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世親『法華論』訳註(2)

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Title

世親『法華論』訳注 (2)

Author(s)

藤井, 教公; 池邊, 宏昭

Citation

北海道大学文学研究科紀要 = The Annual Report on Cultural

Science, 108: 1-95

Issue Date

2002-12-26

Doc URL

http://hdl.handle.net/2115/34034

Right

Type

bulletin

Additional

Information

(2)

(2002) 北大文学研究科紀主主 108

訳注

ω

藤井教公・油遺宏昭

はじめに

l 本稿は先に刊行した菩提留支訳司法華論﹄の訳桂、﹁世親司法華論﹄訳注

ω

﹂に続くものである。このたびは方使品 の最初から最後までを扱っている。筆者藤井は、平成十一一一年度に北海道大学文学研究科大学院の演習で再び司法華論 b を演習形式で講読した。本稿は、その時に演習に参加した大学院生諸君が用意した原稿について授業で検討を加え、 さらに後に形式の統一を調えるとともに訳文などに全体的見直しを施したものである。摸習に参加し、原稿作成に関 わった院生諸君は次の通りである。 池遅宏昭 高橋智也 森口員衣 谷川靖部 韓 菌 マハヴィル・ソランキ 諏訪隆茂 クリス・一一コルズ 右の諸君のうち、本稿の原稿とりまとめや面倒な校正の労を取ってくれたのは、当時博士課程に在籍した池遺宏昭

(3)

世親﹃法禁論﹄訳注

ω

君と修士課程に在籍した谷川靖部君である。一記してその労をねぎらいたい。なお、本稿では執筆者として筆者と地建 氏の一一人のみを挙げ、前稿訳注

ω

にあった﹁ほか﹂の表記を省いているが、これは当紀要刊行規約に治うべく体裁を 改めたものである。原稿作成の功と労とが右記の諸君において存することは言うまでもない。 本一稿はもとより不完全なもので思わぬ過誤もあるかもしれないが、﹃法華論﹄のテキストを中心とした基礎的な研究 成果が近年あまり見られないという状況の中では幾分なりとも意義あることと思われる。大方の批正を請う次第であ る O

2

一、本積は、﹃大正新修大蔵経﹄巻二十六所収の菩提留支訳テキストを依用する。なお、 に準じたが、旧字体は新字体に改め、適宜、句点や中黒点を補った。また、テキストの見出し部分に付した貰数 は、﹁大正蔵﹄の該当錨所を示す。﹁勅﹂とは鞍那摩提訳である。 テキストの提示は﹃大正競﹄ 例 、 ︹ テ キ ス ト } ( ℃ 山 内 グ -H ) ( 勤 ℃ - H C P

)

一、本稿は、﹃法華論﹄上下ニ巻のうち、﹃法華経﹄方便品に対する註釈の部分について、書き下し、現代語訳、訳注 を付したものである。 一 、 書 き 下 し 文 は 現 代 仮 名 遣 い に よ り 、 新 字 体 、 宇 佐 用 い た 。

(4)

一、テキスト部には勤那摩提訳との語句の相違を注記し、書き下し文中には内容的な註記をつけた。 例 注 、 番 転 号 不 は 退 当 転1該 法 語 輪 の O 最 後 つ け た ー勤那摩提訳には、 経の如く﹁婆伽婆は王合城の脅龍帽山中に住したまいし﹂が故なり。 2 ﹃ 妙 法 薬 品 ﹁ 仏 住 王 含 域 老 問 題 開 山 中

Lt

大正蔵﹄第九巻、 の 字 、 を 欠 く 。 一 真 下 、 一 九 行 目 ) と 対 応 す る 。 一 、 経 文 ・ ﹁ 法 華 論 ﹄ のテキストの引用には鍵括弧﹁ L をつけ、一言葉を補うときは角括弧( ︺を、意味の補足・ 匂 い換え等は丸括弧 ) 宇 佐 用 い た 。 例、経の如く﹁婆伽婆は王合域の脅閣据山中に住したまいし﹂が故なり。 ~司 経﹄において﹁尊師は、 王合域の 44 同盟幅山の中にとどまられ L とあるように。 3 第八地以上の無功周智は、下(第六地以下)と上(第七地)と異なっているからである。 一、﹃法華経﹄からの引用と思われる笛所については、党本(南篠・ケルン本、同

Z

・と略記)の文句との対応を検討し、 注 記 し た 。 一、﹃法華論﹄の解題は、本一騎に先立つつ世親司法華論﹄訳注

ω

﹂を参照されたい。 北大文学研究科紀要

(5)

世 貌 叶 法 益 十 論 恥 訳 口 夜 間

﹁妙法蓮華経基波提舎﹂科段分け(方便品分)

法華経本文引用 如来起定 対揚之人 五示現 妙法功徳具足 一 一 種 甚 深 証 英 ⋮ 深 間合甚深 如来法師功徳成就 如来成就四種功徳 住成就(種種方便) 教化成就(種種知見) 功徳暴寛成就(種種念観) 説 成 就 ( 種 種 世 一 口 辞 ) 四麗功徳成就那釈 第 一 ・ 第 二 ・ 第 一 一 一 功 徳 成 就 別 釈 種種方便(第一功徳成就別釈) 諸著処 4

(6)

四 種種知見(第二功徳成就別釈) 種 種 念 観 ( 第 一 一 一 功 徳 成 就 別 釈 ) 第 一 ・ 第 ニ ・ 第 一 一 一 功 徳 成 就 再 別 釈 第一功徳成就再別釈 第ニ功徳成就再別釈 第三功諮成就再別釈 第四功徳成就部釈 第四功徳成就再別釈 証法と説法 五種証法 五種証法別釈 五種説法 鉄 示 現 一 ニ 種 義 説 ( 分 段 ) 決定義 疑義 依何事疑義 依示現四種事説(分段) 決定心 驚怖者五種 因授記 ーら 北大文学研究科紀要

(7)

世毅﹃法禁論﹄訳注

ω

五 皆 生 驚 怖 者 有 一 日 一 取授記 与授記(分段) 未聞令聞 説 依何等義 一大事者依四種義 令住 依法 遮 如来説法為断四種疑心(分段) 何時説 一 五 伺 知 是 増 上 慢 人 去何堪説 一 声 何 如 来 不 成 妄 語 6 ﹂の科段分けは諸注釈にぷづき独自に作成したものである。

(8)

法華経本文 { テ キ ス ト } ( ℃ ム ず L ・N 吋 ' ℃ ・ 仏 n L b ) ( 動 、 ℃ ・ に と ・ 5 E N ω ) 方 便 品 第 一 一 経日。爾時世尊入甚深三昧正念不動。以如実 智観。従一一⋮昧安詳罰起。起巴即告尊者舎利 弗言。舎利弗。諾仏智慧甚深無量。其知日慧門 難見難覚難知難入。如来所証一切声間辞支 仏等所不能知。向以故。舎利弗。如来応正遍 知己曲目親近供養無量百千万億無数諸仏。於百 千億那由他仏所。尽行諸仏所修弼轄多羅三貌 三 十 北 口 提 法 。 舎 利 弗 。 如 来 己 於 無 量 百 千 億 那 由 他劫勇猛精進所作成就名称普開。舎利弗。如 来製寛成就希有之法。舎利弗。難解之法如来 能 知 。 北大文学研究科紀要 { 書 き 下 し 文 ︼ 方便品第二 経に呂く、﹁爾の時、世尊は、英一深なる三昧に入り、正念にして動 じたまわず。如実智観を以て、三昧より安詳として起ち、起ち己 り て 即 ち 尊 者 舎 利 弗 に 告 げ て き 口 わ く 。 舎 利 弗 よ 、 諸 仏 の 智 慧 は 甚 深 無 回 一 烹 一 な り 。 其 の 智 慧 の 門 は 、 難 見 、 難覚、難知、難解、難入なり。如来の所証は、一切の声聞、辞支 仏等の知ること能わざる所なり。何を以ての故に。舎利弗よ、如 7 来・応・正遍知は、己に曽て、無量百千万信無数の諸仏に親近し 誤養したまえり。百千億那市同地の仏の所に於いて、尽く諮仏所修 の 河 轄 多 羅 一 一 一 親 一 一 一 菩 提 の 法 を 行 じ た ま え り 。 会 口 利 弗 よ 、 如 来 は 、 日に、無量百千億那由他の劫に於いて勇猛精進して、所作成就し、 名称は普く聞こえたまえり。舎利弗よ、如来は、暴寛して希有の 法を成就したまえり。本一口利弗よ、難解の法をば如来は能く知ろし め し た も う 。

(9)

世親吋法禁論﹄訳注

ω

︹ 現 代 語 訳 ︼ 方 便 口 問 第 丘三官 経﹄は ︹ 次 の よ う に ︺ ﹁その時に世尊は、極めて深い一一一昧に入り、正しく想念し不動であった。あるがままに真理を知る智慧の観察によっ て 一 一 一 昧 か ら 安 ら か ち上がって、立ち上がりおわると、導者舎和弗に告げられた。 舎利弗よ、多くの仏たちがそなえている智慧は、極めて深遠であり、量り知れないものである。その智慧の門は、 見がたく、覚りがたく、知りがたく、理解しがたく、入りがたい。如来が証得したものは、 一切の声問、辞支仏等た ちの知ることのできないものである。そのわけは何か。 舎 利 弗 よ 、 それは、如来・応供・正遍知は、 かつて量一り知れない、百千万憶という数え切れないほどの多くの仏た 8 ちに親しく近づき供養し、百千億那由他の多くの仏のもとにおいて、多くの仏が修めた、無上の正しいさとりの法を ことごとく修行したからである。舎利弗よ、如来はすでに、百千億那由地という量り知れない劫の間、勇ましく精進 努 力 し 、 なすべきことを成就して、 を成就されたのである。舎利弗よ、如来は、 その名声があまねく聞こえていた。会口利弗よ、如来はついに、 まれにしかない法 理解しがたい法を知ることができたのである。 2 動 那 摩 提 一 訳 に は 、 ﹁ 郎 L の 字 を 欠 く 。 紡 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 宮 口 L の ん 予 を 欠 く 。 勅 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 品 開 利 弗 L な し 。 3 4

