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山 口 林 之 助 第 2 章

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フランス刑法典第62条および第63条(続)

山 口 林 之 助

第  2  章

 1941年10月25日の法律は,その第4条において,自己のそして即時の行為により,自己 およびその親族に対する損害も危険もなしに,第2条第1項所定の犯罪の一つを防止する

ことができながら,それを故意に為さない者のく違法な不作為〉を罰した。

 法条は,ドイツの示唆によるものであった。法条が防止を命じた犯罪は,実に,敵の利 益を侵害するものであった。重罪または軽罪は,親族を除いて,たとえ第三者に危険また は損害が生ずるとしても,防止されねばならなかった。

 1945年6月25日のオルドナンスは,科刑の原則を維持した。しかし,この原則がフラン ス法に受けいれられるためには,1941年の法条を修正せねばならなかった。かくて,第63 条第1項の中に位置を占める犯罪は,以下の諸要素の総合のように思われる。

 (1)重罪または軽罪が実行中であること。

 (2)刑事被告人が即時の行為により犯罪を防止することができること。

 (3)介入が,介入者自身または第三者にとって何らの危険をも含まないこと。

 (4)不作為は,故意によるものであること。

 A実行中の重罪または軽罪  .

 本条の目ざす犯罪は,その性質が政治的なものであろうと何であろうと,重罪または軽 罪から成り立つ。しかし,軽罪の場合は,身体の安全を害するものの一つであることを要

する。

 本条の典拠とされた1934年の草案の用語は明確な意味を有した。草案は,身体の安全を 害する犯罪を特別の標題の下に総括した。現行法においては,刑法典または特別法に含ま れる犯罪にして,直接または間接に身体にかかわる,すなわち,その実行が故意によると 否とを問わず,身体に対する傷害にかかわる一切の犯罪を目標とする。たとえば,嬰児殺

・堕胎・故意による打撃・過失による殺人および傷害・公務員に対する妨害および暴力行 為・故意による不法監禁・或る場合における住居侵入・暴力を伴う労働の自由に対する侵 害・兇器をもってする警察官に対する種々の犯罪等。

 人々は,該立法が,ここでは,第62条に規定された告発の場合よりも一層広汎であるこ とに気づくであろう。告発は重罪に対してのみ要請される。軽罪に関しては,身体に対し 傷害を与えるとき,その実行を防止するために,可能ならば,介入しなければならない。

そのことは,告発と密告とを混同するフランス人の見解が,告発を不快をもって見ること を意味する。

 財産ならびに国家に対する犯罪は,それが重罪を構成するときにのみ法の対象となる。

市民に対し,軽罪のような余り重大でない犯罪を,彼らの即時の行為によって防止するこ とを義務づけることはできない。ただし,犯罪が身体を侵害し,よって,最も恐るべき結 果を生ずる可能性があるときは別である。

 犯罪を防止するために,介入がいかなる時機に義務的となるかを知る問題は依然として

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2 長崎大学教育学部社会科学論叢 第21号

困難である。犯罪がすでに企図されたことを要するか?故意による犯罪が問題となるとき は,少なくとも,犯人がすでに予備行為によって,犯罪実行の意思を表明したことを要す るか?人がもし犯罪計画のあることを知っているときは,その実行を最初から妨げるため に,むしろ計画がなされるや否や,干渉してはならないか?これについて,解釈の一致を 見出し難い。N. Tuncは,介入は計がなされた時から義務的であることを許容するもの の如くである。N. Brauchotは,これを法律のく即時の行為〉という表現に反するもの とし,最後の瞬i間,すなわち,犯人が実行行為の局面に入る瞬i間にのみ介入が要請される という説を支持する。法律は,犯罪の行なわれることが不確定な時機に為されて,過失そ して遺憾な侮辱的行為にまで導くかも知れない時機尚早の介入を奨励することを望み得な かった。しかし,他方,謀殺のような犯罪を犯す計画のあることを知る者が,未だ実行の 段階に達していないという弁解の下に,介入の義務あることを信ぜず,そして,おのれの 介入が遅滞に陥り,もはや犯罪を防止することを得なくなるという危険を冒して,犯罪行 為の現われるのを待つという誤解を生ずる虞れがある。

 かかる考察は,ここでは,第62条所定の告発の場合のように,未遂の性格づけに関する 法律上の術語に極めて重大な意味を付する必要がないこと,そして,犯人の計画が形成さ れて以来,たまたま彼の居る段階が何であれ,その形成が犯罪実行の確信または重大な危 険を有する以上,重罪または軽罪を防止するために,介入が一定の人々に要請されるとい うことを承認せしめる。換言すれば,ここで注意すべきは,主観的法秩序の規準である。

