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『失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザック

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(1)

『失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザ

ック

著者

吉川 佳英子

雑誌名

年報・フランス研究

34

ページ

93-105

発行年

2000-12-25

URL

http://hdl.handle.net/10236/9425

(2)

93

『失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザック

り‖

『 失われた時を求めて』の一登場人物である地方貴族カンブルメール若夫人 は作中で主に二種類の性格付けがなされていると言えるで しょう。すなわち音 楽好 きで教養あふれ る夫人 としての側面 と、ル グランダンを連想 させ るスノッ プの側面 とです。音楽好 きの面は小説の始めのほ うで明か されるとい うことも あつて比較的理解 し易いけれ ども、 上昇指向の強い一面はその性格上、徐々に しか明 らかに されない うえ多分に暗示的なのでより混み入つた感 じが します。 また、彼女の音楽好きに関 しては、創作の際にはつき りしたモデルが存在 し たのに対 して、 もう一つのスノビスムの方はこれ までモデルの存在が指摘 され ることはあ りませんで した。 この論文においては、プル ース トがカンプル メール若夫人のスノビスム、す なわちパ リのグルマン ト家のサ ロンに招かれたい とい う野望を創 り出す際に、 一体 どの様なものにインス ピレーシ ョンを得たのかを明 らかに したいと思いま す。 まず初めに、カンブルメール若夫人の素顔がいつ どの様な形で我々に明確に され るのかを見ていきたい と思います。

I.カ

ンブルメール若夫人の素顔 カンブルメール若夫人のプ ロフィール、あるいは特徴は 1908年 の「カルネ1」 に既にメモ されています。それによると彼女はルグランダン家の生まれであ り、 その出身を必ず しも誇 らしく思つてはいない との ことですい。こんな風に早 くか

(3)

「失われた時を求めて

Jの

カンブルメールとバルザ ック らプランとしてはプ ロフイールが準備 されてはいたのですが、余 り誇 ることの できない出身 といつたことにおそ らく起因す るであろ うカンプルメール若夫人 の上流社会に招かれたいとい う欲望、そんな素顔が我々にはつき りと示 され る のは『 失われた時を求めて』の執筆過程において も「

2度

日の海辺滞在JOあた りなのですか ら、1915年 以降 とい うことで、かな り遅い と言つてよい と思われ ます。 もちろん 「スワンの恋」の中のサン・ トゥーヴェル ト夫人宅の音楽夜会 での彼女の自己顕示的傾向いやオペ ラ座 でのゲルマ ン ト家の女性達の身な りや 物腰 に抱 くカンブル メール夫人の関心の高 さ゛などか ら彼女の上流社交界への 憧れは十分読み取れ るのです けれ ども。 さて、そのカンブル メール夫人 とい うのは音楽や哲学の領域において十分に 博学であ り、かつ美術 に関す る造詣 も深い。 日々そ ういつた研究を通 して精神 の訓練 も怠 りない。そ うではあるけれ ども、上流の人々と交際するためには ど んな努力 も惜 しまない実は筋金入 りのスノップである旨が記 されているのは 「ソ ドムとゴモラH」 の下書き原稿であるカイエ72国においてです。1915年 に 書かれた とされ るこのカイエの44ページと45ページのそれぞれ右ページが当 て られているのですが、我々が問題 にしているこの箇所は、散歩の途中で突然、 飛行機が飛び立つのを見る場面りと「ヴエルデュランか らの帰 り道」と題 された 断片 とには さまれた格好の、まさに一断章なのです。 この

2ペ

ージ自体はまと ま りは良いのですが、前後の脈絡を欠いて もいる し、孤立 した断章 とい う観は 否めません。おそ らくプル ース トは後に、 この断章を『 ソ ドムとゴモ ラ』の中 の どこにどうい う風にはめ込んでいこうか と思案 したか と思われます。 それに続 く清書原稿mにおいては、カイエ72のこの

