婦 人 問 題総合 情 報 誌 くあごら> u;号
特 集 女 と 結 婚
「しあわせな結婚」の実態
0.
バ ー ナ ー ド
文 化 人 類 学 か ら み だ 日 本 人 の 結 婚 祖 父 江 孝 男
国 際 的 に み だ 日 本 人 の 結 婚 沢 田 マ ル ガ レ ー テ
「私と結婚」
厳 谷 丁 子 ほ か
テ ィ ー チ イ ン 結 婚 の 幻 実
中 国 の 女 性 解 放 松 井 や よ り
〈 資 料 〉 結 婚 に 関 す る 法 律 解 説 樋 口 幸
子
〈 あ ご ら 〉 は 、 女 性 解 放 人 間 解 放 を め ざ す グ ル ー プ で す。 雑誌 く あ ご ら 〉 は 、 そ の 方 法 の た め の 情 報 、 中 で も 女 に 関 す る 情 報 を 集 め 、 必 届 け す る こ と を 目 的 に 、1972年 誕 生 し ま し た。 特 定 の 、 管 理 さ れ た 情 報 は あ ふ れ て い ま す が 、 私 た ち が ほ し い 情 報 、 と く に 女 が 求 め て い る 情 報 の 入 手 は 困 難 で す。 皆 さ ま の 生 き た 情 報 、 あ ふ れ る 知 恵 、 を 、 ど し ど し お 寄 せ く だ さ い 。 分 断 さ れ て い る仲 間 た ちと 、 考 え 、 行 動 す る 、 ヒ ン 卜 を 送η 合 い た い と 思 い ま す。 1号〈女が働くこと〉 ¥200 〒200 .む凡 女が働くこと 松TFみよ fーはか . ;.食料 働 く に は 過 保u(iか ・Ifli.t基調ft JI.,!f;IJ.:.を,J,J',i'f.して 2号〈女性と能力〉 ¥200 〒200 ・J付与 働〈久1''1'のJ也{立il'llをめぐ コて ・ティーチイン ,(("'1'1と能}J ・4庁'Jt !l:'I'1:はなせ''ì'ì'f'!l.~;'&になれないか 10号〈女と法〉 ¥700 干200 ・,:cH
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11号〈女と教育〉 .11'6o立 io.{1,tlが'γ-ふということ ・凋 命 数 料.'}:の111の!l:性江'UJIJ ¥750 〒200 ・ティーチイン ミkと教-(f>を与える 3号〈主婦の解放〉 ¥200 干200 12号〈国際婦人年世界会議〉 ¥750 〒200 .,制作 間J也のio~,å の '1IUll.O:,iX) ・,icH 111:作会,議とトリビ7ーン ・ティ一千イン i二仏i~ の解肢をめぐって ・!必必 メキシコ、キェーパ=11、たちの旅 • sII(.説 :ぅt..来i1
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j.1iJ!ill"lI1jl、ILO活 動"li1llitlか 4 5号〈壁を破ろう〉 ¥300 干200 -il己H
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かしたい t,-llaのためのセミナー ・インタビュー :I,tを自主った人々 ・資料 2つの;tjJIJJIx'i'JIを与える 13号〈国際婦人年を考える〉 ¥750 〒200 ・記 録 IE,,;~怜'rl} 人年 1EII"I集会 . ,V~J1f. ちまたから}よた1EII;~~ It,I} 人 q ・ティーチイン Itll祭1(1'$人 年 と メ キ ン コ 集 会 6 7号 〈 運 動 を す す め よ う〉 ¥300 〒200 14号〈女の記録入選作発表〉 ¥750 〒200 -村i;り 解J点へのjli ifrf外のIl-'tI人たち ・資料 作1
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めるために 8号〈子殺しを考える〉 ¥300 〒200 ・泌立; 既品干のI:Jのr
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6
号戸女と結婚
あごら特集
結
婚
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結
婚
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こ
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一
人
の女と一人の男が結びつく最も人間的な関係が
e結婚という形で規定されるとき、それはなんと
多様な内容を持つことでしょう。
にもかかわらず、女の場合は、結婚によって、
その後の生活のすべてが、大きく規制されてし
まう、というのが現実ではないでしょうか。自
分の期待していた結婚と現実の結婚との違いに、
悩んでいる多くの女がいます。あるいは、女個
人の在りかたよりも、社会で期待されている﹁結
婚している女﹂'の在りかたに関心を寄せすぎて
主体性を喪失した結婚をしている話をも多聞し
ま
す
。
女が、主体性を持って生きようとする力ど、
男の真の自立のためのエネルギーとがガッチリ-手を組むことができれば、古い、常に女性が疎
外されてきた結婚も、新しさの可能性を持ちう
る
は
ず
で
す
。
既成の結婚ではない、新しい女と男の関係を
希求しつつ、ここに問題提起をします。
あごら
1
6
号
目次
特集・女と結婚
亘
社
会
講
成
単
位
と
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婚
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和 27一刻一文化人類学から見た日本の結婚
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・ 祖 父 江 孝 男一献一国際的視野からみた日本人の結婚
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厳谷丁子、阿部栄美香、岡田麻子、中嶋里美、佐伯洋子 江口雅子、山口里子、根本昭子、須藤昌子テ
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出席者宮下喜代、伊藤敏子、万年とみ子 世永元治、藤村哲、碇賢治一 ポ
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開運相談にみる結婚
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﹁国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会﹂裁判・調停・離婚分科会:::::川 結婚改姓に反対する会::あ
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あごらによせられたミニコミ情報・:
新 聞 切 抜 帖 ・ . . . . . . .あ
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インタビュー│
係
「自分と仲がし刈、人間」の
間 関
人
ン由実子さんに聞く
ヤ ン ソ
