‑ なぜ 助産所で 産む㍍ か ‑
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望意衆轡 東学院鬼濃艶 余勢学研愛称
地域文官監薗噂政 見鎚観望盈霊 山 名香 奈菜
現代 の 助産習俗 助産 所 出 産
‑ な ぜ助 産 所 で産む の か ‑
地域文 化 論専攻 1 0 4 M 2 1 2
山名 香 奈 美
現代の助 産習俗 助産 所 出 産
‑ な ぜ助 産 所で産むのか ‑
目次
序章 助産 所 との 出会い
第1 章 畳 の 上の お産
第1 節 助 産 所との出 会い 2 第2 節 助 産 所の風 景 3
妊 婦 健 診 3 出 産の とき 4 母児 同 室 5 第3 節 助 産 師 安 保 ゆ きの 6
助 産 師 安 保 ゆ きの誕 生 6
助 産 所 開 設 8
第2 章 医療施設 と し ての助産 所
第1 節 出 産のた めの 医療 施 設の登場 1 4 明 治 時 代の大 学 病 院 出 産 1 4 都 市に おける病 産 院 出 産の増 加 1 5 入院 分 娩 施 設と し ての助 産 所 1 6 第2 節 戦 後の出 産 場 所 変 遷 1 7
施 設 内 出 産 ‑ の移 行 1 7 出 産 場 所 変 遷の 要 因 1 8 第3 節 助 産 所 盛 衰 1 9
医 療 施 設と して の助 産 所の登場 1 9 助 産 所 出 産の衰 退 2 1
第4 節 1 % の助 産 所 出 産 2 2 出 産の満足度 2 2 助 産 所 出 産と少 子 化 2 5
第3 章 出 産介 助者の役割と助産 第 1 節 歴 史に み る出 産 場 面と介助 者 役割
平 安 時 代 2 7 鎌倉時 代 2 8
2 7
‑ ‑ ‑
1 4
江 戸 時 代 3 0 昭 和 の産小 屋出 産 3 2 ナ ン ド出 産 3 3 介助 者の いない 出 産 3 5
第2 節 民 俗 誌 ・ 民 族 誌か ら み た助 産 3 6 出 産 習 俗と産 婆 3 6
出 産と積れの概 念 3 6
第3 節 教育され た産婆 3 7 産 婆 教育の は じ ま り 3 7 産 婆と助 産 婦 3 9
第4 華 人 の誕 生にお ける医療と 現 代の助 産 所 出 産 第 1 節 医 師に よ る出 産 介 助の時 代 4 2
出 産 介 助 者 の変 化 4 2 介助 者 変 化の背 景 4 4
第2 節 医 療介入 ‑ の反 発と助 産 所 出産 4 8 医 療介入 に よ る出 産被害 4 8 自 然 出 産 志 向と助 産 所 4 8 第3 節 人の出 産に お け る助 産 4 9
出産 を支え る習 俗 4 9 助 産と は 5 0
失わ れ た出 産 習 俗と助 産 5 0 第4 節 誕生 を支え る助 産 所 出 産 5 1
現 代の助 産 習 俗 5 1
助 産 所 出 産を支え るもの 5 2
終章 これからの助産
参 考文献 5 4
現 代の助産習俗 助産 所 出 産
‑ な ぜ助 産 所で産むのか ‑
序 章 助産所との 出会い
人の誕生 の場 面が 日常 生 活か ら切り離され る ようになっ て久しい。 合 計 特 殊 出生率が 1 .3 2 となり7i1A):、 9 9% が病 院 出産で あ る今の 日本で は、 出 産の場 面に出 会 うこと は簡 単で はない。
か つ て出 産は ほ と ん ど が自 宅で行わ れ ていた。 と ころ が終 戦 後、 施 設での出 産が奨励 され る
と、 病 院 や 診 療 所、 助 産 所での出 産が急増し、 昭 和 3 5 年に は約 半 数が施 設での出 産となっ た。
そ の後 も 病 院 や 診 療 所での 出 産は増え続 ける 一 方、 助 産 所 出 産は昭 和 4 2 年をピ ー ク に減少 し、