(10)

5 勃 那 麻 原 提 訳 に は 、

4

7

の { 子 を 欠 く 。 勅 相 即 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 無 数 ﹂ を ﹁ 那 出 他 L と す る 。 紡那摩擦訳には、﹁諸 L の 字 を 欠 く 。 勃那麻原提訳では、﹁百千億那由他﹂を﹁諸 L と す る 。 党 文 ﹃ 法 惹 経 ﹄ 、 経 什 訳 司 妙 法 益 十 h との対応については、附表を参照。 ﹁ 念 観 ﹂ と い う 認 は 菩 提 印 閉 支 訳 仏 典 に お い て は サ ン ス ク リ ッ ト 語 の 同 日 同 日 ぴ 田 口 出 ( チ ベ ッ ト 語 訳 で は 門 目 白 山 m m ℃ 出 ) の 訳 語 と 考 え ら れ る 。 こ の 対 応 の 一 一 例 を 示 せ ば 次 の 通 り で あ る 。 留 支 訳 ﹃ 入 傍 伽 縫 い ﹁ 仏 石 大 慧 。 以 依 彼 念 競 有 故 。 転 職 七 識 亦 滅 ﹂ ( 吋 大 正 蔵 ﹄ 第 十 六 巻 、 五 コ 一 八 頁 下 、 一 ニ 行 自 ) 、 焚 文 芸 品 出 品 口 同 町 田 ¥ 広 監 宮 守 出 国 沼 宮 田 守 間 口 包 岳 山 門 口 開 け 巾 由 同 ℃ 仲 間 口 間 同 情 ︿ 宙 開 口 町 忠 告 匂 門 出

4

5

町 喜 由 ︿ 白 色 ¥ ( 小 部 俊 文 雄 校 訂 ﹃ 焚 文 入 傍 伽 経 ﹄ ⋮ 一 一 六 頁 ) 、 求 那 紋 陀 服 組 訳 ﹃ 梼 伽 陀 殴 多 羅 室 経 ﹄ ﹁ 仏 止 口 大 慧 。 彼 医 及 彼 後 十 縁 故 七 識 不 生 意 識 者 ﹂ ( ﹃ 大 正 蔵 b 第 十 六 巻 、 四 九 六 頁 上 、 一 一 五 行 自 ) 、 笑叉難柁訳﹃大乗入国叩伽綬﹄﹁仏一言。大祭。以後為間及所縁故。七識得生﹂(﹃大正蔵﹄第十六巻、六

O

六 質 上 、 一 一 一 行 自 ) 0 留支訳仏典における﹁念競﹂の用例については、池遺宏昭﹁菩坦氷山間支訳仏典における﹁念鋭 L の 一 回 堅 議 に つ い て ﹂ ( 私 家 版 ) が あ る 。 9 6 7 8 10 9 一 ア キ ス ト } ( 古 ・ 庁 入

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︻ 書 き 下 し 文 ︼ ( 戦 、 ℃

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・ 。 )

金 口 利 弗 難 解 法 者 。 諸 仏 如 来 随 宜 所 説 意 趣 難 解 。 本 一 口 利 弗 よ 、 難 解 の 法 と は 、 諸 仏 如 来 の 随 宜 の 所 説 は 意 趣 解 し 難 し 。 一切声聞辞支仏等所不能知。何以故。舎利弗。 一切の声問、辞支仏等の知ること能わざるところなり。何を以て 諸仏如来自在説因成就故。金口利弗。如来成就 寝 種 方 便 種 種 知 見 種 種 念 観 種 種 一 言 辞 。 本 一 口 利 弗 。 の 故 に 。 品一同科弗よ、諸仏如来は、自在に説くことの西成就したまえるが故 北大文学研究科紀要

(11)

世 親 ﹃ 法 議 十 論 h 訳注

ω

吾能成仏日来。於彼彼処広演吉教。無数方便 引導衆生。於諸著処令得解脱。舎利弗。如来 知見方便到於彼岸。舎利弗。如来知見広大深 遠。無鯖・無擬・力・無所長。不共法・根・ 力 。 菩 提 分 ・ 弾 定 ・ 解 脱 ・ 一 ニ 味 ・ 一 ニ 摩 政 提 皆 巴具足。舎利弗。諸仏如来深入無際成就一切 未曽有法。舎利弗。如来能種種分別巧説諸法 一 口 辞 柔 軟 悦 可 衆 心 。 { 現 代 語 訳 ︺ な り 。 舎利弗よ、如来は、種種の方使、種種の知見、種種の念観、種種 の 一 一 一 一 口 辞 を 成 就 し た ま え り 。 舎利弗よ、五口は成仏してより己来、彼彼所に於いて広く一言教を演 べ、無数の方便もて衆生を引導して、諸の著処に於いて解脱を得 せ し む 。 舎利弗よ、如来の知見と方便は彼岸に到る。 舎利弗よ、如来は、知見広大深遠にして、無障、無擬、力、無所畏、 不 共 法 、 根 、 力 、 菩 提 分 、 禅 定 、 解 脱 、 一 ニ 昧 、 一 一 一 摩 政 提 を ば 皆 、 -10 日に具足したまえり。 ふ 一 口 利 弗 よ 、 諸 仏 如 来 は 、 深 く 無 擦 に 入 っ て 、 一切の未曽有の法を 成就したまえり。 舎利弗よ、如来は、能く種種に分別し、巧みに諸法を説き、 柔軟にして衆の心を悦可せしむ。 まざまな形で︺説 か れ た も の ﹀ は 、 その意趣は理解しがたく、 舎利弗よ、理解しがたい法というのは、多くの仏、如来の、︿聴くものの機会や能力に応じて 一切の声問、辞支仏等の知ることのできないものであるということであ

(12)

る。そのわけは何か。 舎 利 弗 よ 、 舎利弗よ、如来は、教化の種々の手段、 それは、多くの仏、如来は、思うままに(法を︺説くことができる条件を完成しているからである。 に 基 づ い た 種 々 の 見 解 、 種 々 の 忠 椎 対 象 、 種 々 の 一 一 一 一 口 語 的 説 明 を 体 得 し て い る 。 本 一 口 和 弗 よ 、 私 は 仏 と な っ て か ら こ の か た 、 さまざまな場所で、広く教えを説き、数えきれないほどの手段によって 衆生たちを教え導いて、多くの執着から解脱させてきた。 舎利弗よ、如来の智慧に基づいた見解や教化の手段は完全に完成している。 舎利弗よ、如来は、(その︺智慧に基づく見解は広大で深遠であり、 ざまたげのなさ、自在に説法する能力(回無擬 弁)、智慧の力(十力)、説法に際して畏れを感じない心(由無所畏)、仏のみに呉わる優れた性質(十八不共法)、 さ とりを得るための機能(五根)、 さとりへ主らしめる力(五力)、 さとりへ至るための要件(七党支)、禅定、 解 11 脱、一ニ妹、精神統一の力による心の平安など、以上をすべて て い る 。 舎利弗よ、多くの仏、如来は、深く無際援の境に入り、 舎利弗よ、如来は、種々によくわきまえ、たくみに多くの法を説く。その言葉は柔軟で、多くのものたちの心を悦 一切のいまだかつてない法を体得したのである。 ば せ る の で あ る 。 12 11 四無機弁の絡。仏菩薩の説法における四種の自在な能力のこと。四種とは法無綴、義無凝、辞無擬、楽説無擬である。 十力の略。仏の有する十の智力のこと。十とは

ω

処 非 処 智 力 、

ω

業 譲 ( 熟 知 官 力 、 川 凶 静 慮 解 脱 等 持 等 至 知 有 力 、 川 間 根 上 下 智 力 、 同 穣 種 勝 解 北大文学研究科紀要

(13)

好 い 親 ﹃ 法 山 製 品 調 L 訳注凶 智 力 、 附 稜 穏 界 智 力 、 川 川 遜 趣 行 智 力 、 川 間 宿 伎 隠 念 知 日 カ 、 川 間 死 生 日 出 荷 カ 、 M W 漏 尽 知 日 カ で あ る 。 閲無所畏の略。仏が説法するに際して恐れを感じない四つの智徳のこと。 十八不法ハ法の脱帽。仏にのみ具わっているとされる十八穏のすぐれた佐賀のこと。 五根の略。悟りを得るための五つの精神的はたらき。信根、精進一根、念娘、定根、慧根の五つである。三十七道口問の中に含まれる。 五カの略。悟りへ至らしめる五つの能力。信力、精進力、念力、{疋カ、慧カの五つである。一一一十七道口聞の中に含まれる。 一一一十七遂口聞のうちの七党支(悟りに至るための七つの要件)のこと。択法党支、精進党支、均一号覚支、軽安党支、捨党支、定覚支、念 党 支 の 七 つ で あ る 。 八解説の略。八解脱とは煩悩の繋縛から脱する八種の解脱のこと。この観法を修めて迷いを離れ、何羅漢の悟りを得る故に解脱という o

g

自国℃三位の斎写。精神統一のカによって心が安らかに平らかとなった状態。 17 16 15 14 13 19 18 一 ア キ ス ト ︺ ( 七 ・ 斥 h N H ' N ∞ ・ ) ( 肋 判 、 円 } ・ H A H } ) L ・h r H N ・ ) 止舎利弗不須復説。舎利弗。仏所成就第一希 有難解之法。舎利弗。唯仏与仏説法。諸仏如 来能知彼法究寛実相。舎利弗。唯仏如来知一 切法。舎利弗。唯仏知来能説一切法。何等法・ 云 伺 法 ・ 何 似 法 ・ 相 円 相 法 ・ 何 体 法 。 何 等 ・ 一 五 何・何似・何相・何体。如是等一切法。如来 現 見 非 不 現 見 。 { 書 き 下 し 文 }

