小林 利章
電気通信大学大学院 電気通信学研究科 博士(理学)の学位申請論文
2011 年 3 月
ナノ多孔体ガラスに閉じ込めた 4 He の超流動
博士論文審査委員会
主査 鈴木 勝 教授
委員 浅井 吉蔵 教授
委員 黒木 和彦 教授
委員 大淵 泰司 准教授
委員 中村 仁 准教授
小 林 利 章
2011 年
Superfluidity of
4He Confined in a Nano-porous Glass
KOBAYASHI Toshiaki Abstract
4He confined in nano-porous media has attracted attention. Recently, Yamamoto et al. have performed torsional oscillator measurements for 4He confined in a nano- porous glass, Gelsil. The superfluid onset temperature TC is suppressed at 1.4 K under saturated vapor pressure (SVP), while the specific heat takes a maximum at the temperature higher thanTC. This suggests that the separation between superfluidity and Bose-Einstein condensate (BEC) occurs in a Gelsil glass and that nano-scale BECs are localized in pore. It is of great interest to clarify the properties of the superfluidity of 4He confined in Gelsil. Thus motivated, I carried out ultrasound measurements for a study on 4He confined in Gelsil, which was the same batch as used in the previous torsional oscillator measurements.
The composition of this thesis is as follows.
In Chapter 1, I introduced the previous work that related to the present study. Ya- mamoto et al. has performed torsional oscillator measurements for 4He confined in a nano-porous glass, Gelsil, and found a strong suppression of superfluidity. This sug- gests that the separation between superfluidity and Bose-Einstein condensate (BEC) occurs in Gelsil and that nano-scale BECs are localized in pore. In this chapter, I also explained the motivation of the present study. For 4He confined in Gelsil, it may be expected that the superfluidity depend on time-scale, because it is thought that the superfluid component is weakly linked. Then, I carried out ultrasonic (MHz- frequency) and torsional oscillator (kHz-frequency) measurements.
In Chapter 2, I explained the experimental technique related to the present study.
Ultrasonic measurements are commonly used. The sound velocity is is connected to an elastic constant, while the sound attenuation to an internal friction. In the study of superfluidity for porous media, the sound velocity is also connected to the decoupling of the superfluid fraction. On the other hand, the the decoupling of the superfluid fraction is obtained from torsional oscillator measurements.
In Chapter 3, I explained the experimental setup. In particular, I described in detail the setup of simultaneous ultrasonic and torsional oscillator measurements,
resolution. In the preset study, I can conclude the superfluidity does not depend on time-scale, in the same manner as bulk liquid 4He. Form the present study, it was made clear that the sound velocity varies due to the relaxation of ultrasound stresses by a thermal activation mechanism, regardless of whether 4He in the pore is liquid or solid. And it was found that the different heat treatment of Gelsil glass affects both the relaxation and the superfluidity of 4He in the pore.
In Chapter 5, I summarized the present study.
ナノ多孔体ガラスに閉じ込めた
4He の超流動
小林 利章 概要
