物理教育の改善と物理答案分析
徐 丙鉄*,道上 達広*,安部 保海**
Improvement of Physics Education and The Answers Analysis of Physics Examination
SO Byon Chol*, MICHIKAMI Tatsuhiro* and ABE Yasumi**
1.大きな地図:科学的教育知に基づいた物理教育
物理教育の改善には,教える内容の選択と教える工夫や教材と実験の開発 1) は重要ではあるが,それらのみで改善が累積し教育が進歩するだろうか。
人間はどのように学習して知識を構成するのか,学習はどのような状況で効率 的にすすむのかに関する認知科学と学習理論の足場なしに,物理教員が自らの学 習体験(多くは独習)から考えて工夫をするだけでは,結局は同じような試みが 時空を隔てて繰り返えされることになり,教育が進歩することは難しい。
ここでいう科学的教育知とは,学習と思考に関する認知科学の成果とそれらを 反映した学習理論,さらにテストと学生からの聞き取り調査に基づく物理学の素 朴概念(誤概念)などである。知識の伝達とドリル学習を通して,そのうちに学 生の頭の中で知識が構成されることを期待する教育ではなく,学生の知識を診断 して,知識を正しく構成することを目指した教育のためには,科学的教育知の足 場の上で教育改善を検討し続ける必要がある。
我々は,これから数年をかけて,科学的教育知の収集と精選をすすめる。その
* 近畿大学工学部教育推進センター
Center for the Advancement of Higher Education, School of Engineering, Kindai University
**広島大学 教育・国際室
Education and International Office, Hiroshima University
物理教育の改善と物理答案分析 9
一方,物理学の答案分析に基づき学生の学習を診断し学習実態を明らかにする。
そして,それらの成果に基づいて物理教育の再構築を試みる。
なお,認知科学の成果を取り入れて教育手法を開発し,その効果は各種の標準 テストにより評価して,物理教育の改善を進めようとする研究が米国で進展して いる。これが「物理教育研究」(PER : Physics Education Research)2) である。
本論文では,先ずこれまでに収集した科学的教育知を紹介し,次に近畿大学工 学部1年生科目「基礎物理学」の期末テストの答案を分析する。
2.科学的教育知 2.1 学習観
教員も含め一般の人が持っている学習観,それを伝統的学習観と呼ぶ,はどの ようなものであろうか。波多野誼余夫は次のようにまとめた。
・伝統的学習観3) p.7
効果的に知識を身につけるには,まず①教える人がいなくてはならない。教え 手は②知識を伝達するか,お手本を示す。そして教え手は,③学び手にやらせて みて,正誤の確認情報をあたえる。また,多くの人間は学び手として受動的で有 能でない,と暗に仮定する。
・学習観が教員の教育へ与える影響
教員の学習観が教育へ影響を与えることは,指摘されて見ると当然であるが,
教育に際して教員が意識しているかといえば,そうではないだろう。
例えば,次のような研究がある。
ウィスコンシン大学において,主に小学 1 年生担当教師を対象とする,
現職教育に関する効果の研究によると,講習会で最近の認知研究で見出さ れた諸事実,たとえば子どもは教えられていないにもかかわらず種々の方 略(解き方)をあみ出して問題を解こうとするとか,年少の子どもにとっ ては計算問題より具体的な文脈のある文章題のほうがやさしいなどを教え られ,ここで学んだことにもとづいて,授業を考え計画することを奨励さ れた教師群と,ただ非定型的な算数問題の解き方を教えられた教師群(伝 統的学習観を持ったままと推測される)との研修後の教育の比較が行われ た。その結果,認知研究の成果を教えられた教師のクラスの子どもは,そ うでない教師のクラスの子どもより,予想通り文章題を解く力が優れてお り,意外にも計算能力も高かった。3) p.178
・親の学習観が子どもへ与える効果
また,学習者の周囲の者の学習観が学習者へ与える効果と考えられる事例とし て次の例がある。
アメリカで,低階層の家庭の子どもの知的発達の遅れをとりもどすため に,大規模な就学前の補償教育が行われた。そこではさまざまな方法が試 みられたが,教育効果があとあとまで持続し,その意味で成功したと判断 されたのは,親への「教育」(子どもにどう接したらよいかについて教える)
