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学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 文 学 ) 板 倉 宏 予

学 位 論 文 題 名

   the Taming of the Devil: A Stucly in the Various Aspects of Miltonic Satan Represented in the Heroes of the Novels Written      by Women Writers from late 18th century t0 20th century

    

( 日 本 語 訳 : 悪 魔 馴 ら し :

18

世 紀 末 か ら

20

世 紀 の 女性作家の小説のヒーローにおけるミルトン的悪魔の諸相の研究)

学位論文内容の要旨

  本 論文 は、18世 紀 後半 から20世 紀の 女性作家の作品(ロマンス)の中 核にある、ヒ ロインとペアとなる男性ヒーローの中に反映されているミル卜ン的サタンの伝統を検証す ることによって、これらの作品、及び、こうした作品を愛読する女性読者たちの心理の地 図を明らかにすることを、目的として いる。

  第1章  「炎のような、刺し貫く」目は、ロマン派女性作家(ラドクリフとブロンテ姉 妹)のヒーローに受け継がれた、ミルトン的サタンを識別する徴である。ミルトンの『失 楽園』におけるサタンは、「本来の輝きのすべてを失ったわけではない破減した天使」で あり、その堕天にも関わらず、カと美、男性的魅カを充分に備えた「父」である。反逆者 であるミルトンのサタンはロマン派男性作家にとってもアイドルだったが、女性作家たち は、彼の「父」としての属性と「恋人(誘惑者)」しての属性を強調した形で自分たちの 作品のヒーローを造形し、次代へと受けついでいった。サタンの変貌は次のような過程を 経ている。即ち、ラドクリフの作品において、サタンは、「悪役」として人間化されたも のの、あくまでも最終的には排除される敵役に留まり、ヒロインの父親的恋人としての役 割を全うする立場は与えられなかった。バイ口ンにおいて、ミルトン的サタンは主人公の 座とヒロインの恋人の立場を与えられた。バイロンにおいては、ミルトン的サタンは常に 悲劇的最期を遂げるべく定められた存在であったが、主人公であルヒ口インの恋人である という立場におかれたことが、次代の女性作家たちの作品において大団円を可能にしてい くことになった。ロマンスのヒーローとしてのミル卜ン的サタンは、シャーロッ卜・ブロ ンテの『ジェーン.エア』のヒーローである口チェスターにおいて完成を見た。ロチェス ターの中のロマン派的サタンは、口マン派的悪魔として受けついできた魅カとヒロインに とって父親代理の役割を果たす擬似近親相姦的恋人としての特徴の双方を兼ね備えたヒー ローとして、20世紀の女性作家の作品 に現れるヒーローたちの原型となっている。この サタンの変貌の過程は同時にサタンを「飼いならす」過程でもあった。ミルトン的サタン は、その過度に暴力的な性質を削がれ、ヒロインにとって都合の良い、ヒロインの手に余 ら な い よ う な 存 在 に 、 女 性 作 家 た ち の 手 に よ っ て 変 え ら れ て い っ た の で あ る 。

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  2章 ブ ロ ン テ 姉 妹 の 小 説 の 子 孫 で あ る 現 代 の 女 性 作 家の ロ マ ン ス作 品 に は 、無 数 の サタ ン の 末 裔た ち が ヒ ーロ ー と し て活 躍 し て いる 。 そ の 「輝 く 、 炎 のような 、刺し 貫く」

目を 筆 頭 に 、こ れ ら の ヒー ロ ー は 、ミ ル ト ン のサ タ ン か らブ ロ ン テ 姉妹のヒ ーロー たちへ と受 け っ が れた 特 徴 を 備え て い る 。こ れ ら20世 紀 の 口マ ン ス に おい て 、ヒー ローた ちは、

魅力 的 で ハ ンサ ム な悪 魔とし て、ヒ ロイン と擬似 近親相 姦的関 係を結 ぶ父親的 恋人と して、

獣性 ・ 暴 力 性が 内 在 す る悪 役 的 人 物と し て 、 複合 的 な 特 徴を 共 有 し ている。 悪魔と しての ヒー ロ ー は 、ヒ ロ イ ン を魅 了 す る 常な ら ぬ 者 とし て 、 ロ マン ス を 女 性のファ ンタジ ーなら しめ て い る 。父 親 的 恋 人と し て の ヒー ロ ー は 、「 子 供 の よう に 無 条 件に父に 愛され る」と いう ヒ ロ イ ンの 、 ひ い ては 女 性 作 家・ 読 者 の 欲求 を 満 た す者 で あ る 。悪役的 人物と しての ヒー ロ ー は 、ヒ ロ イ ン が克 服 す べ き障 害 と し て物 語 を 成 立せ し め る 一方で、 屈強で 優秀な 男と 規 定 さ れて い る ヒ ーロ ー に 打 ち勝 つ こ と によ り 、 女 性の カ を 強 める働き をして いる。

