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ドキュメント内 世親『法華論』訳註(2) (ページ 64-71)

関授記

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世親ぷ絵筆論﹄訳注

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此の会中の我が如き等比﹂次第して乃至﹁長夜安隠にして鍾益す

るところ多からん﹂が故なり︒

︹現 代語 訳}

﹁授記の機縁﹂とは︑経において﹁やめなさい︑やめなさい︑舎利弗よ︒もうこれ以上説くことはできない︒もしこ

のことを説いたならば︑あらゆる世間の多くの天の神々や人々は︑みな驚き怖れるであろう﹂とあるように︒

この授記の機縁ということに対して︑あらゆる人々が驚き恐れを懐くということについて︑一一一種の意義がある︒

一に︑人々に︑極めて奥深い絶妙の境地について︑思いめぐらせようとすることである︒

第に︑人々に︑︹奥深い境地に対して︺尊敬し重んずる心を起こさせ︑やがては如来の教説を聴聞するようにする

64  こと であ る︒

第一一一に︑思い上がった声聞たちに︑説法の場を捨て去らせようとすることである︒

[舎利弗が一ニ度請い求めたうち︺二度目の懇請は︑過去のはかり知れない多くの仏が衆生を教化してきたこと示して

いる︒経において﹁ここに集まっている聴衆の︑数えきれないほど多くの︹衆生は]﹂から︑﹁仏の説くことそ聴くな

らば

やがて敬い信じるようになる﹂とあるように︒

︹舎 利弗 が一 ニ度 語い 求め たう ち︑

︺ 度自 の懇 請は

今︑仏が衆生を教化すること示している︒経において

﹁今この会肢の中にいる私(舎利弗)のようなものたちはLから﹁長い間︑心安らかとなり︑有設なことも多いことで

しようLとまでにあるように︒

62  61  60  59  58  57  56  55  54  53  52  51  50  49  48  47  46  45  44 

戦那摩提訳では︑﹁此L

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勃那摩提訳では︑﹁推求Lを﹁数党L

L

勃那摩提訳では︑﹁如来説﹂を欠く︒

紡那摩提訳では︑﹁欲しを﹁為﹂とする︒

紡那摩提訳では︑﹁諸L

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勤那摩提訳では︑﹁之人捨しを欠く︒

紡那摩擦訳では︑﹁起﹂の字を欠く︒

勃那摩提訳では︑﹁次第﹂を欠く︒

勃那摩提訳では︑﹁生敬倍﹂を﹁能敬信L

勤那摩嬰訳では︑﹁者L

勅那摩提訳では︑﹁今Lを﹁現在L

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八行白)と対応するが︑わずかに語句の異同がある︒﹃妙法楽﹄の該当畑山所は次

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北大文学研究科紀要

主J 「土話料

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霊」 揺総§

bhagavantam adhye!?atsma/(KN. ,p.36,l.4.)~ドーば王手当罰ド心。

55  『会;I;l:!料~ (r‑1く出緩』総長物4く凶ドーH;:ClJI]AJ+~+ 11と血)ムJ~~ :R縫いの為, rffiE制緩!l!)gJQ 騰さ主 F会潟機~ I‑'怒 riffi(巡幸覇地!!JJ

時的。紋4ド‑<1'土話料潟d!:d ti' santi bhagavams tasyam parsadi bahilni pranisatani bahilni pr註nisahasranibahilni pranisatasahasrani  bahilnI  pral}ikopnayutasatasahasral!i pilrvabuddhadarsavlni  prajnavanti  yani  bhagavato  bha;sitarp  sraddhasyanti  praUyIsyanty udgrahlsyanti / / (KN ,p..36, 1l.5‑7.) AJ "

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22  fi弘元さ繍ト Iやさi<1ilモト。主主将締まミ凶や経連至。単車liJJ事記総括伶(記。忌話〈刻tt;会総経!l!)gOL1J'.(i詩話術臣望者恥症患損羽田("l<民議」撫子ミ;jjt:J1く同ト1111

