのである︒ 私はここでヘシリ−ジュイムズが試みた一種の抵抗を想い出すのでるるが︑伎の抵抗とても何か拒漠としたロロ店主な世界での出来事の感がつきまとい︑アングスンに治けるが如き個人対社会のコジトラストを認めることはむやかしい︒

このように考えて来ると︑シャlγド・アジグスンの文学

のもつ内面的抵抗の要素は︑非常にユニークな価値を持つと

いわざるを得ない︒そこでアングスシの託抗とは︑極く大ざ

っぽにいうならば︑アメpカの産業主義社会に対する個人の

抵抗なのである︒自然で︑真実な生き方を憧れる人間本然の

心情 を︑ 仮に 想像 力山 口出 ぬ宮 内注 目︒ ロと 呼ん でみ よう

︒そ うす

るとアングスンの試みは明らかに︑かtふる想像力の︑金銭と

権力とを求めて戦わなければならないアメりカ現代社会への

抵抗と敗北の悲劇を措くことでるった︒金銭が絶大な威力をふるう新しい産業主義的アメpカ社会にるって︑想像力が安

住できる場所を見つけだすことは困難である︒想像力にある

程度の安定があったのは恐らく中世紀であった︒その中世は

もはや帰って来ない︒すると想像力は︑現代にるって︑一体Eの様にして社会の圧力に抵抗し︑結局挫折するのか︒アン

グスンの文学は︑そうした想像力の挫折を最も芸人事に︑且つ最

も簡潔に描き出した稀有の文学ということが出来るのでるる︒

アシグスシの作品の主人公達は︑い

JY

れも挫折した想像力

を抱いて︑産業主義の新社会に何の役割も与えられないで︑

たど初律しているいわば無用な人間の集りである︒じつにア

‑ 36‑

(4)

V−グスンの文学は︑アメり

カ文学にそれまで現われなかっ

た︑無用人文学の鴨矢だと考えられるのである︒あるいはい

いかえると︑彼の主人公達は一人残らやいわゆるロ

ロ仏

耳含

である︒しかし重要なことは︑それらのロロ仏耳仏O

や 無 用 人達が︑さをに述べたドライザ

や ︑ ルイスや︑暴露屋

Sherwood Anderso

w s

w 再逮がやったよりは遥かに深いところでアメリカ

社会を批評していたのだということである︒

一九

O一年に二十六代目の大統領になったシオドア・ルー

ズグェルトは︑非常な才能をもった政治的怪物であり︑アメ

リカという国を今日の繁栄にまで導いたのは︑じつにこの人

物の仕事でるったといっても過言ではない︒

この大統領が行った治びもんどしい侵略的行為の中で最もひ どいものは︑スベイy

に対する意識的戦争挑発行為で

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た︒この戦争の結果︑キューバはアメpカの持物同然になっ

たが︑ニュi

・ ヨ

ークの資本家達は一はやくこの島に莫大な

投資を開始し︑無料同然の価格で土地を買いつけ︑この島の

事実上の支配者はニュ1・ヨークの銀行家逮ということにな

って

しま

った

そのつをにルlズヴェルトが行った悪徳は︑パナマ運河の

開発をめぐる紛争の誘発である︒彼はパナマに運河を通すこ

とが︑アメHノカの資本家に大利益を粛すことを見越して︑パ

ナマの土著人達を煽動し暴動を起させ︑るまつさえ軍事的援

助さえ与えたのでるる︒結局パナマはコロンビアから独立

し︑運河はアメpカの好意に対するパナマからの返礼となっ

た︒このようにしてルlズグェルトは短時日の聞にラテン・

アメ

pカを完全に手中にたさめたのである︒

新しいアメpカはかくして雪だるまさまがらに肥えふとっ

て行った︒世は正しく石油と鋼鉄の時代であった︒国の工業

化はすさまじい勢で行われていた︒外国から︑本国で食いつ

めて来た貧しい移民が渡って来て︑安い賃金に甘んじて国の

工業化にカを貸した︒産業は日を追って発展

し︑事業は莫

大な利益を生み︑大産業は次第に少数者の手に集められてい

った︒例えばトラストの数だりからいっても︑一九O四年に

はアメリカのトラストの数は一八九六年の七倍にまで増えて

いる︒そして凡ての産業を動かす大資本家といわれるほどの

(5)

