長崎大学教育学部紀要 一 教育科学 一 第70号 1‑15(2006年3月)
子 ど もの 攻 撃 性 と他 者 認 識
柳 田 泰典 ・朝長 昌三 ・中村 千秋 小原 達朗 ・福井 昭史 ・小島 道生 *
A St ud yo fChi l d r e n‑ sAt t i t ud eTo wa r dOt he r s , Fo c u so nThe i rAg g r e s s i veBe h a v i o r
Ya s unor iYANAGI DA,Shoz oTOMONAGA,Chi a kiNAKM UR
A,Ta t s ur oOBARA ,
Aki f umiFUKUI ,a ndMi c hi oKOJ I MA
は じめに
学級や児童 ・生徒, そこでの
申
し蝶や トラブルを 「関係 としての攻撃性」 として特徴づ け ることが,課題である。 それは,攻撃性 を個人の特性や性格 と して限定的に扱 うのではな く,人間関係や コ ミュニケー ションという具体的な社会状況 と諸個人の行動 ・行為 とを相 互関係 と しで性格づ けることを意味 している。攻撃性や攻撃 とい う概念 にはな じみが薄 く, とくに児童 ・生徒の行動や行為の分析 には 使用 されていない。 しか し,敢えて攻撃性 とい う概念 を導入す る理 由は,
「
い じめ」 とい う分析軸では,第1に,乳
蝶や トラブルの ほとん どが 「い じめ」 と認識 され, その多様 な 質 の分析が不十分 になること,第2
に,「い じめ」 とい う視角 は,最初か ら 「い じめ」 は 悪 い行為,人間にあるま じき行為 とされ るため,結果 として行為の抑制 ・否定,罰の強化 しか選択で きないこと,第3
に,優劣を基礎 とす る 「い じめ」 (弱 い ものい じめ)論では, 強 いもの同士の対立,お とな しい子の逆 ギ レなど全体状況を把握で きないこと, そ して, 第4に,改善策が,推定 による不足補充論,○
○ の不足 を補 う 「△△ の教育」 の実施や「やめよ う知 らんふ り」 など心構 えの強調 にな りやす く,具体的 に人間関係を変え ること はで きないと思われ るか らである。 「い じめ」 ではな く,攻撃性や攻撃 とい う概念 によっ て,
乱
蝶や トラブルは,その本質的な把握や改善策の提起 に近づ くことがで きる。攻撃性 は人間存在の本質 と本能 に基づ くもの,攻撃性 は人間関係 とコ ミュニケー ション とい う具体的な社会状況 によって促進 され るもの,攻撃性 は抑制 され るべ きものではな く 適正化 によって新 たな可能性を獲得で きるものであると考えている。
攻撃性 は,心理学 を中心 に研究 されて きた。例えば,山崎勝之 ・島井哲志編 『攻撃性の 行動科学』 (ナカニ シャ出版
2 0 0 2 )
で は,攻撃 とは, ひとっのまたは一連 の行動や行為 を さ し,攻撃性 は,攻撃す る個人の性格特性 を含む概念で,安定性,継続性,傾向性 を もっ ものである。性格概念 として規定 され る攻撃性( aggr e s s i v e ne s s )
は,認知,感情,行動 の連関において把握 され,
「感情面 としての怒 り( ange r )
,認知面 としての敵意( hos t i l i t y
), 行動面 としての攻撃( aggr e s s i on)
・・・を総称す る用語」( P2 4 )
であると している。 こ のように,攻撃性 を性格 と捉え,安定性,継続性,傾向性 を もっ もの とす ることは,攻撃*長崎大学教育学部 につ くられた攻撃性 ・攻撃研究会の6人のメ ンバーである。
2 長崎大学教育学部紀要 一 教育科学 一 第70号
性 が人間存在 の本質 と本能 に基づ くことを意味 して いる。
攻撃性 は,人間関係 とコ ミュニケー シ ョンとい う社会状況 によ って促進 され る。 実 は私 たちの 日常行為が,攻撃性 を醸成 して い る。 例 えば
,
「勉強 しな さい,そんな こと じゃいい 大学 に入れないぞ」
「だ ってわか らないんだ もん」
「授業中 にち ゃん と聞 いてないか らだろ,しっか り しろ」 などは,普通 に行 われ る会話 であ る。 この会話 は,親 は子 ど もを負か して 勝 と うと して い る,異体 的 な事項 を検討す るので はな く子 ど もの人格 (態度 やや る気) を 批判 している,親 は自分が どう思 うか よ り
○
○ しなさいとい うあなたを主語 に したメ ッセー ジを発 して い ると性格 づ け られ る。 これを,Win‑Lose・人格評 価一 人格批判 ・あなた メ ッセー ジとネー ミング した。攻撃性 を醸成 しているのは, このよ うなメ ッセー ジである。Win‑Lose・人格評 価一人格批判 ・あなた メ ッセー ジは, 変容 し始 めて い るが, その 過程 で, 攻撃性 や攻撃 を正 当化 す る自己認 識 と他者認識 が問題 とな った。 その関係 を,
「自己の延長 と しての他者一他者 の延長 と しての 自己
」
「自己の限界 と しての他者‑ 自己の 限界 と しての 自己」
「自己を拡大 す る他者一他者 を拡大す る自己」 と性格 づ けた。 自己認 識 と他者認識 と してい るが,正確 には関係 と しての 自己 と他者 であ り, それ によ って形成 され る自己認識 と他者認識, 自己 とは何 か,他者 とは何か とい った哲学的 な検討 は不十分 であ る (岩波講座 :現代社会学 『他者 ・関係 ・コ ミュニケー シ ョン』1 9 9 5
年 な どを参照)。攻撃性 は抑制 され るべ きもので はな く適正化 によ って新 たな可能性 を獲得 で きる もので ある。 攻撃性 を分析 し,攻撃性 の四角形 とい う4っの要因 によ る相互関係 を提起 した。 そ して, その対極 に,積極性 の四角形 を想定 したが, それを実現 す る適正化 プ ログラムの作 成 と実践 が今後 の課題 で あ る。
本論 は,教育社会学,教育心理学,情報教育学,運動生理学,音楽教育学, 障害児心理 学 とい う研究領域 の異 な る研究者 が,教育現象 を学際的 に分析 す るために集 ま り, さまざ まな視点 か らの分析 を柳 田の学級 コ ミュニケー シ ョン論 に位置づ けま とめた もので ある。
また,分析 や論及 に際 し,標準化 され た根拠 とな るデー タは, あま り掲載 して いない。学 級 コ ミュニケー ションの実態把握 と分析 は,
1 0
年 ほどの蓄積 があ るが,異体的 なケース分 析が中心、で標準化 す るまでに至 っていないのが現状 であ る。第
1
章 コ ミュニケー シ ョンの段 階 と子 どもの乱
擦社会 に歴史段階があ るよ うに, コ ミュニケー シ ョンもその段 階 によ って性格 が異 なるだ ろ う。 封建的 な 「コ ミュニケー シ ョン」は,能力 ・責任 ・権利 ・義務 な どで はな く
,
「人のあ り方」, す なわ ち忠誠心,思 いや り, や さ しさ, らしさ (役割,性差 な ど) な どを基 準 にす る。労働,学習 な どの成果 は, それが持 って いる意 味で はな く人格 の努力 と して評 価 され, また,問題 や失敗 は,根気が ない, ら しくない, など人格 の問題 とな るのである。
これが第
1
の特徴 とな る人格評価 ‑人格批判 メ ッセー ジで あ る。 第2
の特徴 はあなたメ ッ セー ジで あ るが, これ は 「勉強 しな さい」
「何度言 った らわか るんだ」 な ど, 指示 と命令 を一方的 に伝 え るメ ッセー ジであ り,生活の大半 を支配 しているものである。 これ らのメ ッ セー ジは, 日常 的 に行われて いるため, その機能 に疑 問を もっ人 は, ほ とん どいない。人格評 価 一人格批判 メ ッセー ジ, あなた メ ッセー ジを保持 したまま,競争 メ ッセージの 機能 を拡大 しなが らコ ミュニケー ションが行 われて い る。 この競争 メ ッセー ジは, まった く異 な る敵対 的競争 メ ッセー ジと協同的競争 メ ッセー ジとい う
2