多孔体の孔内のように制限された空間に4He を閉じ込めた際,細孔の接続の次元性や 孔径によって 4Heの物性が変化することから,超流動の強い抑制や局所ボーズ凝縮の可 能性などの新しい物理現象に興味が持たれている。多孔体ガラスGelsilに関して,先行 研究では,ねじれ振り子による測定で孔内の4Heの超流動が強く抑制されること,比熱 の測定から新しい量子現象の発現が見出されている。特に超流動現象の強い抑制に関し ては多孔体試料の表面状態に強く依存する現象であることが示唆される。多孔体ガラス 試料の評価は超音波測定による超流動現象の測定を詳細に解析することで行うことが出 来る。本研究では多孔体ガラスであるGelsilガラスに4He を閉じ込め,超音波とねじれ 振り子を組み合わせた手法を用いて,超流動現象の測定と,その孔内に閉じ込めた4He の超流動現象が基板からどのように影響を受けているか,解明することを目的とした。
本論文の構成は次の通りである。
第1章では本研究に関連する先行研究を紹介し,本研究で着目した研究課題について 説明を行った。多孔体ガラスGelsilに関する先行研究では,孔内に閉じ込めた4Heの超 流動の抑制現象は多孔体内に局所的に発現するBEC状態(LBEC)によるものであると 説明される。LBECによる超流動現象の観測は観測方法に依存する可能性を指摘し,本 研究の目的としてLBECによる超流動の観測方法依存性を明らかにし,LBECによる超 流動が大きく抑制される現象の機構を解明する点であることを述べた。
第2章では本研究に関わる実験原理,実験手法について説明した。本研究に関連する 測定手法として超音波測定とねじれ振り子測定について,測定原理の概略並び計測方法に ついて述べた。超音波測定は音速が弾性定数に依存すること,結晶格子の情報を音速や 吸収の変化から見出すことが出来ることなどから,物性研究に多用される測定方法であ る。超音波測定により基板の状態を評価し,超流動に与える影響を評価することが可能 である。また4Heの超流動の測定は,多孔体に閉じ込めた4Heが超流動転移すると粘性 の消失により基板の振動から離脱し,見かけ上密度の変化が音速に影響を与えるので,音 速変化から超流動を観測することが可能である。本研究は同様に振動から離脱する4He を検出することで超流動を観測するねじれ振り子測定装置に,超音波測定の準備を行っ た多孔体ガラス試料を適用することで,両測定を同時刻に行うことができる測定手法を
た。特に新規に開発したねじれ振り子と超音波測定の同時測定装置に関してはその具体 的な制作方法を説明した。ねじれ振り子と超音波測定の同時測定装置は,ねじれ振り子 の試料容器に格納できる超音波測定試料の作製と,振り子の共振に影響を与えることな く超音波信号を外に取り出す構造に特色がある。
第4章においては,実験の結果を説明し,それに基づき議論を行った。多孔体ガラス
Gelsilの中に閉じ込めた4Heの超流動に関して,音速変化とねじれ振り子による測定か
ら圧力温度相図を詳細に確定した。同時測定の結果,多孔体ガラスGelsil中の超流動の 観測に観測方法依存性は認められなかった。また音速の温度依存性の解析により,4He を閉じ込めた多孔体の音速変化を,ガラス固有の音速変化と音波の緩和現象の寄与で説 明出来ることを明らかにした。音波の緩和現象は4Heの不活性層が起源であり,準備段 階での熱処理方法が異なる試料を比較することで,不活性層は熱処理によって変化する 表面ポテンシャルの影響を強く受けていることを示した。また緩和現象は超流動の抑制 現象に強く関与している可能性を指摘した。超流動の抑制現象と音波の緩和現象の関連 を明らかにし,超流動の抑制現象は,表面ポテンシャルの影響を強く受けた不活性層が影 響を与えている可能性を指摘した。
第5章ではこれら本研究の結論をまとめた。
また本研究の4Heを吸着させたGelsilのねじれ振り子と超音波の同時測定において,
吸着4HeとGelsil基板との間のスリップ現象が観測されたので,付録としてその現象の
詳細を説明した。
以上,本論文では,ナノ多孔体ガラスGelsilの細孔内に閉じ込めた4Heに関して,加 熱処理の条件が異なるGelsil試料を用い,新しい測定手法であるねじれ振り子と超音波 測定の同時測定,および音速測定の結果を比較し,その結果を報告した。この研究により 制限された空間に置かれた4Heの超流動現象について,その基板の状態が超流動に影響 する機構の一端を明らかにできた。
目次
第1章 序論 1
1.1 はじめに . . . 1
1.2 4Heの特性と超流動 . . . 1
1.3 多孔体中で抑制される超流動現象 . . . 4
1.4 本研究の目的 . . . 8
1.5 本論文の構成 . . . 10
第2章 実験理論 13 2.1 超音波による超流動測定 . . . 13
2.2 パルスエコー法による音速測定 . . . 14
2.3 共鳴法による音速測定 . . . 19
2.4 ねじれ振り子による測定 . . . 21
2.5 静電容量型圧力計を用いた圧力測定 . . . 23
第3章 実験準備 27 3.1 多孔体試料Gelsil . . . 27
3.2 超音波測定試料の準備 . . . 28
3.3 高圧試料容器 . . . 31
3.4 超音波ねじれ振り子同時測定装置 . . . 34
3.5 温度の制御 . . . 39
3.6 試料ガスの導入と多孔体試料の孔内の状態 . . . 42
第4章 結果と議論 47 4.1 超音波とねじれ振り子の同時測定装置 . . . 47
4.2 同時測定による多孔質ガラスGelsil細孔中の4Heの超流動の観測 . . . . 50
4.3 共鳴法による音速測定 . . . 58
4.4 音速測定による多孔質ガラスGelsil細孔中の4Heの超流動の観測 . . . . 63
4.5 細孔内の4Heの超流動と試料状態依存性 . . . 72
第5章 結論 77 付録A 圧電現象と圧電体の振動 81 A.1 圧電現象とは . . . 81
A.2 異種現象間の結合 . . . 81
A.3 圧電基本式 . . . 84
A.4 圧電体の振動 . . . 84
付録B 試料内を伝播する音波 89 B.1 固体中を伝播する超音波 . . . 89
付録C 音波の共鳴状態の解析 95 C.1 試料内を往復する超音波 . . . 95
C.2 共振カーブの位相回りの補正 . . . 99
付録D ヘリウム吸着膜のスリップ現象 103 D.1 超音波測定によるHe吸着膜の摩擦の観測. . . 103
D.2 Gelsil基板上の4Heのスリップの観測 . . . 104
参考文献 107
図目次
1.1 4HeのP-T相図 . . . 2
1.2 中性子非弾性散乱実験で得られた4Heの素励起分散 . . . 5
1.3 多孔質Vycorガラス中の4He相図 . . . 6
1.4 Gelsil中の4He相図 . . . 7
1.5 LBEC状態の模式図 . . . 8
1.6 Glydeらの中性子非弾性散乱の測定 . . . 9
2.1 音速変化と超流動観測 . . . 14
2.2 パルスエコー法の超音波測定試料 . . . 15
2.3 試料を透過した超音波パルスの例 . . . 15
2.4 PSD検波法ブロックダイヤグラム. . . 16
2.5 試料内に励起される定在波 . . . 19
2.6 ねじれ振り子の概略図 . . . 21
2.7 ねじれ振り子の共振周波数と超流動 . . . 23
