奈良県におけるいじめ・不登校に関する教育臨床的 研究? −心の教室相談員を対象として−
著者 小野 昌彦, 生田 周二, 堂上 禎子
雑誌名 教育実践研究指導センター研究紀要
巻 9
ページ 163‑168
発行年 2000‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10105/4186
一心の教室相談員を対象として一
小野 昌彦・生田 周二
(奈良教育大学教育実践研究指導センター)
堂上 禎子
(奈良教育大学附属中学校)
MasahikoONO,ShujiIKUTA
(CenterforEducationalReserchandTraining,NaraUniversityofEducation)
Sadako DONOUE
(JuniorHighSchoolattachedtoNaraUniversityofEducation)
要旨:奈良県内の心の教室相談員45名を調査対象としてアンケート調査を実施した。調査は、心 の教室相談員のいじめ、不登校への対応における問題を自由記述させた。自由記述の結果を「対 応に際しての問題」、「連携の問題」、「実質的役割の問題」、「学校・生徒への全般的理解」、「その 他」の5つのカテゴリーに分類した。不登校への対応では、「対応に際しての問題」に関する回答 数が多かった。いじめへの対応では、「連携の問題」に関する回答数が多かった。
キーワード:心の教室相談員、いじめ、不登校 1.問題と目的
1.1.いじめ問題に関する全国及び奈良県における動向
近年、いじめ問題が、全国的に大きな教育問題となっている。全国的な傾向として、いじめの 発生状況は、近年減少傾向にあるものの、特に中学校で高い発生状況が続いている。
奈良県におけるいじめの発生状況の特徴は、全国的傾向と共通するものがあり、近年減少傾向 にあるものの、中学校で高い発生状況が続いている。この点を詳細に検討すると、第一に、発生件数 は小・中学校の場合、平成6年度(小学校151件、中学校256件、高等学校23件、合計430件)3)
Tablel 奈良県におけるいじめ発生件数(平成10年度奈良県教育委員会資料)
(単位:件)
年 度 小 学 校 中 学 校 高 等 学 校 計
平 成 4 年 度 7 9 18 9 29 2 9 7
平 成 5 年 度 5 2 16 0 2 1 2 33
平 成 6 年 度 1 5 1 25 6 23 4 30
平 成 7 年 度 14 6 2 18 32 3 96
平 成 8 年 度 1 22 22 5 28 3 7 5
平 成 9 年 度 69 2 1 1 1 5 2 9 5
をピークに減ってきている。特に平成9年度(小学校69件、中学校211件、高等学校15件、合計 295件)3)は平成6年度比で小学校(46%)と高等学校(65%)では半減あるいは3分の2に減少 しているが、中学校では82%と高い水準に留まっている(Tablel参照)。全国的には、平成7 年度(小学校26,614件、中学校29,069件、高等学校4,184件、合計60,096件)1)がピークで近年減 少傾向にあり、とりわけ小学校が61%(平成7年度から平成9年度)と4割の減少となっており、
奈良県と同様の動向である。
第二に、上記の点と関連しているが、中学校での発生が各年度とも半数以上を占めている。全 国的にも、中学校でのいじめ件数が全体の約半数を占める傾向は共通している。平成9年度(小 学校16,294件、中学校23,234件、高等学校3,103件、合計42,790件)1)についてみると、中学校の 占める比率は54%であった。これに対して、奈良県の場合、平成9年度は小中高の全件数の内、
中学校で72%を占める。別の尺度である1校当たりの発生件数の全国レベルとの比較では、小学 校が平成9年度では0.3件で全国レベルの0.7件に比して約2分の1であるのに対して、中学校では 1.9件で全国レベルの2.2件よりやや少ない程度である。
次に、こうした動向に対して、奈良県立教育研究所の教育相談に持ち込まれるいじめの件数は、
平成8年度が来所相談346件(全体の11%、以下同)、電話相談(「杉の子テレホン」)325件(21
%)、平成9年度では来所相談392件(11%)、電話相談394件(24%)となっており、不登校に次 いで多い相談事項になっている3)。特徴的な点は、いじめの発生件数は減少傾向にあるが、相談 件数自体は逆に増加している点である。
1.2.不登校問題に関する全国及び奈良県の動向
文部省の学校基本調査1)によると、平成10年度の年間30日以上欠席した不登校の小中学生は、
合わせて127,694人で、平成9年度のそれを2割も上回った。年度毎の増加率の推移を見ると、平 成8年度から平成10年度の増加率はそれまでよりも高く、年を追う毎に高くなっている。ただ、
