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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

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Academic year: 2022

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博士(文学)学位請求論文審査報告要旨

論文提出者氏名 藤本 勝義

論 文 題 目 源氏物語の表現と史実に関する研究 審査要旨

本学位請求論文は、この十数年の間で研究誌・論集などに掲載された諸論考を必要に応じて補正しつつ、体系 的にまとめられたものである。全体は二編、計 23 の章からなり、400 字詰用紙に換算すると 1100 枚程度に及ぶ。以 下、本論文の要点をおさえた上で、審査委員会としての見解を示すこととする。

「第一編 源氏物語の表現と準拠」(計 13 章)では、過去の準拠説を批判的に吟味し、古記録・有職故実・和歌 等々と『源氏物語』との関わりをとらえなおした上で、史実から独自の世界へと変換してゆく『源氏物語』作者の創作 の方法がおもに論じられている。たとえば、第一章の「桐壺帝の弔問と贈答歌」は、桐壺更衣の死後、更衣の母が 詠んだ歌と、それへの桐壺帝の返歌が、『後撰和歌集』の近江更衣(源高明の実母)と醍醐天皇との贈答歌に酷似 していることを初めて指摘した論である。近江更衣-源高明と、桐壺更衣-光源氏という母子の照応も周到におさ えているが、近江更衣の場合、自身の母親の服喪に際して醍醐天皇と歌をかわしていたのであって、「桐壺」巻の 場合とは立場が異なる。だからこそ、従来は照応関係が見いだされることもなかったのだろう。しかし、作者は逆転し ている部分を含む先例として近江更衣と醍醐天皇との関わりを念頭におきつつ、当該場面を生成したのだろうとい う。また、第二章の「藤壺と先帝をめぐって」では、古注釈でも藤壺の宮に比定される人物として挙がっている為子内 親王(父は光孝天皇)をとりあげている。為子は藤壺の宮と重なる面があるものの、出産に際して薨去した人物であ り、ここでも史実を材としつつ、その一部を逆転させながら物語の展開が図られているという。さらに第七章でも、光 源氏・夕霧の出世の早さが史実に照らして異常ではないことを確認した上で、光源氏が藤原摂関家の世襲的なあり 方から離れ、物語内に独自の政治状況がつくられているという点がとらえられている。このように、『源氏物語』作者 は、史実を適宜利用しつつもそのまま当てはめるのではなくて、ずれを生じさせたり、逆転させたりしている、という のが本論文の主旨といえるだろう。

他の章も瞥見しておく。第三章では紫式部が実際に見聞したと考えられる儀式、あるいは同時代の事件をふまえ た可能性について、第四章では皇妃と帝の年齢差に関わる史実を活かした物語のあり方について、第五・第六章 では五節の儀における舞姫貢進者の史実との関わりについて、また第八章では親に先立つ子という逆縁の罪に相 当する事態をしばしば描く『源氏物語』のありようについて、それぞれ丁寧な史料の読解をともなって論じられてい る。さらに第九章は、古記録に照らして「幻」巻の二条院を「喪家」ととらえる新説を示す。

第十章以降は「宇治十帖」論である。すなわち、皇女の婿となった藤原師輔関係の儀式と「宿木」巻の薫との関わ りを論ずる第十章、「東屋」巻の下流貴族の生態を古記録に照らして検討する第十一章、浮舟の母・中将の君(八 の宮北の方の姪)と、藤原道長の妾・大納言の君(道長北の方倫子の姪)との類似から召人の位置を論じる第十二 章、そして宇治なる舞台を古記録に照らし新たにとらえなおす第十三章という四つの章である。

後半の「第二編 王朝文学の夢・霊・陰陽道」(計 10 章)では、同時代における夢解き、御霊信仰、陰陽道信仰、物 の怪などの実態を探究し、それらが物語の中でいかなる役割を担っているのかを明らかにしている。ここでは、『源 氏物語』以前の物語、あるいは『源氏物語』の影響をつよく受けている『栄花物語』なども検討の対象となっている。

