15 (東女医大誌 第44巻 第12号頁10Q3∼1005 昭和49年12月)
〔臨床報告〕
喉頭血管腫の1症例
東京女子医科大学耳鼻咽喉科学教室講師岩嶋恵美子・下出啓子
イワ シマ ユ」 ミ 訂 シモ デ・ ヒロ コ (受付 昭和49年8月28日) はじめに 喉頭に発生する良性腫瘍はいわゆる声帯ポリー プのほか乳頭腫,線維腫,軟骨腫,神経鞘腫,上 皮嚢腫,リンパ管腫などがあるが,血管腫は比較 的まれなものである.私達は最近,慶声および血 肝を主訴とし,悪性腫瘍を疑われた海綿状血管腫 の症例を経験したのでその1例を報告し,本邦に おける文献的考察を加えた. 症 例 患者、:S.K:.41才,男子.農業団体役員で,日頃声を 使う機会が多かった.喫煙,飲酒の習慣はなかった. 初診:昭和49年3月28日 主訴:一声および血疾. 家族歴:母に喘息あり. 既往歴=高血圧,寒冷蒜麻疹,副鼻腔炎. 現病歴;昭和48年12月頃より平声が出現し,しだいに 増強してきた.49年1月7日某耳鼻咽喉科を受診したと ころ,声帯の炎症の診断のもとに,内服および吸入など の薬物療法を受けた.しかし優声の緩解はなく持続し, 2,月18日38℃の発熱と咳蹴,喀疾があり,2月26日血性 喀疾の排出をみた.直ちに新潟県下の某総合病院を受診 した,内科診察で気管支炎を指摘され,:耳鼻咽喉科では 喉頭の腫瘍を発見されて入院した.悪性腫瘍を疑って組 織を検索したが,炎症性所見しか得られなかった.その 後も血疾排出がみられ,腫瘍は増大したため,3月28日 外科的療法をすすめられ喉頭手術を予定された.患者は 手術時,頚部に皮膚切開をおかれることを聞いて再検査 を望み直ちに上京し,3月28日当院救急外来を受診し, 翌29日当科に入院した. 現症:体格はやや肥満型,顔色正常で,最近に おける体重の減少はなかった.血圧158/100mm取 で軽度の高血圧はあったが,心肺の聴診および心 電図に異常はなかった.四声は強度で,ささやく 程の声しか出なかった.階段を登る時などに軽度 の息切れを自覚していた. 局所々見:両耳,鼻副鼻睦および咽頭に異常な く,頚部その他のリンパ節の腫脹は触れなかっ た.間接喉頭鏡検査では,小指頭大腫瘍が白苔に 被われ,声門前方に位置し,後方にわずかの間隙 を残すのみであった.表面に軽度の出血がみられ た,呼吸や発声に際し腫瘍は可動性を示し,有茎 性振子様運動をして声門を上下した.発生部位は 不明であった. 検査所見:血液検査では,血色素14.89畑, ヘマトクリット42.5劣,赤血球574万,白血球 8,000,」壷小板30万.血清生化学検査所見正常. 尿検査で,蛋白・糖陰性,ウロビリノーゲン正 常,梅毒反応陰性,出」血時間2分30秒. 治療:4月2目,全身麻酔下に,喉頭顕微鏡下 手術(Laryngomicrosurgery)を行なった.喉頭直 達鏡下に腫瘍をみると,声門前方で小指頭大の腫 瘍は挿管チューブの.ヒの空間を満たし,右声帯前 1/3から広基性に発生したものであった(図1).こEm…ko IWASHIMA, Himko SHIMODE 3 Department of Oto−Rhino−Laryngology, Tokyo Women’s Med−
ical College:Acase of hemangioma of the larynx.
