肝画像診断の最近の進歩
大友邦 内山暁
画像診断の一般の進歩を促す要因は,診断機器及び診断手技の改良と臨床医学の変遷進歩に分ける ことができる。診断機器の進歩として,超音波におけるドップラー法の導入,CTでは超高速CTの 臨床応用とX線検出器の改良,MRIではMR angiographyとMR spectroscopyの実用化と高速撮 像法の進歩があげられる。また診断手技の工夫のうち肝臓を対象としたものでは,超音波と血管造影 を組み合わせたCO2動注下の超音波検査, CTと血管造影を組み合わせた門脈造影下CT,ガイドワイ ヤーなどの改良により容易となった超選択的肝動脈造影がある。臨床医学の変遷は新たな疾患概念の 導入と新たな治療法の導入に分けられ,肝臓については前者では肝細胞癌の前駆病変としての腺腫様 過形成や早期肝癌,後者では肝移植がある。本稿ではこれらの様々の要因による肝疾患の画像診断の 進歩について概説した。 キーワード:肝臓,画像診断,超音波検査,X線CT, MRIはじめに
臨床医学における各種画像診断の重要性は近年ます ます高まる傾向にあり,臨床面で画像診断なしに各種 疾患の診断と治療が行なわれることはむしろ稀になっ ている。肝臓を中心にした腹部領域も例外ではなく, 本邦に多い肝細胞癌の早期発見は主として超音波検査 の進歩と普及により初めて可能になったといっても過 言ではない。一般に画像診断の進歩を促す要因は,診 断機器自体の進歩(hardwareの進歩)及び診断手技の 改良(softwareの進歩)と臨床医学の変遷進歩に分け ることができる。診断機器の進歩として,超音波にお けるドップラー法の導入,CTでは超高速CTの臨床 応用とX線検出器の改良,MRIではMR angiography (MRA)とMR spectroscopy(MRS)の実用化と高 速撮像法の進歩があげられる。また診断手技の工夫の うち肝臓を対象としたものでは,超音波と血管造影を 組み合わせたCO2動注下の超音波検査, CTと血管造 影を組み合わせた門脈造影下CT,ガイドワイヤーな どの改良により容易となった超選択肝動脈造影などが ある。臨床医学の変遷は新たな疾患概念の導入と新た *山梨県中巨摩郡玉穂町山梨医科大学放射線部 **ッ放射線科 (受付:1991年8月31日) な治療法の導入に分けられ,肝臓については前者では 肝細胞癌の前駆病変としての腺腫様過形成や早期肝 癌,後者では肝移植がある。本稿ではこれらの様々の 要因による肝疾患の画像診断の進歩について概説す る。 1]診断機器の進歩 1)超音波検査 血流の流速や方向を信号化する方法としてのドップ ラー法をリアルタイム電子スキャンと組み合わせ,超 音波画像上の脈管にsampling pointを設定すると流 速と方向並びに波形(拍動流か定常流か)がFFT信号 (ドップラー信号を高速フーリエ変換しpower spec・ trum表示したもの)として表示されるDuplex装置と 実際の画像上にドップラー情報をカラー表示できる2 Dドップラー装置が,腹部領域でも臨床応用されつつ ある1)。カラー表示の場合,血流の方向が色に,流速が 輝度にそれぞれ対応している。Duplex装置では肝門 部で肝動脈や門脈の血流を容易に把握することがで き,また門脈圧充進症における各種の側副路の血流方 向の診断も可能である。また2Dドップラー装置を用い ると肝臓では肝腫瘍の内部及び周囲の血行動態が検討 可能になる。現在までに肝細胞癌では効率に高速拍動 流(流速20cm/sec以上)が検出され,血管造影との比 較ではこれらの高速の血流は肝動脈と門脈または肝静1−{} 肝画像診断の最近の進歩 卜…一〃 ]‖ 図1 超高速CTのシェーマ〈文献3より引用)
図2 MRA
GRE法の1つであるFLASH法で撮影した厚さ5
mmの画1象を30枚重ね合わせて作製したもの〔左右の 画像を合わせるとステレオ視できる九 脈の間にできた短絡による可能性が示唆されている。 しかしこれらの所見の疾患特異性についてはまだ今後 の検討が必要であるL!)。2)X線CT
第3世代及び第4世代の機種が開発されてX線CT
