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『鈴鹿本今昔物語集』巻29の研究 (4) : 第26話~第40話

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『鈴鹿本今昔物語集』巻

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9の研究 (4)

一第26話 第40話一

田 口 和 夫

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- Stories 26-40一

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本論文は、田口和夫教授を中心とした自主ゼミである、説話 ゼミ(旧今昔ゼミ)の活動の報告である。『鈴鹿本今昔物語集』 の影印を読みながら、従来の諸説を確認しつつ、鈴鹿本の字形-!;.r,!色.!ltt員なとから、新たな問題点を発見・考察し、また解釈 においても従来の説をすすめたところがある。 なお、本論は目録編を合め、『鈴鹿本今昔物語集』の第26話 から第40話までを範囲としている。 This article is a report on the activity of the“Setsuwa""

seminar in which Professor Taguchi is the leader.While r巴adingthe“Ei-in.. of“Suzukabon Konjaku Monogatari Shu... we checked hisoric interpretations and recent discoveries and considered the new points through the form of the characters. the color of the ink. and parts destroyed by insects. Also we looked into the current opinions about interpretation The article includes the contents and covers stories 26.40 of ..Suzukabon Konjaku Monogatari Shu..

(2)

はじめに 『鈴鹿本今背物詩集J巻 ..1九のliJf究(四) 本稿は﹃言語と文化﹄第十六号(一

1

七 話 ) 、 第 十 七 号 ( 八

1

十 五 話 ) 、 第 十 八 号 ( 十 六 話

1

二十五話) に載せた﹁﹃鈴鹿本今昔物語集﹄巻却の研究﹂の続 稿である。スペースを節約するために、前稿と同じ く、各話の要約は省略した。記述の手順は前稿と同 じく、問題部分についての鈴鹿本の所在(丁と表裏) と問題箇所

( 1

1

を付す)を含む部分を挙げ、鈴鹿 本と表記の形式を同じくする旧大系における所在を ()の中に記す。次に︹各説︺として参照資料の 注のうち注目すべきものを挙げ、︹考説︺として考 えたことを記す。なお本稿においてはスペース節約 のため各説の引用は簡略化した。 本文編 日 向 守 殺 害 生 調 矧 制 対

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標題の﹁第廿六﹂は依然右に倒れる字形となる。 前号に注目したものと同じ現象であり、追記と考え る。以下の説話標題においても同じと考えられるも のには傍線を施した。 鈴鹿本巻

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・ 4 丁裏 ( 脱 頁 3 行 ) ︹考説︺諸注﹁給ハム-こで句点を打ち、意訳する。 熟さない表現だからであろう。﹁テ・ニ﹂ は片仮名双行の左側の字で、これが無けれ ば﹁此モ彼モシ給ハム事ハ﹂となり、スムー ズに理解できる。書写過程で誤りがあった のかもしれない。この後の﹁然気元シニテ ナム将行ケル﹂も熟さぬ表現であり、﹁然 気元(さりげなく)シテナム﹂とありたい。 主殿頭源章家造罪詞剰制廿 鈴鹿本巻

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・ 6 丁裏幼キ子ヲセ、ラカス様ニ我カ 子我カ子ト云テ

1

ケレハ(胤頁 8 行 ) ︹考説︺諸注子供をあやす仕草であることは一致し て い る 。 旧 ・ 新 全 集 が 巻 お 第 お 話 の ﹁ シ ヮ 、

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第19号 リ﹂と同様とするのは注目すべく、それを 旧大系では本文﹁シソ、リ﹂として新撰字 鏡の﹁ヒソ、リ﹂の﹁ソ、リ﹂と同義とし て﹁ヒルと同じく、穀類をミなどでふるう こと。弦は、その揺り動かす動作を幼児を 抱き上げてあやすことに転じもちいたもの であろう﹂とする。これは納得できる見解 である。名義抄に竹冠に麗の字を﹁フルヒ、 ヒ ソ 、 ル ﹂ と 訓 ず る 例 も あ る 。 結 局 、 ﹁ シ ヮ 、 リ﹂﹁シソ、リ﹂は﹁ヒソ、リ﹂の誤写と すべく、ここの空格には﹁ヒソ、リ﹂を想 定すべきであろう。

