企業環境と社会価値 ワ5
企業環境と社会価値
桜 井 克 彦
序
(1)企業と環:境
(i)オープン・システムとしての企業 (ii) 1次的環境と2次的環境
② 企業とユ次的環境
(3)企業の2次的環境としての社会価値 (i) 社会価値の概念
(ii)企業と社会価値の相互作用
(4)産業社会における社会価値の変化と社会の期待の動向
(5)結 び
序
企業が環境の中で存続し成長しうるためには,環境が企業に対して提示するところの期 待,機会,脅威といったものを認識せねばならず,環境の特質と動向を適切に把握せねば ならない。現代の企業は一般に,複数の,そしてしばしば異質な国家・経済・社会の中で 活動しており,その環境は国際化し世界化するに至っているのであって,環境への適応の ための条件は複雑化の傾向にある。本稿では,東南アジアを含めて世界化するに至ってい るその企業環境に適応するために現代の企業が留意すべき基本的な問題,とりわけ社会価 値の把握の必要性について基礎的な角度から考察することにしたい。
(1)企業と環境
(i) オープン・システムとしての企業
オープン・システムとは環境との交渉の中で存在している組織体を意味しているが,企 業が本来そのようなオープン・システムであるということについては改めて指摘するまで もないであろう。企業は資本,労働,設備,原材料,等のさまざまな資源を外部からとり 込むとともに,その内部においてそれらの諸資源を結合して財貨と用役の生産を行ないそ れを外部に供給するというシステマティックな行動を行なうところのシステムである。そ れは全体社会ならびに全体経済というより大きなシステムの一部を構成するところのシス テムであるとともに,それはまた,財務,生産,販売,労務,等の機能的なサブ・システ 1)
ムをその内部にもっところのシステムである。
雪6
経済発展の初期の段階においても企業は,市場という外部環境の中で資本提供者,労働 者,原材料供給者,清費者二等あ種々のグループと係わりあいをもらてきており,その限 りではそれは,オープン・システムとして絶えず,その環境との問に相互作用を営んでき た。しかしながら,その経営者の主要な関心は,組織の外部から調達した資金,材料,設 備,あるいは労働を組織の内部で結合して財貨と用役を生産していくことにあったといえ る。ジョンソンらは半世紀前の経営者は,労働と原材料を豊富に入手し企業にインプット することができ,良い品質と適正な価格であれば企業のアウトプットとしての製品を市場 で販売することができたこと,されば経営者の関心ば,品質と効率を促進するような組織 2)
内部の要因に第2次的に向けられていたことを指摘する。すなわち,経営者は企業を外部 環境との間にさほど相互関係をもたないところの,かなりに閉鎖的な状態のシステムとし て理解してきたのである。
他方,現代の企業の場合,それが係わりあいをもっところの外部環境要因は一段と増大 しており,係わりあいの程度もより緊密となってきているのであって,このことはその経 営者に対して組織内部の諸膚題にのみならず,外部環境にも留意することを要請してい る。すなわち,その経営者は企業の存続と成長を計るためには,企業をばオープン・シス テムとして主体的に意識し外部環境への適応を考えることを必要とするに至っているので ある。この点について前記のジョンソンらも,今日では経営者が行なう意志決定には多く の制約が存在しており,かれは環境に敏感であり反応的でなければならないとする。すな わち,経営者はその中で企業が機能するところのトータルな文脈のニーズの認識と評価が 可能でなければならず,また,自分の理解するところに従って行動せねばならないのであ って,経営者の職務の主要な部分は,環境のニーズがなんであり将来どんな変化が起るか 3)
を予測することであるという。企業による環境への作用の増大に伴い環境からの企業へ の反作用が更に強まってきている今日にあっては,企業をオープン・システムとしてと らえることの必要性はますます増しているといえよう。多数のひとびとによって普遍的 に受け入れられ当然とされているような,思考の基本的前提ないし枠組みはパラダイム
(paradigm)と呼ばれるが,現代の社会はさまざまの方面でパラダイムの変革を要請さ れつつある。企業経営の領域において経営者は幾つかの点で「パラダイム革命」を要請さ れつつあるが,その1つはクローズド・システムとしての企業観に代わってオープン・シ ステムとしての企業観をもつことであるといえよう。
