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企業価値とステークホルダー価値

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(1)

著者名(日) 萩下  峰一

雑誌名 山梨学院大学経営情報学論集

巻 17

ページ 39‑51

発行年 2011‑02‑09

URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000311/

(2)

はじめに

 企業は、株主の論理いいかえれば資本の論理 を根源にもちながら巨大化の過程をたどってい く中で、ますます社会への影響を大きくし、社 会との関わりを強くかつ複雑にしてきた。しか し、そのような中で「企業と社会」「社会的責任」

などが論じられるようになり、株主の視点、あ るいは資本提供者の視点だけから企業経営を考 えるわけにはいかなくなった。

 「企業とは何か」「企業はどうあるべきか」の 議論は、これまで長い間なされてきた資本主義 における企業の根本的問題である。換言すれば、

それは「企業の営利性と社会性」「株主と社会」

「公と私」を問題としたものであるといえる。

現在、いろいろな領域で高い関心が持たれてい る CSR やコーポレート・ガバナンスも、上の 問題と切り離せないものである。

 経営学関連の学会では、これまでに「社会と 企業」の関係が論じ続けられてきたが、企業の

「価値」の観点から「社会と企業」が中心テー マとして論じられることは少なかったと言って も良いのではなかろうか。そのような中、昨年 の日本経営学会においては、統一論題のサブテ ーマの一つとして「企業価値の再考」が設けら れ、はじめて「企業価値」が直接問題とされ た1)

 このように最近、ブーム的な時期を終えて企 業の本質論に立って企業価値を検討した論文等 が見受けられるようになっている2)。筆者も 2005 年に、経済産業省が公表した「企業価値 報告書」の企業価値概念を検討したことがあ

3)が、再度、企業価値の課題を整理してい きたいと思う。その場合、便宜的に企業価値を

「株主価値とステークホルダー価値」として二 元的に対応させて述べていくことになる。

 企業価値概念は、これまで多様な捉え方がな されているが、「株主価値とステークホルダー 価値」にはいくつかの問題が存在するのである。

そこで、それらの問題を明らかにしながら、と りわけステークホルダー価値は、企業の実践的 行動を理論的に説明するにはいくつかの難しい 問題があることを指摘する4)

1.企業価値

 価値についてはさまざまな捉え方がある。広 辞苑によると、価値は、「①物事の役に立つ性質・

程度。経済学では商品は使用価値と交換価値と をもつとされる。ねうち。効用。②『よい』と いわれる性質。『わるい』といわれる性質は反 価値」とある。さらにまた、「広義では価値と 反価値とを含めて価値という」との説明もある が、一般的には価値は狭義のプラスの性質をも っているものとして理解される。

 社会や企業にとって価値あることは、好まし いことである。そうであれば、社会あるいは企 業においては価値が創造されることが望まれる し、そもそも企業は価値ある存在でなければな らない。多くの価値が創造されることによって、

豊かな社会が形成されるのである。

 近年になって、企業価値が大きな関心を呼ぶ ようになったのは、M&A によるものであり、

「合併・買収(M&A)が戦略として普及した 結果、企業それ自体が一般商品化して売却の対

企業価値とステークホルダー価値

萩 下 峰 一

(3)

象となるにいたったから」であるといわれる5)。 企業を商品と見ることに関しては異論があるも のの、商品であれば市場において取引が生じ、

そこに市場価格が必要となる。価格は価値の表 現の一つであるから、価格のつかない、すなわ ち価値のない企業は M&A の対象になること はない。アメリカでは、資本主義発展の過程で このような M&A が盛んに行われてきた。また、

わが国においても、グローバル化の進展の中で、

そのようなアメリカ的な M&A の件数が増加 してきているのである。

 わが国において企業価値概念は、ライブドア とニッポン放送そしてフジテレビとの間の M&A 抗争や村上ファンドによる M&A によっ て一般の社会に注目されるようになったといえ よう6)。また、このようなことは、企業価値に とどまらず、「企業とは何か」「企業はどうある べきか」について一般の人々を喚起したことに おいても意義があったといえよう。

 さらに、企業価値は、一般社会だけではなく、

司法の場においても登場するようになった。こ のライブドア事件に関して、東京高裁は、「会 社には株主のほかにも、従業員・取引先・顧客・

地域社会などの利害関係者が存在し、これらの 利害関係者の利益を高めることは、長期的には 株主全体の利益にも沿うということができるか ら、企業価値4 4 4 4の検討に当たっては、これらの利 害関係者の利益をも考慮する必要があると一応 いうことができる7)」と述べている。