(!;:::lJI]~11 国!と血)t455矧いの。択科";I;l:!併設~~ !:d:l:主, madrsanam bhagavann iha parsadi bahilni pranIsatanI samvidyante 'yani ca bhagavan bahilni pral}Isatani bahilni pral!isahasral!i bahilni pral!isatasahasral!i bahilni pral!ilopnayutasatasahasral!iyani  bhagavata  pilrvabhav告別 paripacitani  tni bhagavato  bha9itarp  sraddhasyanti  pratlyi9yanty  udgrahjyanti / te9arp  tadbhavisyanti dlrghartramarthaya hitaya sukhayeti / /(KN.,p.37,ll.71l.)AJ嶋崎。

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1トサK.L](p.7a,ll.79)  (露, p.16b,ll.8‑11) 

高関井手。 ~41[[存者ま給額堅生盟問。玉三割括和命日

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{ 現 代 語 訳 ︼

授記を取ることとは︑舎利弗たちが︑(仏になるための︺予言を授かることを獲得しようとするためである︒経にお

いて﹁仏は舎利弗に告げた︒お揺はすでに三度︑(私に︑法を説くこと︺を請い求めた︒どうして説かずにいられよう︒

それ

では

よく聞きなさいLなどとあるように︒

69  68  67 

齢制那摩提訳には︑﹁仏﹂の字を欠く︒

勃那摩提訳には︑﹁仏﹂の字を欠く︒

﹃妙法華﹄方使口聞の一節と対応するが︑わずかに字句の異同がある︒﹃妙法華﹄の該当偲所は次の通り︒﹁爾将位曲玄口舎利弗︒汝日感動U

L︒党文﹃法華経﹄には︑出汁

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与授記(分段)

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き下

し文

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与授記者六種︒応知︒一者未開令問︒二者説︒与授記とは六種なり︒応に知るべし︒

ニ者依何等義︒四者令住︒五者依法︒六者遮︒一には未だ聞かざるを関かしむるなり︒

こに は説 なり

北大文学研究科紀要

設親﹃法禁論﹄訳注

ω

二には何等の義に依るなり︒

四には住まわしむるなり︒

五には法に依るなり︒

六には遮なり︒

{現

代語

訳︼

授記を与えることには六種ある︒?﹂のことを︺知らなければならない︒

第一 には

まだ聞いたことのないこと教え)を聞かせることである︒

第ニには︑︹教えを︺説くことである︒

68 

一には︑︹教えが︺ある意義に依拠しているということである︒

第四 には

︑︹ 教え に︺

とどまらせるということである︒

には︑(教えが︺真理を拠り所としているということである︒

第六には︑︹煩悩を︺遮断することである︒

70 

駒郡摩提訳では﹁者﹂の後に﹁有しを加える︒

未聞令罰︹

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米関令問者︒知経舎利弗如是妙法諸仏如来時

乃説之︒如優曇鉢葉︒如是等故︒ 未だ聞かざるを聞かしむるとは︑経の如く﹁舎和弗よ︑是くの如

きの妙法は︑諸仏・如来︑持に乃ち是を説きたまう︒優曇鉢華の

如し﹂と︑是くの如き等の故なり︒

︻ 現 代 語 訳 ︺

一に︺いまだ聞いたことがない︹教え]を聞かせることとは︑経において﹁舎利弗よ︑このような最上の教えは︑

多くの仏・如来が︑あるひとときにのみ︑これを説くのである︒(そのことは︑︺

ょう︹に︑非常にまれなこ ウドゥンパラの花(が咲くこ

である

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Lなどとあるように︒

71 

Lとする︒底本では﹁米問者令四回Lとあるが︑﹁者﹂の{子の位血肢は句末にある方が意味上の魁描舶を来さ

ない︒よって今︑対校記に従って改める︒士口蔵も﹁米関令問問者﹂と引く(﹃大正蔵﹄第四十巻八一

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勃那摩援訳では︑﹁鉢L

勃那

摩援

訳で

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﹁故

﹂の

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を欠

く︒

古口蔵によれば︑未だ閉山いたことがない教えとは︑﹁一乗之法

L (

﹃大正競恥第四十巻八一

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頁中六行白)であるとする︒

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北大文学研究科紀要

世親﹃法華論﹄訳設問 76 

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