平 成2 年の出 生 割 合は病 院 や 診 療 所9 9% 、 助 産 所 1% 、 自 宅そ の他 0.1 % となっ た。 こ のよう な経過から、 助 産 所 や 自 宅での出 産はやがて 消 滅して し まうの ではないか と思われた が、 助 産 所 出 産1 % という 割 合は 1 5 年 以上経っ た現在も 変わら ず、 年 間 約 1 万 人 が助 産 所で誕生 し て
いる。
2 0 0 3 年、 私は ひ と つ の助 産 所 を 訪ね た。 三重 県 鈴 鹿 市に あ る安 保 助 産 所である。 その建 物 は病 院 や 診 療 所と は違っ て いた。 外観は、 正面の看 板を除 け ば、
一 般 住 宅の ようであ る。 玄 関 に 入 って靴 を 脱 ぎ、 右 手の扉を 開 ける と そこが診 察 室になっ て い る。 診 察 室と言っ ても、 事務 机以外は、 小さ なテ ー ブルと椅子 が数 脚、 ベ ビ ー ベ ッ ド が ひ と つ 置い てある だ け の こじ ん ま り と し た応 接室 である。 テ ー ブル奥のカ ー テンを 開 ける と、 白 く 細 長い ベ ッ ド があり、 聴 診 器 や 血圧 計が見え、 やっ と診察室だとい うこと が わ か る。 診 察 室をさ らに輿 ‑ 進み廊 下に出る と 入 院 個 室が あ り、 畳の部屋 が3 つ並 んで い る。
こ こに来る女 性 や家族は 「 こ こは い い よ」 と言 う。
所 長の安 保 ゆ きの氏 は、当 時9 3 歳に し て現 役の助 産 師であっ た。 三重 県 鈴 鹿 市で開 業6 0 年、
これ ま で に取り 上 げた生 命は4,0 0 0 人を超え、 地 元 小中高 校でい のちの講 演 を 行 う など、 周 産 期 を 中心 と し て 地域に深 く 関わ っ てきた。 そ し て、 今 なお彼 女 を 慕っ て多くの人がこ の助 産 所 で出 産をする。 経 験 豊 富 な 助 産 師で あ ること は 理解できる が、 9 3 歳は かなりの高 齢で あ る。 出 産 する女 性 や家族に は、 彼 女の年 齢に対 する 不安はない のだ ろうか。
こ こに来た 人々 はなぜ 「 こ こはい い よ」 と言 うのだ ろう。 助 産 師 安 保ゆ きの 氏の どこに魅 力 を 感 じ るのか、 なぜこ こで産む決心 を し たのだ ろうか。 病 院 や 診 療 所で出 産 する 人 が ほ と ん ど という 今の日本で、 助 産 所 出 産をする に は勇 気が 必要 なので はないだろうか。
1 % の助 産 所 出 産が、 消え 入 り そうになりながら も 続いているのはなぜ か。 安 保 助 産 所で は
い っ た いどの よう なこと が行 われ て い るのか、 その 日常 を 見 つめ ること で、 答えの 一 端を明ら か に でき れ ば 幸いである。 人の出 産と その 出 産を助け る人、 出 産 する場 所 や 方 法との関 係、 そ
し て、 助 産と は何か に つ い て考え る。
托) 合計 特 殊 出 生 率と は、 1 5 ‑ 4 9 才ま での女子の年 齢 別 出生率 を 合 計し たもの。 平 成1 8 年 度の 合 計 特 殊 出 生 率は 1.3 2 であっ た ( 厚 生 労働 省 発 表)。
第1 章 畳 の上のお 産
安 保 助 産 所で出 産 するの は ど んな 女 性たち なのか。 彼 女たちと助 産 所との 出 会い、 妊 婦 健 診 から 出 産、 産 後の過ご し方ま での助 産 所に お け る 日常風景 をみ ていくこと とする。
第1 節 助 産 所との出 会い
女 性たちが、 安 保 助 産 所での出 産を考え る ようになる きっか け は、 友 人 や知人を通じ て、 あ るい は、 鈴 鹿 市 保 健セ ンタ ー での母親 教 室 受 講 など である。 安 保 助 産 所 発 行の『想い出ノ ー ト』
I)
