f
・
司
司
がほんとに広くなったな
︑と思ってる︒
世永
僕は︑
原則論をいうと
︑離
婚はす べ き じ ゃ な い と 思 う
︒ 男 に せ よ 女 に せ よ︑一生配偶者以外の異性を知らないと いうことは︑まずないでしょう
︒
違う異 性を知ったから︑即離婚をやってたら︑
世の中めちゃめちゃになりますよ
︒
万年あら︑なったっていいじゃない︒
世永 若いときにはそういうふうに思う
こともありますね︒しかし︑
結婚も離婚
も︑
どっちもたいへんなことなんじゃな
いですか︒
すぐにくっついたり離れたり してはいけない気がする
︒ただし︑やむ を得ず離婚した人を︑非難したり︑おか わ い そ う に と い う 目 で 見 る の も い け
な 敏子氏
ぃ︒
離職
・転職と同じよ
うに考えてもい
いんじゃないかと思いますね︒
万年だったら︑なぜ離
婚がいけないの
︒
司会
人間のほんとうの自立ということ が大事だということを世永さんは言いた いんじゃないですか︒ほんとうの意味の 自立があれば︑そんなに簡単に一緒にな ったり離れたりできないかもしれない
︒
多少のトラブルがあっても
︑毛れぞれに
処理し︑そこからまた︑より広がった関
係を深めていけるかもしれない
︒これは
﹁もうどうにもならない状況をがまんす
るL
と い う こ と で は も ち ろ ん な い の で
す︒
別 れ る に し て も
︑
別 れ な い に し て も︑それぞれのポジティブ・チョイスで
あればいい︒
世間ていとか経済的なこと を優先して︑結婚したり︑しなかったり するから
︑へンなことになるのじゃない か︑という意味ではありませんか
︒
一同
各自発言︑ガ
ヤガ
ャ︒
司会
このへんからほんとうの討論が始 まるべきところなのですが
︑
残念ながら 夜もふけました
︒
結論が出ないままです が今夜はこのへんで
︒
また継続討論しま
しょ
う︒
伊 藤
ミ ヌ w … … 動
女作メャ言。 L ノ
51
私 と 結 婚
ぶつかりあいの中から
巌 谷 丁 子
私が良人と結婚しようと心を決めた基は︑ただ一‑っ︑﹁この人なら話し合っていけそうだLということだった︒そしてそれから三六年たった今も︑その思いだけは全然変わっていない︒三六年経つうちには︑寸もうだめだLと思ったことも何度かあった︒それにもかかわらず︑細い細い
絹糸のような一筋の見えない糸に引かれ引かれて︑とうとうここまで来た︑というのが実感だ︒私達も
もう若いわけではなし︑今までの長い結婚生活の聞に起こったいろいろの︑激しい生き方のようなもの
'が︑いまさら繰り返されるとは思えない︒一言でいえば︑こうして別れずにこられたのは︑寸一縁があっ
たのだしということだろう︒もちろん一方では︑私も良人も︑人間とは死ぬその時までどう変化するか
わからないものだという考えを捨てたことはないが
去年の十月頃だったか︑私は一・年ぶりに石神井の妹の家へ出かけ︑・長時間︑姉妹二人のおしゃべりを
楽し
んだ
︒
その時の四方山ばなしの中で︑妹から寸もろ一度
結婚するとしたら︑また今の旦那さんと一緒になりたいと思うか︑思わないかしというようなことをきかれた︒私はちょっと考えてみてから︑
﹁やっぱり今のパパがいいわしと答えた︒妹は寸ヒェlッLという妙な戸をあげ寸あんなにどうの︑こ
うの︑言ってたじゃないの引Lと︑呆れたような︑信じられないというような限付きで私の顔をのぞき込んでいた︒だが︑ほんとうの私の心境なのだから
仕様
がな
い︒
妹は永年︑私達の執助︑といった方がいいような
やりとりを︑かたわらで見聞きして来ているのだから無理もないとは思うけれど︑人間なんてホントに
一口では片付けられない厄介なものらしいから︒私達夫婦のやりとりといっても︑特別変わったものがあるわけではない︒まあいつてみれば︑私はど
っちかというとパカストレートなところがあり︑良人はどっちかというとパカソフトなところがある︒
大体どこの夫婦でも︑男性は社会の中で畏まれているからソフトな面をいや応なく持ってしまうらし
いし︑女性は︑たとえ社会に探まれていたとして
も︑生来︑正義感というか︑ストレート性を︑潜在
的に持っているように思う︒その上に︑良人は良人としてのおのれ︑私は私としてのおのれが加わって
私 と 結 婚
ぶつかり合うわけで︑それがプラスに出た時はニコ‑一一コ︑マイナスに働けば忽ちカッカと火花が散るこ
とに
なる
︒ 全くよく飽きもせずやり合って来たものだと思
う
0