人物は︑極く少数にすぎなかったのでるる︒

カーネギーは鋼鉄を握って文字通りのスティIル・キング

の地位にあり︑ロ?クフエラーは石油を一人占ゐし︑

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問︒ ロ色

︒広 司切 州自 討を も動 かし

︑そ して モ

Iガシ財閥が鉄道を支毘していた︒しかも大統領ルI

ズヴ ェル トが

Lる大資本家にとっては︑大統領というよりはむしろ友人

でるったことを思えぽ︑今世紀初頭に沿けるアメリカ資本主

義の発達が︑どれほ戸﹂急速で︑且つ容易であったかを了解す

ることはさほど困難ではない︒さて︑こうした新しいアメpカの産業化が当時最も活滋に

行われた大都市の一つにシカゴがあった︒シカゴにはその頃

サムエル・インサルという一種の宮門吉弘ユ色自︒ロ卑号がい

た︒この男には果して人聞の血液が流れているだろうかと人

が疑ったほど彼は非人間的な人物であり︑頭脳を兵えたEし

て一個の機械であった︒イシサルはまやノシカゴのの︒自富︒ロ巧

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目︒

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3

Mローから手をそめて︑数年後の一九

一一一一年には全中西部の電気事業をその手中に収めてしまっ

た︒一九三一年に伎は一九六の水力発電所を所有し︑五万に

のぼる多数の市町村に︑被一人で電気・ガス・水道を供給し

てい

た︒

シカゴといヲ大都会の性格は︑正にこのイシサルという人

物に象徴されている観がるる︒インサルが産業主義の塊りの

ような人物でるったごとく︑シカゴもまた産業主義の濠kた る煙につつまれた力と金と機械との都だったのである︒

シャiウ?ド・アシグノスシが生きていたのは︑じつにこう

した時代︑こうした場所であった︒進歩と文明を視福ナるた

めに生れて来るはやのアYグスシは︑そのじっ時代の精神と

ははなはだ似つかわしくない環境の下に生れたのである︒生

れたのは一八七六年でるるが︑父は貧しい馬具職人であっ

た︒オハイオ州のカムデンという町である︒貧乏のたは

ω

学校以上へは行くことが出来なかった︒それから後は治定り

の新聞売子︑農園の手伝人など︑誰でも貧乏な少年がやらね

ぽならぬような仕事を転々とし︑米西戦争が始るや︑それに参

加した︒しかし︑戦争から帰ってからは︑しぽらく故郷に落

ちつき︑結婚して屋根ベンキ製造業をはヒめ︑自分のことを

ま問

︒︒

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宮 州

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と呼んだりして詑滞した田舎

町の雰囲気の中で︑絶えや脱出を夢みていた︒一九一一一年の

十二月のことであった︒アシグスンは極度の神経衰弱のために︑突然書置きを机上に残したまL︑自分の事務室から姿を

消した︒数日後に発見され︑直ぐ病院に入れられた︒しかし︑

伎の神経衰弱とは何も一時的故障ではなかった︒それは︑彼

がその頃から始めていた創作の仕事と︑オハイオの田舎町の

無智と︑凡庸と︑悪意とで以って固定化された生活との間に

ある大ぎなギヤサプが︑彼の胸に与えた致命的な傷なのであ

った︒アンダスンが︑妻子を故郷に残したまL

︑シ カゴ に脱 出

でをたのは︑この事件の数ク月後︑一九一三年二月のことだ

‑ 38 ‑

(6)

