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『今昔物語集』天狗説話の仏教性 : 巻二十第十一 「竜王為天狗被取語」考

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『今昔物語集』天狗説話の仏教性 : 巻二十第十一

「竜王為天狗被取語」考

著者 嶋中 佳輝

雑誌名 同志社国文学

号 89

ページ 1‑13

発行年 2018‑12‑20

権利 同志社大学国文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000478

(2)

﹃ 今 昔 物 語 集

﹄ 天 狗 説 話 の 仏 教 性

巻 ︱

二 十 第 十 一 ﹁ 竜 王 為 天 狗 被 取 語

﹂ 考

嶋 中 佳 輝

はじ めに

﹃今 昔物 語集

﹄は 平安 時代 の院 政期 に成 立し た仏 教説 話集 であ る︒

﹃今 昔﹄ には 編纂 意図 を著 す序 文や 跋文 が存 在し ない ため

︑編 者に よる 編纂 の意 図と 目的 は直 接的 には 示さ れて いな い︒ しか しな がら

﹃今 昔﹄ は構 成や 表現 の観 点か ら︑ 雑纂 では なく 緊密 な編 纂意 識の 存在 が想 定で きる

︒ さて

︑﹃ 今昔

﹄に は﹁ 天狗 説話

﹂と 言わ れる 説話 群が 存在 する

︒ 天狗 が出 現す る説 話が 説話 群の まと まり を持 つ一 部分 に集 中し て存 在す る説 話集 は﹃ 今昔

﹄の みで あり

︑﹁ 天狗 説話

﹂の 存在 は﹃ 今昔

﹄ が仏 教説 話集 とし て成 り立 つ上 で編 纂意 図や 説話 集と して の性 格の 解明 に大 きな 示唆 を与 えて いる

︒こ の﹁ 天狗 説話

﹂が

﹃今 昔﹄ 本朝 仏法 部で ある 巻二 十に 存在 する こと につ いて は︑ 森正 人氏 に明 瞭か

つ詳 細な 考察 があ る︒ 本朝 篇仏 法部 が︑ 日本 の仏 教に 関す る一 切の 事象 を体 系的 に 記述 しよ うと した ので あれ ば︑ ここ に︑ 反仏 法的 存在 をも 仏法 の秩 序の うち に組 みこ み︑ 仏法 の論 理に よっ て統 御し よう とす る関 係が 見出 され ない であ ろう か︒ 天狗 は反 仏法 的存 在に は違 いな いが

︑仏 法の 体系 の外 にあ るの では ない

︒周 縁の 存在 であ り異 端で ある こと にお いて

︑仏 や法 や僧 の中 心性 や正 統性 を支 えて いる ので ある

︒天 狗説 話群 が仏 法部 の組 織上 に与 えら れた 位置 は︑ 天狗 の周 縁的 異端 的性 格と まさ しく 対応 して いる

︒こ うし て反 仏法 的存 在を 仏法 の論 理を もっ て統 御す る営 為を 通し て︑ 逆に 仏法 の正 統性 が確 認さ れて いく であ ろう

︒ 本論 はこ の理 解に 従い

︑ま ず﹁ 天狗 説話

﹂を 反仏 法的 存在 の説 話 であ ると 定義 づけ たい

︒た だし

︑そ うで ある なら ばど のよ うに

﹁天

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(3)

狗説 話﹂ が反 仏法 的存 在で ある 天狗 を語 る説 話群 であ り︑ 仏法 部に 位置 づけ られ る仏 教説 話と して 成り 立っ てい るの かが 問題 であ ると 言え る︒ この 問題 を調 べる ため に本 論で は︑ 天狗 説話 の一 つで ある 巻二 十第 十一

﹁竜 王為 天狗 被取 語

﹂を 取り 上げ る︒ 巻二 十第 十一 は 次の よう な説 話で ある

︒ 昔︑ 讃岐 国に 弘法 大師 がそ の国 の民 のた めに 築い た︑ 万能 池 とい う池 があ った

︒こ の池 は広 大で 竜の 住処 とも なっ てい た︒ ある とき その 池の 竜が 日光 浴の ため に﹁ 小蛇

﹂の 姿で 池か ら出 ると

︑近 江国 比良 山の 天狗 が変 じた

﹁鵄

﹂に さら われ てし まっ た︒ 竜は 強い とは いえ

︑思 いが けな いこ とに 何も でき ず︑ 天狗 に食 べら れる こと は免 れた もの の比 良山 の洞 窟に 幽閉 され

︑水 がな いの で飛 ぶこ とが でき ず︑ 死を 待つ ばか りの 状態 で四

︑五 日が たっ た︒ この 間︑ 天狗 は比 叡山 の僧 をさ らお うと 思い

︑北 谷で 水瓶 を 持っ てい た僧 をま んま とさ らっ て︑ 竜と 同じ く洞 窟に 閉じ 込め た︒ 竜が 一滴 でも 水が あれ ば力 を発 揮で きる と訴 える と︑ 僧は 持っ てい た水 瓶に 残る 一滴 の水 を与 えた

︒竜 は力 を取 り戻 し

﹁小 童ノ 形﹂ とな って 僧を 背負 い比 叡山 まで 届け た︒ 坊の 人々 は僧 の話 を聞 き驚 いた

︒そ の後

︑竜 は京 で﹁ 荒法 師﹂ の姿 にな って いた 天狗 を見 つけ 出し

︑蹴 り殺 した

︒天 狗は 翼の 折れ た

﹁屎 鵄﹂ とな り踏 まれ た︒ 竜が 僧の 徳に より 命を 長ら え︑ 僧は 竜の 力で 山に 帰っ た︒

﹁前 生ノ 機縁

﹂と 言う べき であ ろう

︒ この 話は さら われ た僧 が語 った こと を語 り継 いで 伝え たも の であ る︒ さて

︑本 話は 諸注 釈書 によ って 出典 未詳 とさ れ︑ 同話

・類 話の 類 とし ても 後代 の室 町時 代に 成立 の﹃ 秋夜 長物 語﹄ が指 摘さ れる に留 まる

︒た だ︑

﹃秋 夜長 物語

﹄は 稚児 物語 であ り︑ 本話 との 類似 性は

﹁天 狗が 僧を さら い幽 閉す る﹂ とい った 話柄 の共 通性 にす ぎな い︒ つま り︑ 諸注 釈書 にお いて 類話 と指 摘さ れる

﹃秋 夜長 物語

﹄と の比 較に よっ て本 話を 仏教 説話 とし て分 析で きる かど うか は甚 だ疑 問で ある そ ︒ のよ うに 考え ると

︑こ の説 話は

﹁天 狗説 話﹂ の中 で独 自に 生み 出さ れた 説話 であ るの みな らず

︑さ らに

﹃今 昔﹄ 全体 にお いて も独 自の 説話 では ない だろ うか

︒な ぜな らば

︑僧 が登 場す るも のの 天狗 を倒 す主 体は 竜と いう

︑僧 とは 別の 存在 だか らで ある

︒他 の天 狗説 話で は仏 法が 天狗 を撃 退す る構 成を とる のが 一般 的で あう のに 対し て︑ 本話 はそ のよ うな 枠組 みか ら外 れて いる よう に見 える から であ る︒ すな わち

