アルカリ金属イオンを導入したナノチャンネル水の
水和状態とプロトン伝導の研究
著者
田中 涼
学位授与機関
Tohoku University
修士論文
アルカリ金属イオンを導入したナノチャンネル水の
水和状態とプロトン伝導の研究
東北大学大学院理学研究科
物理学専攻
田中 涼
平成
24 年
目次 第1 章 序論………1 1.1 研究背景………1 1.2 陽イオンの水和状態………3 1.3 イオンと界面相互作用………7 1.4 ナフィオンのプロトン伝導性………8 1.5 本研究で取り上げる分子性ナノ多孔質結晶のこれまでの研究 ………10 1.5.1 フレームワーク構造………10 1.5.2 水分子ネットワークの構造………13 1.6 研究目的 ………17 第2 章 赤外分光およびマイクロ波測定の方法 ………18 2.1 顕微赤外分光測定 ………18 2.2 空胴共振器摂動法によるマイクロ波測定 ………21 2.3 測定に用いた試料 ………25 第3 章 実験結果 ………26 3.1 赤外吸収スペクトルの温度変化 ………26 3.1.1 H 塩の赤外吸収スペクトル………26 3.1.2 Li 塩の赤外吸収スペクトル ………32 3.1.3 Na 塩の赤外吸収スペクトル ………38 3.1.4 K 塩の赤外吸収スペクトル………43 3.2 マイクロ伝導率の温度変化 ………48 3.3 活性化エネルギーとプロトン移動度 ………51 第4 章 考察 ………53 4.1 プロトン水和物の同定 ………53
4.2 プロトン伝導機構に関する考察 ………59
4.3 ナノチャンネル内におけるアルカリ金属イオンの配置 ………62
第5 章 まとめ ………64
参考文献 ………66
1
第1章 序論
1.1 研究背景 ナノ空間に閉じ込められた水は、自由水とは異なる水分子ネットワーク、或 い はクラスター構造をもつため、特異な電気的特性を 示す。最 近、{[CoⅢ (H2bim)3]{TMA}・20H2O}n のナノチャンネルに内包された水ナノチューブにお いて、それを媒介した準一次元高プロトン伝導が報告されている[1]。その伝導 率は2.0×10-2 [Ωcm-1]に達し、伝導に寄与するプロトン水和物も同定されてい る。また、ナフィオンのようなナノ空間に水分子と酸を閉じ込めた系では、同 程度の電気伝導率がすでに実現していた[2]。ナフィオンはスルホン酸からプロ トンを解離するため、キャリア数が非常に多い。この高いプロトン伝導性を利 用して、燃料電池やイオン交換膜の実用化がはかられている。このように、ナ ノ空間に閉じ込められた水分子の物性研究は、科学技術の発展に大いに関係す るだろう。しかし、これまでの研究は高分子膜や粉末状試料に対するもので、 ランダムな水分子配置がプロトン伝導機構の解明を阻む要因になっている。単 結晶試料を用いて閉ざされた水分子のネットワークが研究できれば、プロトン 伝導の研究は大きく進展するはずである。 水和したアルカリ金属イオンの特性も、学際的な関心事になっている。たと えば、アルカリ金属イオンの水和は神経細胞におけるイオンの選択性に大きく 関わる[3]。また、乾燥 DNA において、リン酸基周りの水和状態はアルカリ金 属イオンが影響することが分っている[4,5]。規則的な水分子ネットワークにア ルカリ金属イオンを内包できれば、イオンと水分子の相互作用、イオンの水和 状態や電気的・誘電的な特性、そしてプロトン伝導への影響が研究できるはず である。言い換えるとナノ空間を試験管のように利用して、未解明なことが明2
らかにできるだろう。
こうした発想のもと、本研究では分子性ナノ多孔質結晶[Cu2(phen)2(AcO)2
(H2O)2][Al(OH)6Mo6O18] (MⅠ)・nH2O(M=H+,Li+,Na+,K+)(以下、MⅠ塩と呼ぶ)
をとり上げ、ナノ空間に閉ざされた水分子ネットワーク、およびアルカリ金属 イオンの水和状態を探ることにした。特に、水分子ネットワークとプロトン伝 導の関係を解明することが本研究の主題である。以下の節では、本研究に関わ る陽イオンの水和状態、および酸を含むナフィオンについてまず述べる。次に、 本研究で取り上げる分子性ナノ多孔質結晶の構造、熱測定について述べる。最 後に、本研究の目的を記述する。
3 1.2 陽イオンの水和状態 Frank と Wen は、水溶液中の陽イオンの水和は図 1-1 のような構造をもつと 提唱した[6]。領域 A では水分子は強く陽イオンと水和し、エントロピーが減少 した安定的な状態となっている。そうしたエントロピーの減少を補うため、領 域B ではエントロピーが逆に増大し、水分子は領域 A と領域 C よりも配向が乱 れた状態にある。領域 C では、イオンの残留電場により水分子はわずかに配向 するが、水分子同士の水素結合の影響がまさるため配向が乱れる。こうした乱 れは、陽イオンの影響が小さくなる遠方に行くほど大きくなる。 図1-1 Frank と Wen の水和構造[6] 陽イオンのサイズによって、水和を二種類に分けることができる。一つは構 造形成的と呼ばれ、K+よりも小さいか、2 価以上に帯電しているイオンの水和 状態である。この場合、領域 A の水分子の電気双極子は陽イオンを中心とした 動径方向を向く。さらに、電気双極子が領域 B にまで作用するため、秩序的な 水和状態をつくる。サイズがより小さくなると、構造形成的な性質は強くなる とされている。もう一つの水和状態は構造破壊的と呼ばれ、K+と同じ、或いは それより大きいイオンの水和である。このとき、領域 A における水分子の電気 双極子は陽イオンを中心とした動径方向を向かず、そのため領域 B の水分子は
4 より無秩序に水和した状態になる。よりサイズが大きくなるほど、構造破壊的 な性質は強くなるとされている。 また、Hribar らは MB モデルを用いて、二次元平面内における陽イオンの水 和について分子動力学シミュレーションを行った[7]。その結果、小さな陽イオ ンでは表面電荷密度が高いため、水分子と陽イオンとの結合が支配的になり水 分子同士の結合を破壊することが分った。また、大きな陽イオンでは表面電荷 密度が低いため、イオンと水分子の結合が弱まり、水分子同士の水素結合が支 配的になることを示した。このように、水分子ネットワークの水和構造は、陽 イオンとの相互作用と、水分子同士を結ぶ水素結合のバランスによって決まる ことが分る。 水溶液中にある陽イオンの水和状態のシミュレーションは他にも多く報告さ れている。古典的計算である分子力学と量子力学を組み合わせた第一原理分子 動力学シミュレーション(QM/MM MD)から、Li+は四配位し、四面体構造をと ることが示されている[8]。Na+の配位数は分子動力学計算からは 6.5±0.2、 QM/MM MD からは 5.6±0.3 となっている[9]。K+の配位数は分子動力学計算か らは7.8±0.2、QM/MM MD からは 8.3±0.3 と求められている。こうした陽イ オンの水和構造を図1-2 に示す。 図1-2 アルカリ金属イオンの水和構造[20]