つの機能 を もつ 。 この2
柳田 :子 どもの攻撃性 と他者認識 3
つ はコ ミュニケー ションの段階を形成す る重要 な要因 となるため,明確 に区別す る必要が あ る。 敵対的競争 とは,一方が勝っ と他方が負 ける競争 であ りWin‑Loseと表現 され る もので あ る。 また, 協同的競争 とは,両方 と も勝 つ とい う競争,Win‑Winであ る (敬 対的競争,協同的競争 は,久冨善之 『現代教育の社会過程分析』労働旬報社
1 9 8 5
年を参照)。コ ミュニケー ションの現段階 とは,人格評価 一人格批判 メ ッセー ジ, あなたメ ッセー ジ, Win‑Loseメ ッセー ジを特徴 と し, それが現在、機能不全 をお こ して いると思われ る。
1.Win‑Lose・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジ段階
「大人 によ る子 ど もの社会化」, その中心 は学校 であ り,社会化 は教 師のWin‑Lose・ 人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジによ って行われて いる。 そ して, それがで きる教 師 は指導力が ある, で きない教師 は指導力不足 と認定 され る状況がある。
教師 のWin‑Lose・人格評価 一人格批判 ・あなた メ ッセー ジは,児童 ・生徒 の コ ミュ ニケー シ ョンをWin‑Lose・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジに同調 させ, 同様 な機能 を,児童 ・生徒相互 の コ ミュニケー ションに も形成 してい く。
教師 は怒 る
。
「こら」
「こんな こともわか らないのか」
「ち ゃん と並べ」
「日本語がわか らないのか
」
「お前 ら耳 がないのか」
「人間 と して許せない」。教師 ははめ る。
「え らい」
「す ごい」
「さすが」
「早 い」
「立派」
「プ ロ」
「チ ャンピオ ン」
「や さ しい」
「思 いや りがある」。教師 は,児童 ・生徒 を負か して勝 たなければな らない。 しか も, メ ッセー ジは,人格 を厳 しく批判 し指示 ・命令す ることであ り, また,人格 を はめ ることである。例えば,学校給 食でニ ンジンが食べ られず残 した児童 にたい して, どのよ うなメ ッセー ジが発せ られ るか。
多 くは, 「で きるだ け食べなさい
」
「少 しで も食べな さい」
「全部食べ るまで遊んで はいけ ません」 な どであ る。教師 は,児童 を負か し勝 とうと指示す る (Win‑Lose)。 その指示 の根拠 は, ニ ンジンを食べ られない ことは好 き嫌 いであ り,人 のあ り方 と して問題があ る とい う認識だ ろ う。 また, これ らは,私 は こう思 う, あなたはどう思 うとい う提案で はな く, あなたは○
○ しなければな らないとい う, あなたを主語 とす るメ ッセー ジなのである。児童 ・生徒が怒 る
。
「馬鹿」
「デ ブ」
「頭悪〜 」
「短足」
「殺す」
「死ね」。 そ して,児童 ・生 徒同士 は, はめあ うことをほとんど しない。児童 ・生徒の過剰 とも思える否定的なメ ッセージは, その過剰 さが問題 にな っているが, その本質 は自分が勝 って相手 を負かそ うとす る 過剰 なWin‑Loseであ り, それ こそが問題 なのであ る。 しか も,教 師の メ ッセー ジで指 摘 したの と同様 に, それ らは人格批判 であ り, あなたメ ッセー ジであ る。
この段階 にお けるさまざまな トラブルは,Win‑Lose・人格評価 一人格批判 ・あなた メ ッセー ジによ って増幅 され,同時 に, このメ ッセー ジによ って抑制 され る。
児童 ・生徒 の 「い じめ」 や攻撃 は,Win‑Lose・人格批判 ・あなた メ ッセー ジで行 わ れ, それを抑制 しよ うと,教師 もWin‑Lose・人格批判 ・あなた メ ッセー ジで対抗 す る のであ る。
2.Win‑Lose・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジ段階の崩壊過程
この メ ッセー ジの崩壊過程 は,他方でそれを維持,再編,強化 しよ うとい う試 みを生 み 出 し複雑 な様相 を呈す ることになるが,崩壊過程 は必然的 な ものであ り, それを止 め るこ とはで きない と思われ る。 しか し,崩壊過程 は直 ちに新 しい ものを形成 で きないため,教
4 長崎大学教育学部紀要 ‑ 教育科学 一 第70号
師の メ ッセー ジ,児童 ・生徒 のメ ッセー ジは, さまざまな歪みを もって現 れ ることになる。
教 師 は,
Wi n
・感情 (喜怒哀楽)・私 たち メ ッセー ジ, 児童 ・生徒 は,Wi n
・感情 (快 不快)・抑制 された私 メ ッセー ジで諸 関係 を形成 しよ うとす る。Wi n‑Los e
は, 自分 は勝 っ とい うWi n
へ変容 す る。 他者 を負かす ことな く, 自分 は勝 つのであ る。 また,人格 を問題 に して批判 ・評価す るので はな く,私 の感情 を表明す る。「先生 は,今 日悲 しい ことが あ りま した。 この クラスで い じめが あ ったんです
」
「先生 は, A君 の元気 な挨拶 で, 清 々 しい気持 ちにな りま した」 は, 児童 ・生 徒 を先生 の感情 に同 調 させ るメ ッセー ジであ り,人格 の批判 や評価 で彼 らを負 けさせず に先生 が勝 つ。 そ して, 教 師 の感情 へ の同調 は,私 たちメ ッセ ー ジで強化 され る。
「A君 が, トイ レの ス リッパ を 並 べて くれ ま した, みん なで感謝 しま しょう」
「そん な ことをす る人 が, この ク ラスにいるんですか
」
「先生, この クラスで よか った」 な ど, それ らは多様 であ る。このよ うな教 師の
Wi n
・感情 (喜怒 哀楽)・私 たちメ ッセー ジは,Wi n‑Los e
・人格評 価 一人格批判 ・あなた メ ッセー ジよ りは発展 した ものであ るが,一方 的 な メ ッセー ジであ ること,感情 の過剰 さと根拠 の過少 さ, そ して集団の圧力 の利用が メ ッセー ジを歪 んだ も のに して いる。 それ は,児童 ・生徒 を負 か そ うとは しないが,彼 らの意見 を聞 くことはな く,教 師 の過剰 な感情 に従 わ ざるを得 な く,何が問題 なのか とい う根拠 の理解 は不十分で ある。 また,情緒的 に私 たちが強調 され るため,個人 の主張 は抑制 されて しま うのである。さて次 に, 児童 ・生徒 は この崩壊過程 にお いて,
Wi n
・感情 (快不快)・抑制 された私 メ ッセー ジを形成 して い る。 よ く言 われ る,「自己チ ュウ」
「キモイ」
「ムカ ック」, さらに「キ レる」 とい う事態 も, このメ ッセー ジの特徴 なのであ る。
児童 ・生徒 が
Wi n‑Lo s e
か らWi n
に変容 す るとき,他者 は非 白へ転化 し相互依存関係 は低下 す る (相互依存関係が低下 したため に,他者 とは無関係 に勝 つWi n
が形成 され る とも考 え られ る)。Wi n‑Los e
はWi n‑Los e
との対抗 を生 み, また,Los e‑Wi n
(自分 が負 けて相手 が勝 つ) を発生 させ る。Wi n
は, それ らをすべ て避 け る ことがで き,対抗 もLos e
もな く, あ るの はWi n
のみ で あ る。Wi n
の他者認識 は,相 手 が どの よ うな人格 か,何が問題 かで はな く,相手 に対 して 自分 が感 じる快不快,好 き嫌 いが基準 にな る。 そ して,相手 を負かそ うと しない, 自分 だ けが勝っ感情的 な快不快 を基準 とす る抑制 された 私 メ ッセー ジを連発す ることにな る。抑制 された私 メ ッセー ジとは,人格批判 を特徴 とす るあなた メ ッセー ジで もな く, 自己 主張 や 自分 の考 えや意 見を根拠 を もって述 べ る私 メ ッセー ジで もない とい う意 味である。