ヤンソン由実子さん 岩手生まれ。三三才。大学で英文学を専攻。 英語 、 4 A ウ ェ l デ Y 語、日本語の三か国語 がベラベラ 。 ﹁ ス ウ ェーデン語の通訳をした り 、 ちょっとしたところに、ちょっとした もの書いているのしで、経済的にも自立。 南青山の、すばらしいアパート(﹁会社が 借りてくれているのよし)の居間の広い窓か ら木々の若葉が風にゆれているのがみえる。 ﹁ 住たって礼節を知るしではないけれども、 彼女の豊かさ 、 落着き、余裕は、この辺の めぐまれた環境と関係があるゃなしゃっ ジ l パ y にくつろいだ彼女、ハギハキ、ノ ピノピ、やや低音。 途中で上の子を学校までむかえにゆき、 ( 彼 は あ まり外 の天気がいいから中に入って こなかったので会えず)下の女の子はちょ うど昼寝からさめて 、 赤いフ l ドのついた 一 コ l トをきて、散歩にいくから、とお母さ一 んにキヅ見 。 由実子きんをこんなにゆたか 一 にしているヤンソ γ 氏に会えなかったのは 一 実 に 残 念 。 ( Y )ーー・ヤングンさんつて、ちょっとお会い しただけでとても暖かい豊かな人だとい う 感 じ を 受 け る 人 で す が ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 そうですか。それはどうもありがとう。 若い頃は、とても自己閉鎖的な人間だっ たんですよ。人間関係がギクシャクして 生きているのが苦しいという感じでした ね。そうね、二十代の後半から、やっと 自分というものを受け入れられるように なって、それから楽しくなりましたね。 ー l 自 己 閉 鎖 的 と い う の は ・ . . 生まれたのが岩手の小さな市なんで す。そこで、いわゆる﹁女の子らしく L という育てられかたをしたわけ。‘それが イヤでイヤで、男の子とスモウとった り、彼らのすることはなんでも﹃して、一 生懸命に自分は男の子と変わらない、と いうことを証明しようとしていたわけで す。自分が女であることがいやで、結局 は、私の素直さとかナイーブさがおしこ められて、環境になじまない人聞になっ てしまっていたわけ。だから他人が私の ことを受け入れないのなら、別にいいわ よ、私だって関与しないから、という態 度だった。東京の大学にくることによっ ,て、ある程度、そういった環境からは脱 出したんですね。それでまあよろいかぶ とをつけなくてもいいーと、少し自由な 気持になりかけたとき、ある男性を好き になった。ところが彼は私に全然興味を 示してくれなくて、まあ私としても、ま だデコポコしていたところがあったか ら、今までの閉じた心はまっすぐ劣等感 に向かっちゃったわけです。私はやっぱ りダメなんだ、というみじめな気持が、 三 年 ぐ ら い 続 い て い た の か な あ : : : 。 │ │ そ れ か ら 彼 と で あ う ま で に 時 聞 が あ る わ け で す か 。 いいえ、そんなにありません。私は英 語が専攻で、大学の終わ
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ごろからはも う英語に輿味を失っていたこともあっ て、スウェーデン語でもやったら、とい う友人の紹介してくれたのが彼なんで す。それがもう十二年ぐらい前。 │ │ そ れ で 結 婚 さ れ た ? 二年たってから。だからもう十年結婚 しているの。初めはおた・かいがよくわか らなかったし、私も何とかして違ったも のを吸収したいという気持だったから積 極的に彼ととりくんでいって、ずいぶん 激しい言葉の闘いをしましたねェ。 そのうち彼の留学期聞が切れて、スウ ェーデンに帰らなければならなくなっ た。私としては結婚という形にこだわっ てはいなかったから、そのまま一緒に行 ってもかまわない気持だったんだけれど も、親との関係がからんでいたわけ‘で す。親とあまりいい関係でなかったにも かかわらず、大学時代に学資を送っても らってたわけで、その気持の負担という か、親孝行をしたい、というか、それで 結婚したの o l--ス ウ ェ ー デ ン に い ら し て 、 日 本 人 と し てのあなたがどのように受け入れられた か 、 あ る い は 、 あ な た が 異 文 化 を 受 け 入 れ て こ ら れ た ん で す か 。 スウェーデンというのは、税金さえ支 払えば誰でもとても平等なあっかいを受一 ける国なんですよ。最近、外国人でも税 金払って三年住んでいれば選挙もできる というようになった。それで、日本人だ から、という理由で拒否された、という 7ことはなかったですね。 差別ということについては、私はずっ と若い頃一から、部落差別、性差別、民族 間の差別でもいいんですが、要するに、 人が平等でないということにとても敏感 だったわけです。差別といった概念は知 らなかったかもしれないけど。だから優 位のものが他を支配するということがが まんならないわけ。女性差別だって、人 聞が人聞を差別していくことの中での一' つの差別の種類だと思っています。 ││それは、あなたが国際結婚することに よ っ て さ ら に 広 ︿ 深 ︿ な っ た 認 識 だ と い え 号 る で し ょ う か 。 ええ、それは絶対にいえますね。それ から、日本では寸タテマエしと寸ホン ネしということをよくいいますね。私は 小さいころから、そんなふうにわけて考 える人を絶対信用しなかった。スウェー デンでは、﹁ほんもの L と﹁にせもの L ということはあるけれども日本のように ﹁ タ テ マ エ L にも寸ホンネ L にも少しづ っの真実味を持たせる、というようなこ とは考えられないから、ああここは暮し やすい国だなあと思ったですね。 │ │ 自 分 に 対 す る 正 直 さ 、 と い う こ と じ ゃ な い で し ょ う か 。 自 分 に ス ジ が 一 本 通 っ て い れ ば 寸 タ テ マ エ し も ﹁ ホ ン ネ L も な い : ・ そうですね。それでさっきの話にもど りますが、ほんとうにスウェーデンは、 ことばができて義務さえはたしていれ ば、機会は平等に与えられますから、そ の意味ではよかったですね。ただ個人的 に差別感を持った人はいますよ。スウェ ーデンでは現実より制度が先行している ところがあるから、社会福祉にしても、 制度が作られて、それを国民が受け入れ ていくという形があって、だから次々と 因習をやぶって新らしい、より平等な制 度を作ってきているわけです。 ー ー ー そ れ は う ら や ま し い で す ね ・ -・ ・ ・ 。 と こ ろ で 国 際 結 婚 を し て い る と い う こ と に 対 す る 日 本 人 の 反 応 は ど う で し た か ? それね、年ごとに変わってきています ね。私は二十四才のとき、十年前に結婚 したわけです。今はそうでもないかもし れないけど、当時は一緒に電車に乗って 8 いても、頭のてっぺんから足の先まで見 られるという経験を何度もしているわけ です。ことばでいわれたことはないけれ ども、人が自分のことを色白でみている ということを痛いほど感じました。外人 に対する、あるいは外人と一緒にいる女 に対する畏怖感というより知らないもの に対する好奇心と軽蔑のまじった複雑な 気持じゃないか、と思います。それから 中年の人たちにとっては、アメリカ H 敗 戦という連想があったから、アメリカ人一 と結婚するのは売国奴だ、という感じが あったわけでしょう。それで初めのころ は、私の夫はアメリカ人ではない、と弁 護する気持があったわけ。でもしばらく して、そんな態度は、アメリカ人を差別 しているのではないか、と思うようにな り ま し た 。 おもしろいことは、初めのころは、と ても意識していたんでしょうね。一緒に いても決して手をつないで歩いたり、肩 を組んだり、ベタベタしなかったの。今 なら若い人たちは手を組んだりして、自 由に愛情を人前でも表現するでしょう。
