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中国の「国境文化」の人類学的研究

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中国の「国境文化」の人類学的研究

著者 塚田 誠之

発行年 2013‑03‑31

その他のタイトル The Culture of Ethnic Groups in Border Areas of China

URL http://hdl.handle.net/10502/5668

(2)

固定的祭祀施設 と女性の儀礼参加

タイ北部国境地域のユーミエン(ヤ オ)に おける新たな宗教現象に関する調査報告

吉 野 晃(棘 学藝大学)

1.は じめ に

  タイ北 部 に居 住 す るユ ー ミエ ン(lu Mien)は 、ヤ オ(Yao)と 他 称 され 、タイの ほか 中 国 南 部 、ヴェ トナ ム、 ラオス の 山 地 に広 く分 布 して い る。 い わ ば 、 多 国 境 を跨 いで 分 布 す る跨 境 民 族 で あ る。 彼 ら は焼 畑 耕 作 とそれ に伴 う移 住 によって 、 この 広 い分 布 を呈 す るに到 った 。 その 結 果 、 タイ北 部 に は ラオ ス 経 由 で19世 紀 後 半 に移 住 して きた と推 測 されて い る。 この 長 駆 の 移 住 の 途 上 で 、 ユ ー ミエ ン は漢 民 族 か ら道 教 的 色 彩 の 強 い 儀 礼 体 系 や 父 系 理 念 に沿 った 親 族 組 織 の イデ オ ロギ ー を受 け入 れ て きた。

儀 礼 文 書 は 漢 字 で 書 か れて お り、 儀 礼 知 識 の伝 承 も、 多 くは漢 字 による。

  ユ ー ミエ ンの 儀 礼 体 系 は 、 様 々な 宗 教 運 動 の 影 響 が あ った と考 えられ る。 道 教 の 正 一 派 と同 じ三 清 (元 始 天 尊 、 霊 宝 天 尊 、 道 徳 天 尊)を 祀 る儀 礼 の セ ットが あ る一 方 で 、 そ うした三 清 に関 わ らな い儀 礼 も多 数 あ る。 これ は様 々 な 宗 教 運 動 の影 響 が 積 み 重 な って い る と見 なせ る。 表1で は、 これ まで タ イ北 部 に お いて 観 察 あ るい は伝 聞 した儀 礼 を挙 げた 。 この 中 で、 三 清 に関 わ るの は 、2〜4の 儀 礼 で あ る。 道 教 の 神 々 を描 い た掛 軸 の ような画 〈大 堂 画>Tom  toangfaang(i>を 十 数 枚 壁 に掛 け、その神 々 を勧 請 して 祀 る。 ユ ー ミエ ンの 儀 礼 にお いて 祭 祀 対 象 とな る立 体 的 な神 像 の 類 い は、 タイの ユ ー ミエ ン に おい て は従 来 なか った ので あ る。

2.固 定 的 祭 祀 施 設 一 儀 礼 の 場 一

2.1  移 住 と定 住 化

  調 査 地 は 、 タイ王 国 チ エ ンラー イ県 ムア ン郡(Amphoe  Muang,  Cangwat  Chiang  Rai>のHCP 村 で あ る。 この 村 で 起 きて い る宗 教 現 象 の 新 しい 面 の 一 つ は 、 固 定 的 宗 教 施 設 を 作 った ことで あ る。

焼 畑 耕 作 に伴 って 移 住 を繰 り返 して きたユ ー ミエ ン は、 廟 な どの 固 定 的 宗 教 施 設 を作 って こな か った 。 中 国 国 内 で 定 住 化 した ユ ー ミエ ンの村 には か っ て 廟 が あ った 村 も、 現 在 も廟 が あ る村 もあ る。 筆 者 が 調 査 した 湖 南 省 藍 山 県 のユ ー ミエ ン村 落 には 、か つ て は盤 王 廟 な ど3つ の 廟 が あ り、神 像 もあ った が 、 文 化 大 革 命 の 時 にいず れ も破 壊 され た 。 その ように、 定 住 化 す ると廟 を作 ることが あ るが 、 タイへ 移 住

して きたユ ー ミエ ン は最 近 まで 移 住 を続 けて きた の で あ り、 固 定 的 な 宗 教 施 設 を 作 る要 因 が な か っ た。

  彼 らの 儀 礼 は、 「7.土地 霊 祭 祀 」 を 除 くと、 通 常 は 個 人 の住 宅 で 行 われ る。 表1の2〜4の よう な大 が か りな儀 礼 で も、 個 人 宅 で 行 い 、 先 に 述 べ た ように、 〈大 堂 画 〉 を壁 に掛 け、 本 尊 として 祀 る 形 にす る。 〈大 堂 画 〉 は持 ち 歩 きで き、 壁 に 掛 けれ ば そ こが 儀 礼 場 に変 わ る。 す な わ ち、 各 住 宅 が そ の まま廟 にな る訳 で ある。 掛 け軸 様 の 〈大 堂 画 〉は、移 住 生 活 に適 応 した 祭 祀 の形 で あった 。 また 、〈大 堂 画 〉 を用 い な い儀 礼 で も、 自宅 で 壇 を構 えて行 うの が 原 則 で あ る。

  この ような 移 住 を前 提 とした 生 活 も、 タイに お け る政 策 に よって定 住 化 が 進 ん で きた。1989年 の商 業 的 森 林 伐 採 禁 止 政 策 によ り、 森 林 を伐 開 して焼 畑 耕 作 を行 うことが で きな くな った 。 新 た な耕 地 を 求 めて 移 住 す る生 業 が 成 り立 た な くな った ので あ る。 また 、 タイ北 部 の 山地 にお いて は、 人 口が 増 え、

焼 畑 耕 作 が で きる条 件 が 減 りつ っ あ り、 切 り開 け る無 人 の 山 林 の 余 地 が な くな りつ つ あった 。 タイにお

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(3)

表1:タ イ に お け る ユー ミエ ン の儀 礼

1〈 盤 皇〉祭 祀

2〈 修 道〉

3祖 先 祭祀

4人 生儀礼

5収 魂[生 者 の魂   を 呼 び戻 す]