 スチール・パートナーズ対ブルドックソース 事件においても、東京高裁はステークホルダー との関係をうたいながら企業価値について触れ ている。「株式会社は、理念的には企業価値4 4 4 4を 可能な限り最大化してそれを株主に分配するた めの営利組織であるが、同時にそのような株式 会社も、単独で営利追求ができるわけではなく、

1個の社会的存在であり、対内的には従業員を 抱え、対外的には取引先、消費者等との経済的

な活動を通じて利益を獲得している存在である ことは明らかであるから、従業員、取引先など 多種多様な利害関係人(ステークホルダー)と の不可分な関係を視野に入れた企業価値4 4 4 4を高め ていくべきものであり、企業価値4 4 4 4について、專 ら株主利益を考慮すれば足りるという考え方に は限界があり採用することができない8)」と。

 これらの司法の陳述をみると、企業価値は株 主と株主以外のステークホルダーとの関わりの 中で取り上げられていることが伺える。しかし、

残念ながら東京高裁は「企業価値とは何か」に ついては述べていない9)

 企業価値は、多様でその使われ方にも統一性 がないといっても過言ではない10)。企業価値は、

一義的に捉えられておらず、実に多様な概念が 登場しているのが現状である。しかも、企業自 身の変化と社会の変化は、企業価値の概念を複 雑なものにしているといっても良いだろう。

 最近は、企業の価値をめぐって株主価値、顧 客価値、従業員価値、社会価値、組織価値、ブ ランド価値、事業価値、無形資産価値、本源的 価値、内在価値など、さまざまな価値が使われ ている。

 多様な価値がある中で、石崎氏は、企業価値 が経済価値、社会価値、環境価値、ブランド価 値の4つからなるとしている。ただ、環境価値 は社会価値に含めることもできるとしている。

また、2005 年には、経済産業省が「企業価値 報告書~公正な企業社会のルール形成にむけた 提案~」を、経済産業省・法務省が「企業価値・

株主共同の利益確保又は買収防衛策に関する指 針」を公表している。経済産業省の「企業価値 報告書」においては、図1のように、企業価値 を「株主利益とステークホルダーの利益」から なるものとして二元的に捉えている。そして、

企業価値は「概念的には、『企業が生み出すキ ャッシュフローの割引現在価値』を想定するも の」と定義される。

(4)

 図1は企業価値報告書の企業概念図である。

 「株主利益とステークホルダーの利益」は、

議論の両極にある企業観とも関わるものであ る11)。これまで企業の本質が議論されるとき には、一方に株主主権モデルが他方にステーク ホルダーモデルがあったといえよう。

 バブルの崩壊後、かつての日本的経営が鳴り を潜め、「資本の論理」を貫徹させるアメリカ 型経営がわが国にも導入される必要性のあるよ うな風潮が出てきた中で、エンロンやワールド コムの破綻、リーマンショックなどの事件が生 じた。それによって、アメリカ型の経営モデル の問題点が指摘され、今度は逆に批判の対象と なった。しかし、その代りの経営モデルがある わけでもなく、いまは新しい経営モデルを模索 している時期であるといってよいであろう。

 ステークホルダーは、企業と社会の関係を論 じるときには不可欠な存在である。企業は、社 会的存在である故、株主以外のステークホルダ ーとの関わりを無視することはますますできな くなっている。むしろ重要な経営問題の一環と して捉えなければならなくなっているのである。

 したがって、今日、株主価値だけで企業価値 を論じるのではなく、ステークホルダー価値を 企業価値の一環として論じることは意義あるこ とである。そこで、以下では、「株主価値とス テークホルダー価値」を企業価値との関わりの 中でとりあげ、その問題点を明らかにしてい く12)

2.株主価値

 日本では、バブル崩壊後、コーポレート・ガ バナンスの高まりの中で株主価値重視の経営あ るいはキャッシュフロー経営が日本的経営に代 わって主張されるようになった。そのときの論 調は、株主重視への転換を促すものであった。

企業価値重視の経営もこうした背景のもとに現 れてきたものであるといえる13)

 それまで、日本では、株主が経営問題として 表に出てくることはあまりなかった。日本の株 主は、株主の権利を保証されながらも、行動す る株主ではなく、株式相互持合いによる安定株 主が中心であった。その安定株主となっていた のが銀行や事業会社である。一般の株主は、株 価の値上がりによるキャピタルゲインを得るこ とに関心を寄せていたし、また、株主総会は、