2ペ

ージ分の内容は加筆 挿入 とい う形で長 々 とヴエルデ ュラン家の夜会での会話の中に取 り入れ られま す。加筆 自体はカイエ72の原稿 を見なが ら、おそ らく清書原稿か らそ う遠 くな い時期になされたよ うで、と言 うのも、その後のタイプ原稿mには全てが取 り込 まれているか らです。 しか しなが ら、シャン トピーの森の名前の意味を探る話題 を分断するような

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『失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザック

95

形で割 り込んできた奇妙な加筆挿入であると言えま しょう。モ レルを目実に、 なかなか普段親 しくなることのできないシャル リュス氏 となん とか交際のきつ かけを得 よ うとす るカンブル メール夫人の計算高いが、一見、奇異な感 じのす る振 る舞いの意味を分析す るいとい う形においての彼女の素顔の暴露なのであ り、カイエ72の中に記 された一断章はこの様なプ ロセスを経て我々の知 るとこ ろとなるのです。 ところが、我々はカンブル メール若夫人がル グランダンの妹であるとい う以 外に、その担 うス ノビスムのテーマが どこか ら来たのか一切知 らされていませ ん。全 くプルース トのイマジネーシ ョンの産物であるに しても、なにかその創 作の ヒン トとなつた ものがあるのではないか とい う疑間は残 ります。 カンブル メール若夫人の、パ リ上流社交界に加わ りたい とのこの切なる願い が一体 どこか ら来るのか、プルース トが この様な人物像を描 き出すに至るきつ かけは一体何だつたので しょうか。カンブル メール若夫人のこの野心的な側面 のいわば原型を我々は どこかに求めることは可能で しょうか。

II.モ

デルの不在 先にも述べた様 に、我々はカンブル メール若夫人の別の側面、すなわち音楽 好 きな面に関 しては、既 にはつき りとした創作のモデル を知 つています。 カン ブル メール若夫人 とカンブルメール老夫人は ともに音楽好きな夫人達 として小 説中に登場 します。若夫人は例えば ドビュッシー好きといつた近代趣味を持 ち、 老夫人は無類のショパン好きとい う違いはあ りますけれ ども。 さて、この様なカンブルメール夫人達のモデル として、我々はジャン=イブ・ タデ ィエ氏00を始 め とす るプル ース トの伝記研究によつて、 ドー ソン ヴィル伯 爵夫人やプランコーヴァン大公妃の名を挙げることができます。実際、伝記に よれば、プルース トは 1890年 代中頃か ら ドーソンヴィル伯爵夫人主催のサ ロン に出入 りしています し01、 1893年か らはアンフィオンの ヴィラ・ バサラバにブ ランコー ヴァン大公妃を訪ねて もいます田。ドーソンヴィル伯爵夫人、プラン

(5)

「失われた時を求めて」のカンブルメールとバルザック コーヴァン大公妃 ともにカンブルメールニ夫人を想起 させますが、シヨパンの 名演奏家であったプランコーヴアン大公妃は とりわけカンプル メール老夫人の モデル となったことが指摘 されています。 ただ、カンプル メール若夫人の示す上昇指向の強い傾向については、これ ら 実在のモデル達によつては決 して説明 されは しないのです。つま り、カンブル メール若夫人の一側面はその原型を確認できるのですが、彼女のスノビスムの 部分のモデル となつたであろ う人物、あるいはその材料 をこうしたプル ース ト の伝記の中には必ず しも見出す ことはできないのです。 ところで、プルース トの膨大な書簡集には彼が読んだ、 もしくは読んでいる 書物が多数引用 されているのは周知の通 りです。 ちょうど今読んでいる本につ いて相手に報告 している手紙 もあれば、それについての感想、あるいは自分の 生活を小説中のある一場面になぞ らえていた り、準備 中の自分の小説の登場人 物 をかつて読んだ別の小説の登場人物に重ね合わせ るといつたことをプル ース トは手紙の中で しば しば行 つています。そ して引き合いに出す回数の多い小説 家の一人にバルザ ックの名 を挙げることができます。 例えば、1897年 8月 23日 もしくは 24日 付けの リュシアン・ ドーデ宛ての手 紙.1の中ではプルース トは彼にバルザ ックの小説で面 白い ものを教えて くれ と 依頼す るとともに、ちょうどバルザ ックの『 田舎 ミューズ』 を読んでいるとこ ろであることも伝 えています。 また 1917年 10月 25日 よ り少 し前の 日付けのルネ・ ボワレーヴ宛ての手紙m では『 幻滅』や『 浮かれ女盛衰記』のフレスコ画的な作品同様に、『 トゥールの 司祭』や『 老嬢』や『 金色の眼の娘』の細密画的作品 も高く評価す る旨を記 し ています。 一方、1917年 1月 あるいは 2月 付けのポール0モラン宛ての手紙0'の中では 7、