った ので ある

ところで︑被のシカゴでの新しい仕事は︑広告事業であ

り︑その会社の名前は

43 1Z

円 の ユ

R F p w E k r a J S

込山

田宮

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日℃

H E M 刊といった︒しかし︑誰がこうした職業につくこと

ができたからといって︑よりよい仕事を求めて大都会へ\行く

他の多くの人達のように︑感激をもって広告の仕事に熱中し

たということは考えられない︒就職はたんなる生活のための

方便であり︑伎の真の望みは創作の仕事に没頭することであった︒この時伎は作家として身を立てる決心をしていたので

ある

産業主義の ︒

2 2 F M H

出 向︒ 色守 口ぬ 目︒ とも いう べき シカ ゴに

も︑やはり田舎町ではとてもみられない大都会としての寛容

さがあった︒というのは︑シカゴは︑新しい産業主義の怪物

の跳梁にも拘らやそうしたものに立向って力強く抵抗しよう

とするいわぽ対立者の存在を許したからである︒アンダスン

がわざわざシカゴに求めてやって来たものは︑ヒつにそれで

あっ

た︒

現代詩に大きな貢献をした詩の雑誌﹁ポエトリL

u S

﹃ 喧 M

がこの町で創刊されたのは一九一一一年︑すなわちアンダスン

がオハイオから出て来る前年であった︒念のために創刊当時

の編集者の顔触れを挙けてゐくと︑まやエズラ・パウシド︑グェイチェル・リノシゼィ︑官パI

ト・フロスト︑カール・

サン ドパ

Iグ︑ウイp

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pアムス︑そしてT−

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・エリオ?トなどでbった︒シカゴにはまた︑パリノの左岸

に匹敵する新進の芸術家だけが集るいわぽ特殊地域があっ

た︒サウス・サイドのストIニイ・アイランド通りとか五七

番街などがそうでるった︒アンダスンがシカゴに来て特に親

しくしていた作家にフロイド・デル司

F U 己 Uo

−−

があ

る︒

ルはその当時﹁シカゴ・イグニシグ・ポスト﹂の文芸欄主筆

であった︒今ではハpウ?ドの脚本門誌になっているベシ・ヘクト切ゆ口出

2Z

もアンダスンには親切芯友人であり︑前述

﹁ポエトリ﹂の同人カlル・サシドパlグも同様であった︒この時代のことを回想してアンダスシは後に﹃回想録﹄

ヤ惨

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︶の中広書いている︒

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−0・またこの時代は︑アメpカ文学史上ルネサンスム︶呼ばれた

噴であって︑後に凡てサ世紀の指導的立場に立った新しい文

学者の族出した時代であった︒そしてこのルネサシスの理論

的先導者となったのは批評家のJ−E−スピシガ

I Y

であ

り︑伎は常に﹁創造的批評論﹂を称え︑アメリカ文学に何よ

(7)

りも必要なものは︑eプラトンのいわゆる﹁因習からの魂の神

聖な解放Lだということを力説した︒事実︑このスピンガI

ンの主張は数年を出歩して真実となり︑アメリカはへ

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エイムズ︑ハウェルズ︑ヘンp−アダムスなどの後を継ぐ

者として︑例えぽ︑ドライザI︑メシナシ︑サシグヤl

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Iグ︑ガ1

トル

Iド・スクイン︑ヱズラ・︒ハウシド︑

シンクレア・ルイス︑ウイラ・キャザl︑E−A

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γ ︑ −pyJ

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E−L・マスターズなど︑数多くの優れ

た新鋭の作家︑詩人を輩出することになった︒そして一九一

四年やはりシカゴで創刊され︑ジョイスの﹃ユpシIズ﹄を

連載し︑絶対に商業主義と妥協しなかったマI

ガレ

y

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γグスンの雑誌﹁リトル・レヴュ﹂爪エズラ・︒ハウシドが欧

