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総 説 オレオサイエンス第 15 巻第 11 号 (2015) 503 Copyright C2015 by Japan Oil Chemists Society ヒト皮膚角層の構造と物質透過性 Structure-Function Relationship in Human Skin Stratu

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総 説

ヒト皮膚角層の構造と物質透過性

Structure-Function Relationship in Human Skin Stratum Corneum

連絡者 :加藤 知 E-mail :sk@kwansei.ac.jp

論文要旨:皮膚の最表層にある厚さ 10μm ほどの角層は,異物や細菌の侵入を阻止したり,体内からの 水分蒸散を制御するなど物質の透過を巧妙に制御している。これらの角層の機能とその微細構造の関係は精 力的に研究されているが,まだ未解明の部分が多く残されている。ここでは,角層の構造と物質透過の関係 を解明するために,我々の研究室で開発してきた手法について紹介する。非侵襲的に採取した角層試料の電 子顕微鏡観察では,簡便に凍結薄切片を作製する方法と細胞間脂質層内の脂質分子充填配列を解析する電子 線回折法について解説する。また,物質透過と構造変化を同時測定できる斜入射セルを用いた放射光 X 線 回折実験および脂質組成を簡単に制御できる人工モデル脂質膜を用いた実験手法についても紹介する。

Abstract: The skin stratum corneum (SC) is an intelligent interface with a thickness of only ~10 μm, preventing microbes and foreign substances from invading into our body as well as regulating the wa- ter loss. Although the mechanism of the substance permeation through the SC has been intensively studied, it is still not conclusive. Here, we introduce some methods developed in our laborator y to clarify the relationship between the substance permeation and the SC structure. In order to analyze the minute structures of the SC collected non-invasively from the human skin, we developed a simple method for ultrathin cryo-section and a low-flux electron diffraction method for analysis of molecular packing in the intercellular lipid layer. In addition, we explain about the simultaneous measurement of the structure and the substance permeation by synchrotron X-ray diffraction and the experiment using artificial lipid membranes whose components can be easily controlled.

Key words: human stratum corneum, TEWL, ultrathin cr yo-section, low-flux electron diffraction, synchrotron X-ray diffraction, FTIR

1 はじめに

我々の体の内と外の境界にある皮膚は,乾燥した陸上 で動物が生きていくための知恵を詰め込んだインテリ ジェント・インターフェイスとして機能している。皮膚 の中でも最表層の角層は,厚さわずか 10μm ほどしか ないが,巧妙な仕掛けで皮膚の最も重要な機能である物 質透過の制御を担っている1)。有害な異物の侵入に対す る障壁,水分蒸散量の制御,力学的刺激に対する耐性,

保湿,落屑の制御など,体の内部環境の恒常性を維持す るために角層は必要不可欠のものとなっている(Fig.

1)。これらの角層の機能と構造の関係を考えるとき,「角

層はなぜこんなに薄く,また扁平な角質細胞とその間を 隙間なく埋めている細胞間脂質から成る多層の構造に なっているのか」という疑問が浮かんでくる。鳥類のよ うに,体温調節のため普段は脂質層を持たない極端な例 もある2,3)。また,植物の表面構造はもっと単純である4)

ことを考えると,動物として多様な外部環境中を動きま わることと関係していると思われる。角層の薄さは,変 形に対する柔軟さや高感度で外部環境変化を検出するの に適している。もうひとつ指摘しておきたいことは,薄 く狭い空間では,わずかな物質量の変化が大きな濃度変 化を引き起こすことである。化学反応は濃度に依存する ので,少量の物質で構造や機能を制御できるであろう。

中沢 寛光

関西学院大学理工学部物理学科

〒669-1337 兵庫県三田市学園2-1 Hiromitsu NAKAZAWA Department of Physics

School of Science and Technology Kwansei Gakuin University

2-1 Gakuen, Sanda, Hyogo, 669-1337, Japan

加藤 知

関西学院大学理工学部物理学科

〒669-1337 兵庫県三田市学園2-1 Satoru KATO

Department of Physics

School of Science and Technology Kwansei Gakuin University

2-1 Gakuen, Sanda, Hyogo, 669-1337, Japan

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また,角質細胞と細胞間脂質層という異質な材料が層状 に配置した層状コンポジット構造をとっていることは,