の進歩は・応ブラトーに達した感があったが,実際の 画像はその後も着実に改良されている。その要因のひ とつにX線検出器の改良があげられる。たとえぽ検出 器にセラミソクを用いる二とによりX線の検出感度は 従来のキセノンガスを用いたものに比ぺて約3倍に向 トし,管球にかかる負荷が軽減され連続スキャンもよ り容易になった。 一方従来の方式とは全く異なる超高速CTが臨床に 導入されている。その原理は電子ビーム方式と呼ぼれ., 陰極に相当する電子銃から飛び出した電子ビームを磁 場で曲げ,半球状に配列された陽極に相当するaング ステンターゲットを順番に叩いてX線を出すものであ る。X線管球や検出器を回転させるかわりに電気的操 作で磁場を操るため50msec程度の超高速スキャンが 可能になった3)〔図1)。心臓領域に主に応用されてい たが,肝臓を中心とした腹部にも導入されており,肝 腫瘍のより細かい血行動態の分析や検査のthrough −putの向上が可能になるであろう。3)MRI
MRIで血流を画像化する方法には, time−of−flight 法とphase encode法がある4)。前者は高速スキャンで スライス面に流入してくる血流が高信号として描出さ れることを利用した方法で.腹部では呼吸停止下に撮 像した画像を重ね合わせ,信号の高い領域のみが見え るような画像処理(maximurn intensity profi]e algor・ ism)を行なって血管像を得ている(図2)。一方後者 は傾斜磁場内を移動する血流に生じる位相のずれを画 像化したものであるが,一般に撮像に要する時間が長 く呼吸性移動のある腹部の検査には向いていない。こ れら2つの方法ではいずれもある方向から流入してく る血流の信号をあらかじめpresaturation pulseを用α一ATP 10 ① 、 0 一10 60min 45min 5min after infusion 一20 ppm 図3 MRS(文献6より引用) DRESS法で撮像した正常人のフルクトース負荷後の 31P−MRS。 PME:phosphomonoester, Pi:無機リン, PDE: phosphodiester, ATP:adenosine triphosphate フルクトース負荷後,PMEのピークの増大(1)と ATPのピークの低下があり(2), Piのピークは5分後 に低下したが15分後には大きく上昇した(3)。 いて選択的に消すことができる。 in vivoのMRSとして腹部の検査に応用されてい る方法にはISIS法(image−selected in vivo spectros− copy)とDRESS法(depth−resolved surface coil spectroscopy)がある。前者は3つの選択励起パルス と傾斜磁場との組み合わせで3次元的に関心領域を決 定しそこから31P−MRSを得る方法である5)。後者は表 面コイルからある距離の平面を選択的に励起してそこ から信号を採取する。肝臓の31P−MRSの特徴は正常 な肝実質ではphosphocreatineのピークが認められ
ない点で,このことから得られたMRSの精度を
チェックすることができる。肝疾患のなかでは肝硬変 の症例の糖代謝の異常が31P−MRSで検出されること が報告されている6)(図3)。 呼吸性の移動がある肝臓では呼吸停止下に画像を得 ることができる高速撮像法の開発は必要な物であっ た。現在主として肝臓に応用されている高速撮像法は いわゆるgradiant echo(GRE)法といわれる方法で あり,造影剤の急速静注と組み合わせればdynamicMRIも可能である。しかしGRE法の画像は従来の
spin echo(SE)法で得られる画像より画質の点で劣る ためSE法を省略することは難しかった。最近になり,短時間に画像を得ることができるSE法として
RASE(rapid anquisition SE)法やmultishot RARE (rapid acquisition relaxation enhanced sequence) が開発され,特に後者では呼吸の影響によるプレのな い鮮明な肝臓のT2強調像を従来の1/8から1/16の時 間で得ることができる7)。 (なおこれらのMRIの撮像法の進歩は本来診断手 技の進歩に分類すべきものであろう。しかし実際には これらの撮像法を駆使するためにはある程度以上の性 能を備えた装置が必要であり,しかもそれらの機種が まだ広く普及していないため診断機器の進歩の項で述 べた。) 2]診断手技の改良 1)超音波検査 超音波検査と血管造影法を組み合わせたCO2動注32 肝画像診断の最近の進歩
図4 CTAP