形式的な開催にとどまり無機能化していた。

 長い歴史をもち資本主義経済を発展させてき た株式会社にとって、制度的に株主はもっとも 重要なファクターであり中核的位置に存在して きた。資本主義の先進国であるアメリカやイギ リスでは、株主そして株主価値を中心とした企 業経営がなされていることが特徴として指摘さ れる。

 株主価値を中心とするアメリカ型の企業モデ ルは、市場を重視し「資本の論理」を優先する ものである。アメリカ型モデルのもとでは、激 しい競争が行われ、強者の論理が支配する。強 図1

(5)

者は市場に勝ち残り、一方の弱者の企業は犠牲 あるいは廃業を強いられることとなる。資本の 論理は、ある意味で冷徹な価値をもっていると 言わなければならない。

 このような論理が支配する企業価値は、新古 典派経済学の流れを汲むファイナンスでは早く から理論的フレームワークの重要な概念となっ ていた。また、企業の経済計算を行うわが国の 会計学においても 2000 年頃からこれらの概念 が議論となってきている。

 これらの学問領域においては、基本的に株主 が企業の所有者として位置づけられた論理構造 をもっている14)。そこで次にファイナンスの 理論的フレームワークをとりあげ、企業価値や 株主価値がどのような意義をもっているかを述 べることにする。

株主価値最大化目的のファイナンスの論理  ファイナンス理論は、企業価値あるいは株主 価値を目的において、それを高めるためのフレ ームワークを論理的・体系的に整備している。

ファイナンス理論は、「資本の論理」に基づく ものである。しかし、その資本は狭義の株主資 本であるだけではなく、他人資本をも包摂した 資本であると言わなければならない。

 企業の所有者を株主とする企業観では、企業 価値=株主価値15)の基本公式が成り立つ。し かし、一般的には、企業資本は、負債と株主資 本によって構成されているので、企業価値=負 債価値+株主資本価値として捉えられる。かく して企業価値は、ファイナンス理論においては 企業に導入されている資本の価値(資産価値)

となる。しかも、この価値は簿価ではなく時価 として捉えられる。時価とは市場価値であり、

それは市場における投資家たちの売買によって 決まるものである。したがって、ファイナンス 理論における企業価値は資本市場をも含めた理 論構成をもつこととなる。

 資本市場における投資家たちは、日々の得ら れる情報によって将来のキャッシュフローを予 測し、そのキャッシュフローを得ることを目的 として意思決定を行う。したがって、企業は、

これら投資家の期待に応える経済的責任をもつ ことになる。投資家にとっても企業にとっても、

この経済的価値であるキャッシュフローを獲得 することが重要となるのである。

 資本の市場価値は、理論的には将来の(フリ ー)キャッシュフローを割り引いて求められた 現在価値である。株主価値は、株主資本の価値 であるから、それは株式の価値として表わされ ることになる。そして、株式の市場価値は株価 であり、株価は、株主に帰属する将来のキャッ シュフローを割り引いた現在価値となる。企業 は、株式を発行して株主資本を集めているから、

株価に発行株式総数を掛けた総額が株主価値で あり、時価総額となる16)

 一方、負債の時価総額は、株式と違って確定 した利子を生み出すので一定と見なされ、結局、

企業価値を変動させるものは株主価値部分であ るということなる。

 さて、このようなファイナンスの理論フレー ムワークを示すと次の図2のようになる17)。  さらに、説明を続けよう。

 企業は、事業を展開するために資本市場から 資金を調達し、それを運用し、結果としてキャ

図2

(6)

ッシュフローを得る。そして、最終的な成果は 株主に帰属する価値となり、これが配当と内部 留保に分かれる。この一連の資本の循環を企業 価値(または株主価値)の最大化を目標として、

体系的に示したものが上図であるが、そこにお いて株主価値を最大化するためには、資本コス ト、貨幣の時間価値が重要な概念としてかかわ ってくるのである。

 まず、資本コストに関しては、企業が利用す る希少な経営資源である資本は、他人資本も株 主資本(自己資本)もコストを発生するものと して理解される。銀行借入や社債などが支払利 子として資本コストを発生させることは問題な く理解されるが、株主資本が資本コストを発生 させることについてはなかなか理解されがた い。長い間、日本の企業経営者は、株主資本に 関わるコストは株式発行費用と株主に支払う配 当金ぐらいしか考えていなかったといえるであ ろう。

 ファイナンス理論では、資本コストはいくつ かの重要な機能を果たす概念として理解され る。第一は、将来価値を現在価値に還元すると きの割引率、第二は、投資プロジェクトの採否 の意思決定におけるハードルレート(採否基 準)、第三に企業が実現しなければならない最 低必要収益率である。