多様な物質の侵入に対して優れたバリア性能を発揮する のに寄与していると考えられる。脂溶性の物質に対して は,角質細胞があるために角層の厚みよりも相当長い経 路の通過を強いられる。水溶性の物質は,防水性の脂質 層に囲まれた角質細胞内にプールされると身動きが取れ ないだろう。層状コンポジット構造では,このように物 質の性質に従ってソーティングが起こり,物質の透過機 構を一律に考えることができない。さらに,角質細胞に も細胞間脂質層にも内部構造があって,問題をさらに複 雑にしており,分子レベルの構造と皮膚のバリア機能の 関係の詳細はまだよくわかっていないことが多い。

進化過程で獲得されたインテリジェント・インター フェイスとしての角層の構造・機能は,自然状態とは異 質な人為的環境に常にさらされている現代社会では,部 分的に不適切なものになっているかも知れない。現代社 会が皮膚角層にとってストレスフルなものであるとする と,それを和らげる措置が必要であろう。そのためには,

多様な物質の角層浸透機構や角層の微細構造と機能の関 係性について明らかにすることが求められる。我々の研 究室では,これまで角層の微細構造解析と物質透過機構 の解明のための新たな手法を開発してきたが,以下にそ のいくつかを紹介する。

2 ヒト皮膚角層の構造と物質透過性

角層は,直下の顆粒層の細胞が脱核して扁平化すると 同時に,分泌された脂質分子が角層特有の分子種に改変 されて細胞間脂質層が形成される。この角化の過程で角

は,単に連続的な脂質層の中に埋め込まれたブロックで はなく,角層特有のデスモソーム(corneodesmosome)

で互いに接着されて繋がっており,水和によって形状変 化することが知られている7)。また角質細胞の形状は,

経皮水分蒸散量(Trans-Epidermal Water Loss;TEWL)

と相関がみられ,物質透過の経路長に影響を与えること が示唆されている8)。角質細胞の形状や配置,細胞間脂 質層の厚みなど層状コンポジット構造中の細胞レベルの 構造も,角層の物質透過を考える上で重要な因子である。

角層構造を直接観察するには,一般にプラスチックに 包埋した試料の超薄切片を作製する方法が用いられる。

この包埋法では,多数の化学処理が行われるため煩雑で アーティファクトを観察する危険性が高いため,様々な 凍結技法が開発されてきた9,10)。最近注目されている無 染色の凍結切片を観察するクライオ電子顕微鏡法を用い た実験では,コンピュータ・シミュレーションと組み合 わせることにより,開いたセラミド分子から構成される 細胞間脂質層のモデルが提案されている11)

我々の研究室では,アーティファクトの少ない凍結技 法12)の利点を生かし,簡便に角質細胞断面を電子顕微 鏡観察する手法を開発した。テープストリッピングに よって非侵襲的に採取した角質細胞をもう 1 枚のテープ で挟んで固定し,オスミウム処理した後凍結し,ウルト ラミクロトームで超薄切片を作製する(サンドイッチ 法)。その後ルテニウムと白金ブルーで染色して観察す

13,14)。このサンドイッチ法は,美容整形で切り出し

た角層シートの超薄切片を,配向性を保ったまま作製す るのにも適用できる。Fig. 2に粘着テープに挟まれた角 層シートの断面を示す。テープの接着層の間に角層シー Fig. 1  インテリジェント・インターフェイスとしての角層。

皮膚表皮の最外層である角層は,脱核して扁平化し た角質細胞と細胞間脂質層から成る層状コンポジッ ト構造をとる。角層は,皮膚表面からの水分蒸散の 制御,異物・細菌の侵入阻止,力学的刺激に対する 耐性など多様な機能を担っている。これらの機能と 角層構造の関係の詳細は十分に解明されていない。

Fig. 2 粘着テープに挟まれた角層シートの断面像

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トが配向して固定されているのが確認できる。

この手法の利点としては,非侵襲的に採取した試料で 細胞断面が観測できること,試料の配向性を維持できる こと,凍結技法を利用しているのでアーティファクトの 形成を抑制できること,また処理プロセスが簡便である ことなどが挙げられる。これらの利点を利用して,角質 細胞の配列状態の観察,角質細胞の形状の試料採取部位 依存性の解析,細胞間脂質層のラメラ構造の観測を行っ た(Fig. 3)。その結果,角質細胞の厚みは表面からの深 さによって異なること(Fig. 3A),また試料採取部位に よって数百 nm から数μm まで幅広く分布していること,