(ii) ユ次的環境と2次的環境
企業の環境とは,その存続・成長になんらかの形で影響を与えるような外的要因の総計を
4) 5)
意味する。それはなんらかの分類基準に従って,さまざまに分類が可能である。1つの分 類は,それを経済,政治,文化,社会といった社会的・人為的環境と気候や嵐土のような 物理的・自然的環境とに分けることである。ここではそのような分類を受け入れるととも に,他の角度からの分類に従って,企業環境をユ次的環境と2次的環境とに分けることに
企業環境と社:会価値 77 6)する。ここに1次的環境とは,いわゆるインタレスト・グループを意味する。現代の社会 的環境においては,さまざまなひとびとが企業になん.らかの貢献を行なうとともに,企業 に対して要求を提示している。かれらは企業へのその係わりあいの仕方に従って消費者,
従業員,出資者,等のさまざまなグループに分類されうるのであって,これらのグループ はインタレスト・グループないし利害関係集団と呼ばれている。企業の存続と成長はその 存在と行動がインタレスト・グループの期待にかなうときはじめて可能となるのであり,
企業の社会的役割とは,これちインタレスト・グループが捉示するところの諸期待に設え ることに他ならない。このように,企業をめぐるインタレス.ト・グループはその社会的役 割の形成に直接的に係わりあうのであり,企業の存続・成長に第1次的に影響を及ぼすの であって,、ここからそれを企業の1次的環境と呼ぶことにする。
ところで,そのようなユ次的環境の背後にあるところの,より一般的な社会的ならびに 物理的な諸環境もまた,企業に対して直接に,あるいは.インタレスト・グループの考え,方 や行動への作用を通じて間接に,企業に影響を及ぼす。企業をめぐる人聞主体に影響を及 ぼすよう:な・ならびに企業の行動に対しτなんらかの形で直接に影響を及ぼすようなご鶴 らの一般的環境をここでは,2次的環境と呼ぶことにする.。それは,通常,経済!政治ジ 社会,文化,自然,等として更に分類しうるカ㍉これらの環境における諸要素への留意が 必要となるのであ.る。
そのような要素について簡単に触れるならば,市場における競争の程度,景気の動向,
国民所得の大きさとその成長率,国民所得分配のパターン,国際収支の状況,等というよ うな経済的要素が企業に対する種々のインタレスト・グループの期待の種類や程度に影響 を及ぼすことは否定しえない。例えば市場での競争が激しいか弱いかは,消費者に対する 企業の責務の程度を規定するのである。同様に,国内および国外の政治情勢労働運軌 消費者運動,環境保全運動,戦争と災害,人口とその年令構成,都市化現象,教育体制,
生活の質と福祉の程度,技術,宗教,世論とマス・コミ,社会のイデオロギーや価値感,
等といった政治的・社会的・文化的な諸要素,更には,気象,天然資源の埋蔵量,国土の 広さ・生態学的秩序,等といった物理的・自然的要素もまた企業の社会的役割の形嘩に対 7)
して,ならびに企業によるその実践の仕方に対して影響を及ぼすであろう。社会の期待に 企業をかなわしめるためには経営者は,このような2次的環境の動向にも留意せねばなら ないのである。企業をめぐるこれら.の2.次的環境は,絶えざる変化の過程にあるのであっ て,企業自身の活動もまたそのような変化を促進する。現代の企業をめぐる2次的環境は さまざまな面で顕著な変化を遂げつつあるが,そのような変化のうちの主要なもののうち 8)
に社会価値の変化と企業環境の世界化を挙げることができる。
(2)企業と1次的環境
現代の社会にあっては,企業をめぐるインタレスト・クンレープの数は増大しており,企
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業へのかれらの要求も多様である。インタレズト・グループと企業とのそめような関係に 9)
ついてデイヴィスらは,科学,教育,生産性ならびに文化の面での過去1世紀間の犬革新 は,企業環境に積極的に参加するインタレスト・グループの数を増大せしめ,かくて現代 の企業は,投資家,労働者,宗教機関,仕入先,顧客,政府,地域社会,パブリック,経 営者,更にぽ科学者ならびに専門家によっ七構成きれるに至っでいるごと,また,かれら は企業が投資の場として,働く場所として,倫理的理想の支持者として,仕入先として,