6穀 霊祭 祀

7土 地霊 祭 祀

8厄 祓 い

9願 掛 け ・返礼

10謝

11そ の 他

A〈 大 堂 画>tom  to∂ng faangを 掛 け 、 高 位 の 神 霊 を 招 請 す る 。

B〈 中 空 〈半 天 高 楼 〉に 住 む 〈玉 帝>Nyu亡 亡∂'へ向 け た 祈 願 を 行 う (〈當 天>to∂ng tinま た は 〈叫 天>

heu lung)o

CAとBの い ず れ も な し 。

歌 堂〉

ユ ー ミエ ンの祖 先 を救 護 した 〈盤 皇〉を 祀 る謝 恩儀 礼。 姓 の 下位 分節 乙 とに儀礼 場 の しつ らえ、供 物 な どが異 な る。

掛燈 〉〈度戒 〉〈加 職 〉〈加 太〉

道 教 の道 士叙 任 儀 札 の 形 式 を と って お り、 受礼 者 に は、 到 達 した 儀 礼 的位 階 に応 じた 儀 礼 名(〈掛 燈 〉の場 合 は 〈法 名>fa∂t bu∂)と 、霊 界 の守 護 兵(〈 陰兵>yin‑p∂eng)が 与 え られ る 。

・〈掛 燈 〉は ミ エ ン男 子 が通 過 す べ き 成 人 式  民族 アイ デ ン テ ィ テ ィ を も規 定 す る

超 度〉

當 天 安墳 〉★〈析 解〉[〈掛燈 〉〈 度 〉〈倣 身〉の儀礼 分 節 と して 行 わ れ る こ とが 多 い]〈安 翁太 牌 〉

〈尚翁 太〉〈尚家 先〉〈尚 外祖 鬼〉

尚 外 家鬼〉〈収 兵〉★〈平 安 墳〉

超 度〉:二日二 晩 な い し三 日三 晩。 比較 的 若 い世代 の 〈家先 〉を供 養 し、 冥界 で の安 泰 を祈 願す る。

この儀 礼 を3回 行 う と、死 者 は祖 先=〈 翁 太>ong‑th∂1となる ことが で きる。

析 解〉:祖先 を害す る瘍 神 を祓 う。

安 翁太 牌 〉:祖先 の祭 壇 を家 に設 置 す る儀礼 。

〈尚翁 太〉:酒蓋 ・水 盃 ・線 香 ・紙 銭 を供 え、 鶏 一 羽 を供 犠 す る。1〜2代 目 く らい まで の 比較 的 若 い世代 の 〈家 先〉を供養 す る儀 礼 。

尚 家 先〉:4〜5代 以 上上 輩 の祖 先 を祀 る 。

〈尚衆 鬼〉:全て の 家先 を祀 る。

〈尚外祖 鬼 〉:家主 の母 方 の祖 先 を祀 る。

〈尚外 家鬼 〉:家主 の妻 の祖 先 を祀 る。

収 兵 〉★:祖先 を あの世 で苦 しめて い る悪 鬼 を駆 除 する 。

平 安 墳〉:祖先 の墓 の レプ リカ を清 掃 して 墓 を清 め る。 発 童 を伴 わな い。

富 天 安墳 〉★:発童を伴 う安 墳。

倣 身 〉[葬儀] 〈添 人 口 〉〈斥 人 口 〉〈出 花 林 〉

倣 親 家〉[婚礼]

添 人 口〉:出生、 養 取、 入 婚 な ど、 ピャオ の新 しい メ ンバ ー を 〈家先 〉に紹 介 し、 そ の 内の 一人 の

家 先〉に新 しい メ ンバ ー を登 録 し、 守護 祖 先 とす る。

當 天 架橋 〉 〈架 平 橋 〉[多種]  〈叫魂 〉〈購 魂 〉〈順花 〉〈槍魂 〉

収 魂 儀 礼:離 脱 した 〈魂 〉を本 人 の 身体 に呼 び戻 す儀 礼 。 人 間 の 身体 の各 部 分 に離 脱 可 能 な 〈魂>

u∂nが あ る。 総数10又 は12(イ ン フ ォマ ン トに よ り異 な る)。〈魂 〉が 身 体 を離 れる → 身体 の 当該 部 位 の不 調 → この遊 離 した 〈魂〉を身 体へ 戻 す。

〈入春 〉 招 稲魂 〉〈購 稲魂 〉

穀 物 の霊 を呼 び戻 し、 豊 作 を祈願 す る 。

〈設 地 方 鬼 〉〈設 地 鬼 〉 〈給 秋 〉

〈開 山〉

土地 の 霊 を祀 り、 安全 を祈 願 す る。 あ るい は耕 地の 霊 を祀 り、 豊 作 を祈願 す る。

解 無〉

個 人 の 身 の上 に掛 か って い る悪 い作 用 〈籔 〉を解除 す る。

〈許 願 〉[多種]  〈還 願 〉[多種]

賀 年〉★

家 内安 全 や豊作 を願 掛 けす る。

繹 師父 〉〈繹天 地〉〈繹 契父 〉 何 らか の霊 に対 して侵 犯 したた め に起 こっ た不 幸 を、 謝罪 によ って解 除 す る。

〈設 太 陽 月 亮 〉〈設 元 肖鬼 〉〈 星 〉〈設 百 家姓 〉

心 身の 不 調 を解 消 す るす る儀 礼 。あ る いは不 調 が生 じぬ よ う予 防措 置 を とる儀 礼。

注:★が 付 い て い る儀 礼 は 、 〈発 動 人 〉が 関 わ る儀 礼 で あ る。

114中 国の 「国境文化」の人類学的研究

(4)

け る少 数 民 族 政 策 も、 移 動 を抑 制 し定 住 化 を促 進 して 国 民 化 を進 め ようとす る政 策 で あっ た。 こうし た い くつ か の 要 因 が 相 侯 って、 タイにお いて も山 地 民 の 定 住 化 は進 んで い る。 ユ ー ミエ ンの 場 合 も例 外 で はな い 。 多 くの 村 が 実 質 的 に定 住 化 して い る。 もっ とも、 ユ ー ミエ ンの 場 合 は、 移 住 は世 帯 単 位 で 行 わ れ るの が 通 例 で あ った ので 、 世 帯 単 位 の 移 住 を考 えれ ば 、 今 も移 住 は行 わ れて い るとみ て もい い 。 しか し、 現 在 、 それ は焼 畑 に 伴 う移 住 で は な く、 農 外 就 労 の た めの 移 住 で あ り、 それ に よって 、 ユー ミエ ン村 落 が 新 た に で きるような移 住 で は な い。 この よ うに、 既 存 の ユ ー ミエ ン村 落 は 定 住 化 して きて い るの で あ る。