︑本 話を

﹃今 昔﹄ がど のよ うに 取り 入れ てい るの かを 探る こと は︑

﹃今 昔﹄ の編 纂意 図に かか わる 重大 な問 題で ある と考

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(4)

えら れる

︒ 第一 章 本話 の天 狗説 話の 中の 位置

﹃今 昔﹄ の構 成論 とし ては

︑国 東文 麿氏 によ って 指摘 され た﹁ 二 話一 類様 式﹂ が著 名で ある

︒ 本集 の中 で︑ 相並 んで 存在 する 二説 話の 間に は︑ その 他の 説 話に 比し て一 段と 濃い 類似 的近 縁的 性格 が見 出さ れる が︑ それ は︑ この 二話 のお のお のの 説話 中の 事件 とか

︑人 物・ 事物

・場 所な どが 非常 に似 通っ てい るか らで あっ て︑ 逆に いえ ば︑ その 二説 話は これ らを 連想 契機 とし て︑ 一括 して 置か れた もの とい いう る︒ そし て巻 初よ り順 次に 二話 ずつ が︑ ある 特定 の類 聚意 識︵ 後述

︶に よっ て集 めら れた 説話 群の 中で

︑こ のよ うに 配列 され てい るの であ るが

︑ま たそ の一 括さ れた 二話 と次 の二 話の 間に も︑ 何ら かの 連想 契機 がは たら いて いる

︒し かも それ は︑ 二話 を一 括し てい る契 機に 比し て連 想性 が稀 薄で あり 部分 的形 式的 であ る︒ だか ら︑ 全話 が同 じよ うな 連想 的転 回を して いる とは 見ら れず

︑強 い連 想契 機に よっ て二 話が 緊密 に一 括さ れ︑ それ がさ らに 些少 の契 機を 求め て次 の二 話に 結び つい てゆ く︑ つま り二 話ず つが 連鎖 的に 展開 して いる ので ある

︒こ の二 話一 類様 式が 本集 説話 展開 に全 面的 に指 摘し うる 典型 的様 式で ある

国東 氏は さら に天 狗説 話に 対し ても 二話 一類 を指 摘し てい る︒ そ の見 解に よっ て国 東氏 の考 察か ら天 狗説 話に 関わ る部 分を 抽出 する と︑ 本話 の二 話一 類を なす

﹁連 想契 機﹂ は次 のよ うに なる

︒ 11 天狗

︑僧 をさ らい

︑比 良山 に飛 び行 き洞 窟に とじ こめ るが

︑ 僧は 竜に 助け られ て自 坊に 帰る

︒ 12 天狗

︑僧 をだ まし

︑弥 陀の 迎え と思 わせ て連 れて 飛び 去り

︑ 山中 の木 の上 に縛 りつ ける が︑ 僧た ちに 助け られ て自 坊に 帰 る︒ これ によ れば

︑国 東氏 は両 説話 の共 通点 を﹁ 天狗 が僧 を誘 拐し て 拘束 する が︑ 助け られ る﹂ と見 てい るこ とが 推測 され る︒ とこ ろで 私見 によ れば

︑本 話を 構成 する 事項 を抽 出す ると

﹁万 能ノ 池﹂ の竜 が︑ 小蛇 と化 して いる とこ ろを 鵄と 化し た比 良山 の天 狗に 浚わ れる

︒ 比良 山の 天狗 が︑ 水が めを 持っ てい た比 叡山 の僧 を浚 う︒ 僧は

︑幽 閉さ れた 洞窟 に竜 に見 つけ

︑水 を与 える

︒ 竜は 力を 取り 戻し

︑﹁ 小童

﹂に 変じ て僧 を背 負っ て脱 出し 比叡 山に 送り 届け る︒ 竜は

︑京 で﹁ 荒法 師﹂ とな って いた 天狗 を蹴 り殺 し︑ 天狗 は屎 鵄と なっ てし まう

︒ であ る︒ ここ で国 東氏 の﹁ 二話 一類 様式

﹂の 理解 に従 って

︑本 話の

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(5)

次に 位置 する 巻二 十第 十二

﹁伊 吹山 三修 禅師 得天 宮迎 語

﹂を 参照 す るこ とに する

︒こ の説 話を 構成 する 事項 を抽 出す ると

︑ 伊吹 山に 三修 とい う念 仏者 がお り︑ 阿弥 陀仏 来迎 の予 告を 受け た︒ 指定 され た日 時に 阿弥 陀来 迎が あり

︑聖 人を 迎え て去 って 行っ た︒ その 後下 僧が 奥の 山に 入る と木 の上 に縛 り付 けら れて いる 聖人 を発 見し 連れ 帰っ た︒ 聖人 は発 狂し てお り数 日後 に亡 くな った

﹁智 恵﹂ がな いた めに こう して 天狗 に騙 され てし まう のだ

︒ であ る︒ こう して 見る と︑ 両話 の事 項か ら共 通す る話 型は 見出 しが たく 思え るが

︑天 狗の 行動 に着 目す れば

︑確 かに

﹁天 狗が 僧を さら い拘 束す る﹂ とい う点 は国 東氏 のい う重 要な

﹁連 想契 機﹂ であ ると 首肯 でき る︒ ただ し︑

﹁助 けら れる

﹂と いう 点に つい ては

︑巻 二十 第十 二で は 聖人 は死 に﹁ 智恵

﹂が ない こと が責 めら れて いる ため

︑肯 定的 な意 味を 与え るこ とは でき ない だろ う︒ 両話 を結 びつ ける 点は

︑天 狗が 僧を さら うと いう 反仏 教的 行動 にあ る︒ さら にこ の反 仏教 的行 動へ の対 処で 結末 に明 暗を 分け てい る︒ この よう な隣 り合 う二 話に 同じ 反仏 教的 行動 と異 なる 結末 を持 た

