『今昔物語集』巻十九における「出家説話」の原理
著者 嶋中 佳輝
雑誌名 同志社国文学
号 90
ページ 13‑25
発行年 2019‑03‑20
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000645
﹃ 今 昔 物 語 集
﹄ 巻 十 九 に お け る
﹁ 出 家 説 話 ﹂ の 原 理 嶋
中 佳 輝
はじ めに
﹃今 昔物 語集①
﹄は 平安 時代 後期 院政 期に 成立 した 仏教 説話 集で あ る︒ その 収め る説 話の 舞台 はイ ンド
︑中 国︑ 日本 から なる
︒そ の 質・ 量の 豊富 さか ら日 本最 大の 説話 集と され る︒
﹃今 昔﹄ には 編纂 意図 を語 るべ き序 文や 跋文 が存 在し ない ため
︑編 者に よる 編纂 の目 的が 直接 的に 明示 され てい るわ けで はな い︒ しか し︑ 構成 や表 現の 観点 から は︑ 緊密 な編 纂意 識が 想定 でき る︒ とこ ろで
﹃今 昔﹄ には 巻十 九の 冒頭 部に
︑い わゆ る出 家機 縁譚 と 呼ば れる 説話 群が 存在 する
︒﹃ 今昔
﹄は 主題 を同 じく する と思 われ る説 話を 集成 し︑ 説話 群を 形成 する 傾向 があ る︒ 確か に巻 十九
﹁本 朝付 仏法
﹂の 第一 から 第十 八ま での 説話 標題 には 共通 して 出家 を意 味す る語 が含 まれ
︑説 話群 とし て意 図的 に構 成さ れて いる と予 想さ
れる そ ︒ こで
︑本 論で は﹃ 今昔
﹄巻 十九 第一 から 第十 八ま での 説話 群を
﹁出 家説 話﹂ と総 称す るこ とに する
︒こ の説 話群 がい かな る原 理で 集成 され た説 話群 であ るの かを 探る こと は﹃ 今昔
﹄の 編纂 や構 成に 関わ る重 大な 問題 と言 えよ う︒ 一方
︑﹃ 今昔
﹄に おい て︑
﹁出 家説 話﹂ がど のよ うに 採ら れ配 置さ れて いる のか を考 えよ うと する と︑
﹁出 家説 話﹂ は諸 注釈 書に おい ても 全話 が出 典未 詳と され るた め︑ 出典 との 比較 から どの よう に変 容し てい るか を調 べる こと は出 来な い︒ また
︑出 家と いう 話柄 が取 り込 まれ てい る﹃ 今昔
﹄説 話は
﹁出 家説 話﹂ のみ に限 られ てい るわ けで はな い︒
﹁出 家説 話﹂ の﹃ 今昔
﹄に おけ る役 割は 解明 され きっ てい ると は言 えず
︑原 理に つい て考 察を 加え るこ とで
︑﹁ 出家 説話
﹂︑
﹃今 昔﹄ の仏 教説 話集 とし ての 性格 の一 端が 見え てく ると 考え られ
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一三
る︒
第一 章
「出 家説 話﹂ の先 行研 究
﹁出 家説 話﹂ は従 来︑ 出家 機縁 譚と 称さ れる こと が多 かっ た︒ 例 えば
︑﹃ 新日 本古 典文 学大 系﹄ は﹁ 出家 説話
﹂を
﹁第
ઃ
︱18
話 は出 家機 縁譚 で︑ 俗人 が主 人や 妻子 の死 など を契 機に 出家 して しま う話 題︒ 人間 の生 き方 を根 本か ら変 える 劇的 な印 象に 残る 話題 が多 い②﹂ とし
︑﹁ 悪か ら善 へと いう 直線 的な 回転
︑そ のい ちず さが 人を ひき つけ る︒ 人が 根本 的に かか えて いる 罪の 問題 が出 家へ の翻 心と いう 劇的 な展 開に たく みに いか され てい る③
﹂と する
︒他 の諸 注釈 書に お いて も同 様に
﹁出 家説 話﹂ を出 家機 縁譚 と呼 ぶ理 解が 見ら れる④
︒ ここ にい う﹁ 出家 説話
﹂を 出家 機縁 譚と 呼ぶ 理解 は管 見の 及ぶ 限 り国 東文 麿氏 の研 究を 端緒 とす る︒ すな わち
︑国 東氏 は﹃ 今昔
﹄を 天竺 部︑ 震旦 部︑ 本朝 部と もに 歴史
︑賞 讃︑ 教訓 の順 序で 説話 が構 成さ れて いる と指 摘し た︒ ここ でい う﹁ 教訓
﹂を 国東 氏は
﹁仏 教教 訓は 主と して 因果 応報 によ って 説か れる
︒そ れを さら にわ けて 善因 善果
︵勧 善︶
・悪 因悪 果︵ 懲悪
︶と する⑤
﹂と 定義 づけ た︒ 国東 氏が 提示 する
﹃今 昔﹄ 組織 構成 によ れば
︑﹁ 出家 説話
﹂が 属す る巻 十九 は巻 二十 とと もに
﹁教 訓﹂ すな わち 因果 応報 の説 話を 集成 して いる
︒ さら に国 東氏 は﹁ 出家 説話
﹂に つい て次 のよ うに 述べ た︒
巻十 九
ઃ
~
18
話は 出家 機縁 説話 であ る︒ 例え ば第ઃ
話 は頭 少 将良 峯宗 貞︵ 遍昭︶が 出家 する 話で ある が︑ 話末 語に
﹁然 バ出 家皆 機縁 有ル 事也
︒年 来深 草ノ 天皇 ノ寵 人ト シテ
︒文 徳天 皇ニ 恐レ 奉ル ニ依 テ︒ 忽ニ 道心 ヲ発 シテ 出家 スル ヲ以 テ︒ 出家 ノ縁 有リ ケリ ト可
㆑知 也ト ナム
⁝⁝
﹂と あり
︑出 家と いう 現在 果に は過 去に おい て何 等か の機 縁即 ち縁 があ ると する ので ある
︒
︵略
︶そ して この 出家 は善 果で ある から
︑過 去の 因は 善因 とみ なさ れ︑ これ らは 善因 善果 話で ある⑥
︒ 国東 氏は
﹁出 家説 話﹂ を善 因善 果説 話で ある と評 価し てい る︒ さ らに
﹁機 縁﹂ とい う言 葉に 注目 して
﹁出 家説 話﹂ を過 去因 現在 果と した
︒国 東氏 は巻 二十 冒頭 の天 狗説 話も 過去 因現 在果 と位 置付 けて おり
︑巻 十九 と巻 二十 につ いて
﹁こ の両 巻は それ ぞれ
︑前 に過 去因 現在 果︑ 後に 現在 因現 在果 をお いて おり