5 また、Na+と K+を、カーボンナノチューブ(CNT)に閉ざしたときのシミュレ ーションもなされている[10]。図 1-3 に水溶液中、および直径が異なる CNT 内 におけるイオンの配位数を示す。2 つのイオンの配位は、CNT の直径が小さい と制限されることが分る。特にK+の直径は大きいため、直径が0.73 nm 以下の CNT 内では、イオンの配位数は水溶液中の配位数より少ない。Na+の直径は小 さいため、0.73 nm の CNT 内では配位数は水溶液中より多くなる。 図1-3 CNT 内におけるイオンの配位数 図1-4 (a)にイオンと電気双極子の向きによって角度α を定義し、図 1-4 (b)、 (c)にイオンの第一水和圏における水分子による cosα の分布を示す。cosα = -0.72 を境に配向が安定的か、或いは不安定か分類できる。直径が 0.60、0.73 nm のCNT では、cosα = -0.72 以下の領域がバルクと比べて多いことから、配向 がバルクよりも安定と分る。それ以外のCNT では、cosα = -0.72 以下の領域 がバルクと比べて少ないので不安定な配向と分る。しかし、1.00 nm の CNT の 水分子の配向が最も不安定なことから、CNT の直径と配向の安定性は反比例関 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1.0 1.1 1.2 1.3 4.0 4.5 5.0 5.5 6.0 6.5 7.0 Nc Diameter(nm) Nc_K bulk_K Nc_Na bulk_Na
6 係にないことが分る。配向の秩序性を表すために、次式で定義される F を水溶 液中とCNT 内の陽イオンに対して行った結果を図 1-4 (d)に示す。 (1.1) F は第一水和圏の水分子のうち、安定的に配向する水分子の割合を表している。 CNT に閉ざされたイオンの配向秩序は CNT の直径に大きく依存することが分 る。特に、Na+に比べ、K+の変化は大きい。これは、構造破壊的な性質が水分 子の配向を制限しないことを意味する。このように、イオンの配位数や安定性 は閉ざされたナノチャンネルに依存する。 図1-4 CNT 内におけるイオンの配向[10]
7 1.3 イオンと界面相互作用 イオンが閉ざされた環境によって、特性を変えるのは骨格分子と水溶液の相 互作用(界面相互作用)によるものである。その影響を調べるため、Howard と Perkyns、Pettitt らは平面状の炭素原子からなるシートと、その近傍にある陽 イオン(Na+、K+、Cs+)と陰イオン(Cl-)を含む水溶液についてシミュレーション を行った[11]。シートを帯電させたとき(0 ~ -0.4172 C/m2)、イオン密度のシー トからの距離依存性を図1-5 に示す。g (z)は動径分布関数と呼ばれ、シートから の距離z におけるイオン密度を示している。図 1-5 (a)に示すように、”帯電して いない”シートの近傍における陽イオンの動径密度分布関数から、サイズが大き い陽イオンの方が、小さい陽イオンに比べてシートにより引き寄せられること が分った。 図1-5 帯電していないシート(a)と帯電したシート(b)からの距離z における動 径分布関数[11]
8 図1-5(b)に示した”帯電した”シートの近傍における陽イオンのg (z)からは、サ イズが小さい陽イオンの方が、大きい陽イオンよりシートに引き寄せられるこ とが分った。シートの帯電率が負に増加するほど、この傾向は大きくなる。こ れは、表面電荷密度が高い陽イオンの方が、より強い負の電荷にひかれやすい ことを意味する。 1.4. ナフィオンのプロトン伝導性 ナフィオンはスルホン酸(-SO3H)が電離するため、負電荷をもった壁面とプ ロトン伝導に寄与するキャリアを有する。これらとプロトン伝導性の関係を調 べるために、ナフィオンNRE211 の吸水過程と脱水過程に対して、ATR-FTIR とプロトン伝導率測定が行われている[12]。この試料の室温のときの、1400~ 2200cm-1における赤外吸収スペクトルを図1-6 (a)に示す。1630 cm-1付近のバ ンドの面積は吸水過程において数分かかってから大きく増加する。それとは逆 に脱水過程においては、脱水直後にバンドの面積は急激に減少する。これより、 1630 cm-1のバンドは過剰に吸水したことによる水分子の吸収バンドと同定で きる。このバンドの共振周波数は、電解質溶液中の水分子のHOH 変角振動よ り約15 cm-1低く、水分子同士の水素結合が弱いことが分る。 このバンドの吸水過程と脱水過程における面積とプロトン伝導率の関係を図 1-6 (b)に示す。バンドの面積とプロトン伝導率が比例関係にあることが分る。 つまり、弱い水素結合ネットワークがプロトン伝導性に寄与することを示して いる。
9 図1-6 ナフィオン試料の HOH 変角振動(a)、 1630 cm-1とプロトン伝導率の関係(b)[12] プロトン伝導率は水分子の量だけでなく、キャリア数にも依存する。キャリ ア数とプロトン伝導率の関係を調べるため、Ding らはスチレン(C6H5-CH=CH2) とスチレンスルホン酸 (C6H4SO3H-CH=CH2)を重合させ、スルホン酸から解離 するプロトン数を操作できるPS-g-PSSA を合成し、プロトン伝導率を測定した [13]。イオン含量とプロトン伝導率測定の関係を図 1-7 に示す。イオン含量の増 加によりプロトン伝導率は指数関数的に増大することが分る。 図1-7 イオン含量とプロトン伝導率の相関[13]
10
1.5 本研究で取り上げる分子性ナノ多孔質結晶のこれまでの研究 1.5.1 フレームワーク構造
本研究では4 種類の試料[Cu2(phen)2(AcO)2 (H2O)2][Al(OH)6Mo6O18] (MⅠ)・
nH2O(M=H+,Li+,Na+,K+)について実験的な研究を行う。まずその構造について
述べる。こうした結晶の骨格構造を形成するCu 錯体[Cu2(phen)2(AcO)2
(H2O)2]2+とアンダーソン型ポリ酸[Al(OH)6Mo6O18]3-の分子構造を図1-8 に示す。
Cu 錯体は、Cu2+、フェナントロリン phen (C12N2H8)、酸素原子と結合したア
セチル基Ac (CH3COO1-)、そして水分子(H2O)から成る金属錯体である。一つの
錯体にはCu2+とCH3COO1-がそれぞれ2 つあり、全体として二価の正の電荷を
もつ。アンダーソン型ポリ酸は、Al(OH)6の周りにO を共有する MoO が 6 つあ
る化合物である。Al は+3、OH は-1、Mo は+6、O は-2 に帯電しており、全
体として三価の負電荷をもつ。一般に、OH 基のプロトンは溶液中で解離し、ア
ンダーソン型ポリ酸は弱酸に属する。
図1-8 Cu 錯体[Cu2(phen)2(AcO)2(H2O)2]2+とアンダーソン型ポリ酸
11 Cu 錯体とアンダーソン型ポリ酸が水素結合を介して連結してフレームワー クを構成し、c 軸から見ると図 1-9 のような直径約 16 Åの空孔をつくる。この シートがc 軸方向に積層してナノチャンネルが形成され、図 1-10 のように赤丸 で示した水分子が充填された構造をとる。フレームワーク全体としては-1 価の 電荷をもつため、図1-10 のナノチャンネル中には+1 価の陽イオン MⅠが電荷補 償するために導入される。 図1-9 -100 ℃における H 塩のナノチャンネル構造[20] これまで、H 塩と Na 塩において X 線結晶構造解析の温度変化と示差走差熱 量(DSC)測定がなされた。また、表 1-1 に X 線結晶構造解析より決定された格 子定数と単位体積V、空間群をまとめる。