 この点について,少数の判例がわれわれと見解を同じくするものの如くである。

 (1)Auch裁判所は,その息子が聴入の納屋に放火した者に対して,本条により有罪の 宣告を下したσ)。すなわち,その息子の意図を予め知っていた父は,それを思い止まら せようと努力した。そして,結局,息子にく慎重であるように注意〉したのであった。裁 判所は,この父親は息子の犯罪行為を防止する義務があ●り,そして,それが可能であった

と判断し,第62条により,彼に有罪の宣告を下したのである。同様に,

 (2)召使の愛人となった人妻が,夫を殺そうとする召使の意図を召使から知らされてい た。ある夜,彼女は,召使が夫の車に同乗し,そして,早る口実の下に,彼のためにアリ バイを入手させるのに役立つ彼の自転車を積み込むのを見た。さらに,出発前に召使は彼 の女主人に,もし彼女が尋問を受けたら彼女の夫とは別の方向に出発したと云えと要求し た。Bongesの裁判所は,未だ予備の段階にあるにすぎない犯罪計画をこのように知らさ れたこの妻は,介入を怠ることにより,第62条所定のく違法な不作為〉を犯すものである

との判決を下した(2)。最高裁判所は,採られた手段が犯罪の法的要素を結合していない という理由で,これを破棄した(3)。

 (3)若者の群が狩猟を催した。その時,密猟監視人に出会った。監視人は,彼らに,自 分が監視する所有地において狩猟することを禁止した。彼らの中の二人が,監視人が再び 彼らに注意を与えに来るときは,彼を射殺することを決定した。事実,監視人が再度現わ れて射落ざれた。殺人罪を犯した二人の仲間に同行していた若者たちは,起訴されて,犯 罪を防止しなかったかどで有罪を宣告された。裁判所は,彼らは最後の瞬間まで,危険を

被ることなく介入することができたことを確認した。大審院は上告を棄却した(4)。

 B 即時の行為

 法律は,それができるときにのみ,即時の行為により犯罪を防止する義務があるという。

(3)

フランス刑法典第62条および第63条(続)(山口) 3

立法者は,すべての市民に対して,それを防止するために,犯される可能性ある重罪また は軽罪に留意する義務を課することはできない。それは,まさしく,警察の役割である。

法の欲するのは,人が重罪または軽罪が犯されようどしていることを予告された特別の場 合に,もしそのことができるとすれば(それだからこそ)特別の手段に従わせられること なく,それを防止することに努めるということである。法律は,だから,一般的手続によ り,情況により極めて可変的な義務のみを表示することができるにすぎない。いざという ときには,裁判所が評価するであろう。

 ヴィシイ政府の法律は,〈即時〉という用語にく個人的〉という用語を付加していた。

しかし,1945年の立法府は,このあいまいな表現を再現しなかった。それは,たとえば,

憲兵に対するたんなる電話による訴えにより犯罪の遂行を防止することができる者に対し,

専ら犯罪を防止できる行為は憲兵の行為であり,したがって,彼にとっては個人的でない ということを支持することによって弾圧を免れることを許した。

 重罪または軽罪を防止するために,明かに最も尊重すべき手段の一つである憲兵または 警察官に対する訴えと,第62条に規定された告発とを混同してはならない。ここで問題と なるのは,予防手段一しかも司法上の訴訟に適しない一により,重罪または軽罪を防止す ることであり,第62条の場合のように,既に既遂または未遂の罪を犯した個人に対し,裁 判所の行為(訴訟)を開始することではない。

 警察当局あるいは他人に対する訴えとは独立に,人は明かに情況により,万一の場合に は,犯罪計画の実現を防止する極めて多様な方法を案出することができる。法律は,一般 的形式を与えることで満足せねばならず,それ以上のことはできない。情況に応じて,そ れを適合させることが各人の義務である。

 即時の行為によりそれを為すことができるということから,現場に居合わせた者,また は,近所に居た者のみが介入の義務があるとの結論を出してはならない。遠く離れた者で

も,同じ条件の下で同じ義務を負う。

 C 危険のないこと

 犯罪を防止するための介入は,彼と第三者にとり,危険を含まないときにのみ義務的で ある。ヴィシイ政府の法律は,自己およびその親族に対し,危険を及ぼさないことをもっ て十分なりと判断したことをわれわれは記憶する。したがって,他人がどんな重大な危険 に出会っても,たいして聞題でなかった。ドイツ軍にとり有害な犯罪に関する限り,依然 として介入しなければならなかった。この事実は,この法律の起草者らは,その編纂公布 に際し,敵の圧迫の下においてではなく,彼ら自らの長官の下に行動したことを主張した のであるが,彼らの与えられた示唆がいかに不完全なものであったかを示すものである。