2.2  前 史 一H(L村 に お け る 〈廟 〉 建 設 一

  こうした 定 住 化 に伴 って、 固 定 的 祭 祀 施 設 た る 〈廟>miuを 作 る動 きが2000年 代 か ら顕 れ て きた 。 HCP村 に 〈廟 〉 が 作 られ る以 前 に、 他 の ユ ー ミエ ン村 落 にお い て 〈廟 〉 が 作 られて い る。 そ の経 緯 は モ ンコンの 報 告(Mongkhol  20◎6)に 詳 しい。 チ エ ンラー イ県 ムアン郡 のHCL村 にお い て 〈盤 王>

Pienhung(〈 盤 皇 〉 とも書 く。 詳 細 は 後 述)を 祀 る 〈廟 〉 が 作 られ た 。1990年 代 後 半 に 、 この 村 は、

経 済 不 振 、覚 醒 剤 使 用 、村 内 不 和 な どの 問 題 を抱 えて い た。 モ ンコンに よると、近 隣 の複 数 の 村 で 、〈 皇 〉 を祀 ると裕 福 にな るとの夢 を見 た 者 が い る とい う話 が あっ た(Mongkhol  2006:262)。2000年 初 め に、HCL村 の70歳 の 老 爺 が トランス に入 り、村 人 が 〈唐 王>Tong  Hungの 廟 〉 を建 て て 〈唐 王 〉 を 祀 れ ぼ 、 混 乱 した 状 態 が 改 善 され ると託 宣 した(ibid.)。 〈唐 王 〉 は後 に も述 べ るように 、 ユ ー ミエ ン の 祖 先 が 海 を渡 った ときに 〈盤 皇 〉 と共 に彼 らを救 護 した 神 で あ る(2)。 この 託 宣 につ いて 、 村 人 た ちが 相 談 した 。 特 に年 長 の 女 性 た ちが 〈廟 〉 建 設 に積 極 的 で あ った(ibid.)。 女 性 た ちの 中 に、 中 国 広 西 の ヤ オ族 の 〈廟 〉 へ 行 き、 そ こに 祀 られ て い た14体 の神 像 の 写 真 を撮 って きた 姉 妹 が い た。 そ の うちの 一 人 の 家 族 が 村 人 を説 得 し、 寄 附 が 集 まって 〈廟 〉 建 設 へ 動 き出 した。 村 人 の協 議 で 、 託 宣 に あ った 〈唐 王 廟 〉 で はな く、 〈盤 皇 廟 〉 を作 ることとな った。 中 国 で 撮 って きた 写 真 を参 考 に して 模 造 して神 像 を作 り、〈廟 〉 に祀 った(Mongkho12006:262‑263)。 但 し、この 祭 神 の 中 に は、〈唐 王 〉

も入 って い る(筆 者 実 見 に よる)。 〈廟 〉 は2000年 に完 成 し、2001年 に開 眼 儀 礼 が 行 わ れ 、 そ の 後 3年 間 続 け て開 眼 儀 礼 が 執 り行 わ れ た(Mongkhol  2006:263)。 筆 者 が2003年 に調 査 した ときには 、

盤 王 〉 像 の 手 首 に紐 を巻 く儀 礼 を行 って い た 。 この 儀 礼 で 特 徴 的 で あ った の は、 女 性 が 多 数 儀 礼 に参 加 し、儀 礼 の 司 会 、儀 礼 中 の 唱 歌 な どに積 極 的 に参 加 して い た ことで ある。 先 に も引 用 した ように、

建 設 に も女 性 が 積 極 的 に関 わ って いた 。

2.3  HくP村 に お け る 〈廟 〉 建 設

  この ようなHCL村 にお け る 〈廟 〉 建 設 は、 他 の ユ ー ミエ ン村 落 に も影 響 を与 えた。 HCP村 にお い て は2004(仏 暦2547)年 にrユ ー ミエ ン文 化 セ ンタ1Su:n  Watthanatham  Iu Mianと して、 木 竹 造 の平 屋 建 ての 建 物 を建 て た。後 にこれ が 〈廟 〉とな る。 表 向 きは 宗 教 施 設 の 形 を取 らず 、文 化 セ ンター 」 を 自称 した 。場 所 は 、村 の 上 方 の 尾 根 端 に位 置 し、陸 軍 の特 別 部 隊 の 駐 屯 地 に隣 接 して い る。軍 はユー ミエ ンの 〈廟 〉 建 設 に対 抗 して か 、2011年 に 〈廟 〉 と同 じ敷 地 内 に仏 像 を安 置 した仏 堂 を作 った 。   2009(仏 暦2552)年 農 暦 八 月 十 五 日に最 初 の 神 降(3)が あっ た。 劉MK(女 性)、...   (男性)、

郵LC(男 性)の 三 人 に 〈盤 王 〉 の 霊 が 降 り、託 宣 を述 べ たの で あ る。 その ときは、まだ 文 化 セ ンター に は神 像 は なか った 。 主 祭 神 の 〈盤 王 〉の像 が 設 置 され た の は 、翌2010年 で あった 。 その ときには 〈 王 〉ほか5体 の神 像 が 設 置 され た 。2011年 に は さらに い くつ か の像 が 設 置 され た。 この ときの 〈盤 王 〉 の 像 は、 以 前 、 雲 南 で 購 入 した もの で あ る とい う。 実 際 、 村 人 の 中 に は 中 国 の ヤ オ 族 の 許 を複 数 回 訪 れて い る者 が い る。

  2012年 の 農 暦 正 月 に、隣 に あった 集 会 所 を改 築 して 神 像 を移 し、そ こを 〈廟 〉とし、農 暦 三 月 に 旧 〈廟 〉 を取 り壊 した。 そ の 跡 地 に は、 コンクリー ト造 りの 正 式 の 〈廟 〉 を建 設 す る予 定 で あ る。2012年5月 19日 に 、起 工 式 として最 初 の柱 を立 て る儀 礼 が 行 わ れ た 。2012年8月 現 在 、土 台 と柱 はで きてい るが 、 屋 根 と壁 の 取 り付 け 工 事 は まだ 行 わ れ て い な い。2012年 農 暦 正 月初 一 日か ら、 現 在 の 〈廟 〉 で の儀

國定 的祭龍施設 と女性 の儀礼参加115

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礼 が 行 われ て い る。 また 、 この 移 転 に 際 して、 〈盤 王 〉 の像 を新 た に作 った 。

2.4  他 の 村 の 動 向

  このよ うな 〈廟 〉 を作 る動 きは、 他 の ユー ミエ ン村 落 で も見 られ る。HCPの 隣 の 村 で も 〈廟 〉 が 作 られ る とい う話 が ある と聞 い た 。 また、 筆 者 が 長 年 調 査 村 として きた ナ ー ン県 ムア ン郡 のNG村 で も、

