博士(スポーツ科学)学位論文
介護負担感に関与する要因の相互関係性と 家族介護者への介入プログラム効果
The Combined Effect of Associated with Caregiver Burden and Effects of Intervention Program for Primary
Caregivers
2009年1月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
牧迫 飛雄馬 Makizako, Hyuma
研究指導教員: 中村 好男 教授
I
目次
第 1 章 序論 在宅介護を取り巻く状況と本研究の位置づけ・・・・・・1~10
1-1 在宅介護の背景・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1-2 在宅介護の現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 1-3 家族介護者に関する先行研究・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 1-4 本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 1-5 本論文の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
第 2 章 在宅重度要介護者における基本動作能力の評価指標
Bedside Mobility Scale の開発 ― 信頼性、妥当性の検討 ― ・・・11~21
2-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 2-2 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2-3 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 2-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 2-5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21
第 3 章 在宅要介護者の主介護者における
介護負担感に関与する要因についての研究・・・・・・・・・22~33
3-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 3-2 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3-3 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 3-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・31 3-5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・32
II
第 4 章 介護負担感に関与する諸要因の相互関係性について
― 共 分散構造分析による検証―・・・・・・・・・・・・・・34~43
4-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・35 4-2 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 4-3 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37 4-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・41 4-5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43
第 5 章 家族介護者に対する教育的な個別介入の効果
― 層化無作為割り付けによる比較対照試験 ― ・・・・・・・・44~59
5-1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 5-2 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 5-3 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・49 5-4 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 5-5 まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58
第 6 章 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60~62
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・63
引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・64~70
1
第 1 章 序論 在宅介護を取り巻く状況と本研究の位置づけ 1-1 在宅介護の背景
1-2 在宅介護の現状
1-3 家族介護者に関する先行研究 1-4 本研究の目的
1-5 本論文の構成
わが国の高齢者人口は総人口の 20.0%(2005 年)に達し、世界の先進国に類をみない急 速な高齢化が進行している。介護保険制度による在宅サービスの充足や入院期間の短縮化 に伴い、在宅で生活する要介護高齢者は増加の一途である。
本章では、在宅介護生活を取り巻く状況をふまえ、家族介護者に着目して、在宅介護の 問題点の提示とその改善策の提案に関する本研究の意義についてまとめる。
1-1 在宅介護生活の背景
急速な高齢化に伴う医療費の増大や核家族化の進展などを背景に要介護者を社会全体で 支援する新たな仕組みとして、2000年4月に介護保険制度が導入された。介護保険制度の 導入により、さまざまな介護支援サービスが整備され、国民に浸透してきている。介護保 険制度導入後もわが国の高齢化は進行し続けており、重要な社会問題となっている。図1-1 に示すとおり、他の先進地域の各国と比較して、わが国では急速な高齢化が進行しており、
2005年10月1日現在で65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合は20.04%であり、国 民の5人に1人が65歳以上の高齢者にあたり、さらに75歳以上の後期高齢者の割合は9.06%
と約11人に1人が75歳以上といった状況である1)。今後もさらなる高齢者層の人口および 高齢率の増加は予想されており、2035年には65歳以上の高齢者の人口は3500万人に達し、
その割合は30%を超えるとされている(図1-2)。
2
図1‐1 世界の高齢化率の推移
資料:内閣府 平成15年 高齢社会白書
図1‐2 日本の高齢化推移
2000年までは総務省「国勢調査」、2005年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」をもとに作図 0 5 10 15 20 25 30 35 40