「馬鹿」 と言 えばあなた メ ッセー ジとな り反発 を招 く, か とい って感情 的 な快 不快 を根拠 を もって説 明す ることもで きないまま,「ムカ ック
」
「キモイ」 とい うどち らで もない, き わめて不安定 なメ ッセー ジとな るので あ る。この崩壊過程 は,
Wi n
のぶつか り合 い,快不快感情 のぶつか り合 い,抑制 された私 メ ッ セー ジへ の同調 とぶつか り合 いが特徴 とな る。 そ して, 「い じめ」,攻撃性 ・攻撃 は,他者 認識 の後退 と自己中心的 な感情 (怒 り,敵意) の拡大 によ って, よ り激 しい もの になる。3.Wi n‑Wi n
・事項評価 一事項批判 ・私 メ ッセー ジの未形成現 在, 人間関係 を実体化 して い る コ ミュニ ケー シ ョンは,
Wi n‑Los e
・人格評 価 一人 格批判 ・あなた メ ッセー ジの段階 にあ る。 そ して,学級 の コ ミュニケー シ ョンは,教師 も柳 田 :子 どもの攻撃性 と他者認識 5
児童 ・生徒 もそれによ って人間関係 を形成 し, それによ って人間関係 に悩んで いる。 しか し,個 の 自律,個 の尊重
(
「みんなちが ってみん ないい」
「世界 にひ とっだ けの花」
「自 ら 学 ぶ」 な ど) の進展 は,Lo s e
,人格批判, あなた メ ッセー ジを拒否 し始 めたのであ る。そ して, この段階の崩壊過程 は,教 師 によ る,
Wi n
・感情 (喜怒哀楽)・私 たちメ ッセー ジ, 児童 ・生徒 において は,Wi n
・感情 (快不快)・抑制 された私 メ ッセー ジを形成 して い るのであ る。このよ うな
Wi n
・感情 (快不快)・抑制 された私 メ ッセー ジは,学級 における 「い じめ」や攻撃性 ・攻撃 を激 しい ものに しているが,歪んでいるとはいえ 「私 を主張 し始 めた」 と い う意味で は,積極的な側面 を持 っているのである。 しか し,児童 ・生徒 の現状 を憂慮す るあま り, この変容過程 をふ たたび
Wi n‑Lo s e
・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジに戻 そ うとす る動 きもあ る。 た しかに児童 ・生徒 の言動 は,一人 よが りで感情的な もの に見え, 自己中心的だ と彼 らの人格を批判す ることも可能である。 だが, コ ミュニケー ショ ンの段 階か ら見れば, それ らは, よ り人間関係 を発展 させ る論理 を もっWi n‑Wi n
・事 項評価 一事項批判 ・私 メ ッセー ジの入 り口で もあ る。さて,末形成 と性格づ け られ る
Wi n‑Wi n
・事項評価 一事項批判 ・私 メ ッセー ジとは, どのよ うな ものか。Wi n‑Wi n
とは,両方 とも勝 っ ことであ る。 た とえば, いっ も掃除 を さぼ るA
君 が い る。B
君 は 「掃除 しろよ」 と何度 も言 っていたが,ついに 「掃除 しろ, クロブタ」 と怒鳴 っ て しま う。 その言葉 に怒 ったA君 は,「うるさい, チ ビ」 と怒鳴 り,殴 り合 いのけんか に な った。 これ は,A
君 もB
君 もWi n‑Lo s e
でお互 いに相手 を負か して 自分が勝 とうと し て いる, そ して人格 を批判す ることで, また,○
○ しろとあなたメ ッセー ジを発す ること で トラブルが拡大 して いるのであ る。B
君 がWi n
であれば,A
君 は不愉快 な ウザィ, ム カックやつで,勝手 に しろと無視す るだ けになる。 これ に対 しWi n‑Wi n
は,「 A
君,描 除 をす るか, それ とも掃除 を しない理 由を言 うか, どっちか に して くれ」
「A君が掃除 を して くれ ない と,時間 はかか る し遊 びに行 けない し, イ ライ ラす る」
「理 由が あ るな ら一 緒 に考 え るよ」 などとなる。 この メ ッセー ジは,A君 に勝 とうとは して いない,A君 が 掃除を しないとい う事項を述べ, それによ って具体的 にどんな影響 を受 けて いるか, どんな気持 ちにな っているかを表明 しているだ けであ る (事項批判 と私 メ ッセー ジ)。
これにたい して,
A
君が 「や る気が しない」
「お もしろ くない」
「ホコ リが苦 しい」
「汚 い」な どと理 由を言 えば,一緒 に考 えて解決 のために努力す ることになる。 この解決策 は多様 で あるが,我慢 してまたは当然 の ことと して掃除 を して いたB君 に とって も,掃除 を考 え る機会 にな る。 解決策が意味 あるものになれば,掃除 を さぼ る嫌 なやつだ ったA君 は, 掃 除をたの しくす るための きっか けをっ くった
A
君 にな るので あ る。Wi n‑Wi n
とは, 私 たちが対立 と考えているものを,可能性 に転化す る仕組 みであ る。第
2
章 「い じめ」 と攻撃性 ・攻撃1 .
「い じめ」 と攻撃性 ・攻撃の区別今 日議論 されている多様で深刻 ない じめ問題 は,意味づ けや性格づ けを変 え る必要 があ る。 「い じめ」とい う把握 は,些細 な
乳
蝶か ら深刻 な ものまでを含 み,その ことが現状認識 の不安定 さや教育活動 の不十分 さを もた らしているか らで ある。 我 々が議論 して きた 「い6 長崎大学教育学部紀要 ‑ 教育科学 ‑ 第70号
じめ」問題 は,すべてが 「い じめ」問題ではな く,「い じめ」と攻撃性 ・攻撃が混在 している。
「い じめ」 と攻撃性 ・攻撃を区別 しない 「い じめ」論 は,第
1
に,「 弱
い ものを苦 しめる」程度 の もの と多様で深刻 な攻撃行動 を,すべて 「い じめ」 と性格づ け,攻撃行動 を 「弱 い ものい じめ」 と混同 し過小評価す ることになる, また,第
2
に,「弱 い ものい じめ」 を深 刻 な攻撃行動 と同列視 し過大評価す ることになるか らである。「長期 にわたるい じめ」 とい う規定がある。 長期性が問題 な らば,「い じめ」 は量を中心 に相対的な深刻 さとして評価 され, その質 は軽視 され分析 されないのである。 例えば,質 的な問題 は,「い じめ手 口」 (森 田洋司監修 『い じめの国際比較研究
』
p5 5
金子書房2 0 01
年) として,「悪 口 ・か らかい」〇〇%
,「たた く ・ける ・お どす」〇〇%
などと分類 されるが, キモイ (悪 口)や短足 (か らかい)の質 は分析 されないのであ る。 量的に捉えるこ とで,「長期 にわたるい じめ
」
「深刻 ない じめ」 というその質 を問 いきれない過小評価が発 生す る (すべてが 「い じめ」 とい う質 に還元 されるのである)。他方で,現在の「い
じめ」論 は,児童 ・生徒の
乱
蝶 さえ も 「何で もい じめ」 と批判 しあ う過大な評価を生み出 してい る。 ち ょっとで も仲間 はずれにす ると,「
い じめ」 と批判 され,先生 には 「それが原因で 自殺 した ら責任を取れ るのか」 と怒鳴 られる。 ここで も,「い じめ」 を量的 に捉え過大 に 評価す ることの矛盾が影響 している。い じめとい う言葉 は,そのニュア ンスか らして,せいぜい 「弱 い ものを苦 しめる」程度 の ものである。 しか し, その程度 の言語媒介機能 に もかかわ らず,「い じめ」 い う言葉 は 今 日,子 どもたちのち ょっとした
乱
傑 だけでな く,暴力的な ものまで も表現 している。「い じめ」 の規定 は,森 田 らの 「い じめ とは,同一集団内の相互作用過程 において優位 に立っ一方が,意識的に, あるいは集合的に,他方 にたい して精神的 ・身体的苦痛をあた え ることであ る」 (森田洋司/清永賢二 『新訂版 い じめ』金子書房
1 9 9 4