12 図1-10 フレームワーク構造[20] Na 塩は-48.6 ℃で相転移を起こし、相転移温度以下で P21/c の空間群をもつ。 すべての温度域のH 塩、および-48.6 ℃以上の Na 塩の対称性は C2/c である。 また、Na 塩では相転移温度以下の-40 ℃における格子定数は-100 ℃と比べ て、a 軸方向に 1.030 Åだけ縮み、b 軸方向に 1.402 Åだけ伸びる。Li 塩と K 塩については、-100 ℃の時の X 線結晶構造解析と DSC 測定がなされている が、相転移は確認されていない。また、-100 ℃の対称性は C2/c である。 X 線結晶構造解析よりアルカリ金属イオンに依存して、その配置に違いがあ る。H+、Li+は電子雲が小さいため、X 線結晶構造解析から配置場所を特定する ことは難しい。しかし、Li 塩においてナノチャンネルの中心付近に強く構造化 している水分子が観測されており、図1-11 (a)に示すように Li+は中心に近い位 置に存在すると考えられている。図1-11 (b)のように、Na+は正確に同定されて おり、ポリ酸のごく近傍に存在している。他塩と比べて、何故 Na+が骨格に近 いかはよく分かっていない。図1-11 (c)に示すように、K+はナノチャンネルのほ ぼ中心に存在する。
13 図1-11 アルカリ金属イオンの位置関係 a (Å) b (Å) c (Å) β (°) V (Å3) 空間群 H 塩 20 ℃ 26.4498 24.9368 13.3569 118.574 7736.8 C2/c 0 ℃ 27.3839 23.9594 13.5566 117.628 7880.3 C2/c -75 ℃ 27.535 24.745 13.197 117.6 7390 C2/c -100 ℃ 27.514 23.4062 13.4163 117.174 7686.5 C2/c Li 塩 -100 ℃ 26.356 24.408 13.2343 117.595 7545.5 C2/c Na 塩 -20 ℃ 24.598 22.905 13.179 92.025 7415 C2/c -40 ℃ 24.409 23.121 13.167 92.835 7422 C2/c -90 ℃ 24.199 23.413 13.7165 93.785 7754.3 P21/c -100 ℃ 24.151 23.445 13.701 93.835 7741 P21/c K 塩 -100 ℃ 25.611 24.558 13.246 117.047 7420 C2/c 表1-1 格子定数と単位体積V、空間群 1.5.2 水分子ネットワークの構造 水分子数(n)は、塩の種類によって異なることが、X 線結晶構造解析と熱重量 (TG)測定より確認された。H 塩は 31 個、Li 塩は 32 個、Na 塩は 30 個である。
14 K 塩については、測定手段によって異なる数が示され、TG 測定からは 30 個、 X 線結晶構造解析からは 32 個である。これら水分子はナノチャンネル内におい て水素結合したクラスターとして存在する。 水分子クラスターはアンダーソン型ポリ酸と強く水素結合することで、結晶 中で安定化する。図 1-12 (a)に、H 塩の-100 ℃におけるアンダーソン型ポリ 酸に水素結合した水分子を示す。カッコ内の数字は、水分子の酸素原子の番号 である。O(4)、O(5)、O(6)で表される OH 基は水素結合ドナーとして水素結合 する。O(7)、O(8)、O(10)、O(11)、O(12)、O(13)、O(14)、O(15)の酸素原子は 水素結合アクセプターとして水素結合する。これら第一水和圏と、それに水素 結合する第二水和圏からなる構成単位がチャンネル方向に繰り返されることで チューブ状の水分子クラスターが形成される。c 軸に対して垂直方向の水分子ク ラスターを図1-11 (b)に示す。第二水和圏の水分子は熱揺らぎが大きく、結合距 離や位置などを正確に決めることはできない。 図1-12 -100 ℃における H 塩のポリ酸の水和(a)と水分子クラスター(b)[20]
15 Li 塩、K 塩の水素結合ドナーとなる OH 基は H 塩と同じであるが、水素結合 アクセプターは異なる。Li 塩の場合 O(7)、O(9)、O(10)、O(12)、O(13)、O(14)、 O(15) の酸素原子が水素結合アクセプターとなる。K 塩の場合 O(7)、O(8)、O(9)、 O(10)、O(14)、O(15) の酸素原子が水素結合アクセプターとなる。 Na 塩の Na+はポリ酸に接近している。そのため、Na+に水和する幾つかの水 分子は、アンダーソン型ポリ酸とも水和し、図1-13 のような構造とる。アンダ ーソン型ポリ酸1 個当たりの水素結合ドナーとアクセプターの数は、H 塩と Li 塩と同じ3 個と 7 個である。 また、Na 塩は-48.6 ℃の相転移前後で配位数は変わらず 6 である。しかし、 転移点以下の-100 ℃では、Na+の水和はやや歪んだ三角プリズム構造をとり、 その水和構造を図1-14 (a)に示す。転移点以上の-40 ℃では、Na+は図1-14 (b) に示すように、対称性が高い八面体構造をとる。 図1-13 -100 ℃における Na+とアンダーソン型ポリ酸の水和状態[20]
16 図1-14 -100 ℃(a)、-40 ℃(b)における Na+の水和構造[20] 図1-15 に、X 線結晶構造解析より同定された Li 塩と K 塩における Li+、K+ の水和構造を示す。電子密度分布からLi+は4 つの水分子と水和して四面体構造 をとり、K+は10 配位している。 図1-15 Li+(a)、K+の水和(b)[20]
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1.6 研究目的
本研究で取り上げる 4 種類の分子性ナノ多孔質結晶試料[Cu2(phen)2(AcO)2
(H2O)2][Al(OH)6Mo6O18] (MⅠ)・nH2O(M=H+,Li+,Na+,K+)は、ナノチャンネル中
に閉ざされた準一次元的な水分子ネットワークをもつ。水分子ネットワークに はアルカリ金属イオンが取り込まれており、水分子ネットワークのO-O 間距離 や構造に大きな影響を及ぼしている。こうした影響がプロトン伝導性にどのよ うな寄与をもたらすか興味をもった。また、プロトンドナー(アンダーソン型ポ リ酸)を骨格にもつ構造をとるため、プロトン伝導率の向上も期待した。ミリメ ートルオーダーの単結晶を使うことで、プロトン伝導機構が明らかにできると 考えた。 本研究の目的を以下に記述する。 1. 顕微赤外分光測定によって、水分子の分子振動による赤外吸収スペクトルを 測定し、水分子のO-O 間距離や水分子ネットワーク構造が、アルカリ金属イ オンの種類にどのように依存するか明らかにする。 2. マイクロ波伝導率測定を行い、水分子ネットワークを介したプロトン伝導を 検出する。そして、アルカリ金属イオンによってプロトン伝導がどのような 影響を受けるか調べる。赤外分光スペクトルの結果も含めてプロトン水和物 を同定し、プロトン伝導機構を考察する。 なお、本研究の測定に使用した試料は東京理科大学・理学部・田所研究室より 提供していただいた。
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第2章 赤外分光及びマイクロ波測定の方法
2.1 顕微赤外分光測定 赤外分光測定は、試料の構造や物性などを観測することができる測定方法で ある[14]。赤外光を試料に入射すると、分子が振動したときに生じる電気双極子 モーメントの変化によって赤外吸収が起こる。単純な調和振動子模型を用いて 分子の振動を考えると、振動数
は , 2 1 1/2 k (2.1) で与えられる。 k は振動子の力の定数、は振動子の換算質量を表す。 この分子振動によって、分子全体の電気双極子モーメントの大きさが変化す る場合、分子振動の振動数と等しい波数の赤外光が吸収される。波数
