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F. Scott Fitzgeraldと彼の失われた街

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F. Scott Fitzgeraldと彼の失われた街

著者 大橋 千秋

雑誌名 主流

号 50

ページ 97‑113

発行年 1989‑03‑20

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015001

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F .  S c o t t  F i t z g e r a l d と彼の失われた街

大 橋 千 秋

アメリカ社会とその文化は都市と自然,社会と個人といった対立する価値 を苧みながら歴史的に展開してきた.その中で都市,とりわけニューヨーク がそれに対するアンピヴァレントな反応を引き出しながら,数多くの作家に インスピレーションを与え続けてきたことは周知の通りである.しかしアメ リカ社会が今日の姿に向けての一大転換期を迎えた1920年代に,あたかも時 代相を一身に背負ってこの巨大都市に登場しながら,やがてそこから追放さ れるかの知く離れていったF.Scott Fitzgeraldほど,ニューヨークに対し て果てしない憧僚と深い幻滅を抱き,その両方の感情を小説の中に描きこん だ作家はいないのではないだろうか.それらの感情は一人の人間の持つアン ピヴァレンスと呼ぶにはあまりにも強い.むしろ都市に託する人聞の意志を 強く肯定しながらも,それを達成することの不可能性を了解することからく る一種の諦念,それが彼の作品,中でも彼の代表作 TheGreat Gaおめyのアン ダートーンとしてその底を暗く流れていると言えるだろう.

本論では Fitzgeraldのデビュー作であり,自伝的な小説である ThisSide  of Paradise (1920)に彼と都市との出会いを,第三作めにあたる TheGreat  Gaぉ旬 (1925)に彼が到達した,自分と都市との関係の総括を読んでいきた い.この両作品の小説としての完成度はもちろん比べるべくもないが,共通 点としては,①主人公が持つ想像力の大きさとロマンティックな性向,②夢,

可能性の消失に対する愛情の念が描かれていること ③Fitzgeraldの持 つ二つの自我2 が一一一方で、は海然と, もう一方で、は巧みに整理されて3

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98 

一一ーともに表出していること,などがあげられる.さらにFitzgeraldは小 説における都市の風景の持つイマジネーションの換起力に多分に意識的であ り,かつそれを見事に用いた作家としても記憶されるが,The Great Gaおめl

において発揮されるその才能の崩芽は ThisS,地ofParadiseにすでに見られ る.

本論はこの二つの作品を検討することによって,都市が作者に対して持つ 意味の変容を明らかにすることを目的としている.この両作品の執筆期間の 間にはおよそ5年の歳月が流れている.この間にFitzgeraldは1920年代の ニューヨークの繁栄と狂騒の中で何を発見し,それがいかに TheGreat Gats‑ 砂の諦念へとつながっていくのかということを,晩年のエッセイ, My Lost City" (1932)を手掛かりにしつつ明らかにしていきたい.

This SiゐofParadiseは二部からなっている.第一部は TheRomantic  Egotist"と題され,主人公AmoryBlaineの生いたちから第一次大戦の入隊

までの学生生活が描かれる. Inter1ude"を狭んで, TheEducation of Per‑ sonage"と題された第二部では戦後の社会に出てからの経験が語られてい る.小説の舞台は, Wisconsin州LakeGenevaから Minnesota州Min neapolisへ, Connecticut州のプレップ・スクールから New]ersey州の Princeton大学へ,さらにニューヨークからPrinceton大学へと移り変わる.

大まかに言えば中西部から東部へということになるわけだが,そこにはThe Great Gats旬に見られるような地理的移動に伴う「素朴さとモラル」対「華 美と虚飾」という図式は成立しない.それは空間的な図式が大きな意味を持 つほどには, Amoryの性格が発展しないからだと言える.