を試みたものであった。3) p.178
・学習者の学習観が学習へ与える影響
学習者自身の学習観も当然学習へ影響を及ぼす。佐伯による「学べない人間の 3つのタイプ」4) p.20 は,学習観の違いでもある。
学べない人間の 3 つのタイプ
1.無気力型:最低の要求水準をスレスレで満足させるだけの人間で,学 ぶことを暗記という労働であると見なす。
2.ガリ勉型(作業的学習観):学習を「勉強作業」とみなし,断片的知 識の集積に熱心である(これを無意味学習と呼ぶ)。
3.ハウ・ツウ型(方法的学習観):「考える」ことをすべて「うまくやる 工夫」とみなす。真理への問いかけは欠如し,知識は人と「よさをわ かちあうもの」としてではなく秘匿する。
2.2 全ての人のための「学習観の変遷」
学習観が教育と学習に与える影響は想像以上に大きい。正統的に学び,学習効 率を上げるためには,教員と学生の双方が学習観について意識的であることが重 要である。両者がともに知っておくべき学習理論における「学習観の変遷」を表
1に示す。
学習理論における学習観はさまざまに変遷してきた。それぞれの学習観が学習 のどの側面に注目しているのかを理解することで,教育は改善され,学習は正統 化され,より効率的になるものと考える。
表 1 学習理論における学習観の変遷 (文献 5)をベースに加筆・修正)
4 つの立場による学習の捉え方
行動主義 認知主義 構成主義 状況主義
学習のメタファ
(学習を説明す る原理)
行動は刺激と 反応の連合
学習は理解を 通した知識獲得
知識の構成
文化的実践への 参加
学習の特徴
外的な賞罰による特 定の行動の獲得・除 去
新しい知識の獲得,
知識の構造化・手続 き化
知識の構成,既有知 識の精緻化,再構造 化
学習は物理的,社会 的,文化的文脈との かかわりで生じる。
学習の 原理と方法
古典的条件付け,道 具的条件付け,プロ グラム学習(即時強 化,逐次的接近法)
学習内容の組織化,
精緻化などの記憶方 略の利用,発見学習
既有知識による学習 の制約,問題解決学 習
発達の最近接領域,
認知的徒弟制度,協 同学習
教師の役割
学習すべき行動を列 挙・配列し,学習行 動にフィードバック
(正誤の伝達,賞罰)
を与える。
学習すべき情報を構 造化し,効果的かつ 効率的に伝達する。
既有知識(日常知)を 明確化し,日常知か ら科学概念の再構築 を援助する支援者。
科学者が行うように
「科学する」活動の 場,学び合い,語り 合う共同体を創設す る。
「できること」だけ 評価:学習者の反応 が評価基準を満たし たか否かによって
「学習したか否か」
を判定。1960 年代後 半まで,心理学の中 心的な考え方。動物 の調教には効果的で ある。
知識が生まれるには 既有知識の枠組み (スキーマ)との関連 付けや「心的モデル」
構成など,積極的に
「知識づくり」が行 われなければならな い。1960 年代後半か ら。
人間は,日常経験を 通して知識を構成す る。その構成した知 識を“実験室”の課 題に持ち込む。した がって,個人がどう いう知識を持ちこん でいるかを考慮しな いと,学習を正確に とらえられない。
人間の学習や思考 は,その人間の置か れた状況での人やモ ノとのかかわりに依 存する。したがって,
統制された“実験室”
での思考や学習は,
その実験室の状況を 単に反映しているに すぎない。
被検体 動物
統制された状態の 人間
人間個人 人間共同体
学習者の イメージ
スキナー箱の ネズミ
人間はコンピュータ
(情報処理システム)
人間個人
学習者共同体 認知的徒弟制度
3.断片的知識と構造化された知識
構造化された知識とは多様な文脈に応じて連想的に活性化する知識であり,そ れ故に応用が利く。学習者が断片的知識と構造化された知識の違いを認識し,応 用可能な構造化された知識を身につけることが重要であると認識することで,学 習が正統化される。
図1は,断片的知識と構造化された知識のイメージ図である。このような図を 学習者に示し,構造化された知識の獲得を目指した学習を奨励することで,暗記 型学習から知識の構成,理解を目指した学習への転換を図る。
4.認知科学と学習理論
認知科学と学習理論で明らかにされた事実の中から,これまでに収集した,教 員と学生が共に知っておくべき知識を以下に列記する。
4.1 記憶のモデル:作業記憶と長期記憶2) p.28