、強度I0 の赤外光を試料に入射すると、吸光度は
, log ) ( 0
I I A (2.2) と定義できる。I は透過後の強度を示している。厚さが d である薄膜試料の吸光 度はランベルト・ベールの法則より、
, ) ( d A
(2.3) という関係をもつ。
は吸光係数である。この吸光度を測定することで、分 子振動から試料の状態を観測することができる。 図2-1 に FT-IR の原理図を示す。フーリエ変換型赤外分光器の入射光は、単 一の周波数を持つ単色光ではなく、様々な波長が混ざり合った白色光である。 赤外域の周波数をもつ白色光をマイケルソン干渉計に入射して可動鏡を移動さ19 せることにより、光路差 x の関数であるインターフェログラムF(x)を得る。図 2-2 に示すように、F(x)はcos 関数によって表されるため、A/D(アナログ/デジ タル)変換器を通して、スペクトルをデジタル信号として取り扱える。コンピュ ータにより検出したF(x)をフーリエ変換 ( )c o s (2 ) , 2 1 ) ( 0
F x x dx B (2.4) することによって赤外スペクトルB()を得る。 図2-1 FT-IR の原理図 図2-2 赤外スペクトルB()とインターフェログラムF(x)の関係[14]20 本研究で、我々はフーリエ変換型顕微赤外分光装置として、日本分光社製の FT-IR 6100LT を使用した(図 2-3)。この装置にはカサグレイン顕微鏡(JASCO IRT-5000)が装着されている。また、試料は光学クライオスタットによって 温度調節が可能である。実験では、分解能4 cm-1で反射測定を行っている。反 射測定を行う理由として、試料中の水の吸収が大きいということがある。試料 の厚さがおよそ 0.1 mm あり、且つ、試料の加工は困難だからである。測定は 室温から260 ℃まで 20 ℃ずつ加熱した。 図2-3 日本分光社製顕微赤外分光装置 FT-IR 6100LT
21 2.2 空胴共振器摂動法によるマイクロ波測定 空胴共振器摂動法は、端子付けが不要な複素伝導率の測定法である[15-17]。 マイクロ波帯で円筒形空胴共振器の周波数掃引を行い、ローレンツ型の共振曲 線の共振周波数
f
、共振幅 Γ を測定する。試料をいれたときのそれらの値の変 化から、複素伝導率
ˆ
1i
2を導出できる。 電流密度J は分極率 P の時間微分 , t P J (2.5) で表される。P は電場E E0exp[i(kxt)]の中の誘電体では , ) ( 0 E Pεε (2.6) と書ける。また、J は
ˆ
と次の関係にある。 , ˆE J (2.7) この関係と(2.5)、(2.6)より , ˆ ˆ i (2.8) が得られる。これをcgs 単位にすると , ˆ 4 ˆ i (2.9) になる。(2.9)より σ を求めるために、空胴共振器摂動法により複素誘電率 2 1 ˆ
i を測定する。試料をいれていないときの共振周波数をf
0としたとき、 1
と
2には次の関係がある。 , 2 2 1 2 0 2 2 0 2 0 0 0 1 f n f f n f n f f f f n (2.10)22 , 2 2 2 0 2 2 0 0 2 f n f f n f (2.11) nは反分極係数と呼ばれ、x 軸方向に電場をかけたとき , 2 1 1 ln 2 1 3 2 e e e e e nx (2.12) と表せる。 、 を試料の短径、直径とし、離心率 は と表 せられる。また、y 軸、z 軸方向に電場をかけたときの反分極係数n ,y nzは、 1 y z x n n n より
1
, 2 1 x z y n n n (2.13) となる。ここで、 0V /s Vcは充填係数である。V 、s V は、それぞれ試料と共c 振器の体積、0は共振器の共振モードのみに依存する量である。TE011モードの 電場配置では、空胴共振器の形状によらず、0 2.09となる。伝導率実部 σ1、 虚部σ2は(2.9)と(2.10)、(2.11)より以下のように求められる。 , (2.14) 2 , (2.15) このときの、単位は[1/Ωcm]である。 図 2-4 に本研究で使用した円筒形空洞共振器を示す。空胴部分の半径が 1.25 cm、高さが 2.12 cm となっている。また、TE011モードの共振周波数が16.3 GHz のものである。空胴共振器は表面におけるエネルギー損失を抑えるため、無酸 素銅で作られている。23 図2-4 共振周波数 16.3 GHz の空胴共振器 図 2-5 にマイクロ波測定システムを示す。発振器から検出器まで特性インピ ーダンス50 Ω の同軸ケーブルで繋いでいて、この同軸ケーブル内をマイクロ波 が伝播する。発振器から出たマイクロ波は、方向性結合器によって1/10 の電力 が取り出され、強度 A の参照信号となる。そして、空胴共振器を透過するマイ クロ波の強度B との比 B/A をとることによって透過率を得る。B/A の周波数掃 引から得られたローレンツ型の共振曲線より共振周波数と半値幅を求める。温 度調整器、パワーメーター、発振器、PC 間は GPIB で繋がっており、共振周波 数と半値幅の温度変化を自動計測する仕組みになっている[18]。 図2-5 マイクロ波測定システム[18]
24 試料は空胴共振器内の電場最大の位置に配置する。空胴共振器のふたに0.5 の石英棒が取り付けてある。その石英棒の先端に少量のグリスを付け、そこに 試料を固定する。ここで、石英棒の先端が電場最大の位置となっている。試料 を配置する際、あまり時間をかけてしまうと水が抜けてしまうので注意する必 要がある。そして、空胴共振器を断熱真空管内に入れ、真空管を液体窒素で冷 却して測定している。測定環境としては、相対湿度 100 %の状態にしてある。 なお、測定データの値は±30 %程度の誤差を含んでいる。
25 2.3 測定に用いた試料 本研究で使用した試料は、すべての塩で青色の柱状結晶である[19]。図 2-6 に 示すように、これら結晶はミリメートルオーダーの大きさをもつ。試料はすべ て、東京理科大学理学部化学科の田所教授のグループで合成されたものである。 X 線結晶構造解析、熱測定、低周波伝導率測定などが行われている[20]。 図2-6 試料の写真
1mm
1mm
1m
m
1mm
Li 塩 Na 塩 K 塩 H 塩26
第3章 実験結果