訓方面の編集を担当した︶の存在も特筆しなけれぽならな

い︒ シャ

Iウ?ド・アングスン自身も後にこの雑誌の編集執

筆に 参加 した

このようにして始ったアメpカ文学の今世組初頭に沿ける

ルネサンスは︑産業主義の最も隆盛を極めたシカゴという都

会に︑奇しくもその運動の中心を置いていた︒一言にしてい

うならば︑シカゴは彼ら新しい作家遠の誼抗基地のごとき観

を呈していたのである︒

さて ア

yグ

Yは︑か

kA

る背景の中に孜kとして創作に精

進し︑ようやく一九一六年に処女作﹃ウイ

yJ

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1

・マ

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ァlスシの息子﹄司ぎ号足号︑MNqh

きぱき誌を出すことが

出来た︒これは決して立派な作品ということは出来なかった

が︑ アシ グス シ文 学の 一ア

Iマはこの作品の中にすでに明瞭に

認められた︒産業社会のむける想像力の抵抗と挫折の主題

は︑恰もホI

I

Yに沿ける罪の意識︑ヘミングウェイにゐ

ける死への関心︑レシプラシトにゐける虚栄の刻扶などのご

とく 明瞭 であ った

︒・ 友人 のベ

γ・ヘクトは︑この書物が出た

時の書評に︑﹁一人の新作家が現われてアメリカのイリヤ?

ドを歌う:・:その作家の名前はシャi

ウ? ド・ アジ グス ン:

:﹂とまで書いて彼を売り出そうとしたけれども︑アンダス

シの真価が本当に現われ出したのは︑第三作の﹃前進する人

こ足ミ町営.高見

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︶で もな く︑ ヒつ に第 一二 作の

﹃ワ イシ スパ

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ところで︑アン︑グスシが﹃ワインスパlグ﹄を書く前頃の

ことを少し述ペてみると︑彼はその頃ヴァン・ゴγホの絵画

の手法に非常な関心を持っていたようである︒ゃコ?ホの作口聞

に見られる一見雑多な事物の無造作な寄せ集めと見えるもの

が︑ビつは一つの絵画的全体として見た場合︑まことに揮然

とした内奥からの生命に輝いている事実にいたく感激して︑

この ゴ

yホの精神を﹃ワインスパlグ﹄の中に生かそうと試

みた︒これはちょうど︑へミングウェーがパγハの遁走曲の形式から自分の寸︿章のりズムを学び︑ガi

トル

Iド・スグイシがセザンヌの画に絶えや霊感を受けていた事実に似てい

‑ 40

(8)

それはさてなき︑アシグスシが﹃ワインスパIグ﹄を書く る ︒

にるたって︑どのような先輩の文学者から直接の教訓を学ん

だかは︑余り明瞭でない︒彼はヨIγパの大家の作品を殆

んど読んでいなかったといわれている︒それのみか自国の先

輩作家︑例えぽホI

l

y︑メルヴィル︑ホイ?トマシずら

読んでいたかどうか危ぶまれるような有様である︒たけA

アン

ダスシがイギリ〆ス十九世紀の特異な作家ジョージ・ボロウノ

のき

﹃ぬ

ゆ切

G

5 4

弓のものを読んで︑その簡潔な文体に大いに

共感を覚えたらしいことは記録されている︒しかし綾が最も

大きな影響を受けたのは︑ガi

トル

lド・スグイシの文体で

るった︒彼女のロロ

U B

窓口神宮口田で平明な俗語の駆使は︑伎

の作風に大きな影響を与えている︒そのつぎにはエドガ1・

9

1・マスターズの﹃スプ

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集﹄

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︒守

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︵︶の形式が大いに彼を啓発したようである︒

55

事実アシグスシは︑﹃ワイγ

スパ

Iグ﹄を書く直前にこの詩

を読んで感動している︒スプ

i y

F

Jツアーの住人達が︑そ

れぞれの悩みを持つてな互に孤立しながら︑しかもその小さな町の背景に密接につながっているという組立がアンダスン

を吉田

13

したことは否定できないのである︒

﹃ワ イン スパ

1グ・オハイオ﹄は一九一九年に出版され︑二

十三篇のそれぞれ関連るる短篇から成立つ作品である︒この

書物 の回 円頭 には

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由主と呼ば の れる序文代りの短篇がついていて︑作者はこの序文の中でニ