 一つ一つの説明はここでは割愛するが、この ような三つの機能を持つ資本コスト概念を用い ることによって企業価値が計算される。企業価 値はフリーキャッシュフローを加重平均資本コ スト(WACC)で割り引くことによって求め られるのである。このときのフリーキャッシュ フローは、投資家(債権者と株主)に帰属する 価値が用いられる。すなわち、これは、資本を 提供してくれた利害関係者に分配される価値で ある。

 企業は、この資本コスト以上の投資収益率

(CFROI)を上げるプロジェクトを採用し続け

ることが企業価値ひいては株主価値を増大させ ていくことになるのである。

 株主価値に直結する指標は、株式の価格であ るところの株価である。したがって、株主価値 を高めるためには株価が上昇していかなければ ならない。このようなことから、企業価値を最 大化することは、すなわち株主価値を最大化す ることであり、株価を最大化することであると いう論理になるのである。

 ところが、現実には、資本市場が理論のよう な完全市場ではないことや、投資家が合理的な 意思決定ができずに心理的に影響を受けてムー ドで意思決定を行うことがあるために、理論価 格からかい離した価格が市場で形成されてしま う。また、インサイダー行為や株価に関連する 情報を操作するなどの犯罪的な行為が起こるこ ともある。こうした現実は、本来の公正な価格 を歪めてしまっていると言わねばならない。

 ここで、あらためて強調しておかなければな らないのは、ファイナンス理論でいう株価最大 化、株主価値最大化は、このような現実を許す ものではないということである。

 株主価値を決定する根源ともなるキャッシュ フローの獲得、すなわち儲けは、その質をも問 われなければならないであろう。どのような企 業行動がそのキャッシュフローを生み出したの か、手段を選ばぬ株主価値獲得行為であったの かである。資本主義企業が社会において健全に 発展していくためにも、儲けの額だけが問題と なるのではなく、その質をもが問われなければ ならないのは言うまでもないことであろう。キ ャッシュフローが、正当な経営意思決定、企業 行動としてもたらされるものであるならば、そ の価値は社会的にも是認され、企業価値に適切 に反映される必要がある。

(7)

3.ステークホルダー価値

 新古典派経済学の流れを汲むファイナンス理 論の企業価値を見たが、これに対比されるのが ステークホルダー価値である。

 経営学は、常に企業と社会を問題にしてきた。

そこではステークホルダーが必然的に登場して くる。このステークホルダーを取り込んだ論述 は、いまや経営学分野だけではなく、株主を中 心とする論理構造をもつファイナンスや会計 学、会社法の分野においても見られるようにな っている18)。しかし、いまだ確立したステー クホルダー理論があるわけではなく、ステーク ホルダーを取り込んだ理論を模索しているとい っても良いであろう19)

 筆者は、2009 年に「市場主義から新たな市 場主義」と題して経済同友会の報告書を検討し たが、そこでも経済同友会の視点が、2000 年 を境として 1990 年代に強調された市場主義か ら大きな転換をしていることが明らかとなっ た。経済同友会は、『21 世紀宣言』(2000)に おいて「市場の進化」というコンセプトを掲げ た。「市場の進化」とは、「社会的価値」「人間 的価値」が評価プロセスに加わった自律的な市 場であり、経営者は、企業が「社会の一員」「社 会の公器」であるものとしてステークホルダー を視野に入れながら、時代の状況に応じて企業 と社会の相互関係を築いていかなければならな いというものである20)

 ステークホルダーへの関心は、エンロン、ワ ールドコムの行き過ぎた株主価値経営や株価至 上主義、わが国の企業不祥事、CSR 論等を背 景に、特に高まりを見せてきたといえる21)。  そこで、ステークホルダーとの関係の中で企 業価値を創造していかなければならないとの観 点から、ステークホルダーの価値はどのように 捉えられるのであろうかを検討する必要があ る。しかし株主価値と違って、次に述べるよう

に、ステークホルダー価値は実に厄介で難しい ものである。

ステークホルダー価値の問題

 まず、ステークホルダーの範囲の問題がある。

ステークホルダーの範囲によって企業価値は異 なったものとなる。たとえば、先に述べた負債 を利子生み負債だけでなく、資本関係以外の債 権者の価値をも含めれば、ステークホルダーは 取引関係者にまで広がる。ドノバンらは、顧客、