0 5000 10000 15000 20000 25000 30000 35000 40000
1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 2020 2030 2040 2050
後期高齢者(75歳以上)
前期高齢者(65歳~74歳)
65歳以上人口割合 75歳以上人口割合
(千人) (%)
人口 に対 す る割 合 高齢
者 人口
(年)
3
高齢者の増加に伴い、日常生活において何かしらの支援や介護を必要とする要支援、要 介護者も増加の一途であり、介護保険制度が施行された2000年では、218万人であった要 支援・要介護認定者は、2007年では440万人に達している2)(図1-3)。なかでも、居宅サ ービス利用者は、2000年の97万人から2006年では255万人と約2.6倍になっており、施 設サービス利用者の増加に比べて、在宅ケアを必要する要介護者は急増している(図1-4)。
図1‐3 要介護認定者の推移
291 320 398 505 601 674 759 1088
351
709
891
1070
1252 1332 1387 876
394
490
571
641
595 614
651 756
317
358
394
431
492
527
561 652
339
365
394
424
479
497
525 547
290
341
381
414
455
464
465 489
0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500
2000.4 2001.4 2002.4 2003.4 2004.4 2005.4 2006.4 2007.4
要介護5 要介護4 要介護3 要介護2 要介護1 要支援
資料:厚生労働省 「介護給付費実態調査月報」 をもとに作図
(千人)
(年.月)
注:2006.4以降の要支援には、要支援1、要支援2、経過的要介護を含む
図1‐4 介護保険による居宅・施設サービス利用者の推移 518
689 758 789
971
1724
2315
2547
0 500 1000 1500 2000 2500 3000
2000.4 2002.4 2004.4 2006.4
施設サービス 居宅サービス
資料:厚生労働省 「介護給付費実態調査月報」 をもとに作図
(千人)
(年.月)
4
65歳以上の要介護となる原因をみると、第1位が脳血管疾患で26.1%を占めており、第2 位が高齢による衰弱17.0%、第3位が転倒・骨折12.4%となっている(図1-5)。高齢による 衰弱や転倒・骨折をはじめ、低栄養、失禁などの「老年症候群」が生活機能や生活の質の 低下を引き起こし、要介護へと導くことが示唆されており、これらに対する早期発見、早 期対処が重要な課題とされ3)、2006年 4月の介護保険制度改正においては、予防重視型の システムへと転換が図られ、要介護状態へ陥らないための対策が講じられている。一方、
重度の障害を有する要介護者においては、脳血管疾患をはじめとして、神経筋疾患や大腿 骨頸部骨折などの重篤な整形疾患、重度な認知症など、重篤な疾患を有する者が多いこと が推察される(図1-6)。
図1‐5 65歳以上の要介護の原因
(平成13年国民生活基礎調査より)
脳血管疾患 26.1 %
高齢による衰弱 17.0 % 転倒・骨折
12.4 % 痴呆
11.2 % 関節疾患
10.6 % パーキンソン病
6.2 %
その他 16.5 %
図1‐6 主治医意見書に記載された要介護状態の原因と考えられる疾患
要支援 要介護度1 要介護度2 要介護度3 要介護度4 要介護度5
1位 高血圧性疾患 高血圧性疾患 高血圧性疾患 脳梗塞 脳梗塞 脳梗塞
2位 関節症 関節症 脳梗塞 高血圧性疾患 血管性および詳細丌明の痴呆 血管性および詳細丌明の痴呆
3位
骨の密度 および 構造の障害
脳梗塞 詳細丌明の痴呆血管性および 詳細丌明の痴呆血管性および 高血圧性疾患 高血圧性疾患
(第7回社会保障審議会介護保険部会議事録より)
5
このように在宅で生活する要介護高齢者が増加しており、高齢者では加齢による身体的 および精神的な機能低下や複数の健康問題に関連する慢性的な疾患による影響を受けやす
く4),5)、特に日常生活で介助や介護が必要になった障害者や高齢者においては、家族介護者
の支援は不可欠となる。そして、その支援内容は、食事やトイレ、更衣などのセルフケア 介助のほか、服薬管理やコミュニケーションの支援など多岐にわたり、特に重度な要介護 高齢者の介護においては、特別な技能や知識を必要とする場合も尐なくはない。
1-2 在宅介護の現状
在宅介護生活においては、さまざまな問題が社会的にも注目されており、なかでも介護 者の負担増大による身体的および精神的なストレスの経験やそれに伴う要介護者の虐待、
介護放棄、介護生活を苦とした無理心中などの報道も後を絶えない。また、高齢者のみの 世帯が増大することにより、要介護者を介護する家族の高齢化も問題となっている。筆者 の経験からも在宅でリハビリテーションを必要する要介護者を高齢の配偶者が介護の役割 を担っている世帯も尐なくはない(写真1-1)。
写真1‐1 要介護度5の妻を在宅で介護する高齢介護者(92歳男性)
6
厚生労働省の平成16年国民健康基礎調査による要介護者を介護する者の続柄と性別、年 齢階級の結果を図1-7に示す。在宅での介護を担う者の66.1%が同居家族であり、なかでも 配偶者が最も多く、約4分の1を占めている。介護者の年齢層をみると、男女ともに60歳 以上の介護者が半数以上であり、男性介護者では37.9%、女性介護者では 25.0%が70歳以 上の高齢者であり、主たる家族介護者が高齢者である場合も多い。また、図1-8に示すとお り、要介護者と同居している主介護者では、男性で55.6%、女性で67.5%がストレスや悩み を抱えており、その内容は同居家族の介護に関することが最も多い(図1-9)。さらに、4割 近くの介護者では、自分自身の健康や病気についても悩みやストレスを抱いており、この ような状況に対して、家族介護者の身体的および精神的な支援はきわめて重要な課題であ ると考える。
図1‐7 要介護者を介護する主介護者の続柄および性別、年齢階級
資料:厚生労働省 「国民健康基礎調査」(平成16年)
7
図1‐8 要介護者と同居している主介護者の悩みやストレスのある者の割合
資料:厚生労働省 「国民健康基礎調査」(平成16年)
(%)
図1‐9 同居している主介護者の悩みやストレスの原因
資料:厚生労働省 「国民健康基礎調査」(平成16年)
(%)
8
1-3 家族介護者に関する先行研究
家族介護者の介護負担に対する関心の発端は、1950 年代に遡る。戦後革命が女性の労働 力へと促されることにより伝統的な家族連結が変化し、その結果、高齢者に対する介護が 問題として取り上げられるようになった 6)。1980 年にペンシルバニア州立大学の老年学者
であるZaritは介護者の健康状態や幸福感、経済的や社会的生活状態を含めた介護負担とい
