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はじめに
未破裂脳動脈瘤(UCA)の保有率は人種差,地域差は なく 3~5%とされるが,くも膜下出血(SAH)の破裂率 は世界でトップクラスであり,UCA の破裂率が欧米 に比較して約 3 倍高いためとされる1).一方,日本の 血管外科の技術は歴史的にも世界的にも評価されてお り,その伝統を継承していく必要がある2~5).しかし, ISAT報告6)以後,脳動脈瘤に対する治療は世界的に血 管内コイル塞栓術の割合が増加しており,本邦も例外 ではない.今後はコイル塞栓術への流れが予想され, 脳動脈瘤クリッピング術は何らかの理由でコイル塞栓 術が不利な例や困難例でその必要性が高まると考えら れる.コイル塞栓術が不利な例は,アクセスルート困 難,広頸,血栓化等で一般にクリッピングも困難であ る.動脈瘤クリッピングが困難な理由として,大き さ,部位,形,親血管や動脈瘤壁の動脈硬化,石灰 化,血栓化,動脈解離,周囲穿通枝との位置関係,再 発瘤などがあげられる.いずれの困難例でもクリッピ ング術では親動脈一時血行遮断が必要となるケースが 多く,自ずと脳虚血対策が重要となる.したがって, 脳動脈瘤クリッピング術には脳虚血対策が重要と考 え,術中血圧は収縮期で 100 mmHg 以上を保ち,脳保 護薬の投与,超軽微低体温麻酔下で手術を行ってい る.本稿では,日本の脳動脈瘤の特徴7, 8),脳動脈瘤術 中管理方法と成績9),術中一時血行遮断と MEP モニタ リングについて解説した.日本の脳動脈瘤の特徴
SAH を未然に予防するためには破裂リスクの高い UCAを如何に選択的に治療していくかが重要で,近 年 UCA の因子によるスコアリングのリスク評価が報 告されている1, 10).日本からの 3 つの前向き登録も含 広島大学大学院医歯薬保健学研究院脳神経外科学 〒 734-8551 広島市南区霞 1-2-3 TEL: 082-257-5227, 5226 FAX: 082-257-5229 E-mail: fi[email protected] doi: 10.16977/cbfm.27.2_299● 新評議員
日本の脳動脈瘤の特徴と
脳動脈瘤クリッピング術における脳虚血対策
井川 房夫
要 旨 未破裂脳動脈瘤の保有率は人種差,地域差はなく 3~5%とされるが,くも膜下出血の破裂率は日本が世界 で最も高い国の一つで,未破裂脳動脈瘤の破裂率が欧米に比較して約 3 倍高いためとされる.未破裂脳動脈瘤 の破裂危険因子として高血圧,年齢が 70 歳以上,動脈瘤のサイズ,部位があげられる.治療は日本ではク リッピングの方が多く,成績もコイル塞栓術に比較して劣らない.脳動脈瘤クリッピング術では親血管一時血 行遮断が必要となることがあり,我々は脳虚血対策が重要と考え,術中血圧は収縮期で 100 mmHg 以上を保 ち,脳保護薬の投与,超軽微低体温麻酔下で手術を行っている.未破裂脳動脈瘤の治療成績は術後永続的神経 脱落症状が 3.3%で,modified Rankin Scale 低下に関与するものが 2.2%であった.脳動脈瘤クリッピング術中 一時血行遮断時 MEP モニタリングでは,一時血行遮断が原因の MEP 変化を 10.3%に認めたが,全例回復し た.MEP 陽性のリスクファクターについて多変量解析で解析すると,体温が 37 度以上が有意な因子であり, 術中は体温の上昇を避けるべきと考えられた.(脳循環代謝 27:299~302,2016)
脳循環代謝 第 27 巻 第 2 号 ─ 300 ─ まれる PHASES score1)と日本の登録のみからの報告10) がある.PHASES score では,人種,高血圧,年齢が 70 歳以上,動脈瘤のサイズ,SAH の既往,部位がリ スク因子となり,後者では年齢が 70 歳以上,女性, 高血圧,動脈瘤のサイズ,部位,形(daughter sac)があ げられ,日本人は約 3 倍破裂しやすかった.両方に共 通する因子として,高血圧,年齢が 70 歳以上,動脈 瘤のサイズ,部位があげられた.一方,小さな UCA についての前向き研究が日本11)とドイツ12)からされて おり,日本の SUAVe では 5 mm 未満の 374 例 448 動 脈瘤を平均 41 カ月フォローし,年間破裂率は 0.54% で危険因子として 50 歳未満,4 mm 以上,高血圧,多 発動脈瘤があげられた.ドイツの前向き研究では 7 mm未満の 384 動脈瘤を平均 48.5 カ月フォローし,年 間破裂率は 0.2%であった.その危険因子は 50 歳未 満,高血圧があげられた.やはり小さな UCA に関し ても日本では 5~6 mm が入っていないにもかかわら ず,日本の方が約 2.7 倍破裂しやすかった.