︑そ の組 織を 主に して 見る と︑
︵略
︶両 巻と も第
ઃ
話 から 巻末 まで ひと 続き にな って いる⑦﹂と して
︑﹁ 出家 説話
﹂の 配置 を﹃ 今昔
﹄の 組織 の中 で位 置づ けた
︒国 東説 では
﹁機 縁﹂ は﹁ 出家 説話
﹂が 過去 因を 語る こと を保 証す る語 であ った ため
︑﹁ 出家 説話
﹂は 総じ て出 家機 縁譚 でな くて はな らな かっ た︒ しか し︑
﹁出 家説 話﹂ を過 去因 現在 果︑ また は因 果応 報の 説話 と 評価 し得 るか どう かに つい ては すで に疑 問が 出さ れて いる
︒
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一四
例え ば︑ 小峯 和明 氏は 先述 した 国東 説を 受け て︑
﹁出 家説 話﹂ に つい て次 のよ うに 述べ た︒ 出家 機縁 譚は
︑︵ 略︶ 天皇 や愛 人の 死︑ 殺生 など の現 実の 事 件︑ 即ち 物語 に語 られ る内 容自 体が 出家 の﹁ 縁﹂
﹁機 縁﹂ とさ れる
︒前 世の 因縁 にふ れる 例は 一つ とし てみ られ ない
︒因 果応 報に 即し て解 釈す るな ら︑ 出家 機縁 は現 在果 でな くて はな らな かっ た︒ 従っ て巻 一九 に過 去因 から の応 報を 説く 話題 はな いこ とに なる⑧
︒ 小峯 氏は この よう に﹁ 出家 説話
﹂が 過去 因現 在果 であ るこ とを 否 定す る︒ その 一方 で小 峯氏 は国 東氏 が命 名し た出 家機 縁譚 とい う
﹁機 縁﹂ を重 視す る名 称を その まま 用い てお り︑
﹁出 家説 話﹂ を新 た に位 置づ ける こと はな かっ た︒ 小峯 氏は 巻十 九を
﹁善 行を たた える 巻⑨
﹂と する が︑ その まま では 定義 が漠 然と して おり
︑そ の内 部構 成 につ いて の十 分な 考察 がな され てい ると は言 えな い︒ つま り︑
﹁出 家説 話﹂ は﹃ 今昔
﹄構 成に おい てど のよ うな 役割 を 与え られ てそ の位 置に ある のか とい う問 題は
︑改 めて 問わ れな けれ ばな らな い︒ 本論 では その ため に﹁ 出家 説話
﹂が どの よう な説 話群 であ るか
︑ すな わち その 集成 原理 を解 明し
︑﹁ 出家 説話
﹂の
﹃今 昔﹄ にお ける 役割 を考 察す る手 がか りと した い︒
第二 章
﹃今 昔物 語集
﹄の
﹁出 家﹂ 表現 説話 第一 節 本朝 仏法 部に おけ る﹁ 出家
﹂表 現説 話 それ では
︑﹁ 出家 説話
﹂の 集成 原理 とは 何で あろ うか
︒﹁ 出家 説 話﹂ は説 話の 標題 に出 家を 意味 する 語が 含ま れる こと によ って 一括 され る︒ そう であ るな らば
︑出 家を 説話 内部 に含 む説 話が 全て
﹁出 家説 話﹂ とし て集 成さ れて いる のだ ろう か︒ そう では なく
︑﹃ 今昔
﹄に は巻 十九
﹁出 家説 話﹂ 以外 にも 出家 を 説話 内部 に含 む説 話は 存在 する
︒こ れを
﹁出 家﹂ 表現 説話 と呼 ぶこ とに する
︒﹁ 出家
﹂表 現説 話は 説話 群を 形成 して おら ず︑
﹁出 家説 話﹂ とは 性質 を異 にす るも のと 考え られ る︒ すな わち
︑﹁ 出家
﹂を 語る 説話 の表 現を 探る こと で︑
﹁出 家説 話﹂ の集 成原 理を 浮き 上が らせ るこ とが 出来 よう
︒ 本節 では 本朝 仏法 部に おけ る﹁ 出家
﹂表 現説 話を 取り 上げ る︒ 前 提と して 本朝 仏法 部の 基本 的な 構成 を確 認す ると
︑巻 十一 が日 本へ の仏 教伝 来と 寺院 造営
︑高 僧の 伝記 など
︑巻 十二 が仏 像霊 験に 始ま り︑ 以降 巻十 四ま で法 華経 霊験 を中 心に 経典 霊験 を語 る︒ 巻十 五は 往生 説話
︑巻 十六 は観 音霊 験説 話︑ 巻十 七は 地蔵 霊験 を中 心に 仏霊 験説 話を 集成 して いる
︒巻 十八 は欠 巻で 巻十 九︑ 巻二 十は 善行
・悪 行の 集成 とさ れて いる
︒
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一五
まず
︑巻 十一 にお いて
﹁出 家﹂ 表現 説話 を見 よう
︒巻 十一 第二
﹁行 基菩 薩︑ 学仏 法︑ 導人 語﹂ は行 基の 説話 であ るが
︑出 家表 現は
﹁出 家シ テ薬 師寺 ノ僧 ト成 テ︑ 名ヲ 行基 ト云 フ﹂ と記 すの みで ある
︒ 行基 の出 家の 経緯 につ いて 特筆 する こと は全 くな い︒ ただ し︑ 同説 話で は行 基に つい て﹁ 幼童 也ケ ル時
︑隣 ノ小 児等
・村 小童 部ト 相共 ニ︑ 仏法 ヲ讃 歎ス ル事 ヲ唱 ヘケ リ﹂ とし てい る︒ 行基 は生 来仏 教を
﹁讃 歎﹂ して おり
︑出 家す る際 に契 機が ある わけ では ない 人物 なの であ る︒ 巻十 一第 四﹁ 道照 和尚
︑亘 唐︑ 伝法 相還 来語
﹂は 道照 和尚 の伝 記 的内 容を 持つ 説話 であ る︒ ここ での 出家 表現 は﹁ 今昔
︑本 朝︑ 天智 天皇 ノ御 代ニ
︑道 照和 尚ト 云フ 聖人 在マ シケ リ︒ 俗姓 ハ舟 氏︑ 河内 国ノ 人也
︒幼 ニシ テ出 家シ テ元 興寺 ノ僧 ト成 レリ
﹂で ある
︒﹃ 今昔
﹄ は説 話に おい て時 代や 人物 を詳 細に 語ろ うと する 傾向 があ るが
︑こ こで は出 家は すで に人 物紹 介の 一節 でし かな くな って いる
︒ 巻十 一第 十一
﹁慈 覚大 師︑ 亘宋
︑伝 顕密 法帰 来語