本全

体の

一ア

Iマを可成り象徴的な方法で招介している︒い

いかえると︑この序文はこの作品全体の意味を解明するための鍵となっている︒

ところでこの小説は︑前にも述べたように︑二十三の短篇

で成立っているために︑何ら一貫した物語としての筋はない

のである︒じつに沿びたどしい数の風変りな人物が登場す

る︒例えぽ年老いた変人で元は教師であったウイγグ・ピドルパウム︒この老人は世聞から見れぽいわゆる

E E

己 ︒ ︐

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えo o

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であり︑一種の田舎町のソクラテスである︒そ

の昔︑この男は︑自分の手が己の意志に反して教子を愛撫す

るという性癖を持っていた︒町の住民は綾こそは町の少年を

堕落さず変態的人物と信ヒこみ︑酷い方法で伎を町から追放

する︒披がオハイオ州のワイシスパlグへ流れて来たのは︑

この不名誉な︑そして非常に悲しい事件の後であった︒さて

ワイ ンス パ

Iグへ来てからの老人にたった一人の友人が出来

た︒それはこの町の新聞社に勤めている青年ジョージ・ウィ

ラードである︒このいわぽ配所のソクラテスにとって︑その

教化の対象となったのは︑当然少年ジョージであった︒ピド

ルパ ウム 老人 は︑ 今で はこ の敏 感な 若い 魂に 山自 白ぬ 宮内 注目

︒ロ

と弘司③民吉宮ぬの重要性を説くことが唯一の生き甲斐であっ

た︒固定した田舎町のプロヴィシシァリズムに反抗すること

を教え︑孤高の精神を育てることをすL

める ので ある

(9)

ピドルパウム老人とその弟子ジョージ・ウイラードの二人

口︑この作品の全篇を遥ヒて登場するの#んが︑物語の後半に

到って︑ジョージ青年にはようやく師の説く精神の大切さが

わかり初めて来る︒そして最後に青年の脱出が行われる︒

E U o u m

宮門

0 3

という最後の章がそれを措いている︒若者は

とうとう自分の生れ故郷の町を後に︑作者アシグスシ自身が

やった如く︵

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F o m E 4 0

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片足

︒3

︶馬車を駆

ヲて出て行くのである︒

こういう風に書くと︑この作品は非常に構成の単純な︑筋

の一貫した小説のように思われるだろうが︑事実はそうでは

ない︒ピドルパウムとジョークとの物語は︑物語全体のいわば

荒い骨組となっている芦けで︑初めにも述ペた如く︑この小

説は様々な人物の様々な経験を一つづっ措いた︑短い挿話の

集合なのである︒彼等の他にも多くの人物が登場する︒ジョ

ージの母親は︑町の℃

Q E

片山山口である軽薄な夫を憎んでい

る魂の抜けたような人物︒セ?クスの誘惑と絶え十戦ってい

るカ

1一アイス・ハートマンという牧師︒ク

I

F−スイブトは

昔婚約した恋人が都会から帰って来るのを待っている中に︑

醜いスピンスターになってしまう︒この他にまだ十余りの物

語があるのだがそれらを一

k紹介する必要もないと思うか

ら︑ここでは省略する︒

さて︑私は序文の代用をつとめている最一初のエピソード

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出 ︒ ︒

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−−がこの小説の意味を解明 するための鍵だと書いたがそれは何故か︒

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−−であり︑この作品

はとくに象徴的効果でもって書かれている︒つぎの引用は主

人公の︒日仏当ユ窓吋がべ?ドの上で横になり︑夢と現との境

にいる時に起ることである︒

・ ・ :