記憶機能は作業記憶と長期記憶という 2 つの主要構成要素に分けることがで きることが分かっている。
断片的知識 構造化された知識
図 1:断片的知識と構造化された知識のイメージ
知識が増えるにしたがって他の知識とのコネクションが増え構造化がすす む可能性が増す。知識が豊富になり構造化がすすむと,接続された知識が文 脈に応じて連想的に活性化する。また,獲得された知識が,可能な解釈や仮 説の範囲を限定する認知的制約として働くので,効率的かつ的確に考えるこ とができるようになる。さらに,新しい情報が適切に解釈され,統合される ので,しだいに学習が容易になる3) p.82。
知識が増え構造化がすすむにつれて,言葉の解像度が上がり,より精緻で 整合的な記述ができるようになる。
作業記憶
・作業記憶は高速だが限定的である。少数のデータの塊(chunk)しか取り扱え ず,その内容は数秒後には消えてしまう傾向がある。
・作業記憶は明確に区別できる言語的な部分と視覚的な部分からなる。
・作業記憶は大きさが限られているが,相当複雑な構造をもつ塊(chunk)を取 り扱うことができる。
・作業記憶は長期記憶と独立に機能するのではない。作業記憶中の個々の事項の 解釈と理解は,長期記憶におけるそれらの事項に関係する要素の存在とそれら の間の関連付け(association)から影響を受ける。
・ある情報が作業記憶の中で占有する塊(chunk)の実効的な数がいくつになる かは,その個人の知識と心的状態(すなわち,その知識が活性化されているか どうか)に依存する。
長期記憶
・長期記憶は,「事実やデータおよびそれらの用い方と加工の仕方」についての 莫大な量の情報を保持することができる。そして,こうした情報は(数年ない し数十年もの)長期にわたって保たれる。
・長期記憶の大半の情報は,すぐによび出すことができない。長期記憶から情報 を使用するには,それが活性化される(作業記憶にもちこまれる)必要がある。
・長期記憶の情報の活性化は,(小さな安定的な部分からその場で作り出されて いくという意味で)創造的である,(一つの要素の活性化が,他の要素群の活 性化を導くという意味で)連想的である。
4.2 ティーチングマシンの限界:レヴィーンの実験4) p.123
レヴィーンは正誤のフィードバックのみで学習が必ず成立するか否かを確か めるために,次のような実験を実施した。
A または B と書かれたカードが 2 枚同時に提示され,被験者は正しいと思う方 のカードを指す。正答であれば実験者は「よろしい」といい,誤っていればだま って,次の試行に移る。このような試行が何回もくりかされる。
実験1:正答をもたらすルールがカードの文字とは無関係に,カードの位置(た とえば右左右左・・・という順序)である場合を学習させる。
実験2:正答をもたらすルールがカードの文字(たとえば A)である場合を学習 させる。
実験1と実験2単独では,被験者は数回の試行でルールを学習するが,実験1
の後に実験2を実施すると100回以上の試行後でも正答率が50%近辺を超えな かった。
この実験は,学習者が頭の中でいだく「仮説」や「概念」を無視して,ただ毎 回正答に対してフィードバックを与えれば,必ず学習が成立すると考えるわけに はいかないことを明らかにした。
なお,先に行われた学習が後に行われる学習に影響を与えることを転移という。
転移が抑制的な場合を負の転移(negative transfer),促進的な場合を正の転移
(positive transfer)という。転移に影響する条件として,2つの学習の ①同
一要素の有無,②学習材料の類似度,③原理の共通性,④学習方法,⑤学習の程 度,⑥時間間隔,などがあげられている。
4.3 素朴概念(誤概念)
素朴概念とは,日常生活での経験を通して自然に構成された概念で,日常生活 を営むうえでは有用であり効果的でもあるが,整合性は優先されないので不適切 に一般化されて,物理学としては誤ったものがある2) p.41, 6)。
力学の素朴概念(誤概念)
力学の素朴概念2), 6)として次のものが良く知られている。
・MIF(Motion implies a force):物体の運動方向に必ず力が働いていると考える。
・force as mover 2) p.54, p.67:力に意志や意図を想定する。非生命体が力を及ぼす ことを理解しない。したがって,机の上に置いた本が静止しているのは,机が 本に上向きの力を加えて重力を打ち消しているからだとは考えずに,机が単に 落下を妨げていると考える。