脳卒中データバンク Japan Standard Stroke Registry Study(JSSRS)13)の 4689 例の破裂脳動脈瘤(RCA)を検 討すると,男性 1479 人,女性 3210 人で男女比はほぼ 1:2 で,年齢は平均 62.8±14.2 歳あった.男女別年齢 分布は,男性のピークは 50 代,女性のピークは 70 代 で,全体のピークは 50 代であった.入院時 World Federation of Neurological Surgeons grading system (WFNSG)と退院時 modified Rankin Scale(mRS)の記載 がある 4649 例を検討すると,WFNSG III-V の重症例 は 44.7%,mRS 0-2 の転帰良好例は 54.6%,死亡率は 21.5%であった.根治治療を行った 3847 例を開頭ク リ ッ ピ ン グ 術(Clip)群, 血 管 内 コ イ リ ン グ 塞 栓 術 (Coil)群,開頭クリッピング術+血管内コイリング塞 栓術(Clip+Coil)群に分けて検討した.ISAT6)の大多数 の適応である前方循環動脈瘤で入院時 WFNSG I-II の 軽症例にかぎり,治療成績を比較してみたが,mRS 0-6 が,Clip 群 で は 51.8%,21.3%,8.7%,5.7%, 5.6%,3.1%,3.9%で mRS 0-2 の転帰良好例は 81.7% で あ っ た.Coil 群 は 49.4%,20.0%,6.4%,5.4%, 7.3%,3.7%,7.7%で転帰良好例は 75.8%であった. C l i p+ C o i l群 は 34.8%,17.4%,8.7%,13.0%, 17.4%,4.3%,4.3%で mRS 0-2 の 転 帰 良 好 例 は 60.9%であった13).本邦で全国規模の脳卒中データ ベースは JSSRS のみであり,今回検討したが,JSSRS は,本邦のごく一部の施設しか参加しておらず,治療 方法の選択は年齢などのバイアスのかかったデータで あることを考慮する必要がある.Clip 群の治療成績は それほど悪くなく,仮に本邦で ISAT の条件で二重盲 検試験をしたとしても,両群間に有意差は出にくいと
思われた.Spetzler ら14)は RCA 3 年後の調査で Clip 群 は 6 カ月後と 3 年後の転帰はほとんど変わらないが, Coil群は徐々に低下し,3 年後には両群間の差はなく なると報告しており,Coil 群では長期的転帰が徐々に 悪化する可能性が示唆された.Clip 群で彼らの 6 カ月 後転帰良好例は 63.5%で JSSRS の退院時転帰良好例 66.5%の方がやや良好であった. 2001 年から 2011 年のクリッピング術の(社)日本脳 神経外科学会の調査15)では,クリッピングの割合は 2001年には RCA 90.6%,UCA 83.6%,合計 88.2%で あったが,徐々に減少傾向にあり,2011 年には RCA 73.6%,UCA 68.6%,合計 71.2%であった.コイル塞 栓術は破裂未破裂とも増加傾向にある.一方,RCA に対するクリッピング術は徐々に減少傾向にあるもの の,UCA に対するクリッピング術は増加傾向にあった.