従業員、投資家をステークホルダーと捉えてい る22)。さらに、資本の持分関係以外の従業員、

消費者、地域住民等を含めればステークホルダ ーの範囲はさらに拡大していくことになる。

 田中・石崎・原田23)は、法的エクイティだ けでなく疑似的エクイティをも考慮に入れて企 業価値を次のように示している。

企業価値=株主価値+債権者価値+従業員価 値+取引関係者価値+・・・+顧客価値+地 域住民価値+地球環境価値・・・・①  ここでは、ステークホルダーを最広義にとら えており、しかも、地球環境価値をもステーク ホルダー価値に含めている。地球環境以外はす べて人的要素であるのに対して非人的要素が含 まれている点で違和感はあるが、それもエクイ ティ主体となりうるとするならば、企業価値は 上記のようなことになろう。ただ、今日の CSR 論においては、持続的発展の観点からス テークホルダーに地球環境を含めることが一般 的であるといえる。

 第二に、一元的目的と企業価値の分配である。

 まず、企業価値を左辺に置いた①では、すべ てのステークホルダー価値の総和が企業価値と なる。企業価値を最大にすることが目的とされ、

それが最大化するにはそれぞれの価値が最大化 されれば良いのであるが、複数の価値が最大化 するような最適解はあるのであろうか疑問であ る。

(8)

 ①について、石崎氏は「株主価値は企業価値 の一部であり、企業価値を大きくすることによ って結果的に株主価値が大きくなるという関係 にある」という。確かに企業価値が増大すれば 株主価値も増加する可能性4 4 4はある。しかし、こ のようなことは、論理的には言えない。企業価 値が増大すれば、株主価値が増大することが必 ず保証されるわけではない。仮に、株主価値と それ以外の価値で考えてみると、分配率が一定 であれば先のようなことは言えるであろうが、

企業価値が増加したとしても価値の分配過程に おいて分配率が変更されれば、株主価値の方が 多くなったり、逆に少なくなったりする。

 株主価値最大化が唯一の目的であるときにこ れは明らかになる。株主価値最大化のために、

もう一方のステークホルダー価値は、極力削減 されることとなる。目的の実現のためには一方 の価値は手段化されることになる。これは等式 を変えることによって説明することができよう。

株主価値=企業価値-(債権者価値+従業員 価値+取引関係者価値+・・+顧客価値+地 域住民価値+地球環境価値)・・・・②  一応、ステークホルダーを①のように捉える ものとした場合、等式は②のように変えること ができる。株主価値を唯一の目的とする場合に は、右辺の企業価値を最大化することは株主価 値の増加につながるプラス要因であるが、カッ コ内の株主以外のステークホルダー価値はマイ ナス要因となるので、それを極力削減するとい う考えにつながることになる。いわゆるステー クホルダー価値の費用化、手段化がなされてい る。逆に、③のように株主以外のステークホル ダー価値の最大化を唯一の目的とすれば、株主 価値はマイナス要因となる。

債権者価値+従業員価値+取引関係者価値

+・・+顧客価値+地域住民価値+地球環境 価値=企業価値-株主価値・・・・③

 第三に、ステークホルダー間における分配と 満足化の問題である。

 ステークホルダー理論は、そのような一元的 目的をとるものではなく、多元的目的に立脚す るものであるといわれる。しかし、この点にそ の特長がある反面、問題も存在するといわなけ ればならない。

 ステークホルダー理論においては、企業価値 を最大にすることに異論はない。すべてのステ ークホルダーを満足させることが重要なのであ る。ここでは、必然的に最適化や最大化ではな く、満足化が目的となる。というのは「最適化 理論によれば、異なる二つのものを同時に最適 化する、あるいは二つの望ましくない変数を同 時に最小化することは不可能」であるからであ る24)。そこで、問題となるのが満足化基準で ある。だが、その基準が明確化されなければ、

それは抽象論で終わってしまうことになり、各 主体者は意思決定することができない。また、

企業経営者の意思決定として、きわめて主観的 なバランス論に終わってしまうのである25)。 多様な価値観をもつステークホルダーを満足さ せる基準はそもそもありうるのだろうかという 疑問をもたざるを得ない。ここには利益相反の 問題が存在しているのである。

 第四に、ステークホルダー価値の測定問題が ある。価値を判断する場合には、一般的に測定 が必要となる。測定には量的測定を伴う。しか し、ステークホルダー価値は、必ずしも定量的、

しかも貨幣尺度によって表されないという特徴 がある。ステークホルダー価値は、定性的かつ 非経済的価値を含むために、経済的価値とそう した価値を総合した適切な価値指標はもちあわ せてはいない26)と言っても良い。ここにステ ークホルダー価値の重要な問題点があると言わ なければならない。