2.8 静電容量型圧力計の構造 . . . 24
3.1 Gelsil試料 . . . 28
3.2 Gelsil試料(超音波測定) . . . 29
3.3 LiNbO3 超音波振動子 . . . 29
3.4 パルスエコー法の測定ブロックダイヤグラム . . . 30
3.5 共鳴法測定ダイヤグラム . . . 31
3.6 高圧試料容器の設計 . . . 32
3.7 電極導入ポートの製作 . . . 33
3.8 ねじれ振り子と音速の同時測定装置 . . . 35
3.9 同時測定に用いた同時測定用超音波試料. . . 36
3.10 同時測定に用いた同時測定用ねじれ振り子 . . . 37
3.11 同時測定に用いた同時測定用ねじれ振り子の設計 . . . 38
3.12 ねじれ振り子の固定電極 . . . 38
3.13 ねじれ振り子測定のブロックダイヤグラム . . . 39
3.14 3He -4He希釈冷凍機 . . . 41
3.15 4He導入時の孔内の様子 . . . 43
3.16 試料ガス導入用GHS . . . 44
4.1 Gelsil 試料の共鳴曲線 . . . 49
4.2 Gelsil 試料を透過した音波信号 . . . 50
4.3 同時測定 吸着膜状態での音速とねじれ振り子の共振周波数一覧 . . . 51
4.4 同時測定 基板から離脱する吸着膜の質量の割合の比較 . . . 52
4.5 同時測定 薄膜超流動相図 . . . 53
4.6 同時測定 加圧液体状態での音速とねじれ振り子の共振周波数一覧 . . . . 54
4.7 同時測定 加圧液体状態での音速とねじれ振り子の共振周波数比較 . . . . 55
4.8 同時測定 観測にかかる超流動成分の比較 . . . 57
4.9 同時測定 Tcと超流動成分の圧力依存性 . . . 57
4.10 同時測定 薄膜領域の超流動転移温度近傍の拡大. . . 59
4.11 同時測定 加圧液体領域の超流動転移温度近傍の拡大 . . . 60
4.12 Gelsil 試料の共鳴曲線 . . . 61
4.13 Gelsil 試料の共鳴曲線2 . . . 61
4.14 静電容量型圧力計の較正 . . . 62
4.15 音速測定 空の状態での音速温度依存性 . . . 63
4.16 音速測定 吸着膜状態と加圧状態での音速温度依存性の一覧 . . . 64
4.17 音速測定 吸着膜領域での音速温度依存性 . . . 67
4.18 音速測定 固化領域での音速温度依存性 . . . 69
4.19 熱処理の異なる試料の音速温度依存性の比較 . . . 70
4.20 フィッティングパラメーターの一覧 . . . 71
4.21 加圧液体領域の超流動相図 . . . 73
4.22 熱処理が異なる試料の超流動性の比較 . . . 74
4.23 緩和の量と超流動性の関係 . . . 75
A.1 圧電基本式の諸形式 . . . 85
A.2 板の縦効果厚み振動 . . . 85
B.1 弾性体に働く応力 . . . 90 C.1 位相調節の前後の共鳴カーブ . . . 101 D.1 ヘクトライト基板上のHe吸着膜の基板振動に対する応答状態図 . . . 104 D.2 音波とねじれ振り子測定によるGelsil基板上の4He吸着膜のスリップ現象105 D.3 4He吸着膜のスリップ . . . 106
序論
1.1 はじめに
本研究の実験試料であるヘリウム(4He)は,水素に次いで2番目に軽く宇宙に2番目 に多く存在する元素である。とても不活性な物質で化学的に非常に安定である。沸点が
4.2 Kと元素中で最も低く,歴史的には一番最後に液化に成功した気体元素である。
非常に低温な液体である液体4Heは超伝導コイルの冷却や科学研究における寒剤など 実用的な用途に利用される一方,それ自体非常に興味深い物性を持つ物質である。1908 年にオランダのライデン大学のカマリン・オネス(Heike Kamerlingh Onnes)が初めて 液化に成功して以来,これまで広く興味を持たれ研究がなされてきた [1]。特に1937年 にピョートル・カピッツァ(Pyotr Leonidovich Kapitsa)により発見された低温におい て粘性がゼロになる超流動現象は,4Heの物性の中で特に興味深いものである[2]。
1.2
4He の特性と超流動
4Heの物性について概略を述べる[1, 3]。図1.1に低温域の4HeのP-T相図を示した。
気体の4Heは大気圧ではおよそ4.2 Kで液体となり,液化温度周辺ではとても低密度で 低粘度な液体として振る舞う。液体となった4Heを減圧による冷却で温度をさらに低下 させると,2.2 K近傍において相転移を起こし比熱が異常な増大を示す。その温度比熱曲 線がギリシャ文字のλ に似ていることからこの転移はラムダ転移と名付けられた。また この温度以下の領域では通常の流体では起こりえない毛細管中の流動が観測され,これ が超流動と呼ばれる現象である。25気圧以下の圧力領域では絶対零度の基底状態におい ても液体の状態にあり,固化しない。液体4He は量子液体として多様な物性を持ち,そ
第1章 序論
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図1.1 4HeのP-T相図 [1]
の特徴的な振る舞いは長年にわたって実験理論両面から研究対象とされてきた。液体の
4Heは絶対零度においても液相にある唯一の元素であり,固相は25気圧以上の高圧領域 に存在する。ヘリウムは非常に軽い閉殻の原子であるため,原子のゼロ点振動が無視でき ず原子間の相互作用も弱いためにおこる振る舞いであり,液体4Heはこれらの振る舞い から量子液体とも呼ばれる。極低温では量子統計性が顕著となり,Bose統計に応じた特 徴的な振る舞いを示す。流体が粘性ゼロで流動する超流動現象は4He がBose-Einstein 凝縮状態(BEC)にあり,原子が基底状態に落ち込むことで発現する現象であると考え られている。
4Heの超流動現象は二流体モデルで説明される。ラムダ温度で超流動転移した4Heは,
全ての4Heが超流動となるのではなく温度に依存した割合の超流動成分を含んだ混合流 体として振る舞う。超流動密度と常流動密度をそれぞれρnとρsとし,それぞれの速度 場をvnとvsとする。流体全体の密度ρと速度場j はそれぞれの和となり,
ρ=ρn+ρs (1.2.1)
j =vn+vs (1.2.2)
と表される。超流動成分ρsは温度の低下とともに増大し,絶対零度では4Heの密度全て に寄与している。超流動流体は散逸を伴わない理想流体として,またエントロピーを伴 わず,粘性無しで流れる。超流動成分の速度場vsは化学ポテンシャルの勾配によって運 動する。
相図において液相と固相の境界の凝固融解曲線の傾きは,2 K以下の低温域において は傾きが非常に小さくなる。凝固融解曲線の傾きは一般に次のClausius-Clapeyronの関
係式で説明される。
(dP dT
)
m
= Sl−Ss
Vl−Vs (1.2.3)