また細胞の表面形状も部位によって違いが見られること

(Fig. 3B, C)がわかった。さらに,細胞間脂質層のラメ ラ構造については,角質細胞間脂質層に特異的な 13 nm 周期構造が確認できたが,染色剤の染まり方が包埋法で 報告されているものとは若干違っている(Fig. 3D)。物 質 透 過 と の 関 係 で は, 細 胞 の 厚 み が 厚 い 部 位 ほ ど TEWL 値が高い傾向が見られたが,今後さらに詳しく 検討していく必要がある。

3 細胞間脂質膜の微細構造と温度相転移

角層の物質透過機構を解明するためには,角層の層状 コンポジット構造の中で連続層を形成する細胞間脂質層 の分子レベルの構造情報が必要となる。近年,放射光な どによる角層の構造解析手法が確立され,細胞間脂質層 には上で述べた 13 nm と 6 nm の周期性を持つラメラ構 造が共存し15,16),これらのラメラ構造の内,6 nm の周 期を持つラメラ構造のみが層間水を保持していることが 報告されている17-19)。また,脂質分子の側方充填構造 には,秩序相であるオーソロンビック(ORT)相とヘ キサゴナル(HEX)相,無秩序相である流動相が共存 していることが明らかとなっている16,20,21)。しかしな がら,これら細胞間脂質層の構造や,その分布の状態が 物質透過とどのように関係しているのかは今のところよ くわかっていない。我々の研究室では,これらの関係性

を明らかにするため,放射光 X 線や電子線による角層 の回折実験を行ってきた1,19,22,23)

TEWL 値が高く,バリア機能が低下しているアトピー 性皮膚炎患者の皮膚では HEX 相の割合が高いことや,

HEX 相と ORT 相の比率と TEWL が統計的に相関して いることを示す実験結果などから24),脂質分子の側方 充填構造が水の角層透過に重要な役割を果たしていると 推論されている25,26)。しかしながら,これらの実験は 脂質分子の側方充填構造と TEWL の関係を直接的に示 したものではない。また TEWL に影響する他の因子の 制御は大変難しく,したがって,研究を進展させるため には,ひとつひとつの因子を分離して,ていねいに評価 することが必要不可欠である。

我々は,TEWL に影響する因子のひとつとして,温 度に注目して実験を行ってきた23)。角層細胞間脂質層は,

生理的温度付近(30~40℃付近)で ORT 相が HEX 相 に相転移することが知られている21,27)。また,60℃以 上では,鎖融解転移が起こる21,27)。30~40℃付近で起 こる相転移は生理的温度付近で起こるため,TEWL の データを評価するためには,温度相転移挙動を詳細に解 析し制御する必要がある。Fig. 4は,電子線と放射光 X Fig. 3  サンドイッチ法を用いて作製した凍結超薄切片の透過電子顕微鏡像。(A)マウス皮膚から切り出した角層シート断面像。

角質細胞は,右に行くほど厚みが薄くなっている。(B)ヒト前腕から採取した角層細胞の断面像。細胞表面は比較的滑ら かで薄く広がっている。(C)掌から採取した角質細胞の断面像。厚い細胞で,表面は細かく波打っている。(D)マウス の角質細胞間脂質層の断面像。13 nm 周期の層状構造が見られる。太く黒いバンドの間のラインは染色が弱い。

Fig. 4  ヒト角層細胞間脂質の側方充填構造の温度変化。(a)

グリッドストリッピングによって剥離した 1 個の角 質細胞上の細胞間脂質層の低照射量電子線回折。(b)

美容整形手術で切り出した角層シートの放射光 X 線 回折。散乱ベクトルの大きさ s=2sinθ/λ(λは波長,

2θは散乱角)。(文献 23 から一部改編して引用)

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=2.7 nm-1のピークが消えて s=2.4 nm-1付近のピーク がわずかにシフトする。

我々の研究室で改良した電子線回折法では,細胞間脂 質の電子線損傷を防ぐために,照射電子線流量を 0.1 e・

nm-2・s-1という極端に暗い条件にして実験を行ってい る22)。この低照射量電子線回折法では,グリッドストリッ ピング(Fig. 5)によってほぼ非侵襲的に採取した 1 個 の角質細胞上の細胞間脂質層の構造解析ができるため,

倫理的な問題を回避して構造の個人差や部位差,季節変 化などを調べることができる28,29)。また,複数回剥離 することにより皮膚表面からの深さ方向の情報も得るこ とができる。さらに,局所領域からのデータを取得する ことができるため,個々の脂質分子充填構造ドメインの 温度相転移挙動を分離して解析することができる(Fig.