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すなわち︑アシグスYが岳∞

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なる言葉によっ

て意味するものは︑明らかに想像力が︑固定化しω

ユロ

された社会の壁に突きあたって挫折した︑一群の仏民

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10

であると思われる︒そのような敗北者を現わすのに

彼が何故グロテスクという言葉を用いたかは明瞭でない︒し

かしこの言葉の持つ異様な深さを読者は誰しも感じとるし︑

また非常に明確なイメジを与えることも確かである︒

いうまでもなく作者アンダスシは︑想像力の自由な飛朔左

求め︑真理を掴もうとした者は例外なく挫折し︑ついに真理

を抱いたまL社会にとっては無用の長物︑グロテスクな存在

と化してしまうことを一式わんとしたのでるる︒作中の老作家

は勿論︑﹃ワイシスパIグ﹄に登場する凡ての主人公ハジョ

ージ・ウィラードを除いて︶は悉くがグロテスクな人間でる

って︑人間に本然的に具わっている自然な心情の発露がその 先にも述ペた如く︑急激に産業化されたアメリカ社会にる る ︒

行場を失い治想像力の自由な発展が阻害されてしまったた

め︑新しい産業資本主義社会に生きる人間に要求されるもの

は︑

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古門

宮田

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という一事に尽きる有様とな

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った︒例えぽ︑男たるものは須く世の中に乗り出して﹁一旗

色けるLことが立派なことだとされ︑国を挙けて実業万能の

精神が横溢した︒ところがアンダスシ自身に一式わせれぽ︑新Lい大きな工場が

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丘三−付与向︒ロ=を粛したのであり︑﹁産業主義というなそろ

しいエシヂシ﹂に捲き込まれている多くの人聞は︑そうし

た生治の中に﹁聞と込められ︑

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−しそうになっているのである︒したがって︑想

像力の自由な飛朔を望む人聞はずペてその羽根をへし折ら

れ︑地上に堕ちていたゃらに身をもがくE

5

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−の

間入りをすることを余儀なくされる︒先進国のフランスではすでにボードレiルなどが︑ーすでに半世紀も前にかかる対立

や挫折を意識していた︒そうして見るとこの﹁グロテスクな

人達﹂はけっしてアγグスシの世界だけの産物ではなく︑も

っと普遍的な存在だということになる︒︵例えぽ我国にない

でさえも︑夏目獄石が︑少し形は異るがしかし同質の意識を

もちはじめていた︒﹃それから﹄の代助の中には明瞭にこの

挫折の意識が認められるのでるるJ

さて︑私達は︑﹃ワインスパIグ﹄の中に含まれている最

初の短篇﹁手

L

対個人という対立の図式︑さらに仏門 一民自色邸主の中に象徴されている︑右の社会Z

25

ずることを望む個

人が︑仏ミで

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な社会から如何に理解されないかという過程の図式を眺あて見ょう︒

(11)