Amoryは母Beatriceの病気のため13歳の時にLakeGenevaを離れ,

Minneapolisの親戚に預けられる.そこで2年間を過ごした彼はConnecti‑ cut州のSt.Regis校で入学試験を受けた後,ニューヨークに母の古い知

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99  人 Darcy可教を訪ねるが, Amoryとこの都市の最初の出会いを語り手は,

The metropolis, barely glimpsed, made little  impression on him, ex  cept for the sense of cleanliness he drew from the tall  white building  seen from a Hudson River steamboat in  the early morning. (TSP, p.  23)4 

と述べている. しかしはほ半年後,この白く輝く摩天楼にはまた別の意味合 いが付与されている.

His glimpse of it  as a vivid whiteness against a deep blue sky had left  a picture  of  splendor that  rivalled  the  dream cities  in  the. Arabian  Nights. .、 .(TSP, p.29) 

いずれにせよ,ここに描かれている都市は,そのビジネス或いは消費の場と しての機能,そしてそこで生を営む人間の猿雑な活気といった現実性を捨象 したイメージでとらえられている.ニューヨークはまさしく異国の夢の如く にAmoryの前に立ち現われるのだ.同じような状況を扱いながら, My Lost City"における Fitzgerald自身とニューヨークとの最初の出会いの描 写は少し趣きが異なる.

There was first the ferry boat moving softly from the 

ersey shore at  dawn

一 一 一

themoment crystalized into my first symbol of N ew Y ork.  The ferry boat stood for triumph. . . (C ,Up.  23) 

ここではManhattanの威容は, clnliness",splendor"といった視覚的な イメージではなく, triumph,"すなわち何らかの闘争を通してのみ獲得され 得る勝利,成功という社会的意味あいを担わされている.この違いはどこか

ら生じてくるものか?

This Side 01 Paradiseには確かに作者自身の自伝的要素が数多く素材とし

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て用いられているが,主人公の生いたちに関しては作者のそれとかなり違っ て描かれている.Amoryは, 30歳にして膨大な財産を受け継いだ父と,貴 族的かっ裕福な家の出でありヨーロッパで高度の教育を受けた母との聞に生 まれる.一方Fitzgeraldの父Edwardは1890年に MaryMcQuillanと結婚 した当時こそ篠家具の製造工場を経営していたものの,それが3年後に倒産 すると石鹸のセールスマンに転落する.母Maryは,まさに ashining ex.  ample of the American success story"5である PhilipMcQuillanを父に持 ちながら,収入のつましい夫の仕事の関係で各地の粗末な住居を転々とする ことを余儀なくされる.Amoryの母Beatriceの社会的地位はむしろ母方の 祖母, Louisa McQuillanのそれをモデルにしていると考えられる 社会 的には最後まで failure7であった父を持ち,常に貧窮の状態にあった家庭 に育った10歳のFitzgeraldにとって,フェリー・ボートから見たニューヨー クの摩天楼が社会的,物質的な勝利,成功を意味したであろうことは想像に 難くない Amoryの場合はそういった貧困からは自由だったのであり,そ れゆえに都市のイメージも無機的なものとなる.Amoryが財産を失い,社 会の底辺へと転落するとともにニューヨークも醜悪な様相を見せ,逆の意味 での象徴となるのだが,これについては後に述べる.

二度めの出会いでニューヨークはAmoryを魅了する.

There was a bright star  in  February. New York burst upon him on  Washington's  Birthday  with  the  brilliance  of  a long‑anticipated  even.  . t . . this time he saw it  by electric 1ight, and romance gleamed  from the chariot‑race sign on Broadway and from the women's eyes  at the Astor. • • • (TSP, pp. 29‑30) 

St.  Regisでの級友Paskertと観に行ったミュージカルに出演しているブ ルーネットの美しい女優に触発されて,この都市での生活に対する Amory の空想、はさらに膨らむ.

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He was planning his life.  He was going to live in  New York, and be  known at  every restaurant and cafe, wearing a dress suit from early  evening to  early morning, sleeping away the dull hours of the fore‑ noon. 

Yes, sir, I'd marry that girl tonight!" (TSP, p.  31) 

ここでの thatgirl"とはもちろんブロードウェイの女優をさすが,それが Amoryにとって華麗なロマンスの象徴となっていることは言うまでもない.