せる 傾向 は他 の天 狗説 話で も指 摘で きる

︒例 えば

︑ 第一

:仏 道を 妨害 する ため

︑日 本に 外国 の天 狗が 飛来 する

↓天 狗は 改心 し生 まれ 変わ って 僧と なる 第二

:仏 道を 妨害 する ため

︑日 本に 外国 の天 狗が 飛来 する

↓天 狗は 打倒 され

︑改 心し ない 第九

:天 狗の 外術 が人 を引 き付 ける

↓刀 で外 術を 打倒 する 第十

:天 狗の 外術 が人 を引 き付 ける

↓三 宝に 違え て外 術を 習得 する など であ る︒ そこ で改 めて

︑天 狗説 話群 につ いて 並び あう 二話 を意 識す るこ と で︑ 話中 の反 仏法 的行 動の 種類 に共 通性 が見 えて くる

︒ 第一

・第 二: 外国 の天 狗が 仏道 を妨 害し よう とす る 第三

・第 四: 天狗 が仏 道を 騙る 第五

・第 六: 女性 と化 した 天狗 が僧 を攻 撃す る 第七

・第 八:

︵第 八が 欠話 であ るた め不 明︶ 第九

・第 十: 天狗 の外 術が 行わ れる 第十 一・ 第十 二: 天狗 が僧 をさ らう この よう に天 狗説 話の 並び 合う 二話 は天 狗の 反仏 法的 行動 の種 類 によ って 括ら れて おり

︑さ らに その 反仏 法的 行動 への 対処 方法 の違 いに よっ て異 なる 説話 とし て成 立し てい る傾 向が ある こと が理 解さ

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(6)

れよ う︒ よっ て︑ 本話 は﹃ 今昔

﹄の 編纂 意図 とし て﹁ 天狗 が僧 をさ らう

﹂こ とを 取り 上げ つつ

︑天 狗に 打ち 勝つ 説話 とし て位 置付 けら れて いる と理 解で きる

︒ ただ し︑ 他の 天狗 説話 が天 狗を 打倒 する 方法 とし て主 に加 持祈 祷 を用 いて いる のに 対し て︑ 本話 の僧 は験 力を 発揮 する こと がな い︒ 天狗 は直 接的 には 竜に よっ て打 倒さ れ︑ それ は結 語に おい て﹁ 前生 ノ機 縁﹂ とし て総 括さ れる

︒す なわ ち竜 の性 格と

﹁機 縁﹂ が本 話を 天狗 説話 とし て規 定す る表 現で ある と考 えら れる

︒こ の問 題に つい ては

︑以 下の 章節 で考 察し てい きた い︒ 第二 章

﹃今 昔物 語集

﹄に おけ る竜 の性 格 第一 節

﹃今 昔物 語集

﹄の 竜説 話

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁竜

﹂と いう 語は 天竺 部に 十六 例︑ 震旦 部に 五 例︑ 本朝 仏法 部に 七例

︑本 朝世 俗部 に一 例の 用例 があ る︒ 天竺 部か ら順 に見 てい くこ とで

︑﹁ 竜﹂ の性 格を 把握 した い︒ 天竺 部で 竜が 現れ る説 話の 標題 と簡 単な 内容 を以 下に 記し た︒ 巻 一釈 迦如 来人 界生 給語 第二

:竜 王︑ 天竜 八部 が釈 迦の 誕生 を寿 いだ

︒ 巻 一天 魔擬 妨菩 薩成 道語 第六

:天 竜八 部が 釈迦 を讃 えた

︒ま た︑

﹁天 魔﹂ が仏 道成 就を 妨害 する のに

﹁怖 シキ 形﹂ とし て

﹁竜 頭﹂ を用 いた

︒ 巻 二仏 拝卒 堵波 給語 第四

:王 妃が

﹁竜 神﹂ に子 供が 出来 るこ とを 願っ た︒ 巻 二婆 羅奈 国大 臣願 子語 第二 十五

:王 が大 臣の 子を

﹁天 竜カ 鬼神 カ﹂ と尋 ねた

︒ 巻 三新 竜伏 本竜 語第 七: 山頂 の池 に住 む竜 が食 事を 受け るの に嫉 妬し た小 沙弥 は自 ら悪 竜と なっ て竜 を抹 殺し た︑ その た め天 候が 混乱 し︑ 大王 は仏 舎利 の力 で竜 を婆 羅門 に戻 した

︒ 巻 三瞿 婆羅 竜語 第八

:王 に叱 責さ れた 牛飼 は怨 みの 心を 起こ して 竜と 化し

︑常 に水 が絶 えな い洞 穴に 籠っ て︑ 国と 王を 滅 ぼそ うと 企ん だ︒ 釈迦 はこ の竜 を諭 して

︑護 法の 竜と なし た︒ 巻 三竜 子免 金翅 鳥難 第九

:竜 王は 海底 を住 処と し︑ 金翅 鳥を 天敵 とし てい た︒ 竜王 は仏 から もら った 袈裟 で我 が子 を隠 す こと で金 翅鳥 の難 を逃 れた

︒ 巻 三釈 種成 竜王 聟語 第十 一: 戦争 に敗 れ追 放さ れた 釈迦 一族 の一 人は ある 池に 住む 竜の 娘と 結婚 し︑ 竜王 の竜 宮で 暮ら し た︒ 釈迦 一族 の男 は後 に地 上に 戻り

︑竜 女を 后と した が︑ 竜 女の 蛇性 は絶 えな かっ た︒ 巻 三仏 入涅 槃給 語入 棺語 第三 十一

:天 竜八 部も 釈迦 の入 滅を 悲し んだ

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(7)

巻 三荼 毘仏 御身 語第 三十 四: 仏が 自分 で付 けた 荼毘 の炎 は竜 王の

﹁七 宝ノ 瓶﹂ の﹁ 無量 ノ香 水﹂ でも 消し 得な かっ た︒ 巻 四阿 育王 殺后 立八 万四 千塔 語第 三: 阿育 王は 竜宮 にあ る仏 舎利 を望 んで

︑鉄 網で 海底 の竜 を引 き上 げる こと で竜 王に 圧 力を かけ よう とし た︒ 竜王 は怖 れて 仏舎 利を 譲っ た︒ 巻 四天 竺人 於海 中値 悪竜 人依 比丘 教免 害語 第十 三: 暴風 を起 こし 商船 を沈 めよ うと した 竜は 逆に 舵取 りに 説得 され て天 上 世界 への 転生 を得 た︒ 巻 四天 竺国 王服 乳成 瞋擬 殺耆 婆語 第三 十一