平成9年までは長期欠席の理由を「学校ざらい」を不登校の数としていたが、それを平成10年度 は「不登校」に変更した。このことで、新たな件数が増加したとの見方もあると、文部省は分析 している。
また、奈良県においても、平成10年度の不登校の小中学生は、小学生392人(平成9年度292人)
中学生1,335人(平成9年度980人)で増加しており、30日以上の長期欠席者のうち、不登校の小 中学生の割合は、いずれも、平成9年度より大幅に増加した3)。また、1948年の調査開始以来は じめて、全体に占める不登校の割合が、小学生0.44%(全国0.34%)、中学生2.55%(全国2.32%)
となり、全国平均を上回った。
児童・生徒数が年々減少しているにもかかわらず、不登校の小中学生が増加していることより、
不登校の小中学生数は、急増していると考えられる。
文部省は不登校の背景について「家庭の問題」「学校のあり方」「本人の意識の問題」等が複雑 に絡み合っていると分析し、最近は「不登校はどの子にも起こり得るものであり問題行動ではな い」とも認識するようになってきた。
1.3.いじめ、不登校問題への対策としての「心の教室相談員」
学校現場において深刻化する、いじめ、不登校への対策の一つとして文部省は、平成10年度か ら全国の公立中学校に「心の教室相談員」を設置した。設置の目的は、生徒の悩み等の相談にのっ
たり、学校・家庭・地域の連携を支援したりすることにより、生徒が悩み等を抱え込まず、心の ゆとりを持てるような環境を提供することにある2)。以下に心の教室相談員の概要を記述する2)。
(1)相談員は、地域の教職経験者や青少年団体指導者等の地域の人材から本事業の趣旨を理解し、
積極的に取り組む意欲のある人を「心の教室相談員」として選考する。
(2)配置校は、スクールカウンセラー配置校及び3学級以下の小規模校を除く公立中学校とする。
(3)勤務形態は、週4日程度(1日当たり半日程度)。ただし、地域の実情に応じ、弾力的な勤 務形態が可能である。
(4)職務内容は、児童生徒の悩み相談・話し相手、地域と学校の連携の支援、その他の学校の教 育活動の支援である。
1.4.本研究の目的
以上のように心の教室相談員は、平成10年度からの設置であり、現在までいじめ・不登校へど のような対応がなされているのかは検討されていない。
そこで、本研究においては、奈良県下の心の教室相談員を対象として、いじめ・不登校への対 応に関する課題を明らかにする事を目的とする。
2.方法 2.1.調査対象
調査対象は、奈良県内の「心の教室相談員」45名であった。
2.2.材料
心の教室における「いじめ」、「不登校」への対応について以下のような内容の質問紙を作成し た。
(1)心の相談室相談員として「いじめ」への対応に関しての課題を挙げてください。(箇条書き でお原帥\します。いくつでも結構です。)
(2)心の教室相談員として「不登校」への対応に関しての課題を挙げてください。(箇条書きで お願いします。いくっでも結構です。)
(3)心の教室相談員としてその他に課題がありましたら挙げてください。(箇条書きでお願いし ます。いくつでも結構です。)
2.3.手続き
郵送によるアンケート調査を実施した。10月初旬に各市町村教育委員会教育長宛に調査依頼文、
心の教室設置中学校長宛に依頼文および質問紙を郵送した。各中学校校長から心の教室相談員へ 質問紙を渡してもらった。対象73校中45校の協力が得られた。協力率は61.6%であった。
3.結果と考察
3.1.心の教室相談員のいじめへの対応の課題
Table2に、心の教室相談員のいじめへの対応における自由記述の内容と頻度、順位、代表的
な記述例を示す。学校・教員との連携(回答数23、順位1)、対応法の工夫(回答数19、順位2)、
体制(回答数15、順位3)という項目の頻度が高かった。各カテゴリーの最多回答としては、
「学校にどういう形で報告するか」「いじめられた子と同様にいじめた子へのカウンセリングの在 り方」「子どもが相談室に入りやすい雰囲気づくり」が記述されていた。
これらのことは、心の教室相談員がいじめに関する情報を得た際の対応を模索している現状を 反映しているといえよう。
Table2 いじめへの対応の回答例の分類 カテゴリー 回答数 順位 記述例(最多回答)
対応に際しての問題 接点づくり 情報収集 対応法の工夫
その他
5 生徒の実態を把握して「いじめ」早期発見につとめる。
7 ⑤ 被害者・加害者についての情報収集。
19 ② いじめられた子と同様にいじめた子へのカウンセリン グの在り方。
8 ④ 秘密の保持。
連携の問題
学校・教員との連携 家庭・保護者との連携 地域・専門機関との連携
23 ① 学校にどういう形で報告するか。
3 家庭との連携の取り方。