1

2

止みなん、舎利弗よ。須く復た説くべから、ず。 本 一 口 利 弗 よ 、 仏 の 成 就 し た も う と こ ろ は 第 一 希 有 難 解 の 法 な り 。 舎利弗よ、唯だ仏と仏とのみ法を説き、諸仏如来は、能く彼の法 を知り、実相を究寛したもう。 舎利弗よ、唯だ、仏如来のみ一切法を知りたもう。 舎利弗よ、唯仏如来のみ能く一切法そ説きたもう。何等の法、一五 何が法、何の似き法、何の相の法、何の体の法。何等、一五何、何

(14)

の似き、何の相、何の体、 の如き等の一切の法をば、如来は現 見し、現見したまわざるに非ず。﹂ ︹ 現 代 語 訳 } やめなさい、舎利弗よ。もうこれ以上説くことはできない。舎利弗よ、仏が成就されたものは、第一の、 まれにし 、 A23 カ ふ h w し 理解しがたい法である。 本 一 口 相 弗 よ 、 ただ、仏と仏のみが法を説くのである。多くの仏、如来は、 その法をよく知り、ありのままの真実のす がたを究め尽くすことができるのである。 本 一 口 利 弗 よ 、 ただ、仏、如来のみが一切の法を知るのである。 舎 利 弗 よ 、 ただ、仏、如来のみが一切の法をよく説くことができるのである。︹すなわち︺、この法は何であるか、 この法はどのようであるか、この法は何に似ているか、この法はどのようなあり方をしているか、この法はどのよう

1

3

な本質を有しているかと[説くことができるのである︺。っ何であるかヘ﹁どのようであるかヘ﹁何に似ているか L 、 ﹁ ど のようなあり方をしているか¥﹁どのような本質を有しているか﹂というような︹向いで表される︺ 一切の法吾、如 来 は 、 { 確 か 現に見るのである。 L 18 羅ザ訳﹃妙法華恥では、﹁如是相、如定性、如是体、如是力、如是作、如是図、如是縁、如是楽、如自足報、如是本米究支健一リ L という十 項目(いわゆる十如是)を挙げる。しかしここでは、党本でいう五項目と同一のものを挙げている。 北大文学研究科紀要

(15)

泣親﹃法禁論﹄訳注

ω

如来起定 一 ア キ ス ト ︺ ( 匂 - h F n L ・ ⋮ 山 市 山 ふ m y 戸 市 山 ・ ) ︻ 書 き 下 し 文 ︼ ( 勤 、

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5 4 N N ) 釈日。爾時世尊入甚深一ニ昧正念不動以如実智 釈して日く。﹁爾の時、世尊は甚深なる三昧に入り、正念にして動 観従三昧安詳而起起日開告舎利弗者。示現如 来得自在力故。如来入定無能驚搭故。 じたまわず、如実智観を以て、一一一昧より安詳として起ち、起ち日 りて即ち舎利弗に告ぐ﹂とは、知来の自在力を得ることを示現す るが故なり。如来の{廷に入れるを能く驚寵するもの無きが故なり。 ︻ 現 代 語 訳 } 解 釈 し て い う 。 -14 ﹁そのとき世尊は極めて深い三昧に入り、正しく想念し不動であった。あるがままに真理を知る智慧の観察によって 一一一昧から安らかに立ち上がって、立ち上がりおわると、尊者舎利弗に告げられた﹂とは、如来が自在なる力を獲得し ていることを示している。知来が定(誤想) に入っているとき、自覚めざすことのできる者などいない、 ということ で あ る 。 1 勃那摩提訳では、この段の書き出しを﹁論⋮出。自此己下。一部現所説法図采根応知。如経(・ごとする。(吋大正蔵﹂第二六巻、 中 、 一 一 一 一 行 自 ) 。 一 四 貰

(16)

対揚之人 ︹ テ キ ス ト ︼ ( 匂 ・ ω m y たふ今) ( 鞍 、 七 山 岳

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・5 s N N ) 何故堆告尊者舎利弗不告其余芦間等者。槌深 智慧与如来棺応故。何故不告諸菩薩者。有五 種義。一者為諸声関所応事故。ニ者為諸声関 週 心 趣 向 大 窓 口 提 故 。 一 一 一 者 護 諸 声 聞 恐 怯 弱 故 。 四者為令余人善思念故。五者為諸声間不起所 作 己 弁 心 故 。 ︻ 現 代 語 訳 } どうして{世尊は︺ただ尊者舎利弗にだけ告げて、 慧が、如来︹の智慧︺に相応するものだからである。 どうして菩薩たちに告げないのかといえば、 北大文学研究科紀要 ︻ 書 き 下 し 文 ︼ ﹁何が故に唯だ尊者本一口利弗にのみ告げ、其の余の芦間等に告げざる や﹂とは、深き智慧の、知来と相応せるに随うが故なり。 何が故に藷菩躍に告げざるとは、五種の義あり。 の声聞の所応事の為の故なり。 一 に は 、 ニには、諸の声関をして理心して大菩提に趣向せしめんが為の故 な り 。 の芦間の怯弱を恐るるを護るが故なり。 四には、余人をして善く思念せしめんが為の故なり。

1

5

こ に は 、 ー に は 、 の声関、そして所作己弁の心を起こさざらしめんが為の 故 な り 。 その他の声聞たちに告げないのかといえば、窓口利弗の︺深い智 五種の意義がある。

(17)

世毅﹃法華論﹄訳設

ω

第一に、(以下に述べられる事棋は︺声聞たちにとって、なすべき事柄だからである。 に、(以下の事柄を述べるのは︺声聞たちを廼心させ、偉大なさとりへと向かわせるためである。 一 に 、 声 慌 た ち が ︹深遠な仏道に対して]怖じ気付いてしまうことから護るためである。 第四に、︹舎利弗以外の︺他の人々に、 よくよく考えさせるためである。 第五に、声間たちに、作すべきことはすでに作し終わった、などという思いを起こさせないためである。 2 勃 那 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 唯 ﹂ の { 予 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 槌 主 管 ﹂ を 欠 く 。 勃那摩提訳では、﹁者﹂の字を欠く。 紡那摩提訳では、﹁者﹂の字を欠く。 紡那摩提訳では﹁所作事 L O また音蔵﹃疏﹄では﹁所応作事 L と す る 。 紡 那 摩 提 訳 で は ﹁ 二 者 為 令 声 聞 週 趣 大 世 品 目 提 故 。 ﹂ と ﹁ 令 ﹂ の { 子 を 加 え る 。 4 一口利弗は﹁智慧第ごと称される。土口蔵﹃疏﹄では﹁唯島芳子智慧第一与仏相応。余人不額。 L ( ﹃大正蔵﹄第四十巻、八

O

一上、十五行 自 ) 。 北口蔵によれば、作すべきこととは、﹁仏の智慧﹂である(﹃大正蔵﹄第四十巻、八

O

一 頁 上 、 ニ 凶 行 自 ) 。 百歳によれば、他の人・天・菩薩などにも、仏になろうと怒念させるものであるという(﹃大正競﹄第四十巻、八

O

一 一 気 中 、 一 一 一 行 自 以 下 ) 0 3 4 5 6 7 8 10 9 16

(18)

妙法功徳具足 ニ種藁深 一 ア キ ス ト ︺ ( ℃ い

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2

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( 勅 、 ち

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吋 ) 諸仏智慧英一深無最者。為諸大衆生尊重心。 覚 欲 開 如 来 説 故 。 一 一 口 口 甚 深 者 。 顕 示 ニ 穣 甚 深 之 義。応如是知。何等為一一。一者証甚深。謂諸 仏智慧甚深無量故。一一者向合甚深。謂智慧門 甚 深 無 且 一 裏 故 。 一 一 首 甚 深 者 此 楚 総 棺 。 余 郡 相 。 ︹ 現 代 語 訳 } { 書 き 下 し 文 ︼ ﹁ 諸 仏 の 智 慧 は 甚 深 無 量 な り ﹂ と は 、 の大衆をして尊重の心を生 て如来の説を間かしめんと欲するが為の故なり。 ﹁ 甚 深 L と 一 一 一 一 口 う は 、 一 一 種 の 甚 深 の 義 を 顕 示 す 。 応 に 是 く の 如 く 知 る ぜ し め 、 べし。何等をか二と為す。 一には誌の甚深なり。謂く諸仏の智慧は甚深無量なるが故なり。 こには阿合の甚深なり。謂く智慧の門は甚深無量なるが故なり。 ﹁ 甚 深 L と 一 一 一 一 口 う は 此 れ は 是 れ 総 栢 な り 。 余 は 別 相 な り 。

1

7

の 心 を 生 じ さ せ 、 ﹁ 多 く の 仏 た ち が そ な え て い る 智 慧 は 極 め て 深 遠 で あ り 、 民 一 一 箆 り 知 れ な い も の で あ る L というのは、多くの人々 ﹁甚深(極めて深遠であることごというのは、 ついに如来の教えを聞きたいと思わせるためである。 ニ種の﹁甚深 L の意義がはっきり示されているのである。?﹂の意義 一にはさとりについての﹁甚深﹂である。 は︺次のように知らねばならない。一一種とは如何なるものであるか。 つまり、多くの仏たちがそなえている智慧は甚深であり、量一り知れない 北大文学研究科紀要

(19)