う概念を提唱した7)。この介護負担には、要介護者の心身状態や介護者の心身状態、社会的 要因などさまざまな因子が関連している。要介護者の要因としては、日常生活活動(Activity of Daily Living:ADL)能力の低下や問題行動の出現が介護負担感を増大させる要因として 報告されており8),9),10)、介護者の要因としては、不安や抑うつ、精神的疲労感が介護負担感 と関連すると報告されている 11),12),13)。また、社会的な要因としては、社会的支援がより得 られる状況であれば、介護負担感は低く、介護者の幸福感や健康観が良好であり、抑うつ も低いとされている 14)。このように身体機能や精神機能の低下した高齢者を介護する家族 介護者では、高度なストレスをしばしば経験することがあり 15)、このことは、幸福感を低 下させたり、負担感の増大やうつ状態を招いたりと精神状態を悪化させる要因となり得る
16),17)。また、介護により身体的な健康を阻害し、さらには、介護者の死亡を早める恐れがあ
るとまで報告されている17)。
このように介護生活は、家族にとって何かしらの負担を伴うものであり、これらの問題 に対して、近年では介護負担軽減のための介入研究の効果も報告されている。介護者への 介入方法は 2 つに大別され、ひとつは集団による介入であり、もうひとつは個別介入であ る。Yinら18)の 1980~2000年の介護者に対する介入研究をまとめたメタアナリシスによる と、18の集団介入研究のうち90%以上が教育的な介入と仲間支援プログラムを含むもので あった。その他、集団カウンセリングやレスパイト(息抜き)ケアに関する内容(33%)、
ストレス管理(27%)が含まれた。一方、個別介入は 8 研究であり、介入内容としては電 話や訪問による個別カウンセリングが多く、それらの効果量は、集団介入と比べて差はな いとされている。ただし、これらの研究の多くが、対象者数が尐ない、無作為化がなされ ていない、欠損値が多いなどの問題を含んでおり、家族介護者に対する効果的な介入手段 の検討は十分とはいえない状況にある。
特に重度要介護者の主介護者においては、介護に要する時間は半日以上を費やしている 割合も多く 19)、これらの要介護者の在宅生活の継続を支援するには、介護する主介護者の 身体的および精神的な負担にも配慮する必要があり、介護者にとっての精神的および身体 的な負担感を軽減したり、幸福感を高めたりするための取り組みはさらなる発展が必要で
9 あると考える。
1-4 本研究の目的
以上のように、要介護者を在宅で介護する家族介護者の介護負担には、さまざまな要因 が関連しており、これらの要因に対して包括的に働きかけることで介護者の身体的、精神 的な負担軽減のための方略を明確にすることが重要である。介護保険によるさまざまな居 宅支援サービスにおいては、直接的に家族介護者へ働きかけを行うサービスは含まれてお らず、当然のことであるが利用者である要介護者へのサービスに主眼が置かれている。本 研究の最終的な目的は、介護保険により在宅での訪問リハビリテーションサービスを利用 している家族介護者を対象に、介護負担を軽減できるような介入方法を提案して、直接的 に家族介護者へ働きかけを行い、その効果を検証することとした。
この効果検証を行うための手続きとして、まず在宅で生活する要介護高齢者および障害 者の身体機能状態を評価する指標を明確にする必要があると考えた。特に重度の障害を有 する者の身体機能状態は家族介護者への負担の程度にも影響を与えると予測されるため、
これらの対象者の動作能力の評価を目的とした指標としてBedside Mobility Scale(BMS)を 開発し、その信頼性、妥当性を検証することとした。
このBMSのほか、既に先行研究で報告されているさまざまな評価指標を用いて、家族介 護者の介護負担感との関連要因を多面的な視点から明らかにするための横断的な調査を実 施した。この意義は、介護負担感に影響する因子を多面的に検討して明らかにすることで、
介護負担の軽減に向けた介入方法の試案に貢献する資料となると考えた。
横断的な調査により介護負担感に影響する要因を明らかにしたうえで、家族介護者への 介護方法や介護に関する情報提供を行い、家族の心理状態や介護負担感に与える影響を検 証することとした。
筆者の仮説は、介護負担の要因の解決方法に関する知識を家族介護者が持つことは、介 護者の心理的安定や介護負担の軽減をもたらすというものである。この介入方法が家族介 護者の心理状態の向上や介護負担の軽減に寄与することができれば、在宅サービスのひと つとして、家族への情報提供の有益性を実証し、その具体的方法を明示することができる と考えた。
10
1-5 本論文の構成
本論文は、図1-10に示すように6章により構成される。本章では、在宅介護生活の背景 や現状について触れて、家族介護者に関する先行研究をふまえて、本研究の目的および構 成について述べる。第 2 章では、在宅要介護者の動作能力を把握するための評価指標の確 認を行い、第3章および第4章では、第2章で開発した指標も用いて、横断的な調査によ り介護負担感に関与する要因を明らかにし、それら諸要因の相互関係性を検証する。これ らの横断的調査結果により確認された家族介護者の心理状態や介護負担感に影響する要因 をふまえて、第 5 章では在宅で介護生活を送る家族介護者に対する個別介入プログラムを 提案し、その効果を検証する。そして、第 6 章では本研究の一連を通じて総考察を行い、
本研究で得られた成果の意義と今後の課題についてまとめる。
図1‐10 本論文の構成 在宅要介護者および家族介護者の評価指標の確認 在宅要介護者および家族介護者の評価指標の確認
―第2章―
「在宅重度要介護者における基本動作能力の評価指標」 評価指標の確認・開発評価指標の確認・開発
家族介護者の介護負担感に関与する諸要因の検証 家族介護者の介護負担感に関与する諸要因の検証
―第3章―
「在宅要介護者の主介護者における
介護負担感に関与する要因についての研究」
―第4章―
「介護負担感に関与する諸要因の相互関係性について」
横断的な調査・分析 横断的な調査・分析
介入研究による効果 介入研究による効果 介護負担軽減を目指した家族介護者への介入
介護負担軽減を目指した家族介護者への介入
―第5章―
「家族介護者に対する教育的な個別介入の効果」
結論 結論
―第6章―
11
第 2 章 在宅重度要介護者における基本動作能力の評価指標
Bedside Mobility Scale の開発―信頼性、妥当性の検討―
2-1 はじめに 2-2 方法 2-3 結果 2-4 考察 2-5 まとめ
本章では、介護者の負担感にも関連が強いと考えられる要介護者の動作能力を評価する 指標について、先行研究の報告をふまえ、在宅で生活する重度要介護者を主たる評価の対 象として新たな指標の開発を行い、その信頼性と妥当性を検証した。
在宅介護においては、より重度な要介護者を介護する家族介護者において、介護負担の 問題が顕著となることが予想される。在宅で生活する要介護者およびその家族介護者を対 象とするため、重度な機能障害を有する要介護者の評価方法を確立する必要がある。要介 護者の基本動作能力を評価する際、現在汎用されている評価指標では不十分な点があり、
在宅重度要介護者における基本動作能力の評価指標の確認が必要であると考え、Bedside