:眠 り病 に苦 しむ 王は 母后 が大 蛇に 犯さ れた 夢を 見て 生ん だ﹁ 竜ノ 子﹂ であ っ た︒ 巻 五一 角仙 人被 負女 人従 山来 王城 語第 四: 雨に 怒っ た一 角仙 人は 雨を 降ら す竜 王を 水瓶 に閉 じ込 めて しま った

︒王 は五 百 人の 美女 で仙 人を 誘惑 して 験力 を失 わせ 竜を 解放 へと 導い た︒ 巻 五天 竺国 王美 菓人 与美 菓語 第十 六: 池の ほと りに あっ た美 果は 竜王 の食 物で あっ たが

︑竜 王は 仏法 を聞 くこ とを 条件 に 王へ の献 上を 承知 した

︒ 巻 五身 色九 色鹿 住山 出河 辺助 人語 第十 八: 川に 溺れ た男 は

﹁山 神・ 樹神

・諸 天・ 竜神

﹂に 助け を求 め︑ 鹿︵ 釈迦 の前 世︶ に助 けら れた

以上 の例 によ ると

︑天 竺部 の﹁ 竜﹂ は﹁ 諸天

﹂に 並び 称さ れる

﹁天 竜八 部﹂ であ るこ とが 中心 とな って いる こと がわ かる

︒こ の

﹁天 竜八 部﹂ のよ うに 仏教 の世 界観 の一 部と して 存在 する

﹁竜

﹂を

﹁本 来的 に仏 教世 界に 属す る竜

﹂と 呼び

︑こ れが

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁竜

﹂の 中心 に位 置す ると 見な した い︒ 一方 で﹁ 竜﹂ には 蛇身 とい う性 格が あり

︑こ れは 巻三 第七 や巻 三 第八

︑巻 三第 十一

︑巻 四第 十三 によ ると 仏教 にお いて 悪果 と見 なさ れて いる こと もわ かる

︒﹁ 本来 的に 仏教 世界 に属 する 竜﹂ であ るか を問 わず

︑竜 には 水や 嵐と 深く 関わ る性 質が ある

︒ 次に

︑震 旦部 に現 れる

﹁竜

﹂の 用例 と性 格は 次の 通り であ る︒ 巻 六玄 奘三 蔵天 竺伝 法帰 来語 第六

:玄 奘は 帰路 の信 度河

︵イ ンダ ス川

︶上 で船 が大 きく 傾き

︑竜 王が 変じ た翁 が現 れて 戒 日王 から 賜っ た不 思議 な鍋

︵中 に食 べ物 を入 れる と病 気に な らな い︶ を欲 した ため

︑鍋 を河 に投 げ入 れて 事な きを 得た

︒ 巻 十秦 始皇 在咸 陽宮 政世 語第 一: 始皇 帝の 馬は

﹁竜 ノ体

﹂で あっ た︒ 巻 十漢 高祖 未在 帝王 時語 第二

:漢 の高 祖の 父親 は竜 王で

︑高 祖が 始皇 帝に 殺さ れそ うに なっ た際

︑樹 上に 隠れ た高 祖を 守 護し た︒ 巻 十高 祖罰 項羽 始漢 代為 帝王 語第 三: 高祖 が白 い蛇 を殺 すと

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(8)

﹁赤 い竜 の子

︵高 祖︶ が白 い竜 の子

︵項 羽︶ を殺 した

﹂と 言 われ た︒ 巻 十於 海中 二竜 戦漁 師射 殺一 竜得 玉語 第三 十八

:海 中に 青竜 と赤 竜が 戦い

︑青 竜が 二度 敗れ たの を見 た猟 師は 矢で 赤竜 を 射て 青竜 の勝 利に 貢献 した

︒猟 師は 青竜 から 玉を もら い︑ そ の後 裕福 とな った

︒ 以上 の例 によ ると

︑震 旦部 の﹁ 竜﹂ は皇 帝の 象徴 とし ての 性格 が 強い

︒﹃ 今昔

﹄震 旦部 は︑ 震旦 にお ける

﹁本 来的 に仏 教世 界に 属す る竜

﹂の 存在 を描 いて いな いの であ る︒ 巻 十一 弘法 大師 渡宋 伝真 言教 帰来 語第 九: 唐の 都で 弘法 大師 はボ ロを 着た 童子 と水 の上 に文 字を 書き 合っ た︒ 童子 が

﹁龍

﹂の 右上 の点 を除 いて 書く と︑ その 文字 は水 の上 に流 れ ず残 り続 けた

︒右 上の 一点 を付 ける と文 字は 竜王 とな って 天 に昇 った

︒童 子は 文殊 の化 身で あっ た︒ 巻 十一 聖武 天皇 始造 元興 寺語 第十 五: 天竺 から 弥勒 像を 盗み 出し た新 羅の 宰相 は帰 路の 船中

︑暴 風雨 に会 い︑ 像の 眉間 の 珠を 海中 に投 げ入 れる と竜 王が 珠を 掴ん だ︒ 宰相 は珠 を取 り 戻す ため に金 剛般 若経 を書 写し

︑こ の功 徳で 竜を 蛇道 の苦 し みか ら救 い︑ 珠を 返し ても らっ たが

︑珠 の光 だけ は失 われ た まま であ った

巻 十三 竜聞 法花 読誦 依持 者語 降雨 死語 第三 十三

:龍 苑寺 の僧 の法 華経 の講 読を

︑人 の形 とな って 毎日 聞き に来 る竜 は旱 魃 を救 うた め自 分の 身を 犠牲 にし て雨 を降 らせ た︒ 僧は 竜を 丁 重に 供養 し︑ その 遺言 に沿 って 寺を 建立 した

︒ 巻 十四 弘法 大師 修請 雨経 法降 雨語 第四 十一

:弘 法大 師が 神泉 苑で 雨乞 いを 行っ てい ると

︑五 尺の 蛇が 現れ て池 に入 って い った

︒大 師は これ を天 竺阿 耨達 智池 の善 如竜 王で ある と言 っ た︒ やが て雨 雲が 現れ て︑ 雨が 降っ た︒ 巻 十六 仕観 音人 行竜 宮得 富語 第十 五: 観音 信仰 者の 侍は 捕え られ た小 蛇を 助け