年) が,基本的 な認識 にな っている。 この規定 に対 しては,「い じめ とは」 を 「学級 におけるい じめとは」に限定す る必要がある, さ らに,「同一集団内の相互作用過程」 を 「教師を含めた制度 と しての学級集団内の相互作用過程」 とすべ きであるなど,その条件や限定 に異論 を もって いるが, それ以上 に問題 を感 じるのは,加害者 と被害者の性格づ けである。
森 田 らの 「い じめ」規定では,加害者 は優位 に立っ一方であり,被害者 は精神的 ・肉体 的苦痛をあたえ られているもの (および感 じているもの)である。 優位 とは,強いものか ら弱いものへ という 「い じめ」の特徴をあ らわす ことを可能 に しているが,そのことによっ て,強いもの同士の対立,弱い ものによる強い ものへの攻撃 を排除す ることになる。 この よ うな 「い じめ」規定では,現在学級で起 きている子 どもたちの
乳
蝶 のすべてを把握す る ことがで きない。 また, ここが もっとも重要であるが,何故優位 に立っ ものは,弱いもの を 「い じめ」 るのか, その 「目的が明 らかではない」 ことである。 森 田 らの 「い じめ」規 定か らすれば, 目的は 「精神的 ・身体的苦痛をあたえること」 になるが, これは結果であ っ て 目的ではない。逆 にいえば,「精神的 ・身体的苦痛 をあたえ ること」 を 目的 と設定す ることで,乱蝶 もい じめ も攻撃 もすべてが 「い じめ」 と把握 され ることになるのである。
「い
じめ」 は,何 を目的 に行われ るのか。 それを問 うことによ って,「い じめ」 は質的 に把握 され,同時に,「
い じめ」 と攻撃性 ・攻撃 とを区別す ることが可能 になる。 ただ し, ここでの分析 は,「い じめ」一般ではな く学級 における 「い じめ」 に限定す る。学級 における 「い じめ」 は,「異人
」
を形成(
「異人化」 )
し 「形式的な排除」 によって,柳田 :子 どもの攻撃性 と他者認識 7
集団およびグループを形成 ・維持す るために行われ る, それが 目的である (小松和彦 「異 人論
」
『岩波講座現代社会学 :他者 ・関係 ・コ ミュニケー シ ョン』前掲書 な どを参照)。「異人」 とい う規定 は強す ぎ, それに代 わ る概念 を今後検討 しなければな らないだろ うが, 学級 における 「異人」 は弱 い ものが選 ばれ る傾向があ る (それだけで はな く,帰国子女, 転校生 な ど も対象 にな りやす い)0 「形式的 な排除」 とは,「実質的な排除」 を志 向 しない ことを意味 し, そのため 「い じめ」 は 「精神的 ・身体的苦痛 を与え る」 レベルに抑制 され るのであ る。 なぜな ら,実質的 に排除 して しまえば, その集団が不安定 にな るか らなので ある。
学級集団 は,偶然 に集 め られた集団であ り,役割構造 を持 たない同一年齢集団であ る。
しか も, さまざまな差異 (男女差,能力差 など) のなかで,学力競争 と能力競争 にさ らさ れ るきわめて不安定 な集団で あ る。 その集 団 を, もっとも安易 に 「安定」 させ る手段 が
「い じめ」であ り,「異人」 をっ くることなのであ る。
「い じめ」 が,集団 および グループの形成 ・維持 を 目的 にす るとすれば,攻撃性 ・攻撃 は,何 を 目的にす るのだろうか。 それは
,
「乱
蝶 の暴力的な解決」,
「支配服従関係の形成」,「実質的 な排除」 だ と思われ る。
攻撃性 ・攻撃 は,道具的攻撃 と反応的攻撃 にわ け られ る。 道具的攻撃 とは, 目的を達成 す るために何 らかの攻撃行動 を道具 と して使用す る場合,反応的攻撃 とは,攻撃誘発刺激 に対 して怒 り感情 を ともな って何 らかの攻撃行動 を示す場合であ る (前掲書 『攻撃性 の行 動科学
』P1 9 )
。 これ らを 目的 との関係で整理す るな ら,道具的攻撃 は, 「乳
蝶 の暴力的 な 解決」 と 「支配服従関係 の形成」,怒 りや敵意 を ともな う反応的攻撃 は,他者 の実質 的 な 排除を 目的 に しているのである。「い じめ」 と攻撃性 ・攻撃 との区別を していると, その中間 に 「ムカック」 とい う現象 があ り, その意味 と機能 についてまず検討 してお く必要 があ る。
2.
「ムカック」 とは,中間性 と二重価値 をもつメ ッセー ジである「ムカ ック」 は,「い じめ」 と攻撃性 ・攻撃 の中間 に位置 し, また,攻撃性 と自己主張 と い う二重 の価値 を もっ, きわめてあいまいで不安定 なメ ッセー ジであ る。
「ムカック」 とは,現象的には,
「
い じめ」 と攻撃性 ・攻撃 の中間に位置す る。 中間 とは,「ムカック」 が, 自己の嫌悪感 を表明 して いるだ けで,他者 を
「 い
じめ」 ず,攻撃 しない に もかかわ らず,他者 にたい して非常 に強い批判力 と影響力を持 っていることを意味す る。また,言 った ことに責任を持っ必要がないためであるが (自分の感情だか らしかたがない), 手軽 に使用 され使用範囲が広 く,ぶつか り合 うことを避 けなが ら人間関係の
乱
蝶 を保存 し たまま,乱
蝶 を拡大す る機能 を もってい るのであ る。「ムカ ック」 は,他者 に対 して
○
○すべ き,○
○ しなさいで はな く (あなたメ ッセー ジ で はない), か とい って,嫌悪感 の表明 は, 自分 の感情 や考 えを根拠 を もって主張す る私メ ッセー ジで もない。 また,他者 の行動 や行為 を具体的 に批判す る (事項批判) もので は な く, その行動や行為を した ものの人格 を批判す るもので もないのである。 そ して, あな たメッセー ジで も私 メ ッセー ジで もな く,事項批判で もな く人格批判で もない 「ムカック」
は,他者 を負かす ことも他者 に負 けることも避 けることがで きるのである。こうして 「ムカ ック」 は,他者 との対立を拡大 しなが ら対立 を避 けるとい う矛盾 した集団構造 を醸成す る。
8 長崎大学教育学部紀要 一 教育科学 一 第70号
「い じめ」 と攻撃性 ・攻撃 の中間 にある 「ムカック」 は,二重価値 を もっ メ ッセー ジで ある。 この価値 の二重性が,一方で 「キ レる」行動 を生 み,他方 で, 自己主張を促進す る 可能性 を生み出す。 しか も, 自己主張 の要素 を もって いるため,「キ レる」 ことさえ正 当 化 され るのであ る。 「ムカック‑キ レる」 の否定的状況 は, 「ムカックは,『傷っ けてや り たい意識 とキ レることへの恐怖がぶつか り合 った結果生 み出 された』 もの」 (斉藤孝 『子 ど もたちはなぜ キ レるのか』 ち くま新書p46)などと分析 され, 「ムカック」 が過剰な攻 撃性 ・攻撃 の背景 にな って いること, 「ムカック」 ことで攻撃性 ・攻撃 を抑制 しているこ
とが指摘 されてい る。 しか し, 「ムカック」 ことの否定的 ・抑制的 な現象だ けではな く, 児童 ・生徒 はなぜ 「ムカック」 のか,何のためなのか、 その 目的を把握 しなければ,解決 策 を明確 にす ることはで きない。
児童 ・生徒が 「ムカック」 ことの 目的 とは何か。 それ は,対等 な人間関係 とそのための 新 しいメ ッセー ジを求める出口の見えない模索である。児童 ・生徒 は,教師の
Wi n‑Lo s e
・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジや
Wi n
・感情 (喜怒哀楽)・私 たちメ ッセ‑ジが, 彼 らの自己主張を抑制す るものであること,また,児童 ・生徒の間において もWi n‑Lo s e
・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッセー ジが,
乱
蝶 を拡大 し傷 っ けあ うだ けの ものであるこ とに気づ きは じめたのであ る。 もはや彼 らは,人格批判 など した くもない しされた くもな い, 自分 も負 けた くはないが相手 を負かす こともした くない,何 と言 って いいのか根拠 を 示せないが 自己主張 したい と思 ってい るのである。3.
