糖尿病患者に発症した Streptococcus agalactiae による 下行性壊死性縦隔炎の 1 例
1)東京慈恵会医科大学附属柏病院呼吸器内科,2)東京慈恵会医科大学附属病院呼吸器内科
吉井 悠
1)清水健一郎
1)渡辺 翔
1)高木 正道
1)桑野 和善
2)(平成 24 年 2 月 10 日受付)
(平成 24 年 7 月 20 日受理)
Key words : descending necrotizing mediastinitis, drainage,Streptococcus agalactiae
序 文
下行性壊死性縦隔炎(Decending necrotizing medi- asdtinitis,以後 DNM と略す)は頸部,歯性,咽頭部 感染が下行性に縦隔に波及した化膿性縦隔炎である1). 稀な感染症だが一旦発症すると急速に進行し死亡率が 20〜40% と予後不良のため,早期診断と適切な治療 が重要である1)2).多くの症例で基礎疾患に糖尿病が認 められ,起因菌として口腔内の嫌気性菌が関与すると されている3)〜5).発症後,容易に膿胸や心膜炎を併発 し急激に全身状態が悪化し,敗血症性ショック,DIC,
MOF に至るため早期の積極的な外科的ドレナージが 重要とされている1)2)6).今回,我々はインフルエンザ 感染後に急性発症し,緊急ドレナージ術が奏功した,
Streptococcus agalactiaeによる DNM の 1 例を経験した ので文献的考察を加え報告する.
症 例 症例:47 歳,女性.
主訴:発熱,右頸部から前胸部にかけての発赤・腫 脹・疼痛.右上肢の腫張.
既往歴:40 歳時 2 型糖尿病(治療は自己判断にて 中止していた).
喫煙歴:なし.飲酒歴:なし.家族歴:特記事項な し.
現病歴:平成 X 年 2 月 21 日に発熱が出現し,翌 22 日に近医を受診した.鼻腔ぬぐい液によるインフルエ ンザ迅速診断にて A 型インフルエンザと診断され,同 日より oseltamivir による内服加療を開始され,24 日 以降解熱し症状消失した.しかし同月 28 日より右頸
部から前胸部にかけての発赤・腫脹・疼痛および右上 肢の腫脹が出現したため,近医を受診した.胸部単純 X 線写真にて右胸部異常影を認めたため,同年 3 月 5 日に当科を紹介受診した.同日精査加療目的にて緊急 入院となった.
入院時現症:身長 140cm,体重 70kg,血圧 134!76 mmHg,脈 拍 96 回!分・整,体 温 37.3℃,呼 吸 数 20 回!分.右頸部から前胸部にかけての発赤・腫脹(Fig.
1),右上肢の腫張を認める.眼瞼結膜に貧血なし,眼 球結膜に黄疸なし,咽頭発赤なし.呼吸音異常なし,
心音異常なし.
入院時検査所見(Table 1):血液検査では,炎症反 応の高値,随時血糖 815mg!dL,HbA1c 12.0% と耐 糖能障害および腎機能障害を認めた.
入院時画像所見:胸部単純 X 線(Fig. 2a)では右 肺尖部に透過性の低下を認めた.胸部 CT 肺野条件
(Fig. 2b)では,右上葉に腫瘤影を認めた.冠状断縦 隔条件(Fig. 2c,d)では,右胸鎖乳突筋内にエアを 伴う領域を認め,右鎖骨下を経て上縦隔に連続性に進 展していた.縦隔からさらに右胸腔内へ進展し,右鎖 骨下静脈は壁外性に圧排されていた.腫瘤影は辺縁に 造影効果を認め,ガス産生を伴う膿瘍と考えられた.
頸部から下行性に縦隔および胸腔内に進展しており DNM が疑われた.
手術所見:受診 7 時間後に全身麻酔下で緊急手術を 施行した.気管内挿管後,右前頸部から鎖骨上を前胸 部まで縦切開を入れた後に,横切開を追加し頸部を展 開した.壊死組織を認めデブリーメントした.胸鎖乳 突筋,甲状腺近傍から連続性に上縦隔まで壊死組織と 膿瘍が混在していた.病変深部を剥離し,第一肋間よ り右胸腔内の膿瘍を確認した.術中所見より DNM と 症 例
別刷請求先:(〒277―8567)千葉県柏市柏下 163―1 東京慈恵会医科大学附属柏病院呼吸器内科
吉井 悠
Fig. 1 Photograph showing the swelling and red- ness of the patientʼs skin from her right neck to her chest.