私たちの場合は 、 外へでるとちょっとよ そよそしくて 、 かたくて 。 ー
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そんなこ と が 習 慣 に な っ てしま っ て い る の ね ( 笑 ) 。 │ │ 結婚しようと決心したとき 、 自 分 の 中 に 不 安 の よ う な も の は な か っ た で す か ? 全然なかったの 。 もともと私は 、 ア ウ トサイダー だ ったから 、日 本から失うも のは何もなかったわけです 。 ﹁ ああ こ れ で や っ と 仲 間ができた L という感じがし たわね 。 その ﹁ 仲 間 L がたまたま ス ウ ェ ー デン人だ っ たということ -ただはじめにいったように家族には経 済 的 な負担をかけて 、 私は何にもしてあ げていない 、 何かいさぎよしとしない感 情があ っ たから 、 結婚というかたちをと らないでそのまま 、 ス l y と行 っ てしま う こ とに 、 悪い 一 という感じがぬけなく て 、 まあ結婚という形で親に一応世間的 な満足を与える 、 という こ とにな っ た ん ですけれど 。 今はもう親たちとも和解して 、 うまく いってますけれどもね 。 そのことでも私 は夫の力 をず いぶん借り ま し た 。 たとえ ば 、 親に対しても 、 私の 中 には親はこう あるべきだ 、 というきびしい理想像のよ う なものがあ ? て 、 私の理想にあわない なんて 、 なんてなきけない親だろう 、 と いうような こ とがあ っ たと 思 うんですよ ね(笑) 。 ところが夫は私より温和な人 だから 、 ﹁ みんな人閉じゃないか 、 い ろ いろな 人 があ っ た っ ていいん だ し 、 私が 求めるような資質 を 親が 持 っていなけれ ばならないと思うなんてこっけいだ L と よくい っ てたわね 。 それでやはり 、 私も 少し自分を広くしてい っ て 、 まあやさし いことばも少しずつだせるようにな っ て 、 親を 受 け入れられるようになってき たような気がする 。 │ │ それは、あるがままの人聞を受け入れ て ゆ く 、 ということなんでしょうね 。 実 際 にいうはやすく行なうはかたし 、 だ け れ ど 4 唱 。 そうなんですよ 。 全くその 通 りなの 。 大学時代すごく悩んでいて 、 学校やめよ うと思 っ たりしていたときに 、 親のこと と か 、 いろいろ 相 談していた神父さ ん が いたんです 。 私自 身 は キ リ ス ト教 徒 で は ないんだけれども 。 そのとき神父さんの い っ た 、 寸 与 え 3 Nh h h F 内 支2
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(あるがままの人を受け入れなさい)と いうことばが今でも 耳 の中に残っている の よ ね 。 そして 、 こ の こ とばは 、 年とと もに全くそうだ 、 と い う 感じで自分の 中 に根をおろしているわね 。 自分勝 手 な イ ル ージョン を 作 らないと同時に 、 さげす むのでもなく 、 平等に 受 け入れて 、 一 緒 に や っ て い こ う 、 ということね 。 進 歩に 向 か っ て 。 │ │ そ れ は 、 あるがままの人を受け入れ よ 、 と い う こ と だ か ら 、 人 殺 し で も 、 性 差 別者でも誰でもいいですよ 、 ということで 9は な い ん で す ね 。 つ ま り 形 │ 存 在 形 式 1 の 私 を 、 ほ ん と う に ひ ら い て い く の を 助 け 問題ではなくて、一つの人間関係を考えててくれましたねえ。私ね、彼に会わなか ゆ︿際に相手との関連において、自分のよったら、異性にはとても理解されないよ うな在り方、または期待、価値観のような'うな女になっていたのではないかと思い ものを相手におしつけるのではない、といます。精押の発達段階の、あのこ十代前 う意味ですね。心と心のつながりにおいて半の私では、日本人の男性と、限られた と い う こ と で す ね 。 女 の 役 割 の 中 で 、 あ ん な で あ い か た が で そうですね。自分は絶対に妥協しないきるとは思えないわね。残念なことだけ んだ、順応しないんだ、相手に自分が正れども。 しいと思わせるんだ、ということではないろいろなことはあったわけですけれ いわけ。そのことがわかってくると、自ども、やっと十年たって、彼の援助の中 分が、そんなにギスギスしないで暮してで、自然に私を自立させていった。精神 い け る よ う に な る で し ょ う 。 的 な 自 立 、 強 さ と い う こ と で は 今 は 五 分 五分のところまできたという感じ。前 は、私にも強さはそれとしであったこと はあったんだけれども、それはとてもも ろい強さだったわけなんです。だから、 ほんとうに手伝ってくれてありがとう、 といってわかれることができる、という 感じですね。何かあれば。 1 1 あ な た の そ う い う 成 長 は 、 結 婚 と い う 形 に と ら わ れ な い で 、 彼 と の 人 間 関 係 の 中 で 育 て ら れ て い っ た の で す か 。 そうなんです。彼に初め会ったころ は、まだ、劣等感のはじっぽをしよって たわけなんです。それで、私は、いい人 間だ、欠点ももちろんあるけれども、い いところをいっぱい持った人間なんだと -いうことをしょっちゅう彼がいってくれ て、私の人間性を評価し、支えてくれた わけなの。閉ざされて、四角ばっていた ー ー だ か ら も う 彼 を 必 要 と は し ま せ ん 、 と い う 意 味 で は な く て 。 ええ、もちろんそういう意味ではあり ません。彼とは一生、一緒にいたいです ね。ただ私は自信がなく、人と連帯して いくなんてことは全然考えられなかった わけ。でも、今は、私は、自分との闘い は、ある程度落ち着いて、次に他の女と 手を結ぶ、外に向かうという段階に入っ ているのね。その点、彼はまだ﹁個人﹂ というか、自分との闘いをしているよう なところがあるのではないか、と思いま す。それは彼が自国に住んでいないこ と、政治的、社会的参加ができないでい ることと関係があると思います。 │ │ お 話 を き い て い て 、 人 聞 の 結 び つ き の ま さ に 理 想 像 と い う よ う な 気 が す る の で す が 、 ご く 一 般 的 に 外 国 人 で あ る が た め に こ と ぽ に な ら な い 非 疎 通 性 の よ う な も の 、 ぶ つ か り あ い の よ う な も の は 彼 に 対 し て 全 然 あ り ま せ ん か . 、 ! 彼との聞には全然ありませんね。ただ 一般的にいえることで一つあるんです ね。これはどうしょうもない教育の違い があるんですが、むこうは最後の最後ま であやまらないですね。決して自分が悪 かった、すみませんっていわないです よ 。