攻撃性 ・攻撃の拡大 メカニズム (反応的攻撃の拡大)人間関係 とコ ミュニケー シ ョンの段階 は,
Wi n‑Lo s e
・人格評価 一人格批判 ・あなた メ ッセー ジ段階 にある。 そのため乳
蝶 や対立の大半 は, 同 じよ うな現象 に見え,違 いは深 刻 さや長期 にわた るなど量的 に把握 されが ちである。 しか し,多発す る子 ど もたちの事件 は,殺人や 自殺 とい う様相 を呈 してお り,乳
蝶 や対立 の域 を越 え始 めているのである。学級 内部 での
乱
蝶 や対立 も,大半が 「弱 い ものい じめ」 と くくられ,事件が発生 した と きにのみ 「キ レやす い子 ど も」が問題視 され るだけで,学級 とい う集団関係が攻撃性 ・攻 撃 を拡大 していると把握 され ることはない。「い じめ」,「ムカック」,攻撃性 ・攻撃 の関係を明確 にす ることが,彼 らの抱え る課題 を解決す るためにはどうして も必要 である。
学級 における 「い じめ」は
,
「異人」を形成 し 「形式的 な排除」 によ って,集団およびグ ル ープを形成 ・維持す るために行 われ る。 この方法 は,Wi n‑Lo s e
・人格批判 ・あなた メ ッセー ジによる。 そ して,「異人」 を 「異人」 に し,集団を集団 に し, グループをグルー プた らしめるために,道具的攻撃が結合す る。 道具的攻撃 とは, 目的を達成す るために何 らかの攻撃行動 を道具 と して使用す ることを指すが, このよ うな道具的攻撃 は 「い じめ」が問題 になる以前か ら存在す るものである。 「い じめ」 と結合 した道具的攻撃 は,「異人」
の特異性 を強調 し,かっ集団の同質性 と共感 を得 られ るよ うな言語的 ・身体的な ものにな る。
道具的攻撃 は,「い じめ」 と結合す るだ けでな く, それ 自体独 自の展開を している。 そ れ は,「
乱
蝶 や対立 の暴力的 な解決」
「支配従属関係 の形成 (優劣関係 の形成) 」
のための 手段 と して利用 され る。
「乱
蝶 や対立 の暴力的 な解決」 とは,児童 ・生徒 のけんか に見 ら れ るが,双方 がWi n‑Lo s e
(自分 が勝 って,相手 は負 ける) でぶつか り合 うため, その柳田 :子どもの攻撃性 と他者認識 9
解決 は暴力 に頼 らざるを得 な くなる場 合であ る。 また, 「支配従属関係の形成 (優劣関係 の形成)」とは,能力的 な差や違 い,経済的 な格差 を,優劣 と して さ らには支配従属関係 と して形成 し,かっ維持す るため行われ る言語的および身体的な暴力である。 重要 な こと は,
乱
蝶 や対立 の解決, 自己や集団の安定が道具的攻撃 によ ってなされ るとい うことであ る。 しか も,「大人社会」 は, このよ うな道具的攻撃 を,子 どもの けんか と して放置 し, 止 め るのは行 き過 ぎた場合だけとい う事実であ る。
「子 ど ものけんか に大人 は口を出すな」または
「
(大人 による) けんか両成敗」 とは,道具的攻撃の放置であ り,是認 であ る。「い じめ」 と道具的攻撃 を回避 す るために, 「ムカ ック」 は使用 され る。 しか し, 「ムカ ック」 とい うメ ッセー ジによる嫌悪感,快不快 の感情表現 は, それが解決 され ることのな い強 い感情表現 であ るが故 に, 「ムカック」 の蓄積 と して, または 「ムカ ック」 への反作 用 と して怒 りや敵意 とい う感情 を形成す るのである。 その結果,怒 りや敵意 を伴 う反応的 攻撃 が,突然 キ レるとい う事態 と して現 れ る。 「い じめ」,道具的攻撃, 「ムカック」 の相 互増幅が反応的攻撃 を拡大 し正 当化 して いると思 われ る。
反応的攻撃 とは,攻撃誘発刺激 に対 して怒 り感情 を ともな って何 らかの攻撃行動 を示す ことであ る。 そ して,反応的攻撃 は,怒 りが直接的 な攻撃 になる表 出性攻撃 と怒 りを直接 的 に表 に出 さず敵意 を蓄積す るよ うな不表 出性攻撃 に分 け られ る。実際 は,表 出性攻撃 ば か りが注 目され るが,不表 出性攻撃が表 出性攻撃 に変わ る,表出性攻撃が抑制 され不表 出 性攻撃 に変わ るな ど,反応的攻撃 は複雑 な様相 を呈す るものなのである (前掲書 『攻撃性 の行動科学
』
p2 1
を参照)。反応的攻撃の拡大 とい う新 たな事態 は,Win‑Lose・人格評価 一人格批判 ・あなたメ ッ セー ジ段階 とその崩壊過程 にお ける学級集団の矛盾 ・対立 のあ らわれであ るが, 同時 に, 児童 ・生徒 の性格,認知,行動か らの問題指摘 もある。それ らは,攻撃性 の強い子 どもは, 自尊感情 (セル フ ・エステ ィーム)が低下 して いる (性格面),原因帰属方法 に偏 りが あ る (認知面), ソー シャル ・スキルの未熟 さ (行動面)が顕著だ とい う指摘 であ る (荒木 紀幸 ・倉戸 ツギオ編 『健康 とス トレス ・マネ ジメ ン ト
』 p4 6
ナカニ シャ出版2 0 0 3
年)0第
3
章 自己中心的な 自己認識 の形成 と攻撃性の四角形他者 にたいす る 「い じめ」, 「ムカック」,攻撃性 ・攻撃 (言語的 または身体的暴力,殺 人 など) は, どのよ うな他者認識 によ って可能 になるのか, また, 自己にたいす る自己否 定 (劣等感, 自己嫌悪, 自殺 など) は, どのよ うな自己認識 によ って可能 になるのか。 こ
こで, コ ミュニケー ション段階,攻撃性 ・攻撃 を基礎 に, 自己認識 一他者認識を考 え る。
自己 と他者 の関係 を,「自己の延長 と しての他者 一他者 の延長 と しての 自己
」
「自己の限 界 と しての他者 ‑自己の限界 と しての 自己」
「自己を拡大す る他者 一他者 を拡大す る自己」とい う
3
つの視点 によ って分析す る。 現状 において, と くに問題 とな るの は, 「自己の限 界 と しての他者 一自己の限界 と しての自己」であろ う。人間関係 に対立 を形成す る, また,結合や協 同を形成す る要素 を
4
つ に限定 して,攻撃 性 ・攻撃 を説明す る。それは,
「メ ッセー ジの主語形態」
「自尊感情」
「原因帰属様式」
「ソー形 といい,反対 に積極性 を拡大す るものを積極性 の四角形 と呼ぶ ことにす る。 この四角形 は,攻撃性 の高 い子 どもの特徴 と して指摘 されている,「自尊感情 の低下
」
「原因帰属方法10 長崎大学教育学部紀要 一 教育科学 一 第70号
の偏 り
」
「ソー シャル ・スキルの欠如」 とい う3
側面 に,「メ ッセー ジの主語形態」 とい う コ ミュニケー ションのあ り方 を結合 した ものである (3
側面 について は,前掲書 『健康 と ス トレス ・マネ ジメ ン ト』
p4 6
を参照)。「メ ッセー ジの主語形態」 を結合す ることで,「低下
」
「偏 り」
「欠如」 とい う量的な分析を,質的な機能分析 に変え ることが可能 になる。1. 自己中心的な自己認識の形成
1) 自己の延長 と しての他者 一他者の延長 と しての自己