8年

あるいは

9年

以上 も前に自分が主催 した ソワレを『 ゴリオ爺 さん』の中の ノルマ ンデ ィーに発つ前にパ リで行われたボーセアン夫人の舞踏会にみな して います。

(6)

『失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザック さらに、ロベール・ ド0モンテスキウ伯爵からプルース トに宛てた1914年 1 月の手紙00の中では、ヴエルデュラン夫妻をは じめとしたプルース トが創造 し た登場人物がバルザックの『 人間喜劇』の人物達の仲間としての価値があるこ とも述べ られています。 この様に書簡の中でプルース トがバルザックに触れるのは多岐にわたるので すが、とりわけ1915年から1916年あた りは『 失われた時を求めて』の執筆も 進む時期だけにその登場人物達を『人間喜劇』の誰彼に見たてる傾向が強いよ うです。 さて、その『 人間喜劇』を引き合いに出して語る傾向はちょうどこの頃書き 進められていた『 ソドムとゴモラ』のマニュスクリにも見て取ることができま す。ここではカンブルメールー家のことが話者 とシャル リュス男爵の間のや り 取 りの中で語られるのです。

III.マ

ニュスクリにおけるカンプルメールとバルザック 『 ソドムとゴモラ』の清書原稿01の98ペ ージから100ページにわたつてカン ブルメール家がバルザックの『人間喜劇』の 《地方生活情景》の登場人物を想 起 させる旨が話者の日から語 られます。99ペ ージは中程から小さな紙片へと続 くのですが、そこには 《地方生活情景》の中でも『 田舎 ミューズ』の女主人公 やあるいはバルジュ トン夫人、モルソフ夫人の名が挙がつています。 ここで『 田舎 ミューズ』のラ・ボー ドレ夫人は田舎での結婚生活にも夫にも 失望 し愛人とパ リに出るのですが、有能なラ・ ボー ドレ夫人は相手の男性の代 わ りに文筆の仕事まで してパ リでの同棲生活を支えようとします。 一方、『 幻滅』のバルジュ トン夫人はふがいない夫に愛想をつかし若いリュシ アンと共にパ リでの生活に旅立つのです。