診断した.膿瘍穿刺後,多量の膿を排出し生理食塩水 約 3,000mL で洗浄した.その後,胸鎖乳突筋近傍と 胸腔内にデュープルドレーンをそれぞれ留置し,創部 は開放創として手術を終了した.
Gram 染色および培養結果(Table 1):来院時外来 で血液培養を 2 回施行したが陰性であった.しかし胸 腔 内 膿 の Gram 染 色 で は 連 鎖 状 に 連 な る Gram- Positive Cocci が認められた.培養にてS. agalactiae と分離同定された.
入院後経過:術後は手術侵襲による炎症性腫脹に伴 う気道狭窄の危険性を考慮し,手術当日は抜管せずに 気管内挿管による人工呼吸器管理とした.翌日に炎症 による声門狭窄がないことを確認し抜管したが,その 後も気道浮腫などの合併症は認めなかった.抗菌薬の 選択については膿瘍のグラム染色所見で連鎖球菌が疑 われたこと,CT にて胸鎖乳突筋内にガス産生を認め 嫌気性菌の関与も疑われたことを考慮し,sulbactam
!ampicillin(以 後 SBT!ABPC と 略 す)1 回 3.0g,6 時間毎にて治療を開始した.頸部の腫脹や炎症反応等 は術後速やかな改善を認めた.術後連日,創部洗浄を 施行した.ドレーンからの排液培養を術後 3 回施行し たがすべて陰性であり,術後の頸胸部 CT にて病変の 陰影が消失したことを確認し,術後 20 日目にドレー ンを抜去し創を閉鎖した.同日より amoxicillin(以後 AMPC と略す)1,500mg 内服に変更とし,第 33 病日 に合併症なく退院となった.また,糖尿病については 入院中に強化インスリン療法を施行し,血糖管理は良 好となった.
考 案
DNM は 1983 年 に Estrera ら1)に よ り,1)口 腔・
咽頭部に感染徴候を認める,2)急性縦隔炎の特徴的 な X 線学的所見の存在,3)手術や剖検で急性縦隔炎 の証明,4)口腔・咽頭部感染と急性縦隔炎との関連
性,などの特徴を有する疾患として提唱された.最近 では,炎症が頸部から下行する様子が確認できるため 造影 CT が診断に有用であるとの報告もある7).初感 染は頸部,歯性,咽頭部感染であるが,本症例のよう に診断時に初感染巣が不明な症例も存在する8).本症 例では頸部の発赤・腫脹などの症状と造影 CT 所見か ら DNM を疑い,手術にて確定診断に至った.
Estrera1)の報告では 10 例中 6 例が発症から 48 時間 以内に縦隔病変へ至っており,DNM は急速に進行す ることが知られている.深頸部膿瘍が縦隔へ進展する 経路に関しては,a.内臓間隙(気管前間隙),b.頸動 脈間隙,c.咽頭後間隙の 3 経路がある1)9)10).急速な炎 症の拡大には重力,呼吸,胸腔内圧も関与しており1), 頸部から胸部に下行するにつれ,合併症も出現し重篤 化するため,早期の治療が重要となる6)11).茂木ら12)の 検討では縦隔ドレナージをしなかった 10 例中 9 例が 死亡しており,診断時には内科的治療に抵抗性のこと が多く外科的ドレナージは不可欠である.
DNM に対して外科的アプローチ法について意見は 二分されている.すなわち,頸部から炎症が降下して 縦隔や胸腔内へ至った場合,頸部アプローチにて頸部 操作を行うもの3)と,頸部のみからでは不十分であり 開胸アプローチも必要とするものである4).開胸アプ ローチの利点を Marty-Ane ら13)は,1)胸腔内や縦隔 の全てに完全にアプローチできる,2)壊死組織を外科 的に完全に除去でき,十分な洗浄が出来る,3)最適な 部位にドレーンチューブを留置できる,としている.