や は り 「ユ ー ミエ ン文 化 セ ンタ ー 」 の 名 目で 〈廟 〉 作 りが 進 ん で お り、 建 物 は建 って い るが 、 神 像 は まだ な い 。 ここで は 、シ ャマ ン儀 礼 で な く、祭 司 による伝 統 的 な 儀 礼 が 時 々 に行 われ て い る。 この ほか 、 ナ ー ン県 ムア ン郡 のLBY村 で も、〈廟 〉を作 る計 画 が あ るが 、用 地 の 選 定 に手 間 取 り、まだ着 工 には 至 っ て い な い。

  興 味 深 い の は、HCP村 の場 合 も、NG村 の 場 合 も、対 外 的 に は表 だ って 宗 教 施 設 の 形 を とらずrユ ー ミエ ン文 化 セ ンター 」とい う名 目で 実 質 的 に 〈廟 〉を作 って い ることで あ る。宗 教 施 設 とす ることによる様 々 な 法 的 制 約 を回 避 す る狙 い が あるもの と思 われ る。

3.祭 神

  HCPの 廟 〉 で は、 儀 礼 は農 暦 の 毎 月初 一 日と十 五 日に行 わ れ る。 新 年 の 時 は正 月初 一 日か ら初 三 日まで 、 七 月 中 旬 に は十 四 日と十 五 日に行 う。 漢 族 で は 七 月 十 五 日に中 元 節 で 祖 先 を祀 るが 、 ユ ー ミエ ンで は七 月十 四 日を 〈過 十 四>kia  tsiepfeiといい 、この 日に祖 先 祭 祀 儀 礼 を行 うことにな って い る。

  〈廟 〉で 祀 って い る神 は、① 〈盤 王 〉(〈盤 皇 〉)と② その妻(写 真3)、 ③ 〈唐 王>Taanghung④ とその 妻 、

将 軍>Tshiangjunの 像 、 ⑥ 〈七 妹>Siamuaを 描 い た 木 板(写 真4)、 老 君>Lukuan、 Fuhei tsei‑mwei、⑨ 〈郎 老>L・ngl・aなどが 祀 られ て い る。 ⑩ 〈観 音>Tsiem yemは 、2012年6月 まで は 〈廟 〉

の 中 に祀 られて い た が 、2012年8月 時 点 で は、 仏 堂 の 方 に移 され て いた 。

  ① 〜 ④ の 〈盤 王 〉 と 〈唐 王 〉 は 、 ユ ー ミエ ンの神 話 に 関 わ る。 タイ北 部 の ユ ー ミエ ン に広 く伝 わ る 渡 海 神 話=〈 漂 遙 過 海>Piuiu‑kiakoi神 話 の概 略 は 以 下 の通 りで あ る。

  ユ ー ミエ ンの 祖 先 が 南 京 に い た とき、2年 続 く干 魅 に遭 い 、 船 に乗 って逃 げ た。 海 を渡 る途 上 嵐 に 遭 い、 難 破 しそうにな っ た ところ、 〈盤 王 〉 〈唐 王 〉 〈五 旗 兵 馬 〉 とい う神 に助 け られ 、 広 東 に上 陸 して 感 謝 の儀 礼 を行 った 。 その 後 分 散 して 移 住 して い っ たが 、 〈盤 三E>と 唐 王 〉 に対 す る謝 恩 儀 礼 は世 代 を継 いで 続 け られて い る。

  ① 盤 王 〉 と③ 〈唐 王 〉 は、ユ ー ミエ ンの 祖 先 を救 った神 と位 置 づ け られ てい る。 謝 恩 儀 礼 は 〈 堂>Dzoudaangと い う(表1:1‑C>。 歌 堂 〉 は 、 タイ北 部 で も行 われ て い る。 毎 年 行 う儀 礼 で はな い が 、 数 年 か ら十 年 前 後 の 間 隔 を 置 い て、 重 要 な儀 礼 と併 修 され る。 通 常 の 〈歌 堂 〉 儀 礼 で は、 神 像 は祀 らな い 。 また、〈歌 堂 〉 で は 〈盤 王 〉 を讃 えた 〈盤 王 大 歌 〉 な どの 歌 を 唄 う。 〈盤 王 〉 を祀 る前 は、

作 物 ので きが 悪 く困 窮 して いた が 、 〈盤 王 〉 を 祀 るよ うにな ってか ら作 物 の で きが 良 くな った とい う話 も 聞 か れ た 。

  ⑤ 〈将 軍 〉は、〈盤 王 〉の 配 下 の 将 軍 で あ る。 この ほ か に、護 衛 の兵 の 像 が 二 つ ある。 ⑥ 〈七 妹 〉は、

盤 王 〉 の 娘 の七 姉 妹 で ある。 〈盤 王 〉 と 〈唐 王 〉 と 〈七 妹 〉 は、天 上 で はな く、中 空 の 〈半 天 高 楼>

Pientin khulauと い うところ にい る とい う。 これ は 表1のB列 の 儀 礼 の 対 象 とな る 〈玉 帝>Nyuttaiの む ところで もあ る。 高 位 で は あ るが 比 較 的 身 近 な神 が 〈半 天 高 楼 〉 に住 んで い ると位 置 づ け られ よう。

  ⑦ 〈老 君 〉は、ユ ー ミエ ンに 〈三 清>Faam  tshingの法 を教 えた神 で あ る。⑧Fuhei‑tseimweiのF助 ε∫1ま 義 〉 で あ るが 、tsei‑mweiに 相 当 す る漢 字 を まだ 同 定 で きて い な い。 天 下 に大 洪 水 が お きて 兄 と妹 のみ が 残 り、 そ の 二 人 が 現 在 の 人 類 の 祖 とな った とい う洪 水 一兄 妹 婚 神 話(「 伏 義 女 蝸 」 神 話)と 同様 の 神 話 が ユ ー ミエ ンの 許 に も伝 わ って い る。 そ れ に基 づ く神 で あ る。 ⑨ 〈郎 老 〉 は、 洪 水 後 のFuhei一

116中 国の 魑 境文化Jの 人類 学的研 究

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tseimweiに 夫 婦 にな るよ う諭 した 神 で ある とい う。 ⑩ 観 音 〉 は、 こうした 伝 承 とは別 に、 漢 人 の 観 音 信 仰 が 波 及 した もの と推 され る。 こうして 見 ると、少 な くとも、渡 海 神 話 と、〈老 君 〉が 〈三 清 〉の法 を ユー ミエ ン に伝 えた とい う伝 承 、 そ して 洪 水 神 話 の 三 筋 の 伝 承 に基 づ く神 々が 祀 られ てい るの で あ る。 多 様 な伝 承 知 識 が 〈廟 〉 の 祭 神 に顕 れて い る。