3.1 赤外吸収スペクトルの温度変化 3.1.1 H 塩の赤外吸収スペクトル 図3-1 に H 塩の赤外吸収スペクトルの温度変化を示す。このスペクトルには 骨格分子と水分子の分子振動による赤外吸収が現れている。260 ℃まで加熱す ると水分子は全て脱水する。それぞれの温度に対するスペクトルから260 ℃の スペクトルを差し引き、水分子ネットワークの寄与だけを求めたものを、図3-2 に示す。 図3-2 で 1030 cm-1付近に現れるバンドと、2000 cm-1付近から3070 cm-1付 近に現れるバンドは60 ℃へ加熱すると大きく変化する。このため、これらは同 じ分子による吸収を示唆する。1700 cm-1付近に現れるバンドは、主にHOH 変 角振動である。3070 cm-1から3800 cm-1までに現れるバンドは水分子のOH 伸 縮振動によるものである。5150 cm-1付近に現れるバンドはOH 伸縮振動と HOH 変角振動の結合音吸収によるものである。これら全てのバンドは高温にすると、 脱水する。 図3-3 に、H 塩の差分スペクトルの OH 伸縮振動による吸収バンドの温度変 化を示す。赤線は 6 つのローレンツ曲線で再現した結果である。緑色で示した 2000 cm-1付近の低波数バンド①は、60 ℃まで加熱すると半値幅が広がる。こ のことから、加熱によって水分子が乱れることが分る。青色で示した2600 cm-1 付近にあるバンド②は室温時に非常に広い半値幅をもっている。また、60 ℃ま で加熱すると強度が小さくなる。それに対し、水色で示した2900 cm-1付近にあ るバンド③は60 ℃まで加熱すると強度が大きくなる。このため、バンド②の寄 与がバンド③へ移動したことが考えられる。このことから、二つのバンドは同27 じ起源の分子振動に起因することが分る。バンド③は、バンド①と②に比べ高 温でも強度を失わない。 ピンク色で示した3300 cm-1のバンド④は氷Ⅰhの伸縮振動の波数に近い[21]。 そのため、H 塩は正四面体配位をとる水分子をもつことが分る。また、液相の 自由水のO-H 伸縮モードが 3400 cm-1付近に現れることが分っている。オレン ジ色で示した3470 cm-1にあるバンド⑤は、水素結合距離が液相の自由水とほぼ 同じ水分子による。紫色で示した 3600 cm-1のバンド⑥は水蒸気の OH 伸縮振 動の値に近いため、クラスター構造の形成を表している。 図3-4 に、6 つのバンドの共振周波数と半値幅の温度変化を示す。共振周波数 は加熱により変化しないことから、平均的なO-O 間距離が変わらないことを示 す。バンド①は、80 ℃に加熱すると半値幅がブロードになる。これは O-O 間 距離に乱れが生じるためである。より高温に加熱すると、水分子が脱水するた めに半値幅は小さくなる。バンド②は加熱により、半値幅が減少する。それに 対し、40 ℃へ加熱するとバンド③の半値幅は増加する。
28 図3-1 H 塩の赤外吸収スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
260℃
180℃
140℃
100℃
60℃
20℃
29 図3-2 H 塩の差分スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
180℃
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
140℃
100℃
60℃
20℃
30 図3-3 H 塩の OH 伸縮振動スペクトル 2000 2500 3000 3500
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
⑤
④
180℃
140℃
100℃
60℃
⑥
③
②
①
20℃
31 図3-4 H 塩の伸縮振動のローレンツ曲線の共振周波数と半値幅の温度変化 0 50 100 150 200 0 200 400 600 800
FW
HM
(cm
-1)
2000 2500 3000 3500 4000⑥
⑤
④
③
②
①
Wa
venumb
er
(
cm
-1)
Temperature (℃)
32 3.1.2 Li 塩の赤外吸収スペクトル 図3-5 に Li 塩の赤外吸収スペクトルを示す。このスペクトルには骨格分子と 水分子の分子振動による赤外吸収が現れている。260 ℃まで加熱すると水分子 は全て脱水する。それぞれの温度に対するスペクトルから260 ℃のスペクトル を差し引き、水分子ネットワークの寄与だけを求めたものを図3-6 に示す。 図3-6 で、3070 cm-1から3800 cm-1付近に現れるバンドは水分子のOH 伸縮 振動による。5150 cm-1付近に現れるバンドはOH 伸縮振動と HOH 変角振動の 結合音吸収による。全てのバンドは高温にすると脱水する。 図3-7 に、Li 塩の差分スペクトルの OH 伸縮振動による吸収バンドの温度変 化を示す。赤線は 5 つのローレンツ曲線で再現した結果である。H 塩の吸収バ ンドと同じ種類のバンドを確認できる。緑色で示した2200 cm-1付近にあるバン ド①と、水色で示した 2800 cm-1付近のバンド③は加熱すると、100 ℃になる まで半値幅が広がる。このことから、加熱によって水分子が乱れることが分る。 また、これらのバンドはH 塩のものと近い波数にあるため、同じ分子振動に起 因する。バンド③は、バンド①と比べ高温でも強度を失わない。ピンク色で示 した3300 cm-1のバンド④は氷Ⅰhのように正四面体配位した水分子の伸縮振動 である[21]。オレンジ色で示した 3470 cm-1にあるバンド⑤は、水素結合距離が 液相の自由水よりも長い水分子のOH 伸縮振動である。紫色で示した 3600 cm-1 のバンド⑥は、クラスター構造の伸縮振動によるものである。 図3-8 に、5 つのバンドの共振周波数と半値幅の温度変化を示す。①の共振周 波数は加熱に伴い、高波数へシフトする。これは平均的なO-O 間距離が増加す るためである。他のバンドの共振周波数は加熱による変化がないことから、加 熱によってバンドの平均的なO-O 間距離は変わらない。バンド①とバンド③は
33
加熱すると120℃まで半値幅が広くなる。これは O-O 間距離に乱れが生じるた
めである。120 ℃以上では、特にバンド①の水分子が脱水するため半値幅が減
34 図3-5 Li 塩の赤外吸収スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
260℃
180℃
140℃
100℃
60℃
20℃
35 図3-6 Li 塩の差分スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
180℃
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
140℃
100℃
60℃
20℃
36 図3-7 Li 塩の OH 伸縮振動スペクトル 2000 2500 3000 3500
180℃
140℃
100℃
60℃
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
⑥
⑤
④
③
①
20℃
37 図3-8 Li 塩の伸縮振動のローレンツ曲線の共振周波数と半値幅の温度変化 0 50 100 150 200 0 200 400 600 800
FW
HM
(cm
-1)
2000 2500 3000 3500 4000⑥
⑤
④
③
①
Wa
venumb
er
(
cm
-1)
Temperature (℃)
38 3.1.3 Na 塩の赤外吸収スペクトル 図3-9 に Na 塩の赤外吸収スペクトルを示す。このスペクトルには骨格分子と 水分子の分子振動による赤外吸収が現れている。260 ℃まで加熱すると水分子 は全て脱水する。それぞれの温度に対するスペクトルから260 ℃のスペクトル を差し引き、水分子ネットワークの寄与を図3-10 に示す。 図3-10 で 3070 cm-1から3800 cm-1付近に現れるバンドは水分子のOH 伸縮 振動による。5150 cm-1付近に現れるバンドはOH 伸縮振動と HOH 変角振動の 結合音吸収による。これら、全てのバンドは高温にすると脱水する。 図3-11 に、Na 塩の差分スペクトルの OH 伸縮振動による吸収バンドの温度 変化を示す。赤線は 6 つのローレンツ曲線で再現した結果である。青色で示し た室温時に2240 cm-1付近のバンド②は、高温になるにつれ高波数にシフトする。 これは、水分子が脱水することで平均的なO-O 間距離が増加すると考えられる。 水色のバンド③は、バンド①と②に比べ高温でも強度を失わない。ピンク色で 示した3300 cm-1のバンド④は氷Ⅰhのように正四面体配位した水分子の伸縮振 動である[21]。オレンジ色で示した 3470 cm-1に見られるバンド⑤は、O-O 間距 離が液相の自由水よりも長い水分子による。紫色で示した3600 cm-1のバンド⑥ はクラスター構造の伸縮振動による。Na 塩のバンドは、他の塩と比べて顕著な 半値幅の変化がない。このことから、水分子の乱れは小さいと考えられる。 図3-12 に、6 つのバンドの共振周波数と半値幅の温度変化を示す。バンド② は加熱により高波数へシフトすることから、水分子の平均的なO-O 間距離が増 加することが分る。バンド②を除き、共振周波数は変化が少ないことから、加 熱によってバンドの平均的なO-O 間距離は変わらない。