販売先として,納税者ならびに政府の支持者として,地域社会の隣人として,あるいは社 会目標・公益・人類進歩に対する貢献者として,それぞれより良いものたることを望んで いるのであり,そうであることを勅て姦し・磯争しあうことを指拠てい畿これらめ インタレスト・グループは企業に対してなんらかの貢献を行ない,同時に企業に対して要 求を行なうのである。前記のディヴィスらは現代の企業に対す.るインタレスト・グループ のこのような貢献と要求をめぐって,つぎのようにいう。すなわち,ひとびとが,企業と その環境を構成する多くあ潮度のメンバーとなるのは,そのたあのコストないしインプ=ン
トを上回るところのアウドプットないし報酬を;期待してであって,この事象,インプット としては,その時間,有形財,保障もしくは他の諸価値が,またメンバーへめ報酬としそ は,美的,経済的,社会的もしくはその他の種々のタイプの価値が考えられる。現代の企 業は,さまざまの報酬を期待する多様な要求者に係わりあっているのであり,社会は企業 にさまざまな形で「社会的にプロフイッタブル」であることを期待している。つまり企業 は,それに関係する者すべてに,あらゆるタイプの報酬に関してネットめ利得をもたらす ことを期待されており,利潤は,株主へめネットの利得を指すところの経済的報酬にすぎ ない。企業の目的は,インプットを上回るアウトプットを提供することとされ,ネットの 利得が大きい程好もしいこととなるのである。そして企業の機関としでの経営者は,今日,
経済的ならびに非経済的な諸期待をもつ多くのタイプの「虚幻家」に奉仕しつつあり,
11)
利潤追求についていえ・ば,かれは最大利潤でなくて満足利潤を追求するめである,と。
現代の大規模企業はさまざまなインタレスト・グループと係わりあいをもっている。多 様なグループが企業に対しさまざまな形で貢献を行ない,種々の要求を企業に提示してい るのである。主要なインタレスト・グループとしては,所有者,債権者,政府・地方自治 体,従業員,経営者,地域社会,仕入先,一般大衆,業界,競争者,消費者,販売先が存 在する。デイヴィスら にならってかれらと企業との間の関係を貢献と報酬という見地から 把握するならば,かれらは企業に対してさまざまな貢献を行なうとともに企業から種々の 報酬を受けとっているのである。
この場合,インタレスト・グループと企業との間のこのような貢献と報酬の関係は,イ ンタレスト・グループの種類によってその深さをかなりに異にしている。幾つかのグルー プは他のグループに比し,企業に対してより大きな危険負担を行ない,それ故により大き な報酬を期待する。このことは,企業に係わりあうさまざまなグループのうちの特定のグ
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ループあるいは諸グループのみを企業がその究極的奉仕の対象とみ,他のグループへの奉 仕はその目的というよりは制約とみることを意味する。すなわち,企業はその活動を通じ
て,ひとびとに種々の報酬を提供する。これらの報酬には所有者への配当や従業員への賃 金,消費者への財と用役,等さまざまなプラスの報酬が存在するとともに,環境汚染のよ
うな地域社会へのマイナスの報酬も存在する。企業は,むろんプラスの種類の報酬の提供 によってその存在を社会から容認されるが,企業自身がその活動の目的とするものは特定 種類の報酬の提供であり,他の種類の報酬の提供はその,直接的関心事ではない。企業が 報酬の提供をその目的とするような関係者をいま仮に企業の内部者と呼び他の関係者を外 部者と呼ぶとすれば,企業は直接にはその内部者への奉仕の左めに存在するのであり,外 部者へのその奉仕はそのような目的達成過程において2次的に行われるに過ぎない。すな
わち,企業にとって,内部者への奉仕といういわば私の領域と外部者への奉仕といういわ 12)
ば公の領域が区別して存在することになる。伝統的には企業のこのような私的側面は,そ の所有者たる株主への奉仕と結びつけて理解されてきた。しかるに,現代の大企業にあっ ては,企業がそれへの奉仕を直接的自的とするところの関係者は所有者以外にも経営者,
従業員,場合によっては消費者をも含むようになってきたとみなすことが適切であり,企 業の私的側面はかなりに拡大するに輩っている。すなわち,経営者が企業の実質的な支配 13)
者であることを,多くの論者が指摘している。ま克,労働組合.の強化,雇用関係の長期 14)