﹂で の慈 覚大 師 の出 家表 現は 出家 への 経緯 を伴 う︒ 慈覚 大師 が生 まれ る前 に﹁ 其生 レル 男子 ハ︑ 是止 事無 キ聖 人ト 可成 キ人 也﹂ とい う予 言が あり
︑生 まれ た子 供は 九歳 にな ると
﹁我 レ出 家ノ 心有 リ﹂ と語 って 出家 する とい うも ので ある
︒こ こで の出 家は 運命 づけ られ たも ので ある
︒ こう して 巻十 一に おけ る出 家表 現を 見る と︑ 出家 とは 僧を 紹介 す
る一 文句 以上 のも ので はな い︒ 多く の高 僧は 最初 から 僧体 とし て紹 介さ れて おり
︑出 家が 特筆 され ると は限 らな い︒ 出家 は運 命づ けら れた もの で︑ 何か 契機 があ って 成し うる もの では ない ので ある
︒こ のよ うな 僧を ただ 紹介 する だけ の出 家表 現は 巻十 一に 限ら ず︑ 本朝 仏法 部に 広く 見ら れる もの であ る︒ 出家 表現 に出 家に 至る 経緯 が特 筆さ れる よう にな るの は巻 十五 以 降で ある
︒巻 十五 第二
﹁元 興寺 隆海 律師
︑往 生語
﹂で は隆 海律 師は 子供 のこ ろ﹁ 講師 ノ説 経ヲ 聞テ
︑忽 ニ﹁ 法師 ト成 テ法 ノ道 ヲ学 バ ム﹂ ト思 フ心 付テ
﹂即 座に 出家 して しま う︒ この 出家 も高 僧の もの であ るが
︑そ れま での よう に︑ なる べく して 出家 する ので はな いの であ り︑ 出家 の契 機と なっ た事 件が 確認 され る︒ ただ し︑ この 場合 も広 い意 味で は僧 とな るた めの 出家 表現 と解 され よう
︒ 巻十 五第 三十 四﹁ 高階 良臣
︑依 病出 家往 生語
﹂で は高 階良 臣が
﹁齢 漸ク 傾テ
﹂︑ すな わち 老齢 のた めに 仏法 に傾 斜す るよ うに なっ た︒ しか し良 臣は この 段階 では 出家 せず
︑死 に至 る病 の中 小康 を得 たと きに
﹁僧 ヲ請 ジテ 髻ヲ 切テ
︑僧 ト成 テ戒 ヲ受
﹂け
︑往 生を 遂げ た︒ 巻十 五第 三十 五﹁ 高階 成順 入道
︑往 生語
﹂で は高 階成 順が 若年 から 道心 があ った が任 国か ら帰 って きた 後に
﹁道 心盛 リニ 発ニ ケレ バ︑ 世ヲ 厭テ 出家 セム ト思 深カ リケ レバ
﹂と して 出家 した
︒こ のよ うな 簡単 では ある が道 心に よっ て出 家し たと いう 表現 が巻 十五 では 見ら
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一六
れる⑩
︒こ こで の出 家は 往生 への 前段 階と して 記さ れて いる
︒ さら に巻 十六
・巻 十七 にも 出家 は見 られ る︒ 巻十 六第 五﹁ 丹波 国 郡司
︑造 観音 像語
﹂は 観音 霊験 説話 であ るが
︑仏 師を 殺そ うと した 郡司 は仏 師に 刺さ った はず の矢 が観 音像 に刺 さっ てい るの を見 ると すぐ に出 家し てい る︒ 巻十 七第 二︑ 巻十 七第 二十 一︑ 巻十 七第 二十 二︑ 巻十 七第 二十 三︑ 巻十 七第 二十 九に おい ても 地蔵 菩薩 の霊 験を 見た 俗人 が出 家に 至っ てお り︑ 諸仏 霊験 説話 の中 で霊 験が 生じ た結 果出 家す ると いう 例が 見ら れる
︒ なお
︑以 上の 事例 に当 て嵌 まら ない もの とし て︑ 巻十 三第 三十 一
﹁備 前国 人︑ 出家 誦法 花経 語﹂ があ る︒ この 説話 は標 題に
﹁出 家﹂ を有 し︑ 一見 する と出 家を 主題 にし てい るか に見 える
︒こ の説 話に おけ る備 前国 の﹁ 僧﹂ は当 初は 沙弥 であ った が︑ 正式 に受 戒し て
﹁僧
﹂と なっ た︒ ただ
︑﹃ 今昔
﹄は
﹁僧
﹂と なる 契機 を﹁ 何ニ カ思 ヒ 得ケ ム﹂ とし て明 らか にし ない
︒さ らに
︑﹁ 僧﹂ は一 度法 華経 を読 誦し たに も関 わら ず︑
﹁亦 何ガ 思ヒ 返シ ケム
﹂と して 俗体 の生 活に 戻っ てし まう
︒出 家に 類す る現 象は ある が︑ それ が貫 徹さ れな いの であ る︒ 出家 が貫 徹さ れな いの で︑
﹃今 昔﹄ はこ の﹁ 僧﹂ の出 家の 契機 も還 俗の 契機 も明 らか にし なか った と解 して おき たい
︒ なお
︑巻 十九
・巻 二十 には
﹁出 家説 話﹂ 以外 に﹁ 出家
﹂表 現説 話 は存 在し ない⑪
︒
以上 をま とめ ると
︑本 朝仏 法部 にお ける
﹁出 家﹂ 説話 の出 家表 現 は次 の四 つに 分類 でき る︒ 分類 の下 に例 話を 示し た︒
ઃ
僧と なる べく する 出家⁝巻 十一 第二
︑巻 十二 第三 十四
︑巻 十三 第七
︑巻 十五 第四 など
往生 のた めの 出家⁝巻 十五 第三 十四
︑巻 十五 第三 十五
અ
仏霊 験の 結果 とし ての 出家⁝巻 十六 第五
︑巻 十七 第二 など
આ
還俗 に至 る出 家⁝ 巻十 三第 三十 一 第二 節 本朝 世俗 部に おけ る﹁ 出家﹂表 現説 話 本朝 世俗 部に も数 は五 話と 少な いが
︑﹁ 出家
﹂表 現説 話は 存在 す る︒ 巻二 十四 第三 十六 と巻 二十 八第 十五 にお ける 出家 は有 意に 描か れな い⑫
︒そ こで 巻二 十五 第十 一﹁ 藤原 親孝
︑為 盗人 被捕 質依 頼信 言 免語
﹂︑ 巻三 十第 二﹁ 会平 定文 女︑ 出家 語﹂
︑巻 三十 一第 四﹁ 絵師 巨 勢広 高︑ 出家 還俗 語﹂ につ いて 取り 上げ る︒ 巻二 十五 第十 一は
︑藤 原親 孝の 息子 が盗 賊に 人質 に取 られ たた め に︑ 親孝 の主 君で ある 源頼 信が 子供 とと もに 立て 籠も る盗 賊を 説得 し︑ 子供 を解 放さ せて 盗賊 も逃 がし てや ると いう 内容 であ る︒ この 説話 は話 末に おい て﹁ 盗人 モ︑ 頼信 ガ一 言ニ 憚テ