「自己の延長 としての他者 一他者 の延長 と しての自己」 とは, 自己認識 も他者認識 も末 形成 な ことを意味 し, さ らに言えば,同調や同質を求め,違 いを意識す るよ うな自己認識 や他者認識を拒否 しているとも言える。
我 々が人間関係 において重視 して きた ものは,
A
「(他人への)思 いや り, や さ しさ, 感謝」,B
「自分が されて嫌 な ことを他 の人 にす るな」
「自分が して欲 しいと思 うことを他 の人 に もしなさい」
「相手 の身 にな って考 え る」,C
「みんなで渡れば怖 くない」
「仲間」「同級生」,D「先輩 ・後輩
」
「同郷」,E「上下関係 とらしさ (父,母,男,女,大人,千 どもなど) (先生,校長,教授,社長 など)」など, 自己 と他者 の同一視,集団行動善悪基 準 (みんながす ることは善, しない ことは悪), そ して上下関係 と役割 による人間関係の 形成である。自己 と他者 の同一視, それ と上下 ・役割関係の形成 は矛盾す るが, そのあ り方 は,大人 と子 どもの上下 ・役割関係の形成 と子 ども世界における自己と他者 の同一視 とい う階層的 な関係 を形成す ることで解決 され維持 されて きた ものである。 しか し,上下 ・役割関係 は 急速 に崩壊 し始 めてお り, それに支え られていた自己と他者の同一視,集団行動善悪基準
は不安定化 し歪んだ ものにな らざるを得ないのである。
「自分がされて嫌 なことを他の人 にす るな
」
「自分が して欲 しいと思 うことを他の人に も しなさい」
「相手の身 にな って考え る」 とは, どのよ うな自己 と他者 を形成 して きたのだ ろうか。 それは, 自己と異 なる存在 と して他者を見ることを拒否 し, また,違 いを理解す ることな しに形成 され る他者であ り自己である。 類推 し合 うこと,表現 し合 うこと,主張 し合 うことは必要がな く,それ らはかえ って関係 を不安定 な ものにす るものである。 形成 され るものは,差異を抑制 し同質であることに同調 し合 う自己と他者であ り, それは 「自 己一他者」関係 とは言えない ものであ る。
「自己の延長 と しての他者 一他者 の延長 として の自己」, それ は 「自己一他者」関係の未形成をよ しとす る関係である。この 「自己の延長 と しての他者 一他者の延長 としての 自己」,すなわ ち 「自己一他者」
関係の未形成を支えていた ものは,
上
下 ・役割関係に基づいた第三者型 あなたメ ッセー ジ とそれへの集団的同調である。第三者型あなたメ ッセー ジとは,社会規範や社会的善悪, 思 いや り,や さ しさ,礼儀正 しさ,勤勉 さなどを強調す るものであるが, これはメ ッセー ジを発す る個人,たとえばある教師の価値観 というよりは社会的価値観 (第三者)を発 し ているのである。 この第三者型 あなた メ ッセー ジが不安定化す る時,「自己の延長 として の地者 ‑他者の延長 としての自己」 は,他者認識を もたない自己認識,すなわち自己中心 的な自己認識 を形成す ることになる。 自己中心的, 自己チューと呼ばれ る現象 は, 自己認 識や他者認識 を基盤 にす るものではな く,上下 ・役割関係や第三者型 あなたメ ッセージの 後退 によって形成 された座標軸 を持 たない不安定 な自己であ り,中心、しか もちえない自己柳田 :子どもの攻撃性 と他者認識 ll
なのである。 しか し,脆弱 とはいえ, 自己を持 ち始めた,持 たざるを得 な くな った自己で もある。
2)
自己の限界 と しての他者 一自己の限界 と しての自己「自己の限界 と しての他者一 自己の限界 と しての自己」 とは何か。 これ らを説明す る明 確 なメ ッセー ジを析出,提示す るには至 っていない 。 ここで 「自己の限界 としての他者」
と してイメー ジしているものは,怒 りや敵意 を伴 う反応性攻撃の契機であ り,小学校や中 学校で多発 している他者 に対す る傷害事件や殺人 にまで至 る事件であ る。 また,「自己の 限界 としての自己」 とは, 自殺 を含む自己否定感を指 している。 この 「限界」 とは, 自己 を抑圧 し疎外す るものを,排除す るか除去 しなければ自己の存在が脅か される関係である。
「限界」 は,二重 の媒介物 (他者認識 と多様 な諸能力形成) の欠如や後退, そ して,第 三者型あなたメ ッセー ジの後退 と私 メ ッセー ジの過少 によって形成 され,かつ,その 「限 界点」の レベルは低 いと思われ る。
二重の媒介物の欠如や後退,すなわち他者認識や多様 な諸能力形成の欠如や後退 によ っ て,他者認識 を媒介 しない自己中心的な自己認識,生活経験等多様 な諸能力形成を媒介 し ない自尊感情 の脆弱 な自己認識が生 まれ る。 自己中心的で 自尊感情 の脆弱 な自己は, 自己 中心的で自尊感情の脆弱な他者 と出会 い,そ して, 自己中心的で 自尊感情の脆弱な自己は, 自己中心的で 自尊感情 の脆弱 な自己とも出会 うのである。通常, 自己と他者 は, 自己主張 による交流 と対立 を重ねなが ら自己認識 と他者認識 を形成 してい くが, 自己を主張す るた めには,主張 を根拠づ ける経験や認識が必要 である。 また,他者 との対等 な関係 には, 自 分 は
○
○がで きるとい う自尊感情が不可欠 なのである (で きることの多様 さと豊か さが 自 尊感情 を向上 させ る)。 しか し, 自己主張を根拠づ けるよ うな経験や認識, 自尊感情 を向 上 させ るような経験や認識 は,欠如 し後退 し続 けているのである。 こうして, 自己中心的 で 自尊感情 の脆弱な自己は,根拠 のある自己主張を もてないまま,感情的な存在 となる。感情的な存在 としての自己は,快不快,好感 ・嫌悪感を主張す ることで 自己 と他者 の関 係 を形成 し, 自己と他者を認識す ることになる。 しか し, それ らは主観的な感情であ り, 感 じる根拠や正当性を説得的に説明す ることは難 しい。 この主観的な感情 に正当性を与え るのは,多数がそ う感 じているという状況の形成 と第三者型 あなたメ ッセージである。快 不快,好感 ・嫌悪感 と集団的多数が結合す ると,過剰 な共感 と過剰 な排除が形成 され,隻 団 と個人, 自己と他者の間に越 えがたい壁,限界が形成 されるのである。 また,快不快, 好感 ・嫌悪感 と第三者型あなたメ ッセー ジの結合 は,主観的な感情 と社会規範が結合 し, 共感 による限界の消去および対立 による限界の溝が形成 され るのである。
「自己の限界 と しての他者一 自己の限界 と しての 自己」 との関係では,不快,嫌悪感 と 集団的多数の結合,不快,嫌悪感 と第三者型 あなたメッセージの結合が問題 となる。 それ は, この限界を越えるものが暴力的な攻撃 (他者への攻撃 または自己への攻撃) しか残 さ れていない状況 になるか らである。 しか も,社会規範 (こうあるべ き, こうあるべ きでな い)とい う第三者型 あなたメ ッセー ジとの結合 は,他者への攻撃だけでな く自己への攻撃
も正当化す る可能性があるのである。
2.