さらに言えばそれはあたかも, Amoryがそういった夢を実現するのを待ち 受けているかのように議惑的な微笑を見せる,ニューヨークの街自体をさし ているとも言える.ならば物質的な成功とロマンスは,イコールではないま でも相互補完的なものだと言うことができるだろう. MyLost City"にお いてもロマンスに対する憧れは 15歳の時にニューヨークの劇場で見た二人 の女優への想い,という形で語られている.

Confused by my hopeless and melancholy love for them both, 1 was  unable to choose between them‑‑so they blurred into one lovely en‑ tity, the girl.  She was my second symbol of N ew York. • • • the girl  [stoodJ for romance. (CU, p.  23) 

そしてこの主題は ThisSide of Paradiseの中で次のように展開していく.東 部の大学の中でも, atmosphereof bright colors and its  alluring reputa‑ tion as the pleasantest country club in America" (TSP, p.  36)に魅かれて Princetonに入学したAmoryは,学内の劇団TriangleClubに参加し,ク リスマス休暇の公演旅行で,各地に pettingparty"が蔓延しているのを知 る.

Amory saw girls  doing thirigs  that  even in  his  memory would have  been  impossible:  eating  three‑o'clock, after‑dance  suppers  in  im‑

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possible cafes, talking of every side of life with an air half of earnest‑ ness, half of mockery, yet with a furtive excitement that Amory con‑ sidered  stood for  a real  moral letdown.  But he never realized  how  widespread it  was until he saw the cities between New York and Chi‑ cago as one vast juvenile intrigue(TSP, pp. 58‑59) 

この小説の中に Fitzgeraldが描いた若者の実態,とりわけ恋愛に関するそ れは,出版と同時に大きなセンセーションを巻き起こすことになるカえ旧来 の倫理観を覆すような若者像を通して,より深いレベルでFitzgeraldが描 こうとしたものは何か.それは結局モラルの問題だ、ったと言える.

この小説では性の問題は,しばしばAmoryのモラルを試す形で現われる.

そしてそのたびに彼は,性を解放されたものと考える]azzAgeの価値観と,

それを罪悪と訴えかけるピューリタン的良心の狭間に立って苦悩する.

Isabelle Borgeとの恋に破れたAmoryは,成績も芳しくなく経済的にも因っ た状況にあって,大学をやめることさえ考えていた.ある夜彼は学友Fred Sloaneと二人の女とともに,ニューヨークのカフェを飲み歩く.その夜は 始めから何か不吉な予感がしていたのだが,真夜中を過ぎて遂に彼はカフェ の片隅に不気味な男の姿を見る.この男は他の人の目にはまったくうつらな い.誘われるがままに女たちのアパートに落ち着くと,女の一人Phoebeが Amoryの肩に頭をもたせ掛けてくる.

There was a minute while  temptation  crept  over him like  a warm  wind, and his imagination turned to  fire, and he took the glass from  Phoebe's hand. That was all; for at the second that his decision came,  he looked up and saw, ten yards from him, the man who had been in  the cafe. . . . (TSP, p.  112) 

アパートを飛び出したAmoryを追いかけてくる幽霊がやがて,ニューヨー

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クからの帰り道に自動車事故で死んだ学友, Dick Humbirdのそれであるこ とがわかる.これはこの夜の行きつく先を予感していたAmoryの罪の意識 の表出と考えられる,モラルの崩壊の果てに待ち受けているのはグロテスク な死,という Amoryの意識の働きの中に我々は彼のモラルの根強さを見る こと治宝で、きる.