︑質 ヲ免 シテ ケム
︒ 此レ ヲ思 フニ
︑此 ノ頼 信ガ 兵ノ 威糸 止事 無シ
﹂と し︑ 巻二 十五 が武 勇の 説話 を集 めた 巻と され るよ うに
︑源 頼信 の武 威を 称え るこ とに
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一七
主眼 があ る︒ そし て︑ 話末 には さら に﹁ 彼ノ 質ニ 被取 タリ ケル 童ハ
︑其 後長 テ 金峰 山ニ 有テ 出家 シテ
︑遂 ニ阿 闍梨 ニ成 ニケ リ︑ 名ヲ バ明 秀ト ゾ云 ケル
﹂が 続き
︑親 孝の 息子 が高 僧と なっ たこ とを 記す
︒ この 説話 では 親孝 の子 の出 家の 契機 は特 筆さ れな い︒ ただ
︑頼 信 が命 を助 けた 子が 僧と なっ たこ とは
︑﹁ 糸止 事無
﹂い 頼信 の武 威に よっ て出 家が 実現 した とも 言え よう
︒ 巻三 十第 二は
︑好 色の 平中 が武 蔵守 の娘 と通 じた が︑ その 後の 五︑ 六日 平中 から 全く 手紙 がな くな った ため に︑ 武蔵 守の 娘が 出家 して しま うと いう 内容 であ る︒ 女の 出家 に至 る心 情は
﹁糸 心疎 キ身 ナレ バ︑ 死ナ ムト 思フ モ︑ 否不 被死 ネバ
︑此 ク成 テ行 ヒヲ モセ ム﹂ と表 現さ れて いる
︒し かし
︑平 中が 連絡 を寄 越さ なか った のは 女へ の情 が尽 きた わけ では なく
︑急 な出 仕が 続い たか らで あっ た︒ この 説話 は話 末に おい て平 中を 責め るが
︑最 後は
﹁但 シ︑ 女ノ 前ノ 世ノ 報ノ 有ケ レバ
︑此 レニ 依テ
︑此 ク出 家シ タル ニコ ソハ 有ラ メ﹂ とす る︒ この 説話 では
︑出 家の 契機 は武 蔵守 の娘 が平 中に 裏切 られ
︑世 俗 で生 きら れな いほ どの 恥辱 を受 けた と感 じた こと にあ る︒ この 出家 は世 俗人 の出 家で ある が︑ 仏教 への 強い 信仰 心に 裏付 けら れた もの では ない
︒さ らに 言え ば︑ その 契機 自体 が思 い違 いで あり
︑﹁ 道心
﹂ とす るに は空 虚な もの にな って しま う︒
﹃今 昔﹄ はこ のよ うな 出家
を積 極的 に認 めよ うと する が︑ それ は﹁ 前ノ 世ノ 報﹂ とい う世 俗で の事 件に 無関 係な もの とし て曖 昧な 表現 にせ ざる を得 なか った と考 えら れる
︒ 巻三 十一 第四 の内 容は 絵師 の巨 勢広 高が 出家 した が︑ 内裏 に出 仕 する のに 支障 があ ると して 還俗 させ られ るも ので ある
︒広 高の 出家 は﹁ 而ル ニ︑ 広高
︑本 ヨリ 道心 有ケ ルニ
︑身 ニ重 キ病 ヲ受 ケテ 日来 煩ヒ ケル ニ︑ 世ノ 中ヲ 無瑞 シト 思取 テ︑ 出家 シテ ケリ
﹂と 記さ れる
︒ また
︑広 高の 還俗 は﹁ 広高
︑本 意ニ 非︑ 歎キ 悲ム ト云 ヘド モ︑ 宣旨 限リ 有レ バ︑ 力不 及ズ
﹂と して 不本 意さ が描 かれ る︒ この 説話 は話 末を 欠く ため
︑還 俗を どの よう に評 価し てい るの かは 不明 であ る︒ ただ し︑ この 説話 の直 前の 説話 であ る巻 三十 一第 三﹁ 湛慶 阿闍 梨 還俗
︑為 高向 公輔 語﹂ も︑ 僧侶 であ った 湛慶 が還 俗す る説 話で ある
︒ 不動 尊の 導き によ り還 俗し た後 の高 向公 輔は
﹁高 大夫
︑内 外ノ 道ニ 付テ 此ゾ 有ケ ル﹂ とし て仏 道の 内に も外 にも 通じ た人 物と なっ たこ とを 称え られ てい る︒ よっ て︑ 巻三 十一 第四 も︑ 出家 では なく 還俗 を積 極的 に評 価す る説 話と して 採ら れた と推 測で きる
︒高 向公 輔や 巨勢 広高 は一 度は 出家 した が︑ その 才覚 は世 俗で 生か され るべ きも のだ った と﹃ 今昔
﹄は 捉え
︑そ の還 俗を 否定 的に 描か なか った ので あろ う︒ 以上 をま とめ ると
︑本 朝世 俗部 にお ける 出家 は︑ 世俗 の都 合に 従
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一八
属し てい る事 柄だ と言 えな いだ ろう か︒ 頼信 の武 威が なけ れば 親孝 の子 は︑ ある いは 平中 との 恋愛 沙汰 がな けれ ば︑ 武蔵 守の 娘は 出家 しな かっ たで あろ う︒ 広高 が僧 であ るか どう かは 世俗 の都 合に 直接 左右 され た︒ 本朝 世俗 部の 出家 は︑ 頼信 の武 威︑ 広高 の絵 師と して の才 能を 排除 した 結果 とし ての もの では なく
︑逆 にそ れら に依 存し たも のと 言え よう
︒巻 三十 第二 の武 蔵守 の娘 の出 家は 平中 を拒 否し て貫 徹す るが
︑﹃ 今昔
﹄は これ を武 蔵守 の娘 の内 面の 評価 に結 び付 け得 なか った
︒ つま り︑ 本朝 世俗 部の
﹁出 家﹂ 表現 説話 が描 く出 家は
︑世 俗の 価 値観 によ って 位置 づけ られ てい ると 考え られ る︒ 第三 章
﹁出 家説 話﹂ とは 何か 第一 節
﹁出 家説 話﹂ に基 本形 はあ るか 前章 にお いて
︑﹁ 出家 説話
﹂以 外の
﹁出 家﹂ 表現 説話 の特 徴を 概 観し た︒ 本章 では
︑﹁ 出家 説話
﹂そ のも のが
︑ど のよ うな 説話 群で ある かを 考察 する
︒ 先述 した よう に︑
﹃今 昔﹄ には 序文 も跋 文も ない ため に︑ 正確 な 編纂 意図 を直 接知 るの は困 難で ある