︑池 のほ とり に放 して やっ た︒ する とそ の 岐路 にあ る娘 が現 れ︑ 池の 中の 竜宮 に侍 を導 いた

︒侍 は娘 の 父親 の竜 王か らも てな しを 受け

︑使 って も減 らな い黄 金の 餅 を得 て家 に帰 り︑ 富裕 を得 た︒ 巻 十九 於鎮 西武 蔵寺 翁出 家語 第十 二: 道祖 神の 祠で

︑鬼 神た ちが

﹁明 日武 蔵国 で新 しい 仏が 生ま れる ので

︑梵 天︑ 帝釈 天︑ 四天 王︑ 竜神 八部 が集 って いる

﹂と 噂し た︒ 巻 二十 竜王 為天 狗被 取語 第十 一: 本話 本朝 仏法 部に おけ る﹁ 竜﹂ は雨 を降 らせ る神 格と して の性 格が 強 い︒ 巻十 九第 十二 では

﹁竜 神八 部﹂ の用 例が あり

︑巻 十一 第九 では 童子 が書 いた 文字 が竜 王と 化す が︑ この 説話 の舞 台は 震旦 であ り本

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(9)

朝に 生息 する

﹁竜

﹂に は﹁ 本来 的に 仏教 世界 に属 する 竜﹂ はい ない

︒ ただ し︑ 巻十 三第 三十 三や 巻十 四第 四十 一の よう に︑ 僧の 働き か けに 応じ て自 らの 力を 発揮 し︑ 恵み を与 えて いる こと は見 逃せ ない

︒ また

︑巻 十三 第三 十三 や巻 十六 第十 五の よう に人 間と 相対 する 際に 人間 の姿 を取 るこ とが ある のも 特徴 であ る︒ 本朝 仏法 部の 中で は仏 教世 界の 一部 をな す神 格と 言う より も仏 教と 共存 し︑ 協力 する 神格 とい う面 が強 い︒ 本朝 世俗 部に おけ る﹁ 竜﹂ の例 は一 話の みで 以下 の通 りで ある

︒ 巻 第二 十四 忠明 治値 竜者 語第 十一

:使 いに 出た 滝口 の侍 が重 病に かか った ため

︑医 師忠 明は 灰の 中に 埋め るよ う指 示し た︒ 蘇生 した 侍は 夕立 の中 で金 色の 手を 見た のち 前後 不覚 に陥 っ たと 語り

︑忠 明は それ を竜 の体 を見 たの だと 解し た︒ 本朝 世俗 部で のこ の用 例は

︑夕 立の 中の 黄金 の手 が竜 であ ると

︑ 話中 の﹁ 忠明

﹂が 解し てい るに すぎ ず︑ 竜そ のも のが 出現 して いる と見 なし 得な い︒ 夕立 とい う雨 から 竜が 想起 され てい るこ とは

︑こ れま での 竜の 性格 に通 じる が︑ 竜は 本朝 世俗 部に は出 現し ない 存在 と見 なし ても 良い よう に思 われ る︒ 以上

︑簡 単に 見て きた が︑ 天竺

・震 旦・ 本朝 それ ぞれ の部 立て に おい て﹁ 竜﹂ の性 格に は異 同と 変化 があ るこ とが わか った

︒天 竺に は﹁ 本来 的に 仏教 世界 に属 する 竜﹂

︑震 旦に は皇 帝の 象徴 とし ての

竜︑ 本朝 には 在地 神格 であ りな がら 仏教 に帰 依す る竜 が存 在し

︑そ れぞ れの 地域 によ って 有様 が異 なる

︒一 方で どの 竜も 水中 に生 息し

︑ 雨を 降ら せる 性質 を持 つの は共 通し てい る︒ 本話 の竜 も基 本的 には 本朝 仏法 部に おけ る竜 と共 通す る性 格を 持ち

︑仏 教に 恵み を与 える 在地 神格 とし て造 型さ れて いる

︒ 第二 節 本話 の竜 の特 徴に おけ る仏 教性 本話 に登 場す る竜 は︑ 竜と して は仏 教に 帰依 する 在地 神格 と言 え る︒ その 上で さら に本 話の 竜の 特徴 を次 に挙 げる と次 のよ うで ある

︒ 「 万能 ノ池

﹂を 住処 とし てい るこ と 小 蛇の 姿と なる こと 水 を能 力の 源と して いる こと 小 童の 形を 取る こと そこ で︑ これ らの 特徴 を以 下に 考察 して いく こと にし たい

﹁万 能ノ 池﹂ は本 話の 中に

﹁其 池ハ

︑弘 法大 師ノ

︑其 ノ国 ノ衆 生 ヲ哀 ツレ カ為 ニ築 給ヘ ル池 也︒ 池ノ 巡リ 遥ニ 広シ テ︑ 堤ヲ 高築 キ巡 シタ リ︒ 池ナ ドハ

︑不 見ズ シテ

︑海 トゾ 見エ ケリ

︒池 ノ内 底ヰ 無ク 深ケ レバ

︑大 小ノ 魚共 量無 シ︑ 亦竜 ノ栖 トシ テゾ 有ケ ル﹂ と表 現さ れて いる

﹁万 能ノ 池﹂ は満 濃池 のこ とで あり

︑巻 三十 一第 二十 二﹁ 讃岐 国

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(10)

満農 池頽 国司 語﹂ にも

﹁満 農ノ 池﹂ とし て説 話の 舞台 とし て登 場す るが

︑巻 三十 一第 二十 二中 にも

﹁高 野ノ 大師 ノ︑ 其ノ 国ノ 人ヲ 哀バ ムガ 為ニ

︑人 ヲ催 テ築 給ヘ ル池 也︒ 池ノ 廻リ 遥ニ 遠ク テ堤 高カ リケ レバ

︑更 ニ池 トハ 不思 エデ

︑海 ナド ヽゾ 見ケ ル︒ 広サ ハ彼 方幽 ナル 程ナ レバ

︑思 ヒ可 遣シ

﹂と いう 表現 が見 え︑ 本話 と修 飾辞 がほ ぼ同 じこ とが わか る︒ 満濃 池に 対す る定 型表 現の 存在 を窺 わせ る︒ 池で はな く海 にも 見え るほ ど巨 大と いう 点は 竜が 住処 とす るの にふ さわ しさ を持 たせ る表 現と 考え られ る︒ 一方 で︑ 弘法 大師 が築 いた こと が明 記さ れて いる のは