脳動脈瘤術中管理方法と成績
9) 我々は術中超軽微低体温麻酔で血圧は収縮期で 100 mmHg以上保ち,脳保護薬としてエダラボン,フェニ トイン,酢酸トコフェロールを静脈投与した. 1999 年 4 月から 2011 年 12 月までに島根県立中央病 院で著者がクリッピング術を行った UCA 182 例を対 象として調査した.男性 52 例,女性 130 例,年齢は 28~85(平均 61.2±9.8)歳であった.UCA の部位別に, 内頸動脈後交通動脈(ICPC)28 例,中大脳動脈(MCA) 78例,前交通動脈(Acom)31 例,ICPC 以外の内頸動 脈 27 例,末梢性前大脳動脈 10 例,椎骨脳底動脈系 7 例であった.成績は,術後永続的神経脱落症状は合計 6例(3.3%)で,その内訳は,片麻痺 2 例,視力視野障 害 2 例,嗅覚障害 2 例で,mRS 低下に関与するものが 4例(2.2%)であった.術後の片麻痺 2 例は,いずれも ICPCの症候性 UCA であった.1 例は大型のため前脈 絡叢動脈が動脈瘤に強く癒着し,術後前脈絡叢動脈領 域の脳梗塞を呈した.もう 1 例は一時遮断後,術中 motor evoked potential(MEP)で一時波形が平坦となっ たが,回復,術後 2 日目に片麻痺を呈し,MRI で動脈 瘤周辺と関係ない部位の脳梗塞をきたした症例であっ た. 視 力 視 野 障 害 2 例 は い ず れ も 大 型 paraclinoid aneurysmで術中 visual evoked potential(VEP)モニタリ ングを行っていない時期の症例であった.嗅覚障害 2 例は大脳縦列アプローチで行った Acom 瘤である.一 方,一過性神経脱落症状は 13 例(7.1%)に認め,一時 遮断に伴うと考えられる神経症状 3 例,けいれん発作 3例, 動 眼 神 経 麻 痺 2 例, 記 銘 力 障 害 2 例 な ど で あった.日本の脳動脈瘤の特徴と手術時脳虚血対策 ─ 301 ─
術中一時血行遮断と MEP モニタリング
島根県立中央病院に入院した RCA の内,親動脈一 時血行遮断(TO)と経頭蓋 MEP を行った 192 例で,各 症例の年齢,性などの患者情報,動脈瘤の部位,大き さなどの画像情報,転帰などの治療情報を調査した. TOは部位,合計遮断時間,遮断回数を調査し,TO 時,体温,血圧,経頭蓋 MEP 所見を調査した.経頭 蓋 MEP は,完全静脈麻酔で,気管内挿管以後の筋弛 緩薬は使用せず,記録電極を上肢(短母指外転筋)と下 肢(母指外転筋)に貼付し,頭部固定後経頭蓋刺激用ス クリュー電極を C3/C4(国際 10-20)の位置に設置し た.コントロールとして閾値+10%程度で閾値上刺激 を行った.術中は 30 分おきにコントロールチェック し,一時血行遮断後は 2 分毎に測定した. 26 例(13.4%)に MEP 変化を認め MEP 陽性の感受性 は 82%, 特 異 性 は 99% で あ っ た. そ の う ち 20 例 (10.3%)は一時血行遮断が原因でいずれも TO の解除 で改善した.MEP 陽性のリスクファクターについて 多変量解析で解析しすると,体温が 37 度以上が有意 な因子であった. 脳動脈瘤手術時軽度低体温麻酔の優位性は否定され ているが,虚血に対する超軽微低体温の有用性の可能 性はあり,一時血行遮断時体温を平温以下にする利点 が考えられた. 本論文の発表に関して,開示すべき COI はない. 文 献1) Greving JP, Wermer MJ, Brown RD, Morita A, Juvela S, Yonekura M, Ishibashi T, Torner JC, Nakayama T, Rinkel GJ, Algra A: Development of the PHASES score for pre-diction of risk of rupture of intracranial aneurysms: a pooled analysis of six prospective cohort studies. Lancet Neurol 13: 59–66, 2014 2) 宝金清博,井川房夫,宮地 茂:中大脳動脈瘤のす べて脳神経外科速報 EX.部位別に学ぶ脳動脈シ リーズ,メディカ出版,大阪,2014 3) 宝金清博,井川房夫,宮地 茂:内頚動脈瘤のすべ て 近位部(cavernous-paraclinoid)脳神経外科速報 EX.部位別に学ぶ脳動脈シリーズ,メディカ出版, 大阪,2015 4) 宝金清博,井川房夫,宮地 茂:内頚動脈瘤のすべ て 遠位部(supraclinoid)脳神経外科速報 EX.部位別 に学ぶ脳動脈シリーズ,メディカ出版,大阪,2015 5) 宝金清博,井川房夫,宮地 茂:前大脳動脈瘤・椎 骨脳底動脈瘤のすべて 脳神経外科速報 EX.部位 別に学ぶ脳動脈シリーズ,メディカ出版,大阪, 2016