︒一 方で 説話 群に おけ る冒 頭話 は︑ その 説話 群の 性格 を規 定し てい る面 があ ると 推察 され る︒ そこ で巻 十九 第一
﹁頭 少将 良峯 宗貞 出家 語﹂ とこ れに 続く 巻十 九第 二
﹁参 河守 大江 定基 出家 語﹂ の内 容を 確認 しよ う︒ 私見 によ れば
︑巻 十九 第一 を構 成す る事 項は
︑ 頭少 将良 峰宗 貞と いう 者が いた 宗貞 は﹁ 形チ 美麗 ニシ テ︑ 心正 直﹂ であ り﹁ 身ノ 才﹂ が優 れ天 皇の 寵愛 を受 けた 春宮 は宗 貞と 折り 合い が良 くな かっ た 天皇 が崩 御し た 宗貞 は﹁ 此ノ 世不 幾ズ
﹂と 思っ て出 家を 決意 した 宗貞 には 皇族 の妻 と子 がお り︑ 宗貞 にと って 彼ら を見 捨て るの は心 苦し かっ た 宗貞 は天 皇葬 送の 夜︑ 出家 した 宗貞 が修 行し てい ると 妻子 が自 分を 尋ね てい るの に出 くわ した 宗貞 は﹁ 我レ 此ニ 有リ
﹂と 言い たい 気持 ちを 堪え た 修行 を重 ねた 宗貞 は霊 験を 発揮 し僧 官と して 出世 して いっ た
﹁然 バ︑ 出家 皆機 縁有 ル事 也﹂ と抽 出で きる
︒ま た︑ 巻十 九第 二を 構成 する 事項 は︑ 大江 定基 とい う﹁ 心ニ 慈悲 有テ
︑身 ノ才 人ニ 勝タ リケ ル﹂ 者が いた 定基 は﹁ 本﹂ の妻 を捨 てて 若い 美女 と結 婚し 任国 であ る三 河国 に下 向し た
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
一九
新妻 は重 病に 罹り 美貌 も衰 えて 死ん だ これ を見 知っ た定 基に は﹁ 世ハ 疎キ 物也 ケリ
﹂と いう 思い が去 来し た 定基 は雉 を生 け作 りに する よう に命 じた 定基 は雉 の生 け作 りの 惨さ に出 家す る心 を固 め︑ その 日に 官職 を捨 てて 出家 した 出家 し寂 照と なっ た定 基は 乞食 をし た際 に本 妻に 会い 蔑ま れた 寂照 は本 妻に 対し て全 く反 応を 見せ なか った 寂照 は震 旦に 渡り 霊験 を発 揮し て尊 ばれ た
﹁此 レモ 機縁 ニ依 テ出 家シ テ此 ク他 国ニ テモ 被貴 ルヽ 也ケ リ﹂ と抽 出で きる
︒ この よう に見 ると
︑構 成に 類似 が見 られ るこ とが わか る︒ すな わ ち︑ 世俗 人と して 高位 の者 がい る︵ 以下
︑こ れを 主人 公と 呼ぶ
︶ 主人 公に 世俗 で重 大な 辛い 事件 が起 こる 主人 公は 出家 を決 意す る 主人 公が 出家 する 出家 した 主人 公は 世俗 時の 家族 と再 会す る しか し︑ 主人 公は 家族 とし ての 反応 を返 さな い 出家 した 主人 公は 霊験 を発 揮し 高僧 とな る
結語
:出 家に は﹁ 機縁
﹂が ある とい う事 項が
︑﹁ 出家 説話
﹂の 基本 形で ある 可能 性が ある
︒ま た︑ 主人 公が 出家 を決 意す る﹁ 機縁
﹂を 重視 する こと が両 話に 共通 して いる
︒そ のた めこ のよ うに
﹁出 家説 話﹂ の基 本形 を捉 える なら ば︑
﹁出 家説 話﹂ が出 家機 縁譚 であ るこ とは 妥当 性を 持つ とも 考え られ よう 第 ︒ 二節
﹁出 家説 話﹂ の﹁ 奇行
﹂へ の評 価 しか し︑ 巻十 九第 三﹁ 内記 慶滋 ノ保 胤出 家語
﹂は
︑前 節で 提示 し た﹁ 出家 説話
﹂の 基本 形に 全く 合致 しな い︒ 慶滋 保胤 の出 家は
﹁年 漸ク 積テ 道心 発ニ ケレ バ︑
□ト 云フ 所ニ シテ 髻ヲ 切リ テ法 師ト 成 ヌ﹂ と記 され
︑出 家に 至る 心理 的葛 藤と は無 縁で ある
︒結 語も
﹁内 記ノ 聖人 ト云 テ︑ 知リ 深ク 道心 盛リ ニシ テ止 事無 カリ ケリ
﹂で あり
︑
﹁機 縁﹂ とい う語 が説 話の 中に 登場 する こと はな い︒ した がっ て︑ 巻十 九第 三は 出家 機縁 譚と は呼 べな い説 話で ある
︒ また
︑出 家後 の保 胤は
︑寺 院造 営の ため に集 めた 金銭 を破 戒の 陰 陽師 に与 えて しま った り︑ 馬や 犬に 説教 した り︑ 卒塔 婆を 一つ 一つ 拝ん だり する
︒こ れら の行 為は 説話 内の 登場 人物 に﹁ 糸物 狂ハ シ キ﹂
︑﹁ 可咲
﹂と 評さ れる
︒そ のた めに 諸注 釈書 も巻 十九 第三 を保 胤 の﹁ 奇行
﹂を 語っ た説 話と する
︒
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
二〇
しか し︑ だか らと 言っ て﹁ 出家 説話
﹂に 含ま れる 巻十 九第 三を
﹁奇 行﹂ の説 話と 見な すこ とは 妥当 であ ろう か︒ 確か に説 話内 の登 場人 物は 保胤 の行 為を
﹁奇 行﹂ と捉 えて いる 側面 はあ る︒ その 一方 で﹃ 今昔
﹄は 話末 にお いて 保胤 を称 えて いる
︒つ まり
︑﹃ 今昔
﹄は 保胤 の行 為を
﹁奇 行﹂ と評 価し てい ない
︒そ もそ も︑
﹁奇 行﹂ 説話 であ った 場合
︑な ぜ﹁ 出家 説話
﹂に 出家 機縁 譚と は呼 べな い﹁ 奇 行﹂ の話 題が 入っ てい るの かと いう 問題 も発 生す る︒
﹁出 家説 話﹂ はい かに 巻十 九第 三の よう な説 話を 内包 して いる の か︒ この 問題 を考 える 上で 注目 した いの は︑ 巻十 九第 十八
﹁三 条大 皇大 后宮 出家 語﹂ であ る︒ 巻十 九第 十八 は説 話標 題か ら見 れば
︑三 条大 皇大 后宮 が出 家す る説 話と 捉え られ てい るこ とが わか る︒ とこ ろが
︑こ の説 話は 后が 出家 を決 意し
︑出 家す るこ とよ りも