自分がまちがっていてもですか ? 自分がまちがっていて人から指適され れば、すみません、とはいうけれども 、 自分の方から 、 ﹁ すみませんでした 。 実 は ・ L と い う こ と は 決 し て な い で す よ 。 人から指摘されなければいわないで す 。 これはスウェーデンの人だけではなく て 、 ヨ 1 ロァパ全体についていえるよう に思いますが、アメリカ人と結婚してい る日本の人も同じようなこといってまし た 。 私は、自分が悪かったら﹁私がまち が っ ていたわ、ごめんなさい L というこ と が 、 そんなに私個人の尊厳を傷つける とは思わないけれども 、 西洋の人 、 特に スウェーデンの人は、あやまることは自 分の尊厳を下げることのように感じてい るところがありますね。あれは教育のち がいだと思いますね 。 ー ー ム 反対に日本人は必要以上にすまなく思 う と こ ろ が あ り ま せ ん か 。 そうね 。 ただ日本は狭いし 、 どっちを 向いても人聞がいる国だから、たとえば 前の私のように 四 角ばっていたんでは生 きてゆかれないでしょう(笑)。だから 丸い人がより受け入れられる 。 スウェー デンなんか 、 人が少ないから個人と個人 の聞に物理的にも精神的にもスペースが あるわけよ 。 だから個の確立 1 自 分 の 主 張をまげることがなく育てられるでしょ う。自分の子どもをほめることばに 、 こ の子はとても意志の強い子だ 、 というの があります 。 これはとても自慢なのね 。 ところが、日本では、ご﹂の子は気が強 い子供です し なんでいったらとんでもな い、特に女の子の場合だと、大変でしょ う 。 生 意気になっては生きにくい 。 ﹁ あ なたまかせの私 L じゃなくちゃならない か ら ・ :。 │ │ あやまらないということが 、 い い 意 味 で の 意 志 の 強 さ 、 主体制の確立につながっ て い っ て る わ け で す ね 。 さ っ き 、 ちょっとふれておられた、あな た ご 自 身 は 、 自分を見いだしひらいていっ て今やかなり社会的な人間に成長していっ た け れ ど も 、 ヤンソンさんのほうはまだ個 人的なところがある 、 ということですが 、 彼が日本という異国にいる 、 ということと 関連があるということですね 。 ええ 、 あるでしょうね 。 彼は 、 ときど き 帰 国 し て い ま す が 、 日本に通算して 七 年いるわけなんです 。 日本語の読み書 き 、 会 話 に も 不 自 由 は な い ん だ け れ ど も 、 文 化的 なあるいは政治的な存 在 者と しての自分、ということを考えれば 、 や はりアウトサイダーでしかありえないわ けですよね 。 それが彼個人の発達にマイ ナスになっていると思いますよ。特に日 本では外国人の政治活 動 を制限しまずか ら ね 。 │ │ そ う い う ふ う に ご 自 分 で ・ も 思 っ て お ら 11
れるのですか? そうですね。認識はしていますね?で も日本にいることが不満ということでは な い で し 占 う 。 ー ー じ ゃ 、 さ し あ た っ て は ど ち ら の 固 に 住 む べ き か 、 と い う よ う な こ と で の か っ と う は な い わ け で す か T ないですね。彼は会社との契約があと 二年で切れて、滞在を更新するか、ある いは本社に帰るか、どちらかをしなけれ ばならないわけ。それでスウェーデンに 帰ることになっても、私は向こうで、日 本人として、日本の文化や習慣を持った ままで、どのようにして生きていってる か 、 F というようなことを書きたいと思っ ているし、またスウェーデン人に対し て、私からいえるものはあるし、住む場 所にはこだわらないわ。 ーーしたがって、もしスウェーデンに帰否 と い う こ と に な っ て も 、 自 分 が 夫 に 従 属 し て 向 こ う に い ︿ 、 と い う こ と は 感 覚 と し て は な い わ け で す ね . ありませんね。スウェーデンはとても おもしろい国だからたくさんのことを学 べるし、女のことについてもいろいろな 情報を伝えることができる、と思ってい ます。スウ王 l デンの人にも日本の動き を伝えることができるし、どこに住まな ければいけない、ということは全然あり ま せ ん 。 l l l 子 ど も さ ん の 問 題 は ど う で す か 、 た と え ば 混 血 児 に 対 す る 日 本 人 の 偏 見 な ど ま だ ま だ あ る で し ょ う 。 そ の 辺 な ど ・ : : ・ 。 子供は二人とも日本語を話します。下 の子はことばをおぼえかけはじめたばか りだけれど、上の子(五才)は日本語が 司 母 国 語 な わ け 。 、 生 ま れ た の は ス ウ ェ I デ γ だけれどもすぐ日本に来たから。特に 父親が日本語を話すから、たまに彼がス ウェーデン語を話していると、妙な顔し て い る の ( 笑 ) 。 私は、どの国に住んでいても、その住 んでいる国で教育を受けさせたいと思っ ていたんです。それで日本の幼稚園に入 れたわけ。八か月行ったんだけれども、 しばらくして、その子がすごくまわりを d 気にするようになったの。つまり、日本 の教育はグループで行動するでしょう。 個を尊重する前にコ l ポレ l ション(協 同)をすごく強調するんですね。﹁右む け右﹂といえばみんな右を向くでしょ う。企業の中などでも全く同じ志向があ って、実は私、それが幼稚園教育の中に あるということに気がついたの。スウェ ーデンでは、ある子は今食べている、あ の子は今絵をかいているという自由教育 主義だからある程度の統制はあるけれど も基本的には好きなことに好きな時聞を かけるという教育姿勢があるわけなんで す。いずれスウェーデンに帰るとなれ ば、すごくカルチュラル・ショックが大 きい、と思ったわけです。﹁さあならび ましょうしといえぼさっとならぶことが 自然である、ということに疑いを持たな いで育てられる、何が自然であるか、自 分のしたいことは何なのか、ということ を尊ばない訓練をされたら一体どうなる ことかという不安があって、八か月ゃっ たんだけれどもやめさせてしまった。ど マ イ J リ テ 4 ラング こ に 住 む と し て も 、 日 本 語 は 少 数 言 エ ッ ジ 語で、プラクテイカルではないという こともあって、今はアメリカン・スタ l