ここでSlSs は液体,固体のエントロピー,VlVsは体積を表す。Clausius-Clapeyron の 関係式は凝固融解曲線の傾きがエントロピーの変化と体積変化の比になることを表して いる。4Heの凝固融解曲線の傾きが小さく,温度に依存しない領域では,固体と超流動液 体の間でモル体積差が小さいので固体と超流動層との間のエントロピー差もゼロに近い と言える。固体相は秩序を持った小さなエントロピーの状態にあり,この固体と超流動 相との間のエントロピー差が小さいということは超流動4Heが低エントロピーの秩序を 持った液体であることを示している。
超流動4Heは4He原子がBose-Einstein凝縮(BEC)を起こすことで発現するもので ある。BEC状態では凝縮体と呼ばれる,マクロな数の粒子が一つの量子状態を取る状態
にある。Londonは,このような状態にあるとき,マクロなスケールで単一の波動関数が
記述できるとし,巨視的な波動関数を次式で導入した。
Ψ = Ψ0exp(iφ(r)) (1.2.4)
ここでφ(r)はr における位相を表す。マクロな数の粒子が一つの量子状態に落ち込み,
粒子間の相関が長距離に渡って保たれているコヒーレントな状態を表す秩序変数である。
超流動密度は粒子の数密度を用いて,波動関数の振幅によって次式で書かれる。
ρs=n0m=m|Ψ0|2 (1.2.5) ここで超流動成分の運動を考える。凝縮体の数密度の時間変化を次のように表す。
∂n0
∂t =−∇(n0vs) (1.2.6)
vs は波動関数の位相を用いて次のように定義した。
vs= ~
m∇φ (1.2.7)
ところで,波動関数Ψを用いて運動量の流れj を書き下すと,
j = ~
2i(Ψ∗∇Ψ−Ψ∇Ψ∗) =mn0vs (1.2.8) このように凝縮体の速度場vsは超流動速度と見ることが出来る。超流動速度は波動関数 の位相の勾配により決定されることが分かる。
第1章 序論
1.2.1 超流動
4He の励起量子
4Heの超流動に特徴的な素励起について説明する [1, 3]。液体4Heの比熱は,0.6 Kよ り低温域ではフォノンの比熱への寄与によりT3に比例する振る舞いを見せ,それより高 温側ではフォノンに加えて別の励起による寄与が加わる。
C =
{ AT3 T ≤0.6K
AT3+Bexp [−∆/kBT] T ≥0.6K (1.2.9) ここでAとBは比例定数である。∆は励起のエネルギーギャップであり,この素励起は ロトンと呼ばれる。
ロトンの存在と分散関係はランダウにより予測がなされ [4, 5],中性子非弾性散乱の実 験により検証された。図1.2にHenshawとWoodsが報告した,中性子非弾性散乱実験 より得られた液体4Heの分散関係を示す[6]。この分散関係は運動量の小さな範囲と大き な範囲で二つの特徴的な領域に分かれている。運動量の小さな範囲では分散関係は線形 なフォノンで
εp =cp (1.2.10)
と表され,ここでcは音速である。運動量pの増加に対してεp は極大を経て,ロトンに 繋がる。ロトンはp=p0で極小となり,この極小値の高さが∆に対応する。ロトンの分 散関係は極小値p0の近傍では近似的に
εp = ∆ + (p−p0)2
2µ (1.2.11)
と表され,ここでµはロトンの有効質量である。液体 4Heの比熱は式1.2.9で示したと おり,高温側にはロトンによる寄与が存在し,その寄与は次式で表される。
Cr = 2p20kB(µkBT)1/2
(2π)3/2ρ~3 e−∆/kBT [
3
4 + ∆ kBT +
( ∆ kBT
)2]
(1.2.12)
1.3 多孔体中で抑制される超流動現象
液体4Heを細孔内に閉じ込めることにより,超流動転移は抑制され,固化圧は上昇す ることが期待される。これまでも多くの実験的または理論的研究が行われた。ここでは 多孔質ガラスであるVycorとGelsilに閉じ込めた液体4Heの例を説明する。
図1.2 中性子非弾性散乱実験で得られた4Heの素励起分散[6]
1.3.1 多孔質 Vycor に閉じ込めた
4He の振る舞い
多孔質Vycorガラスに関して,細孔内に閉じ込めた4Heの相図を図1.3に示す[7]。
多孔質Vycorガラスは平均孔径6 nmの細孔がスポンジ状に3次元ネットワークを持
つ多孔体試料である。このような空間内に液体4Heを閉じ込め,ねじれ振り子,超音波 測定などにより超流動及び液相-固相相図が求められた。図1.3に示されるように,Vycor 中の4He の超流動転移温度はバルクの状態と比較して低温側に移動している。また,同 様に固体に転移する凝固線も低温かつ高圧側に移動している。Vycorに閉じ込めた4He は,固化しにくく,また超流動への転移も抑制された状態にあると言える。固化圧の上 昇は均一核形成の理論で説明される。一般に4Heは固体の表面を濡らさない。固体基板 の上に乗っている液体 4Heの固化はまず基板から離れたところに固体の核が形成され成 長することで固化が進む。細孔中に4Heが閉じ込められていると,核の成長が抑制され,
バルクの場合よりも固体の形成には高圧力が必要となり,これが固化圧の上昇として観 測される。また超流動転移温度の低温側への移動は,4He を狭い空間に閉じ込めた事に よるサイズ効果である。
また,Beamishらは多孔質Vycorに閉じ込めた固体4Heについて超音波測定を行い,
1 K 近傍に音波の吸収のピークを観測している。これは結晶欠陥の拡散による,超音波 の緩和現象であると説明されている [11]。
第1章 序論
Solid
Superfluid
Nomal liquid
bulk fre ezing
bu lk λ
line
図1.3 多孔質Vycor ガラス中の4He相図 [7]。細実線はバルクの 4Heの相図を示 す。•はフローの測定による超流動転移点。◦はBishopら報告のねじれ振り子測定に よる超流動転移点 [9]。×と+はBeamishら報告の超音波測定による超流動転移点 と固化点 [8]。♢と中点♢,2は,Adamsら報告の定積圧力測定による,融解点と凝 固点,超流動転移点 [10]。
1.3.2 Gelsil 中
4He の超流動の抑制現象
2004年,山本らは3次元細孔を持つ多孔体ガラスGelsilを用いてねじれ振り子により 細孔中の薄膜4He,および液体4Heの超流動を測定[12],2008年には固化圧 [13],比熱 測定 [14]の報告を行った。
図1.4に山本らが報告した相図を示す。超流動転移温度は低圧領域ではおよそ1.4Kで あり,圧力の増加とともに低温側にシフトする。2 MPa以上の高圧力領域では大きな圧 力依存性が見られ,超流動が圧力で大きく抑制されている。一方固化圧測定でも固化圧 は低温側にシフトし,1Kでは3.5MPa近傍で固化が観測されている。また,ねじれ振り 子測定,固化圧測定により細孔内の4Heが液体で存在する事が分かる圧力(3.4 MPa近 傍)で,絶対零度においても超流動が抑制され,超流動密度に圧力依存性が存在し量子臨 界現象の可能性がが示唆される。
また比熱の測定では,超流動転移温度とは異なる温度領域に比熱の異常を観測してい る。低圧力領域ではおよそ2Kで観測された比熱異常は圧力の増加とともに低温側に移
図1.4 山本ら報告の多孔質ガラスGelsil中の4He相図[12]。超流動の観測はねじれ 振り子によるものである。超流動転移温度より高温側で比熱の異常も観測されている。