そこで私は︑いろいろ考えたあげく良人に提案し て何年もたつ︑というのに::︒ 息子も娘もとっくに独立して︑二人きりになっ1
てみた︒つい三︑四年前のことだ︒コ﹂れから死ぬまで二人っきりで暮らして行く毎日なのだから︑同じ暮らすなら夫婦として︑というよりも︑人間としての男女二人が一緒に暮らして行くeということは︑どういうことなのか︑それを知るた
めに今日からお互いに努力してみない?Lお互いに︑納得できないことはどんな小さなこと︑
でも︑納得1N合えるまでそのことに時間をかけて話
し合うことを︑イヤがらず︑パカ臭く思わず︑真剣
にとり上げァ一つ一つ解決してから次へ進む︒良人も︑よし︑やってみよう︑といってくれた︒
それからは︑小ぜり合いが起きても︑(これはほん
とうに私として不愉快と思うことか?どこか私の 方 の 勝 手 さ が あ る の で は
? あ る と し た ら ど こ
だ?)と︑それこそ血眼で自分の心の中を自分でのぞき込む作業をお互いにやって来た︒私も良人も昔から︑納得できないことはどこまでも頑張るが︑誤
っていたと気が付いた時には︑素直に相手に謝まれ るたちだったので︑その点はスムースに消化できてきた︒これは大変気持の良いもので︑年取ってからイヤな顔付きになるのをふせぐ一つの方法じゃないかと思っている︒この頃では︑ごく自然に相手の心のあり方がこちらに通じるようになり︑そうなるとけんかの材料もグッと減ってしまった︒でも︑たまに良人が突如大声出したりすると︑びっくりもするが︑何となくうれしくなり︑ついニヤニヤしてしまう︒あの無口で︑抑制力の強い人が:::と︒そんな時かえって私は︑穏やかでしかもカラリとした気分でいられるようになった︒これも精神衛生上︑とても良い︒
あの日の提案の成果で一番うれしいことは︑良人
も私も︑お互いの長所も欠点もそのまま生かしながら︑しかもちゃんと交流があり︑いつも二人が同じ
場所で一局を詑ベ︑自然に前を向いて立っているよう
な気がするこど︒思えば︑結婚した時からこういうふうになりたいばっかりのぶつかり合いではなかったろうか︒
﹁ぶつかり合いョしとは︑相手を強制しようというのではなく︑相手の人間性(言い替えれば相手と自分との違い)を︑より知ろうとする努力一なのだと︑私
は甲
山っ
てい
る︒
53
私 と 結 婚
ある夫と妻
阿 部 栄 美 香
寸パパ︑青年の家の講座へ行っていいかしら︒L私はとっときの優しい声で︑にしお広報のその頁を見せながら聞いてみる︒それには一月から始まる講座
がたくさん並んでいる︒寸着物の着付けか︒娘が大きくなって来たから︒L
寸 ウ
lン︑その上にある青春と文学︒講師は新美南士口賞を受けられた堀尾幸平先生よ︒L
1お前は料理とか着付けとか︑もっと実用的なもの・
を習えないのか︒土曜日の夜なんて︑子どもはどう
する
のだ
︒
L寸もう四年生だし︑純はいい聞かすか︑隣りの家へ
預かってもらうわ︒L﹁悪いやつが入って来たり︑火事になったらどうするのだ︒行ってはいかん︒L夫はすごく不機嫌になってしまったので︑応黙ってしまった︒
台所で茶碗や鍋を洗いながら︑︽私だって今︑パlトであるが働いて︑
私も
一
家事︑育児 をやって来たのだ︒初めての夜の講座を︑本が好きなことはよく知っているのだし︑気いよく出してくれてもいい
J
︽高一の恵子も純も︑産後四十三日から預けて働いているのだから︑今さら︑たまの夜︑講座に二時間
ぐらい行うても︑子どもは待っているし︑よく訳を話せばわかってくれる︒︾︽パチンコやマージャンをやってないで︑夫だって
その夜ぐらい︑子どものそばにいてやってくれでも
いい
のに
︒︾
︽夫は夜︑自分や友だちの都合で遅くなる︒私は仕‑事が終わると一目散に帰って来て︑天ぷらを揚げ︑カレーを煮︑風呂を沸かす︒子どもの話を聞いてや
り︑学校の集金︑体操服の用意とか:::︒終わって
疲れ︑床につくと十二時の時がよくある︒︾布きんもまな板も洗い︑明日の米をキュッキユツとあらい︑仕かけ終えても︑今日の私の胸の内は次から次へと怯いている︒
︽一月までまだ聞がある︒手をかえロ聞を変え笑顔と
ソフト・ムードできっと許しを得て︑講座へ行こ
う︒︾と︑私は強く思った︒
それからの私は︑夫の機嫌の良い時を見計って頼
むことにした︒シャンデリアの輝く暖かい部屋でケ
ーキを食べながら︑家中でトラップに打ち興じているとき︑ふと思いついたように甘い声で︑
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