化,従業員指向的な種々の労務管理実践,あるいは企業内の専門家集団の増大といったも のは従業員もまた,実質的には企業の内部者となっていることを示唆している。更には,
消費者運動の高まりは,企業にとって消費者への奉仕を,その行動への制約条件よりはむ 15)
しろ行動目標の1つたらしめつつあるように思われるのである。
現代の企業とそのインタレスト・グループの間の基本的な関係は以上のように解しうる であろう。企業はその種々のインタレスト・グループから受け取る貢献をもとにしてかれ らへの報酬の原資を作り出し,それをかれらに提供する。企業に対して貢献を行なう際に 払うところの犠牲を少くとも超えるような満足が,企業から提供される報酬によってもた らされる限り,諸グループは企業への係わり合いを継続し,企業は存続と成長を遂げるこ とになるのである。
③ 企業の2次的環境としての社会価値
(i) 社会価値の概念
企業はオープン・システムとして存在しており,環境との相互作用のうちに存続し成長 する。企業に直接・間接に影響を及ぼすとともに企業によって影響を受けるところの2次 的な環境要因は,既にみてきたように,多様であり,種々に分類されうる。これらの環境 要因のいずれもが企業の生存に対して重要な役割を演じうるが,そのうちでも社会価値は 企業の主要な2次的環境要因の1つとして存在するといわねばならない。すなわち,社会 のひとびとや集団が企業に対して抱く期待は,根本的には,社会において普遍的に抱かれ
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ている価値や信条を反映しており,それ.らによって規定されているとみてよい。社会にお ける普遍的な価値が社会価値である。そのような社会価値は,企業にかかわりあいをもっ ているとζろのひとびとの期待の内容を規定する。社会価値の変化は,昌企業へのひとびと の期待を変化せしめるとともに,それはまた,企業に対して新たな種類の期待を提示する ところの新しいひとびとやグループを出現せしめる。かくて,社会価値は企業の直面する 社会的責務の基盤を形成するいえよう。企業が環境に適応するためには,企業の主体どし ての経営者は企業をオープン・システムとして理解せねばならず,とりわけ社会価値の動 向に留意せねばならないのである。
ひとはさまざまなものを価値として認識するが,かれが抱く価値はその目的ないし欲求 対象を,なら・びに目的達成の手毅を確立する。価値はまた,ものごとの重要性を判断する 16)基準を確立するのであり, s動に際しての選択基準ないしガイドを提供する。社会のひ
とびとは種々の価値を保持するが,かれらによって共有される価値が社会価値(socia工 Va!Ues)である。それは社会の特定の領域あるいは状況においてのみ作用するのではな く,社会の全領域において普遍的に妥当するのであり,それ故,それはかなりに抽象的な 性質の価値であるざチェンバレンは社会価値の役割として,{1)時代の精神(t五espirit of the times)の表明,(2)社会の基本的な目的の表示,(3>行為の基準の設定,(4)行動の強 制,といったものを挙げているが,社会価値は社会の目鼻を定め,社会のひ.とびとに行動 基準を提供し,そのような基準にひとびとがかなうことを強制するのであって,それは社 会の構造と機能を規定し社会の進路を方向づけるのである。一かかる社会価値は具体的に は,種々のものによつで構成される。それらには,富,健康,自由,進歩,地位,連帯,
正義,機会,民主主義,人類の福祉,環境の美,等さまざまなものが含まれるのであり,
種々の角度からその分類が可能である。社会価値の力点が社会によって,また同じ社会に おいても時代によって異なりうることはいうまでもない。例えば,日本における特物的な 伝統的社会価値としでは,特定の帰属集団への献身ないし忠誠や,あるいは集団内での和 17)
を挙げることができ・よう。と同時に,工業化の程度や政治,経済体制の状況に関して共通 性がみられる程度において異なった社会聞に社会価値の共有が存在しうることも否定しえ ないと思われる。企業は社会の所産であり,それは企業に関係し影響を及ぼすひとびとや 集団の価値にかなうことを必要とする。存続のためには企業は根本的には,社会の価値に かなうことを要求されるのであって,それは社会価値の動向に敏感であらねばならず,社 会価値の変化がその目標と制約にどのように影響を及ぼすかに留意せねばならないのであ
る。
(ii)企業と社会価値の相互作用