動し,超流動転移温度が消失する高圧領域においても1.5K近傍に観測されている。比熱 の異常はバルクのλ線を平行におよそ0.2 Kだけ低温側に移動させた形を示している。
彼らはこの多孔体内の4Heの超流動と比熱の振る舞いについて,局在したボーズアイ ンシュタイン凝縮の状態 (Localized Bose-Einstein Condensate, LBEC) によるものと して説明している。これは多孔体中に在する液体4Heの一部がボーズ凝縮(BEC)を起 こしている状態である。この状態を模式的に描いたものを図1.5にしめす。高温側で観 測された比熱の異常は,多孔体中ナノメータースケールで BEC凝縮体の形成が始まっ たことによる。比熱の異常が観測された温度において多孔体中で径が広い部分に在する
4HeがまずBEC凝縮を始め,比熱にピークが観測される。理論的にはランダムなポテン シャルがBEC凝縮体の分断を引き起こし超流動を抑制する描像である [15]。多孔体内 では狭い径の箇所の4Heが凝縮体間の交換を妨げ,ボーズ凝縮体の波動関数の位相の相 関は,各細孔間にはないと考えられる。超流動性が観測されるためには系全体の位相が 確定する必要があるが,このようなLBEC状態では系全体として超流動性が観測されな い。温度を低下させることでボーズ凝縮体は成長し,ある温度において系全体の凝縮体 の相関が取れマクロなスケールでの超流動として観測される。この状態はねじれ振り子 で観測の超流動転移温度とされる。
このLBECという描像は,Glydeらのグループによる中性子散乱の実験からも支持さ れている [16]。中性子非弾性散乱の測定では,エネルギーと運動量が既知の中性子線を
第1章 序論
図1.5 局所的なボーズ凝縮状態にある4Heの模式図。まず孔径が広い領域に存在す る4HeがBEC状態に凝縮する。狭い空間に在する4Heは常流動状態にとどまり,全 体として超流動は抑制されているように振る舞う。
対象に入射し散乱される中性子の運動量とエネルギーを観測することで4He内の励起状 態を直接観測することが出来る。彼らは多孔体試料Gelsil中の4Heに対して中性子非弾 性散乱の測定を行い,ねじれ振り子による測定での超流動転移温度よりも高温で超流動 に特徴的な励起であるロトンを検出した。この励起は固体-液体転移の圧力近傍の高圧下 では消失している。これらの振る舞いから,彼らは超流動転移温度よりも高温側に局所 的な凝縮体が存在することを指摘した。ねじれ振り子測定では観測されなかった超流動 体が中性子の実験で測定されたのは,中性子非弾性散乱の測定ではボーズ凝縮体の波動 関数の位相が確定している必要がなく,凝縮体が存在するとそれに伴う励起が測定され るからであるとされる。この振る舞いはLBECの描像を支持するものである。
1.4 本研究の目的
1.4.1 超流動の観測方法依存性の評価
本研究で着目するLBECが存在するとされる多孔体試料Gelsil中の4He という系に 関しては,その超流動の測定方法と観測される超流動性との関係は興味深い。多孔体試
料Gelsil中の4Heの超流動の観測は,ねじれ振り子測定が用いられた。ねじれ振り子の
先端の試料容器内の4Heの超流動成分が試料容器のねじれ振動に追従しないことによる
図1.6 GlydeらのGelsil中4Heの中性子非弾性散乱の測定 [16]。低圧,超流動転移 温度より高温で超流動に特徴的な励起であるロトンのピークを観測している。ロトン は圧力の増加により抑制され,Gelsil中4Heが固体になる圧力領域で消失する
ものであり,観測にかかる超流動性は長さに関してはcm オーダーでの超流動秩序,時間 に関してはms の相関が存在する必要がある。一方,前述の中性子散乱実験で測定される 超流動に特徴的な励起であるロトンの観測では,ねじれ振り子のように系全体にわたる 位相の相関や超流体の存在は必要なく,ミクロなスケールで存在する超流動を検出する ものである。
本研究では,この LBECの領域の超流動の観測に,超音波による音速測定とねじれ 振り子測定を同時に行うことができる装置を導入する。超音波測定は物性研究に多用さ れる測定手法であり,音速と音波の吸収の測定から試料の弾性的な性質を調べる方法で ある。超音波測定は多孔体中の 4Heの超流動観測においては,超流動成分を音速の変化 として検出する。音波の波長から観測にかかる超流動成分の長さに関するスケールは数
100µmオーダー,時間に関してはµs の相関が測定される。この方法ではねじれ振り子
より短い長さと時間スケールで細孔内にミクロに分布する超流動成分を観測することが できる。また同一試料のねじれ振り子と超音波測定を同時刻で行うことで超流動性の観 測の観測方法での依存性を詳細に明らかにでき,多孔体ガラスGelsilに閉じ込めた4He のLBEC状態に関する新たな知見を得ることができると期待できる。
第1章 序論
1.4.2 超音波測定による基板評価と超流動性の関連の評価
多孔体ガラスGelsilに閉じ込めた液体4Heの超流動性では,山本らの報告によると高 圧下において非常に大きな超流動の抑制が観測されている。この振る舞いは多孔体の孔 径分布が存在することにより狭いところの超流動性が強く抑制されるものであるとされ るが,基板の状態に強く依存する振る舞いである可能性が高い。このLBECに関連する 強い超流動性の抑制の起源を明らかにするために,本研究では基板の評価を同時に行い 超流動と基板の状態との関連を明らかにする。超音波測定では基板となるガラスの物性 変化も同時に捉えることができるので,基板評価により超流動に基板が与える影響を明 らかにできることが期待される。
1.5 本論文の構成
第2章では本研究に関わる実験原理,実験手法について説明した。本研究に関連する 測定手法として超音波測定とねじれ振り子測定について測定原理の概略ならび計測方法 について述べた。超音波測定は音速が弾性定数に依存すること,結晶格子の情報を音速 や吸収の変化から見出すことができることなどから物性研究に多用される測定方法であ る。超音波測定により基板の状態を評価し,超流動に与える影響を評価することが可能 である。また液体4Heの超流動の測定は,多孔体に閉じ込めた液体4Heが超流動転移す ると粘性の消失により基板の振動に追従せず,見かけ上密度の変化が音速に影響を与え るので,音速変化から超流動を観測することが可能である。本研究は同様に振動に追従 しない液体4Heを検出することで超流動を観測するねじれ振り子測定装置に,超音波測 定の準備を行った多孔体ガラス試料を用いることで,両測定を同時刻に行うことができ る測定手法を開発した。この手法により,試料依存性や温度測定の再現性の問題を解決 して液体4He超流動の詳細な比較を行い,超流動の観測方法が超流動の観測に与える影 響を明らかにすることが可能となった。
第3章においては,本研究において行った実験の準備,および実験装置について述べ た。特に新たに開発したねじれ振り子と超音波測定の同時測定装置に関してはその具体 的な制作方法を説明した。
第4章は,議論を大きく二つの部分に分けて述べた。前半は,1)ねじれ振り子と超音 波の同時測定による超流動の観測周波数依存性の確定について議論である。多孔体ガラ