︑巻 三十 一 第二 十二 が国 司の 欲心 によ って 池が 壊れ たこ とを

︑話 末に

﹁然 ル止 事無 キ権 者ノ 人ヲ 哀バ ムト テ築 給ヘ ル池 ヲ失 タラ ムダ ニ︑ 量無 キ罪 也﹂ とし たよ うに 仏教 的成 果で ある こと を強 調す る記 事と 見な せる

﹃今 昔﹄ に弘 法大 師が 登場 する 説話 は多 くな いが

︑前 述し た巻 十四 第四 十一 にも 弘法 大師 が雨 乞い の末 に竜 王で ある 蛇が 現れ

︑雨 が降 った とい う例 があ り︑ 直接 の関 係で はな いが

︑本 話の 竜に は仏 教性 の強 い土 地が 背景 とし て与 えら れて いる こと が確 認で きる だろ う︒ 小蛇 の姿 を取 るこ とも

︑蛇 が持 つ悪 果な どの 仏教 的な 負の 印象 に 由来 する と言 うよ りも

︑巻 十四 第四 十一 や巻 十六 第十 五の 事例 のよ うに 神格 とし ての 一形 態で ある こと を﹃ 今昔

﹄が 重視 した ゆえ の表 現と 見ら れる

﹃今 昔﹄ での 竜が

︑水 中に 生息 する など 水に 深く 関わ る存 在で あ るこ とは

︑す でに 見た 通り であ る︒ ただ し︑ 水が なけ れば 竜と して の力 を発 揮で きな いの は︑ そも そも 他の 竜に 水が 絶た れる とい うこ とが あま り起 こり 得な いの もあ り︑ 本話 に特 有の 現象 とも 言い 得る

︒ これ にも っと も近 い事 例は 巻五 一角 仙人 被負 女人 従山 来王 城語 第 四で ある

︒こ こで は一 角仙 人に よっ て竜 王が 水瓶 に閉 じ込 めら れ

﹁狭 ク破 無ク テ動 キモ 不為 ヌニ 極テ 侘シ ケレ ドモ

︑聖 人ノ 極テ 貴キ 威力 ニ依 テ可 為キ 方無 シ﹂ とな る︒ 本話 では

﹁狭 キ洞 ノ可 動ク モ非 ヌ所 ニ打 籠置 ツレ バ︑ 竜狭 ク□ 破無 クシ テ居 タリ

︒一 渧ノ 水モ 無バ

︑ 空モ 翔ル 事モ 無シ

﹂と あり 表現 に通 じる とこ ろが ある

﹁小 童﹂ につ いて は︑ 他の

﹁天 狗説 話﹂

︑例 えば 巻二 十第 二で は

﹁童 部﹂ が︑ ある いは 巻二 十第 三で は﹁ 小童 部﹂ が天 狗を 直接 打ち のめ す存 在と して 現れ てい るこ とを 受け た表 現で ある と思 われ る︒ 天狗 は加 持祈 祷や

﹁智 恵﹂ によ って 打倒 され るこ とが ある が︑ 天狗 を物 理的 に打 倒す るの は﹁ 童﹂ の役 割な ので あり

︑本 話の

﹁小 童﹂ もこ れを 受け た表 現で ある と言 えよ う︒ 以上 より

︑本 話の 竜の 特徴 は︑ いず れも

﹃今 昔﹄ の他 の説 話と 対 照可 能な 表現 が用 いら れて いる 点に ある

︒本 話の 竜に まつ わる 表現 は﹃ 今昔

﹄が

︑本 話を

﹁天 狗説 話﹂ とす るた めに 整え た表 現で ある と言 える だろ う︒ 本話 の竜 は本 来的 に仏 教世 界に 属す る竜 では ない

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

(11)

神格 であ るが

︑表 現に よっ て仏 教世 界と 関係 する 存在 であ るこ とを 示し てい る︒ 第三 章 前生 ノ機 縁 以上 の章 段で

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁竜

﹂と 本話 にお ける 竜の 性格 を 明ら かに した

︒す なわ ち︑ 本話 の竜 は﹁ 本来 的に 仏教 世界 に属 する 竜﹂ とは 認め られ ない が︑ 仏教 性に よっ て彩 られ てい る︒

﹃今 昔﹄ は本 来的 に仏 教世 界に 属し てい ない

﹁竜

﹂を

︑天 狗を 倒す 主体 に仕 立て るに あた り︑ 表現 に仏 教性 を持 たせ てい ると 言い 得る

︒ 一方 で︑ そも そも 天狗 は反 仏教 存在 であ り︑ 構成 から 見る と本 話 は天 狗が 僧を さら うと いう 反仏 教行 為を 語る のに 主眼 があ るの であ って

︑僧 と実 際に 天狗 を打 ち倒 す竜 との 関係 性も また 本話 が﹁ 天狗 説話

﹂た るに あた って 重要 な要 素で ある

︒こ の関 係性 を示 すの が本 話の 末尾 に言 う﹁ 竜ハ 僧ノ 徳ニ 依テ 命ヲ 存シ

︑僧 ハ竜 ノ力 ニ依 テ山 ニ返 ル︒ 此モ 皆前 生ノ 機縁 ナル ベシ

﹂と いう 一文 であ る︒ ここ には 僧と

﹁竜

﹂の 互恵 的関 係性 が﹁ 前生 ノ機 縁﹂ であ ると 評価 され てい る︒

﹃今 昔﹄ にお ける

﹁機 縁﹂ は本 朝部 にの み現 れる 語彙 で︑ 仏法 部 に一

〇例

︑世 俗部 に四 例が 見ら れる

︒元 々は 仏教 語で ある が︑ 仏教 説話 集で ある

﹃今 昔﹄ にお いて それ ほど 多用 され る語 彙で はな い︒

用例 とそ の中 での 意味 を並 べる と次 のよ うに なる

ઃ 其ノ 後︑ 深ク 前生 ノ宿 業ヲ 恥テ

︑其 ノ所 ヲ出 デヽ

︑機 縁有 ル所 ヲ尋 テ跡 ヲ留 メテ

︑日 夜ニ 法花 経ヲ 誦シ テ︑ 六根 ノ罪 障ヲ 懺悔 ス︒

︵巻 十四 第二 十一

︶: 前世 に犬 であ った こと を知 った 永慶 聖人 は

﹁ゆ かり

﹂の ある 土地 を探 した

઄ 聖人 機縁 深ク 在マ シテ

︑今 此ノ 家ニ 来リ 宿リ 給︒

︵巻 十五 第三 十︶

:肉 食を 行う 薬延 が法 華経 の功 徳に よっ て往 生す る場 に居 合 わせ た﹁ ゆか り﹂ を言 う︒ અ 我レ 祖子 ノ機 縁深 クシ テ︑ 来リ 値テ 念仏 ヲ勧 メテ

