博 士 ( 農 学 ) 野 田 真 人
学 位 論 文 題 名
樹 木 年 輪 幅 の 時 系 列 変 動 の 解 析
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
年輪年代学の手法は、枯死木、埋没木、建築物や遺物の木製品など,の 年輪幅の変動を利用して、樹木が生育していた絶対年代を1年単位で推 定する解析法である。
日本の年輪年代学研究は昭和初期にいくっかの研究機関で行われてい た。当時は 日本のような温暖湿潤な気候下で育つ樹木の成長には、外 的な要因のうち樹木間の競争による影響が強く関与し、気候要因による 影鬢は弱い。従って、年輪の形成には樹間競争などの外的要因に関与す る成分が支配的で、気候に関与する成分の占め.る割合が小さくなる と 結諭づけられていた。このような樹木年輪幅の年輪年代学や年輪気候学 への適用は、好ましくないと考えられ、統一的な解析の手法が確立され ずに今日まで至っている。
本研究はアカエゾマツ・スギ・ヒノキに適用する年輪年代学の手法を、
年輪幅の指標化法、解析法、応用例などを通して検討したものである。
第1章では、欧米や日本における年輪研究史を検討し、日本の年輪年 代学の確立を困難にした問題点を挙げ、これを究明するための研究目的 と概要について述べている。年輪年代学の成立の条件である広い地域に 共通する年輪幅の時系列変動、すなわち 年輪幅変動の同時性 の検討 が行われていないことが、過去の研究の流れから判明した。年輪幅変動 の同時性に影聾する気候変動の成分は、年輪幅に微小な変動として含ま れている。微小な変動を抽出し強調する方法として、多量の供試木の年 輪幅系列を積算平均し、適した指標化関数を導出して、これから年輪幅 変 動 の 同 時 性 を 明 ら か に す る 方 法 の 必 要 性に つい て 述べ てい る 。
第2章では、年輪年代学で用いる指標年輪幅系列を得るための最適な 指標化関数の導出を試みた。指標年輪幅系列は実測された年輪幅に関数
形の処理を行い算出するため、用いる関数形により異なる年輪幅系列に なる。年輪幅系列のモデルを作り、各種の関数形(指数・多項式・口ー パスフアルタ・ハイパスフィルタなど)が持つ特性を統計的な有意水準 から検討した。また、アカエゾマツ天然林についても同様の検討を行っ た結果、
3
次多項式と5
年以下の短周期成分を通過させるハイパスフィ ルタを併用した指標化法が、年代の推定に適した関数形として推奨され た。第
3
章では、ハイパスフィルタを用いて同一円板内の異なる方向や同 一個体内の地上高の異なる円板、異なる個体、異なる立地間の年輪幅変 動の同時性をまとめている。アカエゾマツ、ヒノキ、スギの同一円板の異なる方向における指標年 輪幅系列間は、ともに、高い有意水準になり方向による影響が少ないこ とを示した。横断面での年輪の偏心の影響は指標化することにより問題 にならないことが確認され・た。地上高0.3から9. 3mまでの、地上高の異 なる円板の指標年輪幅系列は統計的に有意な水準にあること、さらに、
平均のt一値は、地上高5.
3m
で最大値を示し、樹梢や地際に近づくほど 小さくなることが判明した。これらの結果から、年輪幅変動の同時性か ら見た最適な樹幹の部位1ま、枝下高以下の地上高5‑ 3m付近であると考え ら れ る 。 そ れ が 困難 な 場 合 は 胸 高部 位 に よ る 代用 も 可 能 で ある 。同一樹種の異なる個体の指標年輪幅系列における相関分析の結果、統 計的に無相関および負相関を示した固有(同時性をもたない)の変動を もつ個体数は277個体の約12%の
30
個体であった。この結果から、年輪年 代の推定に用いる標本数については、単木あるいは数本の標本数の解析 では固有の変動をもつ供試木を選木する可能性が高くなり、年代の推定 の.うえで信頼性に欠けた結果を導くことが考えられ、一地点で少くとも10
個体以上の標本数が必要である。天然木は造林木に比べて複雑な成長 過程をたどることから、固有の年輪幅変動が強く現れる可能性が高いと 考えられていた。しかし、アカエゾマツ天然木とヒノキ、スギ造林木で 固有の年輪幅変動を持つ個体の頻度を対比した結果からは、差異か認め られなかった。第
4
章 では2
章と3
章 で得た 年輪幅変動の同時性の解析法を単木から 地点へ、さらに地域へと拡大し、地域間に共通した年輪幅系列の変動の 解析例について述べている。‑ 353
―天 塩地 方 演習 林 と雨 龍 地方 演習 林 のア カ エゾマツの63個 体による年輪 指 標 年の 出 現年 代 は70年間 に
80
所 (頻 度 確率80%以 上)が認めら れた。約
10
年に1
個の頻度 で生じる′年 輪指標年だけ では、年輪年 代の絶対推定 を 行 うこ とは できないが、 副次的な指標 としてtま有効で あることを確 認 した。196