そして『谷間の百合』のモルソフ夫人は横暴な夫に失望しつつ、パリにもど

るフェリックスに対しては貴族社会でうまくやつていけるよう、なにかと配慮

してやるのです。彼女自身はその土地を離れることはありませんが、フェリッ

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「失われた時を求めて

Jの

カンブルメールとバルザック クスを通 してパ リの存在を意識 しています。 話者はこ ういつた登場人物達がある意味でカンプル メール若夫人 と重な り合 うのではないか とほのめか します。すなわちそれは夫、 もしくは愛人を支える 賢い夫人 としてのイメージなのですが同時にまた、地方の生活に満足 しきれな い有能な女性達のパ リヘの憧れ、もつと言えば、華やかなパ リの上流社交界ヘ の憧れが共通 していると言えま しょう。 さて、清書原稿中のカンプル メール家をめぐる『 人間喜劇』への言及のこの 箇所 は決定稿の内容‖。と少々異なるのですが、 これはそのままタイプ原稿 の基 とな り、変更が加 えられ決定稿のような内容 となるのはタイプ原稿上において の ようです。 ここで清書原稿 中の記述 と訂正後のタイプ原稿・助とを比べてみると、主に二 つの ことが指摘できます。まず、後にタイプ原稿上で削除 されることになるの ですが、もしスワン夫人であればあるいは言ったか も知れないか らかいの言葉。 そ して もう一つは、 とりわけ清書原稿中に見 られ るシャル リュス氏の話者 の言 葉を遮 ろ うとす る試みです。

スワン夫人のからかいの言葉は清書原稿 99ペ ージに付属の紙片に記されて

います。スワン夫人の存在がやや唐宋な感じがするのですが、これは同じ頃『消

え去ったアルベルチーヌ』を準備していて、その中のスワン夫人の部分が頭に

あり、この様なスワン夫人への想像が浮かんだと考えられます。

ただ、同 じ清書原稿 の少 し前であ る70ページに添付 され た長い加筆 中に、ス ワン とカ ンブル メール若 夫人の親 しい関係 が妻びい きの シャル リュスに違 和感 を与 えた とい う旨が記 され てい ることを思 い起 こせ ば、 ス ワン夫人の カンブル メール若 夫人 に対す る嫌味 とも思 える発言は、その形 を変 えた反復 ともとれ る こ とか ら、あるいは タイプ原稿 上で最終的 に削除 に至 ったのではないか と考 え られ ます。 一方 、 シャル リュス氏の対応 に関 しては 《私 の言葉 を遮 る》 とい う種 の表現 が清書原稿 上で削除 され てい る部分 も含 め る と計

3回

、 タイプ原稿 の方で2.回

(8)

「失われた時を求めて

Jの

カンブルメールとバルザック

99

とい う様 に、そ う長 くもない断章の中で繰 り返 しが 目立ちます。『 プル ース トと バルザ ック』の中でジャック・ ボ レル氏 も指摘 していることですが僣.、 シャル リュスの このため らいがちな話者への対応 を どう説明すべきで しょうか。 シャル リュス男爵は小説中でもバルザ ック好 きの一人 として知 られています がねJ、 例 えば、 自分のい とこの家の庭 とカデ ィニャン大公妃が散歩す る小 さい 庭 を混同 して しま う程、彼は現実世界にバルザ ックがそのまま息づいていると 考えているだけに、似ている点 もあるけれ ども同時に異な りもす るバルザ ック の女主人公達 とカンブルメール若夫人 とをそのまま同列に置 くことには抵抗が あった と想像できます。 一例を挙げるな ら、ラ・ ボー ドレ夫人は田舎の生活や退屈な夫か らの逃避の 一手段 としてパ リ行 きを選ぶのですが、カンブル メール若夫人は夫の立場 をむ しろ利用 しなが らパ リでの成功をもくろみます。実際、パ リ郊外のコンブ レー でブルジ ョワ家庭に生まれたカンブルメール若夫人は、ノルマンデ ィーの地方 では名士 との誉れ高いカンブルメール氏 と結婚す ることで侯爵夫人 とな リパ リ の社交界にもかろ うじて出入 りす ることが可能 となったので した。 こういった主 として二種の変更を経て、この清書原稿 中の話者 とシャル リュ ス氏 とのや り取 りは、決定稿に引き継がれることにな ります。 ここで挙げ られているような、能力があ りなが ら現状に満足 し切れない地方 の女性達が 自己実現の可能性が少 しでも見出せ ることを願 つてパ リにその矛先 を向けるように、地方に暮 らすカンブルメール若夫人の野望 もまた、パ リのよ り閉鎖的なサロンヘ と向けられ るとい う点で、彼女達はカンブルメール若夫人 の個性の一部を十分に説明 して くれ るようです。