攻撃性の四角形四角形を構成す る要素 は,「メ ッセー ジの主語形態
」
「自尊感情」
「原因帰属様式」
「ソー12 長崎大学教育学部紀要 一 教育科学 一 第70号
シャル ・スキル」である。 これ らが相互関係 と して攻撃性を拡大す る場合,攻撃性 の四角 形 といい, また,積極性を拡大す る場合は,積極性 の四角形 とい うことにす る。 攻撃性 ・ 攻撃 は,道具的攻撃 と反応的攻撃 に分 け られ るが,攻撃性 の四角形 は,怒 りや敵意 を伴 う 反応的攻撃の特徴である。学校や学級の全体的な傾向を,反応的攻撃の拡大 と考えている が,それが攻撃性の四角形 とい う構造的な ものだ とす るな らば, この構造の質的な転換が なされなければ諸問題 は解決 しない (教師,児童 ・生徒いずれの課題で もある)0
攻撃性 の四角形 における 「メ ッセー ジの主語形態」 は,「あなた」である。 日常生活 に おけるメ ッセー ジの大半 は,「あなた」 を主語 に行われ, あなたは
○
○すべ き, あなたは 間違 っているなどであ り,私 はこう思 うとい う 「私」 を主語 に語 ることはほとん ど無 い。このあなたを主語 にす るメ ッセー ジが,他 の
3
要因 と連関 し反応的攻撃 (表出性攻撃 と不 表出性攻撃) を促進 ・拡大す る。児童 ・生徒 は,教師,親,同級生 などか ら, あなたは
○
○すべ き,あなたは間違 ってい ると言われ続 けている。 しか し対極では, 自己中心的,感情的,脆弱 と言われなが らも自 尊感情 が確実 に向上 しているのである。 そのため,「あなたメ ッセー ジ」 と向上 した自尊 感情 は, とくに感情的な対立関係 を拡大 しやす くな っている。 教師が叱 る,「こんな問題 もわか らないのか」。児童 ・生徒 は心の中で反論す る。
「わか らない ものは しょうがない」「何怒 ってんだか,意味不明
」
「教え方が悪 いん じゃ」
「そ こまで言わな くて も」
「俺 の勝手 じゃ」。児童 ・生徒同士が対立す る。「頑悪 (あたまわ る) 」
「キモイ」
「ムカック」
「お前 に 言われた くない」
「い じめだ」 など,感情的対立 は 「あなたメ ッセー ジ」 と自尊感情 の対 立である。「あなたメ ッセー ジ」 と自尊感情 との対立 は,「原因帰属様式」のあ り方 に媒介 されなが ら,対立の原因を特定す ることになる
。
「原因帰属様式」 とは,「何が問題か」
「誰 が問題 を所有 しているか」の組み合わせ様式 と考えているが,「人格問題 なのか事項問題 なのか」「問題 を所有 しているのは, 自己なのか他者 なのか」 を基本原理 に している。 この組み合 わせか ら見 る問題 の 「原因帰属様式」 は,「他者 の人格問題
」
「自己の人格問題」
「他者 の 事項問題」
「自己の事項問題」 となるが,現状 は,人格問題 とす ることが多 く,事項問題 と考 え ることはきわめて少ない。例えば,掃除を しないA
君 は, さぼ る子,迷惑 な子で あ り,掃除の単調 さ,達成感のなさ,意欲 の持てなさなどは問題 にな らないのである。「他者 の人格問題
」
「自己の人格問題」が,「あなたメ ッセー ジ」 と自尊感情 の対立 にお ける原因 として特定 され る。 しか も, その多 くは 「他者 の人格問題」であ り,「原因 とし ての他者の人格問題」 と命名で きるほど,一般的な傾向である。 諸問題や乳
蝶が起 きると, その原因を 「他者の人格問題」 に帰属 させ,批判す ることになる。 教師の立場か ら見 ると, 勉強がで きない子 は,努力 しない子,不真面 目な子,落 ち着 きがない子であ り, い じめ っ 子 は,暴力的な子,我慢が足 りない子,問題がある子 などとな り,多 くの諸問題 の原因 は 児童 ・生徒の人格 のあ り方 に問題があるとされ る。 そ して,児童 ・生徒 もまた 「原因 とし ての他者の人格問題」 に同一化 され,諸問題の原因 と して教師の人格,児童 ・生徒の人格 を問題視す ることになる。 す ぐ怒 る教師 (あなたメ ッセージでの児童 ・生徒への人格批判) に対 して は, 自分 の した行動 ・行為 (事項) とは関係 な くウザイ教師,小 うるさい教師 (教師の人格問題) となる。 また,算数がで きない子 を 「頑悪い」
「バカ」 と言 い,おとなしい子を 「暗 い
」
「根暗」,気 に入 らない子 を 「ムカック」 ということになる。柳田 :子 どもの攻撃性 と他者認識 13
こう して,「あなたメ ッセー ジ」 と自尊感情 の対立 の拡大 は
,
「他者 の人格問題」 を激化 させ ることになる。 そ して,諸問題 にたいす る解決方法 (ソー シャル ・スキル)が さ らに 問題 を激化 させ, ど う しよ うもない状況 の形成 および他者 の人格 にたいす る 「怒 り」 と「敵意」 を形成 す るので あ る。 ここで問題 とすべ きソー シャル ・スキル は,
Wi n‑Los e
(自分が勝 って,相手 は負 ける)である。ソー シャル ・スキル と しての
Wi n‑Los e
‑自分が勝 って相手 は負 けるは, 自分が勝 っ ために相手 の人格 を批判す る もの となる。 しか し,人格 を批判 された相手 も,Wi n‑Los e
で対抗 し,勝っためにさ らに激 しく相手 の人格 を批判す ることになる。 この人格批判 の対 抗 は, 問題が解決 しないばか りか,人格 を傷っ け られた とい うイ ライ ラ,怒 り,敵意 を, そ して さ らに,打撃的な言動 を受 けることによ って 自己否定感 を同時 に醸成す ることにな る。Wi n‑Los e
は,Wi n‑Lo s e
との対抗 だ けでな く,Los e‑Wi n
‑自分 は負 けて,相手 が勝つ を形成す る。 人格批判 によ って傷つ いた結果か, その回避か, いずれ にせ よ, 自尊 感情 の向上 とLos e‑Wi n
‑自分 は負 けて相手 が勝 っ ことの 日常化 は,耐 え難 い現実 となるので ある。
「自己の限界 と しての他者一 自己の限界 と しての 自己」 とは,集団 内部 の問題 が多発 L かつ 「未解決」 のまま蓄積 され ることによ って,諸問題 の原因を他者 の人格,存在 その も の, または, 自己の人格,存在 その もの と認識 し続 け,他者 の排除か 自己の消去 によ って しか解決で きない とい う思 い込みが形成 され ることを意味 している。 その原因 こそ攻撃性 の四角形 であ り,学級 における異体的な諸問題 の原因を人格問題 に帰属 させ ること, その 解決を
Wi n‑Los e
と人格批判 によ って行お うとす る こと, しか し, 自尊感情 の向上 によ って,人格的 な対立 による怒 りと敵意が醸成,増幅 され続 けることにあ る。
コ ミュニケー シ ョンの現段階 は,
Wi n‑I J OS e
・人格評価一人格批判 ・あなた メ ッセー ジを特徴 と して いるが, そ こに自尊感情 の向上が結合す ることで攻撃性 の四角形 は形成 さ れ る。 怒 りや敵意 を伴 う反応的攻撃 は, この四角形が相互増幅 した結果である。3.
積極性 の四角形 と 「自己を拡大する他者 一他者 を拡大する自己」積極性 の四角形 を構成す る要素 は攻撃性 の四角形 と同 じ,「メ ッセー ジの主語形態
」
「自 尊感情」
「原因帰属様式」
「ソー シャル ・スキル」 であ るが, その内容 はま った く異 なる。「メ ッセー ジの主語形態」 は 「私」 にな り,攻撃性 の四角形 の 「あなた」 とはま った く 違 うメ ッセー ジになる。
Youmus t
やWehav et o
で はな く,It hi nk
やIf e e l
などにな るので あ る。 例 えば,並 んで順番 を待 って い る列 に,A君 が順番 を無視 して割 り込 んだ としよ う。 あなたメ ッセー ジな ら,「ふざけるな,並べ」
「ズルす るな,一番後 ろに行 け」などにな るだ ろ う。 これ に対 して 「私 メ ッセー ジ」 は,「あなたがそ こに入 ると,並 んで る意味がな くな り,馬鹿馬鹿 しい
」
「あなたの ことを認 め ると,他 の人 も入 って来て,袷 食の準備 が混乱 しそ うで困 る」 な ど,A君 の人格批判 で はな く, どの よ うな影響 や問題 が起 こり,私 はどう感 じているかのメ ッセー ジとなるのであ る。「自尊感情」 は, 自己中心的,感情的,脆弱で,わが まま, 自分勝手,不安定 に思え る。
しか し,現状がそ うだ と して も, それ は人間関係 に
乱
蝶 や混乱 を もた らす もの と してで は な く, さ らに発展 させ るべ きもの と して重要 な位置 を与 え られ る。
「自尊感情」 を,人格 を規定 す る 「諸能力 の総体,諸人間関係 の総体, 目的意識 の総体」か ら見て,諸能力の総14 長崎大学教育学部紀要 一 教育科学 一 第70号