39 図3-9 Na 塩の赤外吸収スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
260℃
180℃
140℃
100℃
60℃
20℃
40 図3-10 Na 塩の差分スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
180℃
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
140℃
100℃
60℃
20℃
41 図3-11 Na 塩の OH 伸縮振動スペクトル 2000 2500 3000 3500
180℃
140℃
100℃
60℃
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b.unit)
⑥
⑤
④
③
②
①
20℃
42 図3-12 Na 塩の伸縮振動のローレンツ曲線の共振周波数と半値幅の温度変化 0 50 100 150 200 0 200 400 600 800
FW
HM
(cm
-1)
2000 2500 3000 3500 4000②
⑤
⑥
④
③
①
Wa
venumb
er
(
cm
-1)
Temperature (℃)
43 3.1.4 K 塩の赤外吸収スペクトル 図3-13 に K 塩の赤外吸収スペクトルを示す。このスペクトルには骨格分子と 水分子の分子振動による赤外吸収が現れている。260 ℃まで加熱すると水分子 は全て脱水する。それぞれの温度に対するスペクトルから260 ℃のスペクトル を差し引き、水分子ネットワークの寄与を図3-14 に示す。 図3-14 で、3070 cm-1から3800 cm-1付近に現れるバンドは水分子のOH 伸 縮振動による。5150 cm-1付近に現れるバンドはOH 伸縮振動と HOH 変角振動 の結合音吸収による。これら、全てのバンドは高温にすると脱水する。 図3-15 に、K 塩の差分スペクトルの OH 伸縮振動による吸収バンドの温度変 化を示す。赤線は 5 つのローレンツ曲線で再現した結果である。緑色で示した 2200 cm-1付近のバンド①と、水色で示した2800 cm-1付近のバンド③は、60 ℃ へ加熱すると半値幅が広がる。O-O 間距離の乱れによる。バンド③は、①と比 べ高温でも強度を失わない。ピンク色で示した3300 cm-1のバンド④は氷Ⅰhの ように正四面体配位した水分子の伸縮振動である[21]。オレンジ色で示した 3470 cm-1のバンド⑤は O-O 間距離が液相の自由水よりも長い水分子の OH 伸 縮振動である。紫色で示した3600 cm-1のバンド⑥はクラスター構造の伸縮振動 による。 図3-16 に、5 つのバンドの共振周波数と半値幅の温度変化を示す。共振周波 数は加熱による変化がないことから、加熱によって平均的なO-O 間距離は変わ らない。バンド①と③は60 ~80℃へ加熱すると、半値幅が広がる。これは O-O 間距離に乱れが生じるためである。100 ℃以上になると、水分子が脱水するの で半値幅が低下する。
44 図3-13 K 塩の赤外吸収スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
260℃
180℃
140℃
100℃
60℃
20℃
45 図3-14 K 塩の差分スペクトル 1000 2000 3000 4000 5000 6000
180℃
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
140℃
100℃
60℃
20℃
46 図3-15 K 塩の OH 伸縮振動スペクトル 2000 2500 3000 3500
180℃
140℃
100℃
60℃
①
Wavenumber (cm
-1)
Δ
A
(
ar
b
.unit)
⑥
⑤
④
③
20℃
47 図3-16 K 塩の伸縮振動のローレンツ曲線の共振周波数と半値幅の温度変化 0 50 100 150 200 0 200 400 600 800
FW
HM
(cm
-1)
2000 2500 3000 3500 4000⑥
⑤
④
③
Wa
venumb
er
(
cm
-1)
Temperature (℃)
①
48 3.2 マイクロ波伝導率の温度変化 図 3-17 に 4 つの塩と重水置換した塩のマイクロ波伝導率の測定結果を示す。 図中□と△は c 軸方向、および垂直方向のマイクロ波伝導率を示している。ま た、重水置換した試料における c 軸方向のマイクロ波伝導率を○で示す。すべ ての塩のc 軸方向のマイクロ波伝導率を図 3-18 にまとめた。 283 K で、H 塩は 1.5×10-2 [Ωcm-1]、Li 塩は 6.7×10-3 [Ωcm-1]、 Na 塩は 9.3×10-3 [Ωcm-1]、K 塩は 5.1×10-3 [Ωcm-1] のマイクロ波伝導率をもつ。マイ クロ波伝導率はH >Na >Li >K 塩の順に高い。また、重水置換した D 塩のc 軸 方向のマイクロ波伝導率(○)は 1.08×10-2 [Ωcm-1]であり、H 塩はその 1.379 倍 である。これは、伝導率に同位体効果が現れている証拠である。すべての試料 において、c 軸に垂直なマイクロ波伝導率(△)はc 軸方向のマイクロ波伝導率(□) よりも小さく、大きな異方性がある。つまり、今回観測した熱活性型のマイク ロ波伝導率は、プロトン伝導に起因すると結論できる。 アルカリ金属イオンに依存して、マイクロ波伝導率には大きな違いが現れて いる。これは、水分子ネットワークの構造、およびキャリア数の違いが原因と 考えられる。
49 図3-17 4 つの塩のマイクロ波伝導率
0.000
0.005
0.010
0.015
0.000
0.005
0.010
0.015
100
150
200
250
300
0.000
0.005
0.010
0.015
0.000
0.005
0.010
0.015
Li塩 Eac//c Li塩 Eac⊥c H塩 Eac//c D塩 Eac//c H塩 Eac⊥cTemperature (K)
K塩 Eac//c K塩 Eac⊥c
1(
cm
)
-1 Na塩 Eac//c Na塩 Eac⊥c50 図3-18 4 つの塩のc 軸方向のマイクロ波伝導率
100
150
200
250
300
0.000
0.005
0.010
0.015
0.020
1(
cm
)
-1Temperature (K)
H塩
Li塩
Na塩
K塩