一方,開胸ドレナージは侵襲が大きいため呼吸機能低 下を招く可能性があり,全身状態不良例には施行でき ない可能性もある.そのため,波多野ら11)は気管分岐 部までに限局した早期症例では頸部操作を行い,気管 分岐部を越えて前縦隔下方や後縦隔に進展した症例に 対しては頸部操作と共に開胸操作を行うとし,病変の 進展範囲に応じて手術アプローチを選択することが妥 当であるとまとめている.本症例においても,頸部の みのドレナージを行うか,胸腔内まで拡大してドレ ナージするか見解が分かれたが,診断時,全身状態は 安定していたため,根治的なドレナージを期待し頸部 操作に加え一部胸腔内操作を選択した.その結果,合 併症なく胸腔内にドレナージチューブを留置すること ができ,膿が良好に排出され治癒が可能となった.
また,頸部膿瘍に続発した重症感染症の場合,上気 道粘膜の炎症性浮腫,腫脹などのために気道管理が必 要になることがある.気管内挿管を必要とした場合,
抜管の危険性と再挿入の困難さなどにより気管切開を 行うことが多い3).また,術前に気道浮腫がなくても,
その後の手術操作や原疾患の増悪にて気道浮腫の出現 や増悪も考えられ気管切開を施行しておくことが無難
Fig. 2 Radiologic findings. (a) Chest X-ray showing a mass-like lesion on the apex of the right lung. (b) Chest CT scan lung window showing a mass-like shadow in the right upper lobe. (c, d) Coronal chest enhanced CT sections showed ring-en- hanced inflammatory changes with gas collection from the right sternomastoid muscle down to the right upper mediastinum, compressing the right subclavicu- lar vein.
Table 1 Laboratory and culture findings on admission
Hematology Biochemistry
WBC 22,700 /μL AST 7 IU/L BS 815 mg/dL
Neutro 91.5 % ALT 9 IU/L HbA1c 12.0 %
Lymph 5.2 % LDH 226 IU/L
Mono 2.5 % T-Bil 0.2 mg/dL Serology
Eosino 0.6 % ALP 596 IU/L CRP 19.1 mg/dL
Baso 0.2 % γGTP 91 IU/L Procalcitonin 0.91 ng/mL
RBC 3.52×106/μL TP 6 g/dL
Hb 10.1 g/dL BUN 31 mg/dL Arterial blood Gas Analysis
Ht 29.1 % Cr 1 mg/dL (room air)
PLT 39.3×104/μL Na 124 mEq/dL pH 7.407
K 5.0 mEq/dL PaCO2 38.3 Torr
Cl 87 mEq/dL PaO2 80.5 Torr
HCO3− 23.9 mmol/L
SaO2 95.7 %
Culture
blood culture Negative
abscess culture Streptococcus agalactiae (SBT/ABPC, AMPC Susceptible)
との報告もある8).本症例は緊急手術時に伴う全身麻 酔のため気管内挿管を要し,その後気管切開を施行す るか検討されたが,病変が気管から右方にそれており,
頸部正中に炎症所見が乏しかったため気管切開しな かった.しかし,術直後には抜管せずに人工呼吸器管 理とし,手術翌日に抜管するなどの工夫を行った.抜
管後に気道浮腫などの合併症は出現せず経過してお り,炎症の部位によっては必ずしも気管切開を行わな くてもよい可能性も示唆された.
DNM の起因菌としては口腔内常在菌による嫌気性 菌と好気性菌の複数菌感染であることが多い3)〜5).茂 木ら12)の 1981 年から 1997 年までの 17 年間に本邦で
報告された DNM を集計した検討では,本邦 35 例中,
起因菌は好気性菌ではStreptococcus属が最多で本邦で は 15 例(43%)に検出されている.嫌気性菌ではBac- teroides属,Peptostrptococcus属が多かった.好気性菌 と嫌気性菌の混合感染は 26% で,嫌気性菌単独感染 は本邦では 5% で あ っ た.S. agalatctiaeは 1930 年 に Lancefield と Hare14)によって 分 類,整 理 さ れ,通 性 嫌気性グラム陽性球菌でガス産生能を有する.ヒトの 呼吸器系,消化器系,尿道系および膣の常在菌の一部 として存在するが,感染防御能の低下した宿主に対し 病原性を発揮し,一旦,感染症を発症するとその予後 は不良であることが知られている15).Bayer ら16)によ れ ば 成 人 24 例 のS. agalatctiae感 染 症 の う ち 11 例
(46%)に基礎疾患として糖尿病を認めている.糖尿 病のコントロールが不良の状態では好中球機能および 免疫グロブリン活性の低下を来し,また微小血管障害 による組織障害などがあるため,糖尿病患者は深頸部 膿瘍を来しやすい状態である17).本邦の報告12)でも DNM の基礎疾患として糖尿病および耐糖能障害は 31% に認められる.本例においても治療を自己中断 された糖尿病があり,発症に関与した可能性がある.