Mobility Scaleを作成し、その信頼性と妥当性を検証した。内容妥当性を満たした10項目か
らなるBedside Mobility Scale(BMS)を作成し、在宅にて理学療法士または作業療法士の訪
問によるリハビリテーションを実施していた163名(男性83名、女性80名、平均年齢76.4 歳)を対象として、BMSによる動作・移動能力評価を行った。分析の結果、BMSには高い 検者内および検者間信頼性が得られた。また、BMS は日常生活活動能力や日常生活自立度 と有意な関連を持ち、特に重度要介護者および日常生活自立度の重度低下者の動作能力評 価に適しており、臨床的意義が高いと考えられた。この指標を含めた要介護者の動作能力 の評価から介護者の負担感や精神状態に影響するさまざまな要因について、検証を進めて いく必要がある。
12
2-1 はじめに
在宅介護生活における家族介護者の負担を軽減するためには、介護を必要とする障害者 や高齢者の動作能力の改善を図ったり、良好に維持したりすることも重要である。要介護 者の心身機能状態を高めるためのリハビリテーションにおいて、移動能力および動作能力 の改善は重要な目的のひとつであり、それらの能力を評価する尺度が、動作能力評価や日 常生活活動(Activities of Daily Living:ADL)評価として諸家により提唱されている。たと えば、ADLの代表的指標として用いられているBarthel Index(BI)20)は、信頼性、妥当性、
感度が確認されており21),22),23)、多くの病院や施設で一般的に広く利用されている。BIは基 本的なADLを評価する10項目から構成されているが、BIに含まれる粗大運動機能に関す る項目が乏しく、また、採点方法が 2から 3 段階と粗いために微細な身体機能の状態変化 をとらえるには適切とはいえない。わずかな ADL の変化もとらえられる指標として Functional Independence Measure(FIM)24),25)が開発され、理学療法の効果指標として活用さ れている26)。FIMは運動項目13項目と認知項目5項目から構成され、自立や要介助の程度 により 7 段階で評価され、動作の自立度を観察により評定する指標であり、運動や動作能 力を客観的にとらえているとは言い難い。
動作能力に着目した評価方法として、Rivermead Mobility Index(RMI)が開発され、信頼 性や妥当性が確認されている27),28)。RMIは、14項目の質問と1項目の行動観察から構成さ れ、15 点満点で採点される。項目には、寝返り、起き上がり、座位保持、立ち上がり、立 位保持、移乗、屋内外歩行、階段、床から物を拾う、入浴、段差、走るといった、粗大運 動および移動に特化した評価である。しかし、RMI は動作遂行の可否を二件式にて対象者 から聴取する質問紙評価であるため、能力変化を正確にとらえることができるかは疑問で ある。Lennonら29)は、RMIを修正したModified RMI(MRMI)を作成し、その信頼性と妥 当性を検証した。MRMI は、寝返り、起き上がり、座位保持、立ち上がり、立位保持、移 乗、屋内歩行、階段昇降の8項目から構成され、得点範囲は0から40点である。直接観察 にて、介助の程度や補助具の使用、監視や誘導の有無により、各項目 5 段階で評定する。
各項目の内的整合性は良好な結果を示しているが、監視の有無や、一人または二人介助か などの判断は理学療法士により異なるため、得点に差異を認めることもあり、より詳細な ガイドラインが必要であることが示唆されている29)。
ま た、 脳卒 中後 遺症 患者 を対 象と した 評価 とし て、Daley ら 30)に よ り The Stroke Rehabilitation Assessment of Movement(STREAM)が開発された。STREAMは、四肢の随意 運動の回復と基本動作の改善を評価する目的で開発され、信頼性と妥当性が脳卒中後遺症
13
患者において確認されている31),32)。全30項目から構成されるSTREAMの評価項目の中か ら基本動作に関する項目10項目を抽出して、他の動作評価との比較、検討が行われている
33)。STREAM の動作に関する評価項目は、寝返り、ブリッジング、起き上がり、立ち上が り、立位、一歩踏み出し、後方へのステップ、側方へのステップ、10m 歩行、階段降段の 10項目からなり、直接観察法にて評価する。得点は0から30点であり、高い信頼性、妥当 性が確認されているものの 31),32)、立位動作での評価項目が多く、立位が困難な対象者や重 度障害を有する要介護者への適応には限界がある。わが国では、臼田 34),35)により基本動作 能力を客観的に評価する目的で機能的動作尺度が報告されており、座位保持から階段昇降 までの多岐にわたる11項目が評価項目に含まれている。この尺度は、機能的な動作能力を 客観的に評価するには適しているが、立位での評価項目が多く含まれ、重度の機能障害者 における動作能力の差異をとらえるには困難であると考えられる。特に慢性疾患患者や重 度障害を有する要介護者では、身体機能および動作能力の自立度や出来高を向上させるこ とは困難なことが多く、動作遂行時の過程を評価する視点を含んだ評価指標により、対象 者の微細な変化をとらえられる可能性があると考えられる。
このように、現在用いられているADLや身体機能評価方法では、在宅で介護を必要とす る重度身体機能低下を有する者の状態を正確に把握することが難しく、慢性疾患の維持期 のように、大きな身体機能状態の変化が認められにくい者の微細な状態変化をとらえるこ とは難しい。そのため、身体機能が低下している重度要介護者においても実施可能で、能 力変化をとらえることができる指標を確立することは重要な課題であると考えられる。
本研究では、特に在宅介護生活での家族介護者への負担の程度に影響を与えると予測さ れる重度障害を有する者を評価対象に見据えた動作能力評価指標である Bedside Mobility Scale(BMS)を開発し、その信頼性、妥当性を検証することを目的とした。
2-2 方法
2-2-1 対象
在宅にて訪問による理学療法または作業療法を受けていた要介護者 163 名(男性 83名、
女性80名、年齢76.4±12.8歳)を対象とした。対象者の属性情報を表2-1に示した。対象者
には研究の主旨を説明し同意を得た。認知機能の低下が疑われる場合には、家族へ研究の 主旨を説明し、同意を得た。なお、本研究は早稲田大学スポーツ科学学術院研究倫理委員 会の承認を受けて実施した。
14
表2-1 対象者の基本情報
年齢(歳) 76.35±12.8歳(30-104歳)
性別(人数) 男性 83名 女性 80名
主疾患(人数) 脳血管疾患 77名(47.2%)
骨関節系疾患 40名(24.5%)
神経筋疾患 20名(12.3%)
呼吸器疾患 8名(4.9%)
循環器疾患 3名(1.8%)
その他 15名(9.2%)
発症後経過期間(人数) 3~6ヶ月 4名(2.5%)
6ヶ月~1年 8名(4.9%)
1~3年 43名(26.4%)
3年以上 108名(66.3%)