ルの幼稚園に行っています。 -1 自 分 の 子 ど も に 何 を 期 待 し ま す か 。 特に何になってほしい、というような ものはないけれども、タフな人間に育っ てほしいですね。唯我独尊というのでは ないんだけれども、自分を持った、自分 が好きになる人間に育ってほしい。自分 が好きだ、つまり自分と仲のいい人問、 これが人格の安定だ、と私は思っていま す 。 │ │ 寸 自 分 と 仲 の い い 人 間 L っ て と て も い い こ と ば で す ね 。 は じ め に お っ し ゃ っ た よ う に 、 自 分 が 嫌 い だ 、 自 分 は ダ メ だ 、 と い う 段 階 で は 自 分 の 中 味 が な い わ け で す ね 。 自 分 に な い も の を 相 手 に 求 め て 、 得 ら れ な か っ た ら 攻 撃 的 に な る 、 と い う の は 一 つ の 形 で し ょ う 。 一 方 で は 中 味 が な い ま ま 、 相 手 に 組 み 込 ま れ て い っ て し ま う と い う 形 も あ り ま す ね 。 結 婚 と い う こ と で い え ば 、 日 本 の 女 の 結 婚 は 後 者 が 多 い ん で な い で し ょ う か 。 私ね、結婚とは誠意の約束だと思って いるの。私は、たまたま書類上、結婚を したけれども、別に結婚しなくてもいい と思っているの。結婚そのものが社会の 制度となっていることがそもそもおかし いのであって、個人が好きで結婚する、 ということならいいんだけれども、日本 の社会制度の中に婚姻制度が非常に利用 されている、という気がする。人間の素一 朴な愛情が制度でしばられる。制度をお しつける H 世間 H などがあるわけね。そ れと一方では、もういい古されてきてい るけれども経済的な手段として結婚があ る、ということですね。だから愛情がな くなった。二人の関係が無意味なものに なってきたときでも一緒にいなければな らないという不自然な状態があるわけで しょう。経済的な関係と、女は、妻とし て、母としてのっとめをはたす、とかい うことですね。母とか妻という存在はあ っても、女としての存在が全くない。 この前、テレビの人生相談のようなも のを見たんだけれども、寸女としてしあ わせか L という視点が全然ないわけな の。かわって﹁母親なんだからここでが まん、すべきだしとか、寸妻としてのつと めが足りないしとか、そういう話ばかり なわけです。今は一九七七年なのに、 結婚ということに関しては、全く。五
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年も前の考えと同じなのにびっくり しますね。相変わらず妻は夫につかえ るべきだ式の発想で、時代錯誤もはな はだしい。そういうことをカウンセラ ーと称する人が明言するんだからやり き れ な い 。 私は男と女は好きだから結ばれるべ きだと思うんであって、その好きとい う心の誠意がなくなったら結婚は終わ るべきだと思っているわけ。形として は結婚などしていなくてもいいと思い ま す 。 │ │ そ う で す ね 。 ど う も 今 日 は 、 貴 重 な 時 聞 を さ い て 下 さ っ て あ り が と う ご ざ い ま し た 。 と っ て も 楽 し い 時 を も て て 、 う れ し ︿ 思 い ま し た 。 13社
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最近、新聞の広告欄を眺めていたら、次のような言葉が自に つ い た 。 1 フ リ l セックスが話題になり、一対一の結合を批判 して男女の共同生活がさけばれたりする現代でも、結婚にかけ る期待は大きく、家庭は社会を構成する大切な単位です。﹂こ れは、秋の結婚シーズンにちなんで H 結婚を考える u という特 集を組んでいるある家庭雑誌の広告の文句なのだが、家庭を社 会の構成単位として強調するこのような視点は、かなり目新し い感じを読者に与えるのではなかろうか。もしもそうだとすれ ば、つねに新しさを追うジャーナリズムの広告として、これは 成功しているといわねばならないであろうが、それというの も、家庭を社会との対極点に置いて見ょうとするのがここ二十 余年来の圧倒的な傾向だったからである。 × X た と え ば 、 H マ イ ・ ホ l ム主義 M の蔓延が近年さかんに指摘 されている。この言葉の意味するところはかならずしも明確で はなくべしかもこの傾向にたいしては否定的な評価と肯定的な 評価が並存していることは周知のとおりであるが、いずれにせ よ、マイ・ホ l ム主義なるものが、社会的意識と対置して位置 づけられていることにかわりはないのだ。ただ、これを民主主 義の深まりと評価する意見がある一方で、これを日常性への埋 没による非政治化として、民主主義からの議離と評価サる意見 があるだけなのである。たとえば、次のような言葉を含んでい る大熊信行氏の﹃家庭論﹄などは、一方の極を代表するものと みることができるのではあるまいか。寸私生活というものこそ は人生にとって、一つの極限の価値であるという思想 o l -わ れわれ臼本人に欠けているのはこの思想なのです。私生活を公 生活から区別し、私生活を擁護しなければならないという思想 は、ふかく n 家庭 u の観念と結びついたものですが、われわれ 日本の男性は、それを学んだことがないのです。しこの文章が書かれた時期から一
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年以上を経過した今日、われわれの周囲 にマイ・ホ l ム主義の蔓延が見られるとすれば、大熊氏を憂え させていた状況は遂に新しい世代の日本人によって克服された ということになるであろう。 大熊氏は、核戦争の時代という歴史の時点に立って、﹁古代 や中世の偉大な思想家たちによれば、かつて家族と国家とは同 質のものと信じられていたのですが、今日ではそれが申さば、 互に反対極をなす二つの存在に分裂したのです﹂とみることか ら、寸家族とは人間の生命がそだち、そして永久に守られてゆ かねばならないところ、これに反して国家とは w 戦争 H の 名 に おいて人間の生命を狙い、そして必ずそれを滅ぼさねばやまぬ ところだ L として、﹁女性がその家庭を象徴し、そして男性が その国家を象徴しているのだとわたしは思うのですしというよ うな見方を強調するに至ったために、いわゆる w 家庭論争 u は H 女性化論争 H へと逸脱してしまったのだが、実は大熊氏の家 庭論も、それほど一面的なものではないことに注目する必要が あろう。家庭が社会の構成単位であるとする視点も、けっして そこに欠けてはいないのである。﹁日本でも旧い家族制度はな くなりました。しかし家族が依然として広い意味で、社会的な 制度だということはなくなったわけではありません。現在どこ の国にも家族があります。単に η ある H などということではな く、家族という人間の小さな組織こそが、全体社会を構成する 単位そのものであります。 H 全体社会 H というかわりに、それ は H 国家 u を構成する単位だといってもおなじことです。西方 の自由民主主義国でも、東方の社会主義諸国でも、そしてそれ 以外の世界のすべての後進諸国でも、家族がそれらの国家社会 を構成する基本の要素だという一点は、すこしも変わりませ ん﹂。このような指摘は、きわめて当然のものであって、家族 がそのようなものであればこそ、それが法律にかかわる面を持 つのであるし、制度を扱うものとしての社会学の対象にもなり うるわけである。しかし、そのような専門的な角度から眺めら れる場合は別として、一般の意識においては、家庭はもっぱら 私的なものとして現われていたというのが少なくとも戦後の圧 倒的な傾向であったことは初めに見たとおりなのである。 大熊氏の場合には、経済学を克服する新しい科学としての w 家政学 u なるものの提唱があるにせよ、いまだ専門の立場に 立っているということはできず、理論の整合性は確保されてい ないのだが、そのことが家庭における私的な面と社会的な面を 同時にとらえることを可能ならしめているともいえるであろ う。あるいはさらに現代の家庭における主観的な面と客観的な 面との分裂を瞥見せしめているとさえいえるかも知れない。 X X とくに注目すべきなのは、用語の混乱である。大熊氏は、家 庭という言葉を使うかと思えば、またすぐに家族という言葉を 使うのである。たとえば社会学においては、このようなことは 起こらない。