) ‑ H g
・
h
ω勺)目 出 幻
又第一成就可化衆生︒依善知識荷成就故︒第
自 二 在臼成 浄 就 降 根
伏 執
時衆
生
メp k
得 解 脱 故 三成就力家
︹ 現 代 語 訳 }
また︑第一の成就(住成就) ︻書き下し文}
又︑第一の成就とは︑化せらるべき衆生︑に依りて成就す
るが 故な り︒
第二の成就とは︑根熟の衆生をして解脱を得せしむるが故なり︒
幻 路 間
一の成就とは︑力家は自在に浄にして降伏するが故なり︒
とは︑教化される衆生が︑教え導く人(である如来︺をよりどころとして完成するか
36 らで
ある
︒
第二の成就(教化成就)とは︑能力素質が高まった衆生に︹如来が︺解脱を獲得させるからである︒
ニの成就(功徳暴寛成就)とは︑︹如来は︺十力と諸徳とによって自在に浄らかに[魔を︺降伏させるからである︒
55 54 53 52
初那摩提訳には︑﹁依止L
とす る︒
勅那摩援訳には︑﹁市﹂の字を欠く︒
勤郷隆提訳には︑﹁待自在しとする︒
先述の﹁住成就しである︒(﹃大正蔵﹄テキスト五頁中︑二行日)
58 57 56
先述の﹁教化成就﹂である︒(﹃大正蔵﹄テキスト五頁中︑二三行自)
先述の﹁功徳畢寛成就Lである︒(﹃大正蔵﹄テキスト五頁中︑一一五行自)
士口 蔵﹃ 疏﹄ には
﹁或 一一 一一 一問
︒力 家自 在以 家為 正︒ 力者 十力
︒家 者諸 徳︒ 走力 家流 類︒ 故称 為家
﹂(
﹃大 正蔵
﹄第 四十 巻︑
八
O
五質上)とある ︒
吉蔵﹃疏bには﹁自在浄降伏者︒第一一一郎種種念観︒種穏念観者謂カ然畏等︒如上列﹂(吋大正蔵恥第四十巻︑八
O
五頁上)とある︒59
第四功徳成就別釈
{テ
キス
ト︺
(℃
置︒
p
九九‑H
B吋
)
︹書 き下 し文 }
( 勤
︑ ℃
・ M
g h
ご
ω )
第四成就復有七種︒一者種種成就︒如経舎利第四の成就とは復た七種あり︒
弗諸仏如来深入無際︒成就一切未曽有法故︒
印 日
二者
言語
成就
︒謂
得五
種美
妙音
声一
一一
一口
語説
法︒
一には種種の成就なり︒経の如く﹁舎利弗よ︑語仏・如来は深く
‑37
無際に入りて一切未曽有の法を成就したまえる﹂が故なり︒
如経
如来
能種
種分
別巧
説諸
法一
一一
一口
辞柔
軟現
可衆
心故
︒一 一一 者相 成就
︒如 経止 舎利 弗不 須短 説故
︒
の成就なり︒謂く︑五種の美妙の音声・一言語を得て法
を説くと︒経の如く﹁如来は︑能く種種に分別し︑諸法を巧みに
有法器衆生心己満足故︒説き︑言語柔軟にして衆の心を悦可せしむる﹂が故なり︒
一ニには相の成就なり︒経の如くみなん︑舎利弗よ︒須く復た
説くべからざる﹂が故なり︒法器の衆生の心は日に満足すること
有る が故 なり
︒
北大文学研究科紀要
世相
税吋
法華
論﹄
訳注
ω
{ 現 代 語 訳 ︺
第四の成就(説成就)とは(これ
また七種類がある︒
第一に︑種種の成就である︒経において﹁舎利弗よ︑多くの仏︑如来は︑深く無際限の境に入り︑
一切のいまだか
つてない法を体縛したのである
Lとあるように︒
