早稲田大学大学院 2007年12月7日 経済学研究科長 永田 良 殿
博士学位請求論文本審査報告書
早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程を終業した松村岳志君(1997年9月15日退学)提出 の課程外博士学位請求論文
「帝政期右岸ウクライナにおける農業の発展構造――農戸、土地制度、諸改革」
について、本審査を終了いたしましたので、下記の通りその結果をご報告申し上げます。
本審査委員会
主査 鈴木健夫(本学教授、博士(経済学)) 副査 南部宣行(本学教授)
堀口健治(本学教授、農学博士)
松井憲明(釧路公立大学教授)
Ⅰ 審査判定
審査委員は、上記の学位申請論文について、慎重に審査し、且つ、申請者に対する面接試験(2007 年11月14日)を実施した結果、下記の評価に基づき、同論文が博士学位論文に値すると判定する。
Ⅱ 本論文の概要
まず、本論文の目次を示すと、以下の通りである。
第一章 問題の所在
第一節 課題・対象・資料 Ⅰ 課題・対象 Ⅱ 文書資料
第二節 19世紀前半の右岸ウクライナ農村をめぐる研究史 Ⅰ 帝政ロシアにおける研究 Ⅱ ソ連成立後の研究 第三節 対象時期以前の右岸ウクライナ
第二章 19世紀初めの農戸の実態 第一節 負担遂行単位としての農戸
Ⅰ 土地保有と階層 Ⅱ 負担の内容 Ⅲ 階層の意義 Ⅳ 農戸の弱さ Ⅴ まとめ
第二節 家内集団としての農戸
Ⅰ 右岸ウクライナの農戸の性格をめぐる議論 Ⅱ 大ロシア中央黒土帯及びバルト海沿 岸の家内集団 Ⅲ 土地分配方式 Ⅳ 父系制原理の強度 Ⅴ 婚姻 Ⅵ まとめ 第三章 19世紀前半の農業発展と農戸の変容
第一節 市場向け農業生産の拡大とその影響
Ⅰ 小麦及び甜菜の播種の拡大 Ⅱ 雇用労働の発展と階層分化の進展 Ⅲ 領主によ る農民地の奪取
第二節 賦役遂行単位としての農戸の変化
Ⅰ 農民の耕地面積、農戸数、農民人口の変化 Ⅱ 下層経営増大の原因 Ⅲ 農民の 負担と農民所有家畜数の変化 Ⅳ まとめ
第三節 家内集団としての農戸の変化
Ⅰ 家内細分化 Ⅱ 若夫婦の独立 Ⅲ 寡婦の独立 Ⅳ 独身者の統合 Ⅴ ま とめ
第四章 19世紀なかばの改革と農業構造 第一節 領地台帳の改革
Ⅰ 改革の経緯 Ⅱ 領地台帳法に対する評価 Ⅲ 領地台帳法の内容とその農村への 影響 Ⅳ まとめ
第二節 農奴解放とその後の農業資本主義の展開
Ⅰ バルト海沿岸地帯における農奴解放と農業構造 Ⅱ 大ロシア中央黒土帯における農 奴解放と農業構造 Ⅲ 右岸ウクライナにおける農奴解放と農業構造 Ⅳ 数量的比較
Ⅴ まとめ 終章 結論
補論 19世紀前半の右岸ウクライナの国有地農民 第一節 右岸ウクライナの国有地農民
Ⅰ 国有地農民とは何か Ⅱ 右岸ウクライナ特有の国有地農民 Ⅲ レーン領地をめ ぐって
第二節 国有地農民の改革
Ⅰ 改革の背景 Ⅱ 改革の過程 Ⅲ 改革の結果 Ⅳ まとめ 地図1、地図2
初出一覧
本論文は、19世紀から20世紀にかけて右岸ウクライナ(ヨーロッパ・ロシア南西部のドニエプル 川右岸のウクライナ)において発展した市場向け農業の構造について、その歴史的な淵源と特徴を、
農戸と農民土地保有制度そして改革の実相およびそれらの歴史的役割についての独自の比較史的分析 に依拠し、解明しようとした研究である。
著者は、まず、第一章第一節において、本論文の課題を設定する。
19世紀末以降に右岸ウクライナで著しく発達したと言われている「プロシア型農業資本主義」――