まず第一章では、夢、霊、陰陽道全般に言及しているが、特にここでは亡き人の霊が夢に現れる場合と現れない場 合、それぞれについての物語内での必然性が論じられている。つづく第二章と第三章は平安時代中期の陰陽道及 び御霊信仰の実状を豊富な史料に依拠してとらえ、かつ『源氏物語』におけるそれらの取り込み方を検討している。

第四章と第五章は特に藤原道長の陰陽道信仰を丁寧に解析する論である。藤原道長は、『源氏物語』の成立・流 布にも大いに関与する人物であるだけに、その陰陽道の神に対する極度の恐れは非常に興味深いところである。

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第六章からは第九章では、夢、夢解き、夢告についての論が並ぶ。第六章では平安時代の解夢法が種々雑多で あったこと、にもかかわらず多くの人が夢想に対して執念や欲望をもっていたことなどを史料からおさえていった上 で、第七章では、『源氏物語』と『蜻蛉日記』『更級日記』などにおいて夢想が重要な位置におかれていることを当時 の実態に合うものとして評価している。第八章は、故人の夢告あるいは宣託の物語内における役割が、また第九章 では『栄花物語』と『大鏡』の夢の扱いの相違点などが論じられている。最後の第十章は、物の怪の問題で、「物の 怪」に関する伝承、話型などと関わりをもちながらも、それらに規制されることのない『源氏物語』の物の怪の独自性 がおさえられている。

本論文は、上記のように、総じて古記録その他の記事等を多く参看、引用しつつ、『源氏物語』が史実をいかに活 かし、かつそこから距離をとろうとしているのかという問題を丁寧に論じているものである。より具体的に、本研究の 特質をまとめると以下のようになろう。

・800 年以上に及ぶ『源氏物語』注釈史、ならびに膨大な数にのぼる『源氏物語』の研究論文において指摘さ れてこなかった、古記録・有職故実・和歌等々との関連、重なりなどが新たにとらえられている。

・史実を材料としながらも、それらを独自の世界へと変換してゆく『源氏物語』の方法が論じられている。特に、

従来の研究では充分におさえられていない逆転の方法などが把握されることとなった。

・「宇治十帖」は、正篇(光源氏の物語)に比べて史実との関わりがあまり論じられてこなかったが、第一編の第 十~十三章では、古記録類の記事との照応が新たにとらえられ、貴重な「宇治十帖」論となっている。

・陰陽道、夢解きなど、基礎的研究が未だに充分とはいいがたい領域で諸史料が博捜され、かつ『源氏物語』

などにおいてそれらのことが書かれている背景、さらにはその必然性などが明らかにされている。

このように、一貫して史料を手がかりとしながら、『源氏物語』に関する新たな指摘と解釈を示し得ている点は高く 評価されるべきである。あえて残された課題に言及するならば、物語が作られた当時の読み手側の問題があるだろ う。物語の作り手にとっての史実ということも当然重要であったが、併行して、物語に利用されている史実を読み手 側はどこまで受けとめることができたのか、そもそも当時の『源氏物語』の読者はどの程度の範囲にわたるのか、とい った問題にも考察を拡げられることが望まれよう。

一方で、夢、陰陽道などは、とりわけこの数年で一部の研究者が積極的にとり組むようになったのだが、それらの 新しい研究は藤本氏が先鞭を付けたことによって展開しつつある。これは特筆すべきことであろう。

以上のように、本論文は古記録類の中から、『源氏物語』を読み解く上ではかつて注目されることがなかった記事 等を多く参看、引用しつつ、『源氏物語』が史実をいかにして活かそうとしているのか、かつはその史実から距離をと りながらどのように物語を展開させているのか、という課題に対して誠実に応答し、しかも高いレヴェルで論じている ことは確かなので、審査委員会としては博士学位の授与にふさわしいと判断した。

公開審査会開催日 2012 年 6 月 30 日

審査委員資格 所属機関名称・資格 博士学位名称 氏 名

主任審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 陣野 英則

審査委員 早稲田大学文学学術院・教授 兼築 信行

審査委員 教育・総合科学学術院・教授 博士(文学)早稲田大学 福家 俊幸

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