IV.「

カルネ1」 をめぐって ここまで見てきた様 に、カンブルメール若夫人の背後にバルザ ックの何人か の登場人物の存在が見え隠れす るのが『 ソドムとゴモラ』執筆過程においても うかがえるのです けれ ども、ではそれがプルース トが小説を構想 した早い段階

(9)

100 「失われた時を求めて

Jの

カンブルメールとバルザック か ら準備 されていたものか と言 うと必ず しもそ うとも言えないようです。 と言 うのは、『 失われた時 を求めて』の直接 の母体 となつた と言われている 『 サン ト

=ブ

ーヴに反論する』の執筆 とほぼ並行 して構想などがメモ されてい た 「カルネ1」 の中にはカンプル メール とバルザ ックの関係への言及は見 られ ないのです。 「カルネ1」 には例えば、バルザ ックに関 してだ と、『 ランジェ公爵夫人』に おける老貴族達の会話の巧妙 さ回とか、『金色の眼の娘』のパキータ・ ヴアルデ スが、 レスビアンの相手である侯爵夫人に瓜二つの侯爵夫人の実の兄を愛 して しまつたがゆえに嫉妬に狂 つた侯爵夫人に殺 され る話が実にバルザ ック的であ ること国な どが記 されています。 さらに、 ヴォー トランとリュシアン・ ド・ リ ュバ ンプ レのシャラン ト近 くでの出会い。1もメモ されていて、 このメモは後に 「サン ト

=ブ

ーヴとバルザ ック」や 「ソ ドムとゴモラH」 の中で使われ、シャ ル リュスによる同性愛のほのめか しの意味を持つ こととな ります。 この 「カルネ1」 にカンブル メール とバルザ ックに関す るメモが見 られない 点については、まず例えば、シヤル リュスとカンブル メール との登場人物の規 模の大 きさの違いが挙げ られま しよう。カンブル メールは他の主役級の人物 と 比較す るな ら、・やは り二次的な登場人物 と言わ ざるを得ないのです。例のエテ ィエーヌ・プ リュネの統計ね9でも出現頻度は 12番 目にランクされています。二 次的な登場人物 ゆえに予め、すみずみまでそのイ メージが準備、計画 されてい た訳ではない らしく、カンブル メール家の人々の生成の様子をた どつてみて も、 小説全体のいわゆる筋の構築や発展に伴い人物像が徐 々に形成 されていつたこ とがわか ります。 それにまた、カンブル メールが主として登場す るラ・ ラスプ リエールの場面 の生成過程を思い起 こすな らし'、 それが戦争中に大幅 に計画が変更 され膨れ上 がった部分であることも考慮の余地があるか と思われ ます。実際、ラ・ ラスプ リエールは 1914年 以降の諸下書き原稿の中で、カンブル メールの前身 とも言え るシュ ミゼイ とい う登場人物の所領 と してその名が出現 して くるに過 ぎず、2

(10)

「失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザック 101 度 目のバルベ ック滞在の場面の充実 もやは りこの時期以降 と言わ ざるを得ませ ノ宅ノ。 ただ、「カルネ1」 の様なごく初期のメモにこそ見 られない ものの、1915年 6 月