また,本例において入院 2 週間前にインフルエンザ に罹患していたことも DNM を発症させた誘因の一つ である可能性がある.イ ン フ ル エ ン ザ 感 染 後 のS.
agalatctiae感染について,Jones ら18)によると原因とし て,1)好中球やマクロファージの貪食能の低下をも たらすなどホストの免疫機能を低下させることや,2)
ウイルス自体がS. agalatctiaeに結合し,定着状態から 感染成立に関するのではないか,と推測されている.
インフルエンザ感染後に細菌性肺炎や血流感染をきた すことはよく知られている19)が,本症例がインフルエ ンザ感染に関連したとするならば,インフルエンザ後 に DNM を発症した最初の報告と考えられた.
本症例における抗菌薬の選択として,膿瘍の迅速グ ラム染色を行い,連鎖球菌が推定されたことから SBT
!ABPC を選択した.S. agalatctiaeによる Toxic shock- like syndrome に対し,抗連鎖球菌βラクタム系抗菌 薬に clindamycin(以下 CLDM と略 す)を 併 用 し 改 善を認めた 報 告20)も あ り,Tumor necrosis factor
(TNF)-αや菌体毒素の産生を阻害するため,CLDM はS. agalatctiae感 染 症 に 有 用 で あ る.本 症 例 で も CLDM を併用することを検討したが,SBT!ABPC,
AMPC ともに感受性を有し臨床経過も速やかに改善 したため,SBT!ABPC,AMPC のみで治療しえた.
以上,インフルエンザ感染後に急性発症し,緊急ド レナージ術が奏功したS. agalatctiaeによる下行性壊死 性縦隔炎の 1 例を経験し,稀な症例と考え文献的考察 を加え報告した.
利益相反自己申告:申告すべきものなし
謝辞:本症例の稿をまとめるにあたり貴重なご意見を頂 きました,東京慈恵会医科大学付属柏病院外科 平山茂樹 先生,丸島秀樹先生に深謝いたします.
文 献
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A Case of Descending Necrotizing Mediastinitis Caused by Infection withStreptococcus agalactiae in a Patient with Diabetes Mellitus
Yutaka YOSHII1), Kenichiro SHIMIZU1), Sho WATANABE1), Masamichi TAKAGI1)& Kazuyoshi KUWANO2)
1)Department of Respiratory Medicine, The Jikei University Kashiwa Hospital,
2)Department of Respiratory Medicine, The Jikei Universtity school of Medicine
We report a case with an atypical presentation of descending necrotizing mediastinitis(DNM). A 47- year-old woman with a medical history of untreated type 2 diabetes mellitus and influenza type A virus in- fection 2 weeks prior to admission was referred to our hospital complaining of right cervical pain and right upper limb swelling. A chest enhanced computed tomographic(CT)scan showed a ring-enhanced mass-like shadow extending from the right sternomastoid muscle down to the right upper mediastinum, compressing the right subclavicular vein. We diagnosed the patient as having DNM based on a physical examination and the CT findings. Because the abscess extended from deep in the neck to the upper mediastinum and right upper pleural space, emergent abscess debridement and drainage was required. After hospitalization, antibi- otics(Ampicillin!Sulbactam 12g!day)were also administered based on Gram-stain findings from the drain- age fluid, which showed Gram-positive cocci resembling a string of beads. A culture of the drainage fluid identifiedStreptococcus agalactiae. Aggressive abscess drainage and early antibiotic therapy resulted in a fa- vorable response. She was discharged without complications on the 33rd hospital day. DNM is well known as a rare but lethal disease. In this case, the presence of diabetes mellitus and post-influenza infection might have been risk factors for a seriousS. agalactiae infection. Early aggressive therapy and adequate drainage are recommended for patients with DNM.
〔J.J.A. Inf. D. 86:768〜772, 2012〕