スGelsilの中に閉じ込めた液体4He の超流動に関して,吸着膜の状態と,加圧液体状態
で音速変化とねじれ振り子による測定を行い,超流動相図を詳細に確定した。同時測定の
結果から,多孔体ガラスGelsil中の超流動の観測では,観測方法依存性は認められなかっ た。後半では,2)試料の熱処理が超流動性に与える影響についての議論である。多孔体 試料の音速の温度依存性の解析により,液体4Heを閉じ込めた多孔体の音速変化を,ガ ラス固有の音速変化と音波の緩和現象の寄与で説明できることを明らかにした。音波の 緩和現象は液体4He の不活性層が起源であり,準備段階での熱処理方法が異なる試料を 比較することで,不活性層は熱処理によって変化する表面ポテンシャルの影響を強く受け ていることを示した。また緩和現象は超流動の抑制現象に強く関与している可能性を指 摘した。超流動の抑制現象と音波の緩和現象の関連を明らかにし,超流動の抑制現象は,
表面ポテンシャルの影響を強く受けた不活性層が影響を与えている可能性を指摘した。
第5章では本研究の結論を述べた。
第 2 章
実験理論
2.1 超音波による超流動測定
試料に超音波を透過させ音速と吸収係数を測定する超音波測定は,物性研究の手法の 一つである。一般に試料の音速は弾性定数と密度の関数であり,音速vは密度ρ,弾性定 数C は以下の式で関連付けられる。(付録B.1を参照)
v=
√ C
ρ (2.1.1)
音速変化を測定することにより,弾性定数あるいは密度の変化を測定することが出来る。
多孔体中の液体4Heが超流動転移すると発生した超流動成分が基板の振動に追従しな くなり,音速を決定する有効な密度が減少する。それに伴い音速変化に音速上昇が観測 される。有効な密度の変化である音速の変化量は,転移した超流動成分の割合の情報を 持つ。音速の変化量から転移した超流動密度を計算することができる。
2.1.1 超流動転移に伴う音速変化
多孔体中に閉じ込めた液体4Heが超流動に転移することに伴う音速の変化は,多孔質 体の密度と空孔率,また閉じ込めた液体4Heの密度により決定される。
超流動転移後の音速は,式2.1.1を用いて次式に書ける。
vs = vu
ut C
ρsub+αρHe (
1−βρρs
He
) (2.1.2)
C は試料の弾性定数,ρsubは試料の見かけの密度,ρHeはヘリウムの密度,αは空孔率 である。弾性定数は一定であると仮定する。ここでρsは超流動転移したヘリウムの密度
∆ v(T)
ⓨߩ⹜ᢱ
He ዉ
4
Temperature
Sound V elocity
Tc
Ᏹᵹേ
ᵹേ ኒᐲߩჇട
図2.1 音速測定による超流動観測の概略を示す。液体4Heが孔内に入り有効な密度 に寄与することで空の状態から減少した音速は,超流動成分により有効な密度の減少 が起こり,上昇する振る舞いを示す。
でρs/ρHe は超流動成分の割合になる。全てのヘリウムが超流動に転移しても,幾何学的 な条件から基板振動から完全に離脱しない成分が残る。係数β はその幾何学的な条件か ら決まる定数である。この式で超流動密度ρs がゼロのときが転移前の音速v0 に対応し,
次式になる。
v0 =
√
C ρsub+αρHe
(2.1.3)
試料全体の弾性定数が超流動に転移して変化しないとき,これらから,音速の変化は次の ように計算できる。
∆v v0 =
vu
ut ρsub+αρHe
ρsub+αρHe
(
1−βρρs
He
) −1 (2.1.4)
2.2 パルスエコー法による音速測定
超音波測定で音速を測定する手法の一つ,パルスエコー法について説明する。パルス エコー法は音波の波束を断続的に対象物に入射し,その伝播時間と試料長から音速を求 める測定方法である。測定試料は図2.2のように,両端を平行に加工し,超音波信号を 電気信号に相互変換するトランスデューサを接着する。試料の一方から超音波信号の波 束が入射されると,試料の中を音波が伝播し,伝播した時間だけ遅れて検出側トランス
2.2 パルスエコー法による音速測定
Sample ࠻ࡦࠬ࠺ࡘࠨ
⊒ାㇱ
ฃାㇱ L
図2.2 パルスエコー法で用いる試料の概念図。両端が平行な試料の両面に超音波信号 と電気信号を相互変換する超音波トランスデューサを接着。一方から音波を入射しも う一方で検出する。
0 2000 4000
-20 0 20
Amp. (mV)
Time (ms)
透過時間
Ǎ㨀1
図2.3 試料を透過した超音波パルスの例。試料内を音波が透過する時間だけ遅れて音 波が検出される。横軸は超音波入射信号をトリガーとして掃引しているが,実際に試 料に音波が入射する時刻には小さなノイズや混信(クロストーク)が見える。
デューサで検出される(図2.3)。試料長は既知であるので,伝播に要した時間から音速 の絶対値と音速変化を求めることができる。
パルスエコー法では信号発生器からの信号を分周し,パルスのトリガーとなる同期信 号を生成している。このトリガーを基準にして試料を透過した音波信号を時刻の関数と して取得する。検出された音波信号と,音波信号が入射した時刻との間の時間差が試料
SIGNAL REFERENCE
Power Divider Quadrature Hybrid
Double Balanced Mixer
Low Pass Filter Low Pass Filter
V2= Acos(wt) V1= cos(wt)
V4= sin(wt)
V5=V3âV2 V6=V4âV2
X Y
Double Balanced Mixer V3=cos wt
( )
図2.4 PSD検波法のブロックダイヤグラム
中を音波が進行した時間となる。試料の音速vは,既知の試料長Lと透過時間∆t から v= L
∆t (2.2.1)
となる。実際にはパルスの発生トリガーが発せられてから音波が試料に入射されるまで にわずかな時間差が生じるが,パルスが発生する際に生じるノイズを波形から読取り,そ こを基準としてパルスの透過時間を測定することになる。
2.2.1 位相検波法による音速変化の検出
音速の変化に伴いパルスの到達時刻は変化するが,この音波の到達時刻の変化は位相 検波器(Phase Sensitive Detector, PSD)により位相検波を行うことで測定する [17]。 PSDを用いて基準となる参照信号と試料を透過した音波との間の位相のずれを検出する ことで音速の変化を精度良く測定することができる。試料を伝播した音波信号は信号増 幅器によって増幅され,同周波数の参照信号が乗じられる。信号はローパスフィルター
2.2 パルスエコー法による音速測定
により高周波成分を除去され,ボックスカーシステム等により時間平均された振幅が計 測される。
試料に入射される音波の振幅V1 は,時刻t角周波数ω の関数として
V1 = cos (ωt) (2.2.2)
となる。
試料の中を伝播する音波は以下のように表すことができる。
V2 =A(t, x) cos (
ω (
t− x v
)−δ )
(2.2.3) ここでxは伝播した距離,vは音速である。δは試料や回路の条件により発生する位相の ずれである。