16 図lLaryngomicrosurgery時,喉頭直達鏡で見た 血管腫 図2病理組織H・E染色 本腫瘍の発生原因について定説はないが,先天 性素質説,炎症による局所血流障害説,外傷,圧 迫による局所血流障害説などがある.本症例は2 ヵ月来の嘆声の経過中,発熱,咳漱の後に血性喀 疾が出現したところがら,慢性炎症のあるところ へ気管支炎のための咳漱による刺激で出血をくり 返し,腫瘍が増大したものと思われる. 性別では男子15例,女子13例と性差はみられな い. 年令的には,7才から77才までの各年令層にみ られ,20才代に最:も多く,20才未満には少ない (表1). 発生部位は,声門上部に多く,声門下部には少 ない.仮声帯に発生した例が最も多く,次に喉頭 表1 本邦文献にみる喉頭血管腫 (28例)<年令>7∼77才 10才未満 10才代 20才代 30玉代 *40才代 50才代 60玉代 70才代 1 1 9 4 3 5 3 2 の腫瘍を鉗子にて切除した.切断面からの出血は 軽度であった. 経過:良好で,術後12日目に退院した.術後4 ヵ月の現在,慶声は改善し,運動時軽度にみられ た呼吸困難も全く消失した. 組織学的所見:腫瘍は,成熟した内皮細胞より 成る不規則に拡張した毛細血管の集りより成り, 間質結合織の増生ないし硝子化傾向が強い状態を 示す海綿状血管腫の像を示していた.悪性像はみ られなかった(図2). 考 按 喉頭に発生する良性腫瘍のうち,血管腫は比較 的まれなものである.文献上では1876年Fauve1一 が喉頭海綿状血管腫の1例を報告したのが最初 で,本邦では1910年中田が剖検時に仮声帯前連合 の海綿状血管腫を発見し報告して以来,本症例を 含め31例の報告があるが,今回はそのうち詳細な 記載のある28例1)卿28)について検討を加えた. 一1004一 (*印は本症例を含む) 前連合2 舌喉頭蓋窩2 喉頭蓋6 披裂喉頭蓋ひだ4
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仮声帯7 喉頭室2 ★声帯7 主皮裂軟骨音「∼6 喉頭入口部1声帯口腔2
梨 状 窩2 喉頭後壁内面1儲蕪例、含。)
図3本邦文献にみる喉頭血管腫(28例) 〈発生部位〉17 蓋,声帯,披裂軟骨部で,披裂喉頭蓋ひだがこれ に続く (図3). 腫瘍の大きさは米粒大から鳩卵大まで様々で, 小指頭大から胡桃大までのものが多い.色は暗赤 色,赤褐色のものが多く,本症例のごとく白苔で 被れたもの,もしくは潰瘍状を呈するものは少数 で,ここに本症例が悪性腫瘍の疑いをもたれた原 因の!つが考えられる. 症状は,腫瘍の発生部位,大きさによるが,28 佛中19例に曖声がみられ,そのほか呼吸困難血 疾,嚥下痛,異物感などが訴えられている. 28例中組織学的分類の記載のある21例では,海 綿状血管腫11例,単純性血管腫7例,肥大性血管 腫2例,血管芽細胞腫1例であった.本腫瘍は良 性腫瘍とされているが,このうち管壁ないし内皮 綱胞の肥大増殖の著しい肥大性血管腫は2例共再 発がみられ,ラジウム照射を受けた1例では転移 を見,死亡するに至っている. 治療はX線照射,ラジウム照射,ラドン針挿 入,電気凝固などの方法もあるが,手術的除去が 最も多く行われている.近年耳鼻咽喉科では,喉 頭顕微鏡下に喉頭内腔より行なうLar興go血icτ。s− urgeryが普及しており,本症例も腫瘍が限局性小 指頭大で,.かろうじて経口的気管挿管が可能であ ったので,rLaryngo血量crosurgeryによる治療を行 なうことができた, む・すび 喉頭血管腫は比較的まれなものであるが,最近 私達は,叫声および血疾を主訴とし,悪性腫瘍を 疑われた海綿状血管腫の1症例を経験したのでこ こに報告し,本邦における文献的考察を加えた. ご指導ご校閲をたまわりました恩師岩本彦之照先生 に深謝いたします. (本稿の大要は東京女子医科大学々会第190回例会 において発表した.) 参考文献 1)申田弓吉:日耳轟16(2) 237∼242(1910) 2)片田武揚:愛知医誌33(1)126∼133(1926) 3)河合郁二:岡山医誌45(5)10!5∼1020(1933) 4)勝木保次:日耳鼻39(!2)2124∼2129(1933) 5) 森鼻英雄: 日耳鼻 44(5) 1027∼1031 (1938) 6) .二日ヨ馨一: 日耳鼻 46(9) 1716∼ (!940) 7>松浦郁夫:東北医誌28(4)1005∼1008(1941) 8>児玉実光:日耳鼻49(11)!0G5∼10U(1943) 9)高須照男:日耳鼻53(8)287(1950) 10)藤田馨一・佐藤達吉:日耳鼻55(!)64(1952) 11) 原 茂良: 日耳鼻 55 (2) 136 (1952) 12)牟田哲三郎1日耳鼻55(2)136(1952) 13)永倉鋼太郎:日耳鼻56(5)4!9(1953) 14)宇佐美幸三;日耳鼻57(4)391(1954) 15)栗原哲二・千葉宏一:日耳鼻57(8)826(1954) 16)平山弘太郎;日耳鼻57(1)・107(1954) 17)平山弘太郎:日耳鼻58(1)79(!955) 工8)長井 忠:耳喉30(5)456∼459(1958) 19)岡 交夫・他=耳喉30(5)460∼463(1958) 20) ’」、璽亭 言嚢●f也 : Eヨ気食11 (2) 145∼150(1960) 21)神谷栄一:上露臨床54(1G)898∼9G工(1961) 22)松井七郎;耳目34(12)1061∼/063(1962) 23)田村浩通・宮脇 浩:耳喉35(5)369∼97} (1963) 24)福田 単:耳鼻臨床59(6)599∼602(1966) 25)岡本 健。他:医療23(!)19∼122(1969) 26)三孝寸幸弓ム:日耳鼻74(1)122∼123(1971) 27)末村克彦・長嶋秀親:日耳鼻76(2)298(1973) 一1005一