自己または第三者に対し危険のないことが,犯罪の本質的要件の一つである。法律は,勇 気も無思慮も強いるものではない。犯罪を免れるためには,誠実な人が通常遭遇する危険

よりも重大な危険が問題とならねばならない㈲。

 第63条下の上述の事件において,、被告人(女)は,愛人(召使)が自分の夫に対して犯 した犯罪を防止するために介入することができなかったと主張した。けだし,彼女は,召 使との共犯関係を告白することによってのみそれを為すことができたからである。控訴裁 判所は,事実,彼女が夫の出発を妨げることは,夫に精確な事情を知らせるごとも,また,

彼女に迫る威嚇さえもなしに,全く容易であったと判示した(6)。

(4)

4 長崎大学教育学部社会科学論叢i第21号

 D 故  意

 不作為は故意によることを要する。われわれは,この点について,科刑の困難さを既に 強調した。不作為の非難を受ける者は,一方,重罪もしくは軽罪またはその計画を知って いたことを要し,他方,彼が危険なしに介入できるのに故意に消極的態度を採ったことを 要する。動機は重要でなく,それは必ずしも加害の欲望であることを要せず,不注意また

は無関心でもよい。しかし,裁判官は,法律のあいまいな用語および犯罪の特殊な性格の ゆえに,明らかに評価の幅広い権限を有する。上記の事件において,動機が辛うじて故意 から区別される。そしてたとえば,刑事被告人が,はっきりしない,優柔不断な,感動の 鈍い性格により,自己の介入の緊急な需要を理解する実質的時間を有しなかったとき,あ るいは,自己または他人にとって介入の最も安全な方法について熟慮する時間を有しなか ったときは,犯罪が成立しないと解されることは確実である。

 droit Communの要件においては,強制または不可抗力は犯罪を消滅せしめる。しか し,法律は,重罪または軽罪の正犯者の両親・親族のために,何らの宥恕をも規定してい ないことに注意すべきである。われわれが,事実,犯人の近親が第62条により,彼を告発

し厳格な法律にさらす義務を有しないことを是認するとしても,彼らは何人とも同様に,

それができれば,犯罪を防止する義務を負うのである。

 E 犯罪の性質

 重罪または軽罪を防止することの故意による不作為は,形式犯である。結果とは関係が

ない。

 したがって,原則の厳格性により,犯人が犯罪を完成せず,または,既遂に達すること なしに,申止未遂に止まるときでさえも処罰される。

 さらに,特別犯罪として起訴されたく違法な不作為〉と共犯との間に存在する極めて明 瞭な差異にもかかわらず,最高裁判所は,重罪または軽罪の共犯に対する起訴を受理した 裁判官が,共犯が加担の積極的行為の欠歓により証明されないときは,職権をもって,起 訴の資格を剥奪して,必要ならば,第63条第1項の罰則を適用することを許容する。

 本件において問題となったのは,犯罪を防止しなかった長官(憲兵)の面前において行 なわれた暴力行為のかどで,カメルーンの原住民たる守衛に対して為された訴追である。

共犯として起訴された憲兵は,共犯は積極的行為を仮定するものであり,たんに犯罪の遂 行を防止せず,消極的態度を持したことにより非難を受けた刑事被告人に共犯の宣告をす ることを得ないとの理由で放免された。最高裁判所は,かかる情況において,刑事裁判所 は,被告人が少なくとも,第63条第1項に規定されたく違法な不作為〉の罪を犯すもので はないかを追求すべきであったという理由で,この判決を破棄した(η。

 法律は,万一の場合には,もっと厳しい刑罰の適用を留保する。それは,違法な不作為 が法律により特別に処罰される或る場合を目ざすものである。あらかじめ共謀してその職 務の行使を為さない職員(art.123),または,その職務行為を為さないように腐敗させら れた職員または公務員の場合がそれである(art.177)。法律は,共犯の刑罰の適用を留保

する。

第  3  章 危難遭遇者を故意に救助しないこと

(5)

ブランス刑法典第62条および第63条(続) (山口) 5

 危難遭遇者に対する救助の故意による不作為が,1941年10月21日の法律により,フラン スの立法に導入された。実を云えば,これが占領当局の勧告によらないこの法律の唯一の 規定であった。法条によれば,同様な情況一すなわち,自己またはその親族に対する危険 なしに危難遭遇者を救助できるのにかかわらずそれをしないで,これを死に至らしめたり,

または,重大な傷害を被るに至らしめる者は罰せられる。ゆえに,犯罪は救助の製鉄が致 命的な結果を有したという情況に対応する。

 第63条第2項は,この要件を再現しない。それは,危難遭遇者に対し,自己にとっても 他人にとっても危険なしに与えることのできる救助を与えない者をすべて罰する。救助の 方法が,彼自身の行為によるか,他人を刺激してこれを為さしめるかは問わない。