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語と文化 文教大学 住清水南辺乞食以女謀入人殺調矧剖刈 鈴鹿本巻却・叫丁裏(標題) ︹ 考 説 ︺ ﹁ 住 清 水 南 辺 乞 食 ﹂ は 肉 太 大 字 、 ﹁ 謀 入 人 殺 ﹂ は小さくなるが上と一筆か。稲垣泰一氏と ともに京都大学図書館貴重書庫に於て修復 なった鈴鹿本を全帖一見した時の記録によ れば、この太字部分は青墨で他とは異なる。 ﹁以女﹂は補入、﹁語第廿八﹂は前号で指摘 した話番号の追記と同じと思われる。﹁以 女﹂の補入も目録と同筆らしく、話番号追 記と同時と考えられる。 鈴鹿本目録の標題は﹁第八﹂である。単 純に﹁廿﹂を書き落としたものと判断でき るが、このように誤るのは目録では標題に 続けて話番号を書いていたためと考えられ る 。 鈴鹿本巻却・叫丁裏歩ナル女ノ糸浄気ニテヤカ ニ着物ナトアル(郎頁ロ行) ︹ 各 説 ︺

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旧 ・ 新 全 集 ﹁ ナ ヨ ( ヤ カ ) ﹂

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新大系﹁ア テ ( 貴 ) ﹂ ︹考説︺新大系は﹁平安時代に﹁なよやか﹂の語形 はない﹂とするが、日本国語大辞典に狭衣 の用例を引く。﹁なよよか﹂とともに衣装 に用いられる形容であり、全集説に従う。

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なお、角川古語大辞典は﹁なよやか﹂を 立項せず、﹁なよよか﹂の中に﹁なややか﹂ ( 宇 津 保 ・ 楼 上 上 ) を 引 く の で ﹁ ナ ヤ ヤ カ ﹂ も あ り 得 る か 。 『鈴鹿本今昔物語集』巻二十九の研究(四) 鈴鹿本巻却・必丁裏夜モ淵到刈レハ(鵬頁日行) ︹考説︺諸翻刻は﹁ヌレハ﹂としているが、字形は ﹁ス﹂である。このままでは﹁夜もふけむ ずれば﹂となるが﹁夜モ深更ヌレハ﹂とあ るべき所であり、諸翻刻に従い﹁ヌ﹂と判 断する。ここに限らず鈴鹿本における﹁ス・ ヌ ﹂ の 表 記 は 紛 ら わ し い 。 謀寄セテハ樹刈刈際ニ(即頁 鈴鹿本巻

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・ 必 丁 表 5 行 ) ︹ 各 説 ︺

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旧・新全集類東名義抄を引いて﹁ふスル﹂ と 読 む 。

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新大系﹁﹁ふスル﹂と読むこと もできなくはないが、﹁寝ヌル﹂の誤りで あ ろ う 。 ﹂ ︹ 考 説 ︺ ﹁ ふ ス ﹂ は 直 近 に ﹁ 入 テ 臥 ヌ ﹂ ﹁ 云 臥 タ ル ニ ﹂ とあるように﹁臥﹂を用いているので、新 大 系 説 に 従 う 。 前 項 に 記 し た よ う に ﹁ ス ・ ヌ ﹂ . は 紛 ら わ し い 。 女被乞匂棄子逃調剰剖刈 鈴鹿本巻却・必丁裏側 M J キテ走ルヲ(別頁 l 行 ) ︹ 各 説 ︺

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旧大系は巻沼第認の同倒について諸辞書 を 引 い て 検 討 し ﹁ ア ヘ タ ク ﹂ を ﹁ ﹁ ア ヘ ク ﹂ と﹁スタク﹂の混滑によるものとするなら ば 、 後 者 に 就 く べ き で あ る が 、 後 考 を 侠 つ ﹂ と す る 。