4.女 性 シ ャ マ ン

4.1  ユ ー ミ エ ン の 従 来 の 宗 教 職 能 者

  〈廟 〉 にお け る儀 礼 は、 従 来 の 宗 教 職 能 者 とは 異 な った タイプ の職 能 者 が 行 う。 従 来 の ユ ー ミエ ン の 宗 教 職 能 者 に は、 祭 司(〈 設 鬼 人 〉 ・〈師 公 〉)と シ ャマ ン(〈 発 童 人 〉)と の 二 つ の タイ プ が あ る。

祭 司 は読 経 し、 儀 礼 を司 祭 す る。 基 礎 的 な 儀 礼(表1のC列)を 行 え るレベ ル か ら、 表1のA列 の 高 度 な儀 礼 を 司 祭 で きるレベ ル まで 、3つ の ラ ンクが あ る。 表1の1.〈 盤 皇 〉 祭 祀 を 除 くC列 の儀 礼 を 行 え るの が 〈設 鬼 人>sip mien mienで あ る。 この ほ か にB列 の 儀 礼 を行 える 〈傲 師 小 人>tsou sai toan mien、 A列 の儀 礼 を行 える 〈傲 大 師 人>tsou  tom sai mienが あ る。 シ ャマ ン(〈 発 童 人 〉)は 、

トランス状 態 に入 り、 〈童 子 〉 とい う霊 を懸 依 させ 、 その 力 で 儀 礼 的 な 問 題 解 決 を行 う。 〈発 童 人 〉 に は唱 え 言 はあ るが 、 大 体 暗 諦 して お り、 経 文 は用 い な い。 また 、 言 葉 による託 宣 は行 わ な い。 い ず れ もトラ ンス に 入 って神 霊 が 降 りるとされ る点 で 同 じで ある。

4.2  H(P村 の 女 性 シ ャ マ ン

  HCP村 の 〈廟 〉 に お け る儀 礼 の 宗 教 職 能 者 に は、 二 種 あ る。 一 つ は 〈盤 王 〉 や 〈七 妹 〉 な どの 神 が 降 りて きて 託 宣 や 治 療 行 為 を行 うシ ャマ ンで あ る。 もう一 つ の タイ プ は、 敢 えて 分 類 す ると、 シ ャ マ ン祭 司(shaman‑priest)で あ る。 す な わ ち、 トラン ス状 態 に入 って神 霊 が 慧 依 した 状 態 で 、 他 の 神 霊 に対 す る儀 礼 を司 祭 す るの で あ る。

  た だ し、ユー ミエ ン によると先 に述 べ た 〈発 童 人 〉とは 異 な り、「神 が 降 りる」禰 εη飾 伽 ぽ た は 〈入 陰>

pia yetnと い う。 〈発 童 人 〉 に降 りるの が 下 位 の 霊 で あ るの に 対 し、 〈入 陰 〉 の 場 合 は、 上 位 の 神 で あ る点 が 異 な る。 託 宣 を行 う場 合 、通 常 の 話 言 葉 で 託 宣 す る場 合 もあ るが 、多 くの 場 合 は歌 で 託 宣 す る。

ユ ー ミエ ンの歌 は通 常 の 話 し言 葉 と異 な り、 〈歌 話>dzung  waaと い う、 歌 用 の 語 彙 を用 いて 唄 わ れ る。

それ 故 、 歌 を唱 うた め に は、 歌 の 節 とともにこの 〈歌 話 〉 を習得 して い な けれ ば な らな い 。 単 に話 し言 葉 に節 をつ けた だ け とい うわ けで は ない の で あ る。

  シ ャマンや そ の親 族 に訊 いて ゆ くと、 シ ャマ ン当 人 は普 段 の 神 降 しない 状 態 で は歌 を 唄 えな い(す な わ ち 〈歌 話 〉を 知 らな い)が 、神 が 降 りると歌 を唄 えるとい う答 えが 、多 くの イ ンフォマ ン トか ら返 って くる。

また 、託 宣 の 内 容 は 、トランスか ら醒 め ると憶 えて いな い とも言 う。 これ らは決 ま り文 句 で あ る。 確 か に、

日常 的 に は歌 を 唱 う機 会 は 滅 多 にな い 。 歌 唱 が 行 わ れ る典 型 的 な 機 会 は婚 礼 で あ り、 そ こで 言 祝 ぎ の 歌 を 唱 う。 それ だ け非 日常 的 な 行 為 で ある。 その た め 、 二 つ の 意 味 で 、 〈歌 話 〉 に よる儀 礼 は特 異 で あ る。 一 つ は 〈歌 話 〉 が もって い る非 日常 性 、 もう一 つ は普 段 歌 を唄 えな い 者 が 神 降 した ときに は

唄 える とい う神 降 の 示 徴 性 で あ る。

  シ ャマ ンの多 くは歌 を 唱 うが 、 少 数 の 者 は 唄 わ な い 。 これ は 降 りて きた神 が 歌 を 唱 わ な いか らと説 明 され る。 そ の 際 重 要 な 役 割 を果 た す の が 〈劔>cimと い う儀 礼 用 の ナ イフで あ る。 これ は、 通 常 の 儀 礼 で も、 ただ の 水 を聖 水 に変 える所 作 や 、 空 中 に 文 字 を書 いて 、 悪 霊 を封 じ込 め るな どの 呪 術 的 所 作 にお い て 多 用 され るもの で あ る。 これ を 〈廟 〉 の儀 礼 にお いて は多 用 して い る。 病 気 の クライ ア ン トに 向 か い 空 中 を 突 く所 作 を繰 り返 し、 呪 的 な 力 を クライア ン トに及 ぼ そ うとす る所 作 が よ く見 られ る。 実 際 に 〈劔 〉 は、 多 くの女 性 シ ャマ ンが 持 って い る。 また 、 神 の 意 志 を聞 く<筈>jaauと い う道 具 も多 用 され る。 〈筈 〉 は 、 円 錐 台 を縦 に割 った形 を して お り、 先 細 りの 蒲 鉾 の ような 形 を した物 二 つ 一 組 で 構 成 され る。 この 二 つ の 〈筈 〉 を拗 り投 げ\ 二 つ の 〈筈 〉 の 平 面 が 上 に な るか 、 曲 面 が 上 にな るか