ヒ ロ イ ン とヒ ー ロ ー を同 等 の 立 場に 置 く た めに 象 徴 的 去勢 や ヒ ー ロー の 死 を 必要 と し たl 9世 紀 の 作 品 と 比 べ 、20世 紀 の 作 品 に 必 要 な の は ヒ ー ロ ーが 女 性 的 カの 前 に 屈 服す る こ とだ け で あ り、 こ れ は 少な か ら ず 女性 作 家 及 び読 者 の 意 識の 変 化 や 実際に彼 女らの 有する 社会的なカの変化を反映しているものと思われる。

  318世 紀 後 半 か ら20世 紀 後 半 へ と 変 貌 し た ミ ル ト ン 的 サ タ ン と し て の ロ マ ン スヒ ー ロ ー の持 つ 特徴 ・―一 炎の日 、父親 代理、 悪魔性 一―の 背後に は、女性 作家・ 読者に とっ て 、 そ れら の 特 徴 をヒ ー ロ ー に寄 与 し な けれ ば な ら ない 、 絶 対 的な理由 がある 。ロチ エス タ ー の 象徴 的 去 勢 に表 さ れ て いる よ う に 、ま た 、 フ ロイ ト 、 ラ カンが説 くよう に、日 は性 的 欲 望 の「 代 理 」 であ り 、 ミ ルト ン 的 サ タン の 目 の 炎は 欲 望 の 炎である 。ヒー ローの

「刺し貫く(piercing penetrating)、.硬い|目(hard‑eyed)」は、ミルトン的サタンの男性的カ と魅 カ の 証 とし て 、 常 に受 け っ が れ続 け 、 ロ マン ス ヒ ー ロー の 卜 レ ードマー クとな ったの であ る 。 ロ マン ス ヒ ー ロー が ヒ ロ イン の 父 親 代理 の 役 目 を与 え ら れ ているの は、父 親に絶 対的 権 利 を 与え 、 父 娘 近親 相 姦 を 容易 な も の とす る 近 代 西欧 社 会 の システム を反映 してい る。 『 失 楽 園』 に お い て、 「 右 」 にあ る 者 で ある 息 子 と は対 極 の 「 左」にあ るもの として 規定 さ れ た 娘に と っ て 、父 親 の 愛 情を 求 め る のは 、 狂 気 とも 言 え る 強迫観念 なので ある。

ロマ ン ス に おい て 、 ヒ ーロ ー は 父 の愛 を 求 め る女 性 作 家 ・読 者 の フ ァンタジ ーを叶 えるた め、 父 親 代 理と し て の 性格 を 強 く 担う こ と に なる 。 そ の ー方 で 、 「 母親不在 」によ り無カ 化し た 娘 に カを 与 え る べく 、 し ば しば 母 親 代 理と な る 女 性キ ャ ラ ク ターが登 場する 。ヒー ロー の 悪 魔 性は ミ ル ト ンの サ タ ン を始 祖 と す る伝 統 か ら 来て い る が 、その一 方で、 女性と 悪魔 の 、 「 劣っ た 存 在 」と し て の 共通 項 も ま た、 ヒ ー ロ ーを 悪 魔 、 すなわち 女性の 仲間と する 要 因 の ひと っ と な って い る 。 また 、 悪 魔 と神 は 分 裂 した 一 対 の 父親像で あり、 息子を 愛す る 神 に 対し て 、 娘 を愛 す る 悪 魔は 、 娘 す なわ ち 女 性 作家 ・ 読 者 にとって 拠所と なりえ る存 在 で あ る。 こ れ ら の要 素 が 複 雑に 絡 み 合 った 結 果 、 ロマ ン ス ヒ ーローは ヒロイ ンを誘 惑 し 、 性 的 に 脅 か す 悪 魔 で あ り 、 同 時に ヒ ロ イ ンを 守 り 愛 する 父 親 的 恋人 な の で ある 。   4章 女 の 性 は 猶 太 ・ 基 督 教 的 家 父 長 制 社 会 に お い て 、悪 と 見 な され 、 断 罪 され て き た。 妊 娠 ・ 出産 と それ に伴う 危険は 女の性 に対す る神の 罰であ ると、 『聖書』 と『失 楽園』

は 説 い て い る 。18世 紀 、19世 紀 の 女 性 作 家 は 、 こ の 女 の 性 を 呪 う 「 父 」 の 声 の 前 に 、 沈黙 す る か 、躊 躇 い が ちに 囁 く に 留ま っ た 。 ブロ ン テ の 『ジ ェ ー ン ・エア』 の大団 円を成 立さ せ る 長 男の 誕 生 は 父の 声 へ の 妥協 の 産 物 であ る 。20世 紀 の 女性 作 家の作 品にお いて、

妊娠 と 出 産 は本 質 的 に 女性 に と っ て良 き も の とし て 賞 賛 され 、 神 話 化された 。しか し、ロ

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マンスヒロインたちは、結末の大団円を成立させるために、ジェーン・エアに倣って、男 児を出産し、息子を求める「父」に妥協しっづけている。女の性に対する女性作家・読者 たち自身の態度は比較的保守的で、曖味であり、女の性を「邪悪」と断じた「父」の声を 退けることができずにいるのが現状である。