に は、 その様子 が詳 細に書か れ ている。 ノ ー トの記 述か ら は、 安 保氏 に出 会 っ て あ るいは助 産 所を訪 れて感 銘を受 け、 助 産 所での出 産 を 決心 し てい る人が多い ( 以 下 「」 内は『想い出ノ
ー ト』 投稿を 抜 粋、 個人 が特 定 されないよう 筆 者が編集し ている)。
「わ た し が こ こを選ん だのは、 親 友のお見舞い に来た とき、 と ても 気 持 ちよく 感 じ た か ら。」
「 こ こでのお産を考え た のは、 保 健 所での 母親教 室を受 けて か ら です。 安 保 先生 のお話を聞い て、 自 然 分 娩のよさを改め て考え る ようになり ま し た。」
「友人 から 自 然 分 娩が できる安 保 助 産 所を紹 介 し てもらい、 こ の次 妊 娠 し たら、 安 保 さん に お世 話になろうと思っ ていた。 毎回 の健 診で先 生たちの人柄、 自 然 出 産のす ばら しさに納 得 し
出 産 を迎え た。」
「私が安 保 助 産 所を知ったのは、 友人 がこ こで出 産し、 いろい ろ話 を 聞いて い た か ら。 そ ん ない いところなら私 も二人目 を そこで産み た いなと思っ てい ま し た。 でも、 実 際に先生 に あ っ
たこ とも な く、 ど んな 場 所か見た ことも な く 決め か ね て友 人に相 談し た とこ ろ、 『初め か らこ こで産む と決めなくても、 気 軽に見 学に行け る と ころ よ』と い っ てくれて気が楽になり ま し た。 そ し て初め て来 所し て お話をいろ いろ聞い て い るう ちに、 こ こ の人た ち は み んな 産 婦 や 赤 ちや ん の身になっ て お 産 を し てくれ る、 病 院と は ぜ ん ぜ ん違 う、 と思い、 帰る頃に は こ こで産 も う
と 心 に決め ていま し たo」
「私が安 保 助 産 所 を 知っ たのは、 妊 娠8 ケ月の とき、 知人 に安 保 助 産 所で の座 談 会に誘わ れ た こと です。 安 保 先 生の自 然 分 娩の話、 出 産に関わ る様々 な 話を聞か せ ていた だき、 出 産シ ー
ン の ビデオ ま で見せ てい た だき、 こ こで産ん で み た い なと 心 に強 く 思い帰り ま し た。」
「長 女を妊 娠 し てい る時、 保 健 所で受 けた 母親 教室 で の安 保 先生 の姿がず ー つ とJL,に残 って
い たの です。 畳の上 で自 然に お産が できる、 私に と っ てずっ と あこが れで し た が、 助 産 所と い
うところの認 識不 足 から、 私 自 身あきら め てい ま し た。 し か し、 思いがけ ず 妊 娠を知っ た とき、
これ が最 後のチャ ン ス かもし れないと、 いてもた っ てもいられない 気 持 ちで夫に相 談し ま し た。」
1) 安 保 助産所 『想い出ノ ー ト第 1 集 ̀9 4 ‑ '9 6 ‑ 自 然 出産を し た仲 間た ちの声‑ 』 発行元 安 保 助産 所. B 5 版 1 6 8 ペ ー ジの文集で、 安保 助産所で出産を終え た 母親た ち が感 想 等を綴っ たノ ー ト を ま と め た もの であ る。 平成6 年 ‑ 平 成8 年に出産 し た初 産 婦 ( 初めて出産した女 性) 1 5 名、 経産 (2 回 以 上の出産経 験 者)
3 1 名 ( うち1 0 名は リピ ー タ ー) の自由記 載で、 記載 内 容のキ ー ワ ー ドは、 自 然 (2 8 名)、 安心 (1 5 名) 、 リ ラックス (7 名)、 のん び り (7 名) ( 全 員が経 産 婦) 、 家 庭 的 (4 名) 、 ゆっく り(3 名) 、 保 養 所 (3 名) とな
っ て いる。
「上の子は病 院で、 陣痛 促 進剤に よ る出 産で し た。 何の説 明 も な く 薬 を 使わ れ たこと で病 院