以上見てきた限りでは,ニューヨークは都市生活の華美とその裏側のモラ ルの退廃を象徴しているかのようにも思える.しかしFitzgeraldがここで 試みているのは,従来ヨーロッパに土壌を持つ自伝小説の枠を借り,その中 に現代を組み込んでいくことによって,アメリカの現実を描くことである,

そこではモラル対アモラルの対立は空間的なそれではなく,時間的な図式,

すなわち旧世代の倫理対新しい価値観という園式の上に描かれている.Am‑

ory カ~''Tm a product of a versatile mind in  a restless generation" 

( T S

 ,P p.278)と語る時,それは世の親達を震擦させた「恐るべき子供」ではなく,

新旧二つの価値のいわば中間地帯にあって,精神の依り所を持たない不安定 な世代の姿なのである.この姿を何よりも特徴づけているのが,あらゆる意 味での閉塞状況であり,この閉塞状況にとって都市の風景は最も効果的な象 機となるのだ.

Fitzgeraldにはニューヨークの三つめの象徴があった.すなわちPrince‑ ton在学中に見かけた文芸評論家EdmundWilsonの姿である.ステッキを 片手に自信に満ちて堂々とニューヨークの街を歩くかつての学友と彼のア

Tートの書斎が象徴するもの,それを Fitzgeraldは MyLost City"の中で Metropolitan spirit" (C ,Up.  24)と呼ぶ.それは彼自身も共有する文学上の 野心が,その最も洗練された形で結実した姿としてFitzgeraldの目にうつ る.This Si地 01Paradiseにはこれを象徴する都市の風景は出てこない.登 場するのはWilsonを歪曲した形での自らの姿のみである.Amory は夜霧 に覆われたキャンパスに聾え立つゴシック建築の尖塔の,向上心を象搬する 件いに打たれるものの,それは彼を威圧し,やがては自分の無能を認識させ

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られるであろうことを予感させる.そしてその通りに彼は試験で数学の単位 を落とし,学内新聞DailyPrincet ianの編集委員会から締め出されるはめ になる.母親の死後貸家に出したLake Genevaの家も広すぎて借り手のつ かぬまま,大戦から帰還した彼は週給35ドルでニューヨークの広告代理屈に コピー・ライターの職を得るのだが,彼には自分の仕事が虚しく感じられて ならない.経済的な力がない故にAmoryは自分が愛した唯一の女性Rosa‑ lindを失う.小説を書いて出版社に送るが,虚栄心をわずかに満足させる だけの原稿料しか送られてこない.

無一文の身になった彼には社会的な成功は遠く及ばず,それが故にロマン スは彼の手をすり抜けていく.小説を書いて身を立てていくこともおぼつか ない.夢が何ーっとしてかなわないまま,被はニュ」ヨークの街を訪撞する.

The rain gave Amory a feeling of detachment,且ndthe numerous un‑ pleasant aspects of city life without money occurrεd to him in threat‑ ening procession.  There was the ghastly, stinking crush of  the subω  way. . . the querulous worry as to whether some one isn't leaning on  you; a man deciding not to give his seat to a woman, hating her for it;  the woman hating him for  not doing i  . t. . . dirty  restaurants where  careless, tired people helped themselves to sugar with their own used  coffee‑spoons, leaving hard brown deposits  in  the  bow. 1(TS ,Ppp.  254‑56) 

かつての夢のような白い都市空間は,今や行き詰まりを示す不快なディテイ ルで埋めつくされる.この閉塞状況はこの小説を執筆している Fitzgerald の苦境を正確に反映している.経済的無力故にZeldaSayerを失いつつあり,

大衆雑誌からは満足な原稿料を引き出せない.状況を打開するために彼は S. tPaulに引きこもって ThisSide of Paradiseを書き上げる.彼は編集者 Maxwell Perkinsに次のような手紙を送っている. 1have so many things 

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dependent on its  success‑including of course a girl.. Fitzgeraldに とって都市は未だ閉ざされたままである.

3ヶ月間自室に閉じこもって書いた小説を脱稿すると, Fitzgeraldはそれ を知人に託してScribnr's杜に送った.1919年9月16日, Perkinsから出版 受諾の朗報が届いた時から彼の人生は一変する.猛烈な勢いで短編小説を書 き,それらが雑誌社にそれまでの何倍もの原稿料で売れ始めると,彼は MontgomryにZeldaを訪ね,再び結婚の約束をとりつけた.そして1920 年3月26日, ηisSide 01 Paradiseは出版される.新しい時代の到来をFitz‑ geraldは EarlySuccess"の中で次のように記している.