社会価値は企業へのインタレスト・グループの期待に影響を及ぼすことを通じて,企業 に作用する。他方,企業もまた,とりわけそれが生み出すどころめ新技術を通じて社会価 値に影響を及ぼす。このように,企業と社会価値は相互に作用しあい,それぞれ変化をす
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る。以下,この点について簡単に眺めよう。
さて,社会価値はインタレスト・グループの期待に影響を及ぼすことによって,企業の 行動と構造に影響を与える。すなわち,社会価値は企業に対して,第1にはひとびとが企 業に参加するところの目的を規定することを通じて,第2には組織と個人との間の関係に ついてのひとびとの見方を規定することを通じて,第3には企業における分配パターンを 規定することを通じて,影響を及ぼすことになるのである。ジョンソンらはこの点につい て,社会価値が焦点価値(foca工values),組織価値(coれstitutional values),および分 配価値(distributive values)の3種のグループに分けられること,またこれら 3種の価 値セットが社会における集団と個人の行動を決定することを指摘している。ここに焦点価 値とは,なんらかの組織に参加するひとびとにとっての 良き生活 を構成するところの 諸価値を指し,組織価値とは,組織と個人の関係一例えば・企業のような組織の場合,
従業員と企業の関係は専制的管理から参加的管理にわたりうる一一を決めるところの価値 を指す。分配価値は,所得,富,地位,および権力の社会における配分の仕方を決めると ユ8)
ころの価値である。このように社会価値は企業に影響を与えるのであるが,他方,企業も また社会価値に影響を及ぼすことが忘れられてはならない。社会価値に影響しそれに変化 をもたらす要因はさまざまであって,社会価値はかなり長期間にわたって安定的である一 方,それは社会のさまざまな出来事によって徐々に,もしくは急激に変化する。例えば,
戦争の勃発は秩序や愛国主義といった価値を強調せしめ,平和の到来は反対に自由や国際 主義の価値への強調を増大せしめる。天然資源の価格の騰貴や天候不順による農作物の不 作は,物質主義や楽観主義なる価値の地位を低下せしめ,節約を社会価値として導入す,
る。医学の進歩による寿命の延長はひとびとにより長い期間での生活設計を立てることを 必要ならしめ,計画性や社会福祉といったものの価値を増大せしめるであろう。
ζのように多様な要因が社会価値の変化をもたらすのであるが,社会価値変化の要因の 主要なものとしては,社会における新しい技術の開発と導入を挙げることができるであろ
う。この場合,企業が新技術の開発と導入において重要な役割を演じていることを忘れて はならない。スタイナーは,大きな戦争を別にすると今日では,新しい技術が社会価値の 変化の最も重要な決定要因であること,そして,企業,政府,大学,学問の個人的努力と 19)
いった4者,わけても企業が技術革新を引き起す主要な主体であることを強調している。
企業における新技術の開発と導入が社会価値の変化をもたらすということは,例えば,自 動車の発明とマス・プロ方式によるその大量供給とは一方ではひとびとに多くの便益を与 えるとともに他方では環境破壊や交通混雑を招来し,ここから環境価値へのひとびとの関 心を増大せしめていることからも明らかである。
以上のように,社会価値は企業の行動を規定するとともに,企業もまた社会価値に影響 を及ぼすのであって,社会価値と企業とは相互に作用しあうのである。企業は,とりわけ 新しい技術の導入と開発を通じて社会価値に直接・間接に影響を及ぼすのであり,それは ●
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社会価値の変化の主要な担い手の1人でもある。と同時に,企業はまた,自らもそれに与 って力があるところの社会価値の変化によって影響を受ける。産業社会の展開は社会価値 を変化せしめるとともに,他方ではかかる価値変化は,企業の活動をめぐってのひとびと の要求と期待に変化をもたらし企業に対しさ まざまな社会的責任問題を環境適応のたあの 課題として提示するので.ある。
(4)産業社会における社会価値の変化と社会の期待の動向
現代の産業社会は変化の過程にあるが,そこにおける社会価値もまた変化しつつある。
20)