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旧 ・ 新 全 集 ﹁ あ へ タ キ テ ﹂

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新 大 系 ﹁ ﹁ す タ キ テ ﹂ ﹁ 哨 ﹂ に は ﹁ あ へ く ﹂ の 読みが一般的であるが、この送仮名から判 断 し て か く 読 む 。 ﹂ ︹ 考 説 ︺ 旧 大 系 の 引 く ﹁ ス タ キ ア ヘ グ ﹂ ・ ﹁ ア ヘ ギ ス タク﹂は後の用例ではあるが、﹁アヘグ﹂ と ﹁ ス タ ク ﹂ が 同 義 に 用 い ら れ る こ と が あ っ たことを証している。混靖とみるより﹁ス

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タク﹂に﹁瑞﹂字を当てたと見て、新大系 に従う。後の第お話も同例。 第19号 上総守維時郎等打墜六被突殺語第三十

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標題は一筆と思われる。 鈴鹿本巻却・却丁裏上到リ万ヲ(肌頁 4 行 ) ︹考説︺諸注﹁ヨ﹂破損とするが、わずかに縦画が 残 る 。 言語と文化 鈴鹿本巻

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・却丁裏被突殺刈レハ(肌頁 7 行 ) ︹考説︺諸翻刻﹁ヌレハ﹂とする。そうあるべき所 で あ る 。 ﹁ ス ﹂ と ﹁ ヌ ﹂ が 紛 ら わ し い 例 で あ る 。 文教大学 聞ク人云詩ケルトナム ( 肌 頁 鈴鹿本巻却・却丁裏 日行) ︹ 考 説 ︺ ﹁ 詩 ﹂ 字 、 は じ め 木 偏 を 書 き 始 め て 、 言 偏 と す る 。 鎮西人渡新羅倒劇調矧州寸

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標題﹁値虎語第品川こは墨色が薄い。あ る い は 追 記 か 。 陸奥田狗山狗咋殺大蛇詞剰州斗 鈴鹿本巻却・白丁表不免サスシテ咋付タルヲ見レ ハ対剖刑六七寸許 ( m m 頁 7 行 ) ︹ 考 説 ︺ ﹁ テ ﹂ は ﹁ 天 ﹂ に 見 え る が 、 始 め ﹁ モ ﹂ と 書 き ﹁ テ ﹂ に 訂 し た も の 。 ﹁ 大 キ サ ﹂ は 本 来 ﹁ 太 サ ﹂ と あ る べ き か 。 鈴鹿本巻 m m ・白丁裏思ヒ静刊(胤頁団行) ︹ 各 説 ︺

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新大系は﹁底本﹁テ﹂か。破損のため不 分明﹂として、諸本の﹁壬ア﹂﹁メテ﹂と あ る を 引 く 。 ︹ 考 説 ︺ 残 画 か ら 見 て 、 ﹁ テ ﹂ は 確 実 。 ﹁ 静 ﹂ 字 の 右 下にわずかに墨が見えるが、﹁メ﹂を置く 程のスペースではなく、汚れと判断する。

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肥後国鷲咋殺蛇調剰州ヨ 鈴鹿本巻泊・白丁裏榎ノ木ノ叶槻ヨリ(防頁

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行 ) ︹ 考 説 ︺ 旧 ・ 新 全 集 、 新 大 系 ﹁ し た え ﹂ と 読 む が 、 ﹁ し づえ﹂または﹁したえだ(古本説話集臼)﹂ と 読 む べ き で あ ろ う 。 『鈴鹿本今昔物詩集』巻二十九の研究(凹) 縛 ル 様 ニ レ ハ ( 防 頁 鈴鹿本巻