With  the  end  of  the  winter  set  in  another  pleasant  pumped‑dry  period, and, while 1 took a little  time off, a fresh picture of life  in  America began to  form before  my eyes.  The uncertainties  of  1919  were over‑一一thereseemdlittle  doubt about what was going to hap‑ pen一一‑Americawas going on the greatest, gaudiest spree in history  and there was going to  be plenty to telI  about it.  The whole golden  boom was in  the air‑‑its splendid generosities, its  outrageous cor‑ ruptions and the  tortuous death struggle of the  old America in  pro‑ hibition.

こうして彼は物質的な成功,夢の少女との結婚,作家としての名声,と求め ていたすべてのものを手に入れる.かつて閉ざされていたニューヨークの街 はその扉を大きく開けて彼を迎え入れるのである. youngergeneration" 

(C ,Up. 27)という概念とともに,彼は時代のスポークスマンとしてこの都 市の富と繁栄の中に受け入れられる.

しかし彼は依然として中間地帯にいる自分を発見する.

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1 was pretty  sure  living wasn't the  reckless, careless  business  these people thought‑一一thisgeneration just younger than me. 

For my point of vantage was the dividing line between the two gen‑ erations, and there 1 sat‑‑somewhat self‑consciously.lO 

Fitzgeraldはこの都市に生きていく中で,ニューヨークとなんとかして一体 化しようとこのアモラルな祝祭空間の中に身を投じる自分と,ニューヨーク になじめずこの都市での生活に空虚さを感じる自分とに分裂していく. My Lost City"の中の次の文章はこのことを端的に示している.

1, or rather it  was  we" now, did not know exactly what New York ex‑ pected of us and found it  rather confusing. Within a few months after  our embarkation on the Metropolitan venture we scarcely knew any  more who we were and we hadn't a notion what we were. A dive into  a civic fountain, a casual brush with the law, was enough to  get us  into the gossip columns, and we were quoted on a variety of subjects  we knew nothing abou .t(C ,Up.  27) 

求めるものを与えることによって,逆に都市はこの作家からアイデンティ ティーを奪っていく.彼の作品を次々と風俗の領域に取り込んでいくマスコ ミと,ピューリタン的な生産の論理に取って替わった消費の論理,そして複 雑で移ろいやすい人間関係の総体は彼をその中に取り込み,自分を見失わせ ていく.その中でかつての夢は消え去るのではなく,それが持つ意味自体を 失っていくのである.

My first symbol was now a memory, for 1 knew that triumph is  in one‑ self;  my second one had grown commonplace ‑ ‑two of the actress‑ es whom 1 had worshipped from afar in  1913 had dined in our house.  But it  filled  me with a certain  fear  that even the  third  symbol had 

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107  grown dim~一一 the tranquillity of  Bunny's apartment was not to  be  found in the ever~quickening city. (CU, p.  29) 

ここで MyLost City"の lost"の意味を考えてみたい.かつてニュー ヨークはFitzgeraldを魅了した.この街の幾つかの最良の部分は彼にとっ て夢の象徴となった.彼は夢を抱きつつこの街の真只中へと飛び、込んでいく のだが,手にした時にはそれらはもとの夢ではあり得なかった.都市は加速 度がついたかのような狂騒を繰り広げ,その中でFitzgerald自身も変わっ ていくe 社会的成功,ロマンス,作家としての名声が,それ自体で得がたい ものとして輝いていた時代が過ぎ去ってしまい,作家としての自己を支える 自律的な生活様式をこの巨大都市において確立できないままに,彼はかつで の夢の持つ意味自体が失われてしまったことを知る.かつての夢を追うには 時計の針を逆に回して過去へ戻るしかない.夢の都市ニュ」ヨークはFitz‑ geraldにとっていまや永遠に失われてしまっているのである.