6) Molyneux A, Kerr R, Stratton I, Sandercock P, Clarke M, Shrimpton J, Holman R; International Subarachnoid Aneu-rysm Trial (ISAT) Collaborative Group: International Subarachnoid Aneurysm Trial (ISAT) of neurosurgical clipping versus endovascular coiling in 2143 patients with ruptured intracranial aneurysms: a randomised trial. Lan-cet 360: 1267–1274, 2002 7) 嘉山孝正,井川房夫,森田明夫:未破裂動脈瘤. JAPAN STANDARD,中外医学社,東京,2015 8) 井川房夫,日高敏和,黒川泰玄,米澤 潮,小林祥 泰:本邦の脳動脈瘤治療の現状─当院,脳卒中デー タバンク,(社)脳神経外科学会調査より─.脳卒中 の外科 43: 262–266, 2015 9) 井川房夫,浜崎 理,日高敏和,黒川泰玄,米澤 潮,栗栖 薫:未破裂脳動脈瘤治療適応と日本の役 割─本邦の特徴と破裂脳動脈瘤データからの検討 ─.脳卒中の外科 40: 381–386, 2012
10) Tominari S, Morita A, Ishibashi T, Yamazaki T, Takao H, Murayama Y, Sonobe M, Yonekura M, Saito N, Shiokawa Y, Date I, Tominaga T, Nozaki K, Houkin K, Miyamoto S, Kirino T, Hashi K, Nakayama T; Unruptured Cerebral Aneurysm Study Japan Investigators: Prediction model for 3-year rupture risk of unruptured cerebral aneurysms in Japanese patients. Ann Neurol 77: 1050–1059, 2015 11) Sonobe M, Yamazaki T, Yonekura M, Kikuchi H: Small
unruptured intracranial aneurysm verification study: SUAVe study, Japan. Stroke 41: 1969–1977, 2010 12) Güresir E, Vatter H, Schuss P, Platz J, Konczalla J, de
Rochement Rdu M, Berkefeld J, Seifert V: Natural history of small unruptured anterior circulation aneurysms: a pro-spective cohort study. Stroke 44: 3027–3031, 2013 13) 井川房夫:第 2 部脳卒中診療のエビデンス.4 くも
膜下出血の実態.4.くも膜下出血の重症度と予後に 関する国際比較,In: 脳卒中データバンク,小林祥泰 編,中山書店,東京,2015, pp 160–161
14) Spetzler RF, McDougall CG, Albuquerque FC, Zabramski JM, Hills NK, Partovi S, Nakaji P, Wallace RC: The Bar-row Ruptured Aneurysm Trial: 3-year results. J Neurosurg 119: 146–157, 2013
15) 井川房夫,日高敏和,黒川泰玄,米澤 潮,小林祥 泰:本邦の脳動脈瘤治療の現状─当院,脳卒中デー タバンク,(社)脳神経外科学会調査より─.脳卒中 の外科 43: 262–266, 2015
脳循環代謝 第 27 巻 第 2 号
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