、O年〜 1975年代にかけて西日本を中心とする地域のスギ、ヒノキの 成 長に共通する 減少が認めら れた。この減 少;ま、当該期間の気温や降雨 量 の 変化 に 特異 的 な傾 向 が見 られ な いこ と 、西日本を中 心とする全域 、 特1
こ 海 岸域で 強く現れてい ることから大気 汚染や風など の外的要因か 深 く関与している可能性が示唆された。年 輪幅 の同 時 性を も つ地 域 の広 がり の 目安 になる統計的 な信頼限界の 距 離は、アカエ ゾマツで約13 0km、ヒノ キで約
350km
、 スギで約200km
で あ っ た。 こ れら の 樹種 を 年輪 年代 学 の手 法 に適用する場 合、上記の信 頼 限界距離を考慮しなければならない。.第
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章で は、年輪 年代学の視点 から前章まで の解析の結果 をふまえて、手 法 の総 合 的な 評 価を 得 るた め、 伐 採年 と 伐採地が不明 なアカエゾマ ツ 柱 材 につ い て、 伐 採年 と 伐採 地の 推 定例 を 述べている。 推定のための 対 象 木 は雨 龍 地方 演 習林 の 母子 里旧 学 生宿 舎 の柱材である 。雨龍地方演 習 林 の
4
地 点 のア カ エゾ マ ツ天 然木 の 標準 年 輪幅 曲 線( 地点 を 代表 す る年 輪 幅 の標 準 曲線 ) と柱 材 の標 準年 輪 幅曲 線 とは高い有意 水準でクロス デ ー テ ィ ング さ れた 。 さら に4
章で 求 めた 年 輪指 標 年の 出現 年 代の 照 合を 行 っ た 結 果 、1939
年 の 秋 か ら 翌 年 の4
一5
月 まで に伐 採 され た こと が 統 計 的 及び 視 覚的 に も推 定 され た。 ま た、 ア カエゾマツ天 然木の標準年 輪 曲 線 から 求 めた 統 計的 な 信頼 限界 距 離の 関 係式から、伐 採地は雨龍地 方 演 習 林411
林 班 を 中 心 と す る 地 域 で あ る こ と が 推 定 さ れ た 。柱 材の 伐採 年 や伐 採 地の 推 定を 可能 に した 要因として、 アカエゾマツ が 年 輪年 代 の推 定 の成 立 条件 (同 時 性・ 生 育地域の広さ )を満たして い た こと、ハイパ スフィルタに よる指標化が 年代の推定に適していたこと、
多 数 の天 然 木と 柱 材の 年 輪幅 系列 に よる 積 算平均が実行 できたことな ど が 挙 げら れ る。 な おア カ エゾ マツ の 年輪 幅 の時系列変動 の情報から伐 採 年 と 伐採 地 を推 定 した 解 析例 は本 研 究が 最 初の事例であ ると思われる 。
第
6
章 では 、 指標 化 法及 び 指標 年輪 系 列の 積 算平 均 を用 い た年 輪系 列 の 作 成に つ いて 総 合的 に 考察 し、 年 代推 定 が可能である ことを明らか に している。学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
深澤 藤原 堀口 大谷
学 位 論 文 題 名
和 三 滉 一郎 郁 夫 諄
樹木年輪幅の時系列変動の解析
本 論 文 は 6章 か ら な り 、 図 61、 表 45、 引 用 文 献 115を 含 む 総 頁 数167 の 和 文 論 文 で あ る 。 別 に 参 考 論 文29編 が 添 え ら れ て い る 。
年 輪 年 代 学 の 手 法 は 樹 木 の 年 輪 幅 の 変 動 を 利 用 し て 絶 対 年 代 を1年 単 位 で 推 定 す る 解 析 法 で あ る 。 日 本 で ; ま 、 気 候 が 温 暖 で 湿 潤 な た め 、 樹 木 年 輪 幅 の 変 動 は 樹 木 間 の 競 争 の 影 響 が 大 き く 、 気 候 の 影 響 が 小 さ い た め 、 こ の よ う な 樹 木 の 年 輪 幅 の 変 動 は 年 輪 年 代 学 へ の 適 用 が 好 ま し く な い と 考 え ら れ て き た 。 そ の 結 果 、 日 本 の こ の 分 野 の 研 究 で は 統 一 的 な 解 析 の 手 法 が 確 立 さ れ ず に 今 日 ま で 至 っ て い る 。 本 論 文 で は 樹 木 年 輪 幅 の 時 系 列 変 動 の 導 出 に 課 題 を 紋 り 、 広 。 い 地 域 に わ た っ て 生 育 す る ア カ エ ゾ マ ツ や ヒ ノ キ 、 ス ギ を 対 象 に 解 析 し 、 さ ら に 日 本 に お け る 年 輪 年 代 学 の 手 法 の 確 立 に っ い て 論 及 し て い る 。