 女犯は次の要素を含む。

 (1)人が危険に頻していること。

 (2)犯人がこの危険を自己の行為によってであれ,救助を求める声によってであれ,排 除することができること。

 (3)かかる介入が,彼自身または第三者にとって,何らの危険をも含まないこと。

 (4)最後に,告発は任意的でなければならないこと。

 A 危難遭遇者

 介入は,人が危険に堕しているときにのみ刑罰制裁の下に,法によって要請される。

 P6ri1(危険)という言葉は, essai, epreuve(試験)を意味したが,今日保存された 唯一の意味がdanger(危険)であり,ラテン語Pericrlumに由来する。致命的でなく

とも,恐るべき結果をもたらす重大な危険が問題となる。

 法律が何故にこのような,科刑においてあいまいな,そして,一般的な形式だけにして 置くかについては上述した。法律は,危険な結果をもたらす情況を確定しない。可能な災 危,重大な傷害,致命的であり得る疾病にさえもかかわる一切の危険が考慮されるべきで あるとの結論を出してはならない。最高裁判所は云った一く第63条第2項の用語は,救助 を要する状態にある人がさらされている危険の原因または性質にもとづいて,いかなる区 別をもなさない。すなわち,法律は,たんに,この危険が,そこからいかなる結果が生じ ようと,急迫不変のものであり,そして,即時の介入を必要とすることを要請するのみで

ある〉と(8)。

 控訴院は,第63条第1項および第2項の規定の中には厳格な制約があり,第63条第2項 は,危険が重罪または軽罪から生じた場合にのみかかわるものであるとの判決を下し た(9)。しかし,最高裁判所は,上記の判決において,正式に表明して曰く一<Donaiの 控訴院は,当該判決において,法律を誤解するものである〉と。

 危難に在る者が,救助が可能であった前に死亡したときは,不作為は違法でなくなるこ とは明らかであるαo)。

 法律は,危険が予見し得ない事故,第三者の行為,または,危険に遭遇した者の行為そ のものに帰因する場合でも,これらの事実にもとついて差別を設けない。介入を必要とす るのは,或る時機に危険が確定し,不変急迫となった場合に限られ,単純な危険にあって は,少なくとも刑事制裁によって介入が要請されることはない。

 法律の一般的用語によれば,危険を自らの行為または無思慮:により惹起した者にさえ,

救助提供義務があることを承認せねばならない。しかし,この考えは極めて大きな困難を

(6)

6 長崎大学教育学部社会科学論叢第21号

認めることなしには成立し難い。事実,かかる者は,自分の行為または無思慮により ,一 般に司法上の訴追を受ける虞れがある。彼は逃走することによって訴追を免れることがで

きるであろう。救助のために現場に止まり,または,救助のために他人を刺激することに より,彼はそれと認められ,正体をあばかれ,逮捕され訴追を受ける危険に身をさらす。

ゆえに,通常,彼は危険を昌すことによってのみ救助をなすことができるであろう。問題 はかかる危険が顧慮に価するか否かを知ることである。以下にそれを検討しよう。

 〈有罪とされる者が,自己の即時の介入によってであれ,他人による救助を刺激するこ とによってであれ,危難遭遇者に対して救助を与えることができたであろうと思われると きは,不作為は違法であるか?〉これが規定の原文そのものから導かれる問題提起である。

原文は,この視点において,1941年の法律のそれよりも完全である。

 法律は,かかる場合に介入が即時的でなければならないか?いかなる場合に他人による 救助を刺激することで十分なのか,または,是認するのか?を決定することができなかっ た。法律は救助義務を二者択一の形式で規定した。しかし,危難遭遇者を確認した者には,

一般に選択は許されない。第三者の救助を求めることが救助をしないことに等しい場合が あるのは明らかである。たとえば,深い森の中で,猛獣により重傷を負い血液を失いっっ ある者を発見した者が,同じく森の中に居る細る医師の耳にたまたま届くことを期待して 叫ぶことに甘んずるとすれば,義務を遂行しないことになるのである。同様に,繍死しよ うとする者を発見した者は,その紐を切断すべきであって,官憲に急を告げに急ぐべきで

ない。

 これに反し,経験ある人,熟練した専門家の協力を得ることが可能な,人通りの多い場 所においては,他人の救助を求めることは,下手な介入よりも好ましいであろう。その他,

技術家の介入を必要とする場合,たとえば,エレベーターの濫の中に閉じ込められた者に かかわるときは錠前師の介入,危険が機械の崩壊に基因するときは土工の介入,機械の変 調によるときは電気技師の介入が必要であろう。