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・白丁裏臼丁表 日 行 ) ︹ 考 説 ︺ 新 大 系 は ﹁ 該 当 す る 語 は 想 定 し が た い が 、 し めあげる動作をいうのであろう﹂とするが、 旧・新全集は﹁﹁ネヅ﹂の漢字表記を期した 意識的欠字﹂としている。巻第十第十二話の ﹁ネヂテ﹂の片仮名大字表記に徴すれば、そ れ が 妥 当 と 言 え る が 、 巻 却 第 ロ 話 に ﹁ 捻 抜 テ ﹂ とあり、諸翻刻﹁ねぢぬき﹂と訓ずる事によ れば、﹁ネヅ﹂の漢字表記は巻却では可能と も言える。あるいは﹁シム(絞む)﹂も想定 で き る か 。 三切レニ咋切テ舞ヲ以テ咋ツ 鈴鹿本巻却・日丁表 ( 鴎 頁 2 ・3 行 ) ︹考説︺﹁咋刈﹂は諸翻刻﹁咋ッ、﹂とする。虫損 で見えないが、旧大系も踊り字を置くので、 見えたものであろう。﹁三切レ﹂は、三度 ﹁咋切﹂っているので、﹁四切レ﹂になる筈 である。頭部を別にして、胴・尾部を﹁三 切 レ ﹂ と し た か 。 民部卿忠文鷹知本主調剰州四 鈴 鹿 本 巻 却 ・ 臼 丁 裏 其 時 ニ 卿 ノ 重 明 ノ 親 王 (附頁凶行) ︹考説︺空格は諸注﹁意識的欠字﹂とし、﹁中務ま たは式部﹂を想定することは一致する。巻 幻の第 6 話に﹁式部卿ノ宮﹂とあることも 注される。﹁中務または式部﹂のいずれか に迷って空格としたと見るよりも、今昔編 者は巻幻第

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話 の そ れ と 本 話 の ﹁ 重 明 親 王 ﹂ が同一人物であることに気付かなかったも

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のと考える方が適当であろう。今野達氏が 指摘された貴族・官人としての知識欠加の 例と見るのである。 第19サ 鈴鹿本巻

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丁表木幡ノ辺ニテ試刈(即頁 7 行 ) ︹考説︺旧大系、旧・新全集は﹁ト﹂を破損欠字と し、新大系は﹁ムト﹂を破損とする。修復 により﹁ム﹂は見える。﹁ト﹂は大きい虫 損で見えない。なお、孜誼今昔物語集はこ こを﹁ムト﹂とする。 ;:-iOs{fと文化 文教大学 鈴鹿本巻泊・日丁裏附ノ鷹ヲ(即頁 9 行 ) ︹考説︺旧大系﹁底本、破損のため定かではないが、 かく判じた﹂として以来、諸注同趣。修復 後﹁此﹂の左右の残画が見える。なお、孜 誼今昔物語集はここを﹁此ノ﹂とする。 鈴鹿本巻却・日丁裏 ニハ(即頁日行) 故ヲ思ヒ専ニ親カラム人ノ為 ︹ 各 説 ︺

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旧大系﹁フルキとよんで故旧の意に取る 説もあるが、常套の結語(中略)などの例 よりすれば、なお、ユエとよみ、這一般の事 情を考えての意と取るべきであろう﹂

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旧 全集﹁これらの事情を考えて﹂

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新大系﹁事 情をわきまえて﹂ ︹考説︺諸注、旧大系の説に従っているが、鷹の例 も人に言及する場合も﹁親しく自分を知っ て く れ る 者 ﹂ の 意 で ﹁ 本 主 ﹂ ・ ﹁ 親 カ ラ ム 人 ﹂ について述べていることからすれば、旧大 系が捨てた﹁故旧﹂もあながち当らぬもの でもない。ここは﹁旧知(ふるなじみこ の意として﹁フルキ﹂説を採る。 鎮西濃打殺鷲為報恩与女詞制州到 鈴鹿本巻

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丁裏猿ノ居ル引去来行テ(別頁 7 行 ) ︹考説︺諸翻刻﹁ゾ﹂としてここで終止するが、第 一画と見える点は左から右に水平に引かれ

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ており、﹁ヲ﹂と見た場合の第一画部分が 虫損であることと併せて、ここは﹁ヲ﹂と 認定する。なお、致誼今昔物語集はここを ﹁ ヲ ﹂ と す る 。 f鈴鹿本今昔物語集j巻二十九の研究(四) 貝ノ口ニ差入レテケレパ 鈴鹿本巻却・白丁表 ( 鴎 頁 凶 行 ) ︹ 各 説 ︺