この伝播した音波V2 をPSDにより位相検波しよう。位相検波することで音速の変化 を位相の変化として検出する。基準となる参照信号として,パルスを生成する前の連続 した信号V1を利用する。参照信号V1から90度分配器(Quadrature Hybrid, QH) を 用いて位相がπ/2 ずれた2つの信号V3, V4 を生成する。
V3 = cos (ωt−ϵ) (2.2.4)
V4 = sin (ωt−ϵ) (2.2.5)
ここでϵはQH を通したことで発生する位相の変化である。
試料を伝播した信号V2 は必要に応じて増幅され,分配器 (Power Divider, PD) で2 つに分割される。分割した音波信号をQH を通した参照信号とダブル・バランス・ミキ サー(Double Balanced Mixer, DBM)でそれぞれ乗じる。参照信号と同位相のV3と乗 じた信号をV5,参照信号とπ/2 位相がずれているV4と乗じた信号をV6 とすると
V5 = V3×V2 =A(t, x) cos (ωt−ϵ) cos (
ω (
t− x v
)−δ )
=1
2A(t, x) (
cos (
2ωt− ωx
v −ϵ−δ )
+ cos (ωx
v −ϵ+δ ))
(2.2.6)
V6 = V4×V2 =A(t, x) sin (ωt−ϵ) cos (
ω (
t− x v
)−δ )
=1
2A(t, x) (
sin (
2ωt− ωx
v −ϵ−δ )
+ sin (ωx
v −ϵ+δ ))
(2.2.7) これら参照信号を乗じた信号をローパスフィルター(Low Pass Filter, LPF) に通し,
高周波成分を除去すると次のような位相差90度の 2つの直流信号を得る。これらLPF
を通した信号はボックスカーアベレージャーにより,パルス部分を時間平均された信号 として取得される。
X =1
2A(t, x) cos (ωx
v )
(2.2.8) Y =1
2A(t, x) sin (ωx
v )
(2.2.9) これらの信号は伝播した音波の振幅と,参照信号を基準としたときの位相のずれの情 報を持つ。音波の振幅Aと,位相差θは次式となる。
A =√
X2+Y2 = 1
2A(t, x) (2.2.10)
θ = tan−1 (Y
X )
= ωx
v (2.2.11)
ここで位相差θ は音速の関数となっている。音速が変化するとパルスの位相が基準とな る参照信号に対して変化し,X, Y の変化となって現れることがわかる。位相の変化から 音速の変化を測定するには音波の周波数ω を一定として,位相差θを一定に保つように 基準信号の位相を変化させ,その位相を音速変化に換算する方法と,基準信号の位相はそ のままで音波の周波数を変化させて位相差を一定に保ち,周波数変化から音速変化に換 算する方法とがある。
定周波数による音速測定
基準信号との位相差θは音速の関数であるので,音速v0 からv1 に変化したとき位相
差は式2.2.11から次のようになる。
θ0 = ω0x v0
(2.2.12) これは基準となる参照信号と比較したときの位相差であるので,DBMで乗される参照 信号を音波とは別の信号発生器から生成し,任意に相対的な位相を変化させることで位 相差を常にゼロとなるように追跡する。音波の音速変化は変化させた位相の変化として 測定されることになる。この方法では大きな音速の変化を追跡できる特徴がある。位相 の変化と音速の変化の間の直線性について,信号強度が変化した際には留意する必要が ある。
定位相による音速測定
位相差の信号は音波の周波数の関数でもあるので,位相差が一定の値になるように周 波数を変化させることで音速が追跡できる。DBMの周波数分解能の方が位相の分解能よ
2.3 共鳴法による音速測定
excitation detection
Excited standing wave in Vycor glass sample
図2.5 試料内に励起される定在波
り大きいので,定周波数による音速測定と比較して定位相による音速測定の方が高分解 能で測定出来るという特徴を持つ。ただし大きく音速が変化する条件下では周波数が大 きく変化し,測定システムでの信号の位相回り,トランスデューサの特性に注意しなけれ ばならない。
2.3 共鳴法による音速測定
共鳴法は超音波測定の手法の一つで,物体固有の共鳴周波数を測定することで音速の 変化を追跡するものである。測定原理は,まず試料の片面から連続した超音波を入射し,
もう片面において試料を伝搬した超音波を検出する。入射する超音波の周波数が試料に 固有の振動数に共鳴すると図2.5のように試料内に定在波が励起され,それが検出側超音 波振動子において検出される。この測定法では検出可能な超音波の振幅が非常に微少振 幅まで精度良く対応できるため,パルスエコー法では測定の難しい低振幅での測定や,試 料が薄い時に適用される。その共鳴周波数と試料の音速との関係は以下の式で表される。
fn = v
2Ln (2.3.1)
ここでvは試料中の音速,Lは試料長,nは自然数である。音速の変化は共鳴周波数の変 化から次式で求められる。
∆f
f = ∆v
v (2.3.2)
2.3.1 共鳴周波数の測定
共鳴周波数は以下のように求めることが出来る。試料内に連続波が入射されている時,
励起外力を基準にした検出波の0◦,90◦成分を測定すると,共鳴周波数においては0◦ 成
分がゼロになる。(C.1に詳細な計算を示した。) この性質を利用し,共鳴周波数近傍に おいて共鳴点からのずれを測定された0◦成分より計算し,励起周波数にフィードバック することで共鳴周波数にロックする。このようにして共鳴周波数を測定し,音速の変化 を測定する。
音速の絶対値は,励起信号の周波数を連続して変化させて複数の定在波を検出し,定在 波の周波数間隔を測定することで求められる。共鳴周波数の間隔と試料長から音速を次 のように計算する。式2.3.1を用いると共鳴周波数の間隔∆f と試料長Lから次式で音 速を求めることが出来る。
∆v= 2L∆f (2.3.3)
2.3.2 振幅の見積もり
試料内に励起されている定在波の振幅は,検出側超音波振動子から検出される電圧か ら以下のように求めた。(付録Aを参照)
厚さtの超音波振動子の端面速度u(˙ 2t)と圧電で生じる電流Ip との関係は次式で求め られる。
Ip = 2eS t u˙
(t 2
)
(2.3.4) ここでSは電極の面積,eは圧電定数である。振動数ωの時
u= 1
jωu˙ (2.3.5)
u (t
2 )
= t
2jωeSIp (2.3.6)
となる。Ip は超音波振動子から発振する電圧Vout と測定器の終端抵抗Rから求める。
振動子の最大変位をAu,速度をvu とすると,
Au = t 2ωeS
Vout
R (2.3.7)
vu =Au×ω (2.3.8)
ロックインアンプからの出力は時間平均された実効値で得られるので,振幅を求める際 は√
2倍したピーク間電圧値を用いて計算する。
2.4 ねじれ振り子による測定
&TKXG
&GVGEV UCORNG
$G%W6QTUKQP4QF (KNNKPI.KPG
図2.6 ねじれ振り子の概略
2.4 ねじれ振り子による測定