大農場主(旧領主)が農民(旧農奴)の雇用労働力と自ら所有する農具・家畜によって行う資本主義 的農業生産――はすでに19世紀前半にヨーロッパ市場での穀物需要が高まるなかでその萌芽が見ら れ、従来の研究ではその要因として、大土地所有の優越、黒海・アゾフ海諸港との近接、金融機関の 発達、領主の高い経営能力、甜菜栽培の発展、領地台帳改革(1847―48 年)などが挙げられてきた という。しかし、著者は、そうした諸要因はそれだけでは十分な説明能力をもってはいないと論じ、
決定的な要因は農戸および農民土地保有制度の在り方にあるのではないか、という問題提起を行う。
第一章では、第一節でさらに本論文で使用する史料(カミャネッツ=ポヂリシスキー国立地方文書 館所蔵史料等)の説明がなされた後、第二節において本論文主題に関わる同時代以降の研究史が詳し く辿られ、第三節では、本論文の対象時期までの右岸ウクライナの歴史が概述されている。
こうして、著者は、第二章と第三章において、19世紀前半の右岸ウクライナにおける農戸の実態と 変容を、それが農民土地保有制度の在り方および農業発展の動向と一体化していたという事実を強調 しつつ、また大ロシア中央黒土帯およびバルト海沿岸地域と比較しつつ、先行研究の検証を踏まえ、
そして著者自身が発掘した文書館史料(領地台帳)等の分析に基づいて、論じていく。
第二章での分析によれば、右岸ウクライナにおいては、農民への土地分与の主体は土地割替共同体 がそれである大ロシアとは異なりバルト海沿岸地域と同じく領主であったこと、その土地分与の基準 は大ロシアが人的労働力であったのと異なり役畜保有数であったこと、農民のあいだには階層(土地 面積、役畜数、義務)が見られるが閉鎖的ではなく――階層間の通婚の事例――、また階層差は農民
の意識においては決定的ではなかったこと、農戸はバルト海沿岸地域や中央黒土帯と異なり役畜や農 具を十分にもたないものも多く、そうした下層農民は領主経営での雇用労働に従事していたこと、し たがって中央黒土帯やバルト海沿岸地域とは異なり、農戸の規模は小さく、負担遂行単位・農業経営 単位としてはきわめて弱体であり――この点は中央非黒土帯と同じく――、農民の逃亡も多かったこ と、などが指摘される(同章第一節)。そして、この第二章ではさらに第二節おいて、このような右岸 ウクライナにおいては農戸――著者の用語によれば家内集団――の階層間移動が見られ、このことは 各農戸の分与地面積の変化を意味し、農戸は領主の上級所有権のもとで土地を相続していたと理解さ れること、血族団体としての家内集団においては父系制原理が弱かったこと、以上のことは階層間移 動がより一般的であり非血縁の被雇用者を多く農戸に含むバルト海沿岸地域と異なるとともに、共同 体的土地保有で家内集団の父系制的原理が強かった大ロシアとは大きく異なる、といった主張がなさ れる。
続いて、著者は、第三章において、19世紀前半に輸出向け穀物生産が拡大していく右岸ウクライナ において農戸はどのような変容を遂げて行ったかについて、カミャネツ=ポジリシキー文書館所蔵の 世紀初頭と領地台帳改革時との領地台帳、農奴解放(1861年)の土地証書のデータを比較し、考察し ている。
ヨーロッパにおける穀物需要の増大に対応して右岸ウクライナにおいては主として小麦および甜菜 の生産が増大したが、それは、大土地所有の発展、領主地における改良農具・農業機械の導入、農民 の雇用労働の拡大を伴い、その背後には零細土地所有農戸の創出があった。しかし、ここで著者は、