固定 的祭  ,,と 女性の儀礼参加117

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で 神 意 を 問 うの で あ る。 平 面 が 陽 、 曲 面 が 陰 で あ り、 その 陰 陽 の 構 成 が 神 や 祖 先 の 霊 の 意 思 として 現 れ るとされ る。 この 道 具 も通 常 の 祭 司 が 使 う物 で あ るが 、 これ も 〈廟 〉 の 儀 礼 にお いて 、 女 性 祭 祀 者 によって 多 用 され て い る。

  HCPの 〈廟 〉 で 農 暦 の 毎 月初 一 日と十 五 日に行 わ れ る儀 礼 〈拝 盤 王 〉 は 、 女 性 が 多 く参 与 して い る儀 礼 で あるが 、 男 性 祭 司 も重 要 な 役 割 を担 ってい る。 〈拝 盤 王 〉 の 儀 礼 を主 導 してい るの は 、..:

で あ る。 彼 は儀 礼 で は降 神 して歌 で 儀 礼 を行 って い るほか 、 儀 礼 の 全 体 の 進 行 役 で もあ る。 この よう に重 要 な 役 割 を果 た して い るが 、彼 は 祭 司 として は 最 も基 本 的 な儀 礼 を行 う 〈設 鬼 人 〉に とどまって い る。

これ は本 人 に よると、 漢 字 の識 字 能 力 が 〈傲 師 小 人 〉 をつ とめ られ るほ どの レベ ル に達 して い な いか ら だ とい う。1.〈 盤 皇 〉 祭 祀 以 外 のC列 の儀 礼 は、 唱 え言 を 暗 諦 して い る場 合 が 多 い が 、B列 とA列 の儀 礼 は経 文 を読 まな くて は な らな い か らで あ る。 その 盤ZFが 拝 盤 王 〉 で 中 心 的 な 役 割 を担 って い るの は 、 降 神 して 歌 で 儀 礼 を 司 祭 して い るか らで ある。 漢 字 識 字 能 力 が 十 分 で な くて も、 歌 で 儀 礼 を行 うシ ャマ ン祭 司 として 活 躍 の 場 を得 てい るの で あ る。

4.3他 の 村 に お け る 儀 礼

  HCLやHCPに 倣 って 〈廟 〉 の 建 設 を 目指 して い るNG村 で は、 上 に述 べ たように、 男 性 祭 司 によ る伝 統 的 な 形 式 の 儀 礼 が 行 わ れて い る。 ここで は、HCP村 にお け るような 新 た な女 性 宗 教 職 能 者 の 登 場 は現 在 の 所 見 られ な い 。 一 方 、 まだ 〈廟 〉 を建 設 して い な いLBY村 で は 、1992年 か ら、 女 性 シ ャマ ンによる降 神 と託 宣 の 儀 礼 が 行 わ れて い る。 当 の 女 性 シ ャマ ン に聞 いた 話 で は、1992年 に観 音 が 神 降 したの が 始 ま りで あ った 。 儀 礼 の 日取 りは定 期 的 で な く、 神 が 神 降 す る 日を伝 えて くるとの 話 で あ る。 観 音 の 他 に 、 〈盤 皇 〉 の 妻 、 〈唐 王 〉 の 妻 も神 降 す るとい う。 ここで は、 託 宣 は 歌 の 場 合 もあ り、

経 文 の 文 言 も託 宣 として語 ることもあ ると彼 女 は述 べ て いた 。

  20◎3年 に見 聞 したHCLの 廟 〉にお け る儀 礼 で は 、祭 司 は男 性 で あ り、シャマ ンは登 場 して い なか っ た 。 しか し、 女 性 が 積 極 的 に儀 礼 に参 加 して お り、 トランス には 入 ってい な か っ たが 歌 も盛 ん に唄 って い た。

5.考

5.1  固 定 的 宗 教 施 設 の 意 味

  固 定 的 〈廟 〉 を建 設 す るとい うことは 、 〈廟 〉 建 設 に 関 わ った 人 々につ いて、 定 住 の意 志 が 固 い こと を示 して い る。実 は、固 定 的 宗 教 施 設 を作 ることは別 の 意 味 もあ る。す な わち、ユ ー ミエ ン独 自の 〈廟 〉は 、 他 者 に対 してユ ー ミエ ンの 宗 教 活 動 を顕 示 す ることにな る。 祀 られ てい る神 の 中 心 〈盤 王 〉 はユ ー ミエ ン独 自の 神 で あ る。 漢 人 に は盤 姓 はな い。 「盤 」 とい う姓 自体 が 、ユ ー ミエ ン独 自の もの で あ り、且 つ 、

盤 王 〉 はユ ー ミエ ンの 祖 先 を 救 った 神 で あ る。 「Jの 持 つ この 二 重 の 意 味 が 、 ユ ー ミエ ン独 自の 神 としての 意 味 合 い を強 くす る。 現 在 、 〈廟 〉 を建 設 しようとして い るミエ ンの人 々 には 、 自らの 民 族 文 化 を外 部 に 向 けて示 した い との 意 志 を看 取 す るこ とが で きる。

  中 国 国 内 で は 廟 を祀 って い たユ ー ミエ ン もい ることか ら、 国 境 を越 える移 動 の 中 で 顕 現 しな か った 固 定 的 宗 教 施 設 〈廟 〉 が 、 タイにお け る定 住 化 に ともな って 顕 れ た とも言 えよう。 い くつ もの 国 境 を越 え た末 の 現 象 で あ るが 、HCL村 は 中 国 国 内 のヤ オ 族 の 〈廟 〉 に その範 を採 り、HCP村 の 最 初 の く盤 王 〉 像 は 中 国 で 購 入 され た 。 ここに は、 国 境 を越 えた ユ ー ミエ ンの ネ ットワ ー クが 存 在 し、 情 報 や 物 の 移 動 を促 して い ることが 見 て取 れ る。 〈廟 〉 の 出 現 に は、 こうした 要 因 も関 わって い るの で あ る。

