博 士 ( 医 学 ) 自 井 信 正
A mutant cardiac sodium channel with multiple biophysical defects associated with overlapping clinical features of Brugada syndrome and cardiac conduction disease
(Brugada 症 候 群 と 先 天 性 心 ブ ロ ッ クは , 臨 床 像 に も 分子機構にもオーバーラップを有するNa+ チャネル病である)
学位論文内容の要旨
I. 背 景
特 発性 心 室細 動(IVF)は器 質的 心疾 患が ない のに も関 わら ず心 臓 突然 死を もた らす電気 的 異 常 を も つ 群 で あ る。IVFの 中に は、 心電 図上 右脚 ブロ ック と右 側胸 部誘 導でST上 昇 が み ら れ る 一 群 が あ りBrugada症 候 群 と い わ れ て いる 。近 年Brugada症候 群の 中で 心筋Na゛ チャ ネル の 遺伝 子(SCN5A)を 原因遺伝子とする家系や弧発例が同定されてき ている。異種細 胞にNa゛ チ ャネ ルを 発現 させ 電気 生理 学的 機能 をみ た研 究の結果では、Brugada症候群の変 異Na゛チャネルは正常Na゛チャネ ル(WT)よりNa゛電流が減少する機能異常を示した。このNa゛ 電流 の減 少 によ って 心筋 内膜 側と 外膜 側の 間で 活動 電位 波形 に大 き なズ レが 生じ るため、
Brugada症 候 群 で は 心 電 図 上 の ST上 昇 が み ら れ る と 考 え ら れ て い る 。 一 方 で 、SCN5AはBrugada症 候 群 の 他 に 先 天 性QT延 長症 候群 の一 形(LQT3)と遺 伝性 心 ブ 口ッ クの 原 因遺 伝子 でも ある こと が報 告さ れて いる 。LQT3の 変異Na゛チ ャネ ルの 生物物理 学的 異常 は 遅延Na゛ 電流 を伴 うこ 也か ら心 筋の 再分 極の 延長 を来 た し、 その 結果 心電図上 のQTが 延 長 す る と 考 え ら れ て い る 。 最 近 、 頻 脈 時にST上 昇が みら れるLQT3の症 例の 研 究 にお いて 、 その 変異Na゛ チャ ネル (1795insD)はLQT3とBrugada症 候 群両 者の 生物 物理学的 異常 を持 つ こと が明 らか にさ れ、 ニつ の疾 患の オー バー ラッ プす る 臨床 像と の関 連性が指 摘さ れた 。Akaiらは 心拍 数増 加時 に完 全右 脚ブ ロッ クに 移行 するIVFの 症例 にお いてSCV5A に 変 異S1710Lを 同 定 し た 。S1710Lの 臨 床 像 は 典 型 的 なBrugada症 候 群 で は なく 、こ の 変 異Na゛ チ ャ ネ ル の 生 物 物 理 学 的 異 常 が 特 異 な も の で あ る 可 能 性 が 示 唆 さ れ る 。
II. 目 的
頻拍 依存 性の 伝 導障 害と いう 臨床 的特 徴を もつ 特発 性心 室細 動S1710Lの 分子 病態 を探 巴
る こ と 。
III. 方 法
哺 乳 類 の 培 養細 胞(tsA201)にWT、S1710Lあ るい は典 型的 なBrugada症候 群で ある 変異 T1620MのNa゛ チャ ネル を一 過性 発現 さ せ、wholeーcell patch clamp法でNa゛電流を記 録し た。Na゛ チャ ネル の電 気生理学 的特性には活性化と不活性化の機構があるが、不活性化 には さら に数 ミリ 秒聞 の脱 分極 で誘 発さ れ る「 速い 不活 性化 」と 数百 ミリ 秒以 上の脱分極 によ
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っ て誘 発さ れ る「 遅い 不活 性化 」が ある 。1795insD変 異チ ャネ ルの 「 遅い 不活性化」は増 強 して おり 、 この 変異 をも つ患 者の 心電 図上 の特 徴( 頻脈 時に おけ るST上 昇)の分子病態 の 一・ っと 考 えら れて いる。頻拍依存性の伝導 障害を示すS1710Lの変異チャネルにも「遅い 不 活性 化」 に なん らか の異 常が ある 可能 性が ある ため 、本 研究 では 「 遅い 不活性化」も含 め てNa゛チ ャ ネル の電 気生 理学 的特 性を 検討 した 。
IV. 結 果
脱分 極に よっ て誘発されるNa゛ 電流は、「速い不活性化」のため数ミリ秒間で減衰する 。 S1710Lで は 電 流 の 減 衰 がWTやT1620Mより も有 意に 加速 し てい た。S1710Lチ ャネ ルは 「速 い 不活 性化 」に 入り や すく 、WTと比 較し てNa゛電 流が 減少 して いる 時相があると考えら れ る 。S1710Lチ ャ ネ ル の 「 速 い 不 活 性 化」 から の回 復はWTやT1620Mより も有 意に 遅延 して い た 。 「 速 い 不 活 性 化 」 の 電 位 依 存 性は 、WTと比 較し てS1710Lで は過 分極 側ヘ 約21.7mV シ フ 卜 し て お り 、T1620Mで は 脱 分 極 側ヘ 約13.lmVシフ ト して いた 。こ れは 、各 電位 にお い てS1710Lで は 「 速 い 不 活 性 化 」 状 態 を と る チ ャ ネ ル がWTよ り も 多 く 、 誘 発 さ れ るNa 電 流 がWTよ り 減 少 し て い る こ と を 意 味 す る 。T1620Mは そ の 逆 と 考 え ら れ る 。 S1710LとT1620Mの 活 性 化 の 電 位 依 存 性 は そ れ ぞ れWTと 比 較 し て約18.lmV、6.8mV脱 分 極側 ヘシ フト して い た。 これ は、 チャ ネル を活 性化 させ るの にS1710Lでは正常よりも 高 い脱分極電 位を必要、とすることを意味している。