この零細土地所有農戸の創出についてその原因が領主による農民地奪取・賦役強化・農戸の下位転落 にあったという定説を再検討すべく、当地域における時系列的データを読み取り得るすべてであると いうポドリヤ県の5領地(レチチェフ郡のイヴァニンツィ、マルコフツィ、ヴィンニツァ郡のマイダ ン・チャペリスキー、グメンナヤ、シェレメトカ)について、その動向を分析する。その結果、領地 台帳改革以前については、領主地拡大は見られるものの農民地面積に大きな変化はなく、領主地拡大 は農民地奪取ではなく開墾によると考えられること、下層農戸の比重は増加したが上層農戸は減少し ておらず、下層農戸の比重増加は農戸の下位転落ではなく下層農戸の絶対数の増加(人口増加)によ ること、賦役増大のなかで所有役畜数の農戸間格差は大きかったものの、下層農戸では上層農戸より 高率の小型家畜数増加が見られ、それはその分与地経営外収入(主として領主地での農業雇用労働)
の増加によると考えられること、そして、領地台帳改革以後については、改革が契機となって領主に よる農民地奪取・農戸の下位転落が進行したこと、という著者独自の主張が展開される。著者は、零 細農民の物質生活は賦役増大にも拘わらず、生産性の高い領主地での雇用労働に支えられて改善され ており、「したがって、この時期を農民窮乏化によって特徴づけることは問題がある」(153ページ)
と指摘する。第三章では、さらに加えて、このような過程が進行するなかで先行研究が指摘する農戸 細分化は、領地台帳改革後はすべての領地で生じているものの、改革前にはシェレメトカ領地でのみ 見られることなどが指摘されている。
こうして、後に右岸ウクライナで確立する「プロシア型農業資本主義」の淵源がすでに19世紀前 半の領主による土地分与、農民土地保有、農戸の変容という実態に見ることができると主張されるの であるが、第四章においては、すでに何度も言及されてきた領地台帳改革と、それに加えてその後に 実施された農奴解放という二つの改革が、「プロシア型農業資本主義」の形成にそれらが果した役割の 解明という視点から考察されている。領地台帳改革については、改革の経緯と内容(農民への土地分 与と義務賦課)を独自に詳しく明らかにした後、この改革によって義務負担と分与地面積との比例と いう原理が新たに導入され、それが農民分与地の減少、領主直営地拡大、安価な労働力創出の誘因と なり、領主が役畜・農具を整備して市場向け生産を大規模に行うことを可能にした、と主張される(第 一節)。そして、右岸ウクライナの農奴解放(1861、1864年)については、バルト海沿岸地域と大ロ
シア中央黒土帯におけるそれを考察した後、それらとの比較において分析している。農奴解放はいず れの地域でも農業経営や労働力の主体を変えなかったが、右岸ウクライナでは他の二地域に比べて有 利な条件で解放されたものの、それ以前から十分な役畜・農具が装備していなかった農民の経営の自 立的発展は見られず、それだけ農民の雇用労働を主要な労働力とする領主の農業経営の一層の発展が 条件付けられた。これは、著者によれば、「18世紀以来発展してきた右岸ウクライナ特有の農業制度 の最終的な完成形態」(208ページ)であった(第二節)。
終章において、著者は、各章の分析で得られた結論を改めて整理する。19世紀前半の右岸ウクライ ナにおいては農民への土地分与の主体は共同体ではなく領主であり、農戸は経営単位・賦役遂行単位 としては弱体で、かなりの農戸が領主直営地での賃労働を収入源としつつ、そうした雇用労働と自ら 保持する農具・役畜を使用する領主の農業経営が存在していたのであり、19世紀半ばの二つの改革も、
こうした農業構造の進展を阻止する意図があったにもかかわらず逆に結果としてそれを促進させ、同 じ「プロシア型農業資本主義」でもバルト海沿岸地域と異なり、大農なしの「プロシア型農業資本主 義」が発展していくことになる。こうして、農奴解放後に右岸ウクライナで発展していく「プロシア 型農業資本主義」は解放以前にすでにその萌芽的発展を示していたという結論が改めて強調される。