3日

頃の 日付けの リュシアン・ ドーデ宛ての手紙mの 中では ドーデ家と交流 のあったバルザ ックの義理の娘の死亡通知書を通 してカンブル メールの息子 と 結婚 したジュピアンの姪の、その不幸なチフスでの死亡の通知書を暗示す るな ど、この時期においてはプル ース トの頭の中ではカンブル メール とバルザ ック はごく自然に並び語 られるべきもの として位置 しているよ うです。 この様 に見て くると、先に挙げたラ・ ボー ドレ夫人やバルジュ トン夫人、モ ル ソフ夫人 といつた地方出身の女性登場人物達はカンブル メール若夫人 とただ 重なる面を持つ とい うのみな らず、プルース トがバルザ ックを模 したパスティ ッシュの中で見せた『 人間喜劇』への通暁ぶ り.1を思 うにつ け、プル ース トは バルザ ックをなめるように読み、そこか ら影響を受け、カンブルメール若夫人 を創 り出す際には、あるいは意識 しなかったか も知れ ないけれ ども、なん らか の創作のインス ピレーシ ョンを受けていたのではないで しょうか。その結果、 バルザ ックの描いた地方の女性達のパ リを目指すエネルギーが、同 じく地方の カンブル メール若夫人のパ リでの上昇のエネルギーとな り得たのではないで し ょうか。 さて、それでは、もし我々が今、提示 した仮設一一すなわち、カンブル メー ル若夫人創作におけるバルザ ックの影響一一 に基づ くな ら、『 失われた時 を求 めて』の読みに対 してどの様な新たな試みが可能で しょうか。 V。 仮説 をふまえて 『 サン ト

=ブ

ーヴに反論す る』の中の 「サン ト

=ブ

ーヴとバルザ ック」の章 において、プルース トはお母 さんに 《あの人

(=バ

ルザ ック

)の

ものの考えか たには とて も卑俗なところがあつて、一生かかつて も高尚になるとい うわけに はいきませんで した。1》 と述べています。むろん彼 に とつては、 この卑俗 さが

(11)

102 「失われた時を求めて

Jの

カンブルメールとバルザック バルザ ックの力強い描写を可能に し、愛好者を喜ばせる点であることはよくわ かつているのだけれ ども、バルザ ックの特徴 として 「卑俗で説明的」であるこ とを強調 します。 さて、ここで 「通俗性」をわか りやす く表す ものの一つに金銭へのこだわ り があるとす るな ら、「ソ ドムとゴモ ラII」 の中でカンブル メール若夫人が これ を しば しば話題にす ることを思い起 こしたい と思います。 カンブル メール若夫人はラ・ ラスプ リエールの ヴェルデュラン主催の晩餐会 に身を落 としてや つて来ることの不本意をさん ざん周 りの人にア ピール します が、その際、金銭的事情をことさらに強調 します。そ もそ も、カンブル メール 家がラ・ ラスプ リエールの別荘をヴェルデ ュランに貸 したのはフェテルヌの館 での豪奢な社交生活を維持するための経済的理由か らであつたのだけれ ども、 こうや つて ヴェルデュラン家主催の晩餐会に心な らず も顔を出 してお くことで、 借家契約の折の家賃の値上げ交渉を後々もスムーズに運ぶ ことができるか も知 れないか らとい うのです。 『 失われた時を求めて』の女性登場人物達が概 して この様 にあか らさまには 金銭を話題 に しないことを思えば、それぞれに立場の違いがあろ うけれ どもカ ンブル メール若夫人のこれは一つの特徴であると言わば言えま しょう。 この様 に、カンブルメールに対 してバルザ ックの影響 を想定す ることでこれは一例で すが、小説の細部の読みの可能性 をあるいは拡大 し得るか も知れません。 さて、『 失われた時を求めて』の中には、バルザ ックの愛好家 としては、先に 挙げたシヤル リュス氏の他に もグルマン ト公爵や ヴィルパ リジ侯爵夫人などが 登場 しそれぞれの愛好ぶ りを見せ るのですが、 とりわけここではカンブル メー ル とい う登場人物に光を当て、草稿をも視野に入れなが らカンブルメール若夫 人を特に切 り口に再検討 してみることで、 この登場人物創作にあたつての一種 の 「鍵」が見出せたか と思います。すなわち、カンブルメール若夫人はある面 は実在の人物をモデル としているけれ ども、一方でプルース ト自身の読書体験 を基盤 に したフィクシ ョンの中の人物にも想 を得た一種の混合体であると言え

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『失われた時を求めて』のカンブルメールとバルザック るのです。 さらにこれ らのことか ら、我々は、近代趣味を標榜 しているカンプ ル メール若夫人の うちに