要介護度(人数) 要支援1 0名(0.0%)
要支援2 5名(3.1%)
要介護1 14名(8.6%)
要介護2 36名(22.1%)
要介護3 33名(20.2%)
要介護4 40名(24.5%)
要介護5 24名(14.7%)
非該当 8名(4.9%)
未申請 3名(1.8%)
障害老人の日常生活自立度(人数) ランクJ 18名(11.0%)
ランクA 64名(39.3%)
ランクB 60名(36.8%)
ランクC 21名(12.9%)
2-2-2 BMS の項目決定の手順
BMS の評価項目を決定するために内容妥当性の検討を行った。評価項目の候補として、
先行研究20),24),29),34)における動作および移動に関する項目を抽出し、さらに5名の理学療法
士(Physical therapist: PT)により、重度障害を有する者に対する動作能力評価に必要と思わ れる項目をブレインストーミング法 36)により列挙した。その後、デルファイ法 37)を適用し て評価項目の選定を行った。デルファイ法の手順は、まず先行研究およびブレインストー ミングによって得られた評価項目について、ブレインストーミングに参加した5名のPTを 対象に重度障害を有する者に対するベッドサイドや居室内での動作能力評価に必要と思わ れる項目を1:「全く必要でない」から5:「非常に必要である」の5段階の評定尺度で評価 させた。次の段階として、この評価の集計結果を 5 名の評価者に提示したうえで、同じ 5
15
名の評価者を対象に同様の項目必要性に関する評価を繰り返し行った。このように、デル ファイ法では、意見調査の集計結果を参加者全員が参照しながら同様の意見調査を繰り返 し、参加者全体の合意の程度を高めていく手法である 37)。今回の項目選定に参加した 5名 すべてのPTが、2回目の意見調査において評価項目として「必要である」と回答した項目 をBMSの項目として選択した。同様に、各項目の得点方法に関して、何段階で評価すべき かについての意見も聴取し、評価の段階付けを決定した。
なお、項目選択に参加したPT5名(男性4名、女性1名)の経験年数は、1年3か月から 14年3か月であった。また、現在および過去の主たる勤務機関(複数回答)は、病院3名、
介護老人保健施設3名、訪問看護ステーション2名、大学2名、研究機関1名であった。
2-2-3 検者内信頼性および検者間信頼性
BMSの検者内信頼性の検討として、13名の対象者(男性5名、女性8名、年齢80.0±10.5 歳)に対して、理学療法士A(経験年数2年4か月)が、同一対象者にBMSの2回繰り返 し評価を行った。13名の対象者の属性は、主疾患として脳血管疾患 7 名、骨関節系疾患 4 名、神経筋疾患2名であり、要介護度は要介護2が2名、要介護3が3名、要介護4が6 名、要介護5が2名であった。1回目と2回目の評価間隔は、身体機能、動作能力の改善に よる影響や時間的な身体機能変化を最小限にするために、7―16日(平均11.3日)とした。
なお、2回目の評価の際には、理学療法士Aが1回目の評価結果を参照できないように配慮 し、また、1回目と2回目での対象者の評価順序は順不同とした。また、検者間信頼性の検 討のために、検者内信頼性の検討とは異なる10名の対象者(男性3名、女性7名、年齢84.8±7.7 歳)について、理学療法士B(経験年数2年4か月) と看護師C(経験年数10年4か月)
がBMS評価を行った。10名の対象者の内訳は、主疾患として脳血管疾患2名、骨関節系疾 患6名、神経筋疾患 1名、呼吸器疾患1名であり、要介護度は要介護1が1名、要介護2 が3名、要介護3が3名、要介護4が1名、要介護5が2名であった。理学療法士B と看 護師Cはお互いの結果を知りえないようにし、両評価の間隔は3週間以内とした。
2-2-4 基準妥当性
BMSと対象者の基本属性、日常生活機能との関係を調べるために、性別、年齢、疾患名、
発症後の経過期間、要介護度をカルテから得た。また、各対象者の担当PTまたは作業療法 士(Occupational therapist: OT)により、居室動作能力指標としてBMS、ADL評価指標とし
てBI、日常生活の自立度判定指標として障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)38)を同一日
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中に評価した。寝たきり度は、ランクJ(日常生活はほぼ自立しており、独力で外出する)、
A(屋内での生活は概ね自立しているが、介助なしには外出できない)、B(屋内での生活は
何らかの介助を要し、日中もベッド上での生活が主体であるが、座位を保つ)、C(1日中ベ ッド上で過ごし、排泄、食事、着替えにおいて介助を要する)で判断し、各ランクを 2 段 階に分けたランクJ1、J2、A1、A2、B1、B2、C1、C2に細分化した評価38)を用いた。
2-2-5 統計解析
BMS の得点分布から、天井効果および床効果についての検証を行った。天井効果および 床効果は全対象者中20%の分布集中で判断した39)。
検者内信頼性の検討は、1回目と2回目の評価値から、級内相関係数(Intraclass Correlation
Coefficient:ICC)を算出した。同様に検者間信頼性の検討として、理学療法士 Bと看護師
Cの評価値からICCを算出した。BMSとBI、要介護度、寝たきり度との関連性の検討のた めに、BMSとBIの相関関係についてはPearsonの相関係数、BMSと要介護度、寝たきり度 との相関関係はSpearmanの順位相関係数を算出した。要介護度、寝たきり度別によるBMS の比較は、一元配置分散分析および多重比較検定(Tukey)を用いて分析した。なお、統計
処理にはSPSS14.0を用い、有意水準は両側検定にて危険率5%未満とした。
2-3 結果
2-3-1 BMS の内容妥当性
先行研究と5名のPTによるブレインストーミングにより40項目の潜在的な評価項目が 挙げられた。これらについて要介護者に対する動作能力評価としての必要性についてデル ファイ法で検討した結果、項目選定に関する 2 回目の意見調査で5 名の理学療法士全員が 評価項目として「必要である」と判断した10項目を評価項目として採択した。また、得点 化については、0点から4点の5段階で評価すべきであると回答したものが5名中3名で最 も多かった。以上の結果から、最終的には10項目40点満点のBMSを作成した(付録2-1)。
17 付録2-1 Bedside Mobility Scale(BMS)
評価項目:「できる動作」として、対象者の動作能力を直接観察法にて評価する。
*9.いす(車いす)上での座位保持は、日常の生活も考慮し、できる動作を判断する。
1.寝返り 6.立ち上がり
2.ベッド上での移動 7.立位保持
3.起き上がり 8.ベッド⇔いす(車いす)の移乗
4.ベッド上での座位保持 9.いす(車いす)上での座位保持
5.座位で物を拾う 10.移動(車いす駆動)
Scoring
0 1 2 3 4
動作一部可能 ほぼ動作可能 動作可能
1.寝返り
ベッド(日常で就寝している寝床)で寝返りを行う。完全な横向き(側臥位)を動作の終了とする。