この﹁手﹂という短篇は︑ゐそらく全篇中最も美しいもの

の一つであろうが︑この作品の主人公は︑後述の風変りな小

ソクラテス︑ピドルパウム老人のつ手﹂である︒

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と書いている如く︑ピドルパウム老人の手には︑その説明を

するためには詩人の感性を必要とする段ど意味の深いものが

あるのだ︒即ち伎の手とは︑彼の仏店内同自を若者に語ってき

かせる時に必要な︑いわぜ聖なる表現機関なのである︒作者

の言葉を借りるなら︑

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である︒またこの手は老人が若者に与える精神的影響を象徴

する旗のようなものでもある︒ここでもう一度作者の美しい

表現 を借 用す るな らば

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ところが︑たまたまこの老人の手は︑菩を一日に一四Oク

Iツも摘めるというはなはだ実際的な技能も所有してい

た︒そしてピドルパウムがワイシスパIグに来てからJ

初め て

町の人Kの注意を惹いたのは︑伎がそんな︑

b Eろく段器E

用な︑実用的な手の所有者だということがわかった時であっ

た︒彼らはどドルパウム老人の手を︑彼らがちょうど町の銀

行家の新しい建物や︑またある別な男の︑競馬で優勝した鹿毛

の馬を誇りに思うのと同じ様に自慢した︒つまり伎の手の実用的価値のみを認め︑そのもっと高い精神的価値は完全に見

逃したのである︒それどころか︑彼らは︑ピドルパウムがま

だメイヤーという本名で他の町の学校教師をしている時︑伎

の手の行動にひどい誤解をしたことがあった段どでるる︒前

にも述ペたように︑彼の手は伎の思想の表現機関であり︑特

に若者に自分の夢を語る時︑その手が若者の肩や背中を愛推することが多かった︒そういった彼の手の行動が︑若者逮に

想像力の重要性を教え︑彼らが固定した陳腐な環境に押され

てしまわぬように︑絞らを吉田百円円︒するための表現の一種で

あったことを︑町の人達は理解出来なかった︒彼は同性愛の常

習犯でるり︑町の有為の︵将来立派な実業家や政治家になるべき︶青少年を堕落させる︑たそるべき犯罪者と見倣され

た︒ピドルパウムの人間に対する愛が︑じつは伎の手に現わ

れているにすぎぬということが︑町の人

k

kは理解出来なか

ったのである︒伎は後から町の入えに罵声と共に泥を投けら

‑ 44 ~

(12)

れ︑暗闇の中を逃けねぽならなかった︒これが伎の想像力に

加えられた

S

守宮町田であった︒実際のソクラテスは従容

として毒杯を仰いだけれど︑アシ︑グスシはプラトシがその師

に対して行った如くにはどドルパウムを英雄化しなかった︒

伎は自分の主人公をあくまでも現代の産業主義の犠牲となう

もん

弱い

23

な人間として措いた︒それ故にこそ伎の作︒σ

品の登場人物には真実性が強いのである︒ピド

1y

パウムが暗

闇の中を追放されて行く時の措写ほど︑無理解で惨酷な現代

市民社会の℃号常旦同を主大事に措いた文章はないように恩わ

れる︒そこには︑人聞の想像力に加え得る限りの無惨な迫害が措かれている︒

シャ

Iyド・アンダスンの文学は︑大ざっばにいうこと

を許されるなら︑農業社会一から産業社会に移行した際に長け

るアメリノカ人錨人の遭遇したロロ号︵不適合︶の悲劇だとい

うことが出来るだろう︒アンダスシの文学を余り高く評価し

ない批評家の共通の意見は︑伎が芳えている色

Z B

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と注 目

しての社会が︑るまりに他愛のない一昔前の手工業時代の牧

歌的社会であるらしいという点である︒成程もっともな意見でるり︑私達は今更手工業時代ののどかな世界に帰ることは

出来ないのである︒しかし︑私達がアシグスンの文学にしっ

かりした経済学の基礎を求めるのは︑Eしく木に拠って魚を

求あるに等しいことであって︑私達は彼の文学に詩人的な現 代社会批評を汲み取れぽよいのである︒経済学者は統計し︑推論し︑討論するけれども︑彼らは暫々︑感じない︒しかし詩人は統計こそしないが︑しぼしぽ誰よりも深く︑且つ正しく感ヒるのでるる︒

アン ダス

γの文学を島問︒戸店ぬ命しようとするまた別な意見がるる︒それは︑伎の主人公のトラプルは凡てセ?クスである︒だからフロイドの有名な

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広︒の公式にあてはめれぽ︑伎の主人公は皆

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中にすぎないのだ︒成程そうであろう︒フロイドのリピドーは有難い真理であってこの光に照らしてみると︑世の中のことは全部わかってしまう︒ちょうどキリスト教徒が凡てのことは神の摂理だと決めてしまうのとよく似ている︒これらの真理にふるてはめると凡てのことは説明出来るかも知れないが︑そのビつ私達は何もわかつてはいないのである︒私達にわかっていることは︑それらの悩みが説明され八刀折され尽くしても依探としてまだあるということだけでしかない︒社会対個人の対立は依然として存在し︑先程触れたロロ号の悲劇はアメFカのみならや︑世界の諸所に起っている︒

ぬ 円

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は最旦sや世界的産物である︒これらのペシミストは精力的な進歩主義者よりもしぽしぽより深い人間愛を持ち︑もっともっと優しい?感情を持っている︒これらの人は社会に適応して行くことがむやかしいがために︑ιますます反社会的になり︑迫害され︑結み上り︑そしていよいよグロテス