5.2  歌 唱 に よ る 儀 礼 進 行 の 意 味

  HCP村 の ように、 儀 礼 を読 経 で はな く、 歌 唱 に よって 進 行 す るとい うの は、 新 た な儀 礼 形 態 で ある。

従 来 の 儀 礼 で は 、 男性 祭 司 が 経 文 を読 諦 す るか た ちで あ るが 、 〈歌 話 〉 を使 った 儀 礼 で は、 経 文 の

118申 国の 「國境文化」の人類学的研究

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読 諦 は ほ とん ど見 られ な い 。 これ は、 女 性 が 主 体 とな って い るた め で もあ る。 実 際 、 漢 字 を読 め る女 性 は 少 ない 。 簡 単 な儀 礼 を 行 うに は、 経 文 を 暗 諦 す れ ば 良 い の で あ るが 、 複 雑 な 儀 礼 とな ると、 漢 字 で 書 か れ た 経 文 を読 め な くて はな らな い 。 漢 字 の 読 諦 能 力 が 、 女 性 が 祭 祀 活 動 に 参 入 で きな い 障 壁 とな ってい た の で あ る。 経 文 で は な く<歌 話 〉 による儀 礼 司 祭 とい う形 は 、 この 障 壁 を飛 び越 えるもの で あっ た。 また、従 来 の 儀 礼 は男 性 が イニ シアテ ィブ を取 って 行 い、儀 礼 の 場 に は男 性 のみ が 参 列 して 、 祭 司 も男 性 とい った 、 儀 礼 にお け る男 性 中 心 主 義 が あ った が 、HCP村 お よびHCL村 の 〈廟 〉 に お け る祭 祀 活 動 、LBY村 の 儀 礼 にお いて は、 参 加 者 の 数 にお いて も、 個 々 人 の 熱 意 に関 して も、 女 性 が 圧 倒 的 に多 く参 加 して い る。 それ も女 性 自身 の 自発 的 な参 加 の 面 が 強 い の で あ る。

  これ は 、表1の1.〈 盤 皇 〉祭 祀 の 〈歌 堂 〉と関 係 が ある。 先 に述 べ た ように、〈歌 堂 〉は、儀 礼 中で 〈 王 大 歌 〉な どの 歌 を 唱 う。そ して、女 性 も儀 礼 中で その 唱 歌 を担 当 す るの で あ る。こうした点 を踏 まえると、

拝 盤 王 〉 の 儀 礼 は、儀 礼 中 の女 性 の 歌 唱 とい う、〈歌 堂 〉 の形 式 を応 用 して い る と見 なす ことが で きる。

  祭 祀 者 た ちが 唄 う 〈歌 話 〉 が 果 た して神 降 による もの か 、 あ るい は素 面 で も唄 え るの か は、 実 は定 か で はな い 。 観 察 して い ると、 トラ ンス に入 らな くて も歌 を 唄 える入 もい るように思 え る。 しか し、 これ らの 儀 礼 によって 、 歌 唱 の 伝 統 が 活 性 化 して い ることは確 か な ようで あ る。 ユー ミエ ンの 文 化 復 興 運 動 は、漢 字 の 教 習 に重 点 が あ った(吉 野2006,吉 野2010)。 漢 字 の読 諦 能 力 と、〈歌 話 〉 を操 る能 力 は、

いず れ も新 しい世 代 に な って 衰 退 す るか と思 わ れ た。 漢 字 の 能 力 は 必 ず しも復 興 して い るとは 言 い が た いが 、 〈歌 話 〉 の 能 力 は、 それ に比 べ ると活 性 化 してい るの で あ る。

6.お わ り に

  現 在 タイ北 部 の ユ ー ミエ ン社 会 で 生 じて い る宗 教 現 象 につ いて 、 簡 単 に報 告 した 。HCPで 展 開 さ れ た 現 象 につ いて 、 そ の特 徴 をま とめ ると、 以 下 の ようにな ろう。

Dこ れ まで 移 住 生 活 を続 けて きた ユー ミエ ン に とって、「初 め ての 」固 定 的 祭 祀 施 設 を建 設 して い ること。

  「初 め ての 」 とい うの は、 過 去 の 祖 先 た ち の代 に こうした ことが あ っ たか な か った か は確 か め ようが   な い か らで あ る。 少 な くとも現 在 生 きてい るユ ー ミエ ン個 々人 に とって は初 めての 現 象 で あ る。

2)そ の 固 定 的 祭 祀 施 設 が 〈盤 王 〉を祀 る 〈廟 〉で あ ること。 これ は、ユ ー ミエ ン に とって 民 族 アイデ ンテ ィ   テ ィの表 出 で あ る とともに、祖 先 を救 った 〈盤 王 〉に 自分 た ち も救 わ れ ようとい う指 向 の 表 れ で もある。

3)一 方 で 、こうした 〈廟 〉の 出現 に は、国 境 を越 え中 国 へ 到 るユ ー ミエ ンの ネ ットワー クが 関 わ って いた 。 4)女 性 が 儀 礼 に積 極 的 に参 加 して い ること。 これ はHCP村 だ けで は な く、 HCL村 や、 LBY村 に も   見 られ た 現 象 で あ る。 〈盤 王 〉 を祀 る活 動 に 女 性 が 積 極 的 に、 且 つ 男 性 よ りも多 数 参 加 して い る こ   とは 、 従 来 のユ ー ミエ ンの 儀 礼 に は見 られ な い特 徴 で ある。

5)儀 礼 の 司 祭 に も女 性 が 参 加 して い ること。 単 に儀 礼 の場 に参 加 す るだ けで な く、 女 性 が 儀 礼 司 祭   者 とな って い るの は 、 従 来 の ユ ー ミエ ン社 会 に は見 られ な い現 象 で あ る。 少 な くとも現 在 生 きてい る   ミエ ン に とって、 さ らに は 、 その 一・、 二 代 上 の ミエ ンに とって は、 全 く新 しい 現 象 で あ ろう。

6)〈 歌 〉 が 儀 礼 司 祭 の 要 とな って い る点 。 これ は 、 従 来 の 儀 礼 の 多 くが 祭 司 に よる読 経 な い し経 文 の   暗 諦 で あ った の とは大 き く異 な る。

  現 在 の 時 点 に お い て、 以 上 の特 徴 が 看 取 され た 。 しか し、 新 しい現 象 で あ るが 故 に、 儀 礼 の や り 方 な ど、定 式 化 して い ない 面 もある。 調 査 に行 くた び に儀 礼 の進 行 形 式 が 少 しつ つ 変 わ ってい るので あ る。 また 、 託 宣 の 内 容 な ど、 これ か ら追 究 すべ き課 題 も多 い 。

付 記1  本稿 は、 吉 野2013を 部 分 的 に削 除 し加 筆 した ものであ る。

固定 的祭憩 施殺 と#z性の儀礼参 加119

(9)

付 記2    本 稿 は、以 下 の科研 費 による調 査研 究 の成 果 の 一部 で ある。科 学 研 究 費補 助 金 基 盤研 究(B)(海 外 学術 調 査 〉         課 題 番 号22401046‑1(研 究 代 表 者:塚 田誠 之)

          また、 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究(B)(海 外 学 術 調 査)課 題 番 号20401013(研 究 代 表 者:廣 田律 子)、