1 出身小学校との連携の取り方。
実質的役割の問題 体制
時間
15 (診 子どもが相談に入りやすい雰囲気づくり。
8 ④ じっくり話を聞く時間がない。
学校・生徒への全般的理解
学校への理解 4 学校内の雰囲気の把握。
生徒への理解 6 日常の子どもの観察。
その他 5 啓蒙活動の際のやり方。
該当外 1 信頼される教師像の確立。
3.2.心の教室相談員の不登校への対応の課題
Table3に、心の教室相談員の不登校への対応における自由記述の内容と頻度、順位、代表的 な記述例を示す。対応法の工夫(回答数16、順位1)、接点づくり(回答数15、順位2)という
「対応に際しての問題」の頻度が最も高かった。各カテゴリーの最多回答として、「担任、相談員 それぞれの特性を生かした本人、家庭とのかかわりを工夫する」「不登校の子への相談室の紹介 の仕方」が記述されている。また、注目すべき点として、不登校児へ手紙を書くなどして接点づ くりに努力していることなどが記述されていた。
また、学校・教員との連携(回答数14、順位3)、家庭・保護者との連携(回答数11、順位4)
という「連携の問題」の頻度も高かった。各カテゴリーの最多回答として、「担任と個々の生徒 についての情報交換」「保護者らとの情報交換」が記述されていた。
これらは、不登校問題という学校場面において、対象児と接触不可能な場合が多い問題に対し て、本人及びその周囲の人とかかわりを持つ方向で努力し問題解決に取り組む心の教室相談員の 姿勢を示唆しているといえよう。
Table3 不登校への対応の回答例の分類 カテゴリー 回答数 順位 記述例(最多回答)
対応に際しての問題 接点づくり
情報収集 対応法の工夫
その他
15 ② 不登校の子への相談室の紹介の仕方。
7 ⑤ 学校へ来ていない生徒の実態を把握する。
16 ① 担任、相談員それぞれの特性を生かした本人、家庭と のかかわりを工夫する。
7 ⑤ 中立性の維持。
連携の問題
学校・教員との連携 14 ③ 担任と個々の生徒についての情報交換。
家庭・保護者との連携 11 ④ 保護者らとの情報交換。
地域・専門機関との連携 4 地域の人々からの協力や援助を得る。
その他 1 周囲の人たちとの関係づくり。
実質的役割の問題 体制
時間 その他
どこまでかかわればよいのか(必要な場合家庭訪問も すべきなのか)。
11 ④ 時間が少ないため、十分な対応ができない。
5 相談内容が気軽なものになる傾向がある。
学校・生徒への全般的理解 学校への理解
生徒への理解
担任、学年方針の情報の少なさ 相談員が担当校の生徒の理解を深める
その他 5 少しづっ参加できそうな場合、特定教科だけ参加する ことなどを学校側に認めてもらえるか。
該当外 2 授業研究の必要。
3.3.その他の課題
Table4にその他の課題の自由記述の結果の内容と頻度を示す。「連携の問題」(回答数28)、
「相談室の体制の問題」(回答数25)、「相談員の位置づけの問題」(回答数13)、「対応に際しての 課題」(回答数12)という項目の頻度が高かった。
今後の心の教室相談員のあり方として検討されるべき課題が示唆されたといえよう。
Table4 その他の回答例の分類
カテゴリー 回答数 記述例(最多回答)
対応に際しての問題 12 一度に相談室に押し掛けられたときの対応。
連携の問題 相談室の体制 相談員の位置づけ 学校・生徒の理解
その他 該当外
8 5 3 7 6 2
2 2 1
教師との連携。
継続的・系統的な相談のための時間が不足。
相談員の定義の周知徹底。
学校行事への参加。
全生徒への存在のアピールが難しい。
「課題」より具体的対応の方が書きやすい。
3.4.まとめ
本研究では、心の教室相談員にいじめ、不登校の対応に関する課題を自由記述させるという方 法を用いて実態を検討した。その結果、いじめ問題においては連携、不登校問題においては対応 法という要因が課題として多く挙げられた。心の教室相談員が、模索しながらもこれらの問題に 取り組む姿勢が示唆された。また、その他の課題として、心の教室の在り方に強い関心がもたれ
ていることが示唆された。
いじめ、不登校への一つの有効な対策として心の教室の役割を生徒及び教員、親の視点から明 らかにしていくこと及び保健室などにおける実態を明らかにしていくことが本プロジェクトの今 後の課題である。
謝辞
本調査実施に際しまして貴重なご助言をいただきました奈良県教育委員会宮田庄一氏に厚く御礼 申し上げます。
引用・参考文献
1)文部省:『平成11年度学校基本調査』、1999
2)文部省(初等中等教育局):『心の教室相談員活用調査研究委託実施要項(案)』、1998 3)奈良県教育委員会:『平成11年度奈良県教育委員会資料』、1999
4)日本の子どもを守る全編:『子ども自書1999年度』、草土文化社、1999