補論においては、著者は、右岸ウクライナにおける国有地農民の実態と彼らに対する改革の歴史的 意義を独自に分析している。当地域の国有地農民の人口はわずかであったが、彼らに対して1830年 代末―1840年代に実施された改革――賦役から貢租への転換(金納化)、国有の直営地の廃止――の 意義については従来の研究史でも重要な議論の対象となってきたが、著者は、その改革が農民の状況 を改善したという通説とは異なり、「プロシア型資本主義」の発展可能性を閉ざしたものであり、その 点で本論で論証したような領主地農民の歴史的展開とは対照的である、と主張する。
なお、以上の本論・補論の各章は、『社会経済史学』、『スラヴ研究』、『Acta Slavica Iaponica』、秋 田経済法科大学短期大学部『論叢』に掲載した論文および修士論文の一部に加筆修正し、さらにいく つかの新稿を加えて書かれていることを付記しておく。
Ⅲ 評価
「右岸ウクライナ特有の、いわゆるプロシア型農業資本主義の発展のメカニズムを明らかにするこ と」(9 ページ)を課題とした本論文は、東欧の近代化一般、特殊的には農業の近代化が、一方で西欧 と、他方でロシアとも異なる特質をもつことの歴史的背景の究明という、それ自体は伝統的な研究課 題について、歴史的にポーランド・ロシア・トルコの影響力が交差する辺境の地・右岸ウクライナを 対象として選び、新たな解明を試みた意欲的な研究といえる。また、それは、今日まで続く東部と西 部の地域的対立という現代ウクライナの最も根本的な内政上の問題、ひいては、そのウクライナのロ シアあるいは西・東欧諸国との微妙な対外的政治経済関係の一端について、それらの歴史的根源に迫 る上で欠かせない重要な研究といえる。
著者は、19 世紀前半の右岸ウクライナにおける領主の農場経営が穀物輸出と甜菜栽培の導入・拡大 を生産手段の確保と雇用労働によって実現しており、それが当地域においてその後に発展する「プロ シア型農業資本主義」の基礎となっているということを、自らがウクライナで発掘した2郡5領地史 料等の分析に依拠して、農民の土地保有と農戸の実態およびそれらの変容という独自の視点から比較 史的に――大ロシアおよびバルト海沿岸地域との比較において――論証しているが、2郡5領地は都 市近郊ではあったものの農業が支配的であり、農戸の平均男子数もポドリヤ県全体の数字に近く、そ の史料によって右岸ウクライナ全体の動向を語ることに無理はないと判断され、この論証は基本的に は成功しているものと評価される。加えて、この論証の過程で解明された新たな諸事実は、農民土地 保有・農戸の実態・変容を浮き彫りにしているだけでなく、領地台帳改革、農奴解放、そして補論で 扱った国有地農民改革の新たな理解を促しており、本研究の学術的貢献は非常に大きい。本研究の一
部はすでに欧語論文や国際学会での報告等で公表されているが、今後一層研究を豊かにするなかで、
さらにその成果を国際的な学問的議論の場に提供することが可能であると考えられる。
Ⅳ 本研究の一層の発展に向けて
本研究がさらに発展していくことを期待して、次の点を指摘しておきたい。
ウクライナと大ロシアおよびバルト海沿岸地域との比較という大問題をよりきめ細かく展開するた めには、さらに史料基盤を拡大し、それぞれの地域の農戸(家族)形態をはじめ、社会経済史的諸問 題をより深く分析する必要がある。ウクライナについてだけをみた場合でも、まずは本論文で分析し た私有領地史料に加えて国有領地関係史料をも合わせ分析する必要があり、また、家族史研究の史料・
研究をさらに消化する必要があると考えられる。
以上