はじめに 鎖骨下動脈損傷はまれな外傷であり₁),出血お よび血栓閉塞による上肢虚血症状を認めた場合は 緊急治療の適応となる.また,損傷部に生じた血 栓の進展により脳梗塞を生じた報告例₂)もあり, 脳神経症状の出現にも留意して診療すべきである. 今回,鈍的外傷により左鎖骨下動脈起始部に動 脈解離が生じ,内腔狭窄を認めた症例を経験した. 無症状であったが,鎖骨下動脈損傷部が椎骨動脈 分岐部より近位に位置していたことから,遠位塞 栓による椎骨脳底動脈領域の梗塞が危惧され,急 性期に血管内治療を施行したので報告する. 症 例 ₆₅歳男性.高血圧症のほかは,特記すべき既往 歴,家族歴なし.トレーラー運転中の単独事故に より車外放出され受傷し,ショック状態にて救急 搬送された. 来 院 時, 気 道 は 開 通, 呼 吸 数₂₄回/分,SpO₂ ₁₀₀%(リザーバーマスク 酸素₁₀L/分投与),血 圧₇₂/₅₆ mmHg, 心 拍 数₇₉回/分, 意 識 レ ベ ル Glasgow Coma Scale(GCS)₁₃(E₃V₄M₆),左上 肢優位の筋力低下を示す四肢の不全麻痺を認め た.頭部,顔面,下顎に挫創を認めたが活動性出 血はなかった.focused assessment with
sonogra-phy for trauma(FAST)は陰性,胸部単純 X 線 写真で多発肋骨骨折を認めたが明らかな気胸は判 明せず,骨盤単純 X 線写真では明らかな骨傷は なかった.初期輸液療法により循環動態は安定し, ショックの原因は,脊髄損傷による神経原性 ショックと思われた. 外傷 pan︲scan CT および頸椎 MRI では頭頸部 と胸背部を中心とした多発外傷(下顎骨体部開放 骨折,脳挫傷,頸椎多発骨折(C ₃ 椎体骨折,C ₆・ ₇ 棘突起骨折,C ₇ 左上関節突起・左横突起骨折), 頸髄損傷(C₃/₄レベル,Frankel 分類 grade C), 胸椎多発骨折(Th₂︐₃棘突起骨折,Th₄椎弓椎体 骨折,Th₅椎弓骨折),多発肋骨骨折(右 ₁ ~ ₆, 左 ₃・₄),右外傷性気胸,左肺挫傷,左鎖骨下動 脈損傷)が判明した.Injury Severity Score(ISS) は₂₉であった. 左鎖骨下動脈損傷は,CT angiography(以下 CTA)にて左鎖骨下動脈起始部から左椎骨動脈 分岐部直前にかけて局所的な内腔の壁不整,高度 狭窄を認め,外傷性動脈解離が生じたと判断した ( 日 本 外 傷 学 会 大 血 管 損 傷 分 類 IIa(lSA), Figure ₁).損傷部より末梢側の血流は維持されて お り, 上 肢 血 圧 は 右₈₀/₅₆ mmHg, 左₇₆/₅₆ mmHg と,明らかな左右差は示さなかった.左 症例報告
無症状の鈍的鎖骨下動脈損傷に対し血管内治療を行った ₁ 例
兵庫県立加古川医療センター救急科1)・同 脳神経外科2) 兵庫県災害医療センター脳神経外科3)佐 野 秀
1)当 麻 美 樹
1)小 野 真 義
1)伊 藤 岳
1)松 尾 和 哉
2)森 下 暁 二
2)相 原 英 夫
2)原 淑 恵
3) 交通事故による鈍的多発外傷で搬送された₆₅歳男性.CT angiography で左鎖骨 下動脈起始部から左椎骨動脈分岐部直前にかけて動脈解離と血管内腔狭窄を認め た.無症状であったが,損傷部の血栓遊離による椎骨脳底動脈領域への遠位塞栓 が危惧され,血管内治療を行った.術中塞栓予防のため左椎骨動脈内に頸動脈塞 栓保護デバイスを留置後,左鎖骨下動脈起始部にステントを留置した.術後に撮 像した頭部 MRI では小脳に急性期梗塞像を認め,周術期に無症候性脳梗塞が生じ ていたことが示された.近位鎖骨下動脈損傷では,椎骨脳底動脈領域に致死的脳 塞栓を発症する可能性があり,早期治療介入を行うべきである. 索引用語:鎖骨下動脈損傷,脳塞栓,血管内治療上肢優位の運動および知覚障害は,虚血による神 経症状ではなく,頸髄損傷もしくは頸髄損傷と左 腕神経叢損傷の合併による症状と判断し,経過観 察の方針とした.その他の外傷に関しては,創処 置以外に緊急の治療介入を要さず,保存治療を選 択した. 受傷 ₂ 日目に再度左鎖骨下動脈 CTA を撮像し たが,受傷当日と比較して変化はなかった.上肢 の明らかな血圧左右差や,左上肢の虚血症状も認 めないため,左上肢血流維持のための侵襲的治療 介入は不要と判断し,抗血小板薬(アスピリン ₁₀₀mg/日)の内服を開始した. 来院時の頭部 CT で,明らかな脳梗塞像はな かったが,損傷部が左椎骨動脈分岐部より近位に 位置していることから,遠位塞栓による椎骨脳底 動脈領域の梗塞が懸念され,受傷 ₃ 日目に左鎖骨 下動脈ステント留置による血管内治療を行うこと を決定した. 右大腿動脈および左上腕動脈にシースを留置し 手技を開始した.経大腿動脈アプローチによる左 鎖骨下動脈造影では,CTA と同様に左鎖骨下動 脈起始部からの解離と内腔狭窄が確認できた (Figure ₂A).椎骨動脈領域の術中遠位塞栓防止 のため,鎖骨下動脈ステント留置前に,経上腕動 脈アプローチにより,左椎骨動脈内に頸動脈塞栓 保護デバイス(Filter Wire EZTM, Boston Scientific,
Marlborough)を留置した(Figure ₂B).次いで 経大腿動脈アプローチにより,左椎骨動脈分岐部 直前から左鎖骨下動脈起始部にステントを計 ₂ 本 (SMART CONTROL® ₁₀mm・₄₀mm, Cordis, Milpi-Figure 1 Computed tomography on admission
(A)Computed tomography angiography shows proximal left subclavian artery stenosis(arrows).