19世

紀の小説の登場人物達 と重ね合わせ ることがで きるよ うな側面を確認す ることによつて、この登場人物は脇役であ りなが らも 意外に振 り幅の大 きな存在であることを知ることができるのです。 103

(13)

104

「失 われた時 を求めて

Jの

カ ンブル メール とバ ルザ ック 注

(1)ム ズ

L閣

″ あ 」αじ6tabli et pttsen“ par Ph.Kolb,az′,n08,Paris,Gallimard,

1976,p.118. (2)1915年以降に書かれた 「2度目の海辺滞在」は主にカイエ72において。カイエ12、 27、 29、 32、 そ してカイエ64に見 られ る「海辺滞在」の場面は もちろんそれ以前に書 かれ ている。 (3)五Fa“饉 銘由θJ口 じ

e呻

6′θ爛JЦ “

ition publttb 60uS la direction de J.二 Y Tadi6,

Paris,Gallimard,BibliotH当ue de la Pbiade,t.I,pp.322-339.

(4)屁

,t.II,pp.353-358。

(5)Cote BoN.Noa.■ 18322

(6)Ci Eπ二t.IH,p。 417.

(7)Cote B.N.N.a.L16712,ros 78-79. (8)Cote BoNo N.a.L16740,P61.

(9)2は

、t.HI,p.315。 (10)Tad艶 (1三

y),zhヴ

為 “ム《 Blogrtaphep,Paris,Gallimard,1996. (11)Ci J頻こ,p.408. (12)」蘭麟重,p.398.

(13)`brna騨貿2■哺則口臼9 db』石む晨χノJをり出δ4teXte ёtabli,pttsenu6 et annO叡うpar Ph.Kolb, Paris,PloL tonle II,1976,pp.211-212.

(14)腕

,tome XVI,1988,pp.26〔 ■268.

(15)JLたこ,tome XVI, 1988,p.50。

(16)」屁減己,tome XHl,1985,pp.42-45. (17)Cote BoN.N.a.L16713,ros 9〔卜1∞。

(18)J己臓ユ、t.III,pp.47日77.

(19)Cote BoNo N.a.L16741.

(14)

「失 われた時 を求めて」 の カ ンブルメール とバ ルザ ック

105

(21)2π′,t.HI,pp.442-443.

(22)aM_P,n・8,pp.9闘4.

(23)腕

,n・8,p.95。

(24)腕

,n°8,p.48.

(25)CE B―

et(E.), Zθ yarab“ルカじdb J鼈リロJ島 3vol。,Paris,SlatkirЮ ‐Champion, 1983.

(26)Cl Yoshikawa(K。

),La"ご

″ 漬

ra,コ

加 盟arぬ″s A la recheEhe du temp8

perdu;“濃

`饉

q"θθ′硼 ο』お堕c Parls,Presses Universitaires du Septentnon,1999.

(27)a閣Ⅵ口盟め コ “確

,■ル “

Jnじ

1膠4 texte 6tabli,pttsen“ et anno“ par Ph.Kolb,

Paris,PloL tome XIV 19〔 弼,pp.14〔■150.

(28) `乃E2″り働 」口a針刊Bし

“Иa pttd6 de Pasttθ

s θι】働

ngm et sulvi de姉

θι 動 a 6dLion 6tablk)par R Chmc avec la α)llabontion d■l Sandre, PaHs,

Gallimard,Biblioth`細 ue de la Pbiade,1971,p.7.

(29)腕

,p.263. 参考文献 『 バルザ ック全集』、東京創 元社。 ピエール・ バルベ リス、河合亨・ 渡辺隆司訳、『 バルザ ック レア リスムの構造』、新 日 本出版社、1987年。 日本バルザ ック研究会、『 バルザ ックー 生誕二百年記念論文集―」、駿河台出版社、1999 年。 (京都 造 形 芸 術 大 学 助 教 授)

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