ベッド柵を用いてもよい。完全に動作可能とは、布団をはいだり、道具の操作も含めて全動作可能である。
2.ベッド上での移動
ブリッジング(お尻上げ)を含め、ベッド上で体を移動させる。ベッド柵などを用いてもよい。
完全に動作可能とは、片肘ついた横向き(肘つき側臥位)での上下移動などベッド上で自由に移動できる。
3.起き上がり
仰向け(背臥位)から起き上がり、ベッド端座位になる。また、その逆の動作で、背臥位になる。
ベッド柵を用いてもよい。完全に動作可能とは、布団をはいだり、道具の操作も含めて可能である。
4.ベッド上での座位保持
ベッド上に端座位(または長座位)になる。背もたれのない状態で1分以上行う。
手すりなどの把持物、支持物を用いてもよい。
完全に動作可能とは、転倒や転落の危険がなく、安全に座位保持が可能である。
5.座位で物を拾う
端座位で、足元にある物(ペンなどの小物)を拾うことができる。手すりなどを用いてもよい。
完全には足元まで届かないが、手の届く範囲であれば物を取ることができればスコア2とする。
完全に動作可能とは、転落の危険がなく、監視なしで安全に足元の物を拾うことができる。
6.立ち上がり
ベッド端座位または椅子(車いす)から立ち上がる。ベッド柵などの支持物を利用してもよい。
完全に動作可能とは、おおむね15秒以内に自立して、立ち上がり動作を終了できる。
15秒以上を要する場合は、スコア3とする。
7.立位保持
1分以上の立位を保持する。ベッド柵などを利用してもよい。
疼痛や疲労などにより、1分以上の立位が困難な場合は、その程度により判断する。
完全に動作可能とは、転倒の危険がなく、把持物の操作も含めて可能である。
8.ベッド⇔いす(車いす)移乗
ベッドからいす(車いす)に移乗する。また、その逆の動作を行う。
ベッド柵やその他の福祉用具を用いてもよい。
完全に動作可能とは、いすや車いすの位置修正やブレーキの確認など含めて可能である。
9.いす(車いす)上での座位保持
背もたれ付いす(車いす)上で1時間以上の座位保持が可能かどうか判断する。車いすの種類は問わない。
リクライニングや徐圧などの体位修正が自ら困難な場合は、介助とする。
介助や体位修正により、30分可能であれば、スコア2とする。
完全に動作可能とは、転落の危険もなく、必要に応じて徐圧なども自らで可能である。
10.移動(車いす駆動)
屋内で目的地まで車いすを駆動する。通常、歩行を移動手段としている場合は、歩行を評価する。
日常的に屋内生活で必要と思われる距離、目的地までの移動(およそ10m程度)を評価する。
完全に動作可能とは、方向転換やブレーキの操作を含め、車いすを操作できる。または、歩行できる。
歩行に関しては、いかなる歩行補助具を使用してもよい。
動作丌可能 完全に動作可能
(協力動作量<介助量) (協力動作量>介助量) (監視や誘導または セッティングが必要)
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2-3-2 BMS の検者内信頼性および検者間信頼性
理学療法士Aによる検者内(再検査)信頼性はICC(1,2)= 0.97(95%信頼区間:0.95 ―
0.99)であり、また、理学療法士Bと看護師Cによる検者間信頼性はICC(2,1)= 0.97(95%
信頼区間:0.87 ― 0.99)であり、高い信頼性が確認された。
2-3-3 BMS の天井効果、床効果
(表2-2)全対象者 163名のうち、152 名(93.3%)が要介護認定を受けており、その内訳を表 2-1 に示した。なお、要介護度および寝たきり度による年齢の差は認められなかった。
BMSにおける40点満点者の割合を要介護度別、寝たきり度別に示した(表2-2)。要支援 2から要介護2までの軽度要介護者では55名中34名(61.8%)が 40点満点であり、天井 効果を認めた。また、寝たきり度別にみると日常生活の自立度が高く、介助により外出し、
日中のほとんどはベッドから離れて生活できる程度であるJ1からA1の対象者では、47名 中36名(76.6%)が40点満点であり、天井効果を認めた。BMSの床効果に関して、最低 得点である0点者は全対象者中2名(1.2%)で、いずれも要介護5かつ寝たきり度C2であ り、床効果は認められなかった。一方、BIの最低得点0点者は、全対象者中で9名(5.5%)
であり、要介護度5の対象者のうち20.8%(24名中5名)が0点者であった。また、9名 のBI得点0点者はすべてランクCであり、21名中9名(42.9%)を占めていた。
表2-2 BMS得点の天井効果
要支援2(n = 5) 要介護1(n = 14) 要介護2(n = 36) 要介護3(n = 33) 要介護4(n = 40) 要介護5(n = 24)
要介護度別の 4名(80.0%) 8名(57.1%) 22名(61.1%) 12名(36.4%) 3名(7.5%) 0名(0.0%)
BMS40点満点者数(%)
要支援2 - 要介護2(n = 55) 要介護3 - 要介護5(n = 97)
34名(61.8%) 15名(15.5%)
J1(n =7) J2(n = 11) A1(n = 29) A2(n = 35) B1(n = 31) B2(n = 29) C1(n = 8) C2(n = 13)
寝たきり度別の 6名(85.7%) 10名(90.9%) 20名(69.0%) 15名(42.9%) 0名(0.0%) 0名(0.0%) 0名(0.0%) 0名(0.0%)
BMS40点満点者数(%)
J1 - A1(n = 47) A2 - C2(n = 116)
36名(76.6%) 15名(12.9%)
2-3-4 BMS の妥当性
(表2-3)要支援2であった5 名を除いた147名を分析対象として、要介護度を要因とする一元配 置分散分析の結果(表2-3)、BMSに主効果(F4.142 = 37.4, p < 0.01)を認め、多重比較検定 の結果、要介護1と4、要介護1と5、要介護2と4、要介護2と5、要介護3と4、要介護
3と5、要介護4と5との間に有意差を認め(p < 0.05)、介護度が高い対象者ほどBMSは低
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かった(表2-3)。また、寝たきり度に関しては、ランクJ、A、B、Cの4群間で比較する と、BMSに主効果を認め(F3.159 = 119.5, p < 0.01)、ランクJとAとの間を除く、すべての ランク間で有意差を認め(p < 0.05)、寝たきり度が重症化するほどBMSは低かった。
BMSとBI、要介護度および寝たきり度との相関関係を調べたところ、BMSとBIの相関
係数はr = 0.88(p < 0.01)となり、有意な正の相関関係を認めた。BMSと要介護度(要介
護認定者152名のうち、要支援2の5名を除く147名)との相関係数はr = -0.70(p < 0.01)、 BMSと寝たきり度との相関係数はr = -0.85(p < 0.01)であり、いずれも有意な負の相関 関係を認めた。BMSが高いほど要介護度は低く、日常生活の自立度が高かった。また、BMS が高いほどBIによるADLも高かった。