 さらに,危険を確認した者によって要請された者が救助を拒絶するときは,法の打撃を 受けることは明瞭である。

 法律は,現場に居る者の介入のみならず,遠くに居る者に対してすら,救助のできるす べての者の入介を要請する。しかし,甚だしく遠隔の地にあることは,不作為を正当づけ

る理由となるであろう。このように,被要請者が困難な情況にある場合,評価の権利が行 使されることは疑いない。そこに,法律が決定することができず,裁判官の裁量に委せら れた評価の問題がある。

 そのほか,現場に居合わせない者が,彼の即時の介入の必要について何らの疑いも持つ ことのないような情況において意を告げられることが必要である。特にそのような事態が あった場合,その職業の正規の遂行を不可能にするところの要請に,昼夜をわかたず応ず る虞れのある医師にとって,閥題は特に重大である。それはデリケートな問題であって,

判例を学びながら考察しよう。

 要するに,救助義務がいかに緊急を要するものであろうと,情況に左右され,与えられ ねばならない救助の命令に関する諸問題が必然的に課せられ,そして,犯罪の偶成的性格 付与は,かかる情況を考慮して,しばしば困難に陥るだろうということを十分是認じなけ ればならない。法律は,緊急の際に,態様を確定することのできない一般的義務のみを規

(7)

ブランス刑法典第62条および第63条(続) (山口) 7

拝し得るにすぎない。このことが,このような科刑を正当化するのに困難を生ずる理由の 一つであることは上述の通りである。法律は,介入が介入可能者に対してであれ,他の者 に対してであれ,危険を含む場合には,介入を要請するものではない。法律は,英雄的行 為も,たんなる勇気でさえも強いるものではない。しかし,危険は重大なものでなければ ならず,そして,その評価は困難である。

 法律は,それが考慮する危険の性質を確定しない。たとえば,他人が溺死しつつあるの を見た者がたとえ水泳ができるとしても,水難救助のために水に飛び込むことを強制でき ない。そのことが重大な危険を含むからである。反対に,それが可能であるならば,捧を 差し出し,もしくは,綱を投げ,または,救助を呼ばなければならないであろう。そのこ

とは,彼をして何らの危険に会わしめないからである。

 さらに,別の性格を有する危険,時としては,専ら精神的な危険を考えることができる。

たとえば,誰人かが自分と仲の悪い,そして度々自分に死の恐怖を与えた者が水に落ち溺 死の危険があることを認めたとする。彼は救助のために水に飛び込むことによって,裁判 所が,彼が危険を冒してやった役割を誤解して,実際は彼が救助しようと欲した遭難者を 水に推しやったと解する危険にきらされることになるかも知れない。このような危険は顧 慮されるであろうか?何人もこれを是認することはできないであろうが,さればといって

これが必ずしも不適法であると断定することもできない。

 もっと実際的な設例は,危険が救助を為すことのできる者自身から生じた場合である。

この場合,一般に,救助を為すことによって,彼自身が危険を生ぜしめた事実のかどで受 けるところの司法上の訴追の前に進むことになるのである。彼はかかる情況を,彼の不作 為を正当化すべき本来の危険として主張できるであろうかアたとえば,連発銃を操作中に 隣人を傷けた者,車を運転中に通行人を倒した者がその犠牲者を救うことは,過失傷害ま たは過失致死のかどて訴追される危険を冒すことになる。救助義務は,ここでは,<犯行 者は任意に刑罰に身を委ねる義務を有しない〉という刑法の根本原則と矛盾する。今日ま で,判例は救助義務に勝者の地位を許容し,註釈家はそのような解決を承認する。かかる 解決は,義務が承認され,そして,事故を起した車のすべての監督者に中止義務を課する 1980年7月17日の法律の規定に重要な支持を見出すもののように思われる。

 危険が無思慮・過失によるものでなく,殺人の意図を意味する行為により生じたことが 認められるとすれば,問題ははるかに微妙になるであろう。たとえば,ここに,或人に対

し怨恨を抱く者が射殺の決意の下にこれに発砲し重大な傷を負わせたとすれば,殺人また は殺人未遂となることは明らかである。加害者が逃走して犠牲者を死に頻せしめ,督護の 欠鉄のために死に至らしめた場合,彼は,さらに,救助拒否により訴追されるであろうか

? もし現場に止まるとすれば,逮捕され,訴追されるおそれのある危険を彼が求めるこ とができるであろうか?彼が逮捕されるときは,彼自身の犠牲者,彼が殺そうと欲したが ゆえに傷けた,まさしくその犠牲者を救助しなかったという理由で,最高の刑罰をもって 威嚇された殺人罪として非難されるべき行為の中に矛盾がないであろうか7