体 を基 礎 とす る もの と考 え るが, それ らの相 互関係 , 自尊意 識 と諸能 力 の総 体 の関係 こそ が重要 で あ る。 なぜ な ら, そ こに は対 抗 が,競争 に勝 っ ため の手段 と して の諸能 力形成 ‑ 他者 に勝 っ ことに よ る 自尊 意識 の向上 と, 自尊意 識 の向上 を 目的 とす る諸能 力 の向上 ‑請 能 力形 成 の豊 か さに よ る自尊意 識 の向上 とい う対 抗 が あ るか らで あ る。 受験 の ため に知識 を詰 め込 み, 合格 す る ことで 自尊 意 識 を向上 させ る こと と, よ くわか り,利 用可能 な レベ ルで学 び, かつ多様 な遊 びや生 活能 力 を形成 す る ことに よ って得 られ る自尊 感情 の向上 と は, そ の内容 に相 当 な違 いが あ る。 激 しくな る競争 , 本 質 的 に は敵対 的競争 は,諸 能 力形 成 を競 争 の手段 にす る ことで, 自尊 感情 を向上 させ なが らも歪 ん だ もの に して い るので あ
る。
「原 因帰 属 様 式 」 は, 「何 が問題 か
」
「誰 が問題 を所 有 して い るか」, す なわ ち, 「人格 問 題 なのか事項 問題 なのか」, 「問題 を所有 して い るの は, 自己 なのか他者 なのか」
で あ るが, 積極性 の四角形 は, それ を人格 問題 で はな く事 項 問題 と して, 「他者 の事項 問題」
「自己の 事 項 問題 」 に原 因 を見 る。 例 え ば, 運 動 会 の学 級 対 抗 リレーで,Aさん が バ トンを落 と したため負 けて しま った。 練習 の時 は いっ も1位 だ った こ と もあ り,B君 は 「負 けたの は お前 のせ いだ」 とAさん を責 め,Aさん は泣 き出 して しま った。B君 はAさん の人格 を 批 判 して い るが, そん なB君 に 「お前 の よ うな人 間 が い るか ら負 けたん だ,Bさん と ク ラスのみ ん な に謝 れ」 と,B
君 の人 格 を批判 す る こと もで きる。 この事 例 を, 「他者 の事 項 問題」
「自己の事項 問題 」 に転換 す る と, (先生 )「
B君 , そ うい う言 い方 をす る とA
さ ん は ど う して い いか わ か らな くな る」,「 B
君 , そ うい う言 い方 をす る と, みん なの頑張 り が ムチ ャクチ ャにな る。 先生 は残念 だ」, 「先生 は, カバ ー とい うことを もっ とみん なに教 え るべ きだ った, 申 し訳 な い。 ただ, バ トンを拾 った後 のAさん の一生 懸 命 さ, その後 のC
君 ,D
さん の必 死 さを思 い出 して欲 しい」「 B
君 , 失 敗 よ りも, そ の後 の カバ ー も見 て欲 しい」 な どにな るだ ろ うか。 問題 を人格 で はな く事 項 で考 え る と, さま ざ まな課題 に 気 づ くことが で きる。 その結果, 来年 は もっと練 習 しよ う, 滑 らないバ トンを買 って も ら お うな ど,新 しい可 能 性 が具体 的 に うまれ るので あ る。積極 性 の 四角形 で の 「ソー シャル ・スキル」 は,Win‑Winで あ る。Win‑Winとは, 自分 も勝 って相 手 も勝 っ ことで あ り, そのため に考 え,知 恵 を出す ことで あ る。 例 えば, A君 が学校 に扇子 を持 って きた,興 味 を惹 かれ たBさんが こっそ り借 りて遊 んだ際,破 っ て しま った。 扇 子 を破 られ たA君 は, 「弟 の なの に, ど う して くれ るん だ」 と怒 った。 さ て,Win‑Loseな らば,A君 はBさん に 「謝 れ, 弁 償 しろ」 と言 い,Bさん は 「学校 に 持 って きた ほ うが悪 い」 と対立 す る ことにな る。 また, 教 師 が介 入す ると,持 って きたA 君 も, 黙 って 使 って 破 ったBさん も悪 い, 教 師 が 勝 って (Win), 児 童 2人 が 負 け る (Lose)にな る ことが 多い 。 しか し, これをWin‑Winにす る ことは可能 で あ る。
Win‑Winな ら (前 提 と してWin‑Winで解 決 す る合 意 が必 要 ),A君 は
「 B
さん, なん とか 弟 が許 して くれ る方 法一 緒 に考 えて」,B
さん は 「そ うだ,折 り紙 で小 さな花 び らと雪 の結 晶 を作 って, 扇 子 を張 り合 わせ よ う」「
C さん が, 得意 だか ら教 えて も らお う。 A君 も手 伝 って よ」 な ど, トラブル を新 しい関 係 づ く りに転 換 す る こ とさえ可 能 にな る ので あ る。積 極 性 の 四角形 に よ って は じめて, 「自己 を拡 大 す る他者 一他者 を拡 大 す る 自己」 とい う新 しい関係 を模 索 で きる
。
「私 メ ッセ ー ジ」 は, 私 は こ う思 う, その理 由 は○
○ だか ら,柳田 :子 どもの攻撃性 と他者認識 15
あなたはど う思 うとな り, それ に対 して,私 はそ う思わない, その理 由は△△ だか らと,
「私 とあなた (Ⅰと
You) 」
の対話 が,理 由 と理 由の交流 とい う対話 が成立す るのであ る。 そ して 「自尊感情」 は, その内容 である 「私」 を問われ ることにな る。
「私」 の 自尊感情 の基盤 は,諸能力の総体であ るが,学習, スポーツ,遊 び,文化,生活諸能力が脆弱 なま まで は, 「私」 を主張す ること,表現す ること,他者 と交流 し新 しい ものを形成す ること はで きない。例えば, 自尊感情や 「私 メ ッセー ジ」の基盤 と して学力を考えると,3×2 ‑
6
とい う計算がで き試験 に合格す るだけでな く,か け算 の意味 (1
あた り量 ×い くつ分 ‑ 全体量)がわか り,応用す る力 (時間 と空間の存在様式 の理解 など) などが必要 にな るの であ る。 また, わか らなければ, 「わか らない」 と根拠 を持 って主張す る必要 も生 まれて くるのである。
「で きる ・で きない」 の比較で はな く,「で きる ・で きない」 の多様 な可能 性 の追求 と交流が, 自己 と他者 の自尊意識 を形成す る。問題 の帰属様式 である 「事項批判」は,他者 の人格批判で はな く,他者 の行為 ・行動 による具体的かっ明確 な影響 を 「私 メ ッ セー ジ」で 「批判」す るものであ るが, このよ うな 「事項批判」 によ ってのみ, 自己 と他 者 は結合で きる。 長縄 でいっ も引 っかか るAさん に, 「あ〜 あ, またか よ」 「いいか げん に しろよ」 「いなけ りゃいいの に」 と言 えば対立 になるが,
「 A
さん,足が あが って ない よ」
「リズムが悪 い」
「体 に力が入 りす ぎている」 と言えば, 自己 と他者 は一緒 に考え練習 しあ う関係 になれ るのである。
「ソー シャル ・スキル」 は,Wi n‑Wi n
を提起 しているが, この関係 を枠組 み とす るソー シャル ・スキルは,o ut s i dei n
で はな くi ns i deout
, 反応 で はな く選択,言葉 による自己達成予言,関心 の輪ではな く影響 の輪, 自己 リーダー シッ プ,自己管理 (重要事項を優先す る),信頼残高,感情移入の コ ミュニケーション (ステ ィー ブ ン・R
・コヴィー『7
つの習慣』 キ ング ・ベアー出版1 9 9 6
年) な ど多様 であ る。Wi n‑
Wi n
とは,多様 な ソー シャル ・スキルによ って,「自己を拡大す る他者 一他者 を拡大 す る 自己」 を実際的 に進展 させ るものである。まとめ
私 たちの攻撃性 の研究 は,児童 ・生徒 の 「荒れ」 や 「事件」 の激 しさの原因 と構造 を探 り, それだ けで はな く,改善 プ ログラムの作成 までを考 え るものであ る。
攻撃性 を位置づ けることで,「荒れ」 や 「事件」,「い じめ
」
「ムカック」 などを分析す る 足がか りがで きるよ うに思 って いる。 これまで言われて きた 「い じめ」 を 「異人」論 的 に 検討 し,「ムカック」 を抑制 された私 メ ッセー ジと積極面 を含 め規定 した。 この結果,攻 撃性 の四角形 とい う,攻撃性 を拡大す る状況,仕組みが あ り, 「自己一他者」 関係, 自己 認識や他者認識, さ らには個人の感情 まで も含 めた日常が見えて きた と思 われ る。本論 で は,最初 に コ ミュニケー シ ョンの段 階 を特徴づ け,
Wi n‑Los e
・人格評価一 人 格批判 ・あなたメ ッセー ジ段階 と した。Wi n‑Lo s e
とい う考えは,前掲 した『 7
つの習慣』, あなたメ ッセー ジや私 メ ッセー ジは, トマス ・ゴー ドン 『教 師学』 (小学館1 9 8 5
年) を参 考 に している。 それ らを分析手段 に,実際の学級 コ ミュニケー シ ョンを検討 して きた結果 が,Wi n‑Los e
・人格評価一人格批判 ・あなたメ ッセー ジ段階 とい う規定である。攻撃性 の四角形 は,積極性 の四角形へ転換す る必要があ る。単 なる批判や抑制 を拡 大す るので はな く,積極性へ と転化す ることが可能 となるプ ログラム,適 正化 プ ログラムを作 成 し,教育実践へ提案で きるよ う研究 を継続す るつ もりであ る。