4.4 物理学学習の実態
教員は折々に学生の学習が意図したものとはかけ離れていることに気付くこ とがある。物理教育に関しては,以下の学習実態を教員は認識しておくことは重 要である。
・ほとんどの学生は,すべての現象を記述することができる単一で一貫性のある 描像を作ろうとはしない2) p.39。
・学生は物理を正しく理解していなくても,手続きに従えば解けるアルゴリズム 的な問題に正答することができる2) p.21, 7)。
・問題文中の記号から適用すべき公式を見つけ,物理的内容は何ら理解していな いのに,正答できることがある。
・磁気の講義以前に80%以上の工学系の学生が電荷と磁極を混同している2) p.22。
・電気は抵抗の中で使い果されると,学生は思っている2) p.42。
・教員は,学生に宿題をさせるために試験に出題するという。この方法は学生に
「必要な物理の知識は少数の問題の解答を暗記することだ」というメッセージ を送ることになる。このように訓練された学生は,暗記した問題以外のいかな る問題もおそらく解けないだろう2) p.77。
5.物理答案分析
今回,S-P(Student-Problem)表 8), 9) という,教授手法の善し悪しと学生 の学習診断のために考案された,答案分析の手法を適用した。この手法を利用す ると,テストデータから学生集団の水準と傾向が読み取れ,同時に個々の生徒と 問題の特性を読み取ることができる。
5.1 S-P表
S-P表とは,テストデータを,生徒を得点順・問題を正答数順,に並べ替え たもので,次のようにして作成する。
S-P表の作成手順
1.学生N人にm問のテストを実施したときに,各問に対して正答を1, 誤答を0と評価して得点を決める。
2.各学生の各問の評価と得点を行とする表(N行m列)を作成する。
3.行は,得点が高い順に学生を並べ替える。
4.列は,正答数の多い順に問を並べ替える。
このようにして作成した近畿大学工学部情報学科1年生の選択科目「基礎物理 学」のS-P表が表2である。また,図2に得点分布を示す。
S曲線とP曲線
S-P表で,学生の得点の累積分布を表わす曲線をS曲線という。一方,問ご との正答数の分布を上から数えて表わす曲線をP曲線という。表2では,S曲線 を2重線で,P曲線を破線で示している。
一般的にいって,この二つの曲線は一致せず,ズレができます。しかしズ レがあまりに大きいのは,テスト前に行った授業のやり方にあいまいな点が あり,そのため生徒の理解度がバラついていることをします。・・・
一方,S, P 曲線より右下にある誤答は,生徒が問題自体を理解していない
ことを意味しますから,こうした生徒には,何らかの個別指導をして理解を
高めてやる必要がある,ということになります8)。
表 2 基礎物理学の S-P 表 S曲線:2重線,P曲線:波線
← 高 問題(正答数順) 低 →
↓
図2 「基礎物理学」得点分布
概念理解
今回の期末テスト問題に,力学の誤概念の有無を判定する問題(問6, 7, 8)を 挿入した。問6, 7 は,標準テストFCI:Force Concept Inventory10) から採用 した。問6はFCI問7,問7はFCI問28である。
問6は,慣性:力が働かないときの物体の運動は初期条件の速度を維持するこ とを理解しているか,を診断する。
問 7は,作用反作用の法則:力は2物体間で作用すること,作用には同時に 反作用が伴うこと,そしてそれらの力の大きさは等しく向きが逆であること,を 理解しているか,を診断する。
問8は,物体が斜面を滑り降りた後に,昇り斜面から空中に飛び出す問題で,
物体に働く力と加速度,加速度と速度の関係を理解しているか,を診断する。
それぞれの正答数は,問6が17(63%),問7が23(85%),問8が10(37%)
で,正答順位(難易度)は全16問中それぞれ9,3,13番目であった。
問6のような基本的問題でも1/3の学生が間違うことは予想通りであった。問 6の誤答の例としては,回転運動が少し持続するので少し回転方向へ曲がるとか,
遠心力が働くので遠心力の方向へ飛ぶなどと,学生は説明する。講義で,物体の 運動は物体に働く外力で加速度が決まることをいくら強調しても,この力学的な 考え方を問題解法のベースとせず,素朴概念と偶々思い出した断片的知識で解答 し,整合性を確認しない学生が学習後にも一定数残る。
問7の正答率が意外にも高いのは,講義で自動車同士のさまざまな衝突を作用 0