︑ 出家 の導 師と なっ た増 賀聖 人の 卑猥 な行 為に 焦点 があ る︒ 増賀 の行 為は
﹁女 房達
︑奇 異ニ 目口 ハダ カリ テ思 ユル 事無 限シ
﹂︑
﹁貴 サモ 失 セテ
︑希 有・ 奇特 ニ思 シ食 ス﹂
︑﹁ 若キ 殿上 人・ 侍ナ ド此 レヲ 見咲 ヒ 喤ル 事ト 無限 シ﹂
︑﹁ 長ナ ル僧 俗ハ
︑カ ヽル 物狂 ヲ召 タル 事ヲ ゾ極 謗 リ申
﹂と その 場に いた 人た ちに よっ て﹁ 奇行
﹂と 見な され る︒ その ため
︑こ の巻 十九 第十 八も 巻十 九第 三と 同じ く﹁ 奇行
﹂の 話題 とさ れる こと もあ る︒ だが
︑増 賀の 行為 を﹁ 奇行
﹂と 見な すの は后 の周 辺人 物た ちで あ
って
︑﹃ 今昔
﹄に よる 評価 では ない
︒そ れど ころ か︑
﹃今 昔﹄ には 后 を非 難す る論 調が 感じ られ る︒ 巻十 九第 十八 では
︑后 の出 家の 後に
︑ 后が 行っ た御 読経 につ いて
︑そ の整 然さ を語 るが
︑﹁ 人ノ 云ケ ルハ
︑
﹁何 ニモ 此ク ニ被 行バ
︑験 ハ貴 ク掲 焉ニ 可有 キニ
︑露 此ク ハ無 ケレ バ︑ 験モ 無ニ コソ 有ヌ レ﹂ ト譖 申ケ ル﹂ とも する
︒后 やそ の周 囲が 腐心 した 整然 さは 無意 味だ と言 わん ばか りで ある
︒ さら に︑ 源信 が﹁ 道心 盛リ
﹂に 托鉢 して いる と︑ 后も 源信 に食 事 を差 し上 げよ うと した
︒し かし
︑后 が食 事を 銀の 食器 で差 し上 げる と︑ 源信 は﹁ 余リ ニ見 苦﹂ とし て托 鉢を やめ てし まっ た︒ この 后の 行為 は﹁ 無心 ナル 事ニ テ有 ケル
﹂と して
﹃今 昔﹄ によ って 非難 され るも ので あっ た︒ こう した 后の 行為 に対 する
﹃今 昔﹄ の評 価を 見る と︑
﹃今 昔﹄ は 増賀 の﹁ 奇行
﹂を 必ず しも 奇行 と捉 えて はい ない
︒増 賀の
﹁奇 行﹂ を奇 行と 見な し︑ これ を嘲 笑し たり 非難 する のは
︑い ずれ も后 の周 囲の 世俗 の人 たち であ る︒ 増賀 の﹁ 奇行
﹂は
﹃今 昔﹄ の語 る仏 教の 教理 に適 うも ので あっ て︑ 世俗 の価 値観 に包 摂さ れな い︒ 逆に 后は 出家 した とは 言え
︑そ の行 いは 仏教 の側 から 非難 され るも のだ った
︒ 巻十 九第 十八 は真 に仏 教的 であ ると は何 か︑ 対比 的に 語っ てい る説 話な ので ある
︒ この よう に考 えれ ば︑ 巻十 九第 三に も保 胤の
﹁奇 行﹂ を非 難す る
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
二一
意図 はな いこ とは 明白 であ る︒ 結語 の﹁ 内記 ノ聖 人ト 云テ
︑知 リ深 ク道 心盛 リニ シテ 止事 無カ リケ リ﹂ は素 直に 解釈 する べき で︑ いか に保 胤が 出家 後世 俗の 価値 観に 縛ら れる こと はな かっ たか
︑そ れゆ えに 世俗 の側 から
﹁奇 行﹂ と見 られ たこ とを 讃え てい るの であ る︒ 第三 節
﹁出 家説 話﹂ は何 を語 って いる のか この よう に﹁ 奇行
﹂と 見な され がち な行 為は
︑世 俗の 価値 観に 合 致し ない だけ で︑ 仏教 的行 為と 見な され
︑﹁ 出家 説話
﹂に 包摂 され てい ると 理解 され た︒ この 場合
︑巻 十九 第一 と巻 十九 第二 にも
︑別 の観 点が 考え られ る︒ すな わち
︑出 家が 世俗 を捨 て去 る行 為と され てい る可 能性 であ る︒ 注目 され るの は︑ 巻十 九第 一も 第二 も︑ 出家 者は 家族 との 縁を 切っ てい るこ とが 特筆 され るこ とで ある
︒家 族関 係は 世俗 にお いて もっ とも 基礎 的な 人間 関係 と理 解さ れる が︑ 良峰 宗貞 も大 江定 基も それ を断 ち切 った ので ある
︒こ れは
﹃今 昔﹄ にお いて も高 く評 価さ れて おり
︑第 一で は﹁ 吉ク 心不 強ザ ラム 人ハ 被知 ナム カシ
﹂︑ 第二 では
﹁道 心堅 ク発 ニケ レバ
︑此 ル外 道ニ モ値 テモ 不騒 ズシ テ︑ 貴ク 也ケ リ﹂ とす る︒
﹁出 家説 話﹂ は世 俗︑ すな わち 恩愛 や愛 執と いっ た人 間関 係の 根 本の 放棄 を語 る説 話群 なの では ない だろ うか
︒そ して
︑世 俗を 捨て
去る こと を端 的に 語る 言葉 は出 家の 契機 を示 す語 であ ると され た
﹁機 縁﹂ では ない
︒﹁ 機縁
﹂は 確か に﹁ 出家 説話
﹂の 一部 にお いて
︑ 話末 に言 及さ れる など
︑重 要な 位置 を占 めて いる
︒し かし
︑そ の用 例は 多い と言 える わけ では なく
︑﹁ 奇行
﹂を 語る
﹁出 家説 話﹂ には 見ら れな い︒
﹁奇 行﹂ をも 包摂 可能 かつ
﹁出 家説 話﹂ に多 く見 られ る語
︑す なわ ち﹁ 出家 説話
﹂に とっ て重 要な 語は
﹁道 心﹂ と理 解す べき では ない だろ うか
︒
﹁機 縁﹂ は﹁ 出家 説話
﹂十 六話⑬ 中に 四例 しか 見ら れな い︒ これ に 対し
︑﹁ 道心
﹂は 十二 話に 二十 二例 が見 られ る︒
﹁出 家説 話﹂ にお け る﹁ 道心
﹂の 例は 次の 通り であ る︒ 巻十 九第 一:
﹁忽 ニ道 心ヲ 発シ テ出 家ス ルヲ 以テ
︑出 家ノ 縁有 ケリ ト可 知キ 也ト ナム 語リ 伝ヘ タル トヤ
﹂ 巻十 九第 二:
﹁其 後定 基︑
﹁世 ハ疎 キ物 也ケ リ﹂ ト思 ヒ取 テ︑ 忽 ニ道 心ヲ 発シ テケ リ﹂
﹁弥 ヨ道 心ヲ 発シ テ﹂
﹁道 心堅 ク発 ニケ レバ
︑髻 ヲ切 テ法 師ト 成ニ ケリ