 最後に、数量的にアプローチしている測定指 標について簡単に触れておこう。

(9)

 ステークホルダー別の個別の価値としてでは なく、全体としてのステークホルダー価値ある いは企業価値を表わしているものとしては、経 済的に測定される付加価値が上げられるであろ う。しかし、付加価値概念はステークホルダー 価値計算を行うためにあるものではなく、本来、

国民経済的な価値概念である。これを企業の業 績尺度として捉えようとするのが付加価値論で ある。これについては、過去に中山隆祐教授が 付加価値批判をしたことを発端に「付加価値論 争」がおこなわれているが、今日の会計のフレ ームワークに代わるステークホルダー価値の会 計はいまだ制度的に確立してはいないと言って もよい。しかし、ステークホルダー価値は、必 ずしも定量的、しかも貨幣尺度によって表され ないという問題はあるが、それでもステークホ ルダーを包括した「新しい持分会計」が必要と されなければならないのではないだろうか。ス テークホルダーへのデスクロージャーは、現在 の株主中心の会計フレームワークでは十分では ないと思われるし、ステークホルダー価値を論 理的に表す計算構造の会計が確立されることが 重要であろう。ステークホルダーに対して現在 の会計制度が持っているような情報提供ができ る新しいフレームワークが求められるのである。

 また、非経済的価値を組み込んだ BSC(バ ランスト・スコア・カード)もステークホルダ ー価値測定方法として検討に値するであろうと いうことを、ここでは言っておくに留める。

 最後に、ステークホルダー価値を直接に述べ たものではないが、マイケル・ポーターとマー ク R. クライマーは、「CSR と戦略」について 述べる中で、一般に出されている CSR に関連 するランキング指標についての問題点を指摘し ている27)。まず、アメリカのダウ・ジョーン ズの「サスティナビリティ指数」やこれと並び 称される「TSE4Good 指数」をみても、評価 基準がばらばらであることが上げられている。

さらに、評価指標に採用するデータは入手しや すいものになっていること、選んだデータの信 頼性が低いこと、企業が発表するデータは財務 情報のように制度的になっておらず、基準があ るわけでもなく、また外部のチェックをも受け ていないこと、これらの問題点のために、ほと んど意味のない CSR ランキングがはびこって いるということなどが指摘されているのであ る。したがって、多様な個々のステークホルダ ーを抱えているものを総合的なステークホルダ ー価値指標として一つに測定することの困難さ は十分予想されるものである。

おわりに

 本稿では、二元論的に「株主価値とステーク ホルダー価値」を取り上げ、それらの問題を指 摘してきた。足立氏は、株主価値を現実的企業 価値、ステークホルダー価値を規範的企業価値 と呼んで、ステークホルダー価値は、ともすれ ば「~ねばならぬ論」「~すべき論」「必要があ る論」に終わってしまう恐れがあることを述べ ている28)

 とくに株主価値に比べてステークホルダー価 値は、実践的な経営行動を支える理論的フレー ムワークに関して、脆弱性を感じざるを得ない。

 ただ、本稿で意図していることは、規範論を 否定することではない。問題は、規範論がいか に実践に結びついていくかを、今度は実践的立 場から検討していかなければならないことにあ る。そのためにも、経営行動に指針を与えるよ うな「企業価値評価モデル」が必要となるであ ろう。それは、意思決定者が価値ドライバーを 理解し、価値ドライバーが事業活動および企業 価値に与える影響との関わりを検討することと なる。

 今後は、資本主義の本質的原理の上に、どの ような実践的な行動をとることが、長期的な企 業価値の向上につながっていくかを課題としな

(10)

ければならない。経営は実践であり、規範を現 実的行動に繋げていかなければならないからで ある。

1.日本経営学会は、2009 年9月1日から九州産 業大学で開催され、統一論題は「社会と企業:

いま企業に何が問われているか」であった。

サブテーマとしては、「企業価値の再考」「コ ーポレート・ガバナンス論と企業観」「事業目 的と使命」の3つが設けられた。

2.田中亘「企業価値研究会報告書の検討―デラ ウェアの影、そしてその影との戦い―」『商事 法務』1851 号、2008 年。足立浩「企業価値概 念の基本的二重性」『日本福祉大学経済論集』