1922年の夏をFitzgeraldは妻Zeldaと生まれたばかりの娘Scottieととも にSt.Paulで過ごす.Perkinsに送った手紙に見られるように 11 この頃 には既に TheGreat Gats句の構想を練っている.同年9月に一家はニュー ヨーク郊外, Long IslandのGreatNeckに居を構えるものの,結局夫妻は 当地の社交生活に巻き込まれてしまい,ここで新しい長篇の構想を発展させ たいという Fitzgeraldの希望はかなわない.とうとう1924年5月,一家は フランスに向けてニューヨークを後にし, RivieraのSt.Raphaelに家を借 りた彼は TheGreat Gats勿の執筆に没頭する.そしてこの作品がFitzgerald の失われた街ニューヨークへの,或いはニューヨークを失った自分自身への オマージュとなるのである.

自分をNorthDakotaの農夫の子供だと信じられないJamesGatzは,そ のまま Fitzgeraldの姿に重なる.Fitzgeraldが自分がStuart王朝の末喬だ と想像したように 12 Gatzの前身RudolphMillar はBlatchfordSerne‑

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mingtonという alteregoを持つ.そして百万長者の元鉱夫DanCodyに出 会った時,彼もJayGatsbyと名前を変えるのである.彼にとって Codyの ヨットは a11the beauty and glamour in the world" (GG, pp.  100‑101) ,  すなわち若き Fitzgeraldにとってニューヨークが象撤するものと同一物で あった.そして第一次大戦が始まり,将校として Louisvi1leのCamp Taylorに赴いた時,彼は初めて知った良家の娘DaisyFayの中にニュー

ヨークが二番めに象徴するもの一一一理想の女性一ーを見出すのである.

. Gatsby was overwhelmingly aware of the youth and mystery that  wealth imprisons and preserves, of the freshness of many clothes, and  of Daisy, gleaming like silver, safe and proud above the hot struggles  of thpoor.(GG, p.  150) 

Andrew Turnbu11によると FitzgeraldはTheGreat Gaお付創作の意図を 友人に次のように語っている.

. the whole idea of Gatsby is  the unfairness of a poor young man  not being able to marry a girl with money. This theme comes up again  and again because 1 lived it.13 

彼が経済的な無力故に Zeldaを一度は失いかけたように Daisyは富豪 Tom Buchananのもとへ走ってしまう.しかしこれはこの小説全体のテー マというよりは,むしろ彼の作品に繰り返し現われるモチーフというべきだ ろう.Fitzgeraldが胸に抱いていたニューヨークへの想いにどんな現実もつ いていけなかったように, Gatsbyの夢はDaisy自身を超えてしまっている.

大富豪となった Gatsbyは,隣人NickCarrawayの導きによって Daisyと 再ぴ巡り合うのだが, Nickはその時の彼の顔に困惑の表情を見る.

Almost five years! There must have been moments even that afternoon 

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when Daisy tumbled short of his dream‑‑not through her own fault,  but because of the colossal vitality of his illusion. 1t  had gone beyond  her, beyond everything. (GG, p.  97) 

Fitzgeraldにとってニューヨークが失われた街であったように, Gatsbyに とってDaisyは既に永遠に失われてしまっている.Fitzgerald自身と異な るのは Gatsbyが時計の針を逆に回そうとすることである.彼はDaisyに夫 と離婚し 5年前の元の姓に戻って自分と結婚することを求めようとする.

Nickの Youcan't repeat the past."という言葉に, Gatsbyは信じられない というように Can'trepeat the past? Why of coursyoucanl(GG, p.  111)  と答える.Gatsbyの語る話に耳を傾けながら Nickは思う.

. . 1 gathered that he wanted to recover something, some idea of hirr self perhaps, that had gone into loving Daisy. His life  had been con fused and disordered since then, but if  he could once return to  a cer‑ tain starting place and go over it  all  slowly, he could find out what  that thing was . . . . (GG, pp. 111‑12) 

しかし所詮 startingplace"には戻れないのだ¥ 5年の歳月はDaisyの置か れている状況をすっかり変えてしまっているし,その聞にGatsbyが持つよ うになった暗黒街との関わりを, Tomは攻撃の武器にしてDaisyを引き止 めようとする.夫の前で選択を迫ったGatsbyに対して Daisyは決定を下 すことができない.