前記のジョンソンらは,そのような変化をつぎのように説明する。
まずひとびとの行動の直接的目的の形成に影響を及ぼすような価値を意味するところの
「焦点価値」についていうならば,物質主義という伝統的価値の持続,非物質主義的な薪 しい価値の台頭,および伝統的なプロテスタント労働倫理の衰退がみられる。すなわち,
私的消費,富の蓄積といった物質主義的な価値は依然として支配的ではあるが,環境的価 値のような新しい価値がときには経済成長という価値に優先するに至っている。労働の意 義は青少年層の聞で従来ほど強調されなくなってきており,快楽主義的な価値が倹約と激 しい労働という伝統的な価値と競っているのであって,このことは社会の生産性ならびに 生活水準を低下せしめるかもしれない。
組織と個人との問の関係のあり方に影響を及ぼすところの「組織価値」についてみるな らば,個人主義と自治ないし自律性とに代って秩序と統合が社会価値として強調されるに 至っている。政府の役割の増大と企業の自律性の縮少,あるいは大組織によるそのメンバ ーへの集権的コントロールの増大は,社会価値めこのような動向の反映である。社会保障 制度の展開や環境保護のための政府規制の出現にみられる如く,パブリックは個入的なら びに社会的な諸問題の解決を個人や企業の手によりは,政府の手にますますゆだねるよう になっているのである。
所得や地位の分配のあり方に影響するところの「分配価値」に関して言えば,平等の概 念における解釈の変化を挙げることができる。法の前の平等や機会の平等(とりわけ教育 の平等)といった伝統的な平等概念から, 実際の条件の平等 ないしいわゆる結果の平 等という概念に解釈の重点が移動しつつある。かかる新しい概念は所得と富の再分配を含 んでおり,いわゆる負の所得税や最低生活基準の設定は新たな平等の解釈が広く受け入れ られつつあることを証拠づけているのであって,こうした動向は社会の生産性にとり,更 には資本主義の将来にとり大きな影響をもつかもしれない。
社会価値の動向についての以上のようなジョンソンらの説明は,むろん,先進資本主義 社会とりわけ米国のそれに関するものである。わが国のように先進工業社会となって日が 浅い社会の場合,そのような形で伝統的価値から新しい価値へという流れを明確に認めう るかについてはいささか問題があると思われるが,いずれにしてもそれは現代の産業社会
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における社会価値の勤向を知るうえで有益であると思われる。
現代の社会にあっては,天然資源の数量的制約・等を理由に高い経済成長の可能性を疑 問視するところのいわゆるゼロ成長論者の出現にも拘わらず,所得と経済成長に代表され
るような物質的価値への指向は依然として根強いと思われる。と同時に,産業化の進展に 伴っての所得水準の向上,環境破壊の進展,人問疎外の増大,等は環境の美や自己実現な どのような非物質的な価値をも社会価値として定着せしめつつある。また,小規模組織を 中心とするレセ・フェアの社会経済秩序はもはや存在せず,大組織による産業支配や政府 活動の拡大は社会において当然のこととされるに至りつつある。あるいは,ひとびとの最 低限の文化的生活への社会による保障にみられるように,平等が分配基準のユつとして社 会的に普遍化しつつあるのである。
現代の社会,とりわけその社会価値にみられるこれらの動向は,当然のことながら,企 業に対する社会のひとびとの;期待に新たなもみを付加せしめつつあり,企業は新しい種類 の社会的責任に直面しつつあるのである。
既に企業は,さまざまな範疇の新しい社会的責任の受け入れを要請するところの世論に 遭遇するに至っている。米国における世論調査の1つによると,1973年の時点において多
くのひとびとは企業がリーダーシップを発揮すべき社会問題として幾つかのものを挙げて いる。それらを賛同の多い順に示すならば,大気と水の汚染の制御,不況の克服,都市の 再開発,ひとびとをして能力を創造的に用いせしめること,人種的差別の撤廃,貧困の一 掃,世界中の生活水準の向上,難病の治療法の発見,すべての有資格者への大学教育の提 供,犯罪の抑制,高速道路での交通事故の制御,道徳水準の向上,戦争の脅威の減少,宗 教的偏見の除去,繁文平静の打破,および余りにも急速な入口増加の抑制である。これら の項目は1966年当時に比していずれもがそれへの賛同が増大しており,また,人口の抑制 21)