表2-3 要介護度、寝たきり度別のBMS得点(単位:点)
平均値±標準偏差
(最小値-最大値)
要介護度
要介護1(n = 14) 38.9±1.7(35 - 40)
要介護2(n = 36) 38.5±2.9(28 - 40)
要介護3(n = 33) 35.5±6.4(15 - 40)
要介護4(n = 40) 28.9±10.7(3 - 40)
要介護5(n = 24) 15.3±11.5(0 - 34)
寝たきり度
ランクJ(n = 18) 39.8±0.5(38 - 40)
ランクA(n = 64) 38.5±2.6(29 - 40)
ランクB(n = 60) 28.3±9.3(3 - 39)
ランクC(n = 21) 9.2±7.9(0 - 30)
**** ** ** ** ** **
**** ** ** **
** p < 0.01
2-4 考察
要介護者の運動能力や移動動作能力を評価する際には、歩行速度40)や 6 分間歩行距離テ スト41)などの歩行能力評価、Berg Balance Scale42)やFunctional Reach Test43)などのバランス能 力評価、Timed Up & Go Test44)などのバランスと移動といった複合的な動作能力評価を目的 とした多くの指標が用いられている。しかし、その多くは立位でのパフォーマンステスト
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であり、立位や歩行が困難な対象者における実施可能な評価は数尐なく、数値化できる評 価は十分に実施されていない。そのため、身体機能が著しく低下した重度要介護者におけ る客観的な動作能力の差異を明示することが難しい。本研究では、重度障害を有する者に 適応可能な、動作および移動能力の評価尺度の開発を試み、その信頼性、妥当性の検討を 行った。
本研究の対象者におけるBMS の天井効果を検討した結果、要支援と要介護 1、2 の比較 的軽度の障害を有する対象者では、最高点である40点の分布割合が61.8%を占めた。また、
寝たきり度で分類してみると、外出頻度が比較的保たれており、屋内での日常生活が自立 しているJ1からA1の対象者では、76.6%が40点満点であった。以上から、障害度が低く、
日常生活自立度が高い対象者では、天井効果を認め、BMS の適用は妥当でないと考えられ た。一方、要介護度3以上の重度の介護を必要とする対象者では、40点満点の分布割合が
15.5%であり、同様に、寝たきり度A2からC2の日常生活自立度が低い対象者では、40点
満点の割合は12.9%であり、著明な天井効果は認められなかった。BMS による動作および 移動能力の評価は、ADL に介助や監視を必要とする要介護状態の対象者に適応できると考 えられた。
BMSの信頼性の検討では、検者内および検者間信頼性ともにICC = 0.97であり、高い信 頼性が得られた。BMSはおよそ10から15分程度で実施でき、日常動作を観察することで 評価可能なため、対象者への負担も尐ない。さらに、BMS は日常での動作遂行時の実用性 についても得点に反映されるように構成されているため、補助具の利用や環境調整などの 介入効果を把握するための動作遂行能力の評価指標として活用可能である。
BMS の妥当性に関して、ADL 能力と日常生活自立度との関係から検証を試みた。BMS は、BIとの相関係数がr = 0.88、障害老人の日常生活自立度との相関係数がr = -0.85であ り、ADL能力および日常生活自立度との有意な相関関係を認めた。ADL能力指標として用 いたBIでは、要介護度5の対象者で20.8%が最低点0点であり、床効果を認めたのに対し て、BMSでは要介護度5の対象者における最低点0点は8.3%であり、顕著な床効果は認め なかった。以上の点から、ADLと関連した動作能力評価指標のひとつとしてBMSの有用性 が示されたものと考えられる。また、要介護度とBMSの関連をみると、重度な介護を必要 とする要介護度3以上の対象者では、要介護度が高いほどBMSによる評価が低くなる結果 となった。この結果は、BMSが要介護度3以上の重度障害の対象者における動作、移動能 力の差異を明確化できる可能性を示している。また、寝たきり度と BMS の関連をみると、
日常生活自立度の高いランクJとAの間ではBMSに差が認められなかったが、その他の群
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間ではBMSに有意差が認められた。日常での活動範囲が屋内中心で、立位や歩行などの動 作パフォーマンスによる評価が困難な要介護者に特化した評価尺度としてBMSを開発した。
そのため、より要介護度が高く、寝たきり度が高い群において、床効果が解消され、低下 した動作能力の中にも差異を明らかにすることができたものと考えられた。この点が BMS の指標としての特徴であり、BIや FIMがADL動作能力を把握するのに有用であるのに比 して、BMSは短時間で寝返りや起き上がりなどの基本動作を中心とした項目から構成され、
これらの動作を直接観察して評価するため、客観的な動作能力指標として利用可能である。
そして本研究結果から、BMS はより重度な要介護者や寝たきり度が高い対象者における動 作能力の差異を明らかにできることが可能であり、重度な障害を有する対象者の動作に特 化した評価指標として有用であると考えられた。
本研究の限界として、対象者の特異性とBMSの感度や予測妥当性の検証が行われていな い点が挙げられる。本研究の対象は、在宅にて訪問による理学療法または作業療法を実施 している者に限られており、なおかつ、発症後の経過期間が 1 年以上経過している者が大 多数であった。理学療法、作業療法による動作や移動能力の改善には、急性期や回復期に おける介入が重要であり、このような時期での身体機能や動作能力の改善は慢性期に比べ て急速である。急性期や回復期の対象者でも本研究と同様の結果が得られるかは不明であ る。しかしながら、以降の本研究では、このように在宅で生活する重度な要介護者を中心 とする訪問リハビリテーション利用者とその家族介護者を対象とした介護負担感に関連す る要因を探り、その解決策を提案するものとする。その介護負担感に関連する要因のひと つとして、動作能力を評価するための指標にBMSは有用性があると考える。
2-5 まとめ
第 2 章では、在宅で生活する重度要介護者を対象とした基本的な動作能力を評価する新 たな指標としてBMSの開発を行い、その信頼性と妥当性を検証した。その結果、BMSには 高い検者内および検者間信頼性が得られ、特に重度要介護者および日常生活自立度の重度 低下者の動作能力評価に適しており、臨床的意義が高いと考えられた。この指標を含めた 要介護者の身体機能や動作能力の評価から介護者の負担や精神状態に影響するさまざまな 要因についての検証を進めていく必要があると考え、第 3 章では介護者の介護負担感を把 握する作業を行う。
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第 3 章 在宅要介護者の主介護者における
介護負担感に関与する要因についての研究