世 相 制 ﹃ 法 華 論 ﹄ 訳 注

ω

ものであるからである。 二には教えについての﹁甚深 L で あ る 。 つまり、仏の智慧の門は甚深であり、 り知れないものであるからである。 このように﹁甚深﹂というのは、総括的な様相である。これ以外は個別的な様相である。 2 勅 那 臨 部 提 訳 に は 、 ﹁ 苦 一 口 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勅那摩提訳には、﹁之 L の { 予 を 欠 く 。 勅 那 態 提 訳 に は 、 ﹁ 如 臼 定 ﹂ を 欠 く 。 勅 那 燦 提 訳 に は 、 ﹁ 義 深 無 同 一 一 黒 L を 欠 く 。 勃 那 燦 提 訳 に は 、 ﹁ 世 一 口 L の 学 を 欠 く 。 動那懸提訳には、﹁此 L の { 予 を 欠 く 。 紡 那 隣 県 提 訳 に は 、 ﹁ 相 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勃 那 麻 原 提 訳 に は 、 ﹁ 抑 制 ﹂ の 字 を 欠 く 。 18-3 4 5 6 7 8 証甚深 { テ キ ス ト } ( ℃

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5 s N ω ) ︻ 書 き 下 し 文 }

深 ℃ 者;ブ 五 c ? 種

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不 吋 現9七 中恥 「 コ σコ 者 義 甚 、" τ 初く 言語10

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衣 { 可 等 義 の甚深とは五種に示現す。 甚深故。ニ者実体甚深。一一一者内証甚深。四者 依止甚深。五者無上甚深。何者甚深。謂大菩 一には義の甚深なり。謂く、何等の義、甚深なるに依るが故なり。 一には実体の甚深なり。

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提 。 大 菩 提 者 。 如 来 所 証 阿 蘇 多 羅 一 一 一 貌 一 ニ 菩 提 故。一疋何甚深。一切声鴎酔支仏等所不能知故 名 甚 深 。 一 切 種 一 切 智 義 故 。 如 経諸仏智慧甚深無鳥取。其智慧門難見・難覚 知 難 故17知 難 解 難 入 一切声聞辞支仏等所不能 ︻ 現 代 語 訳 ︺ ﹁さとりについての甚深 L とは(以下 ; ま と り の ︺ の甚深(極めて深遠なること) である。[経文の︺﹁何であるか L という意義が極めて深遠 であること ( 甚 、 深 ) に 依 拠 し て い る か ら で あ る 。 の 本 質 が 英 一 深 な る こ と で あ る 。 こ に は ︹ さ と り の ︺ 二 に は 内 証 の 甚 、 探 な り 。 四には依止の甚深なり。 五 に は 無 上 の 英 一 深 な り 。 何者ぞ甚深なる。謂く大菩提なり。大菩提とは如来所証の阿轄多 羅 一 一 一 義 一 ニ 菩 提 な る が 故 な り 。 玉 何 が 甚 深 な る 。 切の声倒冊、昨支仏等の知ること能わざる所な る が 故 に 英 一 深 と 名 づ く 。 と一言うは、謂く一切種・一切智の義なるが故なり。経の如 く﹁諸仏の智慧は甚深無思議なり。其の智慧の門は難見・難覚・難

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知・難解・難入なり。 一切の声問問、辞支仏等の知ること能わざる 所なる L が 故 な り 。 五 種 に 示 す 。 北大文学研究科紀要 一ニには︹仏たちの]内面的なさとりが甚深なることである。

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世 殺 吋 法 整 論 ﹄ 訳 注 山 聞には ︹ さ と り が ︺ よりどころとなることが甚深なることである。 五には とりが︺この上ないことが甚深なることである。 ﹁甚深なること﹂とは、どういうことであろうか。それは、大いなるさとりである。大いなるさとりとは、如来がさとつ た無上の正しいさとりのことである。 どのように﹁甚深 L な の か 。 一切の声問、辞支仏等が知るこ曹とができないから﹁甚深﹂と名づけたのである。 と い う の は 、 一切の個別的な事象のあり方を知る智慧や一切そ知る智慧の意義ということである。経におい て﹁多くの仏たちがそなえている智慧は極めて深遠であり、量り知れないものである。その智慧の門は、見がたく、 覚りがたく、知りがたく、理解しがたく、入りがたい。 一切の湾問、辞支仏等たちの知ることのできないものである﹂

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とあるように。 16 15 14 13 12 11 10 9 勅 那 麻 原 提 訳 で は 、 ﹁ 五 種 一 示 現 ﹂ を ﹁ 有 五 種 L と す る 。 動 部 燦 提 訳 に は 、 ﹁ 謂 L の 字 を 欠 く 。 戦 相 即 麻 郡 提 訳 で は 、 ﹁ 何 者 英 一 深 L を ﹁ 甚 深 者 ﹂ と す る 。 紡 那 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 云 何 ﹂ を ﹁ 又 ﹂ と す る 。 勅 那 摩 提 訳 に は 、

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の ん 子 を 欠 く 。 駒 郡 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 名 英 一 深 L を 欠 く 。 勤 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 器 開 し の 字 を 欠 く 。 勤 那 燦 提 訳 で は 、 ﹁ 一 切 智 ﹂ を ﹁ 一 切 智 智 ﹂ と す る 。 士 口 蔵 の ﹃ 疏 ﹄ も 同 じ で 、 カ 口 蕨 は ﹁ 一 切 穣 L と は 一 切 種 智 の こ と で あ り 、 ﹁ 一 切 智 智 し と は 一 切 智 人 の 町 四 初 で あ る か ら ﹁ 智 L を 重 ね 、 ま た 一 切 智 の 知 る と こ ろ の た め ﹁ 智 智 ﹂ と 名 づ け る と す る 。 ( 吋 大 正 蔵 ﹄ 第 間 十 巻 、

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17 八

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ニ 頁 中 、 一 一 行 日 以 下 ) 紡 那 摩 提 訳 で は こ の 後 に ﹁ 智 慧 門 者 。 調 説 ﹂ を 加 え る 。 同含甚深 ︻ テ キ ス ト ︼ ( 匂 ・ ω μ L ・N ω a 日 ) ・ ω σ L -M ) ( 山 朝 、 ℃

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E H h H ) 阿含甚深者八種示現。一者受持読謂英一深。如 初 れ 経日曽親近供養無量百千万億無数諸仏故。ニ 者修行甚深。如経於百千万億那由他仏所尽行 諸 仏 所 修 阿 鵜 多 羅 一 ニ 窺 一 一 一 菩 提 法 故 。 一 ニ 者 巣 行 お 甚深。如経舎利弗知来巳於無量百千億那由佑 劫勇誼精進所作成就故。四者増長功徳心甚深。 如 経 名 称 説 日 間 故 。 北大文学研究科紀婆 ︻ 書 き 下 し 文 ︼ 開含の甚深とは八種に示現す。 一には受持読謂の甚、深なり。経の如く に 曽 て 、 無 量 一 百 千 万 億 無数の諸仏に親近し供養したまえる L が 故 な り 。 二には修行の甚深なり。経の如く﹁百千億那市出他の仏の所に於い 21 て 、 尽 く 諸 仏 所 修 の 問 轄 多 羅 一 一 一 貌 一 一 一 の法を行じたまえる﹂が 故 な り 。 一一一には果行の甚深なり。経の如く﹁舎利弗よ、如来は、己に、無 量百千億那由他の劫に於いて勇猛精進して、所作成就したまえる﹂ が 故 な り 。 四には増長功徳心の甚深なり。経の如く﹁名称は普く聞こえたま え る L が 故 な り 。

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世親﹃法禁論﹄訳注

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︻ 現 代 語 訳 ︼ ﹁仏の教えについての甚深(極めて深遠なることごとは以下の八種に示す。 第一には、受持・読請の甚深である。経において﹁かつて、議一り知れない、百千万憶という数えきれないほどの多 くの仏たちに親しく近づき供養した L と あ る よ う に 。 一には、修行の甚深である。経において﹁百千億那由他の多くの仏のもとにおいて、多くの仏が修めた、無上の 正しいさとりの法をことごとく修行した L と あ る よ う に 。 第三には、修行の結果の甚深である。経において﹁舎利弗よ、如来はすでに、百千億那由他という量り知れない劫 の問、勇ましく精進努力した﹂とあるように。

2

2

第四には、︹修行によっ 増した功語、むの甚深である。経において﹁その名声があまねく聞こえていた﹂とあるよ う に 。 25 24 23 22 21 20 19 18 勃 那 摩 援 訳 で は 、 ﹁ 間 合 義 甘 世 深 ﹂ と す る 。 勃 那 摩 擦 訳 で は 、 ﹁ 一 不 現 有 八 種 ﹂ と す る 。 紡那摩提訳では、﹁巳 L の前に﹁金利弗。如来応立遍知 L を 加 え る 。 勅 那 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 無 数 諸 仏 ﹂ を ﹁ 那 市 出 他 仏 ﹂ と す る 。 勃 那 摩 援 訳 で は 、 ﹁ 百 千 万 億 那 市 悶 他 仏 L を ﹁ 諸 仏 ﹂ と す る 。 勃那摩擦訳には、﹁那出他﹂を欠く。 二種の甚深(﹃大正蔵﹄テキスト五頁上、十行図)中の第二である。﹁阿含﹂とは﹁教しの意。 ﹃妙法務恥方便口聞の﹁仏曽親近。百千万億。無量諸仏 L ( ﹃大死蔵﹄第九巻、五頁中、二七