︑道 心ヲ 発シ テ念 仏ヲ 唱ヘ テ失 セ給 ヒヌ レバ

︑往 生ハ 疑ヒ 無シ

︒︵ 巻十 五第 三 十九

︶: 親子 の縁 が尼 君の 往生 へと 導い たこ とを いう

︒ આ 必ズ 極楽 ニ可 往生 キ機 縁有 ケリ

﹂ト 云テ

︑︵ 巻十 五第 五十 二︶

: 若い ころ の経 験が 往生 へと 導い たこ とを 言う

︒ ઇ 妻ノ 常ニ 云ヒ ツル 様ニ

︑機 縁ノ 不御 ザリ ケル 也﹂ ト哀 レニ 思テ

︵巻 十六 第二 十九

︶: 前世 の果 報が 存在 した こと を言 う︒ ઈ 然バ

︑出 家皆 機縁 有ル 事也

︒︵ 巻十 九第 一︶

:結 語の 一部 で出 家 の根 本を 説く

︒ ઉ 此レ モ機 縁ニ 依テ 出家 シテ 此ク 他国 ニテ モ被 貴ル ヽ也 ケリ ト語 リ伝 ヘタ ルト ヤ︒

︵巻 十九 第二

︶: 結語 の一 部で 出家 の根 本を 説く

︒ ઊ 此レ ヲ思 フニ

︑出 家ハ 皆機 縁有 ル事 トハ 云ヒ 乍︑ 子ノ 源賢 ガ心

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

一〇

(12)

ハ極 テ難 有ク 貴シ

︒︵ 巻十 九第 四︶

:結 語の 一部 で出 家の 根本 を説 く︒ ઋ 出家 ハ︑ 于今 始ヌ 機縁 有ル 事也

︒︵ 巻十 九第 五︶

:結 語の 一部 で 出家 の根 本を 説く

︒ 10 此モ 皆前 生ノ 機縁 ナル ベシ

︒︵ 巻二 十第 十一

当該 話︶ 11 家主 ニ︑ 此ク 機縁 深ク シテ

︑行 キ合 ヘル 事ヲ 悲ム デ︑ 惜ム 事無 クシ テ許 シテ ケリ

︒︵ 巻二 十六 第一

︶: 一度 は離 れた 親子 が再 会し た不 思議 さを 説く

︒ 12 此ヲ 思フ ニ︑ 前生 ノ機 縁有 テコ ソハ

︑其 七人 ノ者 共︑ 其島 ニ行 住︑ 其孫 于今 其島 有ラ ン︒

︵巻 二十 六第 九︶

:無 人島 に流 され つつ もそ こで 自足 した 不思 議さ を説 く︒ 13 是モ 前世 ノ機 縁有 事ニ コソ ハ有 ラメ トナ ン語 リ伝 ヘタ ルト 也︒

︵巻 二十 六第 十三

︶: 思い がけ ず財 産を 得た 不思 議さ を説 く︒ 14 其ノ 後︑ 鞍馬 山ト 云フ 所ニ 深ク 籠居 テ︑ 艶ズ 行ヒ ケル ニ︑ 前生 ノ機 縁ヤ 深カ リケ ム︑ 常ニ 彼ノ 病者 ノ有 様ノ 思ヒ 被出 テ︑ 心ニ 懸 リ恋 シク 思エ ケレ バ︑

︵巻 三十 第三

︶: 僧と 恋に 落ち た不 思議 さを 説く

︒ この よう に見 ると

﹁機 縁﹂ は巻 ごと によ って

︑用 法に 特徴 があ る︒ すな わち

﹁機 縁﹂ は︑ 霊験 を説 く巻 十五

︑巻 十六 では 往生 への 導 きを 説明 する 言葉 とし て︑ また 巻十 九の 出家 説話 の結 語で は出 家へ

の導 きの 言葉 とし て︑ また 世俗 部に あり なが ら﹁ 宿報

﹂を 巻名 とす る巻 二十 六で は不 思議 さを 説明 する 言葉 とし て使 われ てい る︒ 共通 する のは

︑因 果関 係を 具体 的に 説明 でき ない 現象 に対 して 仏教 的な 因果 応報 が成 り立 つと いう 示唆 を与 える 機能 であ る︒

﹁前 生ノ 機縁

﹂ とい う語 彙も

︑具 体的 な前 世の 記述 を担 保す る表 現と いう より は︑ この 機能 に応 じた 慣用 的な 使用 方法 であ る︒ 巻十 九ま での 用例 は︑ 往生 や出 家な ど仏 教的 な世 界へ の転 身を 評価 する 言葉 とし て使 われ てい るた め︑ 巻二 十に 属す る本 話で の用 例も これ と類 似す るも ので ある と言 える だろ う︒ 本話 の﹁ 竜﹂ は﹁ 本来 的に 仏教 世界 に属 する 竜﹂ では ない が︑ 僧 と接 点を 持ち 結果 的に 僧を 助け た︑ すな わち 仏教 に恩 恵を 与え た存 在で ある

︒﹁ 前生 ノ機 縁﹂ は﹃ 今昔

﹄に おい て︑

﹁竜

﹂の 非仏 教性 と 説話 の中 の親 仏教 性の 溝を 埋め るに 当た って 有効 な修 辞と 考え られ たが ゆえ に︑ 表現 とし て用 いら れた と解 釈で きる

︒本 話の

﹁機 縁﹂ が持 つ機 能と は﹁ 竜﹂ が僧 を助 け︑ 助け られ た不 思議 さを

︑仏 教性 を持 つ修 辞に よっ て説 明し よう とい うも ので あっ た︒ ここ に本 話が

﹁竜

﹂を

﹃今 昔﹄ が形 作る 仏教 世界 の法 則に 包み 込も うと した 試み が窺 える

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

一一

(13)