第1章 で は 、 年 輪 年 代 学 の 成 立 の 条 件 で あ る 年 輪 幅 変 動 の 同 時 性 す な わ ち 、 広 い 地 域 に 共 通 す る 樹 木 年 輪 幅 の 時 系 列 変 動 の 解 明 に 論 点 を 設 定 し て い る 。 欧 米 や 日 本 の 研 究 史 を 検 討 し 、 日 本 の 年 輪 年 代 学 の 確 立 を 困 難 に し た 要 因 に つ い て 述 べ 、 そ の 要 因 は 年 輪 幅 を 指 標 化 す る 関 数 形 に 起 因 す る と 推 察 し て い る 。 第2章 で は 、 年 輪 年 代 学 で 用 い る 指 標 年 輪 幅 系 列 を 導 出 す る た め の 最 適 な 指 標 化 関 数 の 探 究 を 試 み て い る 。 各 関 数 形 ( 指 数 ・ 多 項 式 ・ ロ ー パ ス フ ィ ル タ ・ ハ イ パ ス フ ィ ル タ な ど ) が 年 輪 系 列 の モ デ ル か ら 検 討 さ れ た 。 ま た 、 実 際 の 年 輪 幅 の 変 動 に 適 用 し 、3次 多 項 式 と5年 以 下 の 周 期 成 分 を 通 過 さ せ る ハ イ パ ス フ ィ ル タ を 併 用 し た 指 標 化 法 が 年 代 推 定 に 適 し た 関 数 形 と し て 導 出 さ れ て い る 。 第3章 で は 、 ハ イ パ ス フ ィ ル タ を 用 い て 、 同 一 個 体 の 水 平 ・ 垂 直 方 向 や 異 な る 個 体 、 異 な る 立 地 間 の 年 輪 幅 の 同 時 性 に つ い て 検 討 し て い る 。 ア カ エ ゾ マ ツ 、 ヒ ノ キ 、 ス ギ に お け る 同 一 円 板 の 年 輪 幅 の 方 向 に よ る 差 異 の 影 響 は 小 さ い こ と が 明 ら か に さ れ た 。 ア カ エ ゾ マ ツ の 地 上 高 が0. 3mか ら9.3mま で の 円 板 間 の 年 輪 系 列 ‑ 355―
には統計的に有意な差は示されない。また梢端や地際に近くなるほどt−値は小さ くなり、地上高5. 3mが最大値になることから、供試円板jま、枝下商以下の地上高 5. 3m付近が最適であると推察している。
同一樹種の異なる個体の同時性の検討では、277個体のうち247個体(約88%)に 同時性が確認された。同時性をもたない固有変動が12%あることから、ー地点に おける標本数は少なくとも10個体以上必要であることを示唆している。複雑な成 長過程をたどる天然木は個体に固有の年輪幅変動が強く現れると考えられていた が、アカエゾマツ天然木とヒノキ、スギ造林木の固有変動の対比からは差異が認 められなかった。
第4章で は2章と3章で 得た年 輪幅 変動 の解析 法を 地点 から 地域へ拡大し、地 域間に共通した年輪幅の時系列変動の解析例について述べている。アカエゾマツ の63個 体に よる年 輪指 標年 の出 現は70年間に80所(頻度確率80%以上)で認め られた。この頻度確率からみて年輪指標年のみからの絶対年代の推定は困難であ るが、副次的な指標としては有効であることを示した。1960年〜1975年代にかけ て西日本を中心とする地域のスギ、ヒノキの成長に共通する減少が認められた。
この期間の気温や降雨量の変動に特異的な傾向が見られないこと、西日本を中心 とする全域、 特に海岸域で強く現れていることから、この減少は大気汚染や風な どの外的な要因が関連すると推論している。また異なる採取地において同時性を 示す統計的な信頼限界距離はアカエゾマツの天然木で約13 0km、ヒノキで約350krnヽ スギで約200kmであることが算出された。
第6章では、これまでの結果をふまえて、手法の総合的な評価を行うため、伐 採年と伐採地の不明なアカエゾマツ柱材(雨龍演習林旧学生宿舎)を用いて、伐 採 年と伐採地の推定が検討されている。雨龍地方演習林の4地点のアカエゾマツ 天然木の標準年輪曲線と柱材の標準年輪曲線とは高い有意水準でク口スデーティ ン グさ れ、 年輪指 標年 の出 現年 代の照合も確認され、1939年秋から翌年の4ー5 月 に伐採されたことか統計的及び視覚的な方法により推定された。また、4章で 求めた統計的な信頼限界距離の関係式から、伐採地は爾龍地方演習林411林班付近 であることを推定している。
第6章でtま、ハイパスフィルタによる指標化法および指標年輪系列の積算平均 を用いた年輪系列の作成について総合的に考察している。
以上の結果は、わが国の年輪年代学の研究を方法論の点から確立し実証したも のであり、高く評価される。
よって審査員一同は、別に行った学力確認試験の結果とあわせて、本論文の提 出者野田真人は博士(農学)の学位を受けるに十分な資格があるものと認定した。