社会学が扱うのは H 家族 H であって n 家庭 u で は ないのだ。社会学に近づこうとすれば"家族 u に統一せざるを えないであろう。げんに大熊氏も"家庭 H を語りつつ、社会学 的領域にふれるやいなや w 家族“といいかえてしまうのであ 15る 。 けれども、このような用語の二重性は、たんに無意味な混乱 なのであろうか。大熊氏としては、﹁家庭の本質といえば、家 族の本質というのもおなじことしとしながらも、﹁家庭という のは、近代の家族生活をその内面からみたことばでありますし という見方によって、,次のように H 家庭 u を H 家族 μ から区別 しようとする。寸家族生活のあるところに、つねに家庭があっ た、と考える必要はありません。家庭というのは近代家族の生 活の内部に形成されていく特定の人間関係とその物的条件であ る、と考えていいでしょう。ローマの古代家族に H 家庭 u があ ったと考えるのは、滑稽であります。しこのような苦しい説明 の後、寸家庭の語義と厳密な用語については、いつか専門家の 教えを乞うことにしましょう L と大熊氏はいうのだが、 w 家庭 u という言葉に H 厳密な用法“など存在しないであろう。そもそ も 、 " 家 族 u は専門の用語でありえても、 n 家庭 u はそうではな いからである。したがって、教えを乞うべき専門家がいるとす れば、それは国語学者のほかにはないはずである。 H 社会構成 単位としての家庭 u という視点が目新しい感じを与えるのも、 " 家 庭 H という言葉の持つ以上のような性格によるのだという ことができるであろう。 H 社会構成単位としての家族 u な ら ば 、 ほぼ自明の理に属するのである。 × X w 家庭 u という言葉が法律用語として生きにくいのも、やはり 以上のような事情によるといえよう。 w 家族法 u は あ り え て も 、 H 家庭法 u は無理なのだ。実際、家庭裁判所の存在のゆえにわ・凶 ずか姿を見せる以外は w 家庭 u という言葉は法律の言葉として 生きているとはいえないのである。ということは、家庭という ものは法律の及びえない領域を含むものだということでもあ る。ともあれ、 y マイ・ホ l ム主義 H という場合の w ホ l ム μ は、あくまでも w 家庭 u であって、けっして w 家族 H ではない であろう。それにしても"家族 H とはみずからを区別するもの としての作家庭 u な り 、 w ホ l ム H なりが有する特性とは何で あろうか。それはおそらく場所性であろう。家庭とかホ l ム と かは、本来ひとつの場所なのだ。これに対して、 H 家族 u とは 関係にほかならない。現在wマイ・ホ l ム u と呼ばれるもの が、住居をさすこともありうることは周知のとおりであるが、 もっと本質的な意味における団らんの場としての家庭にして も、それがひとつの場所であることにかわりはない。ところで、 場所というものは、もともと実体ではなく、空虚であり、した がって空間であるはずであろう。われわれはそこに位置するこ とができるだけであって、それを所有することはできないの だ。所有するためには固定化し実体化しなければならないので あるから、そのときすでに場所は場所ではなくなるといわねば なるまい。そんなわけで、"マイ・ホ1ム u なるものがあると すれば、そこではすでに家庭は所有されたものとして、ひとを 生かす場所ではなくなっているということになろう。 X X ﹂のような次第ならば、すでに場所でなくなった場所より
も、その中でひとが生きる関係こそがむしろ場所というべきも のであろう。実際、家族関係は、実体化され客体化されないか ぎりにおいて、ひとの生きる直接的な場所なのだ。したがっ て、いまかりに、家庭を場所とし、家族を関係とするならば、 本来的には、場所は関係であり、関係は場所であって、家族と 家庭は一致するのである。ところが、場所と関係の分裂から、 さまざまな問題が生ずる。このことこそ、家族と家庭の二重化 にはらまれる意味にほかならない。 家族と家庭の二重化、あるいはさらに、家族から家庭への重 点の移行という傾向は、歴史的にみた家族形態の変遷ないしは 家族機能の変遷のなかから現われてきたものであるから、以上 のような場所と関係の分裂という事態もまたこの変遷に見合う ものと考えることができるはずである。つまり、かりに始源的 な家族というものを想定するならば、そごにおいては場所と関 係とは一致していたはずなのであって、いいかえれば家族が家 庭であり、家庭が家族なのであったとみることができよう。大 熊氏のいうように、家庭が近代の所産であるようにみえるの は、近代において遂に家庭と家族との分裂が行きつくところま で行きついたということを示すものにほかならないのである。 始源的な家族について、これを血縁的集団とする説がある一方 で、これを生産組織とみなす説があるけれども、実はこの段階 においては、血縁集団がすなわち生産組織だったとみるべきで あ ろ う 。 X × さて、歴史のなかでの家族の変遷を形態的にみるならば、い わゆる大家族から小家族へ、そして遂には H 核家族 u へという 傾向が一般的であり、機能的にみるならば、始源的な家族が持 っていたはずの諸機能の相つぐ喪失というのが一般的な傾向だ ということは、つとに家族社会学上の常識となっているといえ るであろう。すなわち、家族はその変遷の途上において、はじ めに持っていた宗教的機能や政治的機能をふりおとし、物質的 財貨の生産機能をふりおとし、さらに教育的機能をもふりおと してきたわけである。家族の持っていた諸機能は、あるいは教 団の手に、あるいは国家の手に、あるいは企業の手に、あるい は学校の手に引き取られてきたのだ。このようにして、いまや 現代の家庭には、残留物的な機能しか残されないことになるわ けだが、その残留物とは何であろうか。多くの論者はこれを保 種的機能ないしは生殖的機能とみることで一致しており、大熊 氏のごときもその立場に立って、じかもこれを生命を生み育て るという意味での本来の生産の機能であるとして、ここにこそ 家庭の絶対的な価値の根拠があると強調するわけである。それ にしても、家庭の諸機能の相つぐ喪失は、ここにおいて最終的 に停止したとみるべきなのであろうか。もしもそうだとすれ ば、この最後の機能と、それ以前にふりおとされた諸機能との あいだには決定的な次元の相違があって、最後のものだけが本 質をなし、その他は仮象であるというようなことになるであろ う。しかし、保種的機能ないしは生殖機能こそが家族を成立せ しめている原理だとみるこのような見解が、きわめて一面的な ものであることは誰の目にも容易に見てとれるはずである。そ 17
うだとすれば、われわれは、この最後の機能をも、他の諸機能 と同列に置いてみる必要があるであろう。そうすることによっ て、われわれは、少なくとも理論的には、生殖的機能をもふり おとした家族というものを想定オることができる。ここにおい て、家族は遂にすべての機能を喪失するわけであって、いわば 家族は機能の束であることをやめるのである。もしも H 家庭 u というものを、あくまでも"家族 u とは区別されるものとして 構想しよテとするならば、結局のところ、このような無機能の 家族をこそ、最も純化されたかたちの家庭とみなすべきではな か ろ