﹂﹁ 道心 堅 ク発 ニケ レバ
︑此 ル外 道ニ モ値 テモ 不騒 ズシ テ︑ 貴 ク也 ケリ
﹂ 巻十 九第 三:
﹁年 漸ク 積テ 道心 発ニ ケレ バ︑
□ト 云フ 所ニ シテ 髻ヲ 切リ テ法 師ト 成ヌ
﹂﹁ 道心 無レ バ身 ヲ棄 タル 聖 人ニ モ難 成シ
﹂﹁ 知リ 深ク 道心 盛リ ニシ テ止 事無 カ
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
二二
リケ リ﹂ 巻十 九第 四:
﹁此 ル者 ハ説 経ヲ 聞タ ル□ ナレ バ道 心ヲ 発シ テ此 ク云 ニコ ソ有 レ﹂
﹁今 少シ 道心 付ケ テ返 ラム
﹂﹁ 此 ク道 心発 シタ ル時 ハ︑ 狂フ 様ニ 何ニ 盛ニ 発タ ラム
﹂ 巻十 九第 五:
﹁道 心発 ニケ レバ
︑貴 ク行 ヒテ ゾ有 ケル
﹂ 巻十 九第 六:
﹁此 ヲ思 フニ
︑殺 生ノ 罪重 シト 云ヘ ドモ
︑殺 生ニ 依テ 道心 ヲ発 シテ 出家 ス﹂ 巻十 九第 七:
﹁道 心深 ク発 ニケ レバ
︑其 ノ後 退ス ル事 無ク シテ
︑ 極テ 貴キ 聖人 ニ成 テ︑ 貴ク 行テ ゾ有 ケル
﹂ 巻十 九第 十:
﹁深 ク道 心発 ニケ レバ
﹂﹁ 道心 固ク 発リ 畢ニ ケレ バ﹂
﹁此 ノ入 道ノ 泣ク ハ実 ニ道 心発 タル 也ケ リ﹂
﹁入 道ハ 遂ニ 道心 退ス ル事 無ク シテ
﹂ 巻十 九第 十二
:﹁ 若ク 盛ニ シテ 懃ニ 道心 発シ テ出 家セ ム人 ノ功 徳ヲ 可押 量シ
﹂ 巻十 九第 十三
:﹁ 道心 固ク 発タ リケ ルニ ヤ﹂ 巻十 九第 十七
:﹁ 其ノ 後ハ 道心 ヲ発 シテ
︑偏 ニ弥 陀ノ 念仏 ヲ唱 ヘテ
︑終 リ極 テ貴 クシ テナ ム失 サセ 給ヒ ニケ リ﹂ 巻十 九第 十八
:﹁ 比叡 ノ山 横川 ノ恵 心ノ 僧都 ト云 フ人
︑道 心盛 ニシ テ﹂ いず れも 出家 者に とっ て﹁ 道心
﹂を 発す るこ と︑
﹁道 心﹂ が後 退
しな いこ とが 重要 であ るこ とを 示す 文脈 であ る︒
﹃今 昔﹄ にお いて 出家 へと 導く のは 出家 者の 道心 で︑ その 深さ
︑固 さ︑ 盛り の意 義が 語ら れて いる
︒用 例の 多さ
︑用 法か ら﹁ 道心
﹂が
﹁出 家説 話﹂ にと って 重要 な語 と評 価で きよ う︒
﹃今 昔﹄
﹁出 家説 話﹂ はそ れを 規定 する 基本 形は 存在 せず
︑﹁ 機縁
﹂ を語 る説 話群 でも ない
︒出 家を 規定 する 語で ある
﹁道 心﹂ を通 して
︑ 出家 に代 表さ れる 世俗 を捨 て去 る行 為を 通じ て語 る説 話群 なの であ る︒
まと め
﹁出 家説 話﹂ の原 理と は何 か
﹃今 昔﹄ 巻十 九冒 頭に 存在 する
﹁出 家説 話﹂ は︑ 先行 研究 にお い て十 分に その 定義 や役 割が 解明 され てい ると は言 えな い︒ 国東 文麿 氏は
﹁機 縁﹂ とい う語 に注 目し て︑ 出家 説話 は過 去因 現在 果の 因果 応報 を語 る説 話群 とし た︒ しか し︑ 出家 説話 にお ける
﹁機 縁﹂ が過 去因 を想 起さ せる 語で ある こと につ いて 疑問 が残 る︒ その 一方 で︑ 国東 氏が 提唱 した 出家 機縁 譚と いう 名称 は現 在で もな お使 用さ れて いる もの で︑
﹁出 家説 話﹂ の定 義は 国東 説以 来十 分な 定義 があ ると は言 えな い︒ また
︑﹃ 今昔
﹄に おい ては
﹁出 家説 話﹂ 以外 にも 出家 が見 られ る説 話が 存在 する が︑ それ らの 説話 と﹁ 出家 説話
﹂の 違い につ いて も考 察さ れて 来な かっ た︒
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
二三
すな わち
︑﹁ 出家 説話
﹂が どの よう な説 話群 であ るの か︑ 改め て 捉え なお され なけ れば なら ない と言 える だろ う︒ そこ で本 論で は︑
﹃今 昔﹄ にお いて
﹁出 家説 話﹂ 以外 に出 家が 見 られ る説 話を
﹁出 家﹂ 表現 説話 と名 付け て集 め︑ その 性質 を見 た︒ する と︑ 本朝 仏法 部に おけ る﹁ 出家
﹂表 現説 話は
︑僧 とな るべ くす る出 家︑ 往生 のた めの 出家
︑仏 霊験 の結 果と して の出 家︑ 還俗 に至 る出 家に 分類 され た︒ 本朝 世俗 部に おけ る﹁ 出家
﹂表 現説 話は 世俗 の価 値観 によ って 縛ら れる もの であ った
︒ また
︑﹁ 出家 説話
﹂が 何を 語ろ うと する 説話 なの か︑ 冒頭 話が 示 すと 考え られ る基 本形 と﹁ 奇行
﹂と され てき た行 為の 違い から
︑両 者を 包摂 すべ く検 討を 加え た︒ する と︑ これ まで
﹁奇 行﹂ とさ れる こと が多 かっ た行 為を
﹃今 昔﹄ は必 ずし も奇 行と して 捉え てい ない と看 取さ れた
︒﹁ 奇行
﹂を 嘲笑 する のは 世俗 に属 する 人々 で︑
﹃今 昔﹄ はむ しろ
﹁奇 行﹂ を仏 教的 行為 とし て評 価す る︒ よっ て︑ 世俗 の価 値観 を捨 て去 る行 いを 語る 説話 群と して
﹁出 家説 話﹂ は一 括可 能な ので ある
︒そ して
︑﹁ 出家 説話
﹂が 出家 に際 して 重視 する 語は
﹁機 縁﹂ では なく
﹁道 心﹂ であ る︒
﹁出 家説 話﹂ は出 家を 規定 する
﹁道 心﹂ を重 視し て︑ 世俗 を捨 てる こと を語 る︒ ここ で重 要な のは
︑世 俗を 捨て 去る には 世俗 人が 世俗 なら ざる 世 界︑ すな わち 仏教 世界 に身 を投 じる こと が求 めら れる とい うこ とで
ある
︒こ の点 にお いて
︑本 朝仏 法部 の﹁ 出家
﹂表 現説 話に 見ら れる
