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図書館 : 「失われた時」と出会う場所

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Academic year: 2021

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図書館 : 「失われた時」と出会う場所

著者 植木 朝子

雑誌名 同志社大学図書館学年報

号 44

ページ 1‑2

発行年 2019‑03‑31

権利 同志社大学図書館司書課程

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000010

(2)

- 1 -

 高校生の時、私は図書委員だった。図書委員は、二人一組で放課後の図書室のカウン ターに座り、図書の貸出返却の手続きをすることになっていた。まだ、コンピューター での貸出返却管理などなかった頃のこと、図書室の本の裏表紙内側には小さな袋が貼り つけられていて、そこに図書カードが入っていた。本を借りる人は、その図書カードに 学年・クラス・名前・貸出日を書いてカウンターに提出する。カウンターでは返却予定 日のスタンプを押してカードを預かる。本が返却されてきた時は、預かっていたカード を袋に入れて書架に戻す。放課後の図書室にはそう多くの生徒が来るわけではないので、

私はもう一人の図書委員と交替でカウンターを抜け出し、書架の間を歩いては本を手に 取った。図書カードには、借りた人の名前が残っているから、誰がその本を読んでいる のか、一目瞭然である。たとえば、ほのかな憧れを抱いていた人の名前を図書カードに 発見し、心ときめかせつつそれを読む時には、少しだけその人に近づけるような気がし た。そうして相手は何も知らずにいる。この甘やかな秘密の時間のことも。

 1995年公開、岩井俊二監督の映画「Love Letter」は、中学校で一緒に図書委員をし た少年から少女への、時を経てやっと届いた淡い恋の切なさを描いて高い評価を得た。

映画は神戸で営まれている藤井樹いつきという青年の三回忌から始まる。樹は二年前に山で遭 難して亡くなったのだが、恋人であった渡辺博子は樹を忘れることができない。樹の母 に誘われて藤井家を訪れた博子は、樹の中学校の卒業アルバムを見る。そこには、中学 時代の樹の住所(小樽)が記されていた。博子はほんの思いつきでその住所に手紙を出 す。宛先不明で戻って来ると思いきや、「藤井樹」から返事が届く。実は、博子の控え た住所は同姓同名の同級生(女)のものだったのだ。それから博子と樹(女)の文通が 始まった。博子からいきさつを知らされた樹(女)は、中学の同級生だった樹(少年)

について、思い出せる限りのことを手紙にしたためた。とはいっても、同姓同名につい ての周囲の冷やかしや試験答案の返却間違いなど、悪い思い出ばかりである。同姓同名 をからかわれつつ、二人で図書委員にさせられたのもその一つ。しかも樹(少年)は図 書委員の仕事には不真面目で、誰も借りていない本を借り出しては、白紙の図書カード に「藤井樹」と書き込んでいく遊びに熱中していた。樹(少女)は、そんな彼に呆れて、

巻頭言

図書館:「失われた時」と出会う場所

植 木 朝 子

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図書館学年報 第44号

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冷淡に振る舞うのであった。―やがて、博子から、陸上部に所属していた樹(少年)の 走ったトラックを写真に撮ってほしいと頼まれた樹(女)は、久しぶりに母校に足を踏 み入れる。写真を撮った後、図書室を訪れると、そこには後輩の図書委員たる少女たち がいて、「藤井樹」と名乗った途端、大騒ぎになる。少女たちは、図書カードに記され た名前の統計をとっていたが、最も多い名前が「藤井樹」だったのである。その後しば らくして、図書委員の少女たちが樹(女)を訪ねてくる。差し出されたのは、プルース トの『失われた時を求めて』。その本は、中学三年の正月明け、父親が亡くなって学校 を休んでいた樹(少女)の家に、樹(少年)がやってきて、図書室に返してほしいと手 渡したものであった。そして、樹(少女)が一週間ぶりに登校すると、樹(少年)は転 校してしまっていた。―後輩の少女たちは、図書カードを指さし、「裏です!裏!」と 叫ぶ。そこには中学校時代の樹(少女)のデッサンが描かれていた。

 女は、少年の思いを知る。少年がカードに次々と記した「藤井樹」は、彼自身の名で はなく、少女の名であったのではないか。二度と会うことのできない彼の不器用な恋の 告白を、「失われた時」を、女は十年ぶりに受け止めるのである。『失われた時を求めて』

の冒頭近くには、お茶に浸したマドレーヌの味から幼少時代の記憶が鮮やかに蘇るとい う場面がある。無意志的記憶に導かれていくこの小説は、博子の手紙によって樹(女)

の記憶が生き生きと呼び起こされていく「Love Letter」の構成と、深いところで通い 合っていよう。

 『徒然草』に、「ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよな う慰むわざなる」(一人静かに書物に向き合って、会ったこともない昔の人を友とする のは、この上なく心慰められるわざである)という一文がある。樹(女)は、過去との 対話を導く書物(およびそれを所蔵する図書室)を介して、過去の自分を再発見してい く。樹(女)は今、司書として市立図書館に勤めている。樹(男)が、樹(少女)によ く似た博子と結婚の約束をしたように、樹(女)の人生にも、樹(少年)と過ごした図 書室での時間が、本人には意識されないまま、実は大きな影響を与えていたのである。

 「Love Letter」公開時から四半世紀が経とうとしている現在、図書カードによる貸 出返却管理はほとんど行われなくなっている。図書カードをめぐる恋は、おそらく遠い 過去のものになってしまった。しかし、図書館とは、今も変わらず、過去の人々の知が、

営みが、喜怒哀楽が膨大に集積されたところであり、私たちが「失われた時」と邂逅す る場であり続けている。慌ただしい時代であるからこそ、過去と出会う図書館の貴重さ は、ますます増していくだろう。

(うえき ともこ。教育支援機構長、文学部教授)

参照

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