51 3.3 活性化エネルギーとプロトン移動度 マイクロ波伝導率測定の温度変化から活性化エネルギーを見積もった。また、 格子定数を使ってプロトン移動度を計算した。ただし、X 線結晶構造解析が行 われている最高温度(H 塩:20 ℃、Li 塩:-100 ℃、Na 塩:-20 ℃、K 塩:-100 ℃) の結果に基づき、単位胞の体積を計算した。また、マイクロ波伝導率は18.5 ℃ の値を用いた。計算で求めた結果を表3-1 にまとめる。 活性化エネルギーはアレニウスの式 より求めている。σ1はマイクロ波伝導率、T は温度、Eaは活性化エネルギー、 kBはボルツマン定数、A は定数である。 アンダーソン型ポリ酸は弱い酸に属し、プロトンを解離する。単位体積当た りのアンダーソン型ポリ酸が全て解離したと仮定して計算する。キャリア数は H 塩を 14 とし、Li、Na、K 塩は 12 とした。プロトン移動度μは 1 から求められる。N はキャリア数、e は電気素量を表している。 表 3-1 に計算に使用したパラメーターの値をまとめてある。計算した活性化 エネルギーに、塩による違いは小さく、アルカリ金属イオンに対する依存性が あまりないことが分る。また、表3-1 から、プロトン移動度は H >Na >Li >K 塩の順に高いことが分る。これはマイクロ波伝導率の順と一致する。この差は、 アルカリ金属イオンにより、伝導経路が相違することに関連するのだろう。な ぜなら、アルカリ金属イオンが中心に存在するLi 塩と K 塩では、プロトン移動 度が低く、側面に接近したNa 塩ではプロトン移動度が大きくなっているためで
52 ある。H 塩では局在したイオンが存在しないので散乱が少なくなる。計算では キャリア数を最大と仮定した。プロトン平衡濃度は分らないが、実際のプロト ン移動度は計算値よりも大きくなる可能性が高いことを指摘しておく。自由水 のプロトン移動度は3.62×10-3 [cm2V-1s-1]、氷は 0.08 [cm2V-1s-1]と報告されて おり[21]、4 つの塩について最大のキャリア数のとき、水や氷よりもプロトン移 動度は小さい。 H 塩 Li 塩 Na 塩 K 塩 活性化エネルギーEa (eV) 0.21241 0.19891 0.20089 0.18723 電気伝導率σ (1/Ω cm) 0.01731 0.0064 0.01001 0.00506 単位体積V0 (x10 -24cm3) 7736.8 7545.5 7415 7420 キャリア密度n (x1021/cm3) 1.810 1.590 1.618 1.617 プロトン移動度μ (x10-5cm2/Vs) 5.97 2.51 3.86 1.95 表3-1 各パラメーター一覧
53
第4章 考察
4.1 プロトン水和物の同定 図 4-1 に室温における、すべての塩に関する赤外吸収スペクトルを示す。 3070~3800 cm-1に現れるバンドは、自由水の液相や固相のクラスターのOH 伸 縮振動に近い。2000~3070 cm-1に現れるバンドは、それらのOH 伸縮振動より も低波数にある。水分子の束縛並進と束縛回転の倍音、HOH 変角振動との結合 音、そして、ヒドロニウムイオンに対する対称変角振動の倍音や伸縮振動がそ の領域に現れることが知られている[21]。しかし、倍音や結合音の強度は基本振 動に比べて著しく低いため、その可能性は除外される。したがって、図 4-1 の スペクトルは OH 伸縮振動に起因すると考えられる。図 4-2 は、一般によく知 られたO-O 間距離と OH 伸縮振動数の関係を示す[22]。この関係を利用して、 図4-1 の各成分について O-O 間距離を算出した結果を図 4-1、および表 4-1 に 示す。 2000~3070 cm-1にあるバンドのO-O 間距離は最高でも 2.64 Åであり、 氷Ⅰhの再隣接O-O 間距離 2.74 Åよりも短い[21]。これらの O-O 間距離は通常 の水分子のOH 伸縮振動では説明がつかない。54 図4-1 室温時における 4 つの塩の赤外吸収スペクトル
2000
2500
3000
3500
③
①
2.54Å
2.61Å
2.56Å
Li塩
③
②
①
2.64Å
2.58Å
H塩
2.53Å
①
③
2.54Å
2.62Å
Wavenumber (cm
-1)
K塩
①
②
③
2.6Å
2.53Å
Na塩
Δ
A
(arb.u
n
it)
55 図4-2 O-O 間距離と OH 伸縮振動数の関係[22] すべての塩における低波数域のスペクトル変化を確認するために、室温のス ペクトルから100 ℃の結果を引いたスペクトルを図 4-3 に示す。ここで、100 ℃ は骨格のみの分子振動に相当する。図3-2 にも明確に現れているが、H 塩の 1030 cm-1付近に水分子に起因する吸収バンドがある。このバンドのO-O 間距離を算 出すると、2.45 Åになる。このように短い O-O 間距離に関連した水分子として は、プロトン水和物以外に考えられない。ただし、このバンドは40 ℃まで加熱 すると消失する。2000~3070 cm-1のバンドも、40 ℃へ加熱するとバンド②、 ③が大きく変化することから、こうしたバンドもプロトン水和物に起因する。 いろいろな系で蓄積された水素原子と酸素原子との共有結合距離(RO-H)と水 素結合距離(RO…H)の関係を図 4-4 に示す[23]。また、O-O 間距離(RO-O)より が定義される。この値は、O-O 間の中心からどれだけずれ た位置にプロトンが配置しているかを表す。これらの値を計算した結果を、表
56 4-1 にまとめて示す。プロトン水和物の分類として、 0.1 Åのときにツンデ ル型、 0.1 Åのときにアイゲン型とされている[24]。表 4-1 から、H 塩で 1030 cm-1に観測したバンドは、ツンデル型プロトン水和物に帰着される。また、バ ンド②、③は、O-O 間距離 2.56~2.64 Åのアイゲン型プロトン水和物に帰属で きる。バンド①は、アイゲン型プロトン水和物に起因するはずだが、アンダー ソン型ポリ酸に非常に強く水和した水分子の寄与も考えられる。図 4-5 にツン デル型とアイゲン型プロトン水和物の構造を示す。 図4-3 1030 cm-1付近のバンド 1000 1050 1100 1150 Wavenumber (cm-1) Δ A ( ar b.unit) H塩 Li塩 Na塩 K塩
57
図4-4 RO-HとRO…Hの関係[23]
frequency (cm-1) R
O-O (Å) RO-H (Å) RO…H (Å) δ (Å)
H 塩 1034 2.45 1.2 1.25 0.025 2072 2.53 1.04 1.49 0.225 2612 2.58 1.02 1.56 0.27 2925 2.64 1.01 1.63 0.31 Li 塩 2158 2.54 1.04 1.5 0.23 2796 2.61 1.01 1.6 0.295 Na 塩 2075 2.53 1.04 1.49 0.225 2240 2.56 1.03 1.53 0.25 2758 2.6 1.01 1.59 0.29 K 塩 2142 2.54 1.04 1.5 0.23 2830 2.62 1.01 1.61 0.3 表4-1 低波数バンドの各種パラメーター
58 図4-5 ツンデル型(a)、アイゲン型(b)プロトン水和物の構造 アイゲン型プロトン水和物の存在は、{[CoⅢ(H 2bim)3](TMA)・20H2O}nなどの 分子性ナノ多孔質結晶中の水ナノチューブにおいても観測されている。ツンデ ル型プロトン水和物を明確に水分子ネットワークで観測したのは、今回が初め てである。 H 塩にのみツンデル型プロトン水和物を観測した原因として、アルカリ金属 イオンが導入されていないことが挙げられる。ツンデル型の配置を実現するに は水分子ネットワークを局所的に大きく歪ませる必要がある。アルカリ金属イ オンは、水素結合を強めているのだろう。