Axial(B)and coronal(C)computed tomography views show proximal left subclavian artery stenosis and intimal irregularities(arrow).
These findings indicated traumatic proximal left subclavian artery dissection.
Figure 2 Endovascular treatment of the left subclavian artery
Subclavian artery angiography shows proximal left subclavian artery dissection and stenosis.
An embolic protection device was placed in the left vertebral artery via the transbrachial approach (arrow).
tas,E︲LUMINEXX® ₁₄mm・₄₀mm, C.R.Bard, Tempe)留置した(Figure ₂C).最後に,頸動脈 塞栓保護デバイスを回収し治療を終了した.術中, 新たな神経学的症状の出現はなかった. 抗凝固薬としてアルガトロバン(₂₀mg/日)を 術後 ₂ 日間静脈内投与し,抗血小板薬のアスピリ ン(₁₀₀mg/日),クロピドグレル(初回₃₀₀mg, 以後₇₅mg/日)内服を継続した.術後 ₂ 日目に左 鎖骨下動脈 CTA を施行し,ステントの開存を確 認した(Figure ₃).術後 ₃ 日目に施行した頭部 MRI では,拡散強調画像にて両側小脳半球に数ヵ 所の急性期梗塞像を認めたが(Figure ₄),自覚症 状および他覚症状を認めなかった. 以後,著変なく経過し,受傷₁₀日目に継続加療 のため転医となった.抗血小板薬は,術後 ₃ ヵ月 間上記 ₂ 剤を投与した後,単剤とする方針とした. 考 察 鎖骨下動脈損傷はまれな外傷であり₁),他の末 梢動脈損傷と同様,出血および虚血症状を有する 場合に緊急治療の適応となる.本症例は,動脈損 傷による hard sign(拍動性出血,拡大する血腫, スリルの触知,血管雑音の聴取,局所の虚血症状) は認めず,CTAにて左鎖骨下動脈損傷が判明した. 無症状の末梢動脈損傷では,その損傷形態が intimal flap 等による血管内膜の不整,僅かな動静 脈瘻,局所の血管攣縮,および小径仮性瘤であれ ば慎重な経過観察が可能であり,血栓症や虚血症 状の出現,仮性動脈瘤拡大時に治療を要するとさ れている₃). 本症例の損傷形態は動脈解離による内腔狭窄で あった.受傷 ₂ 日目の CTA による再評価で損傷 部の変化はなく,末梢血流は維持されていること から,少なくとも同部の出血予防や左上肢血流維 持のための急性期の侵襲的治療介入は不要と判断 した. 一方,鎖骨下動脈狭窄病変により上肢虚血以外 の症状を来した外傷例として,鈍的右鎖骨下動脈 損傷による血栓の逆行性進展で脳梗塞を生じた報 告₂)がある.また非外傷例では,椎骨脳底動脈領 域の虚血症状,内胸動脈を用いた冠動脈バイパス 術 後 の 狭 心 症(coronary subclavian steal syn-drome)が知られており₄),いずれの症状も鎖骨
下動脈の解剖学的な構造に起因し,他の末梢動脈 損傷においては認めない特徴である.
本症例では,損傷部が左椎骨動脈分岐部より近 位に位置していることから,遠位塞栓による椎骨
Figure 3 Computed tomography on postoperative day 2 Follow-up computed tomography shows patency of the left subclavian artery stent.
Figure 4 Magnetic resonance imaging on postoperative day 3
Diffusion-weighted magnetic resonance imaging demonstrates acute bilateral cerebellar infarctions(arrows).