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旧・新全集﹁﹁ネヂ﹂の漢字表記を期し た 意 識 的 欠 字 。 ﹂

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新大系﹁漢字表記を期 した欠字。﹁ネヂ(捻こが想定されている が 、 ﹁ コ ジ ( 剥 ) ﹂ が 妥 当 か 。 ﹂ ︹考説︺﹁ネヂ﹂は防頁日行の空格について見たよ うに、漢字表記は不可能ではない。新大系 の﹁コジ﹂は、巻目第四話に﹁大ナル金箸 ヲ以テ、僧ノ口ニ入レテ剥レパ、口有ル限 リ開ヌ﹂の﹁剥﹂を﹁コヅ﹂と訓じている ので、これも漢字表記可能である。どちら かと言えば、本話の場合は﹁コヂ﹂とする 方が内容的には適当であり、編者が﹁剥﹂ の既出例に思い至らなかったと見て、﹁コ ヂ ﹂ を 採 る 。 其ノ則ヲハ和ラ引抜テ(瑚頁 鈴鹿本巻却・白丁表 日 行 ) ︹考説︺貝の口に木を﹁コヂ﹂入れて、猿の手が抜 けるようにしていたので、ここは﹁木ヲパ 和ラ引抜テ﹂となる筈である。後に続く﹁沙 ニ掻埋テケリ﹂に意識が行ってしまって ﹁ 貝 ﹂ と し た も の で あ ろ う 。 事吉気顔造テ

1

居ケレハ(鴎 鈴鹿本巻却・白丁裏 頁 口 行 ) ︹考説︺諸注意識的欠字とし、旧・新全集は猿の鳴 き声である﹁ヵ、メキ﹂を想定する。新大 系は想定なし。新潮古典集成は﹁頭を下げ る動作、例えばウナヅキのごとき語ではな いか。﹁うなづく﹂は巻

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3

話に仮名書 きの例がある﹂とする。﹁ヵ、メキ﹂は本

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話における直前の仮名書き大字の例なので、 直後のここを空格にするのは不都合であろ う。新潮の想定に従い﹁ウナヅキ﹂を採る。 言 語 と 文 化 第19号 鈴鹿本巻却・白丁裏山知テ懲ヨ、和御許(別頁

5

行 ) ︹ 各 説 ︺

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旧大系﹁(だから言わぬことではない)こ れで十分にお懲りになったらよいでしょ う ・ ﹂

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旧 ・ 新 全 集 ﹁ 直 訳 す れ ば 、 こ の 失 敗 ( 猿 に裏切られたこと)を梅いて再びこんなこ と を す る ま い と 心 に 決 め な さ い な 、 ﹂

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新 大 系 ﹁ こ れ で 思 い 知 っ た か 。 ﹂ ︹ 考 説 ︺ 能 ︿ 黒 塚 ﹀ に ﹁ さ て 懲 り よ ﹂ 、 ︿ 鉄 輪 ﹀ に ﹁ さ て懲りや、思ひ知れ﹂とある。新大系の注 は先に行き過ぎか。旧大系のごとく﹁これ で懲りるがいいよ﹂程度でよいだろう。な お、新潮は﹁然てこそよ﹂の本文によって、 それが本来の表現とする説を述べているが、 鈴鹿本に従うべきであり、成り立たない。 文教大学 鈴鹿本巻

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・白丁表亦鷲飛ノ来タルヲ(抑頁 1 行 ) ︹ 各 説 ︺

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新大系﹁底本、内閣林本﹁鷲飛ノ来﹂に 作り、底本は﹁飛﹂と﹁ノ﹂の聞に反読符 がある模様。反読符に従ってかく整定する。 諸本は﹁鷲飛来﹂に作る。﹂

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新全集﹁底 本﹁鷲飛ノ﹂とあるが﹁ノ﹂の位置の誤と み る 。 ﹂ ︹考説︺鈴鹿本修復によって、新大系が言及した反 読符と見えたものは虫損痕と認定できる。 結果は同じ﹁鷲ノ飛﹂だが、新全集の説に 従 う 。 我レニ恩引酬ムトテ(抑頁