おわ りに

﹃今 昔物 語集

﹄に おけ る本 話の 意義 以上

︑本 話に つい て構 成と 表現 の視 点か ら﹃ 今昔

﹄が 本話 を﹃ 今 昔﹄

﹁天 狗説 話﹂ とす るに あた って

︑ど のよ うな 改変 を加 えて いる か考 察を 重ね てき た︒ 構成 から 見る と︑

﹁天 狗説 話﹂ は天 狗の 反仏 教的 行為 につ いて 二 話一 括の 様式 にも とづ いて 表現 が整 えら れて 配置 され

︑本 話は 続く 巻二 十第 十二 と並 びあ う関 係に 置か れて いた と見 なせ る︒ すな わち

︑ 本話 は構 成上

﹁天 狗が 僧を さら う﹂ 話で あり

︑天 狗に 対し て打 ち勝 つ説 話で ある

︒ その とき

︑そ もそ も﹃ 今昔

﹄に とっ て竜 とは どの よう なも ので あ るの か︑ 用例 を見 直す こと で考 察の 手掛 かり とし た︒ この 検討 によ れば

︑天 竺部 の竜 は︑ 単な る自 然界 の動 物で はな く︑

﹁本 来的 に仏 教世 界に 属す る竜

﹂が 中心 的な 存在 であ るこ とが 明ら かに なっ た︒ 一方 で︑ 震旦 部や 本朝 部に は在 地神 格と して の竜 が存 在し

︑竜 と して の共 通の 特徴 を持 つも のの

︑天 竺部 に存 在し た﹁ 本来 的に 仏教 世界 に属 する 竜﹂ とは 異な る性 格を 持つ

︒本 話に おけ る竜 も本 朝の 神格 であ り︑ 本来 的に は仏 教的 な存 在で はな いも のと して 造型 され てい ると 言え るだ ろう

︒ 本話 では

︑本 来仏 教的 性格 が希 薄な 竜を

︑僧 を助 けて 天狗 を打 倒

する 存在 に仕 立て るた めに

︑様 々な 仏教 的特 徴を 表現 とし て与 えて いる こと が確 認さ れた

︒特 に本 話の

﹁竜

﹂が 弘法 大師 が作 った

﹁万 能ノ 池﹂ 出身 であ るこ とは

︑仏 教的 な背 景を 担保 し︑

﹁小 童﹂ の姿 を取 るこ とは 天狗 を打 倒す るの に決 定的 な役 割を 与え る表 現で ある と言 えよ う︒ また

︑本 話に おい て重 要と 思わ れる

﹁前 生ノ 機縁

﹂は

﹃今 昔﹄ 内 での 他の 用法 から

︑竜 が僧 を助 けて 天狗 を打 倒す るこ とを 仏教 的に 説明 しよ うと する 修辞 であ ると 言え る︒ この よう に本 話は 構成 と表 現の 両面 から

﹃今 昔﹄ の﹁ 天狗 説話

﹂ が仏 教説 話を 集め た仏 法部 に属 する にあ たり

︑意 図的 な処 理が 与え られ てい ると 評価 でき る︒ 本来 的に 仏教 世界 に属 さな い﹁ 竜﹂ が僧 を助 け︑ 天狗 を倒 す主 体と なる に当 たっ ては

︑﹃ 今昔

﹄は 様々 な文 飾を 必要 とす るの であ り︑ これ こそ が﹁ 天狗 説話

﹂の 仏教 説話 とし ての 性質 とも 言い うる

﹁天 狗説 話﹂ は反 仏教 的存 在を 語る 説話 群と して 規定 され たが

︑ 表現 面に おい ても 仏教 説話 とし て成 り立 たせ よう とす る作 為が 見ら れる

︒本 論で は巻 二十 第十 一の みを 取り 上げ たが

︑他 の説 話に つい ても 考察 する こと で︑

﹁天 狗説 話﹂ がい かに して

﹃今 昔﹄ の仏 教説 話と して の位 置づ けを 与え られ てい るか が︑ 解明 され てい くに 違い ない

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

一二

(14)

① 以下

︑﹃ 今昔 物語 集﹄ を﹃ 今昔

﹄と 表記 する

② なお

︑﹁ 天狗

﹂は

﹃今 昔﹄ 中に おい て﹁ 天宮

﹂な どの 表記 がさ れる こ とも ある が︑ 以下

﹁天 狗﹂ と総 称す るこ とに する

③ 森正 人﹃ 今昔 物語 集の 生成

﹄︑ 二一 八頁

④ 以下

︑本 論の 中で この 説話 を原 則的 に﹁ 本話

﹂と 称す る︒

⑤ 以下

︑﹃ 今昔 物語 集﹄ の本 文は

﹃新 日本 古典 文学 大系

﹄に 基づ く︒ 現 代語 訳・ 抄訳 は﹃ 新日 本文 学大 系﹄ の本 文に 基づ いて 私に 行っ たも ので ある

﹃新 編日 本古 典文 学全 集 今昔 物語 集﹄

︵第 三巻

︶に

﹁伝 承説 話﹂ とし て長 く生 命を 保っ たも のら しく

︑同 話に 取材 した 作品 に中 世小 説﹃ 秋の 夜の 長物 語﹄ があ る﹂

︵七

〇頁

︶と ある

⑦ 国東 文麿

﹃今 昔物 語集 成立 考﹄ 六~ 七頁

⑧ 国東 文麿

﹃今 昔物 語集 成立 考﹄ 四八

〇頁 にお いて 記さ れた 表か ら私 に 取り 出し た︒

⑨ 以下

︑﹃ 今昔

﹄の 説話 名を 記す 際﹁ 巻○

︵標 題︶ 第○

﹂あ るい は﹁ 巻

○第

○﹂ と記 す︒

﹃今 昔﹄ に弘 法大 師が 登場 する 説話 は次 の七 話で ある

︒ 巻 第十 一弘 法大 師渡 唐伝 真言 教帰 来語 第九 巻 第十 一智 證大 師渡 唐伝 顕密 法帰 来語 第十 二 巻 第十 一弘 法大 師始 建高 野山 語第 二十 五 巻 第十 四弘 法大 師挑 修円 僧都 語第 四十 巻 第十 四弘 法大 師修 請雨 経法 降雨 語第 四十 一 巻 第二 十竜 王為 天狗 秘取 語第 十一 巻 第三 十一 讃岐 国満 濃池 頽国 司語 第二 十二

﹃今 昔﹄ 中の 蛇が 登場 する 説話 は四 八話 ある が︑ これ を私 に分 類す る

と︑ 次の よう にな る︒ ア⁝ 神格 や仏 の化 身と して の蛇

:一

〇例 イ⁝ 単な る自 然生 物と して の蛇

:二 一例 ウ⁝ 仏教 の因 果応 報に よる 悪果 とし ての 蛇: 一〇 例 エ⁝ 前世 とし ての 蛇: 三例 オ⁝ 物が 化し た蛇

:三 例

﹃今 昔物 語集

﹄天 狗説 話の 仏教 性

一三

参照