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か。ということは、家族から家庭への視点の転換は、機 能主義からの脱却を意味すべきものであるということでもあ る 。 しかも、この視点に立った上で、ひるがえって考え直してみ るならば、本来の家族なるものがそもそも機能の束であったわ d けでもないということにも気がつくはずである。 × × 問題はたんに家族が目的集団か自然集団かというようなこと なのではない。結論からいうならば、家族はそのどちらでもな いのである。家族は人類史とともにあるものである以上、けっ してたんなる自然ではありえない。家族はあくまでも文化に属 するのである。けれども、家族が文化に属するということは、 それが目的集団だということにはならない。そもそも文化と は、ある目的の支配下にあるものではないからである。たとえ ば家族を生産のために組織された制度とみなすような見解が一 面的なものでしかないのは、このような事情によるということ ができるであろう。生産組織としての家族というものがあると すれば、それこそ目的集団にほかならないのだからである。一 方、家族が血縁組織だともいい切れないのは、家族はたんに自 然に属するものではないからである。ともあれ、文化に属する ものとしての家族が自然への観点からとらえられることができ ないのは当然であるが、それが目的の観点からとらえられない ということは、また機能の観点からとらえることができないと いうことである。あらゆる文化は、機能主義を越えるのであ る。さて、今日の家庭がすべての機能をふりおとす一歩手前に までさしかかっている一方で、これをとりまく社会は逆にあら ゆる機能を背負い込んで、ほぼ純粋な機能主義の支配下にある という状況が見られるとすれば、このとき家庭はきわめて独特 な役割をになうものとして立ち現われることができるといわね ばならないであろう。すなわち、家庭は、ほとんどいかなる機 能をも持たない存在として、あらゆる機能主義にたいする抵抗 の拠点となりうるわけである。 × X 今日において、家庭が、あらゆる実体化を拒否するものとし ての場所として存在することができるとすれば、それはこのよ うな否定的な機能においてであろう。けれども、このような徹 底した反機能主義的な場所として、いわば一種の H 虚点 u の よ うなものとなった家庭が実現するためには、家庭は一切の所有 制からみずからを解放していなければならないのだ。ところが、実際には、家庭こそはまさしく所有制の砦として機能しよ うとする傾向が見られる。あらゆる機能の喪失へと向かってい るかに見える家庭が、まさにそのようなものとして、そのまま 機能主義のなかにかかえ込まれるという状況があるわけであ る。機能に反論することもまた、ひとつの機能となるのだ。マ イ ・ ホ l ム主義が、状況への追随として、否定的に評価されね ばならない側面を持つのも、こうした事情によるものだという ことができる。実は、このような境域においては、家庭は家庭 として純化されることができていないといわなければならない であろうが、現代における家庭もまた社会の構成単位だといわ れる俣拠のひとつは、このようなところにあるわけである。す なわち、生産社会における非生産の場、機能社会における非機 能の場となることによって、家庭は逆説的に生産に奉仕し、機 能に仕えるのだ。もちろん、現実のかたちとじては、家庭はな お生殖の機能を保持していて、これによって労働力の供給源と して直接的に生産に奉仕しているのであるが、意識の次元ない しはイデオロギーの次元においては、現代の家庭はすでに保種 主義や生殖主義、の彼方にあるといってよいであろう。現代の家 庭が、親子の軸よりも夫婦の軸を中心にして考えられるという 圧倒的な傾向が、それを物語っている。 × × わが国の戦後民主主義を領導したイデオロギーにおいては、 一般にこの方向は封建制からの解放の方向として評価されたの であるが、夫婦という横の軸を中心とする家庭もまたそれなり に抑圧の機構と化しうるということをいちはやく見ぬいたのは 主として文学者たちであった。戦前の文学者たちの主要な闘い の目標であった n 家 u が、戦後においては w 家庭 u へと姿を変 えて登場してきたということは、かつて文芸評論家の奥野健男 氏のヨ家庭 u の崩壊と文学的意味﹂と題する評論によって的 確に指摘されたとおりなのである。しかしながら、戦前と戦後 における文学的課題の変質を強調しすぎることにも危険がない わけではない。げんに、戦前においても文学者たちのねらいは たんに n 家 H に向けられていただけではないのである。たとえ ば、荻原朔太郎の詩集﹃氷島﹄には、寸家庭 L と題する次のよ うな詩が見られるのだ。﹁古き家の中に坐りて/互に黙しつつ 語り合へり。/仇敵に非ず/債鬼に非ず/﹃見よ!われは汝の 妻/死ぬるとも尚離れざるべし。﹄眼は意地悪しく復讐に燃え 憎ん吋しげに刺し貫ぬく。/古き家の中に坐りて/脱れるべき術 も あ ら じ か し 。 L ともかく、このような次第ならば、 H 家族 M な い し は H 家 u と"家庭 u との単純な対置は無意味だといわねば な る ま い 。 X X 生殖の家庭、すなわち種族保存の家庭から幸福の家庭へとい う家庭観の転換の根拠ははなはだ薄弱であるといわざるをえな いのであるが、この方向は避妊法の普及と相まって、生殖の性 から快楽の性へという方向につながるものである。ただ、いわ ゆ る n 性の解放“として現われる快楽の性の追求の方向が、遂 には家庭の枠を突破しようとするのにたいして、家庭の幸福を 19
ねらう立場は家庭そのものに拠りどころを求めようとするとい う違いがあるにすぎない。けれども、 H 快楽の性“が結局は一 種の袋小路にしか達しえないのと同様に、 H 幸福の家庭 u もま た虚妄のスローガン以上のものにはなりえないのである。とい うのも、この場合 w 幸福 u はなんら客観的な裏づけを持たず、 主観性の外に出ることができないからである。 家庭がひとつの客観性を持つということは、それがなんらか の機能によって支えられるということではない。それは、家庭 が人聞を支える場となるということであり、したがって家庭が 文化となるということである。ところが、幸福というものは人 聞によって支えられるのであって、人聞を支えることはできな いのだ。それが主観性を出ることができないゆえんである。一 方、機能もまた客観性を保証するものではない。なぜなら、そ れは抽象の産物にほかならないからである。エンゲルスは﹃家 族・私有財産および国家の起源﹄の初版序文のなかで、寸ある 特定の歴史的時代およびある特定の国土の人間の生活がいとな まれる社会諸制度は、二種類の生産によって、すなわち一方で は労働の、他方では家族の発展段階によって、制約されるしと 述べ、またパIトランド・ラッセルは﹃結婚論﹄の序論を、 ﹁古代であろうと、近代であろうと、社会の特質をなすものに は、互いにかなり密接に結びついているはなはだ重要な二つの 要素がある。一つの要素は、経済組織であり、もう一つの要素 は、家族制度である﹂という言葉で始めているが、この両者に みられるのは、他の多くの論者の場合と同様に、全体的な人間 生活のなかから、経済的機能と生殖的機能とを抽象して、後者 の機能を家族に擬していることである。このことから、エンゲ ルスは、モスクワのマ.ルクス・エンゲルス・レ l ニン研究所か ら一九四一年に出版された同書の序文のなかにみられる次のよ うな批判をマルクス主義の北かから受けることになるわけであ る。コ﹂の命題は明白に誤りである。なぜなら、家族は、社会 発展を規定する原因として、物質的生産と同列におきうるもの ではないからである。