6)。ORT 相が主で部分的に HEX 相が共存していると 考えられる領域では,ORT 相に由来する s=2.7 nm-1 のピークは,温度上昇とともに徐々に小角側に移動し,

s=2.4 nm-1と重なる(Fig. 6A)30)。これに対して,ORT 相を含まない HEX 相のみの領域では,50℃あたりまで ピーク位置の変化が見られなかった(Fig. 6B)。また,

ORT 相の大きなドメイン由来と考えられる鋭い s=

2.7 nm-1のピークの場合には,昇温してもピーク位置は 変化せず,ある温度で急に消失した(データ省略)。こ れらの結果から,比較的小さな HEX 相と ORT 相ドメ インが共存している領域では,昇温するとそれぞれのド メインを形成している脂質分子の拡散が起こり,ドメイ ン構造が再編成していることが推論される。HEX 相の みの領域では,近くに ORT 相を形成する脂質分子(お

そらく長い炭化水素鎖をもつ分子)がないために,構造 パラメータの変化が起こらないと思われる。

この昇温に伴う脂質分子の拡散は,相転移の温度履歴 にも影響を与えていることが,放射光 X 線を用いた温 度ジャンプ実験で示唆された。一旦 40℃に昇温して ORT 相を HEX 相に転移させた後,低温に温度ジャン プして ORT 相が再形成される緩和過程を解析したとこ ろ,短い緩和時間の成分と長い緩和時間の成分があるこ とがわかった。さらに,40℃に放置する時間が長くなる につれて,短い緩和時間の成分が減少していくことか示 唆された。これらの結果は,日常的に経験する皮膚表面 の温度変化の履歴によって,角層細胞間脂質の側方充填 構造は大きく影響を受けることを意味している。TEWL の測定の際にも,温度履歴に十分注意する必要があると 思われる。

Fig. 5 グリッドストリッピングによる電子線回折用試料採取(文献 1 から一部改編して引用)

Fig. 6  低照射量電子線回折による個々の構造ドメインの温 度相転移挙動の解析。(A)ORT 相由来の s=2.7 nm-1 のピーク(矢印)の温度依存性。主に ORT 相から成 るが,s=2.4 nm-1の位置(矢尻)にリングが見られ,

部分的に HEX 相が共存しているのがわかる。(B)

HEX 相のみから成る領域の温度相転移挙動。(a),(b)

はそれぞれ,昇温に伴う回折像の変化およびピーク 強度変化を表す。(文献 23 から一部改編して引用)

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4 物質透過にともなう角層細胞間脂質膜の構造変化 物質が角層内を透過する様子を明らかにするために,

美容整形手術で切り出した角層シートの構造と水分透過 の同時測定,角層シートに薬剤を塗布した後の構造の経 時変化の追跡,皮膚表面に薬剤を塗布した後剥離して採 取した角質細胞の構造解析などの実験を行った。この実 験には試料周りの環境設計が容易な X 線回折法を用い た29)。角層の構造と水分透過性の同時測定や,角層内 の溶液透過挙動解析には,我々が開発した放射光 X 線 回折実験用の斜入射セルを用いて実験を行った(Fig. 7)。

試料をシート状のまま広げてセルに設置でき,試料を 挟んで上下の環境を自由に制御することができるため,

実際の薬剤塗布環境が実現できる。また,下側に水溜を 設置し,上側に水分蒸散量の測定装置を設置することで,

構造と TEWL の同時測定が可能となる。さらに,試料 が配向しているため,異方性のある回折パターンが得ら れる(Fig. 7B)。試料の温度を変化させて X 線による構 造解析と TEWL の同時測定を実施したところ,細胞間 脂質の相転移挙動と TEWL の温度変化曲線に対応関係 が認められた。これは,細胞間脂質の側方充填構造が TEWL と相関していることを直接的に示すデータであ る。また薬剤の透過実験では,経皮吸収促進剤として効 果が期待されるイソプロピルミリステート(IPM)を用 いて実験を行った。薬剤を塗布した試料を斜入射セルに 設置し構造の経時変化を放射光 X 線回折により追跡し た。その結果,室温下においては,脂質分子の側方充填 構造由来の回折ピークの変化は小さかったのに対して,