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二八行自) と 対 応 す る 。

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28 27 26 ﹃ 妙 法 華 ﹄ 方 便 口 開 の ﹁ 尽 行 諸 仏 。 無 且 一 県 選 法 L ( ﹃大友蔵品第九巻、五頁中、二八行自)と対応する。 吋 妙 法 華 ﹄ 方 便 口 聞 の ﹁ 勇 猛 精 進 L ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 九 巻 、 五 頁 中 、 ⋮ 一 九 行 自 ) と 対 応 す る 。 ﹃妙法華﹄方便日間(吋大正蔵し第九巻、五頁中、二九行目)にそのままの形で存する。 ︻ 現 代 語 訳 ︼ 一 ア キ ス ト } ( 匂 ・ 日 ダ ミ ・ H aゆ) ( 勤 、 ℃ ・ 円 台 L N a E s N H ) 五者快妙一帯心甚深。如経舎利弗如来畢寛成就 希有之法故。六者無上甚深。如経舎利弗難解 之法如来能知故。七者入甚深。入甚深者。名 字章句意難得故。自以住持不問外道説悶縁法 名為甚深。如経舎利弗難解法者諸仏如来随宜 引 品 説法意趣難解故。八者不共声関酔支仏所作住 お 持甚深。如経一切芦間酔支仏等所不能知故。 時 妙法蓮華経憂波提舎巻上 北大文学研究科紀婆 { 書 き 下 し 文 ︺ 五には快妙事、仙の甚誌なり。経の如く﹁舎利弗よ、如来は畢寛じ て希有の法を成就したまえる L が 故 な り 。 六には無上の甚深なり。経の如く﹁舎利弗よ、難解の法をば如来 は能く知ろしめしたもう﹂が故なり。 -23 七には入の甚深なり。入の甚深とは、名字章句の意は得ること難 きが故に。自ら住持するを以て外道に向ぜずして因縁の法を説か るるを名づけて甚深と為す。経の如く﹁舎利弗よ、難解の法とは 諸仏如来の随宜説法なれば、意趣解し難きしが故なり。 八には声聞辞支仏に共せ、ざる所作、住持の甚深なり。経の如く﹁一 切の声問、辞支仏等の知ること能わざる所 L な る が 故 な り 。 妙法蓮華経憂波提舎 巻の上

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役親﹃法案論﹄訳注

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第五に ﹁すばらしい事柄についての ︹如来の︺心の甚深﹂である。経に﹁金口創刊弗よ、如来がついに、世にもまれな 法を完成された﹂とあるように。 第六に﹁︹教えが︺この上ないということの甚深﹂である。経に﹁舎利弗よ、如来は理解しがたい法を知ることがで きたのである﹂とあるように。 第七は﹂入りがたい の門に︺入ることの甚深 L で あ る 。 ﹁ ︹ 智 慧 の 門 入ることの甚深 L と い う の は 、 ( 経 典 の︺文字や語句、文章の意味が得難いものであるからである。︹その意味を仏や如来が︺自ら保ち続けることによって、 外 道 ( の 教 え ︺ とは異なるように因縁の法をお説きになることを﹁甚深(極めて深遠であるごと名づけるのである。 経に﹁舎利弗よ、理解しがたい法というのは多くの仏、如来の聴くものの機会や能力に応じて説かれたものは、 趣意は理解しがたい L と あ る よ う に 。 そ の -24 第八は﹁声聞や独覚とは共通しない (仏、如来のなすべき︺教化の仕事が持続することの甚深 L である。経に二 切の声閉山や辞支仏等の知ることができないものである﹂とあるように。 妙法蓮華経憂波提舎 叩 出 勤 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 心 ﹂ の 字 宇 佐 欠 く 。 ぬ勃那燦提訳には、﹁舎利弗如来挙党﹂の七字を欠く。 況勃那摩提訳には、﹁之 L の 字 を 欠 く 。 犯紡那摩援訳には、﹁放 L の 字 を 欠 く 。 お勃那摩擦訳では、﹁自以 L を﹁自在﹂とする。士口蔵﹃疏﹄でも同様である。 巻の上

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38 37 36 35 34 勅那摩提訳では、﹁説法﹂を﹁所説﹂とする。﹃妙法華﹄、土口蕨﹃疏﹄でも同様である。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 世 一 寸 ﹂ の 字 を 欠 く 。 戦那摩提訳は一巻本である。 士 口 蔵 に よ れ ば 、 ﹁ 快 妙 事 ﹂ と は ﹁ 大 澄 融 市 L のこと(﹃大正蔵恥第四十巻、八

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二 百 見 下 、 十 ⋮ 一 行 自 ) 。 士 口 蔵 は 、 こ れ ま で の 四 穣 の 甚 深 を ﹁ 閣 の 英 一 深 L 、 こ れ 以 下 を ﹁ 果 の 甚 深 ﹂ と 分 類 し て い る ( ﹃ 大 正 蔵 い 第 間 十 巻 、 八

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二 頁 下 、 十 行 日 以 下 ) 。 如来法師功徳成就 ︻ テ キ ス ト ︼ ( ℃ ・

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t N C ) ︹ 書 き 下 し 文 ︼ ( 勤 、 ℃ ・ 立 の L N N z ℃ -M E L -M ) 妙法蓮華経憂波提舎巻下 大乗論部婆薮繋豆釈 大 乗 一 論 師 婆 薮 繋 一 笠 釈 す 。

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妙法蓮華経憂波提舎巻の下。 後説北天竺一ニ蔵菩提留支 共沙門曇林等訳 後説北天佐一三蔵菩提留支 沙門曇林等と共に訳す。 方便品之余 如是日説妙法功徳具足。次説如来法師功徳成 方 便 口 聞 の 余 。 の如く日に妙法の功徳具足せるを説けり。次に、如来法師の 就。応知。如経何以故舎利弗諾仏如来自在説 思 成 就 故 。 功徳成就するを説く。誌に知るべし。経の知く﹁伺を以ての故に 0 4 有利弗よ、諸仏、如来は、自在に説くことの困を成就したまえる﹂ が 故 な り 。 北大文学研究科紀婆

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世 相 制 ﹃ 法 華 論 ﹄ 訳 注

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︻ 現 代 語 訳 ︺ このように、妙法が功徳を具えているということを説き終えた。次に、如来が法師としての功徳を成就しているこ それは、多くの仏、如来は、思 とを説く。︹このことを︺知らなければならない。経に﹁そのわけは何か。舎利弗よ、 うままに(法を︺説くことができる条件を完成している L と あ る よ う に 。 2 勃那摩提訳では、﹁如是説妙法功徳﹂とする。 紡那摩提訳では、﹁呉足﹂そ欠く。 古 口 蔵 は ﹁ 一 広 自 在 説 因 成 就 者 。 有 自 在 説 法 之 徳 。 此 徳 即 楚 説 法 之 因 。 啓 一 一 一 悶 自 在 説 凶 L と 釈 し て い る 。 ( 吋 大 庄 蔵 ﹄ 第 間 間 十 巻 、 八

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三 頁 上 ) 3 加来成就四種功徳 { テ キ ス ト } ( 七 - u タ ミ -N H e S ) ( 勤 、 日 ) ・

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如来成就四種功徳故能度衆生。何等為四。 者住成就。如経舎利弗如来成就種種方便故。 種種方使者。謂従兜率天中退没乃至示現入浬 繋故。一一者教化成就。如経種種知見故。種種 知 見 者 。 示 現 染 浄 諸 国 故 。 一 一 一 者 功 徳 翠 寛 成 就 。 如経種種念観故。種種念観者。以説彼法成就 26 ︻ 書 き 下 し 文 ︼ 如来は四種の功徳を成就するが故に、能く衆生を度す。何等をか 四 と 為 す 。 一には住の成就なり。経の如く﹁舎利弗よ、如来は種種の方便を 成就したまえる﹂が故なり。﹁種種の方便 L とは謂く、兜率天中よ 乃至入浬繋を示現したまえるが故なり。 り 退 没 し 、 二には教化の成就なり。経の如く﹁種種の知見﹂の故なり。﹁種種

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閤縁。如法相応故。問者説成就。如経種種一言 辞 故 。 種 種 言 辞 者 。 以 問 問 無 礎 知 悶 依 何 等 何 等 名 字章句随何等何等衆生能受市為説故。 の知見 L とは、染浄の諸問を示現したまえるが故なり。 三には功穂の翠寛の成就なり。経の如く﹁種種の念観 L の 故 な り 。 ﹁種種の念観﹂とは、彼の法を説くに、因縁の、法の知くに相応せ る成就するを以ての故なり。 四には説の成就なり。経の如く﹁種種 の 故 な り 。 っ 種 種 の と は 、 回無擬智を以て何等何等の名字章句に依りて何等何 等の衆生の能く受くるに髄いて説を為すが故なり。 { 現 代 語 訳 } 第一に、[この世界 とどまることの成就である。経において﹁舎利弗よ、如来は種種の手段、そ成就している﹂と -27 如来は四種類の功徳を成就しているから、衆生を救済することができるのである。その四種とは何か。 あるように。﹁種種の手段﹂とは、兜率天(という楽姑︺から[苦処なるこの世界に︺降りてより浬繋に入ることがこ京 すまで ( の こ れ ら 八 つ の 手 段 ︺ の こ と で あ る 。 第二に、教化の成就である。経において﹁種種の、智慧に基づく見解[を如来が成就している︺ L とあるように。﹁種 種の、智慧に基づく見解﹂とは、汚れることと浄まることの諸原因を明らかに示すものである。 第三に、勝れた特震の究極の成就である。経において﹁種種の思堆対象[を如来が成就している︺ L と あ る よ う に 。 ﹁種種の思惟対象 L とは、この法を説くに擦して[如来は説法するための︺法に適った因縁を成就していることである。 第四に、説くことの成就である。経において﹁種額の一言葉(を知来が成就している