2

鈴鹿本巻却・日丁裏 F行) ︹考説︺虫損のため﹁ヲ﹂の斜画しか残らないが、 当然諸翻刻のごとく﹁ヲ﹂である。 於鈴鹿山蜂盤殺盗人語第州対

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標 題 の 話 番 号 の ﹁ 品 川 六 ﹂ は 他 の 書 体 と 違 つ

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て 小 さ く 切 れ が 悪 い 。 鈴鹿本巻却・回丁表造リ置テ倒ぺ事ニモ

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頁 叩 行 ) ︹考説︺新大系は﹁他ノ﹂を破損とするが、修復さ れ て 見 え る 。 『鈴鹿本今日ー物.ilfllU巻二十九の研t先(1国) 蜂擬報蜘昧怨語矧州廿 鈴鹿本巻却・回丁裏其ノ│長ク引テ(加頁 1 行 ) ︹ 各 説 ︺

O

旧大系﹁諸本欠字。六行以下の欠字も皆 同 一 物 に 係 る 。 前 後 の 文 脈 か ら す る と 、 ﹁ 網 ﹂ ではなく、蜘昧の巣から、一本長く引いた 筋で、その筋を伝って蜘妹が自分の身を隠 し、獲物を窺う、連絡用の一本の筋を指す も の と 思 わ れ る 。 ﹂

O

旧 ・ 新 大 系 ﹁ ﹁ イ ﹂ の 漢字表記を期した意識的欠字。くもの糸を さ す ﹂

O

新大系﹁クモの巣を構成する枠糸 あるいは縦糸に相当することは文脈から知 ら れ る 。 ﹂ ︹考説︺諸説皆同様で、旧大系がもっとも詳しい。 クモの﹁網﹂も﹁糸﹂も同音の﹁イ﹂であ るために﹁糸﹂の意味の﹁蜘昧のイ﹂が漢 字表記できず、空格としたものであろう。 母牛突殺狼調剰州刈 鈴鹿本巻却・印丁裏猿ハ死テ皆テナム 行 ) ︹考説︺新大系が﹁漢字表記を期した欠字。すっか り潰れていたという意で、﹁ヒシゲ﹂が相 当 す る か 。 ﹂ と す る に 従 う 。 ( 加 頁 6 鈴鹿本巻却・印丁裏 ( 獅 頁 9 行 ) ︹考説︺諸注﹁カ﹂をミセケチして﹁ツ﹂とする事 同 じ 。 初 め ﹁ 奴 ガ ﹂ と 画 い て ﹁ 奴 ハ ﹂ と 訂 し 、 ﹁ カ ﹂ を ミ セ ケ チ す る と き に 捨 て 仮 名 の ﹁ ツ ﹂ を補ったのであろう。誤写訂正のついでで あ っ た と 見 る 。 キ 奴 村 町 ︺ ツハ此ソ有ケル

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第19号 蛇見女陰発欲出穴当万死語第

O

標題話番号欠。新全集がもっとも詳しいので引く。 ﹁本話と次話の話番号、底本になし。また本巻総題 にもこの二話の標題がないことから、総題の書かれ た後で、この二話が追記されたと思われ、本集の成 立に一つの問題を残す。なお、付言するならば、標 題 の ﹁ 女 陰 ﹂ は 本 集 で は ﹁ 開 ・ ( 門 構 え に 也 ) ( ツ ピ こ がふつう。本文中に﹁下主﹂(﹁下衆﹂がふ?っ)の 字を用いるのもここだけ、という点も指摘できる。﹂ とする。これはこの二話の追記の時期がいつであっ たかという問題と関わろう。﹁まとめ﹂において言 及 す る こ と と す る 。 文教大学言語と文化 築垣ニ向テ聞斗居タリ(捌頁 鈴鹿本巻