本研究に用いたねじれ振り子測定について説明する [18]。4He の超流動現象の研究に 中心的な役割を果たしたのがねじれ振り子による4Heの機械的な挙動の測定である。超 流動測定に用いるねじれ振り子装置はReppy らのグループによって開発されたもので トーションロッドと呼ばれる金属棒の先端に円盤状の試料容器を取り付けた形状の装置 である(図2.6)[19]。試料の4Heはねじれロッドの中を経由し試料容器に導かれる。
ねじれ振り子は,ねじれ方向の周期的な外力を電気的に加え,検出用電極から変位を検 出する。振り子の共振周波数と外力の周期が合致するととねじれ振り子は共振を起こす。
ねじれ振り子の共振振動数はトーションロッドのバネ定数と試料の慣性モーメントの関 数で次式で与えられる。
f = 1 2π
√ k Icell
(2.4.1) ここでkはトーションロッドの弾性定数,Iは容器の慣性モーメントである。ロッドの弾 性定数k は,長さがL,内径と外径をdi, do,材料の剪断弾性率がGのねじれロッドで は次式で求められる。
k = πG
32L(d40−d4i) (2.4.2)
また容器の慣性モーメントI は,密度ρ,高さh,半径rの均質な円筒を仮定すると次
式で求められる。
I = 1
2πρr4h (2.4.3)
バネ定数は一般に温度に依存するが既知として差し引くことができるので,固有振動周 期の変化から試料容器の慣性モーメントの変化を求めることができる。
振り子を共振させ共振周波数を測定するには,外力に対する変位の位相関係を得る必 要がある。検出した変位を外力に対して位相検波を行うために検出にはロックインアン プを用いる。ロックインアンプによって励起外力を基準にした振幅のの0◦,90◦ 成分を 測定すると,共振状態においては0◦ 成分がゼロになる。共振点近傍において,共振から の周波数のずれを測定された0◦ 成分より計算し,励起周波数にフィードバックすること で共振周波数にロックする。このようにして共振周波数を測定し,振り子の慣性モーメ ントの変化を測定する。また,共振の鋭さを示すQ値は,共振の半値幅∆f と共振周波 数f0から,次式で計算される。
Q= f0
∆f (2.4.4)
2.4.1 ねじれ振り子による超流動の測定
セル容器の中に液体4Heを満たすと,試料容器の慣性モーメントに4Heの質量が寄与 しIcell は増加,共振周波数は低下する。ここで実際に容器の振動に寄与する4Heは,粘 性により振動に引きずられる粘性侵入長η の範囲内である。この場合簡単のためセルの 壁間はη より小さく,常流動成分はすべてセルと一体となって運動しているとする。す なわち,空の状態から比較するとセルの慣性モーメントは液体成分IHeだけ増加する。
この状態で冷却すると,試料容器内の4Heが超流動転移することで超流動成分が発生 し,これが非回転状態に落ち込み,容器の振動に追従していた4Heが振動から離脱して それが容器の慣性モーメントの減少として観測される。発生する超流動密度をρsとする と液体の慣性モーメントは以下のように温度低下とともに減少する。
Is(T) =IHe (
1− ρs(T) ρ
)
(2.4.5) 共振周波数はこの慣性モーメントの変化を受けて,Tc以下で立ち上がり上昇する。超
2.5 静電容量型圧力計を用いた圧力測定
∆ F(T)
ⓨߩ࡞
He ዉ࡞
4
Temperature
F re que nc y
Tc
Ᏹᵹേ
ᵹേ
ᘠᕈࡕࡔࡦ࠻
ᘠᕈࡕࡔࡦ࠻
図2.7 ねじれ振り子による超流動観測の概略を示す。4Heの慣性モーメントにより 空の状態から大きく減少した共振周波数は,超流動成分が発生することで慣性モーメ ントが減少し,上昇する振る舞いを見せる。
流動転移に伴う周波数の変化量は,一次の近似範囲で
∆(T) = 1 2π
(√ κ
Icell+IHe(1−ρs(T)/ρ) −
√ κ Icell+IHe
)
(2.4.6)
= 1 2π
√ κ Icell
vu
ut 1 1 + IIHe
cell
(
1− ρs(Tρ ))
(2.4.7)
≃ fcell
2 IHe
Icell ρs(T)
ρ (2.4.8)
となり,発生する超流動密度ρs(T)に比例することがわかる。
2.5 静電容量型圧力計を用いた圧力測定
温度圧力相図を求めるためには同時に試料の圧力を測定する必要がある。本実験では バルクの4Heの固化圧以上の温度圧力領域で測定を行う必要があるが,この領域では試 料導入キャピラリの中で4He が固化し,管路が閉塞する。すると室温部に設置した圧力 計では低温部の試料空間の圧力を知ることはできない。本実験では極低温の箇所に設置 し精度良く圧力を測定することができる圧力計として,StratyとAdamsが考案した圧 力によるダイヤフラムの変形を静電容量の変化として読み取る,静電容量型圧力計を製 作し利用した [20]。
電極
試料空間 コンデンサーギャップ
スペーサー
ダイヤフラム
図2.8 静電容量型圧力計の構造
2.5.1 静電容量型圧力計の原理
静電容量型圧力計の構造と原理を説明する。図2.8は静電容量型圧力計の構造の概略 を示したものである。圧力計本体はサンプルスペースの壁の一部が1 mm程度の厚さに 加工され,試料の圧力によって弾性的に変形する金属ダイヤフラムを形成している。ダ イヤフラムの外側には電極が設置され,ダイヤフラム中心の変位に合わせて移動するよ うになっている。ダイヤフラムの可動電極に対向する位置に固定電極が設置され,数十 µm程度の厚さのスペーサーにより,可動電極と固定電極の間にコンデンサーギャップが 形成されている。
ダイヤフラムは内部の圧力を受けて弾性的に変形し,その変形の大きさは圧力の関数 である。円周を固定されたダイヤフラムが圧力P を受けて変形するとき,中心における 変形量y は,厚みt,直径r,材料のヤング率 E とポアソン比ν によって次式で計算さ れ,静電容量圧力計に形成されたコンデンサーギャップの間隔の変化∆aと一致する。
y = 3(1−ν)r4P
16Et3 =−∆a (2.5.1)
またこの時,ダイヤフラムにかかる応力は次式となる。
γ = 3r2P
4t2 (2.5.2)
2.5 静電容量型圧力計を用いた圧力測定
実際の測定においては,低温状態で室温部の圧力計と内部の試料空間の間が開通し圧力 媒体(4He)が移動できる状態で静電容量と圧力の関係を測定し,圧力と静電容量の関数 を得て圧力計に価を付ける校正作業が必要である。なお圧力変化と静電容量の変化の間 には,圧力によるダイヤフラムの変位が十分小さい範囲での近似で,次式の関係がある。
∆C
C = ∆P
P (2.5.3)
静電容量型圧力計は,測定装置としての感度を高くするために圧力の変化に対する電 極間隔の変化量の割合が大きいことが望ましい。しかしそのためにはダイヤフラムの厚 さを薄くするか直径を大きくする必要がある。式2.5.2から,感度を高めようとダイヤフ ラムを薄くしたり直径を大きくすることにより,圧力によってダイヤフラムに生じる応 力は大きくなることが分かる。またダイヤフラムを薄くし圧力に対する変形の大きさを 大きくすると,圧力によって固定電極と可動電極が接触する可能性もある。実際の設計 においては,測定に必要な圧力の領域と材料が耐えられる応力(この材料固有の値につい ては金属材料の特性表で得ることができる),また実験装置に拘束される幾何学的な条件 などを考慮してダイヤフラムの直径と厚みなどを決定し,圧力計を設計することになる。