Oh, you want too muchlshe cried to  Gatsby. 1 love you now‑‑

isn't that enough? 1 can't help what's past." She began to sob helpless‑ ly. 1 did love him once‑‑but 1 loved you too." (GG, p.  133) 

この言葉に Gatsbyは自分の夢の崩壊を知る.そして Daisyのひき逃げの罪

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を背負って,彼は広大な邸宅に一人死んでいく.

三つめの象徴までもが色あせ,戯曲 TheVegitableの興業も失敗に終わっ た時,都市の喧騒を離れ,長篇小説の作家としての自己を確立するために Fitzgeraldはニューヨークをf灸にする.同様;に TheGreat Gatsbyには, the seryice of a vast, vulgar, and meretricious beauty" (GG, p.  99)に勤める自 己を批判的に顧みるもう一人のalteregoが登場する.語り手のNickCar‑ rawayである. interiorrules that act as brakes on [his 

desires" (GG, p  59)を持つ彼による中西部の simplevirtues14  の発見は, Fitzgeraldが作 家としての自律性を都市においては結局確立できなかったことを象徴的に示 している.7ちisSiゐ01Paradiseにおいては世代の概念の上に作品を組み立 てたFitzgeraldが,TheeatGaお勿において都市対田園という空間的な図 式を発見するためには,彼の都市に対する幻想、の崩壊を必要としたのである.

Fitzgeraldは MyLost City"を次のように締めくくる.

So perhaps 1 am destined to return some day and find in the city new  experiences that so far 1 have only read about. For the moment 1 can  only cry out that 1 have lost my splendid mirage. Come back, come  back, 0 glittering and white! (C ,Up.  33) 

そして彼がこのエッセイの中で .• • there was a third symbol that 1 have  lost somewhere, and lost forever."  (C,Up. 23)と語る時,我々はここに作家

としての創造力の枯渇に対する深い内省とともに,彼がかつてニューヨーク に求め,今では永遠に失われた splendidmirage"に対する愛惜の声を聴く.

そしてこの愛情の声は TheGreat Gats旬において Daisyの桟橋にともる緑 の灯に対する Gatsbyの憧慢として,既に視覚的に表現されていたのである.

最後に NickCarrawayとニューヨークの関係に言及してこの稿を終わる

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ことにする.中西部でも裕福な家庭に育った彼がこの街から受ける最初の印 象は, Fitzgeraldよりも Amoryのそれに近い.

We drove over to  Fifth Avenue, warm and soft, almost pastoral, on  the summer Sunday afternoon. I wouldn't have been surprised to see a  great flock of white sheep turn the corner.  (GG, p. 28) 

都市の持つ活気とは裏腹な疎外感を感じながらも, Gatsbyに誘われてドラ イブに出る Nickの目に写るManhattanの摩天楼はあくまでも白い.

Over the great bridge, with the sunlight through thgirdersmaking a  constant flicker upon the moving cars, with the city rising up across  the river in white heaps and sugar lumps all  bui1t with a wish out of  non‑olfactory money. (GG, p. 69) 

そして都市の字む allthe mystery and the beauty in the world" (GG, p. 69)  に対する positiveな感'1脊をNickは抱く.

Anything  can  happen  now that  we've  slid  over  this  bridge." I  thought:anything at al l.•

Even Gatsby could happen, without any particular wonder.  (GG, p.  69) 

Gatsbyとの関わりを通して Nickは都市の様々な側面を垣間見る.Gats‑ byの広大な邸宅に集まる客の繰り広げる狂態,ワールド・シリーズを操作

したという暗黒街の黒幕,アンフェアなプレイが噂されるプロゴルファー,

ordan Bakerとの恋愛,そして carelessnss"という語で表わされる Buchanan夫妻の査んだモラル.Plaza HotelでのGatsbyとBuchanan夫妻 とのやり取りに theheat and the sweat and the life"15  を感じた Nickは 都市の夜の閣に自らの幻滅を重ね合わせる.