        科 学 研 究 費補 助 金 基 盤研 究(A)課 題 番 号22251003  研究 代 表 者:片 岡樹)、科 学 研 究 費補 助 金 基 盤研 究(C)         課 題 番号23520982  研 究 代 表 者:吉 野 晃)、 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究(B)(海 外学 術 調 査)課 題 番 号         24401018‑1(研 究 代 表 者:廣 田律 子)に よって 行 った調 査 の成 果 の一 部 も使 用 してい る。

(1>本 稿 に お け る ミエ ン 語(ユ ー ミエ ン の 用 い る 言 語)の 表 記 は 、 印 刷 の 煩 項 を 避 け る た めIPAを そ の ま まlfaいず に、

    Downer  1961とLombard&Purnell'..を 参 照 して 筆 者 が 手 を 加 え た もの を 用 い る。 子 音 ・母 音 ともに ロー マ 字     読 み す るが 、 幾 つ か の 付 則 を もう け る。 例 え ぼ 子 音 のhは 帯 気 音 を 示 し、 よっ てthは!θ1で は な く、 帯 気 歯 茎 破 裂 音     1th!を 示 す。 その 他 の 付 則 は 以 下 の 通 り。

      子 音:c=不 帯 気 の 衡:1蓋 破 擦 音1c1, J=/J1, hy=1ヴ, Rg=101(ngは   =1音 、 頭 子 音 の いず れ に もな りうる),ny=加1。

    mh, nh, nyh, nghは 帯 気 の 鼻 音 で あ り、 hの 前 の 鼻 音 を 発 音 す る ときに 気 息 を伴 う。 lhも 同 様 に帯 気 の 流 音 で あ る。

      母 音:a謹/a1,  aa謹!a:1, ae=/e/oa=/o/,  oe=!a!,  ou=/au/,  oi=1っi!, ua=/un!,  ia=1iA1と す る。 ミエ ン語 に はa!aa以     外 は 母 音 の 長 短 の 弁 別 はな い 。 声 門 閉 鎖 はqで 示 す 。

      ミエ ン語 で は 声 調 も音 素 で あ り6種 の 声 調 が あ るが 、 声 調 は 煩 墳 に な るた め 表 記 を 省 略 した 。 ユ ー ミエ ンが 用 いて い     る漢 字 表 記 は 〈  〉 で 括 って 示 す。

      タイ語 の 表 記 は 、 概 ね 」:記の ミエ ン語 の 表 記 と同 様 で あ る。 ミエ ン語 表 記 と異 な る点:f音 に は 長 短 の 弁 別 が あ る     の で コ ロ ン(:)で 長 音 を表 す。 た とえ ばa:=!a:ノ で あ る。 ミエ ン 語 に な い̲¥音 は 次 の よ うに表 記 す る。ue=/tu/.声     閉 鎖 は ア ポス トロ フィ(')で 示 す。 音 節 末 子 音:‑y=i‑11、‑w=!‑w1。

      例 外 として 、 個 人 名 の 表 記 で は長 音 符 を外 す。 文 献 の 著 者 氏 名 は 、 本 人 が 網 い て い るロ ー マ1::.1.,記が あ れ ば それ を     採1す る。 地 名 の 表 記 は 、 一ヒ記 の 原 則 にか か わ らず タイの 道 路 標 識 な どで 採 用 され て い る方 式 に従 う。 た とえ ば パ ヤ     オ 県 の 「パ ヤ オ 」は 嬬 己の原 則 で はPhayawと な るが 、一 般 に はPhayaoの 方 が 通 用 して い るの で 、後 者 の 書 き方 に 従 う。

    ナ ー ン県 の ナ ー ン 」 も ヒ記 原 則 で はNa:nで あ るが 、 通 用 して い るNanの 表 記 を採 用 す る。

(2)モ ンコンは、 〈唐 一E>を 中 国唐 代 の皇 帝 であ ると記 述 してい る(Mongkhol  2006:262)。 これ は他 のユー ミエ ン村 落で     聞 かれ る 〈唐 王〉 の解 釈 とは異 なるが 、HCL村 で このような観 念 が通 用 して いた可 能性 はあ る。

(3)本 稿 で は、 「神 を降 ろす」 を 「降神 」、 「神 が降 りる」 「神 が 降 りたJを 神 降 」 と記 述す る。 また、 「祭 司」 はプ リース     ト型 の宗 教職 能 者 を示 す名 詞 として用 い、 「司 祭 」 は 「司 祭 する」 とい う儀 礼 執行 行 為 を表 す動 詞 の語幹 として用 いる。

参 照文献 Downer, K.

1961 Phonology of the word in Highland Yao. Journal of the School of Oriental and African Studies 24 (3), pp. 532-541.

Lombard, S.J. (comp.)/ Purnell, H.C., Jr. (ed.)

1968 Yao-English dictionary. (Cornell University Sutheast Asia Program data paper 69) Ithaca: Cornell University.

Mongkhol Chantrabumroung

2006 Reproduction of Yao culture: a case study of Pien Hung shrine at Ban Huey Chang Lod in

      northern  Thailand.塚 田 誠 之 編 『中 国 ・東 南 アジ ア大 陸 部 の 国 境 地 域 にお け る諸 民 族 文 化 の 動 態 』       (国立 民 族 学 博 物 館 調 査 報 告63)吹 田:国 立 民 族 学 博 物 館,pp.249‑266.

吉 野   晃 2006

aaro

2013

「タイ にお け るユ ー ミエ ン(lu  Mien)の 文 化 復 興 運 動 概 況 」 塚 田 誠 之 編 『中 国 ・東 南 アジ ア大 陸 部 の 国 境 地 域 に お け る諸 民 族 文 化 の 動 態 』(国 立 民 族 学 博 物 館 調 査 報 告63)吹 田:国 立 民 族 学 博 物 館 、 pp.267‑284.

「タイ北 部 にお け るユ ー ミエ ン(ヤ オ)の 儀 礼 体 系 と文 化 復 興 運 動 」 鈴 木 正 崇 編 『東 ア ジ ア にお け る 宗 教 文 化 の 再 構 築 』 東 京:風 響 社 、pp.237‑299.

「廟 と女 性 シャマ ンー タイ北 部、ユ ー ミエ ン(ヤ オ)の 新 たな 宗 教 現 象 に 関 す る調 査 の 中 間 報 告 一 」『東 京 学 藝 大 学 紀 要   人 文 社 会 科 学 系II』64、  pp.115‑123,

120申 国のr●  文化」の人類 学的研 究

参照

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13 Kahin, George McTurnan Nationalism and Revolution in Indonesia, Southeast Program Publications, Ithaca, New York: South- east Asian Program, Cornell University, 2003,

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