脱分 極パ ルス の持 続 時間 を延 長し てい き「 遅い 不活 性化 」を 誘発 させていくと最終的 に 不 活性 化さ れたNa゛ チ ャネ ルの パー セン トはWT、T1620Mそし てS1710Lでそれぞれ41土1% , 40土2%,72土2% (WT vs S1710L,T1620M vs S1710L:p<0. 01)であった。S1710Lは有意に「遅 い 不 活 性 化」 が増 強さ れて い た。 これ は、 心拍 数増 加に 伴い 「遅 い不 活性 化Jが 誘発 され る た め 、 頻 脈 時 にS1710Lで は 正 常 よ り もNa゛ 電 流 が 大 き く 減 少 す る と 考 え ら れ る 。
V. 考 案
S1710Lの 「速 い 不活 性化 」の 異常 は各 心拍 周期 にお いてNa゛ 電流 が減少する方向に働く と 考 え ら れ、Brugada症 候群 の電 気生 理学 的異 常と 一致 する 。一 方、S1710Lの 活 性化 の異 常 は活 動電 位の 閾 値を 上昇 させ ると 考え られ る。 そし て、 この 活性 化の異常は最近報告さ れ た 遺 伝 性心 ブロ ック に関 連す る変 異Na゛チ ャネ ルG514Cの 活性 化の 異常 とよ く 類似 して い る。 この こと か らS1710Lの心 電図 が示 す伝 導障 害の 分子 病態 のひ とっに活性化の異常が 関 与 し て い る と 推 察 さ れ る 。 ま た1795insDと の類 似性 から 、S1710Lの「 遅い 不 活性 化」
の 増強 は、 心拍 数 増加 に伴 う伝 導障 害( 完全 右脚 ブロ ック )の メカ ニズムに関与している こ とが 推察 され る 。
S1710Lの 電気 生 理学 的異 常は 活性 化と 「速 い不 活性 化」 そし て「 遅い不活性化」の複合 的 な 異 常 であ った 。S1710LはBrugada症候 群の 分子 病態 と多 くの 共通 点を もっ に も関 わら ず 典 型 的 なBrugada心 電 図を とら ない こと の原 因の ひと っと して 、S1710Lチャ ネ ルの 上述 し た複 合的 な機 能 異常 が考 えら れる 。ま た、心筋のNa゛チャネル病であ るBrugada症候群、
I.QT3、 そし て遺 伝性 心ブ ロッ クは 、そ れぞ れ臨床像がオーバーラップする部分があると最 近 考 え ら れて いる 。S1710Lチャ ネル がBrugada症候 群と 心ブ ロッ クの それ ぞれ に 類似 した 分 子病 態を 持っ て いる こと から 、S1710Lはこ のニ つの 不整 脈疾 患の オーバーラップしたも の であ ると 推察 さ れる 。
―方 、T1620Mの 機能 異常 は実 験条 件の 設定 によ り大 きく 変わ るこ とが報告されている。
ニ の 研 究 の実 験条 件の 設定 ではT1620Mチ ャネ ルの 電 気生 理学 的異 常はBrugada症 候群 の分 子 病 態 と 一致 しな かっ た。 これ は、Brugada症 候群 の分 子病 態が 、こ の研 究で 検 討し たも の 以外 にも ある 可 能性 を示 唆す る。
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VI. 結 語
S1710Lが心拍数依存性の右脚ブロックを示す病態生理のひとっとして、Na゛チャネルの
「遅い不活性化」の増強が考えられた。IVFの変異S1710LがBrugada症候群と心ブロック のオーノくーラップする臨床像を呈する原因として、チャネルの複合的な生物物理学的異常 が考えられた。
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学位論文審査の要旨
A mutant cardiac sodium channel with multiple biophysical defects associated with overlapping clinical features of Brugada syndrome and cardiac conduction disease
(Brugada 症 候 群 と 先 天 性 心 ブ ロ ッ ク は, 臨 床像 に も 分子機構にもオーノヾーラップを有するNa+ チャネル病である)