の成就である︒五種類のたとえようもなく美しい
日辞を得て法を説くということである︒経に
おいて﹁如来は︑種々によくわきまえ︑その一言葉は柔軟で︑多くのものたちの心を悦ばせたくみに多くの法を説く︒
るのである
Lとあるように︒
第三に︑様相の成就である︒経において﹁止めなさい︑舎利弗よ︒もうこれ以上説くことはできない﹂とあるよう
38‑
に︒教えを受けるに足る衆生の心は満ち足りているからである︒
67 66 65 64 63 62 61 60 勤那 摩提 訳で は︑
﹁第 四説 成就 者有 七種
﹂と する
︒
勃那
摩提
訳に
は︑
﹁認
問﹂
の字
を欠
く︒
勃那 摩擦 訳に は︑
﹁謂
﹂の 学そ 欠く
︒ 勤那 燦提 訳に は︑
﹁言 語
L
を欠
く︒
先述の﹁説成就L
であ る︒ (吋 大正 蔵﹄ テキ スト 五頁 中︑ 二七 行自 )
﹃妙 法華
﹄方 便口 聞の
﹁深 入無 際︒ 成就 一切 未曾 有法
O L (
吋大 正蔵 い第 九巻
︑五 頁下
︑六 行白 )と ほぼ 対応 する
︒
﹃妙
法華
﹄方
便口
問(
﹃大
正蔵
﹄第
九巻
︑五
一良
下︑
七
1
八行 目) にそ のま まの 形で 存す る︒
吉蔵
吋疏
いに
は﹁
一⁝
⁝者
相成
就︒
市ニ
一一
良相
成就
者︒
可相
叫吋
而動
︒可
語郎
語︒
笈黙
便黙
︒放
名為
相︒
二者
有利
根衆
生︒
関上
一所
説組
問解
棺現
︒ 不須 復説
︒放 名為 相﹂ 吋大 正蔵
﹄第
m間
十巻
︑八
O
五頁下)とあって二説挙げている︒﹁可相時荷動﹂と吉蔵が言うのは吋春秋左氏伝恥隠公一年の条に﹁相時而動L
とあ るを 踏ま えて の表 現と 考え られ
︑こ の場 合の
﹁相
﹂は 見る の意 味で ある
︒従 って
﹁可 相狩 市動
﹂ の勾 の意 味は
︑タ イミ ング を見 て動 くべ き時 に動 くと いう 程の 慈に なる
︒第 二説 は﹁ 解情 相現
﹂と する とこ ろか ら﹁ 相﹂ をす がた
︑ 様相 の窓 に解 して いる こと が知 られ る︒ 本稿 では 音蔵 の第 二説 と同 じ環 解を 取る
︒た だし
︑﹃ 法整 論﹄ の﹁ 法擦 の衆 生
L一
去々
のこ
の部
分の 解釈 は︑ 経の 本来 の意 と少 々ず れが ある と考 えざ るを 得な い︒
﹃妙
法華
﹄方
便口
問(
﹃大
正蔵
﹄第
九巻
︑ァ
ー頁
下︑
九行
自)
にそ
のま
まの
形で
存ず
る︒
68
{テ
キス
ト︼
(℃
・︒
mグ
ミh
eH
吋 )
(勤
︑七
‑ H g h
・54
Nω
師)
向
四者堪成就︒所有一切可化衆生︒皆知如来成 就希有勝功徳能説法故︒如経舎利弗仏所成就 第一希有難解之法故︒五者無量種成就説不可
尽︒如経企口利弗唯仏与仏説法諸仏如来能知彼
法究寛実相故︒急実相者︒謂如来蔵法身之体 不変義故︒六者覚体成就︒如来所説一切諸法
唯仏如来自証得故︒如経本一口和弗唯仏如来知一
切法故︒七者髄順衆生意︒為説修行法成就︒
彼法何等如是等故︒如経舎制約弗唯仏如来能説
切法 故︒
北大文学研究科紀要