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とあるように。っ種種 北大文学研究科紀要

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世 殺 吋 法 案 件 調 ﹄ 訳 注

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と は 、 [ 如 来 が ︺ 四種の、全く支障のない理解・表現能力によって、あれこれの名称や語勾を用いて、各々の衆生が受 け入れられるように説法を為すことである。 4 士 口 蔵 は ﹁ 四 種 功 徳 田 定 説 之 隠 ﹂ と 釈 し て い る 。 ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 四 十 巻 、 八

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一 一 一 頁 上 ) 勅那摩提訳では、﹁住 L を ﹁ 往 ﹂ と す る 。 勃那摩擦訳には、﹁舎利弗 L を 欠 く 。 勃那摩提訳には、﹁謂 L の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 中 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 没 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 智 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勃那摩擦訳には、﹁苅 L の 字 を 欠 く 。 以 下 の ﹁ 穏 種 一 言 辞 ﹂ ま で の 経 の 引 用 は ﹃ 妙 法 議 ﹄ の ﹁ 舎 利 弗 。 五 口 従 成 仏 己 来 。 種 種 因 縁 。 種 種 感 冒 険 。 広 演 雷 同 経 。 無 数 方 便 引 導 衆 生 。 令離諸著﹂の部分(﹃大正蔵 b 第九巻、ァー頁下)と対応するか。ただし、﹃妙法華恥では﹁成就﹂の誌はない。 ﹁ 兜 率 天

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回 目 円 山 門 凶 巾 ︿ 出 の 訳 語 。 釈 尊 が こ の 世 に 誕 生 す る 前 に と ど ま っ て い た 枇 界 で あ る と い う 。 ﹁乃至﹂とは下天と入浬繋の問の六棺(託胎、出胎、出家、降魔、成道、転法輪)が中略されていることを示す。 如 来 市 対 且 黒 口 聞 に お い て は 、 如 来 の 出 家 、 成 道 、 入 漫 然 な ど が 衆 生 を 導 き 利 す る た め の 方 便 で あ る こ と が 鋭 か れ て い る ( ﹃ 大 友 蔵 ﹄ 第 九 巻 、 回 二 頁 下 ) 。 司 法 華 論 h のこの筒所では、八相事などの仏の生涯そのものが方便とみなされている。 士口蔵は﹁次説彼法成就因縁者。夫欲説法要須成就諮徳。郎日定説法医縁。有説法因縁方得与諸法相応。諸法相側応方得説法 L ( ﹃ 大 正 蔵 h 第四十巻、八

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一 ニ 頁 下 ) と 釈 し て い る 。

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5 6 7 8 12 11 10 9 15 14 13 16

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部種功徳成就別釈 第一・第二・第三功徳成就細別釈 種種方便 ︹ テ キ ス ト ︺ ( 匂 ・ ω P 九 九 - H e 。 ・ ) ( 勅 、 古 ・ 5 m L 2 H e H F ) 又復有義。樟種方使者。種種方便一不現外道所 有邪法。如是如是種種過失故。種種方便一示現 諸仏所有正法。如是如是種種功徳故。如経企口 利 弗 五 口 従 成 仏 巳 来 志 演 丑 一 口 教 無 数 方 便 引 導 衆 生 於諸著処令得解脱故。又無数方使者。方便令 入諸善法故。又方使者。断諸疑故。又方使者。 令入増上勝智中故。又方使者。依四摂法摂取 衆 生 令 得 解 脱 故 。 北大文学研究科紀要 { 書 き 下 し 文 ︼ 又復た義有り。﹁種種の方便﹂とは、積穣なる方領もて、外道所有 の邪法は是くの如く是くの如く種種の過失あるを示現するが故な り。種種なる方便もて、諸仏所有の正法は是くの如く是くの如く 種種の功徳あるを示現するが故なり。経の如く、﹁舎利弗よ、五口は 成 仏 し て 従 り 巴 来 、 広 く 一 一 一 一 口 教 を 演 べ 、 無 数 の 方 便 も て 衆 生 を 引 導 して、諸の著処に於いて解脱を得せしむる L が 故 な り 。 丸 、 っ 無 数 の 方 便 L とは、方便もて諸の義法に入らしむるが故なり。 丸、﹁方便﹂とは、諸の疑を断ずるが故なり。 丸、﹁方便﹂とは、増上の勝智恥に入らしむるが故なり。 丸、﹁方便﹂とは、四摂品に依りて衆生を摂取し、解脱を得せしむ る が 故 な り 。

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世毅﹃法議論﹄訳注凶 { 現 代 語 訳 ︼ また、つ四種の功徳﹂につい 別の意義がある。 ﹁ 種 々 の 手 段 L とは、種々の手段を用いて、外道が有する誤った教説にはこのようにしかじかの種々の誤謬があるの だ、とそれぞれ示すためである。(一方、︺諸々の仏が有する正しい教説にはこのようにしかじかの種々の功徳がある の だ 、 とそれぞれ示すためである。経において﹁舎利弗よ、私は仏となってからこのかた、広く教えを説き、数えき れないほどの手段によって衆生たちを教え導いて、多くの執着から解脱させてきた﹂とあるように。 そして﹁数えきれないほどの手段 L とは、(仏が︺手段を用いて︹衆生を︺諸々の正しい へと導き入れるからであ あるいは﹁手段しとは、(仏が、衆生の︺多くの疑念を断ち切るからである。 30 る

あるいは﹁手段 L とは、(仏が、衆生を︺勝れた知恵へと導き入れるからである。 あるいは﹁手段 L とは、(仏が︺導き入れの四つの手だて(四摂法)を用いて衆生を摂め入れ、解脱を護得させるか ら で あ る 。 20 19 18 17 勤 那 摩 援 訳 は 、 ﹁ 又 L の { 子 を 欠 く 。 勃 那 摩 援 訳 は 、 ﹁ 種 種 方 使 L を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 は 、 ﹁ 所 有 L を 欠 く 。 勃 那 摩 援 訳 は 、 ﹁ 金 問 利 弗 L を 欠 く 。

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﹃ 妙 法 華 恥 ﹁ 五 口 従 成 仏 己 来 。 種 穏 因 縁 。 穣 種 即 時 一 戸 除 。 広 演 一 言 教 。 無 数 万 使 引 導 衆 生 。 令 離 諸 著 L ( ﹃大正蔵﹄第十二巻、五真下)と対応す る 。 勅 那 臨 時 提 訳 で は 、 ﹁ 又 L を﹁復 L と す る 。 紡 那 麻 原 提 訳 で は 、 ﹁ 又 ﹂ を ﹁ 復 ﹂ と す る 。 紡 那 麻 原 提 訳 で は 、 ﹁ 又 ﹂ を ﹁ 復 ﹂ と す る 。 勃 那 摩 提 訳 は 、 ﹁ 中 ﹂ の 字 を 欠 く 。 戦那摩提訳では、﹁又﹂を﹁復﹂とする。 ﹁ 四 摂 法 L とは、人々を仏道に導き入れる凶つの手段(布施・愛諾・利行・同事)をいう。 ﹁ 方 便 し に つ い て の 以 上 の 問 つ の 解 釈 に つ い て 、 士 口 蔵 立 総 ﹄ は 、 ﹃ 勝 髪 経 恥 中 に 説 か れ る 四 種 の 一 一 回 一 担 ( 人 天 乗 ・ 戸 田 同 乗 ・ 独 党 乗 ・ 大 乗 を説くという苦笑何てあるいは﹃仏性論﹄中で四種の人(関提・外道・声聞・独覚)の持つ閉つの障害を取り除くこと、と対応させる な ど 、 一 二 通 り の 解 釈 を 一 部 す ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 四 十 巻 、 八

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四 頁 中 ) 。 21 28 27 26 25 24 23 22 諸著処 一 ア キ ス ト ︼ ( ℃ い の 己 ・ 。 B N φ ) ( 勤 、 ℃

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刊 日 刊 諸著処者。彼処処著。或著諸界・或著諸地・ 幻 お 或著諮分・或著諸一乗。著諸界者。謂著欲色無 色界故。著諸地者。謂著界故。依於三味取禅 話 灯 油 定地。謂初弾地乃至非想非非想地。及取滅尽 却 時 定地等故。著諸分者。謂著在家出家分故。 北大文学研究科紀婆 31 宮 間 き 下 し 文 ︼ ﹁諸の著処﹂とは、彼の処処の著なり。或いは諸界に著し、或いは 諸地に著し、或いは諸分に著し、或いは諸乗に著するなり。 諸界に著すとは、謂く、欲・色・無色の界に著するが故なり。 諸地に著すとは、謂く、界に著するが故に三昧に依りて禅定の地 に取す。謂く、初禅の地、乃至非想非非想の地、及び滅尽定の地

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サ 一 親 ﹃ 法 都 中 品 開 ﹄ 訳 注

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在家分者。著己同類作種種業・邪見等故。 出家分者。著名聞利養・謹種覚・煩協等故。 著諸乗者。著声聞乗菩薩乗故。著声聞乗者。 楽持小乗戒。求須陀一極・薪陀合・向那含・阿 羅漢等故。著大乗者。謂著利養・供養・恭敬 等故。著分別観種種法相乃至仏地故。 ︹ 現 代 語 訳 ︼ 等に取するが故なり。 諸分に著すとは、謂く、在家・出家分に著するが故なり。在家分 に著すとは、己が同類に著し、種種の業・邪見等を作すが故なり。 出家分に著すとは、名聞利養・種種の覚・煩悩等に著するが故な り 諸乗に著すとは、声聞乗・菩薩一衆に著するが故なり。芦間乗に著 すとは、楽って小乗戒を持ち、須陀沼・斯陀含・阿部合・持羅漢 等を求むるが故なり。