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学位論文審 査の要旨 主査

副査 副査

教授 教授 助教授

長尾 山田 瀬名波

輝彦 貞三 栄潤

  the Taming of the Devil: A Study in the Various Aspects of Miltonic Satan Represented in the Heroes of the Novels Written     by Women Writers from late 18th century t0 20th century

    

( 日 本 語 訳 : 悪 魔 馴 ら し :

18

世 紀 末 か ら

20

世 紀 の 女性作家の小説のヒーローにおけるミルトン的悪魔の諸相の研究)

  審査担当者は、まず本論文の観点と手法に注目した。本論文が、英文学の古典中の古典 である、ミルトンの『失楽園』を完全にマスターし、その上で、ミルトンの描いたサタン の 系譜 を18世 紀 、19世 紀 、さ ら に は20世 紀 の、 主 として 女流作 家の作品 の中に跡 づ けて、「ロマン派以降の女性作家の作品におけるミルトン的サタンの伝統の継承と発展の 研究」を目指すものであり、豊富な古典の知識を基礎においた重厚かつスケールの大きい 論文であると判断した。古典の研究であると同時に現代文学の研究でもあるという二面性 を持っており、そのいわば新旧の両極を、サタン像の継承という観点tこよって、結びっけ ていること、そして、方法論的にも、純文学的な考察から、社会学的・心理学的な考察を 加 味 し た 議 論 へ と い う 、 幅 の 広 さ も 発 揮 し て い る 点 に 注 目 し た 。   審査担 当者は 、ついで 、本論文の議論の展開の明晰さに注目した。本論文はA4版タイ プ印字 で600ぺージ近 い、膨大 な論文 である。 それに もかかわらず、全体の構成と議論 の展開はきわめて明晰である。その第1章において、『失楽園』に描かれたサタン像を明 らかにしたうえで、十八世紀末の女流作家ラドクリッフの小説の悪役の男性の中に類似を 見いだす。さらにバイロンの諸作品に登場する悪魔的主人公、オースティンの小説、メア リー・シェリーの『フランケンシュタイン』、ブロンテ姉妹の小説といった、イギリス文 学の古典的作品群の中にサタン像の継承をたどっている。第2章は、一転して、二十世紀 後半の10人の女 性作家た ちの空 想的な小 説を取り 上げ( 作品数は50に及ぶ )、『失楽 園』を源流としブロンテ姉妹によって定着したサタン的登場人物がそこに受け継がれてい る様子 を明ら かにして いる。第3章 と第4章は、第1章 と第2章で跡づ けたこ の系譜に対 して、筆者が行った解釈を展開している。すなわち、第3章では、『失楽園』のサタンが、

女性作家および女性読者の願望によって、意識的あるいは無意識的に変容されつつ受け継 がれたこと、第4章では、このサタン的男性像とかかわる形で登場する、女性主人公の心

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理を取り上げ、そのような人物を描いた女性作家およびそれを受容する女性読者の心理が、

論じられている。

  審査担当者は最後に、当該研究領域における本論文の研究成果について、判定を行った。

1819世紀の 女性作 家たちの 小説に登 場する 男性人物 たちの 源流に、 『失楽 園』のサ タンがあるということは、すでに指摘されてきたことであるが、しかしこの問題をこれほ どまでに徹底的に洗い直し、さらにそれを現代の氾濫する出版文化にまでたどったのは、

他 に例を 見ない。 扱った 作品は、 古典的 作品にっ いては、8の作家の14の作品、さらに これらの作品には膨大な研究書が出版されており、その中の重要なものが本論文において、

ほ ぼ網羅 されてい る。ま た現代の 氾濫する女性作家たちの作品については、10の作家の 50の作品が 取り上げ られて 論じられている。もちろんこれを本格的なミル卜ン研究とし て 、また19世紀女性 作家論 として、あるいは現代の女性問題の議論として、それぞれ別 個に見るならば、不十分な点がないわけではない。しかしながら、そのーっだけでも学位 論文を形成するに十分と思われるテーマを三っも取り上げて、しかもそれを系統づけたと いう点は、驚くべき快挙であり、力作であることは明らかであると判定した。英文学研究 の中の、ミルトン研究、バイロン研究、ブロンテ姉妹研究、現代女性問題研究、といった 複 数 の 研 究 領 域 に 、 大 き な 刺 激 を 与 え る で あ ろ う 論 文 で あ る と 判 定 し た 。   審査担当者は、学位申請者に対する口述試験を含め、前後6回に及ぶ審査委員会をもち、

入念な審査を重ねた。口述試験に臨んだ学位申請者の受け答えは、博識に支えられ、自信 に満ちた堂々としたものであった。これらの審査の末に、審査担当者は、本論文が、長年 にわたる研鑽と熟慮の成果を、壮大なスケールで展開したものであり、学位授与の基準を 十分満たす研究成果であるという点で、意見の一致を得て、その旨の審査報告を教授会に 対して行った。

参照

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