 疑もなく検察当局は,かかる設例において,第63条による訴追を控え,彼が犯した殺人 罪として訴追することに満足するであろう。しかし,かかる訴追が法上可能であり,殺人 犯が違法な危険を主張して逃走することを是認できないことは,救助義務を個人の良心の 排他的確理から奪い取り,それを刑法の規定に従わせることがいかにデリケートな問題で

(8)

8 長崎大学教育学部社会科学論叢 第21号

あるかを明らかに思わしめる(11)。

 救助義務は,介入者自身のみならず,第三者を危険にさらさぎるを得ないときは消滅す る。一人の人間を救助するために,他人を致命的危険にさらすことを許した1914年の法律 は,両親に危険の及ぶことを許さなかったが,オルドナンスは,この近親たることの要件 を要請しない。

 最後に,救助の不作為は故意によるものでなければならない。この故意的要素は,二つ の視点において重視される。まず,救助のできる者が,人が遭遇している危険を認め,そ

して,即時の介入の必要について疑いをもたなかったことを要する。法律は,市民に,永 続的方法で市民仲間の保安を義務づけたり,また,危険発生の可能性がある場合でさえも,

その都度防止を義務づけることはできない。危険が介入の必要性が表明されるような情況 の下に現われる場合,それが直接的で継続的なものであるときにのみ,刑罰により介入が 要請される。

 救助を為すことのできる者が現場に居合わすときは,危険の切迫を容易に確認できるで あろうが,危険の場所から遠隔の地にあるときは,介入の緊急性と必要性について誤解が あり得ないような状況の下に要請されることが必要である。

 次に,この犯罪を特徴づけるためには,救助を為すことのできる者が,危険の不変性と 緊急性について報せを受け,自分に採用可能な方法により介入することを故意に控えたこ とを必要とする。原則として,不作為の動機は重要でない。それは,共犯者とされる恐怖 から無関心または利己主義に至るまでの線上を移動するであろう。しかし,動機を故意か

ら分離することの甚だ困難な場合のあることを想起せねばならない。特に次のような仮設 が考えられる。すなわち,不作為が救助を為すことのできる者におけるたんなる不決断,

明敏の欠如,反省の不存在から生ずるであろう場合がそれである。一日の労働による疲労 のために休息し,明日の熟練を要する手術に備えて力を貯えておかねばならないと考えて いる医師に対し,不作為の非難を加えることは全く困難であろう。結局,ここでもまた,

法律は一般的原則のみを定め,情状による決定の配慮は,これを裁判官に委ねる。不可抗 力または強制が,犯罪を消滅させることは明らかである。恐らく,緊急状態もまたそうで あろう。危難に在る者の両親または親族のために,いかなる例外もここでは許されない。

反対に,それができるならば,すべての者よりも先ず救助を提供すべきは彼らであること に注意すべきである。

 E 判  例

 このことに関し,1941年10月25日の法律の下に軽罪裁判所により為された三つの興味あ る判決を引用しよう。

 1943年7月12日,Abbevilleの裁判所は,水泳ができ,そしてとに角,犠牲者に竿を 差し出しまたは綱を投げてやることができるにかかわらず,眼下に子供を溺れるままにし た者に有罪を宣告した(12)。・

 1944年2月,N6racの法廷は,気むずかしい性格・で看護を拒否したという理由で,医 師を呼ばず,老人を見殺しにした女に免訴を云い渡した(13)。

 1945年1月25日,Fesharreの法廷は,残酷で意地悪な夫が毒をあおったのに対し,医 師を呼ぶことを怠り,牛乳を与えることで満足した妻に免訴の判決を与えた(14)。これら の判決における科刑の原則はもはや同一ではない。N6racの法廷に提起された事件にあ

(9)

フランス刑法典第62条および第63条(続) (山口) 9

っては,推定は確実なものではなかった。犯罪が直接の危険に直面して緊急の,そして,

特別の救助を控えることにより特徴づけられるのに,この場合の危険は不確実でそして遠 くにあった。

 1945年6月25日のオルドナンスの支配の下に,Aixの裁判所は,1947年3月27日に,何 らの危険に会うこともなく,竿を差し出して救うことのできた女婿を溺れるままにした者 に有罪の宣告を与えた。これは古典的な設例であって,ここでは,この法律の適用に何ら の抵抗も感ぜしめない(15}。

 1947年3月20日,その自動車が火災を起し,火を消すことに没頭して,消火の応援にや って来て焼死した職人を救助しなかった医師を免訴にした。免訴を云い渡すために裁判所 は,火災を消すことは,重大な爆発の危険があるという理由で緊急命令を示すものであっ たこと,さらに,通行人が負傷した職人の看護に従事したということを承認した。しかし,

まさしく医師としての職業のゆえに,この自動車操縦者は職人の手当をなすべきで,消火 の責任は通行人に委ねるべきであったと思われる。犯罪は負傷者の救助の不作為により精 確に特徴づけられていた。しかし,上述のように,不作為の故意性の評価のために,動機 を考慮に入れないことは極めて困難である。恐らく免訴も緊急状態によって正当化される