社会の発展、家族関係の形態をも含めて の社会生活のすべての側面の発展を規定する原因は、物質的生 産の様式である。 L 一方、ラッセルは、このことから、結局、 家庭のものとしては生殖的機能を確保すると同時に、それ以外 、の性的機能を家庭から解放しようという自由主義的方向をはっ きりと示すことになる。つまり、保種的機能をはたすものとし ての家庭を社会の中に位置づけるとともに、それ以外の性的関 係を完全に私的なものとして、社会の関与しない領域に置こう というわけである。このことは、かならずしもヱンゲルスの見 解からそれほど遠いものではない。なぜなら、﹃共産主義の原 理﹄において、共産主義の社会秩序を予測しつつ、﹁それは、 男女の関係を、社会が干渉する必要のない、当事者だけが関係 する純粋に私的な関係にするだろう L と述べていたエンゲルス は、この﹃家族・私有財産および国家の起源﹄においても、将 来の男女関係の到達すべき姿として、﹁個人的性愛しなるもの をさかんに強調しているのだからである。ただ、エンゲルスに おいては、この w 個人的性愛 u は窮極的な一夫一婦家庭をもた らすものとして構想されている気配が濃厚であるが、結局のと ころエンゲルスの家庭像は確定したかたちを示していないとい
うべきであろう。後にコロンタイなどが唱えたように、社会に かかわるものとしての母性のみを厚く保護する反面において、 性関係そのものはまったくの私事とみなすべきだというような 見解をエンゲルスから導き出すこともできないわけではないの で あ る 。 X X ともあれ、家庭の問題についてのエンゲルスの著作が多様な 解釈を許すものである上に、この問題に関するマルクスの見解 はほとんど示されていないという困難な理論的状況のために、 新たな試みを開始したソヴィエトの社会はさまざまな試行錯誤 を余儀なくされたわけである。コロンタイズムの名で呼ばれる ようになったような極端な性思想はつとにレ l ニンなどによっ て批判されたものの、一般にソヴィエトの初期の政策は、生活 の集団化を進めてゆくなかで、﹃共産党宣言﹄によって予言さ れ た H 家族の死滅 u を徐々に実現してゆくことであったという ことができよう。のちにトロァキ l の﹃裏切られた革命﹄にお いて、寸家庭におけるテルミド!ル L として批判されることに なるような方向変換が起こったのはスターリンの権力の確立し た一九三
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年代に入ってからなのだ。これ以来、ひところ圧倒 的な主張であった"家族の死滅 u という考えは影をひそめ、か わって H 家庭は社会主義社会の基礎的細胞である“とする説が 公認のイデオロギーとして登場するわけである。 ソヴィエトにおける家庭観のこのような退行過程をつぶさに あとづけ、根底的な批判を試みた著作として特に見逃すことの で 年 C ないのは、ウィルへんム・ライヒの﹃セクシュアル・レボ リ ュ l ション﹄であろう。二部からなるこの本の後半は﹁ソ連 における w 新生活 u への闘いしと題されていて、寸いろんな面 からわかることは、ソ連では性的反動体制が次第に優勢になり つつあることである﹂という状況の確認をふまえつつ、次のよ うな立場からする徹底的な批判が展開されているのだ。寸ソ連 において性的領域がこのように後退したことは革命全体の進展 にかかわる問題である。他のいろんな面においてもまた、社会 民主体制が権威主義的統制に道をゆずっていぐ傾向にある。た だこの後退は性的領域においては、おおっぴらに起こってお り、他の面に比べてよりはっきりした姿をあらわしていること である。その理由がないわけではない。社会の性的動向は、つ ねにその文化全体の趨勢の要になっている。このことは未開社 会における母権制から父権制への移行と同じく、ファシズムの 家族政策の中にも明らかに看取できる。またロシアでも、最初 の数年経っと、経済革命が性革命と手をとり合って出て来てい る。この性革命は文化革命の客観的表現であった。ソ連の性的 動 向 を 理 解 せ ず に 、 そ の 文 化 過 程 を 理 解 す る こ と は で き な い 。 L ほぼ同様の確認は、マックス・ホルクハイマーによって も行われている。たとえば、﹃道具的理性批判﹄に収められた 可結婚の未来しには、次のようなくだりが見ら一れるのだ。寸スタ ーリンの仰いわゆる一国社会主義“は、プロレタリア世界革命 など考慮に入れておらず、じたがってマルクス、レ l ニ ン が コ 、ュニズムと名づけたものを、かくされた本音のところでは断 念しているのだが、このようなスターリニズムは、いわゆるプ 21ルジョア的自由、つまり、後進国ロシアにおける自由を高めよ うとする意志に、まさにとどめをさすことになった。軍事的、 技術的ポテンシャルが西欧との競争上ますます決定的になれば なるほど、それだけ他の領減における著修は許されなくなって きた。結婚についての自由な考え方は、人間生活のすべてを動 員する国家、しかも非福祉国家においては、結婚の機能と矛盾 する立うになったのである。出産率は低下し、子供を放任する 風潮は驚くほど増加した。そこで、教育の最小単位としての家 族は無くてはならぬものとされるよろになったのである。つま り、放時の時代は終わったというわけである。﹂かくだ、ソ連 における家庭像の推移についてホルクハイマ l が結論的に確認 するのは、﹁家族、結婚は、西欧におけるよりも、再び強力に 制度化されることになる﹂ということにほかならない。 X × さて、ここで注目すべきは、ホルクハイマ l が中国に関して はまったく異なった評価をしていることであろう。﹁これに反 して、とくに集約的な土地経済という根底の上に、かつて家父 長制的大家族が、民族の生活、民族の宗教を規定していた中国 においては、現在、結婚制度はまったく崩壊してしまってい る﹂ということが認められるわけである。そしてさらに、﹁恋 愛はその意味を失い、若い女たちの興味は結婚ではなく、 w 社 会主義的建設 u であり、人民公社であり、コンミュ l y で あ り、国家である L ということから、寸中国で起こっていること は、西欧の未来にとって、西欧にますます類似してきているソ 連の諸事件よりも、多くの観点からみてより重要であるように 私には思えるしという評価をホルクハイマーは述べるのだ。中 国の家庭がたどる道は今のところまだ見定めることができない というのが実情に即した見方であろうが、ともかく中固とソ連 の社会主義の異質さは、家庭像の面においてもはっきりと現わ れているといわねばならないであろう。それにしても、家庭を n 社会の細胞 u として位置づけるソ連の行き方と、人間関係そ のものを社会関係として社会に直結しようとする中国の行き方 と、いずれが社会的なものであるかという問題は、たしかに考 察に値するものではあるまいか。 X X しかしながら、なによりもまずわれわれの関心をひくのは、 われわれの社会がますます深くその轍に落ち込みつつあるとこ ろの西欧.ブルジョア社会における家庭の姿であり、そこにおけ る社会と家庭との関係である。ところで、このブルジョア社会 の基本的な状況は、ホルクハイマーによれば、・次のようなもの なのだ。寸ブルジョアジーの全盛期においては、家族と社会と の問に、実り豊かな交互作用があり、父親の権威は社会におけ る彼の役割にもとづいており、また逆に、社会は権威を求める 家父長的教育の手をかりて刷新されたのであったが、今や、家 族