特発 性心 室細 動(IVF)は器 質的 心疾 患が な いの にも 関わ らず 心臓 突然 死を もたらす電気 的 異 常 を も つ 群 で ある 。IVFの 中 には 、心 電図 上右 脚ブ ロッ クと 右側 胸部 誘導 でST上昇 を 認 め る 一 群 が あ りBrugada症 候 群(BS)と い わ れ て い る 。BSは 先 天 性QT延 長症 候群(LQT3) と 先天 性心 ブロ ック(CCD)と同 様に 心筋Na゛ チャ ネル の遺伝子(SCN5A)をその責任遺伝子の ひ とっ とし 、BSの病 態生 理の ーっ とし て心 筋Na゛ 電流 の減 少が 考え られ てい る。最近、頻 拍 時 にST上 昇 が み ら れ るLQT3の 症 例 の 研 究 に おい て、 その 変異Na゛ チャ ネル1795insDは LQT3とBSの 両 方 の 電 気 生 理 学 的 異 常 を 持 つ こ とが 明ら かに され 、二 つの 疾患 のオ ーバ ー ラ ップ する 臨床 像と の関 連性が指摘されている。 特に1795insDチャネルの「遅い不活性化」
が 増強 して いた こと は、 頻拍 依存 性にST上 昇 を示 す分 子病 態の ひと っと 考え られている。
申 請 者 は 、 心 電 図 上典 型的 なBrugada症候 群で はな く、 頻拍 依存 性に 右脚 ブロ ック(RBBB) を 示 す 特 徴 を も つIVFの 変 異S1710Lチ ャ ネ ル が1795insDと 類 似 し て 「 遅 い不 活性 化」 に な んら かの 異常 をも つ可 能性 を考 えた 。S1710Lの 分子 病態 を調 べる ため に、 哺乳類培養細 胞 に正 常とS1710L変 異Na゛チ ャネ ルを それ ぞ れ一 過性発現させ、whole−cell patch clamp 法を用いてチャネルの活性化、「速い不活性化」と「遅い不活性化」について検討した。S1710L チ ャ ネ ル の 活 性 化 の電 位依 存性 はプ ラス 側ヘ 大き くシ フト し てお りCCDで 同定 され た変 異 G514Cの 活 性 化 曲 線の 異常 と類 似 して いた 。こ の活 性化 の異 常は 活動 電位 の閾 値を 上昇 さ せ ると 考え られ てお り、S1710Lの 心電 図が 示 す伝 導障 害の 分子 病態 のひ とっ であろうと申 請 者は 推察 して いる 。S1710Lチャ ネル の「 速 い不 活性 化」 の異 常は 、電 流減 衰の加速、不 活 性化 から の回 復遅 延、 電位 依存 性の マイ ナ ス側 への シフ トと いず れもNa゛ 電流を減少さ
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秀 顕
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査 査
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せる傾向を示し、BSの分子病態と一致する。脱分極パルスの持続時間を延長させるとチャ ネルは遅い不活性化状態をとるようになるが、最終的に不活性化されたチャネルのパーセ ントはWTとS1710Lでそれぞれ41土1%,72土2% (p<0. 01)であった。S1710Lは有意に「遅い 不活性化」が増強されており、心拍数が増加するに従い「遅い不活性化」が誘発され、頻 脈時にS1710Lでは正常よりもNa゛電流が大きく減少すると考えられた。この「遅い不活性 化」の増強は1795insDとの類似性から、S1710Lの心電図が頻拍依存性に伝導障害を示す 病態に関与していると申請者は推察している。S1710Lの電気生理学的異常は活性化と「速 い不活性化」そして「遅い不活性化」の複合的な異常であった。S1710LがBSの分子病態 と多くの共通点をもっにも関わらず典型的なBrugada心電図をとらないことの原因のひと っとして、S1710Lチャネルの複合的な機能異常が考えられるとしている。またS1710Lチ ヤ ネルがBSとCCDの それぞれに類似した分子病態を持っていることから、S1710Lがこの ニ つ の 不 整 脈 疾 患 の オ ー バ ー ラ ッ プ し た も の で あ る と 申 請 者 は 結 論 づ け た 。 学位発表後、副査の三輪教授から[1]Na゛電流の減少と右脚ブロックの関係(特に心筋筋 眉間でのイオンチャネル発現の違いについて)[2]発現系に使用した培養細胞の問題点
[3]Vaughan Williams分類I群の抗不整脈薬とS1710Lの電気生理学的特性の関係、また主 査の安田教授から[4]突然死の高発生年齢が存在する分子病態的理由[5]植え込み型除細動 器以外の将来的治療法、また副査の北畠教授から[6] Brugada症候群の病態に修飾遺伝子が 関与する可能性[7]右脚ブロックを示す患者群から突然死危険群をスクリーニングする方 法について質問がなされた。申請者は結果に基づぃて、あるいは文献的知識を駆使して、
概ね適切に回答し得た。
この論文は、IVFの分子病態に関する重要な知見を提示しており、今後の致死性不整脈 の研究に示唆を与えた点で高く評価される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、申請者の豊富な知識ならびに科学に対する 識見などをあわせ、申請者が博士(医学)を受けるに充分な資格を有するものと判定した。
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