3-1 はじめに 3-2 方法 3-3 結果 3-4 考察 3-5 まとめ
本章では、要介護者を在宅で介護する主たる家族介護者における介護負担感に関与する 要因を横断的な分析により検証した。在宅で理学療法士または作業療法士の訪問リハビリ テーションを実施していた要介護者78名(男性40名、女性38名、年齢77.8歳)とその主 介護者78名(男性20名、女性58名、年齢66.8歳)の78組156名を分析対象とした。介 護負担感の指標である短縮版Zarit介護負担尺度(J-ZBI_8)の結果から介護負担感の低負担 群(10点未満:5.0±3.0点)41組と高負担群(10点以上:15.9±5.9点)37組の2群間で比 較した。その結果、低負担群の要介護者では、高負担群の要介護者に比べ、高い基本動作 能力、日常生活動作能力を有していた。また、低負担群の主介護者では、高負担群に比べ て、介護を手伝ってくれる人(低負担群65.9%、高負担群40.5%)、介護相談ができる人(低 負担群95.1%、高負担群75.7%)を有する割合が有意に多く、主観的幸福感(低負担群9.6±3.5、
高負担群 6.3±3.7)も有意に高かった。また、高負担群では、すべての日常生活の各動作項
目における自覚的な介助負担度も大きかった。要介護者の日常生活動作能力や基本動作能 力は介護負担感に影響を与える一因であることが示唆された。また、介護協力者や介護相 談者の有無も介護負担感と関係し、介護負担感が高い主介護者では主観的幸福感が低いこ とが示された。
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3-1 はじめに
わが国における急速な高齢化の進行に伴い、在宅生活を送る障害を有する要介護高齢者 は増加の一途を辿り、介護保険制度が施行された2000年では、218万人であった要支援・
要介護認定者は、2005年では410万人に達している2)。なかでも、居宅サービス利用者は、
2000年の97万人から2005年では256万人となっており、在宅ケアを要する要介護者は約 2.6倍と急増している2)。このような状況のなか、特に要介護3以上の重度要介護者の主介 護者においては、介護に要する時間は半日以上を費やしている割合が多く 19)、これらの要 介護者の在宅生活の継続を支援するには、介護する主介護者の身体的および精神的な負担 にも配慮する必要があろう。要介護者の在宅介護において、主介護者の高齢化や主介護者 による虐待などの問題が顕著化する事例があり、身体機能や精神機能の低下を有する高齢 者および障害者を自宅で介護することは、介護者にとって精神的にも身体的にも負担とな ることが推測される。介護による負担は虐待リスクとの関連が報告されており 45)、介護に おける家族負担に関与する要因についての研究も報告されている8),12),46)。また、無作為化比 較対照試験による介護者におけるストレスと対処法に関する介入効果検証も報告されてい る47)。
介護負担という問題を定量的に評価する指標がZaritにより報告され7)、日本語版Zarit介 護負担尺度(J-ZBI)の信頼性および妥当性も確認されている 48)。J-ZBI を用いた研究で介 護負担感は、介護者の身体的疲労や精神的疲労と有意に関連し、要介護者の問題行動があ る群では介護負担感が強く、虐待の有無との関連も報告されている 49)。その他にも J-ZBI を評価指標とした報告も散見され 50),51)、在宅要介護者が増加していく状況において、介護 負担に着目した研究は、今後もさらなる発展が必要であると思われる。介護負担感と要介 護者の機能状態との関係について、介護負担感は要介護者の身体機能や生活機能レベルと 関連がある9),48)と報告されている。一方、Elmstahlら52)によると脳卒中後遺症患者を対象と した3年間の追跡調査では、日常生活動作(Activities of Daily Living: ADL)能力の改善が必 ずしも介護負担感の軽減に結びついてはいないと報告されており、要介護者の身体機能や 生活機能と介護負担感との関連に関する見解は一致しておらず、今後も検討の余地がある。
そこで本研究では、特に在宅要介護者の運動機能および生活機能に着目し、これらの機 能と主介護者の介護負担感との関連を明らかにすることを第一の目的とした。また、主介 護者の体力や主観的幸福感、主介護者のソーシャルサポートなどの多面的な視点から介護 負担感に関与する要因について検証した。本研究の仮説は、要介護者の身体機能や生活機 能が低いほど、介護者の介護負担感が強く、介護負担感には主介護者の主観的な健康感や
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体力、ソーシャルサポートなどの要因も関連すると考えた。この研究の意義は、介護負担 感に影響する因子を多面的に検討し、明らかにすることで、介護負担の軽減に向けた介入 方法の試案に貢献する資料となると思われる。
3-2 方法
3-2-1 対象
都内 1 施設、北関東地方 2施設の訪問看護ステーションのいずれかにおいて、理学療法 士(PT)または作業療法士(OT)の訪問によるリハビリテーションを実施していた要介護 者とその主介護者を対象とした。96 組の要介護者およびその主介護者に本研究への協力を 依頼した結果、91 組から協力が得られ、そのうち要介護認定を受けており、在宅での介護 期間が6か月以上240か月以下であった78組を分析対象とした。分析対象者とした要介護 者78名の属性は、男性40名、女性38名、平均年齢77.8(47 - 103)歳であり、その主 介護者78名は、男性20名、女性58名、平均年齢66.8(42 - 85)歳であった。対象者に は研究の主旨を説明し、口頭および書面にて同意を得た上で実施した。なお、本研究は早 稲田大学スポーツ科学学術院研究倫理委員会の承認を受けて、2006年9月14日から 2006 年11月14日の期間に実施した。
3-2-2 測定項目
要介護者の性別、年齢、要介護度、要介護状態(機能障害と関連のある)の起因となる 疾患名およびその疾患発症からの経過期間を訪問看護指示書から得た。なお、複数の疾患 を有する場合は、より要介護状態や機能障害に関連のある疾患を取り上げた。加えて、障 害老人の日常生活自立度(寝たきり度)38)、痴呆老人の日常生活自立度 53)、居室内動作能 力評価(Bedside Mobility Scale:BMS)54)、ADL指標としてBarthel Index(BI)20)を担当PT またはOTにより評価した。BMSは、第2章で信頼性および妥当性が確認されており、起 居動作や移乗動作、移動動作などを含む10項目から構成される指標であり、得点範囲は0 から40点で、得点が高いほど高い動作能力を有する。BIは基本的なADL能力を示す100 点満点の指標であり、高得点ほど日常生活動作能力が高いことを示す。
主介護者に対しては、性別、年齢、要介護者との続柄の基本情報に加え、介護期間、介 護を手伝ってくれる人の有無、介護相談ができる人の有無、介護負担感としてZarit介護負 担尺度(短縮版:J-ZBI_8)49),55)および視覚的アナログスケール(Visual Analogue Scale: VAS)