小角に現れるラメラ周期由来の回折ピーク部分に有意な

変化が見られた(Fig. 8)31)。脂質分子の側方充填構造の 変化が小さいことは,IPM を皮膚表面に塗布後グリッ ドストリッピングで採取した角層細胞の電子線回折実験 でも同様の結果が得られた。これらの結果は,IPM は 脂溶性の分子であるが,室温下においては,秩序相にあ る分子の充填構造をあまり乱すことなく角層内を浸透し ていくことを示唆している。ラメラ周期に影響を与えて いることから,室温下では脂質膜の表面に沿った方向に IPM 分子は移動し秩序相にある膜内へはあまり入って いかないのではないかと思われる。これが正しいとする と,細胞間脂質層には膜面に平行方向に流動相状態にあ る脂質層があると考えられる16)。流動相状態は,回折 実験で検出するのがむずかしいが,脂溶性の物質の角層 透過には重要な役割を果たしているのではないかと推察 される。流動相状態の分布と物質透過能との関係を解明 することは,今後の課題のひとつである。

5 人工モデル脂質膜の物質透過性

人工モデル脂質膜を用いた実験は,脂質成分の制御が 容易であり,体系的に構造と物質透過能の関係を調べる ことができる32-34)。ここでは,我々の研究室で開発し ている全反射型の赤外分光法(FTIR-ATR)を用いた経 皮吸収評価手法を紹介する。赤外分光法やラマン分光法 は,簡便に分子状態や分子種を同定でき,皮膚の構造解 析にも広く利用されている35,36)。我々は,全反射にお ける光の染み出しを利用して ATR 用プリズムの極近傍 の情報のみを検出する FTIR-ATR の特性を生かして,

プリズム上に直接作製した人工モデル脂質膜の水分透過 能を評価した37,38)。皮膚角層の主成分であるセラミド,

Fig. 7  斜入射セルの概略図(A)と得られた角層シートの X 線回折パターン(B)。セルには,温度制御するためのペルチェ素子 が組み込まれている。試料の下側に水を入れ,上側で水分蒸散量測定することにより,構造と水分透過の同時測定ができる。

角層シートは配向しているため,ラメラ構造由来の小角ピークと脂質充填構造由来の広角ピークが直交した異方的な回折 ピークが得られる。

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コレステロール,遊離脂肪酸を有機溶剤に溶解し,それ をスプレーでプリズム表面に吹き付けて均質な脂質膜を

作製する33,34,39)。次に作製した脂質膜の上から重水を

滴下する。ここで重水を用いるのは,他の FTIR 信号と ほとんど重ならない位置に信号が現れるためである。重 水の滴下後現れる FTIR 信号のピーク強度の時間変化を 追跡すると,ほぼ 1 つの指数関数でフィッティングでき るプロファイルが得られる(Fig. 9)。

プリズム表面から一定の距離内に達した重水分子のみ

が FTIR 信号に寄与するとした単純化したモデルで数値 解析したところ,プリズム表面の物質濃度はラグタイム の後指数関数的に変化し,得られる時定数τは,D/L2(D は拡散係数,L は膜厚)に比例することがわかった。今 後さらにモデルを厳密化する必要があるが,時定数を拡 散係数の指標として多様な物質のモデル膜透過性を定量 的に解析することができると考えられる。

炭化水素鎖由来のピークの解析から ORT 相と HEX 相の比率を見積もることもでき,構造と重水透過の時定 数の関係が得られる。遊離脂肪酸の鎖長を変えて実験を 行った結果では,ORT 相の比率が増すにしたがって時 定数が長くなることを示唆するデータが得られており,