クになって行くのでるる︒彼らはいわぽ風変りな存在となることによって︑ヒつは世間を批評しているのである︒彼ら

(13)

の批評の手段は豊かな想像力であり︑鋭敏な感性である︒

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ミ 為抽 悼骨

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〜 追 加

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mh室︑司︒込︵

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日︶の著

者︑ジェイムズ・シュlグィル

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ということは疑いもなく︑ピ

ドルパウム老人をはヒめ︑彼の創造した多くの

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σ

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ロ=にあてはまるのでるる︒

想像力の抵抗と挫折の記録を︑アングスシの如く立派に作

り出している例を︑私は他に知らないのである︒﹃卵の勝利﹄

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︶﹃黒い笑い﹄

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な 崎 ︑ ︵

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︶などの作品にも︑同ヒテIマが繰返えされている︒そして伎の手法は︑外部的真実の描写よりも︑伎がフランス印象派の手法に学んだ内面的真実の表白に力をつくしているという点でユニークである︒アシグスγ自身書いているごとく︑伎は﹁物事の本質を描き出すことを念じ﹂てい

た ︒ ︵

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︶が出た時︑非常に感激して﹁断

ヒて私はこの真似をするのだ﹂と書いている︒︵事実伎は一九二O年パリに行ってスグイシを訪れ︑以後終生彼女に師事している︒ヘミシグウェーが後にアγグスシの紹介でスタイ

シの弟子入りをし︑彼女のスタイルに大きな影響を受げたこ

とは周知のことである﹀このようにして伎のスタイルは︑ド

\日フイザーやルイスのりア自ノズムには走らや︑むしろスグイン

ゃ︑バウンドその他のイメジストの影響を受け︑いは

VA

内面 的リアpズムの作風を創り出し︑ヘミングウエIの出現を予言していたということが出来るのである︒︑従ってアンダスンは二十世紀に沿けるアメリカのペシミズム作家の先駆者の一人として大きな役割を果したことになる︒またス一アィI

ヴシ

・スベン︑グーも云ったように︑﹁アメリカ文学の偉大さは︑

アメ

pカ作家がアメリカ社会の怪物のような商業主義の脅威に抵抗し︑戦っている所にある﹂のであって︑アメリカとい

う国があの落大な産業社会としての前進を続けるかぎり︑ァ

yグスシの行った戦いは無駄にはならないであろう︒

e左がを先日ある知人に︑アジグスンの想像力の挫折という言葉

を使 って 話を した 時︑ その 知人 は私 に﹁ 想像 力﹂ の定 義を しろ と迫 っ た︒ 私は しば らく 考え たが

︑結 局定 義の 一一 言葉 が見 つか らな かっ た︒ たど

︑あ ると ころ で︑ 現代 画家 のオ スカ

12γ

ュカ が︑

﹁想 像

力とは自然なもののことをいうのだ︒想像力とは︑自然で島り︑グ

ィジ

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であ

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生命

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とい

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う話

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んだ

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ある︑と答えておいた︒知人は︑そういう私を見て︑いかにも私の

貧し

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島問 むを 憐む よう た顔 をし て黙 って いた

︑私 はそ の知 人と 別れ た後 で︑ あ

hb

の時

︑彼 にこ うい って やれ

ばよかったという言葉が浮んで来て︑甚だ残念に思った︒それはこういう言葉である︒﹁私は想像力を学問的に定義することは苦手で怠る︒だが私はそれをちゃんと知っている︒何故なら私自身がそれを持っていると思うから︒あなただって︑御自分でそれを持っていれば︑ぞれが解るはず︒ぞれが何であろうとも︑ぞれを持っか︑或

いは 求め てい れば 定義 はい らな いと 思う

︒持 って いな かっ たり

︑求 め てい ない 人に

︑い くら 念入 りの 定義 をし て説 明し ても 無駄 でる る︒ ぞれ から もう 一つ

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