59 4.2 プロトン伝導機構に関する考察 今回、マイクロ波伝導率測定を行ったすべての試料について、プロトン伝導 を確認している。プロトンの供給源としては、アンダーソン型ポリ酸が支配的 と考えられる。また、骨格分子には多くの局在した電荷が存在し、それらが作 る電場が水素結合を一般に増強する。こうした界面相互作用が働くため、水分 子同士のつながりが強くなる。特に、アンダーソン型ポリ酸近くに配置した水 分子の熱ゆらぎが小さいことが X 線結晶構造解析より分っている[20]。界面相 互作用は水分子とアルカリ金属イオンに作用し、水素結合を強くするとともに、 アルカリ金属イオンのナノチャンネル内における配置を決定づけていると考え られる。 Li 塩と K 塩の場合、Li+とK+がナノチャンネルの中心部付近に存在するため、 骨格付近だけでなくナノチャンネル中央の水素結合も強くさせ、ほぼ全体が固 くなる。そのため、ツンデル型プロトン水和物を生成できるほどO-O 間距離を 局所的に歪ませられないのだろう。この場合のプロトン伝導は、アイゲン型プ ロトン水和物のみで生じることになる。図 4-6 のように、ポテンシャル障壁を ホッピングすることで、プロトンが伝搬する。 Na 塩の場合、Na+は骨格近傍に存在する。そのため、Li 塩と K 塩に比べると、 ナノチャンネル中央の水素結合はそれほど増強されないだろう。そのため、Li 塩とK 塩と比べて、局所的に歪める分、マイクロ波伝導率が大きくなっている。 ただし、ツンデル型プロトン水和物を励起するまでは歪めないのだろう。この 系もアイゲン型プロトン水和物間のプロトンホッピングが伝導に寄与している。
60 図4-6 アイゲン型プロトン水和物によるプロトンホッピング H 塩はアルカリ金属イオンによる影響を受けることがないため、水素結合が 他の塩に比べて弱い。そのため、特にナノチャンネル中央において、局所的な 歪みが励起しやすく、ツンデル型プロトン水和物を形成しやすい。ただし、H 塩においても活性化エネルギーが同程度であることがら、基本的には、アイゲ ン型プロトン水和物のホッピング伝導が支配的になっている。さらに図 4-7 に 示すようなアイゲン型→ツンデル型→アイゲン型の経路が出現することで伝導 率が上昇したと考えられる。 H+ O O H H H H H O H O H H O H H H O H O H H H+ O O H H H H H O H O H H O H H H O H O H H ……… ………
①
②
61 図4-7 ツンデル型プロトン水和物を介したプロトン伝導モデル H+ O O H H H H H O H O H H O H H H O H O H H O … O H H H H H+ H O H O H H H O H O H H … H+ O O H H H H H O H O H H O H H H O H O H H ……… ………
②
①
③
62 4.3 ナノチャンネル内におけるアルカリ金属イオンの配置 X 線結晶構造解析により、塩によってアルカリ金属イオンの配置が異なるこ とが分っている。また、マイクロ波伝導率はアルカリ金属イオンの配置に依存 することが明らかとなった。これは、アルカリ金属イオンによって水和状態が 異なることに起因する。最後に、水和状態とアルカリ金属イオンの配置につい て推測する。 構造破壊的なK+のようにサイズが大きい陽イオンは、小さい陽イオンと比べ、 負に帯電した骨格から離れて存在することが知られている[11]。K+の表面電荷密 度は低いため、第一水和圏の水分子同士には水素結合が働く。すると、水分子 の電気双極子はK+を中心とした動径方向に向かない。このとき、水分子とアン ダーソン型ポリ酸の水素結合アクセプターとの間に働く水素結合は小さくなる だろう。そのため、K+はアンダーソン型ポリ酸から離れたナノチャンネル中央 付近で安定したと考えられる。 構造形成的な Li+は表面電荷密度が高く、第一水和圏の電気双極子が Li+を中 心とした動径方向を向く。第一水和圏の水分子とアンダーソン型ポリ酸の水素 結合アクセプターとの間に直接水素結合が働く場合は、結合が大きくなるだろ う。しかし、Li+がc 軸上下方向に位置する正電荷をもつ Cu 錯体から受けるク ーロン斥力が強くなってしまう。さらに、Li+の周りに強く水和した第一水和圏 は、電気双極子の向きを変えにくい。こうしたことを避けるため、Li+をナノチ ャンネル中央に寄せるのだろう。 Na+はLi+に比べると表面電荷密度が低く、水和圏の電気双極子は比較的自由 に向きを変えられる。そのため、アンダーソン型ポリ酸やCu 錯体の水素結合ド
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ナーとも結合できる。この場合、骨格分子と水和圏を共有できるので、Na+はア
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第5章 まとめ
本研究では、4 種類の分子性ナノ多孔質結晶[Cu2(phen)2(AcO)2(H2O)2]
[Al(OH)6Mo6O18] (MⅠ)・nH2O(M=H+,Li+,Na+,K+)のナノチャンネル中に閉ざさ
れた水分子ネットワークにおいて、アルカリ金属イオンの水和状態、および水 分子ネットワークに生じるプロトン水和物、プロトン伝導機構を明らかにした。 以下に、赤外分光測定とマイクロ波測定から明らかにした事項をまとめる。 1. 4 種類の水分子ネットワークについて、赤外吸収スペクトルを得ることがで きた。2000~3070 cm-1に見出した吸収バンドは、アイゲン型プロトン水和物 H3O+(H2O)3に起因することを明らかにした。また、H 塩に対してのみ観測 した1030 cm-1の吸収バンドが、ツンデル型プロトン水和物H5O2+による吸 収であることを明らかにした。水分子ネットワークでツンデル型プロトン水 和物を明確に検出したのは、これが初めてである。 2. 空胴共振器摂動法によるマイクロ波伝導率測定から、同位体効果と異方性効 果を確認し、熱活性型の温度変化がプロトン伝導に起因することを明らかに した。 3. プロトン伝導率は H >Na >Li >K 塩の順に高く、ナノチャンネル中における アルカリ金属イオンの配置に依存することを明らかにした。これは、アルカ リ金属イオンにより水和状態が異なることを反映して、プロトン伝導に影響 することを示す初めての結果である。 4. H 塩のプロトン伝導率が最も高いが、その理由として H 塩ではアイゲン型プ ロトン水和物のみならず、ツンデル型プロトン水和物も寄与することが考え
65 られる。また、H 塩では散乱体となる局在イオンが存在しないこと、および 水分子ネットワークが柔らかいことが関係することが分った。 5. Li 塩と K 塩のプロトン伝導性は最も低い。これは、ナノチャンネル中央に アルカリ金属イオンが存在することで、水分子ネットワーク全体が固くなっ たことによる。また、Na 塩のプロトン伝導性は、Li 塩と K 塩に比べて高い。 Na+が骨格近くに存在するため、ナノチャンネル中心部にある水分子の水素 結合が弱まり、柔らかくなったためである。イオンの配置は、Li+、Na+、 K+における水和状態の違いを反映している。
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