であろう(16)。

 1949年3月31日,Rouenの裁判所は,自分自身が軽微な負傷をして,多分もっと重大 な負傷をしたであろう他の犠牲者を救助せず治療を受けに行った事故の証人を免訴にした。

これは,M.1e P「Huguencyが注意を喚起しているように, <よく秩序だてられた愛 は,自分自身のためにはじまる〉という原則の適用である。ここでもまた,裁判所は心の 底から動機を考慮の外に置くことができなかった(17)。

 1949年11月2日,Nice裁判所は,女薬剤師がその薬局において,その助手をして致命 的結果をきたすべき過失を犯さしめ,主治医に急報することを怠り,この患者のために準 備がなされていたのに,これを毒のために死に至らしめたのに対し有罪の判決を下した。

裁判所は,正当にも,救助義務は完全であるべきこと,危険を排除できる者自身の行為か ら危険が生じたという事実を承認した。次に,救助を為すことにより薬剤師が当面する,

そして,無思慮のかどで訴追される当該危険は考慮に入れられないと解した(18)。

 1948年11「月20日,Rennesの控訴院は,自動車を運転して通行人を負傷させ逃走した医 師に有罪の宣告をした。われわれはここで,その判決の中で,Niceの裁判所によって承 認された二つの原則を思い出す。危険状態を惹起した者は自ら救助の義務を負い,彼がこ

とによると会うかも知れない訴追の危険を主張しても無駄である(1gl。

 1948年12月3日,Parisの控訴院は,娘がひそかに分娩したが,その子は看護がなかっ たために程なく死亡したという事件において,一人の女に有罪の宣告をした。この女は,

分娩を手伝い,砂子の叫び声を聞いたがその子に何らの世話もしてやらなかった(20)。最 高裁判所は,控訴裁判官が犯罪の全要素を指摘したことを確認し,この判決に対してなさ れた上告を棄却した(21)。

 われわれが検討している規定は,医師がその本務論に関する法により強制される職務上 の規則とは独立して,病人との関係における医師に適用される。法は普遍的であって,市 民の間に区別を設けない。ゆえに,医師はたんに自分が即時の介入を必要とする事故,ま たは,残酷な疾病の証人である場合に救助をしなければならないのみならず,直接のそし

(10)

10 長崎大学教育学部社会科学論叢 第21号

て適法に確認された危険が問題となりさえずれば,自分に宛てられた要請に答えなければ ならない(22)。しかし,医師は第63条の刑罰制裁の下に,病人または自己につきまとう者 により救助を求められる毎に,日常の仕事または正当な休息を放棄して移動しなければな らないと推断すべきではない。実際に医師の不作為が違法であるためには,危険が緊急で 不変なものであり,そして,その緊急の評価が医師自身に属することが必要である。1949 年5月31日になされた最高裁判所の極めて重大な判決が決定したのがこれである。

 事件の資料は次の如くである一少し前から病んでいた子供の父親が,この子に不慮の併 発症の徴候が生じたことを夜の中に確認し医師を迎えに行った。しかし,医師は動かず翌 朝になってはじめてやって来た。かれこれするうちに子供は死んだ。医師は軽罪裁判所に 召喚されたが,第63条第2項により目ぎされる危険は,軽罪または重罪から生ずることを 要するという誤った理由により免訴の云い渡しを受けた。法のために上告が申し立てられ

た。最高裁判所は,当該判決理由を破棄して,次の点を確定した。すなわち,第63条第2 項により規定された救助提供義務は,刑法典第475条第12項により規定された違警罪と混 同されてはならない。該違警罪は,救助の要請が当局の代表者により明示的に表明された

ことを仮定する。次に,それはその重大さにおいて,公共の平和または安全を危くする可 能性のある一般的出来事,公共的災厄にのみ関するものである。

 他方,救助義務は法律が予見する情況により,純粋なそして単純な,まさしくそれ自身 によって違法な不作為を推定する。この故意による不作為は,単純な無思慮:から構成され,

そして,殺人または傷害を惹起するときは,一般に行為者に刑法典第319条および第320条 を適用せしめる行為と混同してはならない。同様に,自己の小旅館に,充血に罹っている 旅客を入れることに同意した旅館の主人が,あとで,この旅客に一切の看護を拒否するこ

とは,締結した契約の不履行が存在する(23)。

      第  4  章  無享のために立証を為さないこと

 第63条第3項は,外国の若干の法典,すなわち,ノルウェー法典第172条,デンマーク 法典第143条においてその典例が見出される全く新規な科刑を規定する。何人も要請され なければ,その認識した犯罪事実について刑事制裁たる罪によって立証義務を負わされな い。この点で市民はその良心にのみ属する。しかし,公民的義務のこのような否認が特に 重大な意味をもつ場合がある。それは,その供述が被告人の無罪を証明するときに」沈黙