脳底動脈領域の梗塞発症が懸念され,塞栓予防目 的に治療を行う方針となった. 外科的治療は,解離が左鎖骨下動脈起始部から 生じており proximal control が困難であること, バイタルサインは安定していること,予防的処置 としては侵襲が過大であること,手術操作による 椎骨脳底動脈領域の遠位塞栓発症の危険性がある ことから,第一選択とはしなかった. 鎖骨下動脈損傷に対する血管内治療には多くの 報告例があり,症例の選択により外科的治療に代 わる有力な方法のひとつとされている₅).血管内 治療は低侵襲であること,さらにステント留置操 作に先立ち椎骨動脈内に頸動脈塞栓保護デバイス を留置することにより,遠位塞栓を回避できる可 能性がある₆)ことから,バイタルサインの安定し ている本症例では外科的治療よりも優先されると 判断した. 術後に撮像した頭部 MRI では,拡散強調画像 にて両側小脳半球に数ヵ所の急性期梗塞像が示さ れた.梗塞の正確な発症時期は不明であるが,そ の範囲は小さく,神経学的異常所見は認めなかっ た.術前の抗血小板薬投与,頸動脈塞栓保護デバ イス使用下でのステント留置,術後の抗凝固・抗 血小板薬投与が,周術期塞栓発症の低減に寄与し たと思われた.今回,受傷 ₃ 日目に血管内治療を 行ったが,塞栓予防の観点からは,より早期の治 療介入が望ましかった.治療経験がなく,方針決 定に時間を要したことは反省点のひとつである. また,本症例の受傷時には,鎖骨下動脈に使用 可能で保険適応となるステントは国内に導入され ておらず,保険適応外材料であるステントの使用 を余儀なくされた.緊急の院内倫理委員会招集は 不可能であり,所属長・関連診療科長と本人・本 人家族の許可を得たうえで,ステントを臨床使用 した. 椎骨脳底動脈領域の塞栓症は,梗塞部位と範囲 によっては致死的となる.椎骨動脈分岐部より近 位の鎖骨下動脈損傷では,塞栓予防のため受傷後 早期の治療検討が必要であると思われた.その際, 血管内治療は有力な治療手段になると考える. 結 語 椎骨動脈分岐部より近位の鎖骨下動脈損傷は, 遠位塞栓による椎骨脳底動脈領域の梗塞を来す可 能性があり,無症状でも早期治療介入を検討すべ きである. 利益相反はない. 文 献
1) Cox CS, Allen GS, Fischer RP, et al:Blunt versus penetrating subclavian artery injury:presentation, injury pattern, and outcome. J Trauma 1999;46: 445︲449.
2) Chavali S, Shukla U, Chauta S:Traumatic subclavi-an arterial thrombosis presenting with cerebral in-farct ‒ A case report. Heart Lung Circ. 2014;23: 202︲206.
3) Shackford SR, Sise MJ:Peripheral vascular injury. In:Moore EE, Feliciano DV, Mattox KL, ed. TRAUMA. Eighth edition. New York:Mc-Graw︲Hill, 2017:837︲855.
4) 津浦光晴,寺田友昭,田中優子,ほか:鎖骨下 動脈,椎骨動脈狭窄病変に対する血行再建術. 脈管学 2010;50:737︲743.
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6) Radvany MG:Use of Embolic Protection Devices in Peripheral Interventions. Interv Cardiol 2017; 12:31︲35.
論文受付日:₂₀₁₈年 ₉ 月₂₇日 論文受理日:₂₀₁₉年 ₂ 月₁₈日
ENDOVASCULAR TREATMENT OF ASYMPTOMATIC SUBCLAVIAN ARTERY INJURY AFTER BLUNT
TRAUMA:A CASE REPORT
Shigeru SANO₁), Yoshiki TOHMA₁), Masayoshi ONO₁), Takeshi ITO₁),
Kazuya MATSUO₂), Akitsugu MORISHITA₂), Hideo AIHARA₂)and Yoshie HARA₃)
Acute Care Medical Center, Hyogo Prefectural Kakogawa Medical Center₁)
Division of Neurosurgery, Hyogo Prefectural Kakogawa Medical Center₂)
Division of Neurosurgery, Hyogo Emergency Medical Center₃)
A ₆₅︲year︲old man presented to our hospital after sustaining multiple injuries in a motor vehicle accident. Computed tomography angiography demonstrated dissection and stenosis from the proximal left subclavian artery to immediately proximal to the origin of the vertebral artery. Although he had no clinical symptoms, he underwent endovascular treatment for the left subclavian artery injury to prevent distal embolization to the posterior circulation. After placement of an embolic protection device in the left vertebral artery to prevent embolization during the treatment, a stent graft was placed in the proximal left subclavian artery. Postoperative magnetic resonance imaging revealed acute cerebellar infarctions, suggesting that they had occurred asymptomatically during the perioperative period. Urgent endovascular treatment is essential in cas-es of proximal subclavian artery injury as they may cause fatal cerebral infarctions.