という項目を除くと1973年にはいずれも過半数の賛同を集めているのである。
わが国の場合についていえば,期待される社会像をいわゆる福祉社会の概念のうちにと らえる傾向がひとびとの間で強くなっていると思われるが,米国におけるアンケート調査 22)
と同じ時期にわが国で行なわれたある調査の結果は,そのような福祉社会の要件として,
ひとびとがなにを考えているかを示している。それによると老後の生活の保障,医療制度 の保障,恵まれないひとへの支援,空気や水の汚れがなく健康が保たれること,といった 項目に賛同する声が50パーセントを超えるとともに,道路・下水・公共施設などの社会資 本の充実,自然の破壊がなく緑が多いこと,治安維持が行きとどいていること,インフレ やデフレがないこと,という項目にも20パーセント以上の賛同がみられること,また,「 サ
うした福祉社会の実現のための企業の役割については,国や地方公共団体と協力してその 実現に努力すべきであるという項目に60パーセント強の,そして企業は独自の立:場からよ り資金を支出してその実現に努力すべきであるという項目に30パーセント弱の賛同がみら れることを示している。
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世論におけるこれらの動向は,現代の企業がさまざまな種類の新しい社会的要請に直面 しつつあることを示唆しているとみてよい。そのような要請のどこまでが永続的・本質的 なものであるのか,また企業はどの程度にそれらをその社会的責任として受け入れるべき かについては,むろん企業自身による慎重な考慮が必要である。現代の企業はその社会的 役割の拡大にも拘わらず,基本的には社会の経済的プロセスの担当機関たることを依然と して社会から期待されていると考えられるのであり,その限りではその基本的責務は財貨 と用役の供給,および所得の獲得と配分にあるとみてよい。企業のかかる性格が将来とも 変わらないとすれば企業は主として,そのような基本的な社会的職能の遂行を通じて,あ
るいはそのような職能と関連する限りにおいて上記の社会問題の解決に寄与すべきである ということになる。また,社会問題の解決にあたっては特定の企業のみが解決への責任を 引き受けるよりは,同業企業や政府,等の他のさまざまな機関と共同して,解決への責任 を引き受けることが,社会的にみてより効果的であるとも考えられる。されば,企業は,
その責任には限界が存在することをも認識せねばならない。それはともかくとして,今日 の企業が新たな社会的責任に直面しつつあることは明らかであり,経営者は現在の社会が 課しているところの責任についてのみならず,将来の社会がますます課すであろうところ のそのような新しい責任についても敏感でなければならないのである。
⑤ 結 び
以上,本稿では環境への適亦のためには企業は,1次的環境の要請を把握するのみなら ず,2次的環境とりわけ社会価値についてもその動向を認識することが重要であることを 明らかにした。ここでは,社会価値の動向として産業社会のそれを例にあげたが,むろん 企業環境の世界化は,東南アジアというどちらかといえば前産業社会の段階の社会におけ
る社会価値についても企業が敏感であることを必要とするQ
例えば,タイの農村社会では,ひとびとは価値として,平和であり静穏であり争いのな いこと,個人主義,集団への規律の服従よりは自由,三楽主義・楽天主義・無関与主義,
功徳を施すこと(伝統的な慰霊の観念と小乗仏教的価値感に基づく),等を抱いていると 23)
いわれるが,そのようなものが産業社会におけるそれらとは異なった焦点価値,組織価 値,および分配価値のセットを形成し,タイでの企業行動に影響しうることは想像に難く
ない。
いずれにしても企業が環境に適応しうるためには,自身をオープン・システムとして認 識せねばならず,また,社会価値と企業の相互作用について世界的な視野で考察すること
が不可欠であるといえよう。
注1)占部教授はオープン・システムとしての企業観の必要性を強調しておられる(占部都美r新経 営者論」,昭和51年,178頁以下)。
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2)Richard A. J曲nson、 et a1.,Managemen‡, Syste加s,鋤d Society:A箆1ntroduc−
t{on,1976, P.7.