を守ることによって,当該被告人に有罪の宣告を受けさせることになる場合である。

 無享のための立証義務は,或る者が収監されていようが,既決であろうが,無罪を推定 する。立証は被告人が拘留の状態に置かれるや否や,あるいは,裁判官が裁判に着手する や否や,自発的になされるべきである。被告人の無罪を確定するための立証を故意に為さ ないことは,したがって,このたんなる不作為を既遂となす即成犯である。

 法律は被告人の利益になるように,立証が自発的になされるという条件で,あとでなさ れるときも,いかなる刑罰をも科されないと規定する。ゆえに,それを為すことのできる 者は,訴訟に際してでなくとも,有罪宣告後または刑の執行後でさえもなお立証すべきで

ある。すなわち,法律は再審を承認する。しかし,法律は無畢が有罪の宣告を受けたこと を要請しないことを注意すべきである。無事が予防的に収監され,または,裁判を受けた

(11)

フランス刑法典第62条および第63条(続)(山口) 11

ことをもって足りる。かくして,無享の無罪の証拠を熟知する証人の不作為にもかかわら ず無票が釈放されるかまたは,放免されるときは,まさしく軽罪は既遂となり,そして最 早庇護を受けることを得ない。

 不作為は故意によることは要する。法律は当該者が上述の如く,無罪の証拠,訴追の存 在を知っていながら故意に立証しなかったことを要件とする。不作為の動機は重要でな

い。

 しかし,英雄的行為を要求することを得ない法律は,犯人,その共同正犯,共犯ならび にこれらの両親および四親等までの親族のために免訴の宥恕を与える。   完

前 号 正 誤 表

Bulletinの上から11行目

横書39頁上から18行目

du

de

(12)

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(1) Trib. Auch., 26 juill. 1949. [Rec. D. Pen. 1949.].

(2) Bourges, 16 f6vr. 1950. [D. 50. J. 405; J. C. P. 1950. 2. 5629 et note Chavame; Gaz.

  Pal., 1950. 1. 289; Hugueney, Rev. Sc. crim., 1950, p. 412.]

(3) 6mai 1951, Maximilien [B.OOO].

(4) Cass., 18 janv. 1951, Mis et autres. [B.24].

(s) Poitiers, 2 f6vr. 1943. D. C. 1944. J. 45 et note Desbois. ‑ Trib. Abbeville, 12 juill.

  1942. J. C. P., 44. 2. 2624 et note Bornecque, (6) Bourges, 16 f6vr. 1950.

(7) Cass. 23 mars 1950. Mbock [B,109].

(s) Cass. 31 mai 1949, Chestem [B. 202; S. 1949. 1. 126; D. 49. J. 349; Gaz. Pal・, 1949.

  2. 143; J. C. P. 49. 2. 4945 et note Magnob; Hugueney, Rev. Sc. crim., 1949, p.745.]

(g) Douai,21 janv. 1948. [S. 1949. 2. 61 et note Bouzat; Caz. Pal. 1948. Somm.9; Hugu   eney, Rev. Sc. crim. 1948, p. 743]・

(10) Trib. Poitiers, 27 avr. 1950. [J. C. P., 1950. 2. 5618. note Pageaud; Huguency, Rev   Sc. crim., 1950,p・ 473]・

ati Cass. 23 juin 1949 Doto [B.218].

G2) J. C. P., 1944. 2. 2624.

(13 J・ C・ P・ 1945. 2. 2896, note R. B.

(14) [D 1947. 384; J. C. P・, 1947・ 2・ 3583.

a5) [D. 1947. 384; J. C. P., 1947. 2. 3583.

<1ot [D.1947. 304].

a7) D. somm. 9; Hugueney, Rev. Sc. crim., 1950. 295.

(18) D. 1950. 3; Caz. Pal., 1949. 2. 420; Hugueney, Rev. Sc. crim. 1950. p. 295.

ag) S. 1949. 2. 61 et note Bouget; D. 1949. 230]; Huguenev, Rev. Sc. crim 1949, p. 571.

{2o) Gaz. Pal., 1949. 1. 12; J. C. P., 1949. 4831; Hugueney, Rev. Sc. crim., 1949, p.78.

tz1) Cass., 23 mars 1950, Marchaud [B. 275].

(22) Cass., 22 avr. 1950. Ri6ras [B. 126].

(23) Cass., 7jav. 1859[ D. 59. 1. 146]; note Salle de la Marni6re.[D. 1936. 2. 25 et Gor6,    op. cit].

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