(17)

Human sympathy has its  limits, and we were content to let  all  their  tragic arguments fade with the city lights behind. (GG, p.  136) 

この大都市にElGrecoの描く絵に見られるような根本的な歪みを感じた彼 はニューヨークを

1 &

にする.

富,名声,そして美しい女性を思うがままに享受せんとする欲望と,それ を批判的に顧みるだけのモラルという doublevision"を,世代間の価値観 の乳轄という形で ThisS ofParadisdこ描くことによって, Fitzgeraldは 23歳の若さで文壇に華々しく登場した .The Great Gatsbyにおいてはそれを 都市対田園という図式のもとに,そしてBenjminFranklinやHoratioAl. 

ger的な成功の神話というモチーフを加えて描くことによって,この作品に アメリカ小説の古典と呼ぶにふさわしい幅と奥行きを与えたのである.

1 Richard  D.  Lehan, F.  Scott  Fitzgerald and the  Craft of Fiction  (Carbondale:  Southern Illinois Univ. Press, 1966), pp. 7576.

2 Malcolm CowleyはこれをFitzgraldの doublevision"と呼ぴ,次のように説 明している. It  was as if all  his novels describda big dance to  which he had  taken.凶 .the prettiest girl. • • and as if  at the same time he stood outside the ball.  room, a little  Midwestern boy with his nose t6 the glass, wondering how much  the  tickets  cost  and who paid  for  the  music." Arthur Mizener, Scott Fitzgerald  (London: Eyre & Spottiswoode, 1958), p.  60. 

3 His use of a na.rrator allowed Fitzgerald to keep clearly separated for the first  time in his career the two sides of his nature, the middle‑western Trimalchio and  the spoiled priest who disapproved of but grudgingly admirdhim." Mizener, p.  171. 

4 テキストはF.Scott Fitzgerald, This Side of Paradise (New York: Charles Scrib  ner's  Sons, 1920), The Great Gatsby (New York: Charles Scribner's sons  1925), 

My Lost City," The Crack 印(New Y ork: N ew Directions, 1945)による.以下テ キストへの言及は,それぞれTSP,GG, CUの略号を添えて( )内に頁を示す.

5 Henry Dan Piper, F.Scott Fitzgerald: A Critical Portrait (New York: Holt, Rine.  hart and Winston, 1965), p.5 

6 Every few years she [Louisa McQuillan] took her brood to Europe. . . and it 

(18)

was said she went prirnarily to pay her respects to  the Pope." Andrew Turnbull,  Scott Fitzgerald (N ew Y ork: Charles Scribner' s Sons, 1962), pp. 4‑5. 

7 Piper, p.  11 

8 Andrew Turnbull (ed.), The Letters of F. Scott Fitzgerald (New York: Charles  Scribner's Sons, 1963), p.139. 

9 Early Success, " The Crack [弘p.87  10  lbid.,  p.  87 

11 I want to write sornething new. . . Its  locale will be the Middle West and New  York of  1885, I think." Two letters  to  Max Perkins, no date (ca.  rnid‑June and  July, 1922), files of Charles Scribner's Sons, as quoted iHenryDan Piper,The  Untrirnrned  Christrnas  Tree:  The Religious  Background of  The Great  Gatsby," 

FitzgeraldTheGreat  Gatsby, ed.  Piper  (N ew York: Charles  Scribner's  Sons,  1970), p.  93 

12  Piper, F. Scott Fitzgerald, p.  4.  13  Turnbull, Scott Fitzgerald, p.  150  14  Mizener, p.  176. 

15  F.  Scott Fitzgrald, "Absolution,"  The Stories of F.  Scott Fitzgerald, ed.  Mal‑ colrn Cowley (New York: Charles Scribner's Sons, 1951), p.  171 

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