3) Ibid., PP,7〜9.
4)高田馨「組織と環境」,大阪大学経済学,第21巻第4号。
5)企業環境の概念,内容,分類については,拙著「現代企業の社会的責任」,昭和51年,第4章。
6)なお,占部教授は企業の環境を1次的環境(株主,従業員,消費者,協力企業),2次的環境 (経済環境および技術環境),ならびに3次環境(社会的環境,政治的環境,および自然環境)に 分けておられる(占部都美,前掲書,182頁塚下)。
7)上述の環境構成要因の幾つかが,スタイナーによって示されている(George A. Steiner,
Business and Society,エ971, p.9)。占部教授もまた,そのような要因の幾つかを示してお られる(占部都美,前掲書,エ81〜2頁)。
8)環境の世界化を重視する論者としては,例えば前記のジョンソンらを挙げうる。かれらは環境 を社会環境(労働と消費者の諸グループ),政治的環境(政府規制と税),物理的環境(稀少な 資源と生態学的考慮事項),国際的環境(多国籍会社)に分けている(R.A. Johnson, et a1.,
OP. c玉七.,P.8)。
9) Keith Davis and Robert L. Bloms士rom, Business and Its Environment,1966.
ユO) Ibid,,PP,逢〜11.
11) 王bid,,PP.12〜3.
12)河野教授は,内部効果および外部効果という概念を用いて私的組織の本質を説明しておられ る。教授にあっては内部効果とは,内部構成員の価値に対する企業の影響を意味する(河野豊弘 「経営戦略の解明」,昭和49年,46頁以下)。
13)例えばマリスの所説(Robin Marris, A Model of the Managerial Enterprise,
The Quarterly Joumal of巳conornics, Vd. LXXVI工, VoL 2(May 1963))。
14) ガルブレイスのテクノストラクチュアの概念は,このことを強調する(John K:enneth Gal−
braith, The New Industrial State,1967)。
15)例えばドラッカーの顧客創造目標説は,このことを裏づけるといえよう。(Peter F. Drt1−
cker, The Practice of Managament, Modern Asia edition,1961)。 ・
16)Gerge A Steiner, Business and Society, Second Edition,1975, IP.122,ジョンソ ンらもまた,「価値は選択を行なうためのメカニズムを提供する」という(R.A. Johmson,
et a1,,OP. cit.,P。271) 0
17) 佐藤慶幸「日本人の社会的価値と経営」(宇野政雄編「日本の経営環境」,昭和48年,所収)。
なお企業をめぐる諸価値の聞の階層関係について示したものとしては,Wimar F. Bernthal,
Value Perspectives in Management Decisionsノ The Journal of the Academy of Management,Vo工,5,漁3, December,1962(in Dalan E. MacFarland ed,,Current Issus and Emerging Concepts i■Management, Volume Two,1966)。
18) R.A. Johnsor1, et aL,oP. dt.,PP.273〜4.
ユ9) G.A. Stelnr, Business and Society,1971, PP.92〜4.
20) OP. oit.,P、277 ff..
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21) Louis Harris, The Public Creditability of American Business, The Conference Board Record, March,1973(in G. A. Steiner, Business and Society, Second Edition,1975, p.100)。
22)生活情報センターによるアンケート調査(第一勧銀四季報,「企業の社会的責任」,昭和49年,
収録)。
23)河部利夫,田中忠治「東南アジアの価値体系1,タイ」,昭和45年,75頁以下。