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丁表 4 行 ) ︹ 各 説 ︺

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旧大系﹁ウズクマリニ﹂と読み、巻お第 四話の同例の注に﹁なお、名義抄の﹁据﹂ の 訓 ﹁ ウ ズ ヰ ﹂ 、 建 武 四 年 本 論 語 集 解 の ﹁ 原 壌 夷 ( う す ゐ に し て ) 侠 待 ( ま つ ) ﹂ に 基 き 、 ウ ズ ヰ ニ と よ む も 一 案 。 ﹂ と す る 。 ︹考説︺旧・新全集﹁ウズクマリニ﹂と訓じ、ヲこ は﹁テ﹂の誤写かとする。新大系は巻お第 叩話の﹁テ﹂の異本注記があることを記し て﹁うずくまりニ﹂とする。巻お第叩話に 同例がある以上、誤写とするのは適当では ない。ただし、﹁うずくまりニ居﹂は熟さ ない表現に見える。名義抄﹁蹄﹂によって、 旧大系の﹁うずゐニ﹂を採用するのが適当 で あ ろ う 。 手ヲ被捕テソ制刈リ 1 行ケル 鈴鹿本巻

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丁裏 (揃頁凶行) ︹ 各 説 ︺

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旧大系は本文﹁漸ッ、﹂とし﹁底本かく 作 る 。 ﹁ 漸 々 ﹂ を ス コ ブ ル と よ み 、 同 訓 の ﹁ 微 ﹂ から推して、スコシヅツとよむべきか。

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旧・新全集・新大系は注なく﹁ゃうやくヅ ツ ﹂ と 読 む 。 ︹考説︺﹁ゃうやくヅ、﹂は熟さない表現で、旧大

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系が﹁すこしヅ、﹂説を出すのは当然と言 える。名義抄法上に﹁ス、ム﹂の訓がある ことから﹁すすみッ、﹂と読んでおく。 『鈴鹿本今昔物語集j巻二十九の研究(四) 蛇見僧昼寝咋(門構えに牛)呑受蛭死語第 鈴鹿本巻却・白丁表土口ク羽入ニケル(加頁日行) ︹考説︺﹁寝﹂を書くが、鈴鹿本虫損でほとんど見 え な い 。 旧 大 系 翻 刻 時 は あ っ た も の か 。 旧 ・ 新全集は実践女子大本により補うとする。 行ジツル時ニ蛇ノ否不堪テ 鈴鹿本巻却・白丁裏 ( 加 頁 凶 行 ) ︹考説︺この辺り虫損甚だしく、旧大系翻刻時は存 在したらしいが、旧・新全集は実践女子大 本によって﹁行ジツル﹂を補い、新大系は ﹁行シツ﹂?こを諸本により補っている。 第十六号・十七号補訂 ( l ) 本 文 標 題 の 話 番 号 部 分 ﹁ 語 第 一 ﹂ ﹁ 語 第 一 一 ﹂ ﹁ 語

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)

第 三 ﹂ ﹁ 語 第 四 ﹂ ﹁ 盗 人 語 第 五 ﹂ ﹁ 語 第 六 ﹂ ﹁ 語 第 七 ﹂ に 傍 線 を 施 す 。 本文標題の話番号部分﹁強盗語第八﹂﹁被殺語 第 九 ﹂ ﹁ 語 第 十 こ ﹁ 告 殺 害 人 語 第 十 一 二 ﹂ ﹁ 語 第 十 四 ﹂ ﹁ 語 第 十 五 ﹂ に 傍 線 を 施 す 。 ま と め 先行の諸注を参照しながら読み進めたが、語の読 みと解釈、空格の語の想定において、結果として異 を立て、あるいは新説を出した場合がある。 ﹁語第廿六﹂のような、ほほ統一的な追記と考え られる現象については、前号において次の仮説を提 出した。①まず目録の筆写が行われる。②次いで本 文の筆写者が話番号のない標題と本文を書写する。 ③次いで目録の筆写者が話番号を追記する。 ︹ 鈴 鹿 本 に お け る 編 集 仮 説 ︺ 巻却に関しては以上の仮説で一応の解釈はできる と思う。しかしながら、これが認められるとして、