‑ の信 頼はな く なり ま し た し、 分 娩 台に縛 られ ての 出 産 も 耐え ら れ ま せ ん で し た。 そ んな 時、
安 保 先生のお話 を うか がい、 感 動し てこち らで産む決心をし ま し た。」
「出 産は産まれて来る 子 が自 然の力で出てこようとする。 産 婦は その自 然の力に乗る だけ。
今の病 院は その力 を無 視し て産ま せ て いる。 そ れ と、 先 生の温 かい人 柄、 助 産という 仕 事 ‑ の 信 念を ひ し ひ し と感じ、 こ こな ら 安心 し て出 産できる と思い決心 し た。」
「家の近 くの病 院に通っ ていま し た が、 予 定日近 く なっ て骨 盤の レ ン トゲンをと り、 子 宮口
を や わ らかく する薬 を も ら うと、 もし か し て産まさ れる、 と怖 く なり その病 院 を やめ て し まい ま し た。 友 人に紹介し てもらい、 予 定日間 近の私 を 笑 顔で受 け入 れ てく だ さっ たのが安 保 先 生 で し た。 主 人は安 保 先生の年 齢 を 聞いてJL,配し ていま し た が、 立会い分 娩で その心配 もどこか
‑ 飛ん で行っ て し ま った ようで し た。」
「助 産 所での出 産は、 お腹の子どもの こと を 考え る と た めらいがあり ま し た。 もし異 常があ
った ら 手遅 れにな ら ないだ ろうか と。 でも、 こ こ を教え てくれ た ご近 所の方に何 度か連 れてき ていただいて、 先 生のお話 を 聞いた り、 ビデオ を見せ ても らっ て いるう ちに迷いはなく なり、
安心 し て出 産に望むこと が出 来ま し た。」
「 知人 のお見 舞いに訪 れる ま で、
"
お産は病 院でするもの" と当 然の ことの ように思っ てい
た私で し た が、 そ の先入観も、 先 生に お会い し て話をさせ て いた だくこと で 一 転し ま し た。 お 産は産まされ るもので はな く、 自 然の流 れに沿っ て自 分が自 分の力で産むもの、 ということ を 教えられ たのです。」
『思い 出ノ ー ト』 の記 事 を 読む限り、 来 所 以降は 比較 的 すんなり と助 産 所での出 産を決 断 し て いる人が多い ように見 受 け られ る。 し か し、 中に は数ヶ月の迷い の後、 助 産 所での出 産を決 め た人 もいる。
『ぬく もりの選 択 安 保 助 産 所 出 産日記』 の著者は、 不 妊に悩ん でいた時、 友人 に連 れ られ て訪 れた安 保 助 産 所の第 一 印象を、 次のように記 し ている。 「(こ こで、 畳の上 で産むの。 え え やろ。 という 友 人の言葉に対し) こんな畳 の上 で産むの ? 衛 生 面と か で本 当に大 丈 夫 なん だ ろ うか、 と困 惑 し た。 その時は、 と てもじやないが素 直に、 い い ね ‑ 、 なん て言 え なか っ た ( 浅 川 1 9 9 9 : 2 1‑2 2, 2 9・3 1)」 。
その後、 入院個室である 畳部 屋の 一 室に通 され、 お茶 を飲みながら 不 妊の悩み につ いて話し た こと が記 され、 助 産 所 訪 問の 2 週 間 後に妊 娠が判 明 する。 それから 妊 娠8 ケ月 になる ま で、
助 産 所で産む か病院で産む か悩み続 ける。 「 自 然 分 娩と いう もの ‑ の強いあこが れと 安 保 助 産 所の 温 か いぬく もりを必要 とし ていながら、
一 人になる と初め てのお産、 未 知のお産 ‑ の不 安
と、 そ のお産で何かあっ た 時 ‑ の恐 怖 感に かられ た。」 病院で の健 診 や 友 人との会話 など、 妊 娠8 ケ月になる ま での エ ピ ソ ー ド が語 ら れ、 最 終 的に は、 妊 婦 健 診が楽し かっ た助 産 所 ‑ 足 が
向 くようになってい った、 と書かれている。