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大一来に著すとは、謂く、利養・供養・恭敬等に著するが故なり。 分別して種種の法相乃至仏地、宇佐観ずるに著するが故なり。 ﹁執着の多くの対象 L とは、あれこれへの執着のことである。︹それは︺あるいはさまざまな世界に執着し、あるい のに執着することである。 はさまざまな境地に執着し、あるいはさま、ざまな分際に執着し、あるいはさまざまな[さとりへ導く教えの]乗りも ﹁さまざまな世界に執着する L とは、欲界、邑界、無色界に執著するということである。 ﹁さまざまな境地に執着する L とは、(欲界、色界、無色界という一一一界の︺世界に執着しているために、一ニ昧に依存 して、禅定の境地に執着するのである。それは初禅の境地から、非想非非想の境地に至るまでに執着すること、およ

(34)

び滅尽定の境地などに執着するということである。 ﹁さまざまな分際に執着するしとは、出家と在家の分際に執着するということである。﹁在家の分擦に執著する L と は、自分と同じ(分際の︺ものに執着して、 いろいろな行いや間違った考えなどをするということである。﹁出家の分 際に執着する﹂とは、名声と利得、 いろいろな心的覚性、墳悩などに執着するということである。 とりへ導く教えの︺乗りものに執着する﹂とは、声間一菜、菩謹乗に執着するということである。﹁声 開乗に執着する L とは、好んで小乗戒を保持し、須柁酒、斯陀合、阿那合、阿羅漢などを求めるということである。 ﹁ 大 ﹂ 宇 品 4 0 宇 品 h u m ﹁大乗に執著する L とは、利得と供養と敬いなどに執着することである。様々な教えの様相から仏の境地に至るまで を種々にこと分けして観察することに執着することである。 33 38 37 36 35 34 33 32 31 30 29 初 那 態 提 訳 に は 、 ﹁ 処 L の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 諸 ﹂ の ん 予 を 欠 く 。 勅 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 諮 L の ん 予 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 著 諸 乗 ﹂ の 後 に ﹁ 故 し の 字 を 加 え る 。 勤 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 諮 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 諮 ﹂ の 学 を 欠 く 。 貼 制 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 讃 著 界 故 L を 欠 く 。 助 那 麻 原 提 訳 で は 、 ﹁ 依 於 一 一 ⋮ 昧 取 禅 定 地 。 謂 初 禅 地 ﹂ を ﹁ 著 戒 取 三 味 初 禅 定 地 ﹂ と す る 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 非 想 し を 欠 く 。 劾 那 耐 用 提 訳 に は 、 ﹁ 地 L の 字 を 欠 く 。 北大文学研究科紀婆

(35)

世親吋法準品調﹄訳注

ω

勤那摩提訳には、﹁等﹂の字を欠く。 勃那摩焚訳には、﹁謂 L の 字 を 欠 く 。 勅那摩提一訳では、﹁諸党﹂とする。 勃 那 脳 陣 提 訳 に は 、 ﹁ 諸 L の 字 を 欠 く 。 勤那療援訳には、﹁請 L の 字 を 欠 く 。 勅那麻原提訳には、﹁放﹂の字を欠く。 声 関 の 悟 り へ と 向 か う 位 の 四 段 僻 問 。 ﹁ 須 柁 一 泡 ﹂ 印 可 C 円 山 間 ℃ 出 口 門 戸 田 ー の 立 臼 写 。 預 流 と 漠 訳 さ れ る 。 さ と り の 入 口 と さ れ 、 仏 門 に 入 る 段 結 。 ﹁ 斯 陀含

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出向山口阿佐の山首写。一来と漢訳される。修行の結果、天界に生まれるが、もう一度だけ人界に生まれかわる段階。﹁阿那合

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出 口 問 問 問 2E の音写。不還・不来と漢訳される。迷いの世界の欲界には戻らないで、色田介、無街︺問介に生まれる段階。﹁阿羅漢 L 山岳三の 点目写。修行が完成し、すべての煩悩を滅し尽くして、学ぶべきものがない段階で、一一一界を超越した袈者。 45 44 43 42 41 40 39 穣種知見・種種念観 一 ア キ ス ト } ( 七

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a ℃ -H S L ω ) 又復種種知見者。自身成就不可思議勝妙境界。 与諸声開菩薩等故。如経舎科弗知来知見方便 器於彼岸故。到彼岸者。勝余一切諸菩議故。又 復種種念観者。如経舎利弗如来知見拡大深遠 無 弾 ・ 無 擬 力 ・ 無 所 畏 ・ 不 共 法 ・ 根 ・ 力 ・ 提 分 ・ 禅 定 ・ 解 脱 ・ 一 ニ 昧 ・ 一 ニ 摩 抜 提 皆 目 具 足 -34-{ 書 き 下 し 文 ︼ 又復た﹁種種の知見 L とは、自身に不可思議の勝妙の境界を成就 す る も 、 の戸間・窓口薩等とともにするが故なり。経の如く﹁金口 利弗よ、如来の知見と方便は彼岸に到る﹂が故なり。﹁彼岸に到る﹂ とは、余の一切の諸の菩薩に勝れるが故なり。 又復た﹁種種の念観 L とは、経の如く﹁舎科弗よ、加来は、知見 広 大 深 遠 に し て 、 無 障 、 無 擬 、 力 、 無 所 呉 、 不 共 法 、 根 、 力 、

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ん V 0 4 t 提分、禅定、解脱、一ニ味、一ニ摩蹴提をば皆、己に具足したまえる﹂ が 故 な り 。 ︹ 現 代 語 訳 ︺ また、﹁穂積の智慧に基づく見解﹂というのは、(知来︺自身は極めて勝れたさとりの境地を成就するが、 た陪時 多くの声関と菩薩たちに向ずるからである。経において﹁舎利弗よ、如来の智慧に基づいた見解や教化の手段は 完全に完成している﹂とあるように。﹁完全に完成している﹂とは、他の一切の菩薩たちより勝れているからである。 また、﹁種種の忠惟対象﹂というのは、経において﹁舎利弗よ、如来は、 に基づく見解は広大で深遠であり、 さ またげのなさ、自在に説法する能力(四無磯弁)、 の力(十力)、説法に際して畏れを感じない心(四無所長)、仏 のみに呉わる優れた性質(十八不共法)、 さとりを得るための機能(五根)、 さとりへ歪らしめる力(五力)、 さとりへ 主るための要件(七覚支)、禅定、(八︺解脱、⋮一一味、精神統一の力による心の平安など、以上をすべて具えている L

3

5

とあるように。 51 50 49 48 47 46 紡 那 腕 帰 提 訳 に は 、 ﹁ 又 ﹂ の 字 を 欠 く 。 紡 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 勝 妙 ﹂ を 欠 く 。 勃 那 摩 援 訳 に は 、 ﹁ 諮 ﹂ の ん 子 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 等 ﹂ の { 子 を 欠 く 。 紡 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 又 ﹂ の 字 を 欠 く 。 紡 那 燦 提 訳 に は 、 ﹁ 一 所 ﹂ の 字 を 欠 く 。 北大文学研究科紀要

(37)

世親ぷ山禁論﹄訳注

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第一・第一一・第三功徳成就再別釈 一 ア キ ス ト ︼ ( ℃

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ω 勺 ) 目 出 幻 又第一成就可化衆生。依善知識荷成就故。第 自 二 在臼成 浄 就 降 根 伏 執

時衆

生 メp k 得 解 脱 故 三成就力家 ︹ 現 代 語 訳 } また、第一の成就(住成就) ︻ 書 き 下 し 文 } 又、第一の成就とは、化せらるべき衆生、 に依りて成就す る が 故 な り 。 第二の成就とは、根熟の衆生をして解脱を得せしむるが故なり。 幻 路 間 一の成就とは、力家は自在に浄にして降伏するが故なり。 とは、教化される衆生が、教え導く人(である如来︺をよりどころとして完成するか

3

6

ら で あ る 。 第二の成就(教化成就) とは、能力素質が高まった衆生に︹如来が︺解脱を獲得させるからである。 ニの成就(功徳暴寛成就)とは、︹如来は︺十力と諸徳とによって自在に浄らかに[魔を︺降伏させるからである。 55 54 53 52 初那摩提訳には、﹁依止 L と す る 。 勅那摩援訳には、﹁市﹂の字を欠く。 勤郷隆提訳には、﹁待自在しとする。 先述の﹁住成就しである。(﹃大正蔵﹄テキスト五頁中、 二行日)

(38)

58 57 56 先述の﹁教化成就﹂である。(﹃大正蔵﹄テキスト五頁中、二三行自) 先述の﹁功徳畢寛成就 L で あ る 。 ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ テ キ ス ト 五 頁 中 、 一 一 五 行 自 ) 士 口 蔵 ﹃ 疏 ﹄ に は ﹁ 或 一 一 一 一 一 問 。 力 家 自 在 以 家 為 正 。 力 者 十 力 。 家 者 諸 徳 。 走 力 家 流 類 。 故 称 為 家 ﹂ ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 四 十 巻 、 八

O

五質上)とあ る 。 吉蔵﹃疏 b には﹁自在浄降伏者。第一一一郎種種念観。種穏念観者謂カ然畏等。如上列﹂(吋大正蔵恥第四十巻、八

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五 頁 上 ) と あ る 。 59 第四功徳成就別釈 { テ キ ス ト ︺ ( ℃ 置 。

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九 九 -H B 吋 ) ︹ 書 き 下 し 文 } ( 勤 、 ℃ ・

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ω ) 第四成就復有七種。 一者種種成就。如経舎利 第四の成就とは復た七種あり。 弗諸仏如来深入無際。成就一切未曽有法故。 印 日 二 者 言 語 成 就 。 謂 得 五 種 美 妙 音 声 一 一 一 一 口 語 説 法 。 一には種種の成就なり。経の如く﹁舎利弗よ、語仏・如来は深く