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なぜそのような面倒な過程が必要であったのかが問 題 と な ろ う 。 第19号 鈴鹿本の原本は未完成とは言え、一応の編集作業 を経ているもので、それを単純に書写して行ったの が鈴鹿本であることは、池上淘一氏の考証﹁鈴鹿本 を見つめる﹂において重複誤写の検討によって提唱 され、認められるべき結論であると言える。しかし、 そのような書写過程のみでは、巻却のような面倒な 書写過程は不必要の筈である。また、巻却には目録 にない二話が最後に置かれ、それらは話番号もない。 私は鈴鹿本段階での編集作業があったことを仮説 として提唱したい。鈴鹿本を書写する場合、一応単 純な書写過程を経るが、未完成稿との認識があって、 さらなる編集を前提に置きながら書写していたため に、話番号の統一的追記が行われたとみるのである。 そしてさらに二話が追加された、この追加は鈴鹿本 の第一次書写完成後に行われたと見るのである。新 全集が指摘した新しい語葉表記も、このような編集 作業による別時点の追記の故であったと考える。こ 言語と文化 文教大学 れが巻却の現状であるとしたい。 ︹ ﹁ ト ヤ ﹂ は ﹁ ト 也 ﹂ で あ る こ と ︺ 説話末の結語表現﹁トヤ﹂については、久しく疑 問をいだいていた。﹁ヤ﹂の縦画があまりにも長す ぎるのである。行末が詰まっている場合は﹁ヤ﹂に 見えるが、一般的には﹁申﹂あるいは﹁也﹂の草体 と見る方が自然であり、﹁申﹂にしては右に流れて いるので、﹁也﹂の草体と見るべきではないかと思っ ていた。﹃鈴鹿本今昔物語集﹄の参考資料として引 かれた伴信友の﹁十二巻奈良本批校之間事﹂に次の 指 摘 が あ る 。

O

一章ノ終毎ニ也ノ字ヲ云々語リ伝ヘタルトヤト 極帥ノ手ニ書リ写本ニヤと書ルハソレヲ写セルモ ノ ナ リ これは納得の行く見解である。伴信友にならって、 私も従来の読みを変更し、﹁ト也﹂とここを読むこ と と し た い 。

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おわりに I鈴鹿本今昔物語集』巻二卜九の研究(凶) 本誌第十六号以来、三号に

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って連載してきた鈴 鹿本巻却の研究も本号を以て完結となる。鈴鹿本を 原本によってきちんと読みたいということは、修復 なった原本を京都大学図書館貴重書庫で一見して以 来の念願であった。国会図書館のマイクロフィルム は微細な点においては確認のしょうがないもので あったからである。白黒影印とは言え、精密な印面 で確認できる複製はありがたいものであった。早速 自主ゼミの素材として読みはじめ、ネット上のカ ラ 1 版も参照し・ながら読み進めて来た。一人ではな かなかこのような作業はできない。その過程で、結 構多くの発見があった。私が発見し、院生の浦部誠 君が代表で発表した大乗院紙背文書の記事(説話 文学研究第幻号に載せる)もそうであったし、私自 身が発表した古今著聞集説話と第十六欠話との関 係(説話文学研究第引号に載せる)もそうであった。 私の都合により、午後のテニスが終わってからの時 間帯のゼミで、夕方から八時過ぎになることもしば しばであったが、私にとっては教員生活晩年の至福 の時間と言ってもよいものであった。院生・学部生 は年々に替わったが、替らずに中心になってくれた 伊賀北斗君をね、ぎらいたい。 説 話 ゼ ミ 参 加 者 氏 名 教 授 伊 賀 北 斗 浦 部 誠 近 藤 敏 之 塩 崎 隆 洋 挑 偉 麗 渡 辺 麻 衣 子 田口和夫 川上由香理 山田麻美

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[r]

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第1回 平成27年6月11日 第2回 平成28年4月26日 第3回 平成28年6月24日 第4回 平成28年8月29日

手話言語研究センター講話会.

司会 森本 郁代(関西学院大学法学部教授/手話言語研究センター副長). 第二部「手話言語に楽しく触れ合ってみましょう」

本センターは、日本財団のご支援で設置され、手話言語学の研究と、手話の普及・啓