1 つの計測で構造と物質透過性を簡便に評価できる。

6 おわりに

角層細胞間脂質層の構造と物質透過能の関係につい て,いくつかの新たな手法を開発して研究を行ってきた が,複数の構造因子が絡み合っており,なかなか明瞭な 結論を導くのはむずかしいと感じている。考えられる因 子をひとつひとつ分離して,地道に評価し制御していく ことが必要である。特に ORT 相と HEX 相間の転移は 日常経験する温度範囲で起こるため,温度因子の制御は 重要である。この相転移が生理的温度付近で起こること の進化論的意味も興味ある問題である。(1)季節によっ て各相の比率を変えて水分蒸散量を制御し,体温を恒常 的に保つのに寄与している。(2)一般に相転移点ではわ ずかな圧力変化で密度変化が起こる(圧縮率の発散)の

Fig. 8  室温下における IPM 作用後のヒト角層の構造変化の様子を示した。s=2.1 nm-1付近の大きなピークは IPM 由来のピーク

である。2 つの挿入図は,細胞間脂質ラメラ構造のラメラ周期とパッキング周期に由来する両ピークの拡大図である。そ れぞれベースラインを減算し,適当な 1 点で強度を規格化して表示した。室温下では,IPM は細胞間脂質のパッキング構 造よりもラメラ構造に影響を与えて浸透していくことが示唆される。(巻頭カラー写真参照)

Fig. 9  FTIR-ATR のプリズム上に直接作製したセラミド,

コレステロール,遊離脂肪酸(C24)混合膜の重水透 過実験。膜表面に重水滴下後,2,500 cm-1付近に現 れるピークの強度の経時変化を計測した。1 つの指 数関数でフィッティングして,時定数τを計測する ことができる。

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で,機械的な刺激(圧力変化)に即応して相転移して密 度変化させることにより,脂質層が破壊されるのを防い でいる。(3)温度が上がった時に,分子拡散を利用して 格子欠陥を修復する。(4)両相で膜面内の脂肪酸の位置 が微妙に違っていると,プロトンの乖離状態が変わる可 能性がある。細胞間脂質層内の水分量は少ないためわず かな乖離の違いで pH が大きく変わり得るので,pH 制 御に寄与している…などが考えられる。何らかの意味が あるに違いないので,数百万年前の人類の生活を想像し ながら考えてみるのも面白いだろう。

ORT 相と HEX 相の分布状態が,角層の水分透過に 影響を与えることを示唆するデータが得られているが,

各相の絶対量が効いているのか,ドメイン境界の量が効 いているのかなど,まだ不明な点も残されている。水の ような小さな分子の場合には,ORT 相と HEX 相の分 布状態以外の因子,たとえば脂質層の厚みの方が,影響 が大きいのではないかと思われる。水溶性の大きな分子 の場合には,ドメイン間の格子欠陥のサイズが重要な役 割を果たすかも知れない。現在 FTIR-ATR の手法を応 用して,分子サイズの効果を解析することを計画してい る。

脂溶性の分子の場合には,ORT 相や HEX 相の構造 に大きな影響を与えるのではないかと予想していたが,

室温下においては,意外にこれらの相の構造変化は小さ い。おそらく外来の分子が膜面内に挿入されると,膜面 積が広がらなくてはならないが,密に充填されている脂 質層ではその余裕がないのではないかと推察される。し たがって,膜内の構造は保持したまま,脂質膜に平行に 浸透し層間を広げるように移動していくのではないかと 考えている。これには脂質層内の流動相領域が関与して いると考えられるので,流動相の分布状態についての解 析は,今後の課題である。

以上述べたように,角層細胞間脂質層の構造解析は 徐々に進展しているが,まだまだ分からないことが多 い。皮膚角層は非常に薄い膜であるにも関わらず,巧妙 な仕掛けが組み込まれており,インテリジェント・イン ターフェイスと呼ぶに相応しい。その角層のインテリ ジェンスに幻惑されないよう,今後も牛歩であっても着 実に知恵比べしていきたい。

本研究は 2012 年に採択された私立大学戦略的研究基 盤形成支援事業(文部科学省)における研究プロジェク ト「SPring-8 を利用した量子制御に基づくグリーンイノ ベ ー シ ョ ン 」,JSPS 科 研 費 19790805,25870955,JST FS 探索タイプ AS242Z01639P から助成を受けて実施さ れた。また,本研究における X 線回折実験は,大型放 射光施設 SPring-8 のビームライン 03XU(2013B7252,

2015A7203)および 40B2(2015A1406)で実施された。

文 献

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