1 2 3 4 5 6 7
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 得点
人数
反作用の法則の適用例として議論したためと推測する。問7から類似問題として 講義で取り上げた自動車の衝突が想起されたのであろう。このように同じ文脈の 中の反復ではなく,つぎつぎと変化し内容が豊富になる文脈における反復2) p.78 が,概念を身につけ,メンタルモデルを構築するには必要である。
問8の正答率の低さは,力学を学習することの難しさを示している。パターン 化した問題を解けることは力学の理解を意味しないことを教員は重々に認識す る必要がある。また,問8はP曲線の上側に0が目立つので,高得点者が意外 に間違う問題であることが分かる。これは高得点者の中にも,物理概念を正しく 理解していない学生がいることを示している。
問題の難易度と学生へのアドバイス
表2のP曲線より,正答数順で13番目と14番めですこし大きめの正答数の 飛びがあるが,このテストは易しい問題から難しい問題までほぼ連続して含まれ ているテストであり,図2の得点分布と合わせると,テストとして適切なものだ と診断できる。
次に S 曲線に着目しよう。正答数の多い問から自分の得点まで正答する学習 者を標準得点学習者と呼ぶことにすると,表1で得点順位が4番目の学生は得点 が12であるので,標準得点学習者であれば正答数の多い問(易しい問)から12 問正答するが,この学生は易しいはずの7, 9, 12番目の問題を誤答し,難しいは
ずの14, 15, 16番目の問に正答しているので,この学生は学習の安定さに欠けて
いる(易しい学習に失敗し,難しい学習に成功している。または,易しい問で不 注意なミスをしている。)と診断できる。次に各問に着目して,正答数に等しい 得点上位者までが正答すると考えると,成績順位4番目の学習者は正答率13番 目の問(正答数 10)に誤答しているのは何か理解に重要な問題があるのかもし れないと診断できる。
この学生の答案を点検すると,問6では遠心力の方向へ物体が動くと誤答し,
問 8 では物体に働く力として斜面からの抗力を認識せずに重力のみと誤答して いる。得点は高いので学習には勤勉であると推測されるが,物理学の学習には根 本的な問題があり,知識が断片的で正しく構造化されていないと診断できる。こ のことを学生に伝えることにより,その学生の学習(力と加速度,加速度と速度 の関係から正答率が13番目の問を再学習しなければならない)と学習方法の改 善の指導(断片的に知識を暗記するのではなく,物理現象を整合的に説明するも のとして基本法則を理解し,そして基本法則に基づいて現象を理解する)が可能 である。
このようにS-P表を利用すると,個別学生毎にデータに基づいて診断し,学 習を改善するアドバイスができる。
まとめと展望
正統的教育・学習のためには科学的教育知が必要性であることを指摘し,教員 と学生が共有すべき科学的教育知を精選して提示した。また,物理学の答案分析 の手法として S-P 表を紹介し,物理教育における有効性を具体的に議論した。
今後も科学的教育知の収集と精選を継続し,それらの知見と答案分析の結果を 踏まえて,近畿大学工学部の物理教育の再構築を目指す。
参考文献
1)徐 丙鉄:演示実験を含む一般物理学の講義(近畿大学工学部紀要36, 2006) pp.13-21
2)エドワード・F・レディッシュ:科学をどう教えるか(丸善出版社,2012)
3) 稲垣佳代子,波多野誼余夫:人はいかに学ぶか(中央公論社,1989)
4) 佐伯 胖:「学び」の構造(東洋館出版社,1975)
5) 湯澤正通 編著:認知心理学から理科学習への提言(北大路書房,1998)
6) 井田暁・越桐國雄:物理教育における誤概念のデーターベース化について
(大阪教育大学紀要・第Ⅴ部門・第 59 巻・第 1 号,2010)p.29-39 7)徐 丙鉄:e-LearningシステムHIPLUS上の「力学基礎101問」の結果と
分析」(近畿大学工学部紀要37, 2007)pp.11-21
8)雨宮正彦:教育はコンピュータを必要とするか(エム・アイ・エー,1985)
SP表理論pp.134
9) 佐藤隆博:S-P表の入門(明治図書,1985)
10)D. Hestenes, M. Wells, and G. Swackhamer:Force Concept Inventory (The Physics Teacher, 1992)