肝右葉の肝細胞癌が明瞭な造影欠主員として描出されて いる。 ぎべ @ぷ裟.欝× 〉馨誉襟t二.メ
図5 固有肝動脈造影 腹腔動脈が閉塞していたため,上腸間膜動脈,下膵十’ .二指腸動脈から膵頭部のアーケードさらに胃十二指腸 動脈を経山してカテーテルを固有肝動脈に挿入した。 下の超音波検査が肝腫瘍の血行動態の把握に有用な方 法として注目されている.、こiut肝動脈にすすめたカ テーテルからCO2を注入L肝臓や腫瘍にCO2がひろ がる様干を超音波で観察するもので,、COピミプルは超 音波画像の上では高輝度の点の集合として描出され る。),特に腫瘤性病変に体する動脈血流の有無や腫瘍 内での血流の広がりに関してはDSAをも凌駕する情 報を与えてくれることがあるe)。2戊X線CT
X線CTと血管造影を組み合わせたいわゆるangio CTの巾の経動脈的門脈造影下CT(CTAP:CT dur・ ing arterial portography lは肝臓や腫瘍性病変に対す る門脈血流の有無について情報を与えてくれるユ=一 クな検査法である。通常の肝腫瘍は肝動脈から血流の ほとんどを受けているためCTAPでは造影欠損像と して認められる,従って血管造影で濃染することの少 ない転移性肝腫瘍の検出や肝細胞癌の類似病変に対す る門脈血流の描出に威力を発揮しているり川図4㌔ 3)血管造影 細くて滑りがよくLかも形状保持性に優れたカテー テルとトtL 7コントローノ」ができる超弾性合金製のガ イドワイヤーの開発くこより超選手尺白勺号丁動‖辰造影↓よ安全 かつ容易な手技となっているlo、1.図51.しかし一方で 血管造影の診断的価値は従来より低くなり造影の目的 が診断から塞栓術なと’の経カテーテ’し的治療に移行し つつある。油性造影剤であるリピ才ドールを肝動脈か ら注入することは治療の一環としてばかりでなく術後 のCT‘b)ヒオドールCTI.で肝内のd・転移巣をさがす 方法として一’般的に定着している、この方法はたしか に便利ではあるが,手技が施設によりまちまちである 点や血管腫のような良性の病変にもリピオドールが沈 着してしまうなどの問題もある。 3]臨床医学の変遷 1)新たに導入された疾患概念 肝臓の画像診断に大きな影響を与えたものとして肝 細胞癌の前駆病変としての腺腫様過形成{AH;adeno・ 図6 MRI(T2強調像) 肝右葉のAHが低信号域として描出されている。 matous hyperplasia)があげられる。腺腫様過形成は 超音波では比較的均一・な低エコー域として描出され る。CTでの検出率は高くないが, CTAPでは門脈血 流をうけていることがわかる。またMRIのT2強調像 で通常の肝細胞癌の90%が高信号域となるのに対して 低信号域として描出されること及び内在する癌の部分 が高信号域になることが報告されているω(図6)。現図7 経皮経肝的胆管造影 肝移植後に肝動脈の閉塞を来たし肝臓全体が壊死に陥 り,胆管系は全体に拡張し壁の不整と内部に陰影欠損 を認める。総胆管の吻台部より下側には変化が及んで いない。 〔University of Pittsburgh, Dr Zajko 提供)
在AHのうちより癌に近いとされているatypical
AHや早期肝癌などの疾患の画像診断による鑑別の可 能性が検討されている。 2}新たに導入された治療法 本邦では脳死に関する社会的コンセンサスが得られ ていないので,親子の間の生体肝移植のみが少数例施 行されているに過ぎないが,欧米では末期肝疾患症例 の1つの治療法として肝移植は定着しつつある。肝移 植の導入により肝臓の画像診断に1つの新たな領域が 開かれている。現在までのところ肝移植の画像診断の 報告の多くは,脈管や胆管の吻合部のトラブルや拒絶 反応の診断など術後の合併症に関するものであった121 (図7}。今後特に提供される臓器が少ないことが予想 される本邦では31P−MRS等を駆使した臓器の保存状 態の診断がより重要になってくるものと思われるIS,。おわりに
肝臓の画像診断の進歩を診断機器と臨床医学の進歩 の2つの側面にわけて概説した。我々放射線科医を含 め画像診断に携わるものは,診断技術自体の進歩に関 して常に前向きに取り組むとともに,それ.らの進歩が どこまで疾患の診断や治療に本当に役立つのかという .視点を持ち続けることが極めて大切であると考えてい る。参考文献
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