-37

無際に入りて一切未曽有の法を成就したまえる﹂が故なり。 如 経 如 来 能 種 種 分 別 巧 説 諸 法 一 一 一 一 口 辞 柔 軟 現 可 衆 心 故 。 一 一 一 者 相 成 就 。 如 経 止 舎 利 弗 不 須 短 説 故 。 の成就なり。謂く、五種の美妙の音声・一言語を得て法 を説くと。経の如く﹁如来は、能く種種に分別し、諸法を巧みに 有法器衆生心己満足故。 説き、言語柔軟にして衆の心を悦可せしむる﹂が故なり。 一ニには相の成就なり。経の如く みなん、舎利弗よ。須く復た 説くべからざる﹂が故なり。法器の衆生の心は日に満足すること 有 る が 故 な り 。 北大文学研究科紀要

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世 相 税 吋 法 華 論 ﹄ 訳 注

ω

{ 現 代 語 訳 ︺ 第四の成就(説成就) とは(これ また七種類がある。 第一に、種種の成就である。経において﹁舎利弗よ、多くの仏、如来は、深く無際限の境に入り、 一切のいまだか つてない法を体縛したのである L とあるように。 の成就である。五種類のたとえようもなく美しい 日辞を得て法を説くということである。経に おいて﹁如来は、種々によくわきまえ、 その一言葉は柔軟で、多くのものたちの心を悦ばせ たくみに多くの法を説く。 るのである L とあるように。 第三に、様相の成就である。経において﹁止めなさい、舎利弗よ。もうこれ以上説くことはできない﹂とあるよう 38-に。教えを受けるに足る衆生の心は満ち足りているからである。 67 66 65 64 63 62 61 60 勤 那 摩 提 訳 で は 、 ﹁ 第 四 説 成 就 者 有 七 種 ﹂ と す る 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 認 問 ﹂ の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 擦 訳 に は 、 ﹁ 謂 ﹂ の 学 そ 欠 く 。 勤 那 燦 提 訳 に は 、 ﹁ 言 語 L を 欠 く 。 先 述 の ﹁ 説 成 就 L で あ る 。 ( 吋 大 正 蔵 ﹄ テ キ ス ト 五 頁 中 、 二 七 行 自 ) ﹃ 妙 法 華 ﹄ 方 便 口 聞 の ﹁ 深 入 無 際 。 成 就 一 切 未 曾 有 法 O L ( 吋 大 正 蔵 い 第 九 巻 、 五 頁 下 、 六 行 白 ) と ほ ぼ 対 応 す る 。 ﹃ 妙 法 華 ﹄ 方 便 口 問 ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 九 巻 、 五 一 良 下 、 七

1

八 行 目 ) に そ の ま ま の 形 で 存 す る 。 吉 蔵 吋 疏 い に は ﹁ 一 ⋮ ⋮ 者 相 成 就 。 市 ニ 一 一 良 相 成 就 者 。 可 相 叫 吋 而 動 。 可 語 郎 語 。 笈 黙 便 黙 。 放 名 為 相 。 二 者 有 利 根 衆 生 。 関 上 一 所 説 組 問 解 棺 現 。 不 須 復 説 。 放 名 為 相 ﹂ 吋 大 正 蔵 ﹄ 第 m 間 十 巻 、 八

O

五 頁 下 ) と あ っ て 二 説 挙 げ て い る 。 ﹁ 可 相 時 荷 動 ﹂ と 吉 蔵 が 言 う の は 吋 春 秋 左 氏 伝 恥

(40)

隠公一年の条に﹁相時而動 L と あ る を 踏 ま え て の 表 現 と 考 え ら れ 、 こ の 場 合 の ﹁ 相 ﹂ は 見 る の 意 味 で あ る 。 従 っ て ﹁ 可 相 狩 市 動 ﹂ の 勾 の 意 味 は 、 タ イ ミ ン グ を 見 て 動 く べ き 時 に 動 く と い う 程 の 慈 に な る 。 第 二 説 は ﹁ 解 情 相 現 ﹂ と す る と こ ろ か ら ﹁ 相 ﹂ を す が た 、 様 相 の 窓 に 解 し て い る こ と が 知 ら れ る 。 本 稿 で は 音 蔵 の 第 二 説 と 同 じ 環 解 を 取 る 。 た だ し 、 ﹃ 法 整 論 ﹄ の ﹁ 法 擦 の 衆 生 L 一 去 々 の こ の 部 分 の 解 釈 は 、 経 の 本 来 の 意 と 少 々 ず れ が あ る と 考 え ざ る を 得 な い 。 ﹃ 妙 法 華 ﹄ 方 便 口 問 ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 九 巻 、 ァ ー 頁 下 、 九 行 自 ) に そ の ま ま の 形 で 存 ず る 。 68 { テ キ ス ト ︼ ( ℃ ・ 。 m ミ h e H 吋 ) ( 勤 、 七

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5 4 N ω ) 師 向 四者堪成就。所有一切可化衆生。皆知如来成 就希有勝功徳能説法故。如経舎利弗仏所成就 第一希有難解之法故。五者無量種成就説不可 尽。如経企口利弗唯仏与仏説法諸仏如来能知彼 法究寛実相故。急実相者。謂如来蔵法身之体 不変義故。六者覚体成就。如来所説一切諸法 唯仏如来自証得故。如経本一口和弗唯仏如来知一 切法故。七者髄順衆生意。為説修行法成就。 彼法何等如是等故。如経舎制約弗唯仏如来能説 切 法 故 。 北大文学研究科紀要 { 醤 き 下 し 文 ︼ 四には堪の成就なり。所有の一切の化せらるべき衆生は、皆、如 来は希有の勝功徳を成就して、能く法を説きたもうと知るが故な り。経の如く﹁舎利弗よ、仏の成就したもう所は第一希有難解の 39 法なる﹂が故なり。 五には無国憲一種の成就なり。説くこと尽くすべからず。経の如く﹁舎 和弗よ、唯、だ、仏と仏のみ法を説き、諸仏如来は、能く彼の法を 知り、実棺を究寛したもう﹂が故なり。実相と言うは、謂く知来 蔵なり。法身の体は、不変の義なるが故なり。 六には覚体の成就なり。如来所説の一切諸法は唯だ仏、知来のみ 自ら証得するが故なり。経の知く﹁舎利弗よ、唯だ、仏知来のみ

(41)

世親吋法華料伊訳注仙 一切法を知りたもう﹂が故なり。 七には衆生の意に随顕して為に修行法を説く成就なり。彼の法は の如き等 L の故なり。経の如く﹁舎利弗よ、唯だ、仏 ﹁ 何 等 L 如来のみ能く一切法を説きたまう L が 故 な り 。 ︹ 現 代 語 訳 } 第四に﹁堪えることの成就﹂である。教化の対象としての一切の衆生たちは皆、如来は希有のすぐれた功徳を成就 して能く法を説かれるということを知っているからである。経において﹁舎利弗よ、仏が体得されたものは、第 の ま れ に し か な い 、 理解しがたい法である L と あ る よ う に 。

4

0

に﹁数え切れない種類︹の法︺の成就﹂であり、[それを︺説き尽くすことはできない。経において﹁舎利弗よ、 ただ、仏と仏のみが法をお説きになるのであり、多くの仏、如来は、 その法をよく知り、ありのままの真実のすがた を究め尽くすことができるのである L とあるように。﹁ありのままの真実のすがたしというのは、如来蔵のことである。 法身としての体が不変であるという意味だからである。 第六に﹁さとりそのものの成就﹂である。如来が説かれたあらゆる教えは、 ただ仏と如来のみが自ら証得するのみ だからである。経において﹁舎利弗よ、 ただ仏、知来のみが一切の法をお知りになる L と あ る よ う に 。 第七につ(仏が︺衆生の意向に応じて修行法を説くことの成就 L である。︹如来の説かれた︺その法は︹経で︺﹁鰐で あるか L ﹁ そ の よ う な L というからである。経において﹁舎利弗よ、 ただ、仏、如来のみが 切の法を説くことができ るのである L と あ る よ う に 。

(42)

80 79 78 77 76 75 74 73 72 71 70 69 勅 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 所 有 ﹂ を 欠 く 。 初 那 臓 障 提 訳 に は 、 ﹁ 比 自 ﹂ の 学 を 欠 く 。 紡那摩捷訳では、﹁希有勝﹂が﹁第一希有﹂となっている。 紡 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 雪 悶 L の 字 を 欠 く 。 靭 那 臨 時 提 訳 に は 、 ﹁ 義 L の 字 を 欠 く 。 勤那摩提訳には、﹁故 L の 字 を 欠 く 。 勃 那 摩 提 訳 に は 、 ﹁ 唯 仏 し を 欠 く 。 吋妙法華﹄方便口問の﹁仏所成就。第一希有。難解之法 L ( ﹃ 大 正 蔵 ﹄ 第 九 巻 、 ゐ み 頁 晶 子 、 十 一 行 目 ) と 対 応 す る 。 ﹃妙法華﹄ガ使間関の﹁喉仏与仏。乃能究尽。諸法実相 L ( ﹃ 大 正 蔵 h 第 九 巻 、 r A 頁 下 、 十 一 行 口 同 ) と ほ ぼ 対 応 す る 。 士口裁によると、ここまでは法身の解明であり、ここで応身を明かすとしているス大正蔵﹄第四十巻、八 O 六 宵 以 上 、 十 行 自 以 下 ) 。 吋 妙 法 楽 ﹄ 方 便 口 出 に は こ れ と 直 接 対 応 す る 部 分 は な い 。 ﹃法華論﹄の法華経本文では﹁何等法・一五侭法・何似法・何格法・何体法・何等・⋮玄何・何似・何相・例体。如是等一切法 L と あ り 、 ここでは最初と最後のものが挙げられている。 吋 妙 法 禁 ﹄ 方 便 口 聞 に は こ れ と 直 接 対 応 す る 諾 勾 は な い 。

4

1

81 北大文学研究科紀要

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