第 39 号、2009 年9月。石崎忠治、中瀬忠和『コ ーポレート・ガバナンスと企業価値』中央大 学出版部、2007 年

3.拙著「企業価値概念と課題―『企業価値報告書』

を中心として―」『経営情報学論集』第 12 号、

2006 年

4.それは、ステークホルダーや CSR を否定する ものではなく、それらのもつ限界あるいは問 題点を明らかにし、現在の制度から発展した より良い制度ができることによって、高潔な 企業の社会となることを望むためである。

5.小松章「株式会社の再定義と企業価値の変容」

日本経営学会編『社会と企業:いま企業に何 が問われているか』千倉書房、2010 年、27 頁 6.ライブドアの M&A は、グローバル化の中で

の一つの表れにすぎない。

7.東京地裁平成 17 年3月 11 日決定『判例タイ ムズ』1173 号、150 頁。中村美紀子「株主主 権におけるコーポレート・ガバナンスと CSR との関係」『山口経済学雑誌』58(2)、2009 年

8.東京高裁平成 19 年7月9日決定『商事法務』

1806 号 47 頁。最高裁レベルでも「企業価値」

概念が用いられたが、それは本事件のみであ る。さらに、最高裁においても「企業価値」

概念は用いられている。

9.司法におけるこれらの事件は、共に M&A に 関する事件である。原は、最高裁の企業概念 を検討している。原 弘明「企業価値と株主の 評価 : 類型化による問題点の整理」『法政研究』

76(1/2)、2009 年 10 月

10.足立浩「企業価値概念の基本的二重性」『日本 福祉大学経済論集』第 39 号、2009 年9月、青 木 茂男「アカデミック・フォーサイト あい まいな『企業価値』」「会計・監査ジャーナル」

Vol.19, No.8(2007/8) ( 通 号 625)pp. 128~

133 第一法規

11.企業の利害関係者が述べられるときには、株 主とステークホルダーを対比させることが多 くみられる。本稿でもその概念を価値の観点 から対比させながら問題点を明らかにしてい こうと思う。足立浩「企業価値概念の基本的 二重性」『日本福祉大学経済論集』第 39 号、

青 木 茂 男「EVA(Economic Value Added、

経済的付加価値)の本質と諸問題」『JACPA ジャーナル』No.512MAR.1998. 石崎・中瀬『コ ーポレート・ガバナンスと企業価値』中央大 学出版部、2007 年、今西宏次「コーポレート・

ガバナンス論と企業観再考」『同志社商学』

2010.3、落合誠一「敵対的買収における株主 とステークホルダー利益の対立」『経営戦略経 営』2006.1、「株主価値と多元的価値」田中雅 康、石崎忠治、原田昇編著『業績評価会計』

中央経済社、2006 年。

12.ステークホルダーのアプローチはさまざまな ものがあるが、Freeman などは、戦略的にア プローチしている。水村は、企業戦略・戦略 経営、「社会的責任」論、「企業と社会」、企業 統治、企業倫理などのアプローチを挙げてい る。水村典弘『現代企業とステークステーク ホルダーと付加価値ホルダー』文眞堂、2004 年、

(11)

45 頁

13.1990 年代後半には、花王、ソニー、松下電器 産業などが EVA を導入した。「利益額の前年 度比増額率が重視される社会では、資本コス トはなかなか重視されにくい」青木茂男「EVA

(Economic Value Added、経済的付加価値)

の 本 質 と 諸 問 題 」『JACPA ジ ャ ー ナ ル 』 No.512 MAR. 1998.

14.企業会計の損益計算は、株主の損益計算を行 う構造をもつ。そのために収益から手段とし ての費用が差し引かれて、残余利益としての 株主利益が最終的に示される。J. Fred Weston

& Eugene F. Brigham“Essencials of Managerial Finance” 5 th ed.1979、J.Fred Weston & Eugene F. Brigham“Managerial Finance”7th ed. 1981.

15.本稿では、株主価値は、バランスシートにお ける狭義の「株主資本」ではなく、純資産あ るいは自己資本とている。

16.日本経済団体連合会も、経営戦略と企業価値 の関係について、便宜上と断りながら時価総 額を指標に使用している。「企業価値最大化に 向けた経営戦略」2006

17.図は、室本誠二・萩下峰一『財務管理論』高 文堂 1983 年、24 頁を加筆してある。

18.落合誠一「敵対的買収における株主とステー クホルダー利益の対立」『経営戦略経営』2006 年1月。小松章『経営分析・企業評価』中央 経済社、2009 年。

19.ステークホルダー・アプローチは、1977 年か ら 1980 年にかけて行われた「ステークホルダ ー・ プ ロ ジ ェ ク ト 」 の 成 果 報 告 書 か ら Freeman の(1984)の著書『戦略経営―ステ ークホルダー・アプローチ―』に表され、現 代アメリカ経営学において所定の位置を占め るようになった。それは、経営戦略論の影響 を受けて戦略論として提唱されたが、その後、