︑ 僧と なる べく する 出家 と還 俗に 至る 出家 は﹁ 出家 説話
﹂に 含ま れな いこ とに なる
︒な ぜな ら︑ 僧と なる べく する 出家 は︑ 出家 する 人物 は話 中に 登場 した 際︑ すで に出 家の 志が ある ため
︑世 俗に こだ わり がな いか らで ある
︒ま た︑ 還俗 に至 る出 家は 世俗 を捨 てき れな いも のと 理解 され るか らで ある
︒ さら に﹁ 出家 説話
﹂が 描く 世俗 人の 出家 は︑ 世俗 への 忌避 が原 因 とし て存 在す る︒ その ため に仏 霊験 の結 果と して の出 家や 往生 のた めの 出家 は︑ 仏教 の価 値観 が原 因と 見な せる ため に﹁ 出家 説話
﹂か ら排 除さ れる こと にな る︒ また
︑本 朝世 俗部 にお ける
﹁出 家﹂ 表現 説話 もそ れが 世俗 の価 値 観に 基づ く限 り︑
﹁出 家説 話﹂ に加 えら れる こと はな い︒ こう した 結果
︑﹁ 出家 説話
﹂は 世俗 人が 世俗 の立 場を 全て 捨て
︑ 仏教 の世 界観 に身 を投 じる こと を語 る説 話群 とし て特 化さ れて いる
︒ 出家 者の 行為 は世 俗の 立場 から は理 解で きず
︑時 には 嘲笑 の対 象に さえ なっ たこ とを
﹁出 家説 話﹂ は記 す︒ 世俗 の価 値観 と仏 教の 価値 観が 並列 しつ つ︑ 世俗 が仏 教を 理解 でき ない こと で仏 教の 優位 性が 示さ れる
︑﹃ 今昔
﹄に おけ る﹁ 出家 説話
﹂の 役割 はこ こに ある
︒ それ では
︑こ のよ うな
﹁出 家説 話﹂ は﹃ 今昔
﹄巻 十九 にお いて ど のよ うな 役割 を与 えら れて いる のだ ろう か︒ 本論 では この 問題 にま
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
二四
で十 分に 踏み 込み 得な かっ たが
︑糸 口は やは り﹁ 道心
﹂に ある と考 えら れる
︒例 えば
︑﹁ 出家 説話
﹂に 続く 巻十 九第 二十 では 話末 に
﹁糸 出家 ノ志 マデ ハ無 カリ ケレ ドモ
︑聊 ニ道 心有 テ︑ 仏物 ナド ハ欺 用ス ル事 無カ リケ リ﹂ とす る︒
﹁道 心﹂ の成 果と して 最上 のも のが 出家 であ るこ とが 窺え
︑﹁ 出家 説話
﹂に 後続 する 説話 にお いて も
﹁道 心﹂ が重 視さ れて いる
︒巻 十九 は﹁ 善行
﹂の 集成 巻と され るが
︑ 冒頭 説話 群の
﹁出 家説 話﹂ は﹁ 善行
﹂の 骨頂 たる 役割 を担 って いる ので はな いだ ろう か︒ すな わち
︑﹁ 出家 説話
﹂は
﹃今 昔﹄ にお いて 世俗 と仏 教を 懸架 す るた めに 重要 な説 話群 であ ると 推察 され る︒ 注
① 以下
︑﹃ 今昔 物語 集﹄ を﹃ 今昔
﹄と 表記 する
︒以 下︑
﹃今 昔﹄ の本 文を 引用 する 場合
︑基 本的 に﹃ 新日 本古 典文 学大 系﹄ によ る︒
② 小峯 和明 校注
﹃新 日本 古典 文学 大系
今昔 物語 集﹄
︵第 四巻
︶岩 波書 店︑ 一九 九四 年︑ 一〇
〇頁
︒
③
②に 同じ
︑五 五〇 頁︒
④ 小峯 和明 編﹃ 今昔 物語 集を 学ぶ 人の ため に﹄
︵世 界思 想社
︑二
〇〇 三 年︶ では
﹁出 家・ 修行
﹂が 立項 され
︑﹁ 出家 説話
﹂を
﹁﹁ 出家 機縁 譚﹂ と して まと めら れる これ らの 話は
︑天 皇や 妻の 死を 契機 に出 家し た人
︑悪 人と され る人 の出 家な ど︑ さま ざま な人 々の 出家 の様 相が 印象 的に 語ら れて いた
﹂︵ 一九 九頁
︶と し︑ 第一 と第 二に つい て﹁ 出家 後の 活躍 の記
述が 目立 ち出 家機 縁の 話に とど まら ない 広が りを みせ る﹂
︵一 九九 頁︶ とす るが
︑そ れ以 上の 集成 原理 を語 るこ とは ない
︒
⑤ 国東 文麿
﹃今 昔物 語集 成立 考﹄ 早稲 田大 学出 版部
︒一 九六 二年
︑一 七 三頁
︒
⑥
⑤に 同じ
︑七 四頁
︒
⑦
⑤に 同じ
︑一 七四 頁︒
⑧ 小峯 和明
﹃今 昔物 語集 の形 成と 構造
﹄笠 間書 院︑ 一九 八五 年︑ 四九 一
~四 九二 頁︒
⑨
⑧に 同じ
︑四 九三 頁︒
⑩
﹃今 昔﹄ は往 生と 出家 を組 み合 わせ よう とし てい るよ うに も見 える
︒ しか し︑ 巻十 五第 四十 五﹁ 越中 前司 藤原 仲遠
︑往 生兜 率語
﹂で は出 家の 志が あり つつ も実 現せ ず法 華経 を読 誦し た藤 原仲 遠が 往生 して いる
︒ま た︑ 巻十 五第 四十 九﹁
﹁右 大弁 藤原 佐世 妻︑ 往生 語﹂ の話 末で は﹁ 不出 家ズ シテ
︑女 也ト 云ヘ ドモ
︑此 ク往 生ス ル也
﹂と する
︒﹃ 今昔
﹄は 出家 が往 生の 必要 条件 と解 して いる わけ では ない
︒
⑪ 表現 とし ては 巻十 九第 二十 に﹁ 糸出 家ノ 志マ デハ 無カ リケ レド モ﹂ と いう もの があ る︒ これ は出 家し なか った こと を記 すも ので ある
︒
⑫ 巻二 十四 第三 十六
﹁業 平於 右近 馬場 見読 和歌 語﹂ は在 原業 平の 和歌 説 話で 惟高 親王 が﹁ 不思 懸﹂ 出家 した こと につ いて 業平 が和 歌を 詠む
︒巻 二十 八第 十五
﹁豊 後講 師︑ 謀従 鎮西 上語
﹂で は豊 後国 の講 師が 出家 の身 であ るこ とを 名乗 る︒
⑬ 第十 五﹁ 公任 中納 言︑ 出家 籠居 長谷 語﹂ と第 十六
﹁顕 基中 納言
︑出 家 受学 真言 語﹂ の二 話は 本文 欠の ため 省い た︒
﹃今 昔物 語集
﹄巻 十九 にお ける
﹁出 家説 話﹂ の原 理
二五