「企業と社会」論「企業倫理」論として発展し

ていったという。加藤敬太・金井一頼「経営 戦略論におけるステークホルダー・アプロー チの可能性」『大阪大学経済学』Vol.59 No.2、

2009 年9月

20.経済同友会『21 世紀宣言』2000 年、拙著「市 場主義から新市場主義へ」『経営情報学論集』

2009 年

21.石川純治『変わる社会、変わる会計』日本評 論社、2006 年、片岡信之「エンロン・ワール ドコム事件と株主価値経営の限界」『経営論集』

Vol.14 No.1 June, 2004、神谷秀樹『強欲資本 主義ウォール街の自爆』文藝春秋、2008 年 22.J. ドノバン、R. タリー、B. ワートマン『価値

創造企業』日本経済新聞社、1999 年

23.田中雅康、石崎忠治、原田昇編著『業績評価 会計』中央経済社、2006 年、25 頁。

24.ロジャー・マーティン(二見 聰子[訳])「顧 客資本主義の時代」『Diamond ハーバード・ビ ジネス・レビュー』2010 年7月 32 頁

25.1950 年代に GE の CEO ラルフ・コーディナー は、最高経営者とは「株主・従業員・納入業者・

職場社会などの諸利害の最適バランスを追求 するための受託者」であるとした。しかし、

これは、一般的抽象的なスローガンに留まり、

制度化には至らなかった。その後、専門経営 者中心の法人資本主義に発展したが、自壊し たのである。河野大機『経営・経営者のガヴ ァナンス:ドラッカーの諸論ならびに関連諸 理論・実践とそれらの統合化』文眞堂、2006 年

26.田中雅康、石崎忠治、原田昇編著『業績評価 会計』中央経済社、2006 年、24p

27.マイケル・ポーター、マーク R. クライマー

「Strategy and Society」『Diamond Harvard Business Review』2008 年1月。

28.足立浩「企業価値概念の基本的二重性」『日本 福祉大学経済論集』第 39 号、2009 年。

  足立氏は、門田氏や櫻井氏の議論を取り上げ

(12)

て、それは「株主(・投資家)価値重視の経営」

であるとしている。また、伊藤の企業価値概 念は狭義と広義があるとして、前者を現実的 企業価値、後者を規範的企業価値としている。

これを伊藤氏の矛盾ではなく資本主義生産様 式の根本矛盾であるとする。

参考文献

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36.菊池敏夫・平田光弘『企業統治の国際比較』

文眞堂、

37.小松章『経営分析・企業評価』中央経済社 2009 年。

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39.櫻井道晴『コーポレート・レピュテーション』

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41.田中雅康、石崎忠治、原田昇編著『業績評価 会計』中央経済社、2006 年。

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2010 年。

44.新山雄三『論争“コーポレート・ガバナンス”』

商事法務研究会、2001 年。

45.水村典弘『現代企業とステークホルダー』文 眞堂、2004 年。

46.若杉敬明「新のグローバル化を目指して―株 主利益と従業員利益の調和理論」経済同友会

『第 13 回企業白書』への特別寄稿。

47.若杉敬明監修『コーポレート・ガバナンス・

マニュアル』中央経済社、2005 年。

48.若杉敬明編著『コーポレート・ファイナンス』

中央経済社、2009 年。

49.渡辺亮『アングロサクソン・モデルの本質』

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50.G. A. アカロフ /R. J. シラー『アニマルスピリ ット』東洋経済新報社、2009 年。

51.ロジャー・ローウェンスタイン『なぜ資本主 義は暴走するのか』日本経済新聞社、2005 年。

52.P ジェフリ(二見 聰子[訳])「THE NEW ECONOMICS 株主価値経営は株主価値を創造 し な い ス テ ー ク ホ ル ダ ー 資 本 主 義 の 再 来

(Feature Articles 経済の新秩序)」 『Diamond ハーバード・ビジネス・レビュー』2009 年 11 月。

53.ロジャー・マーティン(二見 聰子[訳])「顧 客資本主義の時代」『Diamond ハーバード・ビ ジネス・レビュー』2010 年7月。

54.J. R. グラハム , C. R. ハーベイ、S・ラジゴパル

「企業価値の破壊と財務報告」『証券アナリス トジャーナル』2008 年5月。

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(14)

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(15)

参照

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